黒き強欲の羊達の王 黒羊の始まり

ガイオウ共和国に、とあるマフィアのファミリーが存在していた。
それは四大家族の一角であるコルヴォ傘下の小規模ファミリーの一つだった。

ある日このファミリーのボスが、他ファミリーとの抗争時の戦略や策などを助言するアドバイザーとして、一人の占術師を雇い入れた。

『気味が悪いくらい良く当たるという評判だ』

そう話すボスによって連れて来られたのは、痩せ細り、ボロ切れの様なローブを纏った小柄な老人だった。

老人を見たファミリーの構成員たちは正直に言って訝しげだった。
見た目からはただの小汚いジジイでしかない。
そもそも占いという物自体信じている者は多くなかったし、仮に助言が役に立たなければ適当に殺して終わるだけだろうと考えていた。

―――――しかし、それからそのファミリーは大きく変わる事となる。

老人の恐ろしいまでの的中率の予言に始まり、まるでマフィア同士、悪人同士での戦いの心理を知り尽くしたかのような的確な戦略を提唱しそのファミリーの勢力を瞬く間に拡大させた。

その眼を見張るような功績から、非正規の構成員でありながらたちまち側近と同格の立場にまで老人は重宝されるようになる。

しかし順調に勢力を拡大させる中、軌道に乗った組織の行動方針について、
ファミリーのボスと№2が主張の違いにより意見が決裂し組織が真っ二つに割れる事態となった。

組員同士の壮絶な争いの末に№2は敗北。
血の粛清から逃れる為に生き残りの仲間と共にバクハーン国へと逃亡した。
掟を厳守する追っ手からあらゆる手を使いどうにか逃げ切ると改めてコルヴォ流とは別に自分たちのやり方で組織を組み直し再起を図ろうとする事になったが……

此処にきて、№2と他幹部たちは自分たちの一団の中に、本来ボスの傍らにいるはずの老人……ヴァディスが何食わぬ顔で混ざっている事にようやく気付いた。

何時の間に。

追っ手を常に警戒し気を張り詰めていたというのに。

殺気と共に老人を取り囲み即座に血祭りに上げようとしたが、ヴァディスは何の感慨もなく殺気だつ男たちを手で制すと自らは敵対するつもりはないと話す。

自身も自分なりの思惑でボスの元にいて、マフィアという血と欲望と悪意が豊富に渦巻く環境を観察していた。
だが今のボスでは自分の欲求は満たせないと感じ、自分の目的に適した新しい組織を一から作るのであればお前たちの元が丁度良い、と。

……もっとも、その組織の長の座は自分が座りお前たちは駒として働いてもらうが、と付け加えて。

その瞬間№2と幹部たちが一斉に、目の前の干からびた死体と変わらない愚かな老人を本物の死体に変えようとした。

……が、出来なかった。

あまりにも重く、どす黒く、圧倒的なまでの威圧感が老人の身体から放たれ、
まるで巨大な岩に押し潰されるかのような重圧に身動きが出来なかった。

元々の組織にいた頃にこんな『気』はいままで一度たりとも感じた事がない。
まるで、いままで抑え隠していた自らの当たり前の『存在感』をいま、隠すのをやめたかのように。

指一本動かせない、呼吸する事すら困難な威圧に意識が薄れそうになるのを必死に耐えていると、
隣にいた男がなけなしの勇気を振り絞りナイフを振り上げようとして……

ポチュンッ、という軽快な音と共に、その男は目の前から消えていた。

悲鳴も上げず、血飛沫すら上げず、地面に僅かな足首と靴のみを残して。
老人は何もしていない。
杖を振るってもいない。
魔法も放ったようにも見えない。
ただ、男を一瞥しただけだ。
ただ男を見ただけだ。

――――それだけで、男は死んでいた。

マフィアの№2の男は老人の足元に跪いていた。
頭が何かを思い浮かぶ前に体がそうしなければならないと判断したからだ。
自分以外の全ての男たちも同じように跪き、自分と同じように止まらない体の震えを抑える事も出来ずにいた。
滝のような汗と共に頭を垂れて、その目には老人への慈悲を懇願する思いと涙が溢れ出ていた。

