明日のパンツと再起と差し伸べる手(後編)◆z9JH9su20Q

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      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○



 暫く泣き続けた後。幾許か落ち着いたカオスは、映司の言葉に従って服を着ることになった。
 先程布団代わりにかけていた服は、辺りの残骸や敷き布団と共にズタズタになってしまっていたので、映司は事前にディバッグに入れておいた予備の服を手渡すこととした。
 その際、そもそもクスクシエに居候していたのは男性陣だけで、女性用のパンツは置いていなかったことに気がついた。
 パンツさえあれば生きていけると言った手前だ。肝心のパンツなしでは締まらない。

「うーん……鏑木さん、パンツ持ってないですか?」
「何で俺が持ってるって思うんだよ……」
 当然ながら渋い顔をする虎徹の様子に、映司は事態を重く受け止める。
「弱ったな、カオスちゃんの明日が……」
「いや女の子が裸じゃダメなのはわかるけど、服あるんだろ服。今も一応隠しあるんだし大丈夫じゃないのか?」
「ぱんつ、ないの……?」

 途端、不安の滲んだ顔で、服を抱いたまま全裸のカオスがまたも泣き出しそうな声を漏らした。
 流石にパンツを求める女の子の不安を無下にはできないのか、虎徹が痛む体に鞭打ってどこかにないものか、一層荒れたクスクシエの跡地を探索しに行こうとする。
 ただ、おまえのせいで何かややこしくなってんぞ、という捨て台詞に対しては、クスクシエの衣類を管理しているのは知世子さんだから俺に言われても、と当惑するしかなかった。

 どの道、女性の下着はクスクシエには置いていない。先程カオスの予備の服等を回収した時点でもそれははっきりしている。
 ……と、そこで映司は他に回収した物品を思い出し、そこで発想の転換ともいうべき閃きを覚えた。

「あ、そうか……これ、はい」
 ディバッグから目当ての物を取り出した映司は、それをカオスに差し出した。
「俺の分と思って、取っておいたパンツ。あ、ちゃんと洗濯はしてあるから綺麗だよ」
「いいの……?」
「うん。他の種類のがまだ何枚かあるから、あげるよ」
「――って、それトランクスじゃねーか!」
 映司が取り出した柄物のパンツを巡るやり取りを見て、虎徹が思わずといった様子で叫んでいた。
「そうですけど。でもトランクスを履く女の人って、意外といますよ?」
 パンツを愛する映司にとって、そのぐらいはリサーチ済みだ。
「いや……ええー」
 今度は虎徹が困り果てたような顔をして、やがて言葉を消していった。

 確かに映司の一張羅ということで、このトランクスは本来、紛れもなく男性用だ。
 しかし仮にも一張羅として選んだ逸品。自然の美しさをイメージした華やかな花柄にアクセントの切り替え水玉が存在感たっぷりのデザインで、映司好みの大きめなシルエットだ。仮に女性のルームウエアに使うとしても、そのまま流用できると自負している。確かにウエスト的にはやや大きく、ちょっとぶかぶかかもしれないが……

「――それが、いい」
 ふとカオスが、口を開いていた。
「おにいちゃんの――ぶかぶかなぱんつが、いいの」
 ぎゅっ、と。着替えの服を握るカオスの手に力が籠る。
「それは、「愛」だって……わたしの、かんちがいじゃなくて。仁美おねぇちゃんが、言ってたから……」

「……」
 今度は何を指して、愛を謳っているのか。それはわからない。
 ただ、彼女が他人の『心の声が聞こえる』能力を身につけているということは、先程虎徹から聞いた。きっと自分がパンツについて巡らせていた思考の何かが、彼女の琴線に触れたのだろう。
 それよりも、映司にとって聞き逃せない名前が、彼女の口から溢れていた。

