山賊ゴグ・デーマの顛末(仮)

バルナ国
この国にあるカルト鉱山近辺で、一人の男が炭鉱夫として働いていた。

ゴグ・デーマという名のこの男は目玉族という珍しい種族ではあったが、真面目な働き者であり仕事仲間との関係も良好。
偶の休みの日には市場に赴き、趣味の骨董集めに興じる普通の男だったという。

そんな彼の人生に影が差し始めたのは、とある骨董市を見て回っていた時の事である。
色白で銀髪蒼眼の青年が良い品があるとゴグを呼び止め、見た事のない革で装丁された一冊の本を勧めてきたのだ。

ゴグはその勧めに読書や古文書のような読解を必要とする頭は持ち合わせていないと断ろうとした。
しかしいざ手にとってみると吸い付き絡み付くようなその手触りに抗い難いものを感じ、一つぐらい手元に置いてみても良いかも知れないと答えてしまったのだ。

青年は『この本の魅力が解るとはやはり自分の目に狂いは無かった』などと言いながら、上機嫌になって随分と安い値段で彼に売り渡したという。

だが先述の通り、ゴグには書物の内容は理解できなかった。
読んでみようと試みるも、非常に古典的かつ難解な文書であり頁を捲れど捲れどちっとも読めやしない。
だがそれを毎日手に取っては手慰みに頁を捲る内、何とも不思議な事に読めないにも関わらず朧気ながら理解出来るようになってくる。

それは大いなる者と交信するだとか、何かを呼び出して使役するだとかという感じの内容だった。
だがそれを読み進めると同時に、胸中にとりとめもない疑問を抱くようになってきたのである。

『何故、物語や演劇の主要な登場人物は人族エルフ族、または魔族なのだろうか』と。

生まれながらの能力に長けているエルフや魔族ならばそれも理解できよう。
しかし時としてそれらよりも遥かに脆弱なのにも関わらず、我々を一つ目と嘲笑う『二つ目』共はどうなのだ?

そも何故我々だけ、いいや自分だけが生まれながらに『普通』に甘んじなければならないのか?
何故連中は全く努力する事が無くても持て囃されるのに、自分はその為の努力を強いられなければならないのか?

普段であればとりとめもない考えと一笑するような苛立ち。
しかしてそれはいつまでも頭に残り、ある種の妄想となって次第にその心を蝕んでゆく。

同僚のドワーフが皆から一目置かれるのは人族に似ているからだ。
出入りの使い走りの小坊主が可愛がられているのは人族だからに違いない。
どうしてあいつらは労せずに俺よりも高い評価を得ているのか、俺が目玉族だから評価されないに決まっている。

何をしたところで俺は負け犬、真面目に働くなんて馬鹿らしい。
あいつらが不当に俺から掠め取った利益や名誉を奪い返してやる。

そうして妄想はついに妄執となり、ゴグは地形を熟知したカルト鉱山近辺で山賊行為を働くようになった。
その頃には身体ははち切れんばかりの筋肉を持った巨漢となっており、体毛の抜け落ちた肌は黒く変色した硬質な疣に覆われ、流れる血液はタールの様だったという。

もはや魔物同然と化したゴグを恐れ、幾度も被害にあった商業ギルドは討伐依頼を張り出し…。
その結果、最も近くに滞在していた勇者候補ヴィンセント・リデル』の一行がこの依頼を受ける事となったのだ。



全ての亜人を敵と言って憚らない男が目の前に現れ、ゴグを粛清すると告げた。
その瞬間、人族への憎悪が骨の髄まで染みこんだかつての目玉族の男は怒りを爆発させ完全なる怪物となって暴れ回る。

その猛攻は勇者候補でも実力者たるヴィンセントをも追い詰め窮地に立たせる程だった。
しかしそこに『オードリー・ドウ・ジャスティスブレイド』と『マリー・シルバー』が増援に駆けつけた事で形勢は逆転。

ゴグは次第に追い詰められていくが、それでもなお憤怒と憎悪に満ちた眼で暴れ回る。
亜人を見下し、蔑み、侮蔑する傲慢な人族に、己という存在を刻み付けるかの如く。

しかし、とうとうオードリーの持つ雷撃を纏った聖剣がゴグの喉元を刺し貫き、戦いは終決を迎えた。

――――――と、その場の誰もが思ったその時。

喉を貫かれ倒れ伏したゴグの巨体が突然激しく痙攣し始めたかと思うと、その全身からタールの様な黒い血が噴き出してアメーバの如く蠢き始めたのである。
強烈な悪臭を放つそれは瞬時に無数の触手を形作り、ゴグの死体を空中に持ち上げた。

驚愕する三人が見守る中、空中に吊り下がったゴグの死体が突如目を見開きながら顔を上げる。

その表情は、まるで滑稽で盲目な愚者を見るかのような歪んだ笑みだった。
人族の為に戦い、人族を導き、人族を救う為に正義を貫くヴィンセント達を見つめる濁った単眼に宿るのは、全てを見下すような“嘲笑”。

次の瞬間、無数の触手がのた打ち回りながらヴィンセント達に殺到した。

既に絶命していた筈の相手が黒い触手を無数に生やした異形への変貌。
そして心の奥底まで見据えられるかのようなその眼差しに、ヴィンセントとオードリーは薄ら寒さと僅かな恐怖を抱くと同時…。

亜人如きに自らが見下され嘲笑されているという事実に激情が溢れ出た。

ヴィンセントとオードリーが人族の絶対なるプライドから来る憤怒に満ちた、普段ならしないであろう怒声と罵声を交えた、彼らを慕うマリーですら困惑する程の猛攻を繰り出していく。
それに対し、ゴグは徐々に身体を崩壊させつつも眼前の二人を見据え笑い狂った。

互いが互いに見下し合い、蔑み合い、罵り合いながらの激闘。
やがて勝負がつかないままゴグの肉体は触手と共に黒い腐肉へと変わり果て、二人を嘲笑いながら完全に崩れ落ちたのだった。


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最終更新:2023年07月22日 02:32