CSRは1章で述べたとおり、6つのステークホルダーごとに分類することができる。すなわち、従業員・株主・顧客・取引先・地域社会・地球環境である。それでは、どのステークホルダーを対象にしたCSRが、従業員のモチベーション向上にもっとも影響するのであろうか。この命題に対して、ホーマンズの交換理論とアダムスの公平理論を用いて考えてみる。この2つの理論は下崎教授によれば職務動機づけにおける認知系アプローチの認知的比較理論としてとらえられている。このことからも、本論文ではこの命題に対して従業員の認知とモチベーションという視点からアプローチすることにする。
4-1ホーマンズの交換理論
ジョージ・キャスパー・ホーマンズ(George Casper Homans)はアメリカの社会学者である。彼はその著書「Social Behavior: Its Elementary Forms (1961)」で、一般に交換理論と呼ばれる理論を展開している。これは、「社会的関係において人間は自己の提供したものと他者から受け取るものとが近郊状況にあれば社会的関係は続けられるが、不均衡状況であればそうした関係は継続されない」(下崎千代子、1991)という理論である。つまり、社会的関係はいわゆるギブ・アンド・テイクの関係にある。そして、この社会的関係の均衡・不均衡が動機づけと関連すると述べたのが、アダムス(Adams, J. S.)である。
4-2アダムスの公平理論
J.ステイシー・アダムス(Adams, J. S.)は公平理論(Equity Theory, 1965)を提案した。
公平理論を簡単に説明すると、社会的活動においては、自己の提供したもの(交換関係に投入したもの, input)と他者から受け取るもの(交換関係から得たもの, outcome)という二つの変数の大小関係が成り立っている。これを他者と比較可能にすべく、アダムスは以下のような数式を導いている。
〖O_p/I〗_p<〖O_a/I〗_a " ・・・①"
〖O_p/I〗_p>〖O_a/I〗_a ・・・②
(ただし、Oはoutcome、Iはincome、pは自分、aは他者を表す)
上の式において、①はアウトカム対インプット比率が他者より低いことを示し、②はアウトカム対インプット比率が他者より高いことを示している。
人は、この大小関係を均衡関係に是正しようと行動し、生じている不公平を解決しようとする。ただし、自らのアウトカム対インプット比率が他者よりも優位の場合、上の式では②の場合は、必ずしも均衡状態に是正しようと行動するわけではない。それはたとえば、個人が他者よりも小さな努力で他者よりも高い賃金を得ている場合、必ずしもその個人は努力量を倍増させたり、賃金報酬の受け取りを自粛したりはしないということである。アダムスは公平理論において、この生じている不公平に対して人がとる解決方法を6種類提案している。
Ⅰ、自己の投入量(インプット)を変える。
過報酬状態・・・アウトカムに対し、インプットを増大。
低報酬状態・・・アウトカムに対し、インプットを減少。
Ⅱ、自己の結果(アウトカム)を変える。
過報酬状態・・・報酬(アウトカム)を減らす。ただしこれは実際には考えづらい。
低報酬状態・・・報酬(アウトカム)をあげる。
Ⅲ、自己のインプットとアウトカムの認知をゆがめる。
Ⅰ、Ⅱのような現実の変更が困難ならばインプットやアウトカムを過大評価したり、過小評価したりして、認知をゆがめる。
Ⅳ、その場を離れる。
Ⅰ~Ⅲが困難な場合、退職・転職・離職等を行う。
Ⅴ、他者に対して働きかける
他者に対して、Ⅰ~Ⅳを働きかける。
Ⅵ、比較の対象を変える。
以上のような6つの解決方法によって、人は不公平の是正を行おうとする。
4-3従業員にとってのCSR
本論文では、モチベーション喚起の対象を従業員においている。この従業員にとってのCSRを考えたとき、CSRは従業員にとっての目的とはなりづらい。彼らには、それぞれ自分の業務が存在し、こうして分け与えられた仕事をこなし成果を残すことが、従業員にとっての真の目的である。彼らにとってのCSRとは、あくまで企業が主体となっている行為であり、そのそれぞれの従業員にとっては、CSRは副次的な存在にすぎない。従業員にとって、日頃の目標は自らの営利活動の遂行とそこから結果を獲得することであり、具体的な仕事はこの目標に基づく営利活動そのものであることに注意しなくてはならない。