「カオスちゃん……辛いことかもしれないけど。ちょっと、質問しても良いかな?」
 事実上、その内容は既に透けてしまっているのだろうとは思いながらも、映司は尋ねた。
 数秒に渡る逡巡の後、こくりとカオスが頷くのを見て、映司は続ける。
「……仁美ちゃんは、“火野映司”に殺されたんだよね?」
「…………うん」
 長い沈黙の後に、カオスは再び頷いた。
 忌まわしき記憶を辿って、震える声で肯定する。
 少し、胸を締め付けられたような心地を覚えながらも、映司は静かに思考する。

 そんなはずはない、とは断言できない。数字としてどんなに極小でも、巻き添えにした可能性はある。映司が暴走していた際の全ての顛末を知る者は、あの時いなかったのだから。
(……でも、鏑木さんの話だと……)
「……おにぃちゃんじゃ、なかった」
 揺らいだ覚悟の隙間を縫うように、カオスが呟いた。

 先程よりももっと、弱々しく震えている――罪の意識が滲み、怯える声音で。
 映司はその姿に、一瞬安堵を覚えてしまった自分が無性に腹立たしく思えた。

「……おにぃちゃん、どうして“火野”のおじさんじゃないのに、“火野映司”ってよばれてたの?」
 それから面を上げたカオスは、心底からの疑問を紫紺の瞳に籠めていた。
「どうして、って言われても……それは、俺が火野映司だからとしか……」
「――じゃあ、このひとは?」

 小首を傾げて尋ねるカオスから、仄かな紫電が散り。
 次の瞬間、彼女と映司の間に、見知らぬ男が立っていた。
 深く被った黒い野球帽。その影から覗く下卑た笑みが印象的な、赤いコートの中年男だった。
「――っ、誰だ!?」
 突如とした出現に対し、虎徹が驚愕とともに誰何を放つ。

 それに男は、こう答えた。
「火火ッ……じゃあ俺の事は、火野映司とでも呼んでくれ」
「あぁ!? 何見え透いた嘘吐いて……!」
「鏑木さん。多分この人は、カオスちゃんが見せてくれてるだけです」

 苛立ちを隠そうともせずに拳を構えようとした虎徹に対し、前後の状況から得られた推論を映司は伝えた。
 言われた虎徹がカオスに目を向ければ、彼女はこくりと頷く。

 ――後に知ったが、これはカオスが元来保有していたアンチ知覚システム『Medusa(メデューサ)』と呼ばれる、幻覚を見せる機能による投影なのだという。

 真相を知り、「驚かせんなよ……」と力なく呟いた虎徹は、その場に腰を下ろした。元々限界だったのに、自分達のせいでろくに休めなかったのだから無理もない、と映司は思う。

「――この人が、“火野”のおじさんなんだね?」
 中年男を見据えたままの映司の問いかけに、カオスは「うん」と首肯を返した。
「……じゃあこいつが、仁美って子を殺した犯人か」
「名簿で見ました。葛西善二郎っていう人です」
 ジェイク・マルチネスにも匹敵する、極めて危険な経歴の大犯罪者。
 彼の時と同様、危険過ぎる経歴は映司の記憶に焼き付いていた。

「成程……マジモンの犯罪者、俺の敵ってわけか……ッ!」
 説明を受けた虎徹が放つ静かな声に、座ったままでも強い義憤に燃えているのが映司にもわかった。
 ――それは、掌を破れそうなぐらい強く握り締めた、映司も同じだからだ。

「よくも映司の名前を騙って、やってくれやがったな……ッ!」

 虎徹が呻くようにして吐き出した憤怒に、映司も素直に頷けた。
 とはいえ――名前を騙られたことなんて、もうとっくにどうでも良い。
 ただ、一人の少女を殺し、一人の少女を苦しませ狂わせた男が、どうしても映司は憎かった。
 その時――

