鐵縁会先代組長の独白(仮)

ヤクザ』というのは元来、博打でいちばん弱い組み合わせの8、9、3から来ている。それなりに有名な話のはずだ。
世間様から見れば博打の893のような弱い立場、どうにもならない奴ら、そういう自虐を込めてヤクザと名乗り始めた。

だが、そんな役立たずでも役立たずなりに、はみ出しものを受け入れるという役割がある。
どうにもならない奴らを受け入れ、任侠の概念を徹底し、世間様に迷惑をかけないように暮らさせる、それが我々ヤクザの矜持だ。

…今のところは。

世は常に変わりつつある。
それはヤクザも例外では無く、もしかすると任侠という考えすらいつかは捨て去る決断を迫られるのかもしれない。
あの異界人の話を聞くと、そう思えてくる。

奴の故郷におけるヤクザはもはや任侠者ではなく、悪事を生業として儲けを得る生粋のならず者の集まりであると聞く。
そうしなければ、社会そのものが高度に発達したその世界ではヤクザは生き残れないと言う。
奴の世界は端的に言えば金こそが何よりもエラい世界であり、だからこそ儲けを得る為に悪鬼にならなければならないようだ。

それだけ聞くならばある意味魔界のような世界であるが、社会が発展すればどこの世界も恐らくいずれはそうなるとも奴は語っていた。
城下都市早河の街では既にそれを匂わせる面が見られ、笑い事では無いと言えそうだ)

…この『鐵縁会』も、恐らくは。
時代が進めば何時かは任侠に拘らず、こだわる余地すら与えられず。
冷酷な“闇の商人”へと変わる事を迫られるのかもしれぬ。

先日、ウチのカシラが、ワシの知らないところで『新しいシノギ』の商談を誰かと話していた。
明らかにこの国の人間の顔つきや髪色じゃない、北蛮からきた連中である事は一目でわかった。
とも違う、角の生えた獣の顔を象った、気味の悪い図柄を腕や服に刻んだ異様な雰囲気の男達だった。

親のワシに黙って、独断で得体のしれない連中と話を進めていたというのに。
その場に怒鳴り込んで、カシラを顔を張り倒して、どこの誰かもわからねえ馬の骨どもを追い出す事も、ワシはしなかった。

…ワシも、もう随分と老いた。
奴の話を聞いてから、ワシ自身、既に心のどこかで感じていたのかもしれない。
……今のままでは、この組は生き残れないかもしれない、と。

任侠組織『鐵縁会』の名が、ロクデナシ集団『五部衆』に連なる事になる日は、そう遠くはないかもしれぬな…。


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最終更新:2023年08月11日 15:40