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「六番目の小夜子の第1話」(2018/09/28 (金) 03:15:46) の最新版変更点
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#center(){|CENTER:&br()「サヨコ」──&br()&br()私たちの学校には、そういう名前の&br()不思議な言い伝えがあった。&br()&br()3年に1度、サヨコと名乗る生徒が選ばれて&br()3つの約束を果たす。&br()それが成功すれば、大いなる扉が開かれ、&br()3年後にまた、新しいサヨコが選ばれる。&br()──そう言われていた。&br()&br()ある日、ポストに小さな鍵が届けられたら&br()それがサヨコに選ばれた印だ。&br()選ばれた人間はまず、&br()赤い花を生けなくてはならない。&br()始業式の朝、サヨコが無事、&br()引き継がれた証に。&br()場所は正面玄関、掲示板の下。&br()そのための花瓶は、&br()北校舎の戸棚の中にあって──&br()&br()|}
まだ誰も登校していない、早朝の学校。普段使われていない北校舎。
主人公・潮田 玲が赤い花束を抱えつつ、古びた戸棚の扉に鍵を差し込む。
玲「開いた……!」
扉を開く── 中には、何もない。
玲「えっ? えぇっ!? えぇっ!?」
正面玄関へ急ぐと、すでに花瓶があり、赤いバラが生けてある。
玲「嘘……!? 嘘ぉ!?」
鈴の音。後ろ姿の少女が駆け去ってゆく。
バスケットボールのゴールを決める音が響く。
玲は少女を追って校外まで出るが、なかなか追いつけない。
担任教師の黒川が通りかかる。
黒川「潮田!」
玲「先生?」
黒川「なんだ、随分早いな。あ、お前レギュラー狙ってんな? やる気じゃないか、朝練なんて」
玲「お願い、先生。自転車貸して!」
黒川「はぁ?」
玲が自転車を飛ばし、あの少女を捜すが、結局は見失ってしまう。
#center(){|CENTER:&br()西暦2000年4月&br()6番目のサヨコの年──&br()&br()その年のサヨコは、2人いた。&br()&br()|}
#center(){|BGCOLOR(red):CENTER:COLOR(black):&big(){&bold(){第1回(連続12回)&br()&big(){謎の転校生}}}|}
生徒たちが登校してくる。
「おはよう」「おはよう」
秋の幼馴染みの関根 &ruby(しゅう){秋}が玄関をくぐる。足元に赤い花びらが落ちている。
鈴の音を響かせ、少女が通り過ぎてゆく。
秋「誰だよ……?」
そこへ、友人の設楽正浩が。
設楽「秋! 出た出た出た!」
秋「悪い、急いでんだ。そうだ。玲、見なかった?」
設楽「そっちは知らないけど、サヨコなら見た!」
赤いバラの花瓶が飾られている。
設楽「6番目のサヨコ! 噂には聞いてたけど、本当にいるんだな。なぁ、誰だと思う? うちのクラスかな?」
秋「俺だよ」
設楽「……またまた!」
そこへ、3年生の生徒たちが来る。
3年「設楽、秋! 3年は朝礼の前にオリエンテーションだってよ」
設楽「だから、秋は違うだろうよ」
秋の1歳下の弟、由紀夫が来る。
由紀夫「兄ちゃん!」
秋「よせよ。同級生だろ、今日から」
秋は今年で3年生となるところが、心臓病の手術で長期欠席による留年を余儀なくされ、由紀夫と同じ2年生のままである。
3年「……ごめん」
秋「2年生の受験はない。従って、オリエンテーションもない」
設楽「威張るなよ、留年くらい」
3年「ごめん」
秋「もういいって」
設楽「ほら、行くぞ」
由紀夫「玲が絞られてる。職員室で」
職員室から出てくる玲と黒川を、秋が見つける。
秋「玲!」
黒川「ほら、お迎えだぞ」
秋「何だよ、職員室って」
黒川「いや何、職員用のロッカーが2,3、荒らされちゃったもんだからな」
玲「私、ロッカーなんか荒らしてない!」
黒川「だよなぁ。盗ったのは俺の自転車だけだよな」
玲「返しときました! 職員用の駐輪場。はい、これチェーンの鍵」
黒川「ありがと。ただなぁ、今朝方、潮田がすごい勢いで校舎から出てきたところを見たって先生がいてな」
玲「……」
黒川「そろそろ、朝礼始まるぞ。お前ら、急げよ」
玲「先生!」
秋「こっちも聞きたいことあんだけど」
屋内体育館で、始業式が始まる。
『いよいよ今日から新しい学年が始まります──』
玲と秋は始業式に出ず、グランドにいる。
秋「どういうことだよ」
玲「えっ、何が?」
秋「鍵。持ち出したの、玲だよな?」
玲「バレたか……」
秋「今朝、気づいた。カメラ持って来ようとしたら、フィルムケースごと消えてた」
玲「もしかして、自分で生けるつもりだった? あの花」
秋「まさか。そういうゲームに興味はない」
玲「だったら、あの鍵ちょうだい! このまま私に」
秋「駄目だ」
玲「私、サヨコになりたいの」
秋「玲はサヨコじゃないだろう? あの鍵はそもそも、俺に届いたんだ。本当の6番目のサヨコは、俺なんだよ」
玲の親友・花宮雅子が黒川先生に。
雅子「先生。玲と関根さんがいないんですけど」
黒川「うん…… それと、もう1人」
雅子「もう1人?」
体育館内の垂れ幕が、風に吹かれているように揺れ始める。
放送部員「何?」
設楽「なんか…… 風、吹いてないか?」
放送部員「扉は閉まってるけど……」
秋「いいか? もう二度と、サヨコのふりはするな。これ以上、このゲームには関るな」
玲「……の、つもりだった。さっきまでは」
秋「さっき?」
