地球少女アルジュナの最終回


もう少し早く気づいていれば
助けられたかもしれない。
もう少し早く気づいていれば
守れたかもしれない。

人は皆、空気と、水と、
食べ物が無ければ
生きていけないという
当たり前の真実を。

もう少し、早く……



樹奈(じゅな)が守護神アスラに乗り、日本に飛来する。
終末をもたらす魔物・ラージャの侵攻で、街はほぼ機能を停止し、荒廃しきっている。

樹奈「ま、街が……」

ラージャの攻撃が迫る。

樹奈「来た!」

アスラが攻撃をかわして宙を舞うが、ついに攻撃に耐えきれず、地上へと墜落してゆく。
樹奈も地面に叩きつけられる。
荒廃したビル群のあちこちに、ラージャの巨体が蠢いている。

樹奈「何よ、これ…… 何なんよ、これ……」

ラージャがビルを砕き、樹奈に迫る。

樹奈「何てことを…… してくれたんやぁぁ!!」

弓を引きしぼり、ラージャたちを撃つ。

樹奈「やったか!?」

背後から別のラージャが襲いかかるが、アスラがそのラージャを撃つ。

樹奈「アスラ!」

アスラがラージャたちと戦いを繰り広げるが、猛攻を浴びて体が砕け、消滅する。

樹奈「嘘っ!? アスラぁぁ!!」

樹奈はビル街を飛びかってラージャの攻撃を避けつつ、弓を射る。
しかし攻撃を避けきれず、またも地面に叩きつけられる。

樹奈「あぁっ!?」

なおも、無数のラージャたちが蠢いている。

樹奈「き、キリがない」
声「愚かな……」
樹奈「えっ? え…… 何!?」
声「お前は今、何をしに、ここにいる?」

荒廃した街の片隅に、クリスが佇んでいる。

樹奈「クリス!?」
クリス「今、何を?」
樹奈「え……? 何って、そんなん、時夫らを助けるために決まってるやんか!?」
クリス「助ける? 己の一番身近な者のことすら、何一つわからずに」
樹奈「もう、あんたこそ何よ!? 何でこんなんなるまで、ラージャをほっといたんよ!?」
クリス「……ラージャは私であり、私はラージャだから」
樹奈「えっ!?」
クリス「私はラージャだから」
樹奈「何言うとんよ?」
クリス「まだわからぬか? 私とラージャは、元より一つだということが」
樹奈「嘘……!? そんな…… あれは、ほんまにラージャを助けたんじゃなくて、あんたが元々ラージャやったってこと? ひどい! それじゃこれも、みんなあんたが!?」
クリス「樹奈よ。お前の体は、何からできている?」
樹奈「えっ? それは……」
クリス「そう。空気と水と、生き物たちからの…… この星を(けが)すことは、己を汚すこと。自分を汚す者は、自ら滅びるしかあるまい」
樹奈「そんな…… なんでもっと早う、教えてくれへんかったん? なんでもっと早う……」
クリス「何度も何度も知らせた」
樹奈「え……?」
クリス「何度も、何度も…… うっ!?」

苦しそうに倒れるクリスを、樹奈が支える。
クリスに触れた樹奈の腕が、黒く染まってゆく。

樹奈「あ、あ、あ──!?」
クリス「知らせた…… ずっと昔から……」

樹奈の脳裏にイメージが流れる。
畑に除草剤が撒かれ、多くの虫が死んでゆく。

クリス「知らせた、知らせた…… しかし、お前は目あれど見えず、耳あれど聞こえず」

動物の死体、車の排気ガス、工場の煙突から撒かれる排ガス。

クリス「鼻あれど匂い嗅がず、舌あれど味わあず、肌触れあえど感じず、う、うぅっ!」

無数のラージャが、クリスの体内へ飛び込んでゆく。

樹奈「嫌ぁ!」

ラージャたちがクリスと融合する。
樹奈が激高し、弓を引き絞る。

樹奈「う、うぉぉ──っ!」
声「駄目! クリスを撃っちゃ駄目!」
樹奈「え!?」

地球保全機構SEED(シード)のヘリコプターが、鬼塚司令やシンディを乗せて飛来する。

樹奈「どいて! あのバケモンを、やっつけな!」
シンディ「駄目よ! もしクリスを殺したら、地球が!」
樹奈「え……!?」
鬼塚「聞け。今もしTI1*1を殺せば、彼の体内から超ラージャが解放され、日本列島の龍脈を通じて大異変が発生。バンアレン帯の消失と大地殻変動で、地球の生態系は壊滅する……」
樹奈「か、壊滅……!?」

