人と魔と神の大敵 黒羊の終焉

『……かつて、世界が生まれてすぐ、神と、ある天使が世界を光と闇に別けた。
 神は光あれと示し、天使は闇あれと示した。                    
 私は(・・)天使の闇の側に着いた。そして闇は光に敗れ私と彼と同胞たち(・・・・・・・・)は神によって地の底へと叩き堕とされた。

 ……私がブラックシープを生み出した理由を教えてあげよう。密漁により金を得るのは手段でしかない。
 目的は悪を集めたかった。間近で観察したかったのだ。彼が選んだ闇たる人の悪意を、個性豊かに生きる悪人たちを。
 黒滅竜という我らに匹敵する程の巨大な暗黒すら生み出す、生きとし生ける者の心から生まれる悪の力を。
 そして同時に、神が選んだ光たる君たち、全ての者が持つ悪に立ち向かう心、邪竜にも打ち勝つ光もまた興味深い。
 光にも闇にも平然と傾く君たちが、光とも闇とも一言に割り切れない複雑な理想と思想で反発しあう君たちが、とても興味深い…
 人の意思という力、古の闇である我が身を持って直に経験し、確認したかったのだよ。

 ……まあ、要するに。

 今の勇者候補の筆頭たる君たちと太古の悪魔たる私……………どっちが強いかという単純な好奇心さ(・・・・・・・)



ブラックシープ商会の頂点に立つ支配者、威容にして異様なる謎の男ヴァディス

その実態は、かつて『エルディウス』という名だった大天使にして、エルクロンへと反逆した古の大戦争で彼に賛同し共に神と争い、
そしてエルクロン達と共に地の底たる獄界へと堕ちて悪魔へと変容した『エルクロン直属の側近の一人』にして『獄界の最古参の一人』たる“最高位の大悪魔”。

“獣魔大公”ルヴァディウス』…それが、黒き羊の王たる者の正体であった。

元々彼は天使という超越的存在でありながら、『これはどうなっているのだろう』『何故神はこのようにしたのだろう』『これを選んだらどうなるのだろう』と
様々な物事に関して数々の疑問と好奇心が浮かんではそれを調べてみたいという、
探究心と知的好奇心が強い、『神の創りしものと選択は当然にして絶対』というのが基本思想である天使の中でも珍しい変わり者であった。
そして天地創造で世界を二分した“闇と悪”という概念をエルクロンが選び神へと反逆した事に強い興味を示し、
『もし闇が勝てば神が光を前提に創った世界はどうなるのだろう』という好奇心と探究心によってエルクロン側に着き、更に他の同胞の天使にも囁きかけて勢力を拡大させた。

神との戦いに敗れ獄界へ堕ちて神性を失いその名と姿を変えてからも、獄界の最奥の闇の中でルクロンとともに神の生み出した地上人々の様子を観察していた。
光たる神が勝利した世界。光に満ち溢れた世界、其処に生きる者たちはさぞ善性にあふれた生き物であろうと眺めていたが……

其処に広がっていたのは、己の欲に従い欲しいものを欲しては奪い合い、些細な容姿と思想の違いから平然と他者を見下し合い殺し合う人々の姿だった。
正しき光を選びし絶対なる神が自らに似せて創りだした存在。
しかし、その様は自分たちが選んだ『闇と悪』に傾きつつあった。
そして、何時の頃か、人々から溢れた悪意が世界に漂い一か所に集い真っ黒な塊となり、それを核に更なる悪と闇が集い始める。
何時しかそれは闇よりも暗い黒き竜と化し、ルクロンがかつて生み出した魔物たちの王となり、世界を蝕み、腐らせ、貪り始めた。

黒滅竜”と呼ばれたソレを、獄界の闇にも勝るとも劣らない巨大な闇を、人間たち自身が生み出した事に興味深げに感嘆しながら世界の行く末を見る。
そのまま世界が貪られ尽くし破滅の道を辿るか、途中で神が干渉し闇に染まった人の時代ごと『創り直す』と思っていたが、しかし、一人の人間が立ち上がる。

その人間は恐怖と絶望に覆い尽くされそうになっていた世界をたった一人で奔走し、少しずつ、しかし確実に人々の心に『光』を取り戻させていった。
彼から光を与えられた人々はまた別の人々にその灯火を分け与えていき、闇が、絶望が覆っていた世界が徐々に照らし出されていった。
そして瞬く小さな光が、人の希望が集い、遂には神の手を借りずに破滅の竜を打ち倒す瞬間を見て、彼は人間という存在に一際強い興味を持つようになった。

その後も黒滅竜の死骸から噴き出る闇と瘴気によって獄界によく似た闇の世界が、そしてそこに生きる闇の種族が生まれた。

魔族と呼ばれるようになったその者たちは多くが闇の力を手にかつての地上の人間たち以上の悪意と闇を振りまき、明確に闇を自らの力とした。
取り分け強大な闇を纏って上位に君臨する者はやがて『魔王』と名乗り、かつての黒滅竜の如く地上に攻め入った。破滅ではなく、支配の為に。
これに対して獄界では一部の高位悪魔たちが憤った。
本来の『魔』の存在たる自分達を差し置き後から生まれた『悪魔の生り損ない』の分際で『魔族』を名乗り、
自分達悪魔を、そして自分達を率いて神と争った闇の主たるルクロンを差し置き『魔王』を名乗るなどおこがましい。
真なる闇の支配者たるルクロンこそが魔王を名乗るにふさわしいと一部の悪魔たちが声高に叫び、実際一人の高位悪魔が魔界に悪魔の門で移動し一部の魔王候補と抗争したらしい。

自分もそれを横目にルクロンに対してそれとなく伝えたが、ルクロンは獄界に堕ちてから一向として黙して何も語らず、
『再び闇の王として我々も地上を侵攻し魔族たちに真の闇の支配者が誰かを思い知らせよう』という同胞たちの誘いにも興味なさげに、ただその視線を地上へと向けていた。

その後も地上では人と魔族が激しく争い続けながら、それでいて、闇を背負う魔王と光を背負う勇者たちの戦いは時に単なる正義と悪の戦いに収まらなかった。

光背負うはずの勇者でありながら光とも闇とも図れない、人形のように虚ろなまま魔族と戦い続けた勇者ヴィオラ
その虚ろなヴィオラの空っぽの様な魂に何かを感じとり、自らの魂を燃やし、滾らせて執着していた魔王ジル
人が生み出した作られた命でありながら人を愛し、その愛する者が人に奪われた事を切っ掛けに魔王として覚醒したホムンクルス
そして魔王と勇者でありながら、戦いあうのではなく、光と闇、その両方から手を取り合う道を見出して結ばれたダガラスアンリ
その他、光と闇の両側面で幾つもの魔王候補、勇者候補たちが生まれては様々な意思と思惑でその理想を成し遂げようとする数々の生き様を観察した。

光と闇、正義と悪、自分とエルクロンが神に反逆した時の戦いはシンプルだった。
光が正義で闇は悪、だから戦った。

しかし今のこの世界はどうだろう。

闇から生れた魔族は自分たち以上に壮大な野望を掲げる者もいれば、光の側に立ち人々と共に平和に生きたいと切に願う者もいる。
人間も相変わらず強かな欲望をその身に抱えながら、勤勉と善行に勤しむ者もいれば魔族以上の邪悪さと悪意を持って災いを振りまく者もいる。
……勇者を目指す者ですら。

もはや世界の光と闇の概念は其処に生きる者たちによって複雑化し自分達悪魔の予想を超えるものとなりつつある。
世界が光と闇に別けられた時から、数多の種族が地上で生きる事が決まった時からこうなる事が決まっていたのなら……
あの時、闇を選び闇の底へと堕とされた自分たちの戦いには意味があったのだろうか。
神話の時代の、古の闇である悪魔たる自分と、この新しき時代の複雑で奇妙な光と闇が交わったのなら、一体どうなるのだろうか。