玲「先、越されたの。私が来たとき、もう花瓶はなくて、花も、別のが飾ってあったの。わかる? 1人じゃないの。私のほかにもう1人、別のサヨコがいるの」
秋「まさか……!?」
玲「お願い! 私、このままじゃ引き下がれない。誰がもう1人のサヨコがわかるまで、もう少しサヨコでいさせて。お願い!」
秋「……」
玲「お願い!」
体育館から、激しい音。生徒たちの騒ぎ声が聞こえる。
玲「何!? 何かあったの?」
玲と秋は、体育館へ。
黒川たち「騒がない!」「落ち着いて!」
秋「どうしたんだよ!?」
由紀夫「落ちてきたんだ、あれが」
天井から落ちた照明が、舞台上で砕けており、生徒たちが大騒ぎになっている。
黒川「これはただの事故だ! 落ち着けって!」
生徒たち「サヨコだ! いるんだ、ここに」「どこ!?」「サヨコのせいなの!?」
秋「違う、サヨコじゃない!」
玲が生徒たちをかき分け、舞台上へ。
秋「玲!?」
黒川「潮田!」
玲「そんな…… 私、こんなことやってない!」
校庭の隅に、小さな石碑がある。その前にセーラー服姿の少女が立つ。そばで、幼い女の子が遊んでいる。
玲と秋が教室に入ると早速、雅子、級友の加藤彰彦、溝口祐一らが、始業式のことを話している。
雅子「玲! どこ行ってたのよ、今まで」
玲「ちょっと……」
秋「保健室。俺の心臓が心配で、付き添い」
雅子「心臓…… 大丈夫なの?」
秋「平気。手術してからもう10か月だぜ」
溝口「まぁ、あんなの見たら、誰だって気分悪くなるわよね。いきなりガシャーン!」
手芸部の溝口は、男ながら女言葉を使う。
加藤「今年のサヨコは、なんか凶暴っていうか……」
玲「加藤、前のサヨコ知ってんの?」
雅子「知るわけないじゃん。私たちが入学する前の話だよ」
加藤「先輩も、知りませんよね」
秋「……あいにく」
雅子「加藤、『先輩』はないんじゃない?」
溝口「だって先輩だもん。同じ部室の」
秋「俺が写真で、溝口が手芸、な」
雅子「溝口が呼ぶのはわかるけど」
加藤「じゃあ、弟さんはなんて呼んでるんですか? 隣のクラスの唐沢由紀夫」
雅子「弟?」
溝口「だって苗字、違うわよね?」
秋「親が離婚したとき、あっち、父親のところへ行ったから」
加藤「兄弟で同級生か。どんな感じだろう?」
秋「別に……」
加藤「僕だったら結構、グサッとくるけど」
雅子「加藤! そんなだからあんた、人望ないんだよ」
加藤「人望って、受験科目にあったっけ?」
玲「へらず口って科目あったら、加藤、一番なのにね──!」
溝口「あっ、うまい! 誰か、玲に座布団!」
黒川先生が入室する。
黒川「煽るな、溝口。何が座布団だ。ほらみんな、もうチャイム鳴ってるぞ──!」
一同「は──い」
黒川「さっきの事故の説明するから! はい座って、静かに! ──はい、さっきの事故は、古くなってた照明の留め金が緩んでたのが原因だそうだ。誰もケガなくて良かったよなぁ」
黒川が手招きし、美しい女生徒が教室に入って来る。
一同「おぉ──!」
雅子「美人じゃん」
溝口「たいしたことないわよ」
黒川「新しいクラスメートを紹介する。津村&ruby(さよこ){沙世子}くん」
秋・玲「サヨコ……!?」
その名前に、一同がざわめく。
黒川「はい、静かに。どうぞ」
沙世子「津村沙世子です。3月まで神戸にいました。父の仕事の関係で、急にこちらに転校することになりました。よろしくお願いします」
玲「質問、質問──!」
黒川「はい、潮田」
玲「神戸の前は、どこにいたんですか?」
沙世子「色々。九州とか四国とか。父は転勤が多いもので」
黒川「転校が初めてじゃないって、よくわかったな?」
玲「アクセントは普通だもん」
黒川「ア、アク?」
玲「ア・ク・セ・ン・ト」
秋「言葉」
沙世子「向こうの学校では、みんなこんな風に喋ってました。県外から来る人も多かったので」
雅子「県外? 派手な越境だな~」
加藤「ひょっとして、陽光学院中、とか?」
黒川「よくわかったなぁ、加藤」
一同「へぇ~」「すごい!」「秀才!」
玲「何それ?」
秋「超進学校」
玲「有名?」
秋「メチャ」
玲「バスケ強い?」
秋「さぁ……?」
黒川「まぁ、同じ海べりって言っても、神戸とこの辺りじゃ様子も勝手も違うしな。なんかわかんないことあったら、津村はな──んでもこいつらに聞け。聞かれたお前たちは何でも答える。そういうルールで行こう」
一同「は──い」
沙世子「……はい」
黒川「おっ、早速か。どうぞ」
沙世子「『サヨコ』って、誰ですか?」
一同「……」
沙世子「私が自己紹介したとき、みんな変な顔してました。『サヨコ』って声も聞こえました。私と同じ名前の人がいるんですか?」
黒川「……」
秋「いないよ。そんな奴いない。サヨコって名前の奴もいない」
黒川「と、いうことだそうだ。他に質問は?」
沙世子「いえ……」
黒川「じゃ、席に着いて。この列の一番後ろ」
放課後。掲示板には生徒会からの報せが貼られている。
設楽「3年生の皆さんへ。3年生になられた皆さん、おめでとうございます』ねぇ…… 別に、おめでたくねぇよな。何もしなくたって3年生になれんだし」
秋が、複雑な面持ちで通り過ぎる。
玲と雅子たちは、体育館で女子バスケットボール部の練習。
雅子「玲」
雅子が示す先、沙世子が無人の壇上を見つめている。
雅子「何やってんだろ? 事故があったばかりなのに。怖くないのかな?」
部長の平林塔子が檄を飛ばす。
塔子「花宮さん! 手、止まってる!」
雅子「あ、はい!」
慌てて雅子が放ったボールを、玲が受け損なう。
玲「あ、ごめん!」
ボールが沙世子の足元へ転がって行く。
雅子「津村さん、こっち!」
沙世子がボールに気づく。
玲「こっち!」
