ーーあれは15年ぐらい前のことだ。
当時の俺は稼業がようやく軌道に乗り始めて調子に乗っちまっていたんだろうな。
そりゃあそうだ。なにせ大海原に馬鹿でかい嵐を巻き起こせる超力(ちから)に目覚めちまったんだからよ。
世界中の金銀財宝酒に女、まるごと全部手に入れたように思えていたんだぜ。
でもまあ、余程の幸運が続けばいつかは振り戻しの不運が来るってのを忘れちまってた。
入っちまった、魔の海域……バミューダトライアングルによ。
クルーズ船から略奪(うば)って、追ってきた海軍(ブタ)共を沈めて調子に乗ってたんだろうな。
酒を掻っ食らって戦利品(おんな)で遊んでいた時に異変は起きた。
俺の嵐の王(ワイルドハント)なんぞ屁でもねえくらいの大嵐が吹いてきやかった。
思えばそん時は若い頃に戻ったみてえで割と楽しかったぜ。犯っていた女とか船員共が吹き飛んでいく見世物も悪くなかったしな。
まあ、戦利品どころか船団にも大打撃を受けたんだが、なんとか嵐を乗り越えられた訳よ。
そんであらかた落ち着いた後に何気なしに魔の海域の方を遠眼鏡で覗いてみたんだ。
ーーいたんだよ。霧に覆われた海域に突っ立っている糞でけえ人影が。嵐を纏って。
奴が俺の戦利品(たから)を根こそぎ奪った。そう思ったら無償に腹が立ってよ。
俺を嘗め腐った糞共には一人残らず地獄に落としてきた。だから、決めたんだ。
怪物だろうが神だろうが関係ねえ。
ーーいつか、あの怪物は俺が殺す。
■
ここは廃墟群から西に位置する森林地帯の手前。
そこに佇むのは一人の男と白い少女。どちらもずぶ濡れだった。
「くちゅん!」
可愛らしいくしゃみの後、ずず……とみっともなく鼻を啜る、黒い靄を身に纏う少女、エンダ・Y・カクレヤマ。
その様子を若干呆れた目で見るのは昏い雰囲気を身に纏う筋骨隆々の大男、只野仁成。
彼らは廃墟の一通り廃墟の探索を終え、めぼしい物や情報がないと分かるや否や、川を渡ることになった。
当初は素直に橋を渡ろうとしたのだが、遠目から南の橋の方で嵐が発生しているのを確認し断念。
ならばと北の橋にしようとした矢先、渡った先の進行方向に不自然に光が灯っていることを目視し、その案も却下。
どちらの橋を渡っても会敵は免れないという結論に至り、廃墟南西部の川を渡ることにしたのだ。
「……早速“刑務作業”が始まっているみたいだな」
「そうだね。ヴァイスマンの言葉を鵜呑みにした囚人共が近場にいるなんて驚きだよ」
仁成の言葉に対し、ため息交じりにエンダは返答する。
刑務作業とはすなわち殺し合い。地の獄たるこの地では普遍的な善こそが異端そのもの。
己が自由を手にするためならば、その手を血で汚すことこそが正しき道であろう。
だが、彼らーーエンダと仁成は例外中の例外。刑務作業を放棄し、アビス脱獄を企てる異端者なのだから。
殺し合いには乗らず、かといって正義を為そうともしない。
混沌にも秩序にも肩入れしない、どっちつかずの中庸。
それが二人の結論(スタンス)。
「それで、これからどこに向かう?