そして遂には神族でありながらわざわざその神格を捨ててまで魔族に転生したクロノスが魔王候補として台頭した事で、彼はいよいよその好奇心を高まらせた。
―――――もっと近くで、もっと間近で、この度し難い生き物たちの心を観察してみたい。
その力を、自らで試して確認してみたい。

『ならば試しに行けばいい。私と共に歩んだ時のように探究心を満たしに行け。お前はそういう者だろう』

隣に立つルクロンが、もしかしたら獄界に堕ちてから初めてかもしれない開口と共に発したその言葉を聞いたその瞬間。

彼は生み出した自らの悪魔の門を潜っていた。



そして、時は流れた。


人化によって人間の中に紛れ込み、時に街中に、時に王宮に、時に戦場に、時にマフィアを転々としながら其処に生きる人間たちを観察し、
やがては今のこの時代の最高峰の光を持つ者を…勇者候補を一カ所に集める計画を立てる。
勇者という光を誘う為に、彼らが集結するような大規模な“悪の組織”が必要だった。

獄界に残した自分の配下たちを一斉に呼び出し暴れさせて自身も魔王候補を名乗れば話は簡単だった。
だが、よりこの世界の人間の悪意を、個性豊かな悪人たちを集めて観察したかった為に、あえて人間による犯罪組織を創り出した。
組織が力を付ければおのずと他の悪人が集まり戦力が増え、戦力が増えて勢力が拡大すればまた別の悪人が引き寄せられる。
入団の選別は側近や幹部たちに一部任せてはいたが、個性的で面白い悪党なら大体は拒まなかった。

そうして出来上がった珠玉の悪の組織、『人魔神共通の敵』と称されるまでとなった巨大密漁者ギルド『ブラックシープ商会』。

一国の軍ですら獲物として貪り喰らうほどとなったその悪意と欲望に、遂に彼の目論見通り、念願の勇者候補たちを含めた『一大オールスター』が集結する。
己が丹精込めて育て上げた悪党たちを予想通り打ち倒した光背負う若者たちが、遂に自らの眼前に集結し各々の武器を自分に突き付ける。

彼はずっと被り続けたみすぼらしい老人の皮を捨て、古の大悪魔たる真の姿を冒険者たちの前に曝け出した―――――

全体的なシルエットはケンタウロス染みた四足の獣の下半身に人型の上半身。しかしその体高は軽く6mを超える巨体。

背にはどす黒く染まった3対6枚の巨大な堕天使の翼が生え、両腕は足元まで届く異様な長さにかつ丸太のように太く硬質化し、4本の指と爪は一本一本が槍の如く長く鋭い。

頭部はドラゴンを足して割ったかのように口元は鋭い牙が並び、濁った金色の眼を不気味な笑みに歪めて冒険者たちを見下ろし、歪に捻じくれた4本の角が頭から伸びる。

獣の下半身は太く力強い四肢と蹄、そして下半身全体と背と肩にかけて生えた黒い羊毛は硬く、分厚く、並の斬撃や魔法が通るようにはとても見えない。

『ブラックシープ』の首領たる者の真の姿。
それは文字通りの、威容にして異様な、異形なる“黒羊の怪物”そのものだった。


全身から凄まじい闇のオーラを吹き出し、相対するだけで魂が削り取られるかのような圧倒的プレッシャーの中、それでも冒険者たちは一切怯みもせず各々の武器を構える。
悪魔はその姿を満足げに見つめながら両腕と翼を大きく広げ、開戦の号令とばかりに咆哮する。

『██████████████████████████████████████████████████████!!!!!』

羊の鳴き声とは似ても似つかない身の毛もよだつような大絶叫。声量だけで衝撃波の如く冒険者たちに襲い掛かり、周囲一帯の空気がビリビリと振動する。
風化した廃城の天井が軋みビシビシと亀裂が走り空の光が差し込むと同時に崩落する。冒険者たちが耳を塞ぎながら落ちてくる瓦礫をかわしていると、
悪魔はその指先から一筋の黒い閃光を空に向けて撃ちだす。空にまるで水面の様な波紋が広がると、それまで晴れ渡っていた空は途端に暗雲が広がり出した。
日差しは遮られて戦場一帯を薄闇が包み込む。古城周辺でいまだに戦い続けていたグリル帝国軍の兵や冒険者たち、そしてブラックシープの構成員たちが何事かと空を見上げ…
……その誰もが、思わず戦闘の手を止めて立ち尽くした。

恐ろしい咆哮が響き渡ると共に、ブラックシープのアジトたる古城の遥か頭上……暗雲広がる曇天の空に、
大きな古城と同じかそれ以上に巨大な、40mは軽く超えるであろう…これまで観測された事のないサイズの悪魔の門が出現していた。


『折角の縁ある邂逅、本当ならもう少しじっくりと愉しみたいところだが……全力の君たちを味わうならば、もう少し急かす理由がいるだろう。
 門が開くまでおよそ30分といったところか……完全に開門されれば、地獄に残した我が眷属たちが一斉に顕現しこの地に生ける者を屠り尽くす』

瞬間、グザン妖刀征剣に暗金色の神力を込めて振り抜き、それに合わせてプレヤーがその手に父譲りの膨大な魔力を集中させて同時に上空の門に向けて放つ。
神力と魔力が一直線に門を破壊しようと撃ち出され……門に届く直前、見えない何かに阻まれて掻き消える。

『無駄だ。この世界に顕現する我が身と繋がり門もまた存在している。私を屠らぬ限り力技でアレを破壊する事は出来まい。
 さあ、これで舞台は整った。バクハーンに生けるものの命、この地の全ての命をを賭けて………存分に愉しもうじゃないか』

悪魔が両腕を広げて吼えた直後、最初に駈け出したのはルアティーエビイムフェイ・ラリーヴェロンの3人だった。
時間制限着きのタイムアタックならば任せろと言わんばかりに疾風のように悪魔へと迫り、その後ろを温羅ミリオンが続く。

悪魔の巨大な腕の薙ぎ払いを躱し、一気に肉薄すると分厚い羊毛の生えていない灰色の肉が剥き出しの腹目掛けて各々の武器を突き刺そうとする。

……が、その切っ先は悪魔に肌に傷を付ける事は適わなかった。
羊毛に阻まれたわけでも肉体が硬かった訳でもない。

刃が悪魔に届く前に、その身から噴き出す闇のオーラの圧力に剣先が圧し返されてしまっていた。
空中で動きの止まった3人目がけて悪魔が再び巨腕を振り下ろそうとする寸前、一歩遅れて続いていたミリオンが怒声と共に3人まとめて真横から蹴り飛ばした。
直後に振り下ろされた悪魔の巨腕に向けて、叫びと共にミリオンが己の拳に炎を纏わせて叩き付ける。
…が、巨椀の勢いを相殺しきれずに弾き飛ばされ3回ほど床をバウンドしたが、即座に体勢を立て直し舌打ちと共に拳を構える。

蹴り飛ばされた3人を温羅がキャッチし降ろすと己も悪魔の脚の一本目がけて鬼包丁を叩き付ける。しかし、それも羊毛以前に闇に阻まれ弾かれた。
直後にその脚が上がり温羅を踏み付けようとしたが、後方からタムリンが悪魔の顔目がけて高く放ったボムブレスの爆弾が爆発する。
やはり効いてはいなかったが、意識は一瞬温羅からずらせた為振り下ろされた巨大な蹄をかわし後方へと下がり距離をとる。

そこにガシャドクロが立ち塞がりパッシフローラも天使を召喚する――――が、悪魔の眼光が妖しく光ったかと思うと、
ガシャドクロの動きが止まり、召喚した天使の羽が一瞬にして黒く染まり…直後、ガシャドクロと堕天使たちは召喚者である蔦とパッシフローラに迷わず襲いかかった。

蔦を押し潰そうと振り上げたガシャドクロの腕にグザンの暗金色の触手が撒きつき引き摺り倒すと慌てて蔦がガシャドクロの実体化を解除する。
パッシフローラに襲い掛かる堕天使たちも除虫菊エルアーズ、更にヴァンジークルーンによって素早く倒される。