沙世子はボールでドリブルを始めると、ロングシュートを放つ。
唖然とする一同の頭上を越え、ボールは見事にゴールに決まる。
塔子「誰、あれ?」
玲「転校生です。うちの」
言葉を失う一同を後に、沙世子が去って行く。その後ろ姿に、玲が朝に見た後姿がだぶる。
玲「すいません、ちょっと!」
校外に出た沙世子を、玲が呼び止める。
玲「津村さぁん!」
沙世子「えぇっと……」
玲「玲! 潮田 玲!」
沙世子「潮田さん?」
玲「あ、玲でいいよ。みんなそう呼ぶから。津村さん、ひょっとして今朝、学校にいなかった? えっと、7時頃」
沙世子「なんで?」
玲「なんで、って…… 見かけたような気がしたから」
沙世子「見間違いよ」
玲「そうかなぁ…… ゴールにシュートしてなかった? 北校舎にいなかった? 赤い花とか、生けなかった?」
沙世子の表情が、微かに変わる。
沙世子「赤い花?」
玲「照明が落ちたとき、どこにいた?」
沙世子「私を疑ってるの? 何かしたって」
玲「……そういうわけじゃないけど」
雅子が玲を呼びに来る。
雅子「玲、早く! フォーメーションの練習、始めるって」
玲「今、行く! ごめん、呼び止めて」
玲が去った後、沙世子がポケットから鍵を取り出す。玲のものと同じ鍵。付けていた鈴が鳴る。
玲が自宅のマンションに帰って来る。
玲「ただいまぁ! あれ? いい匂い……!」
真弓「お帰り」
玲「ただいま!」
母の真由美が迎える。台所では、秋が焼きそばを皿に盛っている。
玲「あっ、いたんだ。いやぁ、うまそう!」
秋「おい! 手、洗えって。こっちがおばさんで、こっちが玲の。こっちが俺で、こっちが耕ちゃんが塾から帰ったら」
真弓「助かるわぁ、秋くん。うちの息子にならない? 玲とトレードして」
秋「フフッ、母に聞いときます。これがうちのですよね」
真弓「うん。あ、焼きそば、うちで食べてったら?」
秋「あ、塾の準備があるから。じゃあ」
玲「あっ、私も秋のところで食べる!」
秋は隣の自宅へ。玲は自分の食事を持ち、隣の秋の家へ。
玲「秋、私! 入るね。秋!」
秋「ひょっとして、あいつ?」
玲「えっ?」
秋「玲が先を越されたのって、あいつのこと? 転校生の──」
玲「津村沙世子?」
秋「今日来たばかりの転校生が、なんでサヨコのこと、知ってんだよ?」
玲「それは……」
秋「なんで、そんなにサヨコに拘るんだよ? ただのゲームだろう? 6番目のサヨコなんて」
玲「……待ってるだけじゃ、嫌だったの」
秋「?」
玲「初めてサヨコの話、聞いたときから、ずっとそう思ってた。もし言い伝えが本当なら、私がサヨコになって、3つの約束を果たしてみたい…… 本当は何が起きるのかって、自分の目で確かめてみたいって」
秋「俺が今年のサヨコだって、いつわかった?」
玲「去年。秋が入院したとき、カメラ持って来てって、秋に頼まれたでしょ? 鍵を見つけたのは、そのとき」
秋「じゃあ、ずっと狙ってたのか? あのときから」
玲「誰も私を選んでくれないなら、自分でつかむしかないって思った。サヨコ、やりたいの」
秋「……」
玲「ごめん、黙ってて」
秋「負けるよなぁ、玲のそういうとこ」
玲「秋……」
翌日の学校。玲と雅子のもとに、塔子が頼みごとに来る。
雅子「私たちがぁ!?」
塔子「そう。地区大会のチームに、絶対欲しいの。あんたたちだって、彼女みたいなメンバーいれば、秋の新人戦、楽勝じゃない?」
玲「それは、そうですけど……」
塔子「お願い! あんたたち2年で彼女、説得してみてくれないかな?」
玲たち「……」
塔子「部長命令! ね?」
玲「……はい」
塔子の懇願を受け、玲と雅子は沙世子を部の勧誘にかかる。
沙世子「バスケかぁ……」
雅子「やってたんでしょ? 向こうで」
沙世子「今度は別のことがしたいかな、って」
雅子「そりゃ、津村さんくらいになれば、何でもできるんだろうけど」
沙世子「私くらいって?」
雅子「えっ?」
沙世子「私が何でもできるって、どうしてそう思うの?」
雅子「だって、陽光学院の出身で、昨日はあんなロングシュートまで決めちゃって!」
沙世子「だから?」
雅子「勉強もスポーツも、美貌もイケてるし、さすが転校生!」
沙世子「転校生だからイケてるの?」
雅子「そういうわけじゃ……」
玲「&ruby(雅子){マー}! 津村さん、そういう言い方は良くないんじゃない? マーも私もさ、昨日のあのロングシュート見て、一緒にバスケやれたらなって、そう思ったから誘ってんじゃない」
沙世子「一緒に?」
玲「うん」
沙世子「やろう」
玲「えっ?」
沙世子「今すぐ。体育館のゴールポスト。潮田さんと私でドリブルシュートやって、先にゴールした方が勝ち。どう?」
雅子「駄目よ、そんなの!」
沙世子「どうして?」
雅子「そういう勝ち負け、なんか違うよ」
そこへ、由紀夫がやって来る。
由紀夫「マー、何もめてんだよ?」
雅子「何でもない」
沙世子「この人と私で勝負しようって話」
由紀夫「勝負?」
雅子「違うの、何でもない」
玲「いいよ、やろう」
雅子「玲!?」
沙世子「私が負けたら、入部してあげる」
玲「いいよ、入部なんか」
沙世子「……?」
雅子「お願い。秋くん、呼んで来て」
由紀夫「兄ちゃん?」
雅子「玲を止められるの、秋くんしかいない」
雅子は由紀夫と共に、秋を呼びに行く。
玲「マーの言う通りだよ。入部は勝ち負けで決めることじゃない」
沙世子「だったら、なんで勝負なんかするの?」
玲「私が勝ったら…… 鍵を返して」
沙世子の眉が、微かに動く。
玲「持ってるでしょ? 北校舎の戸棚の鍵」
沙世子「……じゃあ、もし私が勝ったら?」
玲「……」
沙世子「教えてくれる? サヨコのこと」
玲「いいよ」