クリスと融合したラージャが、見上げるほどの巨大なラージャと化す。

鬼塚「何だと!?」
シンディ「わぁぁ…… クリスが!?」
樹奈「嘘……!?」
オペレーター「TI1、地球共鳴波、実体ラージャ群とシンクロ。地下の龍脈とも共鳴、増幅中!」
鬼塚「TI1と、すべてのラージャが繋がったか…… TI2*2、ただちに超ラージャの下の龍脈を撃て!」
樹奈「龍脈を?」
鬼塚「そうだ。君の力で超ラージャの真下を走る龍脈に虚空結界を発生させ、すべてのラージャを流体列島、この日本のもとへ封印せよ」
樹奈「日本へラージャを封印? じゃあ、日本はどうなるんよ? 日本の人たちは!?」
鬼塚「おそらく日本は消えるだろう。ラージャと龍脈の力で、素粒子レベルにまで還元され、消滅するだろう」
シンディ「消滅!?」
オペレーター「司令!?」
鬼塚「やむを得まい。我々は太古から続くこの島国の命を、受け継ぎ損ねたのだ……」
オペレーター「そんな……!?」


一方で時夫は、級友さゆり、その妹・ゆかりと共に、山へ食料を捜しに入っている。
さゆりが喉を涸らして、倒れてしまう。

さゆり「水…… 水……」
時夫「水って言ったって、俺……」
さゆり「水…… う、うぅ……」
時夫「さゆり!? さゆり! しっかりしろよ、さゆり! さゆりぃぃ!!」


樹奈「時夫!?」
鬼塚「早く龍脈を!」
樹奈「嫌や! そんなことしたら、日本が! 時夫らが!!」
鬼塚「この国が滅びても、この国の心は残る。この小さな島国に、虫や石ころの声を聴き、あまたるや一服の茶の中にさえ大地の息吹を感じ、この星の生命圏を守るために命を捧げた民がいたという記憶として」
樹奈「嫌や…… 何が記憶よ。今、みんなが生きるか死ぬかってときに! んなもん残して、何になるっていうんよ!?」

樹奈が飛び去る。

シンディ「あいつ……!」
鬼塚「道はまだ見えぬか。追え!」


時夫「さゆり…… 畜生。せめて、何か食べさせてやれれば……」

ふと見ると、虫たちが葉をかじっている。

(樹奈『なぁ、時夫? なんで虫は、自分らの食べる葉がわかるんやろ? 私、わからんかった。何も食べ物、見つけられんかった』)

時夫「ほんまやなぁ…… なんで、こんなんなっちまったんだろ…… 樹奈……」

脳裏に、何かのイメージが浮かぶ。

時夫「行かな! ……行かな!」

何かに取りつかれたように、時夫が林の中を歩き、草むらの中をかき分ける。
山ブドウが茂っている。

時夫「何や!?」

実を手に取り、かぶりつく。
果汁がほとばしる。


樹奈は時夫を捜し、林の中を駆けている。

樹奈「酸っぱ!? 時夫ぉ!」


時夫「さゆり…… さゆり!」

時夫がさゆりの元へ戻り、山ブドウの汁を彼女の口に垂らす。
さゆりが、うっすらと目を開く。

さゆり「う……」
時夫「さゆり!? 良かったぁ!」
さゆり「大島くん…… あ…… 樹奈?」
時夫「えっ?」

樹奈が現れる。

時夫「樹奈! 本当に樹奈か!?」
樹奈「良かったぁ…… 時夫もさゆりも、無事で。あ! 時夫、それ、自分で? 自分で見つけたん?」

時夫の手に、山ブドウがある。

時夫「ん、これか? なんかよくわかんなかったけど、呼んでる気がしたんだ」
樹奈「呼んでる……?」
時夫「そう。甘酸っぱい匂いが」
樹奈「ほんまに…… ほんまに、自分で? 時夫……」

(クリス『己の一番身近な者のことすら、何一つわからずに』)

樹奈「そんな……!? あいつ、わかっとったってこと!? 時夫が自分で食べ物見つけて、生き延びるって」
シンディ「今頃気づいても遅いわ!」
樹奈「えっ!? シンディ!?」

SEEDのヘリが飛来し、シンディが飛び降りる。

シンディ「クリスはとっくの昔にわかってたのに、あんたが何も見えてないから! 自分の恋人のことさえ、何も見えてないから!」
樹奈「そんな……」
シンディ「クリスは信じてたのに! あんたが気づくって、ずっと! ずっと、信じてたのにぃ!!」
樹奈「シンディ…… (だから、あいつ、何も教えてくれへんかったん? 私のこと信じてたから、私が自分で、自分で気づくって…… でも、何でクリスにはわかるんやろ? 時夫のこと、あんなに……)」

(クリス『私はラージャであり、ラージャは私だから』)

樹奈「えっ!?」

(樹奈『食べ物はみんな、私。私なんや』)

樹奈「私? 私って、一体……?」

一瞬、時夫にクリスの姿がだぶる。

樹奈「クリス!? まさか時夫も、クリスと!? クリスと…… 一つなん!?」

脳裏に、様々なイメージが流れる。
第1話で一度命を落として以来の様々な出来事、日常、地球上の生物たち。

樹奈「いくつもの、いくつもの波と波が重なり合って、命あるものも、ないものも…… 目に見えるものも、見えないものも…… 体の外も、中も…… この星の上で起きているすべてのことは…… 姿形は違うけど、違うけど、みんな……」