『私に召喚術や使役術で出した手駒を当てるのは御奨めしない。既に出来上がった術式で縛られた存在ならばその術式ごと上書きして私の手駒にするのは容易い。
 君たちの国の盤上遊戯にも“ショーギ”というものがあっただろう?元より怨霊魔術は闇の側面から発達した技術。高位の魔には逆に利用されやすい事を憶えておくと良い』

驚愕する蔦とパッシフローラに向けてまるで教師が教え子に教授するかのような親しげに、そして嘲笑を込めた笑みを浮かべながら悪魔が語るも、爆音によって遮られる。
クロス・ヒュームが後方から各々の強力な魔法を立て続けに悪魔に向けて次々と放っていった。
轟音と共に黒煙が濛々と立ち込めるが……その黒煙を吹き出す闇が降り払い、
悪魔は指一本を軽く立てるとその指先に黒いエネルギーが収束し、2mを超える巨大な漆黒の球体が形成され、それを魔族たちに向けて指で軽く弾く。

猛スピードで迫りくる闇のエネルギー球に、クロス・ヒュームの一人も両手を掲げると同じように大型の漆黒の球体を形成する。
サイズこそ悪魔のモノにやや足りないが、それを迫りくる暗黒の球に向けて放った。
二つの闇のエネルギー体がぶつかり合い……魔族の放ったソレを、悪魔の闇がかき消した。
爆発と共に轟音が響く。

魔族達は直前に飛びのいて直撃こそ避けたものの、広範囲に広がった爆風で吹き飛ばされ壁や床に叩き付けられていた。
「クソッ、俺以上の「黎冥」を指一本で放ってくるなんて……!」と先ほどの悪魔の攻撃に上級闇魔法で対抗した一人が痛みに呻きながら苦々しく呟くが、

『ふむ、あの術は主に大きさと威力で名と分類を変えるが、元の体格差で分からなかったかな?私が今出したのは「黎冥」ではない。ただの「黒弾」だ』

闇系魔法の初級『黒弾』。
攻撃魔法としては基礎技とも言えるそれが、高位悪魔が出せば上級闇魔法『黎冥』にすら純粋破壊力で上回った。
魔力容量そのものの圧倒的な差だった。

悪魔の言葉に目を見開き唖然とする魔族に向けて、悪魔は今度は片手の4本指を真っ直ぐ向けると……

『そしてこれが同じく初級闇魔法の「黒槍」だ。君も覚えたての頃はよく使ったのではないかな?』

悪魔の長く巨大な指先がどす黒く染まると同時に、4本の黒い闇の矛がX人達に向けてそれぞれ射出される。
ダメージでまだ動けない彼らに漆黒の槍は一直線に飛んでいき……その矛先が突き刺さる前に、
彼らの身体が不意に僅かに浮き上がると勢いよく引き寄せられる様に移動し、一瞬おいて床に闇の槍が深々と突き刺さった。
悪魔が目を向ければ、プレヤーが見えない手綱を思い切り引っ張ったような構えでこちらを見据えている。

空間魔法の「アトラクト」でクロス・ヒューム達を纏めて引き寄せたのだ。

そして両手を前にかざすと、プレヤーの前の空間の景色がグニャリと歪み、その“歪んだ空間”を悪魔に向けて撃ち出した。
悪魔は面白そうにそれを見ながら避けずにその歪みを体の正面で受け止める。
悪魔の身体から湧き出る闇が、歪む空間と混ざり合い、弾けるかのように悪魔の周囲の歪みが消え去った。
その様子を見ながらプレヤーは若干眉をひそめて呟く。

「空間魔法の「ディメンションディストレーション」でも駄目か。あいつの纏ってる『闇』、単に体から出る邪気だけじゃないな、
 あれ自体がかなり高度な魔法障壁で全身包んでるんだ。アレをまず剥がす方法考えないとそもそも勝負にならねぇぞ」

『聡いな、魔王と勇者の合いの仔よ。父から学んだ知識の賜物か、それとも母譲りの慧眼か?
 だがどちらにしても君の言うとおりこのままでは時間が過ぎるばかりだぞ』

「そうだな。頑張る」

プレヤーの推測の呟きにほくそ笑みながら悪魔がそれを肯定し、チラリと頭上の悪魔の門に目を向ける。門の扉が僅かに開きだしていた。

「みんな!あいつの纏ってる魔法障壁をまず破らないとジリ貧だ!この手の常時展開する術は使用者の体のどこかか装備品のどれかが魔力の『起点』になってる。
 普通の魔法使いなら杖か、指輪か、魔物だったら尻尾とか翼とかの部位だ。そこを壊せばバリアが維持できなくなって消える。攻撃が通るようになる!」

「で、でも全身バリアに包まれてるならどうやって…」

「とにかくやるしかないだろう、魔を滅するグリル帝国軍人の誇りを見せる時だッ!!」

周囲の仲間たちに向けて叫んだプレヤーの指示に、悪魔の威容に気圧され気味なマヤが呟くが、それにジークルーンが前髪をかき上げながら勇ましく吼える。

「時間は限られている、悩んでいる暇はないのだ。とにかく全員で奴の体中に攻撃を叩きこんでやれッ、ここで我らがやらねばこの国は滅ぶぞ!」

大きく波打つフランベルジュの刀身を備えたツヴァイヘンダーを掲げ、愛馬のジークに跨り一気に駆け出す。

振り下ろされる悪魔の爪を巧みに躱し、高く跳び上がったジークから更に自らも跳躍し大剣の切っ先を悪魔の眉間目がけて鋭く突き出すが、やはり分厚い闇がその切っ先を阻み悪魔が嗤う。
弾かれた剣先の勢いで後方に飛び退きジークの背に着地して怯む事なく次の攻撃を構える。
他の冒険者たちも彼女に続き次々と地を走り、愛馬で駆け、空を駆ける。

温羅とキノンが両サイドから悪魔の脚に金砕棒殻砕きを激しく打ち付ける。
除虫菊が素早く周囲を飛び跳ね獣の四肢の各所に呪手を突き出す。
フェアリーウィングを広げたヒルデガルトに跨るヴァンが悪魔の翼を斬りつけ、ケイトに跨るタムリンが馬上から火薬矢で悪魔の眼を狙い撃つ。
ミスター・ヴァンパイアが自らが捕縛した道化から没収した麻袋に入っていた爆薬を次々と投げつける。
シエンから取り出したロクシアでまず見慣れない肩に担ぐ砲身型の魔導機械から発射された爆弾のようなものが悪魔の胸元で爆発する。
ドロテーワイバーンを駆り背後から背に槍を突き立てる。
ネルケを駆るリュディガーが上空から水魔法を放ちつつ戦場を見下ろし悪魔の動きに常に気を配り、
接近して攻撃する仲間たちに悪魔の迎撃の動きを逐一伝えて回避出来るように的確に指示し声を張り上げた。

そして暗金色の光を放ち刃を閃かせるグザンが、炎を昂ぶらせて高速で飛び跳ね拳を打ち出すミリオンが、
父譲りの魔術と母譲りの剣術で迫るプレヤーが、凄まじい猛攻を悪魔の体の至る個所に叩きこんでいく。

………しかし、そのどれもが悪魔の体を覆う闇を穿つには至らず、また闇が薄まる気配も無かった。
重々しい音を立てながら、また頭上の悪魔の門が少し開く。

『ハハハハハッ!さあさあ、もっと気を奮い立たせよ。光を輝かせるのだ。でなければ闇が溢れ出るぞ?』

変わらず愉しげな声で悪魔が嗤う。
最初のクロス・ヒューム以降悪魔の攻撃で傷を負うものは今の所出ていないが、
此方の攻撃が一向に通らないのでは戦況は決して好転しない。
いずれ此方の体力が尽きて必ず致命傷を受ける事となる。
そもそも悪魔の攻撃事態がさっきから本気で冒険者たちに当てる気があるのかわからない、完全に戯れの域の動きだった。