体育館。溝口の審判のもと、玲と沙世子のバスケ勝負が始まる。
お互い甲乙つけがたい、激しいボールの奪い合い。
溝口「凄~い……」
報せを受け、塔子が駆けつける。
塔子「何してんの、あんたたち!? やめなさい!」
黒川先生、秋と雅子たちもやって来る。
塔子「やめなさい! やめなさいってば!」
黒川「いいじゃねぇか」
雅子「先生!?」
黒川「だって、楽しそうだぜ、2人とも」
雅子「玲!? 津村さん!?」
激しい攻防の末、2人の脚が絡み、共に転倒。一同が駆け寄る。
雅子「大丈夫、玲?」
黒川「どうする? 続き、やるか? いいぞ、気が済むまでやって」
玲「ごめんね、大丈夫?」
沙世子「痛……」
黒川「花宮、保健室」
雅子「はい」
黒川「捻ったみたいだな。立てるか? 歩けるか?」
下校後の秋が、母・千夏の営む花屋へ立ち寄る。
千夏「今、帰り? 珍しいじゃない。店の方、直接寄るなんて」
秋「ちょっと聞きたいこと、あったから」
千夏「赤い花ねぇ……」
秋「昨日か一昨日、ここに買いに来た客、いなかった?」
千夏「いたわよ!」
秋「誰?」
千夏「玲ちゃん」
秋「なんだ……」
千夏「赤いチューリップばっかり、ごっそり。『誰かにプレゼント?』って聞いたら、『秘密』だって。女の子ねぇ~。おかげで次に来たお客さん、逃しちゃった」
秋「次の客?」
千夏「赤い花ってこの季節、意外と少ないのよ。仕方ないから駅前の花屋さん、教えてあげたけど」
秋「そいつ、うちの中学?」
校庭の隅の碑。始業式の朝同様、沙世子が佇む。そばで幼い女の子が遊んでいる。
部活で校庭をランニング中の由紀夫が、沙世子の姿に気づく。
他の部員「唐沢、何してんだ!?」
由紀夫「……今、行きます!」
夜、玲の家。母の真弓が、自室の玲に声をかける。
真弓「玲! 紅茶入ったけど、飲みに来ない?」
玲「いい……」
居間には父の俊作、弟の耕。
真弓「──だって」
俊作「なんだ、何かあったのか? 玲は」
耕「ま、ケンカってとこでしょう」
母「誰と? 秋くん?」
耕「秋くんとだったら、今頃もっと暴れてるよ。あちこち蹴飛ばして『悔しい!』って」
俊作「じゃ、誰だよ?」
耕「会ったばかりの人だね。姉ちゃん今、頭をフル回転させて考えてるとこだと思うから。姉ちゃんが今までにあったことのないタイプの人なんじゃない?」
俊作「なるほど」
玲は自室に閉じこもり、今までのことを必死に考え続けていた。
始業式に自分より先に飾られていた花、朝の人影、沙世子との勝負──
翌朝。沙世子が登校すると、玄関で生徒たちがざわめいている。
「どうなっちゃってんだ、今年のサヨコは?」
始業式に飾られてい花瓶に、赤いチューリップが生けられている。
先にあったはずの赤いバラは、別の場所で花瓶に生けてある。
「なんだなんだ」「誰だ、一体?」「これ、始業式のバラじゃない」「サヨコが怒るんじゃないの?」
「どっちにしても、面白いことになってきたな」「何か気持ち悪い……」
玲たちの教室。
溝口「これもサヨコの仕業かしらね?」
加藤「サヨコなんか知らねぇよ……」
雅子「でも、なんか面白くなってきたね」
加藤「馬鹿」
溝口「馬鹿とは何よ?」
雅子「よしなよ」
生徒たち「これ、正面玄関にあった奴じゃない?」「今日はチューリップだったよ」「なんか変……」
沙世子の行く先々。階段にバラの花が撒いてある。
「やだぁ」「なんでぇ?」
その先には、廊下にバラの花が貼られている。
「やっぱサヨコじゃん」「気味悪い」「でも、綺麗じゃん?」「超不気味~」「一体、誰がやったんだろう?」
無人の部室を掃除する玲に、秋が封筒を渡す。
玲「何これ?」
秋「サヨコの指令書 春休みに送られて来た、虎の巻。代々そうやって受け継がれて来たんだと思う」
玲「いいの?」
玲が封筒を開き、中身を読み始める。
玲「その1、サヨコは赤い花を生ける」
秋「それは始業式のこと」
玲「その2、サヨコはサヨコを演じる……?」
秋「それは文化祭」
玲「文化祭?」
秋「文化祭の初日、全校生徒の前で芝居を見せろっていうんだ。サヨコっていうタイトルの1人芝居」
玲「私がやるの!?」
秋「それについては、また指令書が来ると思う」
玲「……その3、サヨコはサヨコを指名する」
秋「これは卒業するとき。誰かにこっそり、例の鍵を送るんだ。俺がされたみたいに」
玲「そうして送られた相手が……」
秋「7番目のサヨコだ」
玲が鍵を差し出す。しかし秋は鍵を受け取らず、そのまま鍵を玲の手に握らせる。
玲「いいの?」
秋は無言でうなずく。
玲「津村さんから鍵取り上げるの、失敗しちゃった」
秋「みたいだな」
玲「なのに、どうしてこの鍵、譲ってくれるの?」
秋「俺はサヨコなんて言い伝え、信じてない。だから、サヨコになる気もない。けど、玲がそんなサヨコをやってみたいなら、そういう奴がやるのが一番いいのかも、って」
玲「秋…… ありがと」
体育館で準備をする部員たちのもと、玲が駆けつける。
玲「遅れてすいません!」
ストレッチをしている部員たちの中に、沙世子が混ざっている。
雅子「入部したんだって」
玲「え……?」
塔子「そこ! ちゃんと組んでストレッチして」
沙世子「よろしくね」
その様子を見ている秋に、由紀夫が声をかける。
由紀夫「兄ちゃん!」
秋「よせって。学校でそう呼ぶのは」
由紀夫「あいつ、誰?」
秋「あいつ?」
由紀夫は沙世子を指す。
由紀夫「変だよ、あいつ。校庭の隅にさ、お墓みたいのあるじゃない」
秋「墓?」
由紀夫「昔、国道で、この中学の女の子が、事故に遭って死んだんだって。って、知らない?」
秋「そう言えば……」
由紀夫「その子のことを祀った、碑っていうの? それが校庭にあるんだけど、そこにいたんだよ、あいつが」
