腹ペコな蛇の話

むかしむかし、ロブラヌアのとある島に、一匹の小さな蛇がいました。

その蛇は体は小さいけれどとても食いしん坊。

いつもお腹をペコペコにして、なにか食べるものは無いかと探していました。

しばらく進むと、蛇は小川の傍で一匹の蛙を見つけました。

小さい種類の蛙でしたが、蛇も小さいので相対的に見れば中々のサイズです。

コイツを食べればきっとお腹は一杯になれるでしょう。

蛇は気付かれないよう慎重に蛙の背後から忍び寄り、そして勢いよくその脚に噛みつきました。

驚いて暴れる蛙でしたが、すぐに蛇の牙から注入された毒が回り、動かなくなりました。

大人しくなった蛙を蛇は大きく口を広げて丸呑みにしました。

ペコペコだった蛇の胃袋に、自分の半分くらいの大きさの蛙がすっぽり収まります。

しかしどうした事でしょう。お腹はぷっくりと膨らんでいるのに、蛇はまだまだ腹ペコでした。

こんな蛙一匹ではまだ足りない。もっともっと大きな獲物が食べたいと、蛇は再び探し始めました。



しばらく進むと、蛇は木の枝の上に鳥の巣を見つけました。

ニョロニュロと木を這い上がると、巣の中には小さな卵が幾つかありました。

卵は小さいですが、蛇も小さいので相対的に見れば中々のサイズです。

コイツを食べればきっとお腹は一杯になれるでしょう。

親鳥は丁度留守中です。蛇は大きく口を広げて卵を一個ずつ丸呑みにしました。

ペコペコだった蛇の胃袋に、全部合わせれば自分と同じくらいの量の卵がすっぽり収まります。

しかしどうした事でしょう。お腹はぷっくりと膨らんでいるのに、蛇はまだまだ腹ペコでした。

こんな卵数個ではまだ足りない。もっともっと大きな獲物が食べたいと、蛇は再び探し始めました。



しばらく進むと、蛇は草むらの中に一匹の野鼠を見つけました。

は獣の中では小さいですが、小さな蛇と比べればその大きさはかなりのサイズです。

コイツを食べればきっとお腹は一杯になれるでしょう。

蛇は気付かれないよう慎重に野鼠の背後から忍び寄り、そして勢いよくその背中に噛みつきました。

甲高い鳴き声と共に野鼠は暴れましたが、すぐに蛇の牙から注入された毒が回り、動かなくなりました。

大人しくなった野鼠を蛇は大きく口を広げて丸呑みにしました。

ペコペコだった蛇の胃袋に、自分より少し大きいくらいの野鼠がすっぽり収まります。

しかしどうした事でしょう。お腹はもうパンパンに膨らんでいるはずなのに、蛇はまだまだ腹ペコでした。

こんな鼠一匹ではまだ足りない。もっともっと大きな獲物が食べたいと、蛇は再び探し始めました。



その後も蛇は島の色々な場所を巡り、沢山の獲物を食べました。

野兎を呑み込みました。

狐を呑み込みました。

山犬を呑み込みました。

それでも蛇の腹ペコは止まりません。

もう蛇の体は小さくありませんでした。

沢山食べて、ちょっとした短い丸太のように太く大きくなっていました。

蛇のお腹は蛇らしい細さと長さは残っていません。

まるで大きな酒瓶の如く丸々と膨らみ、身をくねらせることも出来ません。

這うのが難しくなったので、体を輪の様にして回りながら坂を駆け下りて移動しました。

そうしていくと、蛇は野草を採っている人間を見つけました。

人間も蛇を見つけました。すると人間は驚くとともに、自分の方から蛇に近づき、野草を刈り取っていた鎌を振り上げました。

この蛇は知りませんでしたが、蛇の革はとても珍しく、都で売れば沢山のお金に変えることが出来たのです。

しかし、そんなことは蛇は知ったことではありません。蛇は、まだまだ腹ペコでした。

鎌が振り下ろされるよりも前に、蛇は太く膨らんだ胴体をバネの様に力強くしならせると、

一気に人間の身長よりも高く高く跳び上がりました。

呆気にとられた人間が頭上の蛇を見上げていると、蛇はその人間の喉元に噛みつきました。