止めどない恐怖に震える男たちを見下ろしながら、老人は言葉を投げかける。

『…なに、別に畏れる事は無い。お前たちはこれまで通りに生きればいい。闇の中で生きよ。闇の如き悪として生きよ。
 欲望のまま財を奪い材を揃え罪を犯し続けよ。罰を恐れぬ悪で在れ。罪が、材が、財がある悪にはまた別の悪が集うようになる。
 暴悪を集めよ。醜悪を集めよ。邪悪を集めてより大きな悪となれ。悪という灯火に悪をくべてより闇を煌々と黒く燃え上がらせよ。
 ――――――――――私は、その輝く闇の先に集う、“光”が交わる瞬間が観たいのだ』

威圧も、重圧もそのままに、しかしその声は存外に友人に話しかけるかのような親しげで優しく……
老人は、夜空の漆黒の暗闇を見つめながらそう言った―――



そして、バクハーンの地にて『ブラックシープ商会』という稀代の巨大犯罪ギルドは誕生した。

バクハーン国海域の海産資源の密漁に始まり、その密漁により得た利益でより装備を強化した海賊行為によって漁船や商船を直接襲い略奪を繰り返す。
元々直接の軍隊や戦力を持たないバクハーン国という事もあるが、当然その行いを取り締まる勢力に狙われる事は何度もあったが、
その度にまるで完全な未来予知レベルでの的確なヴァディスの策と指示によって難を回避し続け、不気味な程に事は順調に進んだ。

そして組織の力が増す度に、財が増える度にそれに釣られるように、組織に加わろうとする人間もまた増えていく。
初めはただおこぼれが欲しいだけの小心者が、次第により多くの金を求めるゴロツキが、そしてアッシュラの血と金に飢えた荒くれ者が。
ヴァディスはそのどれも受け入れた。
金だけを持ち逃げしようとする狡猾な卑怯者もいた。
逃がさず圧倒的な恐怖を持って従えた。

老人という得体の知れない絶対者の存在によって人員は増え続けながら内部崩壊する事もなく纏まっていった。
組織の力と邪悪さをただ増しながら。

気が付けば組織はただの『密漁者の集まり』の枠に収まりきらなくなっていた。
水産資源を欲すれば漁業ルートごと独占した。
それを止めようとした船は片っ端から船員を皆殺しにして沈めていった。
商船も襲った。客船も襲った。殺した。沈めた。

財が集まる度に、血が流れる度に、組織の悪名が高まる度に、それに比例するように悪人たちは黒い灯火に引き寄せられる様に集まり続けた。
犯罪者が、逃亡者が、殺人鬼が、人食いが、狂人が、魔族が、悪意を撒き散らす度に自分の悪意を撒き散らしたい奴らが集まった。

悪意が集い力が集い、悪を披露できる舞台が整えば他の悪の組織も各々の悪を披露したくて悪の“スポンサー”を名乗り出る。
悪が繋がる。闇が広がる。黒い羊の欲望は止まらない。
紡がれ続けた悪意はもう、一国の軍をもってしても止められなくなっており……

……止めるにはもう、その集結した巨大な“闇”に匹敵する、“光”を集結させるしかなかった。



かくして、光は集められる。

この時代の、類稀なる才覚と信念に燃える冒険者が…勇者候補という光が。
膨れ上がった闇を照らし、晴らさねばならないと決意した者たちが、己の種族も立場も超えていま、黒き羊の牙城へと集結した。



……………老人の望んだとおりに(・・・・・・・・・・)



自らが集めた珠玉の悪人たちを次々に打ち倒した勇者候補たちが、冒険者たちが、軍人たちが、光と共に在りたい魔族たちが、
自らが座する玉座の間へと集まりだす気配を感じながら、組織を生み出して以来一切変わる事のなかった老人の無表情が……
ギラギラと炎のように揺らめく眼差しをそのままに、初めて好奇心に胸が弾むかのように輝かせ、口角を笑みの形へと歪めた。

遂に自らの眼前に、自らという巨大な“闇の根源”を前に集った冒険者たちを眺めながら、老人はゆっくりと玉座から立ち上がる。

『いまこそ………古の闇と新しき光が交わる時………君たちの心、“光”を私に見せてくれ』

発した言葉の意味を冒険者たちが考えるよりも前に、老人の姿は歪み、その皮を食い破るかのように…巨大な異形がその姿を現した――――――


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最終更新:2022年05月28日 22:16