秋「……」
由紀夫「それがさぁ、何っていうか…… 何ともいえないような顔して……」
校庭の碑のもとに、沙世子が佇む。碑のそばで遊ぶ幼い少女。
沙世子が妖しく笑う──
#center(){&bold(){&bold(){つづく}}}
#center(){|CENTER:&br()「サヨコ」──&br()&br()私たちの学校には、そういう名前の&br()不思議な言い伝えがあった。&br()&br()3年に1度、サヨコと名乗る生徒が選ばれて&br()3つの約束を果たす。&br()それが成功すれば、大いなる扉が開かれ、&br()3年後にまた、新しいサヨコが選ばれる。&br()──そう言われていた。&br()&br()ある日、ポストに小さな鍵が届けられたら&br()それがサヨコに選ばれた印だ。&br()選ばれた人間はまず、&br()赤い花を生けなくてはならない。&br()始業式の朝、サヨコが無事、&br()引き継がれた証に。&br()場所は正面玄関、掲示板の下。&br()そのための花瓶は、&br()北校舎の戸棚の中にあって──&br()&br()|}
まだ誰も登校していない、早朝の学校。
普段使われていない北校舎。
主人公・潮田 玲が赤い花束を抱えつつ、古びた戸棚の扉に鍵を差し込む。
玲「開いた……!」
扉を開く──
中には、何もない。
玲「えっ? えぇっ!? えぇっ!?」
正面玄関へ急ぐと、すでに花瓶があり、赤いバラが生けてある。
玲「嘘……!? 嘘ぉ!?」
鈴の音。後ろ姿の少女が駆け去ってゆく。
バスケットボールのゴールを決める音が響く。
玲は少女を追って校外まで出るが、なかなか追いつけない。
担任教師の黒川が通りかかる。
黒川「潮田!」
玲「先生?」
黒川「なんだ、随分早いな。あ、お前レギュラー狙ってんな? やる気じゃないか、朝練なんて」
玲「お願い、先生。自転車貸して!」
黒川「はぁ?」
玲が自転車を飛ばし、あの少女を捜すが、結局は見失ってしまう。
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生徒たちが登校してくる。
「おはよう」「おはよう」
秋の幼馴染みの関根 &ruby(しゅう){秋}が玄関をくぐる。
足元に赤い花びらが落ちている。
鈴の音を響かせ、少女が通り過ぎてゆく。
秋「誰だよ……?」
そこへ、友人の設楽正浩が。
設楽「秋! 出た出た出た!」
秋「悪い、急いでんだ。そうだ。玲、見なかった?」
設楽「そっちは知らないけど、サヨコなら見た!」
赤いバラの花瓶が飾られている。
設楽「6番目のサヨコ! 噂には聞いてたけど、本当にいるんだな。なぁ、誰だと思う? うちのクラスかな?」
秋「俺だよ」
設楽「……またまた!」
そこへ、3年生の生徒たちが来る。
3年「設楽、秋! 3年は朝礼の前にオリエンテーションだってよ」
設楽「だから、秋は違うだろうよ」
秋の1歳下の弟、由紀夫が来る。
由紀夫「兄ちゃん!」
秋「よせよ。同級生だろ、今日から」
秋は今年で3年生となるところが、心臓病の手術で長期欠席による留年を余儀なくされ、由紀夫と同じ2年生のままである。
3年「……ごめん」
秋「2年生の受験はない。従って、オリエンテーションもない」
設楽「威張るなよ、留年くらい」
3年「ごめん」
秋「もういいって」
設楽「ほら、行くぞ」
由紀夫「玲が絞られてる。職員室で」
職員室から出てくる玲と黒川を、秋が見つける。
秋「玲!」
黒川「ほら、お迎えだぞ」
秋「何だよ、職員室って」
黒川「いや何、職員用のロッカーが2,3、荒らされちゃったもんだからな」
玲「私、ロッカーなんか荒らしてない!」
黒川「だよなぁ。盗ったのは俺の自転車だけだよな」
玲「返しときました! 職員用の駐輪場。はい、これチェーンの鍵」
黒川「ありがと。ただなぁ、今朝方、潮田がすごい勢いで校舎から出てきたところを見たって先生がいてな」
玲「……」
黒川「そろそろ、朝礼始まるぞ。お前ら、急げよ」
玲「先生!」
秋「こっちも聞きたいことあんだけど」
屋内体育館で、始業式が始まる。
『いよいよ今日から新しい学年が始まります──』
玲と秋は始業式に出ず、グランドにいる。
秋「どういうことだよ」
玲「えっ、何が?」
秋「鍵。持ち出したの、玲だよな?」
玲「バレたか……」
秋「今朝、気づいた。カメラ持って来ようとしたら、フィルムケースごと消えてた」
玲「もしかして、自分で生けるつもりだった? あの花」
秋「まさか。そういうゲームに興味はない」
玲「だったら、あの鍵ちょうだい! このまま私に」
秋「駄目だ」
玲「私、サヨコになりたいの」
秋「玲はサヨコじゃないだろう? あの鍵はそもそも、俺に届いたんだ。本当の6番目のサヨコは、俺なんだよ」
玲の親友・花宮雅子が黒川先生に。
雅子「先生。玲と関根さんがいないんですけど」
黒川「うん…… それと、もう1人」
雅子「もう1人?」
体育館内の垂れ幕が、風に吹かれているように揺れ始める。
放送部員「何?」
設楽「なんか…… 風、吹いてないか?」
放送部員「扉は閉まってるけど……」
秋「いいか? もう二度と、サヨコのふりはするな。これ以上、このゲームには関るな」
玲「……の、つもりだった。さっきまでは」
秋「さっき?」
玲「先、越されたの。私が来たとき、もう花瓶はなくて、花も、別のが飾ってあったの。わかる? 1人じゃないの。私のほかにもう1人、別のサヨコがいるの」
秋「まさか……!?」
玲「お願い! 私、このままじゃ引き下がれない。誰がもう1人のサヨコがわかるまで、もう少しサヨコでいさせて。お願い!」
秋「……」
玲「お願い!」