脱出の手がかりが見つかりそうな場所は旧工業地帯、ブラックペンタゴン……ここからだとブラックペンタゴンが近いな」
「それに灯台や小屋も気になるね。私的には地図の隅っこにある小屋には何だかきな臭さを感じるんだ」
互いにデジタルウォッチの地図を開き、それぞれ気になる個所を挙げていく。
南西部の工業地帯、中央のブラックペンタゴン。そして北西部の灯台に南東部端の小屋。
ピックアップされた場所はバラバラの方角に存在し、全て回るとなると相当の時間を要するだろう。
加え、道中では他の囚人達と遭遇する可能性が高い。
“刑務作業”に従事している囚人は一部を除いてほとんどが選りすぐりの凶悪犯罪者共。
自分達は格好の獲物として刑務作業中は狙われ続けるに違いない。故に――。
「まずはブラックペンタゴンに行こう」
エンダの言葉に頷く仁成。
灯台、旧工業地帯、小屋。会敵の可能性を含めると、時間内に全ての場所を回るが困難であることは明白。
ならば、近場のブラックペンタゴンで情報収集をした後にどこに向かうか考えても遅くはない筈だ。
ブラックペンタゴンの内部に囚人が陣取っている可能性もあるが、どの選択肢にせよリスクは存在する。
ならば、より利益を得られる方を選んだ方がいいに決まっている。
「一先ず方針は決まったし、早いところ行こうか。
ジッとしていたら、嵐を生み出す超力持ちや炎使いに狙われるだろうしな」
「そうだね。行こう。
……と、その前に……ちょっと待ってね」
「……ん?」
先立ってブラックペンタゴンに向かおうとする仁成にエンダから「待った」の声がかかる。
訝し気にエンダの方に顔を向けると、彼女の周りから靄が消え、その代わりに石製の直剣が握られていた。
「ほいっ」と気の抜けた言葉と共に投げられたそれをキャッチし、全体をまじまじと眺める。
刀身は作り込みが甘く、グリップの握り心地は最悪。まるで小学生の工作のようだ。
「これは?」
「廃墟で丁度良さそうな瓦礫があったから、この子達の中に入れて削って作ってみたんだ。
どう?良い出来でしょう?」
掌に乗せた黒い靄を見せつけながら、どこか得意げに話す幼い少女。
あの靄は物の収容や加工にも使えるのか。汎用性のある超力だ。
そう分析しつつ、軽く剣を振ってみる。
「素手よりはマシだな」
「……感謝が足りないとか過小評価だとか色々言いたいことがあるけど、今は我慢する。
とにかく、肉壁の役目を果たしてね、仁成」
答えが気に入らなかったのか、不機嫌さを隠そうせずエンダは仁成を追い抜いてずんずんと先へ進む。
大人びてはいるもののコイツは子供だな。
そう思いつつ、彼女の後ろについていこうとすると――。
「あ、あの~すみません。ちょ…ちょっといいですか?」
この地獄には相応しくない、気の抜けた声が二人にかけられた。
その声に反応し、仁成は石剣を構え、エンダは暗黒を纏い、共に戦闘態勢に移る。
土の踏む音が近づくにつれ、声の主の姿も徐々に露わなっていく。
そして、現れたのは引き攣った笑顔を浮かべた、金髪ボブカットの女。
「あ、あの。少し聞きたいことがあるだけなんで……」
「……何者だ、お前」
トスの効いた仁成の声に「ひっ」という悲鳴と共に諸手を上げ、引き攣った声で答える。
「わ、私はヤミナ・ハイドって言う者でしてぇ~べ、別に怪しい者じゃないんでどうかお話だけでも……うへ、うへへ」
■
「……いやがるな」
「へ?」
悪名高き“牧師”との邂逅からしばらく後、隻眼の大海賊――ドン・エルグランドの顔つきが変わった。
先ほどまで上機嫌に魔の海域の冒険を語っていたが雰囲気が一変、剣呑なものへと変貌する。
「いるって……牧師さんが言ってた獲物のことっスか?」
「どうだろうな。だが、上等なモンに変わりはねえ。見ろ」
ドンの指さす先――薄闇の中に見えたのは、向き合って話し合う一人の大柄な男と小さな子供。
男の方はいかにも凶悪犯罪者と呼べるような暗く重い空気を漂わせているが、少女の方はまるで正反対。
文字通りドス黒い空気を纏わせているが、そこから覗く雰囲気はなぜかこの場に似つかわしくないほど上品で神秘的だった。
アビスにおいてヤミナはトップカーストに君臨する女囚人の小判鮫をしていたため、それなりに囚人達のことは知っている。
特にジャンヌ・ストラスブールやルクレツィア・ファルネーゼ、ルーサー・キングなどは話題に事欠かない。