4-4CSR、ステークホルダーと従業員のモチベーション
前述したように、CSRは従業員にとってあくまで副次的な目的となりがちである。この点から、各ステークホルダーに対するCSRと従業員のモチベーションの関係をホーマンズの交換理論とアダムスの公平理論から考える。前述したように本論文ではステークホルダーを従業員・株主・顧客・取引先・地域社会・地球環境の6分類としている。
まず、従業員に対するCSRを考える。従業員に対するCSRは、各個人にとってはそのまま外的報酬となり得る。企業はCSRを従業員に対する外的報酬と認知せず、あくまで企業にとってのCSRの定義は1章で述べたとおりであっても、結果的に従業員に対して働きやすい環境を提供するように努力することは、従業員にとっては外的報酬のようにとらえられてしまうのも事実である。よって、交換理論と公平理論においては、従業員に対するCSRを従業員は、普段の業務、つまり企業へのインプットをより行いやすくするための外的報酬、つまりアウトカムと認識するのである。つまり、企業側が従業員からのアウトカム(・・・・・・)をより獲得するための、必要なインプット(・・・・・)が従業員に対するCSRと従業員は認知する。ここに交換理論におけるギブ・アンド・テイクの関係が成り立っており、従業員は目に見える企業からのアウトカムに対して、インプットを上げようとする、すなわち、アダムスが示した解決方法における自己の投入量(インプット)を変える方法を選ぼうとし、この点従業員の有効なモチベーション向上を見ることができる。
次に、株主・顧客・取引先に対するCSRを考える。この3つに共通する点として、従業員が直接接触する可能性が十分に考えられることがあげられる。よって、この3つのステークホルダーと従業員の関係は、比較的近いと言える。従業員が仕事をすれば、この3つのステークホルダーとかかわる機会は多く、自らのインプットの対象にもなり得る。株主を無視した活動をすることは難しいし、顧客は直接営業の対象になるし、取引先も同様である。逆にこの3つのステークホルダーに対し、大きなインプットを実現できれば、これらのステークホルダーから得るアウトカムもまた大きくなることが期待できる。有効なインプットし、それがこの3つのステークホルダーに評価され、そしてこの結果、直接的に、ないしは自分の企業を通して、アウトカムとして個々の従業員に帰結するのである。もし仮に、企業がこれら3つのステークホルダーに対し、有効なCSRを行ったとすれば、それは結果としてこれらのステークホルダーに高評価を与えることができ、段階は踏むにしても個々の従業員にアウトカムをもたらすことが期待できる。ゆえに、企業がこれら株主・顧客・取引先という、従業員にとって比較的近いステークホルダーに対するCSRを実行することは、ブルームの期待理論でいう期待(Expectancy)を向上させることができ、結果としてモチベーションが上がるのだ。ただし、従業員に対するCSRが、直接的に従業員の外的報酬と従業員自体に認知されるのに対し、株主・顧客・取引先に対するCSRは、段階的に従業員に認知されることと、期待という可能性である。このことからして、従業員のモチベーション向上に関して、従業員に対するCSRよりも株主・顧客・取引先に対するCSRの方が影響は低いと考えられる。