体育館から、激しい音。
生徒たちの騒ぎ声が聞こえる。
玲「何!? 何かあったの?」
玲と秋は、体育館へ。
黒川たち「騒がない!」「落ち着いて!」
秋「どうしたんだよ!?」
由紀夫「落ちてきたんだ、あれが」
天井から落ちた照明が、舞台上で砕けており、生徒たちが大騒ぎになっている。
黒川「これはただの事故だ! 落ち着けって!」
生徒たち「サヨコだ! いるんだ、ここに」「どこ!?」「サヨコのせいなの!?」
秋「違う、サヨコじゃない!」
玲が生徒たちをかき分け、舞台上へ。
秋「玲!?」
黒川「潮田!」
玲「そんな…… 私、こんなことやってない!」
校庭の隅に、小さな石碑がある。
その前に、セーラー服姿の少女が立つ。
そばで、幼い女の子が遊んでいる。
玲と秋が教室に入ると早速、雅子、級友の加藤彰彦、溝口祐一らが、始業式のことを話している。
雅子「玲! どこ行ってたのよ、今まで」
玲「ちょっと……」
秋「保健室。俺の心臓が心配で、付き添い」
雅子「心臓…… 大丈夫なの?」
秋「平気。手術してからもう10か月だぜ」
溝口「まぁ、あんなの見たら、誰だって気分悪くなるわよね。いきなりガシャーン!」
手芸部の溝口は、男ながら女言葉を使う。
加藤「今年のサヨコは、なんか凶暴っていうか……」
玲「加藤、前のサヨコ知ってんの?」
雅子「知るわけないじゃん。私たちが入学する前の話だよ」
加藤「先輩も、知りませんよね」
秋「……あいにく」
雅子「加藤、『先輩』はないんじゃない?」
溝口「だって先輩だもん。同じ部室の」
秋「俺が写真で、溝口が手芸、な」
雅子「溝口が呼ぶのはわかるけど」
加藤「じゃあ、弟さんはなんて呼んでるんですか? 隣のクラスの唐沢由紀夫」
雅子「弟?」
溝口「だって苗字、違うわよね?」
秋「親が離婚したとき、あっち、父親のところへ行ったから」
加藤「兄弟で同級生か。どんな感じだろう?」
秋「別に……」
加藤「僕だったら結構、グサッとくるけど」
雅子「加藤! そんなだからあんた、人望ないんだよ」
加藤「人望って、受験科目にあったっけ?」
玲「へらず口って科目あったら、加藤、一番なのにね──!」
溝口「あっ、うまい! 誰か、玲に座布団!」
黒川先生が入室する。
黒川「煽るな、溝口。何が座布団だ。ほらみんな、もうチャイム鳴ってるぞ──!」
一同「は──い」
黒川「さっきの事故の説明するから! はい座って、静かに! ──はい、さっきの事故は、古くなってた照明の留め金が緩んでたのが原因だそうだ。誰もケガなくて良かったよなぁ」
黒川が手招きし、美しい女生徒が教室に入って来る。
一同「おぉ──!」
雅子「美人じゃん」
溝口「たいしたことないわよ」
黒川「新しいクラスメートを紹介する。津村&ruby(さよこ){沙世子}くん」
秋・玲「サヨコ……!?」
その名前に、一同がざわめく。
黒川「はい、静かに。どうぞ」
沙世子「津村沙世子です。3月まで神戸にいました。父の仕事の関係で、急にこちらに転校することになりました。よろしくお願いします」
玲「質問、質問──!」
黒川「はい、潮田」
玲「神戸の前は、どこにいたんですか?」
沙世子「色々。九州とか四国とか。父は転勤が多いもので」
黒川「転校が初めてじゃないって、よくわかったな?」
玲「アクセントは普通だもん」
黒川「ア、アク?」
玲「ア・ク・セ・ン・ト」
秋「言葉」
沙世子「向こうの学校では、みんなこんな風に喋ってました。県外から来る人も多かったので」
雅子「県外? 派手な越境だな~」
加藤「ひょっとして、陽光学院中、とか?」
黒川「よくわかったなぁ、加藤」
一同「へぇ~」「すごい!」「秀才!」
玲「何それ?」
秋「超進学校」
玲「有名?」
秋「メチャ」
玲「バスケ強い?」
秋「さぁ……?」
黒川「まぁ、同じ海べりって言っても、神戸とこの辺りじゃ様子も勝手も違うしな。なんかわかんないことあったら、津村はな──んでもこいつらに聞け。聞かれたお前たちは何でも答える。そういうルールで行こう」
一同「は──い」
沙世子「……はい」
黒川「おっ、早速か。どうぞ」
沙世子「『サヨコ』って、誰ですか?」
一同「……」
沙世子「私が自己紹介したとき、みんな変な顔してました。『サヨコ』って声も聞こえました。私と同じ名前の人がいるんですか?」
黒川「……」
秋「いないよ。そんな奴いない。サヨコって名前の奴もいない」
黒川「と、いうことだそうだ。他に質問は?」
沙世子「いえ……」
黒川「じゃ、席に着いて。この列の一番後ろ」
放課後。
掲示板には、生徒会からの報せが貼られている。
設楽「3年生の皆さんへ。3年生になられた皆さん、おめでとうございます』ねぇ…… 別に、おめでたくねぇよな。何もしなくたって3年生になれんだし」
秋が、複雑な面持ちで通り過ぎる。
玲と雅子たちは、体育館で女子バスケットボール部の練習。
雅子「玲」
雅子が示す先、沙世子が無人の壇上を見つめている。
雅子「何やってんだろ? 事故があったばかりなのに。怖くないのかな?」
部長の平林塔子が檄を飛ばす。
塔子「花宮さん! 手、止まってる!」
雅子「あ、はい!」
慌てて雅子が放ったボールを、玲が受け損なう。
玲「あ、ごめん!」
ボールが沙世子の足元へ転がって行く。
雅子「津村さん、こっち!」
沙世子がボールに気づく。
玲「こっち!」
沙世子はボールでドリブルを始めると、ロングシュートを放つ。
唖然とする一同の頭上を越え、ボールは見事にゴールに決まる。
塔子「誰、あれ?」
玲「転校生です。うちの」
言葉を失う一同を後に、沙世子が去って行く。
その後ろ姿に、玲が朝に見た後姿がだぶる。
玲「すいません、ちょっと!」