ここまで異様な雰囲気を醸し出す二人ならば、アビスという閉鎖的社会でも多少なりとも話題に上がるはずなのだが、そんな話は聞いたことがない。
「――秘匿受刑囚」
「何です、そいつ?」
「アビスにぶち込まれた連中の中でも一際ヤバい奴らのことだ。
何でも、存在自体が今の世界に悪影響を及ぼすとかで封じられたっつぅ話だぜ。
ま、他の囚人共から聞いた話だから信憑性は薄いけどよ」
秘匿受刑囚。それは投獄されて日の浅いヤミナにとって初めて聞く言葉だった。
ヤミナとしては、ルクレツィアや先程出会ったキング以上にヤバい囚人になど関わりたくもない。
「はえ~、SCPみたいな奴らっスね。
じゃあ私は旦那の邪魔にならないように離れてますんで……へへへ」
「おい、何勝手に逃げようとしてやがる」
「へァッ!?」
媚びた笑いを浮かべつつ距離を取ろうとするヤミナの囚人服の襟をガシっと掴み、ドンは眼前まで持ち上げる。
吊り上げられて足をブラブラさせるその姿は、飼い主に首根っこを掴まれたドラ猫を彷彿させる。
「わ……わわわ私じゃ何もできないですよぉぉぉ~!」
「てめえの成果なんぞ端から期待してねえよ。靴舐めるなり股開くなりして逃げられないように足止めしとけ」
「わァ……あ……」
「あの獲物(たから)は一つ残らず俺のモンだ。誰にも渡さねえ」
■
「えへへへ~」
「……」
「……」
媚びたようなにやけ面の女――ヤミナ・ハイドに仁成達は揃って白い目を向ける。
それもその筈。彼ら二人にとって他の囚人は、今のところ自分達の命(ポイント)を狙う敵か、自分達を利用しようとする存在かのどちらか。
取るに足らないと思わせる立ち振る舞いから、目の前の女は圧倒的に後者。
媚び諂うような言葉を無視し、女の横を通り過ぎようとするが……。
「ちょ、ちょちょちょ待って下さいよ~!少しだけ、少しだけでいいですから~!」
「五月蠅い。わたし達は暇じゃないの。助けが欲しかったら他を当たって」
「そんなこと言わずに先っちょだけ!先っちょだけでも……ぐへェ!」
エンダは足に縋りつくヤミナの顔面に蹴りを入れて無理やり引き剝がす。
もんどり打って転がる彼女に一瞥もくれることなく目的地に向けて歩き出そうとするが、今度は仁成の足に縋りついて阻止する。
「お゛願゛い゛し゛ま゛す゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ッ゛!゛何゛で゛も゛し゛ま゛す゛!゛何゛で゛も゛し゛ま゛す゛か゛ら゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛」
「何だコイツ……」
人としての尊厳を全部放棄したかような叫びに思わずたじろぐ仁成。
それはエンダも同じようであんぐりと口を開けて固まっている。
ここまで恥も外聞もなく懇願できる人間はそういないだろう。
「ハァ~……助けが欲しいなら川沿いを歩いていけば?
運が良ければ炎使い――ストラスブールに保護してもらえるかもしれないよ」
盛大にため息を吐いた後、川の方角を指し示すエンダ。
エンダのことだ。川岸で炎を出していたのはかの有名なジャンヌ・ストラスブールとは限らないのは承知の上なのだろう。
最悪、欧州で悪逆の限りを尽くしてきたフレゼア・フランベルジェの可能性もあるが、ヤミナが消し炭になろうとも知った事ではない。
だが、それ以上に気がかりなことがある。
「エンダ、少し聞いていいか?」
「何?」
「ジャンヌ・ストラスブールのことが嫌いなのか?」
見苦しく仁成の足に縋りつくヤミナを引き剥がしにかかるエンダに問いを投げかける。
ジャンヌの名前を出したときのエンダの表情。それは「並木旅人」の名前を出したときの物と酷似していた。
嘘を見抜いた時、彼女は「一度会話を交わした仲」と言っていたが親しみや好意などの感情は微塵も見られなかった。
仁成の問いに小さくため息をつき、エンダは口を開く。
「ああ、嫌いだよ。あっちはどう思ってるのか分からないけどね。
上辺だけは仲良くできても、根本的な思想の部分では絶対に相容れない気がする」
「それってどういう……」
「ベクトルが違うだけで奴は並木旅人やルーサー・キングと同類の……人を狂わせ、破滅に導くファム・ファタルに見えるんだ。
もっとも、本人にはそんな自覚はないだろうけどね」
轟ッ!