グザンが悪魔に向けて獣の牙を携えた触手を伸ばす。
それを悪魔は巨大な腕でまとめて一掴みにすると、グンと引っ張り振り回し、勢いよくグザンを床に叩き付けた。
更に上から踏み潰そうと巨大な前脚の蹄を踏み下ろす。
轟音と共に床が抜け落ちかねない衝撃が響くが…その足元から、暗金色の光が力強く瞬いた。
悪魔の蹄を、グザンは交差させた妖刀と征剣で受け止めながら自らを押し潰そうとする強大な力に拮抗する。

『見事な力だ。神と人の合いの仔か。我らが父異なる神、その身に流れる神の血、異形の神の力、その小さな体に収まりきれるか?』

「生憎、その手の問答はつい先ほど下劣な魔性とやったばかりだ。
 どれほどの異形であろうと私は己を見失わないし、私を見失わないでくれる者たちがいるッ!!」

『猛々しく吼えるのは立派だが、その割には息が上がっているようだな』

両腕に力を込めて蹄を弾こうとするグザンだが、その額には汗が滲み、ギリギリと体が軋みませながら少しずつ押され始める。
ゴルゴーン司祭との戦いで一度、そして司祭が着けていた仮面に宿る悪神との精神世界での邂逅で二度外神形態を発動しそのままこの玉座の間まで飛んできたグザン。
体力の消費が激しい外神形態を短時間で連続で敢行という無茶に流石のグザンの強靭な肉体にも疲労が募り始めていた。
その時。

「俺の前でクソムカつく大言ほざいといてダセェ恰好してんじゃねぇ!!」

怒声を叫びながらミリオンが振り抜いた右足が蹄と床の間からグザンを蹴り飛ばした。
その直後にミリオン自身が悪魔の巨大な脚で蹴り上げられてその身がゴムボールの如く弾き飛ばされ、更に追撃として悪魔が放った黒槍が空中のミリオン目がけ放たれる。

そこに飛び出したのは聖剣パーフェクションを携えたゲイム
ミリオンを庇うように聖剣を構えると、鋭く飛んできた黒槍を勢いそのままに悪魔に向けて弾き返す。
衝撃でゲイムがその場に尻餅をつき、黒槍は悪魔の生えた角の一つに当たると鈍い音を立てて弾けて霧散したが、その瞬間、角の表面に僅かにヒビが入った。

刹那、悪魔の体を覆っていた闇が、一瞬、淡く揺らぎ薄まったように見え―――――
その一瞬を、冒険者たちは見逃さなかった。

「角だッ!!奴の角が魔法防壁の魔力の起点だ!!そして角だけ防壁が纏わっていない、角を全部折るんだ!」
「でかしたぞスタートゥの王子ッ!」
「あ゛ぁ゛っ!?俺さっきから何度も角殴ってたぞ!?」
「じゃあ兄さんの攻撃の積み重ねのお蔭って事で!!」

バリアを破る突破口を見つけ、一気に攻撃を悪魔の4本の角に集中させる。周辺に転がった巨大な瓦礫と石柱を温羅とキノンが持ち上げて高く跳び上がり、
悪魔の頭めがけて思い切り振り下ろす。粉々に砕け散る巨岩。
しかし、角のヒビは変わらず、勢いよく悪魔が頭を振った途端にその角で二人を弾き飛ばす。

『防壁を張っていないとは言え、我が黒羊たる姿を象徴する自慢の羊角だ。そう容易くは折れぬし、容易く集中攻撃もさせてはやらんよ』

そう悪魔が言って後続に続く者たちが追撃を繰り出そうとしたその瞬間――――その場にいる全員が突如激しい頭痛に襲われる。
まるで自分以外の意識が膨大な濁流の如く流れ込むかのような、凄まじい念の津波に呑み込まれたかのような感覚。
あまりの激痛に空を飛んでいた者たちも次々と墜落しその場にうずくまってしまう。

それは、『念話』を利用した精神波の猛攻だった。

自分の意識を相手の頭に向けて流し込むテレパシーが、悪魔のあまりに膨大な思念の奔流に人間の脳では焼き切れかねないほどの激痛として襲いかかったのだ。

『痛みに没頭している暇はないぞ?』

その間に、悪魔は片腕を上げる。
そこに再び闇が収束し、あの巨大な黒いエネルギーの球体が……否、今度はその大きさが桁違いだった。
悪魔自身の巨体よりも更に巨大、10mは優に超える暗黒の球体が黒いスパークを迸らせて宙に浮かぶ。

『先程のが私の“黒弾”。そしてこれが、私の“黎冥”だ』

ポイッとまるで紙風船を放るかのような軽い動作で冒険者たちに向けて巨大な凝縮された闇を投げつける。
頭の中をグチャグチャにかき回されるかのような感覚にみなまともに動けずにいた。
――――が、不意にその痛みが嘘のようにかき消える。

タムリンが掲げた右腕には、浅葱色に輝く宝石が光を放っていた。
精神に干渉する力を司る秘宝、『精神の真髄』の力で悪魔の思念を中和したのだ。
しかし、既に巨大な闇はもう眼前にまで迫り……そこに、再びパーフェクションを手にゲイムが前に出て構える。
先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃がゲイムの手に伝わる。
不変の聖剣がミシミシと悲鳴を上げ、ゲイムごと吹き飛ばされそうになり…その背中を、キノンが、シエンが支える。
仲間たちに支えられながら気合の叫びと共に圧し返し、渾身の力でゲイムは聖剣を振り抜いた。
暗黒の球体は悪魔へと跳ね返され、轟音と共に凄まじい爆風が吹き荒れる。
粉塵が収まると、バキバキと音を立てながら角の一つが根元から折れた。
よく見れば、他の角にもヒビが走っている。
悪魔を覆う闇が、幾分か薄まっているのが確かにわかる。
この好機を逃すまいと即座に冒険者たちは構え直し追撃を図る。

「出し惜しみしてる場合じゃないよね……みんな、これ使って!」

そこに、後方から数々の武器を取り出して刃こぼれした仲間たちの武器を交換して支援していたビリオンが『とっておき』を取り出す。
刀身をなぞる様に淡い光の小さな刃が無数に連なり、それが高速で滑るように回転している。
聖魔剣オートスラッシャー”、プレヤーの母、勇者アンリの愛刀のレプリカ、それを3本。
プレヤーとヴァン、そしてストロンゲストを温羅に渡したグザンにそれぞれ手渡す。

「これ、母さんの……」
「昔ちょっと見させてもらう機会があってね。本物と違って折れたらそれっきりだけど、切れ味だけなら折り紙つきだよ」

高速で滑る刃の光を刀身が乱反射し独特の煌めきを放つ、聖と魔両方の力を備えた剣を手に冒険者達が駆ける。
まずヴァンがヒルデガルトを駆り悪魔の背後から残った角目掛けてオートスラッシャーの刀身を振り下ろす。
鍔迫り合いすら許さず相手の武器を切断するほどの高速回転する無数の刃が、火花と共にガリガリと音を立てて角を削り切っていく。
…が、半分まで刃が通った瞬間、悪魔が首を勢いよく振る。中ほどまで入った刀身は角の断面に挟まれて捻られると、パキンと音を立てて根元から折れた。
「しまった!」とヴァンが口に出すその前に、背から生える巨大な翼がヴァンをヒルデガルトごと地面へと叩き落とす。

『なるほど、贋作とは言え確かに見事な出来だ。これで当人が聖剣に選ばれるだけの格があるならもう少し箔が着くのだがな』
「地味に気にしてる事ズバッと言ってくれるね…!」

悪魔の皮肉にビリオンが眉をしかめるのを尻目に、外神形態を解いてクラッスラに跨り大きく切れ込みの入った角にグザンが迫る。
鬼火を揺らして空を駆ける亡霊馬に目を向け、悪魔が先ほどガシャドクロ達を狂わせた時と同様にその眼を妖しく光らせる。
クラッスラの瞳が一瞬、赤く染まる……が、即座に元の理性の光を取り戻し変わらぬ速さでその脚を動かし突き進む。
一気に接近したグザンが、ヴァンの入れた切れ込みに向けてオールスローターとオートスラッシャーを同時に振り下ろす。
聖と魔の刃、妖刀の瘴気が、二本目の太く硬い角を一気に断ち切った。