校外に出た沙世子を、玲が呼び止める。
玲「津村さぁん!」
沙世子「えぇっと……」
玲「玲! 潮田 玲!」
沙世子「潮田さん?」
玲「あ、玲でいいよ。みんなそう呼ぶから。津村さん、ひょっとして今朝、学校にいなかった? えっと、7時頃」
沙世子「なんで?」
玲「なんで、って…… 見かけたような気がしたから」
沙世子「見間違いよ」
玲「そうかなぁ…… ゴールにシュートしてなかった? 北校舎にいなかった? 赤い花とか、生けなかった?」
沙世子の表情が、微かに変わる。
沙世子「赤い花?」
玲「照明が落ちたとき、どこにいた?」
沙世子「私を疑ってるの? 何かしたって」
玲「……そういうわけじゃないけど」
雅子が玲を呼びに来る。
雅子「玲、早く! フォーメーションの練習、始めるって」
玲「今、行く! ごめん、呼び止めて」
玲が去った後、沙世子がポケットから鍵を取り出す。
玲のものと同じ鍵。
付けていた鈴が鳴る。
玲が自宅のマンションに帰って来る。
玲「ただいまぁ! あれ? いい匂い……!」
真弓「お帰り」
玲「ただいま!」
母の真由美が迎える。
台所では、秋が焼きそばを皿に盛っている。
玲「あっ、いたんだ。いやぁ、うまそう!」
秋「おい! 手、洗えって。こっちがおばさんで、こっちが玲の。こっちが俺で、こっちが耕ちゃんが塾から帰ったら」
真弓「助かるわぁ、秋くん。うちの息子にならない? 玲とトレードして」
秋「フフッ、母に聞いときます。これがうちのですよね」
真弓「うん。あ、焼きそば、うちで食べてったら?」
秋「あ、塾の準備があるから。じゃあ」
玲「あっ、私も秋のところで食べる!」
秋は隣の自宅へ。
玲は自分の食事を持ち、隣の秋の家へ。
玲「秋、私! 入るね。秋!」
秋「ひょっとして、あいつ?」
玲「えっ?」
秋「玲が先を越されたのって、あいつのこと? 転校生の──」
玲「津村沙世子?」
秋「今日来たばかりの転校生が、なんでサヨコのこと、知ってんだよ?」
玲「それは……」
秋「なんで、そんなにサヨコに拘るんだよ? ただのゲームだろう? 6番目のサヨコなんて」
玲「……待ってるだけじゃ、嫌だったの」
秋「?」
玲「初めてサヨコの話、聞いたときから、ずっとそう思ってた。もし言い伝えが本当なら、私がサヨコになって、3つの約束を果たしてみたい…… 本当は何が起きるのかって、自分の目で確かめてみたいって」
秋「俺が今年のサヨコだって、いつわかった?」
玲「去年。秋が入院したとき、カメラ持って来てって、秋に頼まれたでしょ? 鍵を見つけたのは、そのとき」
秋「じゃあ、ずっと狙ってたのか? あのときから」
玲「誰も私を選んでくれないなら、自分でつかむしかないって思った。サヨコ、やりたいの」
秋「……」
玲「ごめん、黙ってて」
秋「負けるよなぁ、玲のそういうとこ」
玲「秋……」
翌日の学校。
玲と雅子のもとに、塔子が頼みごとに来る。
雅子「私たちがぁ!?」
塔子「そう。地区大会のチームに、絶対欲しいの。あんたたちだって、彼女みたいなメンバーいれば、秋の新人戦、楽勝じゃない?」
玲「それは、そうですけど……」
塔子「お願い! あんたたち2年で彼女、説得してみてくれないかな?」
玲たち「……」
塔子「部長命令! ね?」
玲「……はい」
塔子の懇願を受け、玲と雅子は沙世子を部の勧誘にかかる。
沙世子「バスケかぁ……」
雅子「やってたんでしょ? 向こうで」
沙世子「今度は別のことがしたいかな、って」
雅子「そりゃ、津村さんくらいになれば、何でもできるんだろうけど」
沙世子「私くらいって?」
雅子「えっ?」
沙世子「私が何でもできるって、どうしてそう思うの?」
雅子「だって、陽光学院の出身で、昨日はあんなロングシュートまで決めちゃって!」
沙世子「だから?」
雅子「勉強もスポーツも、美貌もイケてるし、さすが転校生!」
沙世子「転校生だからイケてるの?」
雅子「そういうわけじゃ……」
玲「&ruby(雅子){マー}! 津村さん、そういう言い方は良くないんじゃない? マーも私もさ、昨日のあのロングシュート見て、一緒にバスケやれたらなって、そう思ったから誘ってんじゃない」
沙世子「一緒に?」
玲「うん」
沙世子「やろう」
玲「えっ?」
沙世子「今すぐ。体育館のゴールポスト。潮田さんと私でドリブルシュートやって、先にゴールした方が勝ち。どう?」
雅子「駄目よ、そんなの!」
沙世子「どうして?」
雅子「そういう勝ち負け、なんか違うよ」
そこへ、由紀夫がやって来る。
由紀夫「マー、何もめてんだよ?」
雅子「何でもない」
沙世子「この人と私で勝負しようって話」
由紀夫「勝負?」
雅子「違うの、何でもない」
玲「いいよ、やろう」
雅子「玲!?」
沙世子「私が負けたら、入部してあげる」
玲「いいよ、入部なんか」
沙世子「……?」
雅子「お願い。秋くん、呼んで来て」
由紀夫「兄ちゃん?」
雅子「玲を止められるの、秋くんしかいない」
雅子は由紀夫と共に、秋を呼びに行く。
玲「マーの言う通りだよ。入部は勝ち負けで決めることじゃない」
沙世子「だったら、なんで勝負なんかするの?」
玲「私が勝ったら…… 鍵を返して」
沙世子の眉が、微かに動く。
玲「持ってるでしょ? 北校舎の戸棚の鍵」
沙世子「……じゃあ、もし私が勝ったら?」
玲「……」
沙世子「教えてくれる? サヨコのこと」
玲「いいよ」
体育館。
溝口の審判のもと、玲と沙世子のバスケ勝負が始まる。
お互い甲乙つけがたい、激しいボールの奪い合い。
溝口「凄~い……」
報せを受け、塔子が駆けつける。
塔子「何してんの、あんたたち!? やめなさい!」
黒川先生、秋と雅子たちもやって来る。
塔子「やめなさい! やめなさいってば!」