「葛西――善二郎…………っ!」
 怒りに燃えている映司ですら、ゾッとするような声が聞こえた。
 それは仇の名を知り、憎悪を再点火したカオスの漏らした呟きだった。

 その感情に呼応したように翼が巨大化する。漏れているだけの力の余波が、映司や虎徹に圧を掛ける。

「――カオスちゃんっ!」
 思わず叫んだ瞬間、カオスの瞳に灯っていた鬼火が勢いを弱めた。
 映司と虎徹の、微かな恐怖を孕んだ視線を浴びて、カオスが僅かに身を竦める。
 その元凶であり、彼女もあまり視界に入れたくなかっただろう男の幻は、現れた時と同様一瞬にして霧散していた。
「あっ……ご、ごめ……」
「……いや、良いんだ。酷いことをされた時、その誰かを憎いって思っちゃうのはどうしようもないよ」
 それは生命として、心として正常な反応だ。

「にくしみ……」
 初めて自らの感情の名を知ったかのように、カオスはしみじみと呟いていた。
「でも、それに負けちゃいけない。憎いって気持ちに呑まれたら、歯止めが効かなくなる。そのために、誰かを平気で傷つけるようになってしまう」
 ビクリと、カオスが身を強ばらせる。
 その反応に少しだけ安心しながら、映司は続けた。

「もう、誰かが傷つくのは嫌でしょ?」
「……うん」
 頷いてくれたのが、妙に嬉しかった。
「じゃあ、憎むなとは言わない。だけどその気持ちに負けちゃダメだ。憎しみのまま間違いを犯したら、それはずっと連鎖して……ずっと誰かと、傷つけ合うことになってしまうから」
「だからって、野郎は野放しにはしねぇ……大丈夫だ、必ず捕まえる。おまえが我慢する分も、法の裁きはしっかり喰らわせてやる」
 虎徹の援護射撃に映司は頷き、最後に言うべきことを告げた。

「もう憎しみに負けないって、約束してくれるかな?」
 映司の問いかけに対し――カオスは緩慢ながらも、確かに頷いた。
「……良かった」
 その反応に、映司は心の底から破顔した。
「あぁ……にしても本当に、ロクでもない奴みてぇだな」
 カオスが約束を聞き入れてくれたことに安堵した傍、彼女を誑かしたのだろう葛西への怒りがまだ虎徹は収まらぬ様子だった。
 もっとも、それは映司も同じか――

「……ちがうの」
 忌まわしい影を消し去ったカオスは、まだ震えたままの声で続けた。
「このおじさんにされたことを、“愛”だと思ったのは……わたしなの」
 また、こちらの胸の内を読んだのか。さめざめと泣くような声で、カオスは己の罪を告白する。
「あのひとだって、愛だって言ったわけじゃないのに……それを愛を教えてもらったってかんちがいして、いろんなひとにまちがってるって言われたのに……わたし……」
「……正直なんだね」
 嗚咽する少女に、褒めているのか、慰めているのか――それとも、あるいは。ともかく感情の種類が判別しないまま、映司は思ったことを口にしていた。

 そう――きっと彼女は、無垢で在り過ぎたのだ。
 あの胡散臭い中年男の言い分をつい先程まで丸呑みしていた辺り、今も――詳細名簿で微かに見た面影のある幼い少女の、無垢で純粋な精神なのだろう。
 清濁併せ持つ器のできていない幼い子供に、世の理不尽や悪意を受け止めろというのは酷な話だ。
 理不尽を。悪意を。事実として、彼女は受け止められなかった。

 ――だから、反転させたのだ。

 向けられたのが悪意ではなく愛ならば。それを浴びることが喜びだと誤認できれば、弱い彼女の心でも、耐えられたのだ。
 世界ではなく、自己を変革することで。彼女は苦しみに蓋をした。
 それだけが、その時彼女に許された救いだったから。

 それでも――――孤独にだけは、耐えられなかった。

 故に手当たり次第に他者と関わり、けれど歪んでしまった認識でしか、もう、接することができなくて――そしてその幼い心に見合わない強大な力があったから、悲劇を生んだ。
 それを繰り返して、ますます歪んだ認識を悪化させて。もう救いの目もなく、破滅に向かって転がり落ちていくしかなかったはずのカオスを――少年と少女が、止めてみせた。
 彼と彼女が、どこまで意図していたのかはわからない。けれど彼らは、カオスの歪んでしまった認識を、内から正してみせたのだ。
 自らの命と、引換に――

