悪意と利益



「唐突だが、貴女が"黒き竜の信奉者"だということは、この商会に招き入れた時点でとっくに分かっている。
 だからこそ貴女を雇ったのだ」

その男は開口一番、悪びれもせずにそう語った。

‐は、ははは…何を以てそのような冗談を?
黒滅竜を信奉し、この世界の破滅を願う教団など、存在を真顔で語れば"村の馬鹿者"として見られるのが世の常ですよ?

その場で取り繕ったつもりだが、そんなものになってないのは私が一番良く分かっている。
尤も、まず最初に自身の正体を指摘されれば、普通はこうなるのだろう。

「そうだな。私も最初に黒竜教団の話を聞いた時は、趣味の悪い作家か、かわら版屋の「自著の宣伝」だと思っていた。
 文字を書く商売でもないのに言ってるならば、貴女の言う通り昔話でいう村のアホで切り捨てるべきものだ、その程度だった」
「だが、商会、いや、商売というものはな、世の裏まで見ることになる難儀なものでな。
 経緯は語らない…というより多すぎてどれから語ればいいのかわからないだけだが、黒竜教団が噂やおとぎ話、あるいは不安から来る妄想でないと知るのにそう時間はかからなかった」

男はそう言って、私をまるで外海邪悪な氷山のような目で見据えてくる。
この男が一部で『魔物よりも魔物じみた人間』と評されるのがわかるような目つきで。
…そう言えば、聞いた話という程度だが、この男の兄はユグレスの大河大河賊団の首領をしているらしいな。そう考えれば納得も行くかも知れない。

「と同時に、貴女達の『悪意』は我が商会にとって強大な武器となるとも確信した。
 何を言いたいのかはもう分かるだろう。私の部下を守り通し、商会を栄えさせるためには、貴女のような冷酷な悪意が必要なのだ」
「貴女達のイメージするものからすれば信じがたいだろうが、商売は戦争と何ら変わりないものだ。
 相手を騙し、殺して、奪うことで自身を栄えさせる。
 ただ違うのは、戦争に携わる兵士は剣で殺し、我々商人は金で殺すことだ。逆に言えば違いはそれだけなのだ。
 "黄金の流血"が日夜行われる戦場を勝ち抜くためには、人としての倫理観など真っ先に魔界の門にでも投げ込まなければならない。
 だからこそ、人としての立ち振舞よりも利益を追求できる貴女達は、私が最も必要としていたものの一つでもあるのだ」

‐だ、だが我々の目指すところは、黒滅竜の復活なのですよ。
黒滅竜の糧となる憎悪や血を集めるべく動いている、突き詰めればそれが我々の理念であり存在意義なのです。
‐貴方は仮にもこの国の、勇者の聖地のお抱え商人でしょう?そんな貴方が黒竜教団の者を招き入れるなど…

黒竜教団の者である私が、このような"人情味のある"提言を思いつき、口に出すという点で、相手の異常さがわかるだろう。
破滅を願うものが、我々と関わるなと心の底から言わせるというのはどのようなものかを。

「何度も同じことを言わせるな。
 商人というのは常に冷酷、冷徹に利益を追わなければならないのだ。
 貴女達のような、黒き竜の信奉者を取り入れてでもな。

 …私がなんの考えもなしに、貴女のアドバイスを受け入れているとでも思ったのか?
 貴女のアドバイスを情との天秤にかけることなく、ときに更に冷酷なやり方に改変してまで"採用"しているのに気づかなかったのか?私自身が言うのも何だがな。
 つまりそういうことだ。
 貴女達にとっても、我々の活動のおかげでどす黒い糧が溜まる、互いに利益を得られる関係のはずだがな。

 今回こうやって貴女を呼び出した理由は、結論からすれば貴女はまだ私からすれば情が残っていると感じる面が少なくない、それが気になったからだ。
 もっと黒竜教団らしい冷酷で悪意に満ちた"アドバイス"をしてもいいのだ。
 貴女を含めた部下を守るには、この世界すら商品として売りとばさなければならないこともあるのだからな。よろしく頼むぞ」


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最終更新:2021年08月13日 01:08