黒川「いいじゃねぇか」
雅子「先生!?」
黒川「だって、楽しそうだぜ、2人とも」
雅子「玲!? 津村さん!?」
激しい攻防の末、2人の脚が絡み、共に転倒。
一同が駆け寄る。
雅子「大丈夫、玲?」
黒川「どうする? 続き、やるか? いいぞ、気が済むまでやって」
玲「ごめんね、大丈夫?」
沙世子「痛……」
黒川「花宮、保健室」
雅子「はい」
黒川「捻ったみたいだな。立てるか? 歩けるか?」
下校後の秋が、母・千夏の営む花屋へ立ち寄る。
千夏「今、帰り? 珍しいじゃない。店の方、直接寄るなんて」
秋「ちょっと聞きたいこと、あったから」
千夏「赤い花ねぇ……」
秋「昨日か一昨日、ここに買いに来た客、いなかった?」
千夏「いたわよ!」
秋「誰?」
千夏「玲ちゃん」
秋「なんだ……」
千夏「赤いチューリップばっかり、ごっそり。『誰かにプレゼント?』って聞いたら、『秘密』だって。女の子ねぇ~。おかげで次に来たお客さん、逃しちゃった」
秋「次の客?」
千夏「赤い花ってこの季節、意外と少ないのよ。仕方ないから駅前の花屋さん、教えてあげたけど」
秋「そいつ、うちの中学?」
校庭の隅の碑。
始業式の朝同様、沙世子が佇む。
そばで幼い女の子が遊んでいる。
部活で校庭をランニング中の由紀夫が、沙世子の姿に気づく。
他の部員「唐沢、何してんだ!?」
由紀夫「……今、行きます!」
夜、玲の家。
母の真弓が、自室の玲に声をかける。
真弓「玲! 紅茶入ったけど、飲みに来ない?」
玲「いい……」
居間には父の俊作、弟の耕。
真弓「──だって」
俊作「なんだ、何かあったのか? 玲は」
耕「ま、ケンカってとこでしょう」
母「誰と? 秋くん?」
耕「秋くんとだったら、今頃もっと暴れてるよ。あちこち蹴飛ばして『悔しい!』って」
俊作「じゃ、誰だよ?」
耕「会ったばかりの人だね。姉ちゃん今、頭をフル回転させて考えてるとこだと思うから。姉ちゃんが今までにあったことのないタイプの人なんじゃない?」
俊作「なるほど」
玲は自室に閉じこもり、今までのことを必死に考え続ける。
始業式に自分より先に飾られていた花、朝の人影、沙世子との勝負──
翌朝。
沙世子が登校すると、玄関で生徒たちがざわめいている。
「どうなっちゃってんだ、今年のサヨコは?」
始業式に飾られてい花瓶に、赤いチューリップが生けられている。
先にあったはずの赤いバラは、別の場所で花瓶に生けてある。
「なんだなんだ」「誰だ、一体?」「これ、始業式のバラじゃない」「サヨコが怒るんじゃないの?」
「どっちにしても、面白いことになってきたな」「何か気持ち悪い……」
玲たちの教室。
溝口「これもサヨコの仕業かしらね?」
加藤「サヨコなんか知らねぇよ……」
雅子「でも、なんか面白くなってきたね」
加藤「馬鹿」
溝口「馬鹿とは何よ?」
雅子「よしなよ」
生徒たち「これ、正面玄関にあった奴じゃない?」「今日はチューリップだったよ」「なんか変……」
沙世子の行く先々。
階段にバラの花が撒いてある。
「やだぁ」「なんでぇ?」
その先には、廊下にバラの花が貼られている。
「やっぱサヨコじゃん」「気味悪い」「でも、綺麗じゃん?」「超不気味~」「一体、誰がやったんだろう?」
無人の部室を掃除する玲に、秋が封筒を渡す。
玲「何これ?」
秋「サヨコの指令書 春休みに送られて来た、虎の巻。代々そうやって受け継がれて来たんだと思う」
玲「いいの?」
玲が封筒を開き、中身を読み始める。
玲「その1、サヨコは赤い花を生ける」
秋「それは始業式のこと」
玲「その2、サヨコはサヨコを演じる……?」
秋「それは文化祭」
玲「文化祭?」
秋「文化祭の初日、全校生徒の前で芝居を見せろっていうんだ。サヨコっていうタイトルの1人芝居」
玲「私がやるの!?」
秋「それについては、また指令書が来ると思う」
玲「……その3、サヨコはサヨコを指名する」
秋「これは卒業するとき。誰かにこっそり、例の鍵を送るんだ。俺がされたみたいに」
玲「そうして送られた相手が……」
秋「7番目のサヨコだ」
玲が鍵を差し出す。
しかし秋は鍵を受け取らず、そのまま鍵を玲の手に握らせる。
玲「いいの?」
秋は無言でうなずく。
玲「津村さんから鍵取り上げるの、失敗しちゃった」
秋「みたいだな」
玲「なのに、どうしてこの鍵、譲ってくれるの?」
秋「俺はサヨコなんて言い伝え、信じてない。だから、サヨコになる気もない。けど、玲がそんなサヨコをやってみたいなら、そういう奴がやるのが一番いいのかも、って」
玲「秋…… ありがと」
体育館で準備をする部員たちのもと、玲が駆けつける。
玲「遅れてすいません!」
ストレッチをしている部員たちの中に、沙世子が混ざっている。
雅子「入部したんだって」
玲「え……?」
塔子「そこ! ちゃんと組んでストレッチして」
沙世子「よろしくね」
その様子を見ている秋に、由紀夫が声をかける。
由紀夫「兄ちゃん!」
秋「よせって。学校でそう呼ぶのは」
由紀夫「あいつ、誰?」
秋「あいつ?」
由紀夫は沙世子を指す。
由紀夫「変だよ、あいつ。校庭の隅にさ、お墓みたいのあるじゃない」
秋「墓?」
由紀夫「昔、国道で、この中学の女の子が、事故に遭って死んだんだって。って、知らない?」
秋「そう言えば……」
由紀夫「その子のことを祀った、碑っていうの? それが校庭にあるんだけど、そこにいたんだよ、あいつが」
秋「……」
由紀夫「それがさぁ、何っていうか…… 何ともいえないような顔して……」
校庭の碑のもとに、沙世子が佇む。
碑のそばで遊ぶ幼い少女。
沙世子が妖しく笑う──
#center(){&bold(){&bold(){つづく}}}