『ほう、即座に振り解いたか。怨霊術の契約以上にその者に仕えるだけの意思があるというのか?骸のユニコーンよ』
『舐めるなよ悪魔。私が生きていた時に乗せたあの方も、死した今乗せるこの方も、この背を許せるだけの理由と絆がある。ただ術で従うだけの亡者と一緒にするな!!』

悪魔の興味深げな笑みの問いに真っ直ぐな意思の輝く瞳でクラッスラが吼えて応えた。
それを聞きながら、地に落ちた折れた角を見下ろして、悪魔が小さく呟く。

『ふむ、残り2本か。――――――そろそろ戯れるのも控えるか』

呟く悪魔の背後から旋回したクラッスラとグザンが再び刃を構えて突っ込む。
加速させながら再び残った角目掛けて両手の刃を振り抜こうとした、その瞬間。

……一瞬、風が吹いたかと思った直後、グザンとクラッスラが、ドロテーとワイバーンが、タムリンとケイトが同時に床に叩き付けられた。

叩き付けられたドロテー含めて数名は何が起こったのかわからなかったが、残りは確かに見ていた。
グザンが背後から突っ込み剣を振ろうとした瞬間、悪魔は瞬時に6枚の翼を広げて一度大きく羽ばたいたかと思うと6mを超す巨体が、一瞬で空中に浮き上がった。
上空にいたタムリンとドロテーを両腕で叩き落とし、巨大な獣の脚でグザンとクラッスラに向けて蹄を叩き込んでいた。
グザンも妖刀とオートスラッシャーを交差させて受けたものの、とても受け止めきれる衝撃ではなくクラッスラごと一緒に床に叩き付けられる。
オールスローターはミシリと音を立て、オートスラッシャ-は受けた瞬間に折れてしまった。
直後、叩き落された3人をまとめて押し潰すかのように巨体が頭上から急降下してくる。
慌てて除虫菊達が飛び出してすぐさまグザン達を担いで飛び退き、担ぎきれない彼らの愛馬達をプレヤーがアトラクトで引き寄せる。
直後に、悪魔の巨体が轟音と共に降下して玉座の間の床を完全に突き破った。
それまで悪魔の巨体と攻撃に耐えていた丈夫な石造りの床に大穴を開け、階下へと無数の崩落する瓦礫と共に悪魔は着地する。

地響きの如き衝撃に体を揺らしながらも、奇しくも空を飛べない者でも角に手が届く事となり続々と大穴から飛び降り眼下の悪魔の頭上の角目掛け武器を振り下ろす。

ミリオンが炎と共に握りしめた拳を、温羅がグザンから預かったストロンゲストを、キノンが丸太を、愛馬ごと怯まず飛び降りたジークルーンが大剣を振り降ろす。
が、悪魔は彼らを見上げながら四肢で地を蹴る。
一瞬でその巨体が飛び退き、巨大な両手でミリオンの体とキノンの丸太を鷲掴みにすると放ったミリオンをしがみ付くキノンごと丸太で豪快に振り抜いた。
バットで打たれたボールの如く吹っ飛ぶ砲弾と化したミリオンが、そのまま温羅にぶち当たり諸共に石壁に叩き付ける。
振り抜いた丸太の遠心力でキノンも吹っ飛ばされてジークに当たり、衝撃で馬上から放り出されたジークルーンを丸太を投げ捨てた手で掴み握り締めた。

………悪魔の動きが、完全に変わった。

先ほどまでの大振りで回避しやすかった鈍重な攻撃ではなく、グザンやミリオンのスピードを完璧に捉え、
その巨体に似合わぬ俊敏で精密な動きで冒険者たちの攻撃を完全に見切った上で全てを的確に潰すようになった。

動きに、攻撃に、“遊び”が無くなった。

悪魔の巨大な手に握り締められたジークルーンの体がミシミシと音を立てる。
骨が軋み、内臓が圧迫される。
鍛錬に鍛錬を重ねて鍛え抜いた体が、指一本動かせず圧し潰されそうになっていた。

『グリルグゥルデンの将軍よ。魔を滅する事を至上とする者よ。悪なる闇である我が存在を許さぬか?』

「当たり…ッ…前だ…ッ!!我が…グリルの、誇りに…賭けてッ……いかなる魔の存在、も……!全て……滅ぼす!!それ、が…グリルに…生きる者の使命だッ!!」

『なるほど、厳格で強く美しい精神だな。我らが争った神の下僕達とよく似た、闇の存在を許さぬ事だけを正義と信じる、神々しく光輝く傲慢さだ』

骨を軋ませ、筋肉を潰し、肺の空気全てを絞り出されるかのような圧迫感に抗いながら、ジークルーンは己を握り締める悪魔の問いに睨みつけながら声を振り絞る。
己の信じる信念を、己が生まれ育った祖国の信念を悪魔に向けて吐き出した。
それに対して悪魔は口角を笑みに歪めながら、懐かしむように囁き彼女の体を石壁に投げつける。

直後、彼女の名を叫びネルケを全速で駆けたリュディガーが壁に叩き付けられる寸前のジークルーンの体をその少女の如き華奢な体で受ける。
勢いはとても全てを受け止めきれるものではないものの、それでも他の者のように石壁に思い切り叩き付けられる事だけは避けられた。
しかし、間髪おかず二人に向けて悪魔が巨大な黒弾を投げつける。
躱しきれない。爆発がリュディガーとジークルーンを包みこむ。
粉塵が収まると……

「お、お前ら………」

パッシフローラによる治癒を終えたクロス・ヒューム達が2人の前に立ち塞がり、全力の防壁を張っていた。

魔族が、グリルの軍人を守っていた。

『魔に救われたな将軍よ。恥ずべき事ではない。その者たちをこの戦いに参加する事を認めたのは君だ。
 その者たちが名乗り出た瞬間に切り殺さずに戦力になるからと理由を付けて共に戦場に立つ事を君は許した。その“妥協”は、
 君の魔を許さぬ信念が天使にはとても及ばぬ事の証明であり、そして神の忠実な僕たる傲慢な天使ではおよそ出来ない選択だ』

悪魔が笑いながらジークルーンの信念に矛盾したその光景を眺め、次の瞬間蹄が床を蹴り一瞬でクロス・ヒューム達の張った防壁の眼前まで迫るとその巨椀を横薙ぎに振るう。
ガラスの割れるような派手な音と共に防壁は一発で砕け散り、ジークルーン達を守る為動けなかった魔族達が防壁の破片諸共床に弾き飛ばされ転がった。

『君たちにも訪ねておこうか、闇から生れた種族の末裔たちよ。闇から生れながら光と共に在りたいと願い、自ら重い枷を背負いながら人の隣人となる事を望む者達よ。
 古くから光と闇が争い続け人の意識には闇への恐怖と憎悪が刻まれている。いま君たちが守ったのは魔の滅びを願う者、今回だけと理由を付けて肩を並べたが、
 終わればまた元の憎むべき敵同士。否、この戦いのどさくさまぎれに一緒に切り伏せられるかもしれん。此度の作戦自体が君たちを誘き寄せて諸共皆殺しにする策かもな。
 人の正しき隣人は人間だけしか認めぬ者が未だ世界に溢れかえる中で、それでも君たちは人の愛しき隣人を名乗り続けるか?』

「確かに……難しいだろうな。この討伐軍に加わったときは…好機だと思った…大きな戦いで魔族でも、人の為に働ければ…我々に対しての意識が、少しでも変わるかもと…
 だが……グリルの軍人たちと実際に顔を合わせた時に、仲間ではなく……明らかな敵意と、侮蔑の目で見られて…恐ろしかった…!敵と戦う前に味方に殺されるのではと…!
 …………それでも、だ。手を取り合えないかもしれないし、平然と裏切られるかもしれないが……!それでも、目の前で誰かが死ぬのを見るのは…我々は嫌なんだ!!
 散々人と争ってきた魔族がこんな事をほざくのは滑稽かもしれないが…ッ!それでも言わせてもらうぞ!“魔族全てを同じに見るなッ!!私たちは人と共に在りたいんだッ!!”」