(……ごめん、そんな役目を押し付けて)

 救いたかったのだと思う。だけど死にたくはなかったはずだ。
 本当は傍に居て、彼女が歪みを正すのを見守りたかったはずだ――映司の、代わりに。

 ――思考を巡らせていたのは、数秒にも満たなかっただろう。
 だがその間に、前触れなく。嗚咽が、止んでいた。
「……おにぃ、ちゃん――?」
 何事かと訝しんだ映司へと代わりに投げられたのは、気遣うような声だった。

 ――何が、心配させたのだろうか。
 少しだけ振り返ってみてもその要因はわからなかったが、何でもないよと映司は微笑んだ。

「――カオスちゃんが知りたかったことって、すごく難しいことだったもんね」
 代わりに、最前の告白に答えることとした。少しでも彼女が、やり直せる助けになればと思って。
「愛って何なのか……多分、何が正しくて何が間違ってるのか、本当の答えなんてないんじゃないかってぐらい、難しいことだと思う。迷っちゃって、間違えちゃうことがあるのも当然なんだ」
「……おねぇちゃんも」
 続けようとしたところ。カオスが息を飲み、何事かを呟いた。

「……おねぇちゃんも、おんなじことを言ってた」
 なのに、わたし……と。また泣き出してしまいそうなカオスに、映司はきつい言い方になってしまわないよう注意しながら、自分の言葉が彼女の感情に流されてしまわないよう、強く言う。

「確かに、君の間違いはとっても酷いものだったけど……でも、それは俺も同じなんだ」
 内戦の時も、このバトルロワイアルの中でも。
 映司は間違えて、とんでもない失敗をして……取り返しのつかないことを引き起こしてしまった。
 その罪は、消えないだろう。いつまでも、いつまでも――それこそ、永遠に。
「だからきっと、君に言えることがある」
 また顔を上げて映司を見据えていたカオスの、吸い込まれるような瞳に真っ向から対峙して。先駆者として、伝えるのだ。

「愛でも何でも、欲しいって思うことは悪いことじゃない。だけど、難しいこと、大事なことほど、こうしたいっていうのを実現するのには時間がかかるものなんだ。
 だから、焦っちゃいけないんだと思う。焦ると間違えちゃうし、失敗しちゃったからって諦めて蓋をしたら、きっと凄く後悔する」
 実感を込めて――というのは、少し異なるか。

 結局のところ、それをいけないと比奈や後藤、皆が言っているから、良くないことだと思っているというだけで。
 それでも、そんな風に言われる自分と同じ風に、彼女にもなって欲しいとは思えなかった。

「大切なのは、その欲しいって気持ちをどうするか、だよ。
 ……今でも、好きなんでしょ? 仁美ちゃんのこと」
 きっと、カオスの始まりである少女のことを、映司は口にする。
「……うん」
 怯えたように頷くカオスに、安心して欲しいと望みながら、映司はもう一度微笑みかけた。
「その時に思ったこと、感じたこと――こうなって欲しいって気持ちを、忘れないでね」
「…………っ、うん……っ!」

 また、涙を湛えて頷く少女の姿に。映司はまたも心底から、深い安堵を覚えていた。

 この娘には、言葉が届く。
 和解の余地は、ある。
 それを確信できたことが――不謹慎とは思っていても、映司にはたまらなく嬉しかった。

 ……まどか達の犠牲は、無意味ではなかった、などとは言わない。彼女達の死は理不尽そのもので、必然性などどこにもなかった。
 そもそも――必要な死など、世界のどこにもありはしない。絶対に。映司が少年と少女を無駄死にさせたという事実は、覆らない。何が、あってもだ。