SEEDの鬼塚や隊員たちが、山中のラージャたちを相手に奮闘している。

鬼塚「後は頼む」
隊員「イエッサー!」


ダムが砕け、水があふれ出し、避難所の人々が怯えきっている。


ゆかり「お姉ちゃん……」
さゆり「ゆかり……」

樹奈「そっか…… 元々、一つやから、時夫も、クリスも、そして私も、産まれる前から一つやから、知ろうとせんかって、わかるんや…… 信じる必要さえ、ない」
シンディ「何言ってんの!? あいつやあんたが、クリスと一つだなんて、みんな全然違うじゃない!?」
樹奈「それで、ええのん。草も虫も、人も風も、みんな違うから一つなんや」
シンディ「えっ? どうして? 違うのに!?」
樹奈「私は、クリスであり……」
シンディ「え……!?」
樹奈「私は…… ラージャ」
シンディ「あんた、まさかラージャを!? クリスの代りに、ラージャを自分の体に封印する気!?」
樹奈「封じるんじゃなくて、元々一つやから」
時夫「一つ……」

鬼塚が現れる。

鬼塚「しかし、それはクリスでさえ、命を賭けた険しき道」
シンディ「無理よ! あんたになんか無理よ! クリスがどれだけ苦しかったか、知ってるの!? ラージャに体中蝕まれて、どれだけ痛くて悲しかったか…… あんたになんか、耐えられるわけ……」

樹奈がそっと、激高するシンディを抱きしめる。

樹奈「私、ほんまは知ってたんや。ほんまは…… だから、どんなに楽しいことがあっても、急に虚しくなったり、時夫のそばにおんのに淋しくなったり……」
シンディ「……」
樹奈「きっと心の底で感じてたんや。この星の痛みや悲しみを。でも、ずっと知らんふりしとった…… だから今、感じてみよう思うんや。あいつの苦しみを。だって、それがこの星という私の、今、この時なんやから」

樹奈がすっくと立ち上がり、その姿にクリスがだぶる。

シンディ「クリス!?」

時夫「樹奈……」
樹奈「時夫……」

時夫が立ち上がり、手を差し伸べる。
樹奈が手を合せると、光があふれる。

樹奈が時の化身と化し、光をまき散らして飛び立つ。


クリスの融合した巨大ラージャ目がけ、樹奈が突進する。
そして体内の奥深くへと、突き進んでゆく。


あちこちに蠢いていたラージャたちが、次々に倒れる。

時夫「バケモンが!?」

そして樹奈の飛び込んだ巨大なラージャも砕け、無数の粒子となって消滅する。


空の彼方から光となって、樹奈が舞い降りてくる。

時夫「樹奈!」

クリスも地上に倒れている。シンディが駆け寄る。

シンディ「クリス、クリス!」
クリス「シ……」

テレパシーではなく、クリスの口から肉声が漏れている。

シンディ「え……!?」
クリス「シン……ディ……」
シンディ「クリス……!」

シンディの目から涙が、クリスの頬に零れ落ちる。
クリスが微笑み、静かに目を閉じる。

シンディ「クリス…… 何よ、優しい顔しちゃって……」

時夫「樹奈……!」

時夫が樹奈を抱き起す。
樹奈が微笑み、唇を動かすが、声は出ない。

時夫「え!? お前…… 声が!?」

樹奈の視線を追うと、地面に沈んだラージャの巨体に、何匹もの虫やトカゲが群がっている。

時夫「ラージャが、虫やトカゲに?」
シンディ「今、樹奈が言った」
時夫「えっ?」
シンディ「ラージャは食べられるって」
鬼塚「何!?」
時夫「食べられる!?」
シンディ「ラージャたちは、葉っぱを食べる虫と同じ。そのままじゃ大地に還らぬものを食べて、清めて、人や生き物たちが食べられる命に還してくれた」
時夫「食べられる…… 命に」
鬼塚「そのために海から、上がって来てくれたのか…… この荒れ果てた大地に、命を甦らすために、聖なる糧として……」

樹奈が時夫に手を伸ばし、唇を動かし、声のないまま何かを語る。
時夫は手を握り返し、樹奈に答えるように、静かに頷く。


時夫がラージャの前に進み出て、その粘液状の体を手に掬い取る
手の中のラージャの体が、澄んだ泉のようにキラキラと輝く。

人々が皆、見守っている。
樹奈は時夫を見つめ、静かに目を閉じる。

時夫が、ラージャの体を掬った手を、高々と空に掲げる。

時夫「いただきます……」
















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最終更新:2018年09月15日 05:17

*1 クリスのコードネーム。

*2 樹奈のコードネーム。