人間は悲鳴を上げながら倒れ込み悶え苦しみましたが、すぐに蛇の牙から注入された毒が回り、動かなくなりました。

大人しくなった人間を蛇は大きく大きく口を広げて―――――

その日、蛇の腹ペコはちょっとだけ満ち足りました。



夜になってからも蛇は島の色々な場所を巡り、沢山の獲物を食べました。

蛇は昼間食べた中で一番食べ応えの合った獲物がいる場所を探し、見つけました。

山奥の小さな集落でした。大きくなく、閑散としていました。

蛇は一件の民家に入り込みました。

干し肉を見つけました。蛇は呑み込みました。固くてパサパサでしたが意外と悪くありません。

囲炉裏に残った鍋を見つけました。汁ごと全部飲み干しました。食べた事のない塩気で驚きましたが悪くありません。

徳利に入った酒を見つけました。中身は少ないですが飲み干しました。初めての味と感覚です。とても気に入りました。

そして、人間を見つけました。既に夜深く、いびきをかいて寝入っています。

最初から大人しくなっていたので、蛇は大きく大きく口を広げて簡単に呑み込みました。

蛇は次の民家に入り、全て呑み込みました。

その次の民家に入り、全て呑み込みました。

その次の民家に入り、全て呑み込みました。

その次の民家に入り、全て呑み込みました。

その次の―――――――――

集落は小さなものでした。住民もそれほど多くはありません。

集落から人の寝息が聞こえなくなるのに、大した時間はかかりませんでした。



―――――――――――蛇は、まだ腹ペコでした。



それから、月日は流れました。

蛇は獲物を見つけては呑み込み続けました。

狼も呑み込みました。

馬も呑み込みました。

熊も呑み込みました。

小さかった蛇の体は、もう蛇とは思えないほど巨大となっていました。

体の鱗は植物の髭根にも似た硬い毛へと変わり、体を丸めて転がれば、木々をバキバキと押し倒すほど力強くなっていました。

池に魚がいれば、水ごと呑み干して干上がらせました。

大きく息を吸い込めば、空を飛ぶ赤錆鷹も吸い込まれてしまいました。

人間の集落も、幾つか消えてしまいました。

それでもまだ―――――蛇は腹ペコでした。

まだ足りない。もっと食べたい。もっと欲しい。もっともっともっと欲しい。

底の無い食欲と、満ちることのない胃袋に喘ぎながら、蛇は天を仰ぎました。



『―――――ナラバ、我ガ元ヘト来ルガ良イ』

突然、蛇は誰かに呼ばれたような気がしました。

周りを見回しても誰もいません。しかし、“何か”が自分を呼んでいるような気がしました。

『―――――飽クナキ貪欲ナル蛇ヨ。ソノ飢エヲ満タス術ヲ教エヨウ』

“声”は自分の遥か地面の下から聞こえたような気がしました。

蛇は大鎚のような頭を器用に使い、土を掘り、岩を砕き、地面を掘り進んでいきました。

大きな蛇が初めて獲物を探すことをやめ、何日も何日も下へ下へと一心不乱に掘り進めました。

そうして夢中で掘り進めていくと、不意に蛇の目の前から土がなくなり、蛇の体は宙に投げ出されました。

深い深い地下の空洞に出たのです。地面に落ちた蛇が周りを見回しましたが、やはり誰もいません。

しかし、蛇の目の前には、まるで小さな池のような深い水溜りがありました。

そこには、酒にも似た奇妙な香りを発しながら、赤黒い不気味な色の液体が溜まっていました。


『――――――呑ムガ良イ。奪イ、喰ライ、己ヲ満タスニハ“力”ガ要ル。

 カツテ、我モマタコノ矮小ナル島々ノ全テヲ欲シタ。島々ノ“”モ欲シタ』


『――――――ソノ我ノ“欲望”ヲ貴様ガ受ケ継グノダ。

 サスレバ、貴様ノ飢エト渇キヲ満タス為ノ“我ガ力”ガ授ケラレル』


“何か”に誘われるままに、蛇は不思議な赤い池へと這いずり……その“血の池”を呑み込みました。

―――――瞬間。蛇の全身が燃えるような熱さに包み込まれました。