「「ーーーッ!!!」」
瞬間、前触れもなく無防備な3人の周囲に吹き、同時にザァッと雨が降り出す。
囚人の超力による襲撃。
即座に反応し、仁成は足に縋りつくヤミナを蹴とばして石剣を構え、エンダは身体に暗黒を纏う。
だがーー。
「うッ……!!」
「くぁ……!?」
「ぎょええええええええええ!!??またあああああああ!!!??」
暴風雨が吹き荒れ、地面に転がったヤミナが吹き飛ばされるのを皮切りに状況が動き出す。
強烈な爆風によりエンダの纏う靄が吹き飛ばされ、彼女自身も空に舞い上がる。
仁成も同様。エンダのように身体ごと飛ばされはしなかったものの、体勢を崩して地面を転がる。
ブレーキ代わりにぬかるん地面に石剣を突き刺し、爆風に晒されながらも襲撃に備え、剣を構える。その直後。
「ゲハハハハハハハハハッ!!!やっぱ一筋縄ではいかねえかぁ!!!秘匿受刑囚ってのは伊達じゃねえなぁッ!!!」
哄笑と共に爆風の中から黒い影が現れた。
影の正体は戦斧を上段に構えた壮年の大男。爆風をものともせず、ダンプカーさながらの速度で仁成に肉薄する。
リーチに入った瞬間、斧は仁成の頭蓋を目掛け、空間を切り裂かんばかりの速さで振るわれる。
暴風、泥濘、豪雨。様々な悪条件の中で繰り出される戦斧の剛撃。
その一撃に対し、仁成の取った行動は大股の一歩。
斧刃の範囲から抜け出した直後、エンダ製の石剣を柄目掛けて横凪ぎに振るい、斬撃の軌道をずらす。
仁成の十数センチ横に叩きつけられる鋼鉄。衝撃が風を呼び、風が青年を襲う。
強風にたたらを踏む仁成に向けて追撃とばかりに、大男の剛腕が一瞬無防備になった仁成の脇腹を打ち据える。
「がッ……!」
肺から空気が吐き出され、体勢を崩すと同時に仁成の巨体が宙に浮く。
しかし、枯葉のように吹き飛ばされることはなく、泥濘に背中を打ち付ける。
急いで体勢を立て直し、石剣を構えて襲撃者を見据える。
堂々と立ち塞がる巨体。白髪交じりの薄い頭。薄闇の中でも爛々と輝く欲望塗れの隻眼。
爆風と共に現れた襲撃者の名は――。
「ーー『大海賊』ドン・エルグランド……!!』
「ゲハハハハハッ!!若い衆にも俺の名が知れ渡っているとは光栄だッ!!
略奪(ワイルドハント)の始まりだ!!てめえらの命(たから)は残らず置いていきなァッ!!」
■
「参ったな、このままじゃ風邪をひいちゃうよ」
爆風と豪雨が吹き荒れ、土砂が巻き上がる中。
森外れにある大樹にしがみつき、白髪を靡かせながらポーカーフェイスを崩さぬままエンダはぼそりと呟いた。
身体を覆う暗黒はすでに剥がされ、再び顕現させても同じように爆風の中に消えていく、
それでも尚、エンダは超力で靄を顕現させては嵐に吞み込ませ続けていた。
「……ふぅ、あと少しで十分か」
目にかかりそうになった土砂交じりの雨粒を拭いながら独り言ちる。
嵐は勢いを増し、横殴りの爆風により枝木がギシギシと嫌な音を立てながらはためく。
樹木自体も傾き始めており、このまま勢いが強まれば、大樹はエンダごと遊覧飛行することになるだろう。
そんな危うい状態のエンダに接近する人影が一つ。
「はッ……はッ……!」
荒い呼吸を繰り返す金髪の女が一人。
その手には、どこかで拾ったのか先端が鋭く尖った木の枝が握り締められていた。
女の名はヤミナ・ハイド。ドンの指示でエンダの命を刈り取りに現れた哀れな被害者。
■
『おっと、忘れるとこだったぜ。ちょっと待ちな、嬢ちゃん』
『はい?ま、まだ何かあるんですか?』
『ああ、奴らの足止めだけで済むと思ったか?
