猪 圓朝

『ちょ えんちょう』
メルグ国料理人の最高段位者。
それと同時、デリシアス宮殿お抱えの料理人である『デリシアス四天王』の一人。

大慶料理、特に豚肉を使った料理を得意としている。
先代メルグ国王の時代から六十年近く王宮に仕えてきた古株であり、年齢は九十歳。
好々爺然とした穏やかな人柄で、メルグの若い料理人達を見守り導く御意見番的存在。

自分以上に長年王宮に使えていたティガドラに対しては一人の料理人として尊敬している。
だが同時に国の宰相として行ってきた数々の黒い歴史から訝しげな視線を向けているようだ。


【経歴】
元々は白灯(バクトラス)の戦猪鬼の部族の出。
後に勇者候補グザンによって倒される事となる『猪 武能』の大叔父にあたる人物でもある。

当時の族長の座をかけて戦ったが、その際に卑怯な手段を使った上で惨敗。
堂々とした強さと勇敢さを尊ぶ一族の気風に泥を塗ったとして部族から追いやられた過去を持つ。
その後は行くあても無く各地を放浪し、山賊となって旅人や商人を襲っては荷物や食糧を強奪し食い繋いでいた。

しかしそれも長くは続かず、獲物を見つける事が出来ない日々が何日も続き、飢えと渇きから意識が朦朧としながら彷徨い歩いていた時、視線の先にやたらと豪華な馬車を引く一団を見つけた。

残った力を振り絞り、ボロボロの山刀を手に立ち塞がる圓朝。
だがその一団は国交の為に偶然その場を通りがかった先代メルグ国王の一団だったのである。

しかしただでさえ空腹でフラフラだった所に、護衛として付いていたグリルの精鋭兵達を相手に勝ち目など無く…。
あっという間に打ちのめされ、そのままトドメを刺されて一巻の終わりかと思われたその時、待ったをかけたのが馬車から降りた先代のメルグ国王だった。

グリル兵達に打ちのめされる間、悲鳴以上に大きく鳴り響いていたのは彼の腹の虫の音。
それが馬車の中の国王の耳にも聞こえていたのである。

『野盗が一人返り討ちにされて死ぬのは別にかまわない。が、美食国の王たる自分の目の前で空腹のまま死なれるのは気に入らん』

王は一方的にそう言い放ってグリル兵たちを下がらせると、即座にその場に合った有り合わせの食材で即席の料理を素早く作り、温かい料理の入った器を圓朝に渡した。

信じられないような顔で器を受け取った圓朝だったが、手から伝わる料理の温かさ、鼻孔に入ってきた芳醇な香りに彼は我慢できずその料理をかき込んだ。
直後に口一杯に広がる、それまで味わった事も無いような極上の美味。
一瞬にして涙が溢れだして止まらない程の衝撃が彼を襲った。

この世にこれ程までに美味い物があったのか。
これ程までに体中に幸福感に満ち溢れる感覚があったのか。
それは今までただ他者から奪い、ただ生きる為に喰らう事しかしてこなかった彼にとって生まれて初めて感じた止めどない『食への感動』だった。

無我夢中で料理を食べ尽くし、器をそっと置くと心からの感謝と敬意を込めた『御馳走様でした』の言葉を捧げる。

そして彼は地面に頭をめり込ませるが如く押し付けて懇願した。
『こんなにも素晴らしいモノを、自分も作ってみたい。今まで奪う事しかしてこなかった自分でも、こんな美味しいものを作ってみたい』…と。
すると先代国王は『そうか、ならば着いてこい』と、事も無げにそう言ってのけた。

困惑し猛反対するグリル兵達を押し退け、国王はボロボロの圓朝を馬車に乗せてそのまま国交先へと旅を続けた。
結局、彼はそのままメルグ国へと招かれ、一人の新人料理人として再スタートを切ったのである。


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最終更新:2024年04月22日 07:14