身を焼くような凄まじい熱。しかし、それでいて蛇に苦痛はありませんでした。

むしろ体の奥から溢れ出てくるような凄まじい“力”に、得も言えぬような快感が蛇を満たしました。

すると、蛇の頭にふと不思議な感覚が生まれました。

それは“知識”でした。それまでただただ獲物を探しては徘徊する事だけを考えてきた蛇に、

まるで遥か古の時代から積み重ねてきたかのような膨大な量の知識が次々に湧いて出ては蛇の頭を埋め尽くしました。

人の言葉、学術、歴学、妖術、魔術、統率術、あまりの圧倒的な情報量に蛇の頭だけでは抑え込めないと思ったその時、

蛇の頭は自ら幾重にも引き裂かれると、裂けた一つ一つが新たな頭として形を成し、膨大な知識を分け合いました。

そうすると、次に蛇の複数の頭にそれぞれ“記憶”と“感情”が湧き出てきました。

太古の時代、この桜が咲き乱れる国を襲い、他者を従え、支配し、欲しいものを欲しいだけ手に入れられた時の『歓喜』

太古の時代、この桜香る国を守護する為に出てきた神々を、圧倒的な力で打ち払い脆弱さを嘲り笑った『享楽』

太古の時代、見下したはずの下等な神々が、自らが生み出した魔剣を持って、自らに打ち勝った事への『憤怒』

太古の時代、慢心から格下の神々如きに至高の獲物を喰らう事を阻まれ、ロブラヌナの外にまで手を伸ばす計画を打ち砕かれた『悲哀』

そして太古の時代から現代へと至るまで、流れ出た血潮に怨念を宿し、長い長い時を無心で地下深き暗闇で耐え忍び続けた『虚無』

五つに分けられた蛇の頸と頭。その頸それぞれに生まれた感情と共に、五つ全ての頭に芽生えた“意思”。

己の果て無き『欲望』をもって、あらゆるもの奪い尽くし、喰らい付くし……

再びこの桜香る皇国に………



―――――――――“災い”を齎さなければならないという巨大な『悪意』



ロブラヌアのとある島。

深い森と綺麗な水の豊富な川や池がいたる所にある、豊かな自然に満ちたこの島では、

古くからカッパの一族が水場を治めていました。

屈強なタイショウガッパの中でも一際大柄で知恵もある温和で頼もしい長に統率され、

子供たちが時々ちょっとした悪戯をしながらも、周囲の人間たちとも争いもすることなく穏やかに暮らしていました。


………そんなある日、カッパたちの住む小川が、突如として地面ごと大きく揺れ出しました。

地震かと思ったカッパたちが慌てふためく中、突然、

大気をビリビリと振るわせるような恐ろしい咆哮が響き渡ったかと思うと、

地面を引き裂きながらとてつもなく大きな怪物が地中から姿を現しました。

見上げんばかりの巨体、深緑色の全身は鋼鉄をも思わせるような頑強な鱗に覆われ、

巨木の様に大きく太い4本の脚には刃のように鋭い爪が生え並んでいます。

同じく太く力強い、長く伸びた尻尾の先端はまるで棍棒のような棘の付いた膨らみがあり、

荒々しく振り回しては地面に叩き付け周囲の巨岩をいとも容易く粉々にしてしまいます。

小山の如き胴体からは、五本の長い頸が生え、刀剣の如く鋭い牙が生え並ぶ口を備えた五つの顔が、

その場に尻餅をついたタイショウガッパの長を恐ろしい形相で睨みつけながら見下ろしました。

恐慌で悲鳴を上げながら逃げまどうカッパたち。恐怖と混乱しながらも気丈に立ち上がった長の「何者か」という問いに、

巨大な怪物は五つの口元を笑みの形に歪め、地の底から響くかのような恐ろしい声で応えました。


『我ガ名ハ“ 真慈 ” 我、大イナル悪神ノ血ヲ宿セシ大蛇神ノ継承者ニシテ、薫桜ノ皇国ニ災厄ヲ齎ス強欲ノ竜ナレバ』


こうして、腹ペコの“蛇”は、貪欲なる“竜”へと成ったのでした―――――


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最終更新:2023年04月10日 05:58