 それでも、あの二人の願いは――無駄ではなかった。

 この地での戦いが始まって、初めて。誰かの望みが結実するだろう予感に、心の奥が仄かに温まるのを映司は感じていた。

「ねぇ……映司おにぃちゃん」
 名前を呼ばれて、見てみれば。カオスはまた、疑問の浮かんだ表情で映司を見ていた。
「うん、どうしたの?」
「映司おにぃちゃんも……よくないって言われてるなら、はんせいしないの……?」
 返って来た言葉には、どこまでも純粋な疑問と――心配とが、等分に込められていた。

「そっか……聞こえてるんだったね」
 迂闊だった……いや、思った時点で聞こえるなら、そういう問題でもないか。
 もっと根本的なことで。どうせ隠せないのなら――せめて旧来の仲間以外には、などと。取り繕っても、仕方なかったのだ。

「カオスちゃん、ありがとう……でも、ごめんね」
 彼女には散々偉そうに、講釈を垂れてみたけれど。
 嗚呼、思えば、なんてことはない――自分にも全然、できていないことじゃないか。

「――さぁ、早く服を着て。そのままじゃ寒いでしょ?」
 彼女ではなく、自心を――はぐらかすようにして、映司はカオスを急かす。
 こうなって欲しくはないという気持ちを強くし過ぎて、逆にも彼女を心配させてしまわないように。

 幸か、それとも不幸か。そのために思考の比重を切り替えるべき題材は、もう目の前に迫りつつあった。
「もう、日が変わっちゃうよ」
 そう。もうすぐ一日目が終わる。
 たった半日で、余りに多くを取り零した一日目が。

 迫る第二回目の放送――明くる日を、映司は嫌でも意識せざるを得なくなっていた。



      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○



 映司が懐いたのと同じ確信を、虎徹もまた獲得していた。
 まだまだ迷うだろう。間違えるだろう。傷つくだろう。傷つけるだろう。
 それでもカオスには、やり直そうという意志がある。
 紛れもなく加害者だが、被害者でもあったカオスには……まだ、更正の余地がある。自分や映司や伊達が、それを許す環境になってやれる。

 ちゃんと時間をかけて、何が良くて何が駄目かって自分で考えて、それで他の人にも教えて貰えれば、今度はきっと正しい答えに辿り着ける。
 たった一人でも――あってはならなかった犠牲の果てでも、ようやく誰かを『救ける』ことができそうだという事実に、虎徹も確かな喜びを覚えていた。

 だが……たったこれだけのことに満たされるなという声が、内から虎徹に囁く。
 それは、支払った犠牲に釣り合うか否か、という意味ではない。釣り合わないことは先刻承知している。
 問題なのは、過去ではなくこの先のことだ。

 それは、『あの娘』のこと。

 カオスと同じエンジェロイド――最愛のマスターである智樹を喪った、イカロスのこと。

 キャッスルドラン付近を呑み込んだ火の玉を生んだ主――きっと彼女だという予感が、虎徹にはあった。……単純に、カオスすら遥か凌ぐあんな大破壊ができる存在の候補が、他には思い浮かばなかっただけではあるのだが。
 彼女はきっと、もういよいよ被害者から加害者に転んでしまったのだ。その行く末に、不安が拭えない。

 カオスに改心のきっかけを与えたのは、自分でも映司でもない。
 それなのにカオスさえ差し置いて、最強のエンジェロイドだと謳われるイカロスを、無事に止めることができるのか――

(――って、何を弱気になってやがる、鏑木・T・虎徹。オレがやるしかないんだろうが)
 あの時、もしも今カオスに映司がしたように、イカロスにも虎徹が歩み寄っていれば――イカロスがニンフを撃つことは、なかったかもしれない。
 今のイカロスの暴走には、虎徹に責任などないと、智樹は言ってくれた。
 それでも、ヒーローとして。被害者から加害者に転落してしまいそうで、苦しんでいる女の子に肩を貸す責任は、まだ残っているはずなのだ。
 このバトルロワイアルを打破し、被害者を守りきること。それがシュテルンビルトのヒーロー・ワイルドタイガーの最後の仕事――楓の一人の父親として胸を張って帰るためにも、中途半端に終わらせるわけには、絶対にいかない。
 イカロスを止めることも、必ずやり遂げなければならない責務の一つだと虎徹は自分に課していた。