てめえは俺の道具だ。余すところなく有効活用してやる』
『あ、あははは。光栄です~……。ヤダ--……」
『ん?何か言ったか?まあいいか。
俺の超力で嵐の檻に奴らを閉じ込めるつもりだが、もしかすると隙をついて奴らが逃げ出すかもしれねえ。
そこでお前の出番だ。チャンスがあったらどちらかを殺して首輪を奪ってこい。
サボったら嵐の中でファックしてやる』
『ひょえ!!!??ど、どっちも未経験なんですけど、OJTとかはないんですか!?』
『んなもんねえよ。ぶっつけ本番でやってこい!大丈夫だ。嵐を乗り越えた嬢ちゃんならデカい一発をぶちかませると信じてるぜ!』
■
雨粒と共に嫌な汗が背中を伝う。肌寒さと恐怖で歯ががちがちと鳴り響く。
偶然拾えた木の枝――首元に突き刺せばほぼ確実に絶命させられる武器を握りしめる。
ヤミナ・ハイドは23年の人生で初めて殺人を犯す。それも年端のいかない小さな子供を。
思えばヤミナにとって人生の絶頂期はミドル・スクール時代だった。
当時はスクールカーストのトップであり、卒業間際に同じカーストトップのアメフト部エースからの告白を恥ずかしいからと断ってから、後は下り坂。
ボーイフレンドのいない灰色のハイスクールライフを送り、当時の友人から齎された「日本で外国人はモテる」という情報を鵜呑みにして留学したものの、そこでもパッとしない青春を送った。
そして最終的に行き着いた先は悪鬼羅列が蔓延する地獄(アビス)。マジで私の人生は何なんだ。泣けてくる。
声と態度がデカいジジイにヴァージンを捧げるなんて真っ平ごめんだし、かといって殺すのも殺されるのも嫌だ。
どれか一つを犠牲にしなければいけないというのならば、迷わず自分が一番得する道を選ぶ。
大樹にしがみついている白い少女の視線は離れていても分かるほど冷たい。
人間離れした美貌に一瞬怯むが、なけなしの勇気を振り絞って一歩一歩と歩みを進めていく。
吹き荒れる暴風の中でも順調に進めているのは、今更になって自分に幸運の女神が微笑んでくれているのかもしれない。
相手は無防備な子供だ。大丈夫。自分なら殺せる。脅されて仕方なくやった。いわば正当防衛だ。
「う……うへへ」
ヤミナの顔にいつもの卑屈な笑みが浮かぶ。
幸運の女神の縮小版というべき美しさを誇る少女は既に目の前。
白い頭に枝の先端を突き刺せばそれで終わる。人殺しの十字架を背負うが、自分の初めては守られる。
だから、ごめんなさい。卑怯で卑劣な私を許して。
「きええええええええッ!!!!」
掛け声と共に少女の頭上に振り下ろされる裁きの槍。
白い少女を絶命せしめる一刺し。
それは少女の華奢な腕がヤミナの腕を振り払ったことで空振りに終わる。
「ほえ?」
「超力のせいだと思うけどさ、わたしがあなたのことを侮ると思った?」
瞬間、少女の強烈な上段蹴りがヤミナの顎を強かに打った。
「へぶッ!!?」
脳を揺さぶられるような一撃を受け、徐々にヤミナの意識が薄れていく。
力を失いつつある愚かな女の身体は、爆風に呑まれ、天空へと昇っていく。
視界が闇に覆われる間際、ふとヤミナの脳裏に些細な疑問が浮かぶ。
(なんであの子は嵐の中で動けていたの……?)