「…………………………」

床に倒れこみ痛みで動けずにいるクロス・ヒュームのリーダーが、それでも真っ直ぐに悪魔を見据えて、声を振り絞り叫んだ。
それをジークルーンは痛む体を抑えながら、何も言わず、叫ぶX人をじっと見つめていた。
悪魔もまた何も言わず笑い、黒槍を投げつける。

まだ動けない魔族達に闇の矛先が迫り……その寸前で、手前の空間がグニャリと歪み、その部分に当たった黒槍の軌道が変わり無人の壁に突き刺さる。
クロス・ヒュームの前に、プレヤーが両手を突き出して立ち塞がっていた。

「滑稽とは思わないよ。他の人がそう思ったとしても、少なくとも俺はそれを笑わないさ。俺もそうなって欲しいから、いま此処にいる」

『光と闇の交わりより生まれた者よ。人と魔、その双方を守ろうとする者よ。全ての人を守れば魔を滅ぼす者が出る。魔を守れば人を滅ぼす者が出る。
 どちらか片方の理想を守ればその理想がもう片方の理想を阻み衝突する。双方全ての理想を纏める力と策が君にはあるか?』

「さあな。いまはやってみなきゃわからないとしか言いようがないね。そもそも、人と魔族で選択肢一個の前提で話すなよ。もっと沢山いる。もっと沢山ある。
 一個一個全部照らし合わせる事も、それで一番良い選択が出来るかどうかもわからないけどさ。“片方だけが駄目って選択以外があったからこそ”、俺はいま生きてる。
 みんなの選ぶ道が一つじゃないからこそやってみる価値がある。んでもって、みんなが進もうとしてる沢山の道で、いま一番邪魔になってるのは、アンタだ」

『ハハハッ、違いない』

悪魔の眼光を正面から微塵も臆する事なく見つめ返し、その問いかけに対してプレヤーは頭を掻きながら返す。

決して強い覇気も纏わず、悪魔への憎悪も滲ませず、ただ悪魔の問いかけに自分の正直な意思を事も無げに応える姿に、悪魔も満足げに頷き爪を振り上げた。
その時ふと悪魔が気付く。
プレヤーが持っていた、ビリオンから手渡されたオートスラッシャーが無くなっていた。
直後、己の3本目の角にオートスラッシャーが振り下ろされる。
それを持っていたのは、叩き落された後に密かにプレヤーから手渡されていたヴァンだった。

悪魔の意識がプレヤーに向いていた隙に、振り下ろした刃が3本目の角にも大きな切れ込みを入れる。
気付いた悪魔がまた折ろうと首を振るが、その前に傷を塞いだタムリンが右腕のアイヴィーブレスから伸ばした蔓がヴァンに巻き付き引き寄せた。
直後にプレヤーが切り込み目掛けて攻撃を放とうとした―――――――その時。

地響きのような、獣の咆哮のような“何か”の叫び声が一同の耳に聞こえた…かと思った次の瞬間、轟音と共に石壁を突き破り誰かがその場に飛び込んでくる。

覇道丸だった。

傍にいたプレヤーごと石壁の破片が吹っ飛び、悪魔が顔をそちらに向けた瞬間、彼の持つ刀が、
外神形態のグザンの神力を纏わせた妖刀にも匹敵する程の眩い光を放ちながら振り抜かれ、切れ込みの入った悪魔の3本目の角を断ち切った。

……しかし、その後覇道丸の攻撃は残る最後の角には向かず未だ闇に覆われた悪魔の体に我武者羅に叩き込まれる。
角を狙ってとマヤが上から叫ぶがその声が全く耳の届いていないかのように、その目に赤い眼光を輝かせながら苛烈な攻撃を繰り出し続ける。
その体からは、悪魔の体を纏う闇ともまた違う、揺らめく黒い炎にも似た禍々しいオーラに包まれていた。

『ほう……鬼なる焔に魅入られたか。討ち滅ぼしたい『悪疫』は私か?それとも更にその先にいる別の何かか?』

高く跳び上がり振り下ろされた赤熱する刀を覇道丸ごと巨腕が受け止め鷲掴みにする。
腕の中で覇道丸は悪魔の問いに答える事なく、獣の如く唸り声をあげながら暴れ狂う。
しかしその顔には、殺気と憤怒の形相でありながら自分自身の状態に酷く混乱する動揺の色も色濃く出ていた。

『ふむ、純粋な力の探求者かと思ったが、己の異変に恐怖するくらいには人間味を残していたか。それもまた良し。
 信念も理想も無視して世界の『免疫』の役割を一方的に押し付けられるなど、天使以外には確かに酷な話よ』

言って覇道丸を床に投げつけ、大きくバウンドした彼の身体を巨大な脚で蹴り飛ばす。
石壁に叩き付けられた覇道丸の右肩に直後投げつけた黒槍が突き刺さりそのまま石壁に縫い付けた。
起き上がったプレヤーがそちらに向かっている間、治癒を終えたミリオンが背後から角目掛けて踵落しを振り下ろすが、
それよりも早く悪魔の指が振り向きもせずにその足を掴んで足元に叩き付けると同時に蹄がその体を踏み付ける。

『信念、理想、大義、夢。それらに唾吐き憤る者よ。その嫌悪は何処からくる?いまやそれを失った己の過去の鑑写しに見えるが故か?』

「うる、せぇッ…!!さっきからゴチャゴチャと、よ…化け物の分際で、偉そうに人の生き方に、とやかく言ってんじゃぇねよ糞がッ……!!」

両腕に力を込めて蹄を押し退けようとするミリオンを見下ろしながら問う悪魔の声に、怒声と侮蔑の視線で返すミリオン。
踏みしめる蹄にさらにグッと力が込められたその時、ヴァンから受け取ったオートスラッシャーをグザンが渾身の力で最後の角目掛け投擲する。
刃は見事に命中するが、浅い切れ込みを残して弾かれる。
その弾かれた剣を、跳び上がったミスター・ヴァンパイアがキャッチし再度投げつける。
振るわれた悪魔の腕に阻まれて大きく弾かれるが、今度はそれを除虫菊が受け取り温羅へ投げる。
金砕棒を構えた温羅が振り抜き、剣先が勢いよく飛んだ。
それを頭を振って悪魔がかわすが、その直線状にはパーフェクションを構えたゲイムが立つ。
勢いそのままに反射された刃が再度悪魔の角を抉り、弾かれ高く放られたオートスラッシャーを握り潰そうと悪魔が手を伸ばすが、その直前に翼を羽ばたかせたマヤが掠め取る。

悪魔が6枚の翼を広げ振り抜くと、巻き上がる突風がマヤに襲い掛かった。
猛烈な風に木の葉のように巻き上げられながらも、それでもマヤは剣を投げた。
その剣を掴んだエルアーズが、ドラゴネクウスのエイリスを駆けて一気に悪魔に迫る。
彼目掛け撃ち出された幾つもの黒弾と黒槍を掻い潜り、幾度も斬りつけられた最後の角目掛けてオートスラッシャーを振り上げて―――――――

次の瞬間、その最後の角の先端から黒く染まった稲妻が迸り、雷鳴と共に激しく放電しながら荒れ狂う黒い電撃が悪魔の周囲一帯を撃ちつける。
接近していたエルアーズもエイリスごと雷に打たれ、墜落しながらその手からオートスラッシャーが取り落とされ……

刹那、荒れ狂う黒い雷撃の中を別の、白く輝く稲妻を纏いながら一つの影が躍り出た。
エルアーズの手から落ちたオートスラッシャーを掴み、黒い電撃に打たれながらも逆にその稲妻すらも身に纏い跳び上がった影はその刃を悪魔の角に振り下ろした。