 そう――半端には終えられないのだと、虎徹は視線の注ぐ先を変える。

 名前の縁や最初に手を掴んだのが早かったのもあって、カオスの興味は映司に向いていた。虎徹自身、あの爆発を見てからというものどうしてもイカロスの泣いている顔がチラついていたという事情もあり、余り構ってやれてはいなかったが。

 カオスだって、まだやっとスタートラインに立っただけだ。この子からも目を離しちゃいけないことは、虎徹も重々承知している。
 ただ……『心の読める』彼女とのやり取りを聞いている内に、虎徹は火野映司という青年にもまた、危うい物を感じていた。
 紫のコンボの暴走だけではない。もっと根本的な、何か。

 一見しっかりしていて、だけど大事なところに欠損がある若者。
 こんな奴をどこかで見たことがあると思って、すぐに虎徹は答えを見つけた。

(昔のバニー、か……)
 あるいは今も、かもしれないか。

 方向性は違う。きっとそうなった時期も違う。
 だけど彼の時間は、彼の言う『酷い間違い』を犯した過去のまま、止まっているのだ。

 誰の人生でも、迷いに立ち止まってしまうことがある。虎徹自身、つい最近でも能力の減退に気づいてから引退を決意するまでの間は、立ち止まってしまっていたと思っている。
 それでも、その時の虎徹はベテランのヒーローであり、一児の父であり。かつてレジェンドと出会う前だった、悲観的な少年とは違っていた。
 ついさっき、映司自身が語ってみせたように……迷った時でも、焦らずに答えを見つけ出し、実現に向けて歩み出すことができた。

 だが、彼の直面した問題はそんな比ではなくて。若者には、それが耐えられなかったのではないか?
 幼少の頃、両親を亡くした日に囚われてしまったに止まったバニーと、同じように。

 そんな過去に縛られていた相棒の出会った頃よりは、付き合い易い若者だと思っていたが……もしかしたら、バーナビーやカオスと同じぐらい。こいつからも目を離してはいけない奴なんじゃないかという疑惑が、虎徹の中で燻っていた。

 ――そこで。映司に着替えを促されたカオスが、不安を帯びた視線を虎徹に向けて来た。

 二人の会話は聞いていたが……こっちの声も聞かれちまったかな、と考えた虎徹は、わかってるよと頷いた。

 シュテルンビルトのヒーローは、ただ犯罪者を倒すだけの存在じゃない。
 悪を捕らえ、法で裁き、罪を贖わせ――そして、人として再生する機会を与えるものだ。
(――大丈夫だ。俺が、俺達が何とかする)
 火野映司は悪人ではない。むしろその対極に近しい存在だ。
 だが、もしも彼もまた歪んでいるというのなら――その歪みが、彼を蝕むというのなら。
 それを何とかするのも、ワイルドタイガー達ヒーローの役目なのだ。

 そんな虎徹の想いが、文字通り伝わったのだろうか。小さく頷き返したカオスはようやく、衣服を身につけ始めた。



      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○



 着替え終えたカオスは、まだ躊躇いがちながらも、確かな想いを籠めた目で、映司を見つめ返していた。
「わたし……しりたいの。もっと、愛のことを……仁美おねぇちゃんのことを」
 それは、映司が先程伝えた言葉を受け取って、必死に考えてくれた答えだった。
 これからどうしたいのか。自分の欲望は何なのか……それを改めて他人を伝えるための、関わるための第一歩。