■
阿呆女(ヤミナ)がぐるぐる天高く昇っていくのを確認し、再びエンダは木の幹にしがみつく。
麗しき幼子の白髪が枝木と共に横殴りの風を受けてバサバサと靡く。
ふと耳をすませば、びゅうびゅうという耳を劈くような風の爆音と共に大樹の根がミシミシと悲鳴を上げている。
「……もう少しだけ頑張ってね」
しがみつく大樹に向けて、優しい声で語り掛ける。
戦いの終わりは近づいている。仕込みは既に済ませた。
後は最後のピースが此方に向かってくるだけ。
そう思っていた矢先――。
ドシン、と数十メートル先から何かが落下してくる。
目を凝らすとそれは男。それも平均身長を遥かに上回る巨体。
得物を担ぎ、自分の方に向かってくる人影に向けて、少女は声を投げかける。
「ーーやあ、随分梃子摺ったみたいだね。待ちくたびれたよ」
■
狙った獲物(たから)は総取り。好敵手には敬意を払う。戯れは許すが侮りには鉛玉を。
軽挙妄動でもなければ傷弓之鳥でもない。
豪放磊落でもあり狡猾老獪。それがドン・エルグランドという大海賊を表す言葉である。
そうでなければ海賊船団を率いることはならず、かの悪名高きルーサー・キングと対等に張りえることはなかっただろう。
子分(ヤミナ)を使って足止めし、無防備な状態にさせたのは、万が一にも奴らが臆病風に吹かれて逃げ出さないようにするためだ。
その結果、まんまと秘匿受刑囚(たから)は嵐の檻へと収監することに成功。
勝利の女神がどちらの微笑むのか。それはドンや獲物共はおろか、高みの見物を決めているヴァイスマンにも分からぬだろう。
だからこそ面白い。
「ゲハハハハハハァッ!!どうした坊主ッ!!玩具ブン回してるだけじゃ殺せねえぞッ!!!」
「くっ……!!」
ドンと仁成。二人の豪傑は嵐の中で爆風に乗り、枯葉のように舞いながら互いに得物をぶつけ合っていた。
『嵐を呼ぶ男(ワイルドハント)』はドンですら制御不可能な自然の暴君そのもの。
嵐は既に二人の大男すらも呑み込む暴威と化していた。
空間を両断するかのように幾度となく振るわれる戦斧。
それを不格好な石剣は紙一重で受け流し、僅かな隙にカウンターの一撃を放つ。
だが、決死の一撃はドンの体術でいなされ、即座に反撃の一撃が返ってくる。
激突はドンが優勢。だが決して仁成が弱いというわけではない。
技量・反応速度は互いに拮抗。二人の差は経験のみ。
ドンは生涯の大半を海の上で過ごし、戦い抜いてきた猛者。
嵐の中で縄張りを侵した他の海賊や海軍共と殺し合った経験は語るに及ばず。
対し仁成は逃亡生活の中で数多の犯罪組織・政府関係者と殺し合ってきた。
しかし、人類の到達点に辿り着いたとはいえ、ドンと比較すれば若輩者。
その差は歴然。
ーーバキン。
「ーーーッ!!」
幾度となく繰り返された打ち合いの末、遂に仁成の剣が砕かれ、嵐の中に消えていく。
鋼鉄の得物とここまで渡り合えたのは、間違いなく仁成の技量によるものであろう。
当然、対敵はその隙を見逃すはずもなく。
「ーーーあばよ、坊主。思ったよりも楽しめたぜ」
凶相に笑みを張り付け、勇敢な若者に死の刃を振り下ろす。
絶死を前に、生き残るべく多少の犠牲は覚悟の元、己が武芸にて一撃をいなそうと試みるも。
轟ッ!!
「んなッ!?」
「ぅお……!」
直前で不爆風が吹き荒れ、ドンの戦斧が不自然にかち上げられる。
同時に仁成の身体がドンの横をすり抜けるように吹き飛ばされ、遥か上空へと舞い上がっていく。
「……何が起こってやがる」
風向きが変わり、不自然にゆっくりと下降していくドン。
余りにも不可解な出来事に思わず首を傾げる。しかし、一つだけ確かなことがある。
「ーー仕留め損ねたか」
勝利の女神はドンに微笑んだが、別の何かが仁成に幸運を齎した。
ほんの僅かに苛立ちを感じるが、すぐにそういうこともあるかと納得する。
大物を一匹逃したとはいえ、もう一匹の大物が地上に残っている。
ゆっくりと下降していく最中、ふと目に入ったのは気を失い、空高く昇っていく子分。
その手にはなけなしの得物であろう、先端の尖った枝木が握られていた。
ヤミナはドンに従い、きちんと獲物を狩ろうとしていたのだ。
その失敗を咎めるほどドンは狭量ではない。むしろ成果を出そうと足搔いていたことを高く評価している。
「デカい一発をぶちかませたみたいだな。よくやった、嬢ちゃん。事が済んだら褒美に嵐の中でファックしてやる」
労いの言葉をかけ、大海賊は地上に向けてゆっくりと下降していく。
ーー死闘においてドンと仁成は終ぞ気づくことはなかった。
嵐の中に黒い魚群が渦を巻くように泳いでいたことを。
ドンと仁成の肩に取るにならない、小さな黒蠅が止まっていたことを。
そして、爆風と豪雨にかき消されていた異様なくすくす笑いを。
■
「よう、随分と待たせちまったな。許してくれ、リトルガール」
爆風と共に現れたのは嵐の王、ドン・エルグランド。彼こそが此度の死闘の勝者である。
爆風の中、ドンは気持ちの良い笑みを浮かべながら、樹木にしがみつく少女に向けて前進する。
距離は僅か数十メートル。おそらくそれが少女に残された僅かな猶予。
「本当、いつまで待たせるのって感じだよ。……で、仁成はどうしたの?」
自らの末路を知ってか知らずか、白い少女は処刑人たる豪傑に問いを投げかける。
死を前に何たる胆力か。もし殺し合いの場でなければ、迷わず船団にスカウトしていたであろう子供だ。
恐れ知らずの少女にドンは心の中で敬意を払った。
「ゲハハハハハッ!!俺がここにいるってことはもう察しが付くだろうがよッ!!