「あの空の馬鹿でかい門さぁ…アレ開いたら此処にいる奴ら全員ヤバいんだってぇ?って事はさぁ……あたしの舎弟どももヤバいって事だろクソジジイ!?」

その影は、ミリオンと戦ったレイ・メイだった。
彼との戦いで墜落された後に再びミリオンを追って先ほどの玉座の間にまで来て様子を伺っていたのだ。

悪魔の門が開き無数の悪魔が顕現した時、古城周辺の全ての人間が真っ先に狙われる。
それはすなわち討伐軍だけではなく、悪魔自身が創り組織し集めたブラックシープの構成員たちも無論含まれていた。
勇者を揃え集わせる…それが成された時点で、悪魔にとってブラックシープすらもはや用済みの人間の群れでしかった。

それを察した彼女は、それに我慢ならなかった。

「アタシも此処で楽しく好き勝手やらせてもらったけどさぁ!それでも自分に着いて来て一緒にワルやる奴らは大事なんでねぇ!!
 使い終わったらそれで終わりってのもワルならそれも当然なんだろうけどッ、少なくともアタシは真似したくはねぇなッ!!」

額に青筋を浮かばせながら不敵に笑い、黒い稲妻をその身に浴びながらも構う事なく刃を角に当て続け……そして、悪魔の最後の角が、断ち切られた。

「ハッ!ザマァ見やが―――――――」

悪魔の頭から彼女が飛び退いたその瞬間―――――ボンッという音と共に、彼女の胸に、大きな、丸い孔が穿たれた。

悪魔の眼が一瞬光を放ったと思った、極一瞬の事だった。
魔眼光」、目に収束させた魔力を光線として打ち出す技。
悪魔の眼から放たれた黒い光が、彼女を貫いていた。

ゴポリ…とレイの口から鮮血が溢れ出ると同時に、人形のように力を失った体が落下する。
叫びと共に渾身の力で悪魔の脚を押し退けたミリオンが跳躍し、彼女を受け止めた。
孔は彼女の胸を完全に抉り孔の断面は魔力の熱で焼き潰されていた。
当然、心臓も肺も、いくつもの臓器も失っている。

……治癒は、もう意味を成さない事が一目で見て取れた。

「ヒッ…ヒヒッ……アタシ、みたいなのは、さ……お前ら冒険者とか、勇者やら、み…たい…な…デケェ夢とか…信念とか…わかんね…ぇ…けど…
 んなもん…なくたっ、て……気に入った、奴と好きな事…して…好きに騒いで…暴れ、て……好きに、生きるの、を……邪魔されん、の…は…嫌…だ…ろ……」

滝の様な汗と共に震わせながら絞り出した声で、そう良い残し……パチリ、と小さな電気の弾ける音と共に、彼女は静かに目を閉じた。
ミリオンは無言でメイの遺体を上階にいた仲間たちに放り投げると、全ての角が折れ、身に纏う闇が完全に晴れた悪魔に向き合い口を開く。

「………ああ、そうだな。理想やら信念やら大義やら、どいつもこいつも糞みてぇなムカつく大言妄言ばっかほざきやがる。
 ぶん殴ってもそれを言うのを止めねぇならもう好きにすりゃいいが……そもそもそんな上等なモン無くたって生き方は好きに決めていいんだ。
 ………そこの怪物と狂人の息子が言ってた事に同意すんのは癪だが確かにそうだ。夢のある奴、ねぇ奴、あった奴、そいつらの生き様晒すのに、
 いま一番邪魔なのはテメェだッ!!さっさと死んで、俺たちの道から退きやがれバケモノがッ!!!」

ミリオンが吼えた直後、彼の足もとで爆発が起き跳び上がる。
足元から炎を噴射するだけでは留まらない、自ら足元を爆裂させて急速にその身を弾丸にして射出した。
悪魔も目を見張る速度で急接近すると、レイの手から取ったオートスラッシャーを悪魔のがら空きになった胴に向けて振り下ろす。
煌めく刀身が闇の防壁の無くなった悪魔の胸に深々と突き立てられ、高速回転する無数の刃が肉を断ち切りながら抉り裂いた。

『██████████████████████████████████████████!!!!』

絶叫。
戦いが始まりおよそ25分。
門の扉が半分以上開く中、遂に悪魔の口から明確な苦痛による叫びが上がった。
大きく抉られた傷口から血が…否、真っ黒な煙の如く『闇』が噴出する。

防壁はもう無い。攻撃は通る。

冒険者たちが、勇者候補たちが、グリルの軍人たちが、人と共に在りたい魔族たちが、全員、悪魔に向けて最後の攻撃の態勢に入る。

『█████████████████████████████████████████████████████████████████!!!!!!!!』

悪魔もまた両腕と翼を広げ咆哮する。膨大な魔力が溢れ出る。
悪魔の周囲に無数の、数えきれないほどの闇の球体が、槍が、稲妻が生み出されては放たれる。
既にボロボロだった古城の壁や天井を吹き飛ばしながら、悪魔を屠る為駆ける者達に向けて殺到する。

それら全てをかわし、掻い潜り、武器で打ち払い、魔法で打ち消しながら彼らはその足を止めず疾走する。

猛々しく吼えるグザンが3度目の外神形態を発動して暗金色の神力を輝かせる。
野獣の咆哮の如く吼える覇道丸が揺らめく黒炎を身に纏う。

溢れ出る悍ましき神の力に呑まれぬ様理性の光を瞳に力強く讃えるグザンと、人の意識を闇に呑まれてただただ敵の殲滅の意思だけがその目に赤く輝く覇道丸。
まったく正反対の状態でありながら、それでも薫桜ノ皇国で生まれた二人の益荒男は、いま、同じ敵を眼光に捉えて己の刃に残る全ての力を込める。

悪魔が両腕を二人に向け、その両手から凄まじい闇の波動が放出される。
向かい来る圧倒的な闇に対し、グザンと覇道丸は己の“全力”を振り降ろした。
オールスローターから放たれた暗金色の光の斬撃が、蝮毒から放たれた闇より深い漆黒の炎の斬撃が、悪魔の闇を両断し……
風が吹き抜けると同時に、悪魔の巨大な両腕と、6枚の黒翼が重い音と共に斬り落とされた。

同時に、残りの勇者候補たちが一斉に腕を失った悪魔に向けて跳ぶ。
悪魔は四肢に力を籠め後ろに飛び退こうとしたが……

ジークルーン達グリルの軍人達が、ルアティーエ達スタートゥの冒険者達が、マヤとエルアーズが、
ビリオンが、蔦達グザンの妻達が、ゲイムの仲間達が、ミスター・ヴァンパイアが、魔族達が……

各々の武器を悪魔の脚に突き刺し、組み付き、しがみ付き、増強魔法で限界まで増幅させた、渾身の力で悪魔の動きを封じていた。

悪魔が足元に気を取られたその一瞬………視線を上げれば、


タムリンの陽光の剣が、

ゲイムのパーフェクションが、

ヴァンが受け取ったストロンゲストが、

プレヤーの蒼穹の青き煌めきを纏う願いの聖剣が、

ミリオンの炎を纏わせたオートスラッシャーが、一斉に悪魔の首へと叩き込まれ……







―――――――――――――その異形の羊頭を、斬り落とした。








『――――――――――――――――――――うむ。良き、光であった』



地に落ちる寸前で小さくそうこぼした悪魔の首は、残った肉体と共に一瞬にして黒い灰と化して……
吹き抜けた一陣の風がその無数の灰を巻き上げ、空で音を立てながら崩壊する悪魔の門と共に、暗雲が晴れて行く空に吸い込まれるかのように消えていった……