 そのためにしたことは、間違っているけれど……と呟くカオスは、続ける。
「だから……だから、ニンフおねぇさまに、あいたい」
「ニンフに?」
 どういう意味なのか。そんな疑問が口を衝いて出たのだろう、虎徹が素っ頓狂な声を漏らしていた。。
「ニンフおねぇさまは、でんしせんようエンジェロイドだから……てつだってもらえたら、きっとまどかおねぇちゃんからもらった思い出が、もっとよくわかるとおもうの……」

 手伝って貰えたら、というカオスの言葉。
 彼女の犯してしまった罪を考えれば、それは酷く難しいもののように映司には思えた。
 それでも、その望みの切実さだけは、確かに理解できたから。

「そうか――ちょうど俺達も、そうするつもりだったんだ」
 虎徹の言葉に、相槌を打って映司が続く。
「一緒に行こう」
「でも……いっしょだと、きっと……」
「大丈夫。言ったでしょ? 辛い時には、傍にいるって」
「ああ。まぁそりゃ難しいだろうけど……俺からも頼んでみるさ」

 予想通りなら、ニンフの傍にはマミもいる。確かにカオスとの同行は、波乱を避けられないことだろう。
 それでも、困難だからといって見捨てるぐらいなら――最初から、手を差し伸べたいなんて思いやしないのだ。

 またも泣き始めた少女の姿に、しかし今度は哀切も怒りも覚えることなく――泣き止むまでその傍にいようと、映司は素直に思えた。



(見捨てるぐらいなら――最初から、か……)
 あの日掴んだ、魔人の腕を思い出し。
 一瞬だけ生じた逡巡に、しかし答えは下せなかった。



【一日目 真夜中】
【D-5 クスクシエ跡地】


【火野映司@仮面ライダーOOO】
【所属】無
【状態】疲労(大)、ダメージ(極大)、精神疲労(大)、まどか達への罪悪感、カオスへの複雑な心境、伊達達が心配、葛西への怒り
【首輪】70枚:0枚
【コア】タカ、トラ、バッタ、ゴリラ、プテラ、トリケラ、ティラノ、プテラ(放送まで使用不能)、ティラノ(放送まで使用不能)
【装備】オーズドライバー@仮面ライダーOOO
【道具】基本支給品一式、カオス用の替えの服(クスクシエから回収したものです。種類、枚数は後続の書き手さんにお任せします)
【思考・状況】
 基本:グリードを全て砕き、ゲームを破綻させる。
 0. アンク……
 1.虎徹、カオスと同行する。
 2.カオスがやり直せるのか見守りたい。
 3.放送後D-4エリアに向かい、マミとニンフに合流したい。
 4.グリードは問答無用で倒し、メダルを砕くが、オーズとして使用する分のメダルは奪い取る。
 5.もしもアンクが現れたら、やはり倒さなければならない……?
 6.もしもまた暴走したら……
【備考】
※もしもアンクに出会った場合、問答無用で倒すだけの覚悟が出来ているかどうかは不明です。
※ヒーローの話をまだ詳しく聞いておらず、TIGER&BUNNYの世界が異世界だという事にも気付いていません。
※通常より紫のメダルが暴走しやすくなっており、オーズドライバーが映司以外でも使用可能になっています。
※暴走中の記憶は微かに残っていて、また話を聞いたことで何があったかをほぼ把握しています。
※真木清人が時間の流れに介入できることを知りました。
※「ガラと魔女の結界がここの形成に関わっているかもしれない」と考えています。
※世界観の齟齬を若干ながら感じました。
※詳細名簿を一通り見ましたが、どの程度の情報を覚えているかは不明です。
※仁美を殺した“火野映司”が葛西善二郎であることをを知りました。