次は誰の番だか分かるよなァッ!!」
「まあ、、わたしの番だろうね。おめでとう、ドン・エルグランド。
短いの間だけでも勝利の余韻に浸っていると良いよ」
「おう!そのつもりだぜ!!てめえらの命(ざいさん)はまるごと使い果たしてやらァ!!」
豪快に笑いながら狩人は哀れな犠牲者へと距離を詰めていく。
そして、遂に得物が届く範囲――ドンの剛力が少女をすり潰す場所まで到達した。
大海賊は担いだ大きく振り上げる。
「じゃあな、リトルガール。てめえらは運がなかっただけさ」
追悼にすらならない言葉の後、少女の白い頭目掛けて斧を振り下ろした瞬間ーー。
轟ッ!!!!
「ぐォッ!!!??」
少女ーーエンダ・Y・カクレヤマを守護るかのような風が吹き荒れ、ドンの巨体を転がした。
爆風に晒される中、ドンは急いで体勢を立て直しに図るもーー。
「う……ゲはッ、ゲホッ……!!?」
地に手をついて咳き込む。
食い荒らされたかのように臓腑が悲鳴を上げ、視界が真っ赤に染まる。
己に持病はないはずだ。一体何が起こった。
壊れた蛇口のように口から膨大な血が吐き出され、気が狂いそうなほどの激痛が襲う。
ドンの目の前には風に吹き飛ばずに残った赤黒い血溜り。赤く染まった視界の中に映るそこには。
びちびちびちびちっ。
かさかさかさかさっ。
黒い影のような、悍ましい小魚と、フナムシのような生理的嫌悪感を齎す蟲。
「ーー嵐の王から、嵐が失われたのなら後には何が残るのかな?」
底冷えするかのような幼い子供の声が薄闇の中に響く。
声の主はドンが殺し損ねた白い少女。既に樹木から離れ、雨に晒されながも悠然と立っていた。
嵐の檻に囲まれているのにも関わらず、少女の周囲だけはそこだけ切り取ったかのように風が凪いでいる。
咳き込みながら睨みつけるドンに向けて、少女は軽く腕を振るう。
その直後、嵐が意志を持ったかのように爆風が吹き、ドンの巨体が地面に転がる。
「てめ……まさか……!!」
確信する。己が超力で顕現させた嵐の主は目の前の少女であることを。
エンダ・Y・カクレヤマの超力『呪厄操作(たたり・めぐる)』。
命を、魂を、超力を蝕み続ける悍ましき力。
嵐に呑み込ませ続けた呪厄により、ワイルドハントは浸食され、穢し尽くされた。
狂犬の如き嵐は調伏され、今や魔の王――エンダ・Y・カクレヤマの忠犬と化していた。
「ギ……てめえ……!?」
激痛に身を捩りながらも、ドンは少女目掛けて戦斧を投擲する。
苦し紛れの一撃ではない。正体不明の超力の持ち主である少女を殺せば済む。
大海賊の推測は正しい。しかし、それはエンダを殺せればの話だが。
ドンの膂力から投擲された斧。それは空間をまるごと切り裂くような凄まじい速さで飛んでいく。
戦車の装甲すらも貫きかねない威力を持つであろう砲弾に向けて、少女は指鉄砲を向け。
「ばきゅん」
黒曜石の剣を思わせる黒い塊が投擲された戦斧へ向かい、凄まじい速さで放たれた。
ガチンと大きな金属音が木霊する。
弾かれた鋼鉄の戦斧は嵐に呑まれ、弧を描きながら遥か彼方へと飛ばされていった。
暗黒の剣は、くるくると宙を舞い、ドンの数メートル手前の地面に突き刺さる。
決死の一撃が失敗に終わり、地を這いながら、ドンは歯噛みする。