静寂が訪れて幾ばくかの時間が経ち……ようやく、“終わった”という自覚が出来た瞬間、彼らは全員その場にへたり込んだ。

外神形態を解くと同時にその場に倒れたグザンを彼の妻たちが慌てて駆け寄り介抱し、身に纏う黒い炎がなくなり、我に返って周囲を困惑しながら見渡す覇道丸。
ゲイム一行は互いに支えながら笑いあい、ボロボロになった羽を撫でながらくたびれるマヤをエルアーズがポンと肩を叩く。
ミスター・ヴァンパイアが壁にもたれながら晴れ渡った空を見上げて息を着き、タムリンとヴァンは愛馬を含め主の為に走り抜いてくれた動物たちを優しく撫でる。
ルアティーエ達は悪魔を倒すまでの正確な時間を確認しながらタイムが妥当かどうかで反省会を開いていた。
魔力を使い果たしてへたり込むクロス・ヒュームにリュディガーの肩を借りて歩み寄るジークルーンが、無言で視線を逸らしながら手を差し出し…魔族のリーダーも、微笑みその手を取り立ち上がる。

「一本残ってればまたなんとか作れるかな…」と折れた2本とボロボロになったオートスラッシャーのレプリカを苦笑しながら回収するビリオン。
その場に座り込んだミリオンに、プレヤーが手を差し出し……その手を払いのけて、無言で弟の元へ歩くミリオンを、頭を掻きながら苦笑してプレヤーは見送った。

古城の外の戦場も戦いが終息していっていた。

悪魔の門の出現と消滅に気を取られたブラックシープの構成員たちはグリル軍の兵士たちに確固討伐、捕縛され、
逃げ出そうとする残党も戦場を広く包囲し待機していた予備部隊たちによって次々と討たれていった。
……それでも取りこぼしはあり、一部の構成員や用心棒として奴われた魔族たちは包囲を掻い潜り逃亡した者も少なからずいたらしい。

いつの間にか回収されてその場から消えていたレイ・メイの遺体と、彼女の子分たちも含めて。

それでも構成員の殆どを討伐、捕縛する事には成功し、犯罪ギルドの『組織』としての構成力は完全に崩壊し――――――

多くの冒険者が、多くの勇者候補が……己の理想を、己の道を歩む為に戦った、国を挙げてのかつてない大規模な討伐作戦は……こうして終結したのだった。

世界トップクラスの冒険者たちの集結による世界最大の犯罪ギルドの壊滅、『ブラックシープ商会討伐作戦』という一大事件は世界中にその報せが届けられる。

かくして、長いロクシアの歴史に、冒険者達の歴史に、多くの物語と共に刻み込まれる事となるのだった――――――




+ 悪魔の真意
勇者たちの力を知りたいと言いつつ前半殆ど実力を出さず戯れていた悪魔。
実は討伐連合軍との戦いでは実際かなり手加減をしていた。

その莫大な魔力量で差が分からないほどの破壊力を伴っていたが、それでも使っていた魔術は一度の『黎冥』を除きどれもあくまで初級から中級止まり。

体長も実はかなり小さく留めており、そもそも出現させた悪魔の門も本来自分が普通に通って丁度いい大きさの為本当の体長は30m以上。
魔王クロノスですら絶望のディスの為の50m級の魔界の門を出現させるのが容易ではない中、40mの悪魔の門をポンと出せる時点でその力は察せるものがある。
全身を覆う魔力防壁に関しても、相当な硬度であったとは言え肝心のバリアの要である角だけバリアが張られず剥き出し状態だったのもわざと。

ここまで悪魔が勇者側に御膳立てしたその真の理由は…勇者候補を初めとした光を持つ者たちが巨大な闇である自分にちゃんと打ち勝てるようにする為(・・・・・・・・・・・・・・・)
善性と悪性を観察し闇の存在たる悪魔の意味を探求したいという好奇心は本当だが、実際の所、彼自身は

『闇とは光の対極であり表裏一体の同一体。人を救う光が神の愛であるならば闇にある悪魔が齎す悪意は神の愛と同じくらい人の事を想い与える神の試練である』

という自分なりの考えでの解答を既に出している。
(あくまで彼事個人の考えでルクロンや他の悪魔がそう思っているとは限らない)

今回のブラックシープを生み出し勇者たちや冒険者達を誘い出しての戦いも全ては人の仔に『自分という試練』を乗り越えて更なる成長を促し、
世界有数の実力者たちが各々の思想、理想を曝け出したうえで互いに共闘する事で自分自身の道を他者と比べて改めて考える機会を与える為。
(彼視点では魔族も人が生み出した黒滅竜から生まれた『魔界に住む亜人』という認識の為、神から転生したクロノスなどを除き魔族や魔王候補達も彼にとっては基本全て“人間”判定)

ただ仮に時間切れとなった際には『ここまで舐めプして総出で掛かっても自分に勝てないならもう今回は駄目だな』と判断して本気でバクハーン一帯を滅ぼす気ではいた。

その後は本気を出して勇者候補を一掃した後に自らも正式に魔王候補となる事を宣言し、今度は闇の側で覇者を目指す他の魔王候補たち、
その筆頭である神族の身を捨ててわざわざ魔族に転生したクロノス陣営に挑みその真意を問い語り合うつもりでいた。

今回自分に立ち向かった多くの勇者候補、冒険者たちのそれぞれの強さ、意思をその身で受けた結果、まだまだ未熟ながらもそれ故にしっかりと成長の余地があり、
黒羊を倒す為集結した今回の戦いでお互いの顔と実力を知り合った事で今後一人一人の進む道に大きな影響を与えるだろうという事で本人は概ね満足している。

しかも悪魔や天使は魔族と異なりその本質は元々神が直接生み出した『神霊』としての存在である為、地上で動く為の物理的な肉体が破壊され、
生体として“死んだ”としても本質である『霊』としての実体には問題ない為完全に“滅びる”という事は下級・中級悪魔以外では実はそうそう無い。

トドメの一撃で肉体が崩壊したと同時に本体の霊体はしっかり消滅せずに自身の悪魔の門が消える前に飛び込み獄界へ帰還。
現在は再び獄界最奥の闇の中でルクロンの傍らで自らの与えた“キッカケ”で世界と人々がどうなっていくのかを楽しみに眺めている。

…と、色々言って結局人間の為に行動している良い感じの悪役っぽくなってるが、彼が生み出したブラックシープ商会という最悪の犯罪ギルドによって数えきれないほどの船が沈められ、
罪のない人々が殺され、世界中で深刻な被害が出た事実にはなんら変わりなく、当のブラックシープ側にとっても首領の彼自身が『悪は正義に敗れ成長の大きな糧となる為にある』というスタンスの為、
最初から彼の趣味である悪の観察と、正義の冒険者に壊滅される為だけに集められて育てられた巨大な生贄の集団でしかなかった事になる。

総評すると、良くも悪くも人間の事をよく考える人間好きの悪魔であるが、
当の人間側からしたら正義側からも悪側からもとにかく余計なお世話で迷惑極まりない存在であり、
ブラックシープ商会の世界からの認識である『人魔神全ての敵』という評価に当てはまるまさしく“悪の親玉”であったと言えるだろう。

……そこまで全部含めて、彼は自身の“悪役”という『役目』を楽しんでいたのかもしれないが。



+ ちなみに
仮にクロノスに挑む事になった際には、彼の配下の12柱に対抗して自身も獄界にいる配下のアーチデーモンの中から12体の精鋭を選抜。
現実世界の十二星座(+蛇使い座)になぞらえた幹部軍団を構成するつもりでいた。
(自分自身は牡羊座を担当)

選抜自体は既に終えていて獄界に待機させていたのだが――――――

彼が帰還後に確認すると、何体かが足りなくなっているのに気が付き……そして、配下たちも元は自分が引き込んだ者、
すなわち、自分と同じく“悪への好奇心が強い者たちが多い”事を思い出し、ほくそ笑みながら何も言わずにルクロンの元へ戻った。

大悪魔ルヴァディウス、彼は今も獄界の闇の中から、自身が撒いた“キッカケ”によってこれからどうなるか予想も着かない、
絶望と希望の可能性に満ちたロクシアという世界を、悪意と期待に満ちた眼で満足げに、愉しげに眺めている。



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最終更新:2022年05月28日 22:16