【鏑木・T・虎徹@TIGER&BUNNY】
【所属】黄
【状態】ダメージ(極大)、疲労(極大)、背中に切傷(応急処置済み)、カオスへの複雑な心境、バーナビー達への心配、葛西への怒り
【首輪】20枚:0枚
【装備】ワイルドタイガー専用ヒーロースーツ(両腕部ガントレット以外脱落)、天の鎖@Fate/Zero
【道具】基本支給品×3、不明支給品0~2 、タカカンドロイド@仮面ライダーOOO、フロッグポッド@仮面ライダーW、P220@Steins;Gate、カリーナの不明支給品(1~3)、切嗣の不明支給品(武器はない)(1~3)、雁夜の不明支給品(0~2)
【思考・状況】
 基本:真木清人とその仲間を捕まえ、このゲームを終わらせる。
 1.映司、カオスと同行する。
 2.放送後D-4エリアに向かい、マミとニンフに合流したい。
 3.できればシュテルンビルトに向かい、スーツを交換する。
 4.イカロスを探し出して説得したいが……
 5.他のヒーローを探す。
 6.マスターの偽物と金髪の女(セシリア)と赤毛の少女(X)、及び葛西善二郎を警戒する。
 7.カオスがやり直せるか見守り、力を貸してやりたい。
【備考】
※本編第17話終了後からの参戦です。
※NEXT能力の減退が始まっています。具体的な能力持続時間は後の書き手さんにお任せします。
※「仮面ライダーW」「そらのおとしもの」の参加者に関する情報を得ました。
※フロッグポットには、以下のメッセージが録音されています。
牧瀬紅莉栖です。聞いてください。
  ……バーナビー・ブルックスJr.は殺し合いに乗っています!今の彼はもうヒーローじゃない!』
※ヒーロースーツは大破し、両腕のガントレット部分以外全て脱落しています。
※ジェイクの支給品は虎徹がまとめて回収しましたが、独り占めしようとしたわけではありません。
※“火野映司”こと葛西善二郎の顔を知りました。
※カオスに更正の可能性を与えられたことでセルメダルが増加しました。


【カオス@そらのおとしもの】
【所属】無(元・青陣営)
【状態】精神疲労(大)、葛西への憎しみ(極大)、罪悪感(大)、成長中
【首輪】55枚:90枚
【装備】なし
【道具】志筑仁美の首輪、映司のトランクス及びスペインフェアの際の泉比奈のクスクシエ従業員服(着用中)
【思考・状況】
 基本:「愛」を知りたい
 1.ニンフおねぇさまに力を貸して欲しい、けれど……
 2. 映司おにぃちゃん、タイガーおじさんといっしょにいる。
 3. 葛西のおじさんに、もう一度会ったら……
【備考】
※参加時期は45話後です。
※制限の影響で「Pandora」の機能が通常より若干落ちています。
至郎田正影、左翔太郎、ウェザーメモリ、アストレア、凰鈴音、甲龍、ジェイク・マルチネス、桜井智樹、鹿目まどかを吸収しました。
※現在までに吸収した能力「天候操作、超加速、甲龍の装備、ジェイクのバリア&読心能力」
※鹿目まどかのソウルジェムは取り込んでいないため、彼女の魔法少女としての能力は身につけていません。また双天牙月を失いました。
※ドーピングコンソメスープの影響で、身長が少しずつ伸びています。現在は17歳前後の身長にまで成長しています。
※智樹、及びまどかを吸収したことで世間一般的な道徳心が芽生える素地ができましたが、それがどの程度影響するかは後続の書き手さんにお任せします。
※まどかの記憶を吸収しましたが、「Pandora」の機能が低下していたこと、死体の損壊が酷かったことから断片的にしか取り込めておらず、また詳細は意識しなければ読み込めません。
※読心能力で聞き取った心の声と、実際に口に出した声の区別があまりついていません。
※“火野”のおじさんが葛西善二郎であること、また彼に抱く感情が憎しみであることを知りました。



129:被制約性のアイソレーション 投下順 131:悩【にんげん】
時系列順
123:欲望交錯-足掻き続ける祈り- 火野映司 146:罪の在処
鏑木・T・虎徹
カオス


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最終更新:2015年08月28日 20:52