最後に地域社会・地球環境に対するCSRを考える。これらのステークホルダーは従業員からは最も遠い存在である。もちろん、各従業員が地域社会や地球環境のことを真に思って、身近さを意識しながら日々働いていることも考えられる。しかし、従業員の日々の仕事(インプット)とアウトカムという視点で考えれば、従業員と地域社会・地球環境は他のステークホルダーに比べて遠い存在である。企業が地域社会・地球環境に対するCSRを行っても、そのアウトカムが個々の従業員に帰するのには時間がかかると考えられるし、認知も困難になる。たとえば、サハラ砂漠で地球環境のために植林を企業が行ったとしよう。しかし、これが実際に砂漠化防止という成果(アウトカム)を企業にもたらすのには数十年という時間が必要である。さらに、こうしたアウトカムを各従業員が個々人のものとして認識することは難しい。というのも、日々の仕事と地域社会・地球環境に対するCSRがもたらすアウトカムの関係性がないからだ。日々の仕事とアウトカムにおいて、ブルームの期待理論における期待かなり低い。は前述してきたとおり、従業員は地域や地球のために、少なくとも第一義的には働いておらず、よって、従業員・株主・顧客・取引先に対するそれぞれのCSRからすれば、従業員は地域社会・地球環境に対するCSRから得られるアウトカムは低いと認識する。
このように、各ステークホルダーに対するモチベーションの向上は、本論文の主体である従業員との距離と強い関係性があると考えられる。この距離の関係を図示したものが下図である。
図1;従業員と各ステークホルダーとの関係
図1では従業員と各ステークホルダーとの関係と距離を表している。また、矢印の長さが長くなるほど、アウトカムの距離は長くなり、従業員にとっては認知しづらくなる。よってモチベーションへの影響も小さくなる。図1をみても、地域社会・地球環境は従業員にとって遠い存在であり、直接的でないことがわかる。
以上のことを踏まえて、本論文ではステークホルダーを以下の3つに分類することができる。
α;従業員
β;株主・顧客・取引先
γ;地域社会・地球環境
また、アダムスの公平理論の式を応用して、以下の式を導くことができる。
③式で、Iは従業員が日々仕事をしているインプットを、O_αは従業員(α群)に対するCSRから従業員が得られるアウトカム、O_βは株主・顧客・取引先(β群)に対するCSRから従業員が得られるアウトカム、O_γは地域社会・地球環境に対するCSRから従業員が得られるアウトカムを指す。また、③式は
を得て、結果としては単にα・β・γの各群に対するCSRから従業員が得られるアウトカムの大小関係になる。
よって以上のことから、従業員のモチベーションの向上につながるのは、αに対するCSRがもっとも大きく、以下βに対するCSR、γに対するCSRの順になることがわかる。これを実証と分析によって証明する。
Social Behavior: Its Elementary Forms (1961)
下崎千代子、1991
Adams, J. S. Equity Theory, 1965
Vroom,V.H. 1964,邦訳
- 仮説
- 大仮説
- CSRを行っている企業は、モチベーションが高い。
- CSRの規模が大きい企業は、モチベーションが高い。
ここでいう規模が大きいことは、各種CSRに対して、ある一定以上は力を入れていることを指す。一方で、様々なCSRを実施しているが、その各々のCSRに対してやっているだけで、そこまで力を入れていないような企業、すなわち広く浅くCSRをやっている企業を除外することを目指す。
- 応用仮説
CSRをステークホルダーごとに分類した結果、各ステークホルダーに対して、企業が従業員に身近なCSRを行うほど、従業員に対して高いモチベーションを創出することができる。
- 実証分析
6-1 アンケートの実施
6-1 アンケートの実施
分析に先立って、営利企業に属する一般の従業員に対してアンケートを実施した。実施方法はウェブアンケートサイトの開設と紙媒体による直接的方法の2つを用いた。紙媒体として使用したアンケートは本論文の最後に掲載してあるので、参照していただきたい。また、岡本大輔研究会16期生三田祭論文作成Cチームの班員の知り合いをたどり、もしくは岡本大輔研究会のOB・OGの方々にご協力を仰ぎ、アンケート対象に該当する社会人の方々にアンケートを依頼した。結果102の回答を得て、その中で有効な回答数は101であった。
アンケートは、まず業種・業界を任意で回答していただき、各企業が同業他社と比べて、各ステークホルダーに対するCSR活動をどれくらい行っているかを尋ねた。さらに、各企業全体の雰囲気を職場の活気、仕事にやりがい、企業への誇り、チャレンジ精神、成長機会という5つの項目によって尋ね、これを各企業のモチベーションの度合いとした。以上、全29の項目に対し、1~6の数字から回答者の企業に最も近いものを選んでいただいた。
なお、仮説1-2の実証分析の手法として使った因子分析ではCSR分野の質問に対して以下のような因子を抽出している。
表6-1
(1-1.等の番号はアンケート番号を指す)
この結果、6つの因子を抽出している点でアンケート項目の妥当性を示す。さらに因子負荷量を見ると、抽出された各共通因子とアンケート項目の変数には十分な相関が存在する。なお、顧客の因子は独立した因子として示すことができなかった が、4-4で言及したように、顧客とステークホルダーは同じβ群としてみることができるので、この点は問題ないと判断した。
6-2 分析の手法
得られた回答をそれぞれ一次集計し、線形の単回帰分析、重回帰分析、因子分析を用いて分析を行った。各仮説に対する、分析手法の詳細は以下のとおりである。
6-2-1 仮説1-1-1に対する実証分析の手法
仮説1-1-1は、「CSRを行っている企業は、モチベーションが高い」ということである。これは本論文においてはメインの仮説である。この仮説ではまず、一次集計によって得られた各企業のモチベーション度合いの和を説明変数とし、各企業のモチベーションの度合いの和を被説明変数とした。具体的には、アンケートのCSRに関する質問に対して得られた点数をすべて足し、モチベーションに関する質問の対しても同様とした。これによって得た説明変数と被説明変数を用いて、線形の単回帰分析を行った。使用したソフトはMicrosoft Office Excel 2007である。
6-2-2 仮説1-1-2に対する実証分析の手法
仮説1-1-2は、「CSRの規模が大きい企業は、モチベーションが高い」ということである。この仮説ではまず、一次集計におけるCSR分野での回答で、4ポイント以上の得点を回答したものの数の総和を説明変数とし、モチベーションに関しては6-2-1と同様に各企業のモチベーションの度合いの和を被説明変数とした。これによって、CSRの規模が大きい企業、すなわち各種CSRに対して、ある一定以上は力を入れているものを抽出した。一方で、様々なCSRを実施しているが、その各々のCSRに対してやっているだけで、そこまで力を入れていないような企業、すなわち広く浅くCSRをやっている企業を除外することを可能にした。なお、CSR分野の回答で、4ポイント以上の得点を回答したものを抽出した理由は、今回の選択肢1~6の回答基準では4以上で当該の質問項目に対して肯定的な見解を示していると判断できるからである。この仮説においても、この方法で得た説明変数と被説明変数を用いて、線形の単回帰分析を行った。使用したソフトはMicrosoft Office Excel 2007である。
6-2-3 仮説1-2に対する実証分析の手法
仮説1-2は、「CSRをステークホルダーごとに分類した結果、各ステークホルダーに対して、企業が従業員に身近なCSRを行うほど、従業員の高いモチベーションを実現することができる」ということができる。この仮説ではまず、CSR分野において各ステークホルダーに対するCSRの度合いの和を求めた。さらにここで得た和を基準化して6つの説明変数を得た。一方で、各企業のモチベーションの度合いの和を求めた。そしてさらにここで得た和を基準化して被説明変数とした。この説明変数と被説明変数を用いて重回帰分析を実施した。使用したソフトはMicrosoft Office Excel 2007である。また、説明変数の因子を確実なものとするために、CSR分野の各変数に対して、因子分析を行った。使用したソフトはWindows シェル共通 DLLである。なお、因子分析の手法は、重みなしの最小二乗法で回転方法はエカマックス法を用いた。この因子分析によって得た各因子とサンプルにおける因子得点を6つの説明変数とし、先ほど使ったモチベーションの度合いの和を基準化したものを被説明変数として、重回帰分析を行った。
最終更新:2009年11月09日 03:47