ぱちんっ。
少女の指が鳴らされるのと同時に、ドンへと向かう爆風が収まり、を食い荒らすナニカが消える。
咳き込みながら、青白く染まった顔で目の前の少女を睨みつける。
「てめえ……何のつもりだ?」
「……もうこれで終わり。もしここで降伏すれば苦痛なく、楽に殺してあげるけれど、どうする?」
麗しき風貌には似つかわしくない絶対零度の声。
魔性の月を思わせるその姿。見るも悍ましいチカラ。
ドンの脳裏に思い浮かぶのは、15年前の魔の海域の冒険。
姿形――存在すら似ても似つかぬ少女に、大海賊は同じ『魔』を見た。
ーーいつか、あの怪物は俺が殺す。
「ーーーハッ!!寝ぼけたことを言ってんじゃねえぞリトルガール!!
てめえらの命(たから)は全部俺がいただくんだよォ!!!」
「ーーそう。じゃあ、惨たらしく死ぬと良い」
ぱちんっ。
少女の指がなるのと同時に黒い魚がドンの肉体に殺到する。
それだけに留まらず、嵐もドンの行く手を阻むかのような向かい風を吹かせる。
既に嵐の領域(くに)は穢され、ドンの反逆の徒と化していた。
特大の幸運の後には特大の不運が訪れる。
己が説いたジンクスが己に牙を剥いた。その滑稽さに思わず笑みが零れる。
(だが、まだ幸運の女神様は俺に微笑んでくれているようだぜ……)
全身を食い荒らされる中、ドンの視界に入ったのは泥濘に突き刺さる黒い剣。
闇を纏う月。此方を見下すような黄金の目。
意識が朦朧とし始めているからなのか、それが至高の宝のようにすら思えた。
ドン・エルグランドは骨の髄まで海賊だ。ならばやることは一つ。
「お宝を前に尻尾を巻いて逃げるなんざありえねえょなァ!!!」
黒い剣に手が届く。そして迷わずに己の首に当て。
ぶちぶちぶちぶちィ!!!
全力で首を掻き切る。瞬間、手に持った剣が塵となり、ドンの首輪が宙を舞い、彼方へと飛んでいく。
食い荒らされた巨体が頽れ、歯を剥いたドンの首だけが風に乗り、エンダの方へと向かっていく。
狙うは少女の白く細い首。潰れた目から黒い魚卵を少女目掛けて飛んでいく。
だが忘れることなかれ。嵐の主は魔の王であり、雨風は大海賊の敵であるという事を。
「仁成」
首に届く寸前、少女の口から紡がれる協力者の名。
同時に空から降ってきたのはもう一人の豪傑ーー只野仁成。
落下する最中、エンダに迫りくる首に向けて男の拳が振り下ろされる。
地に叩きつけられた首は少女の喉元を食い破ることなく脳や目玉を撒き散らす。
その瞬間、まるで何もなかったかのように嵐が止む。
こうして偉大なる大海賊の死をもって、嵐の中の死闘は幕を下ろした。
■
「ーー君はどこまで計算していた」
飛ばされた首輪を回収しに向かう最中、前を行くエンダに問いかける。
その言葉で少女は立ち止まって振り返り、金色の双眸を濁った眼の男に向け、口を開く。
「どうだろうね……と言いたいところだけど、この子達が風で吹き飛ばされた瞬間かな。
あとはわたしと仁成ができる限り傷を負わないようにこの子達を動かして事を運ばせた」
そう言い、掌に闇を顕現させて仁成に見せる。だがそこで一つの疑問が沸き上がる。
ーーもしかすると、エンダ一人で楽に勝てた相手ではないのだろうか。
その考えを先読みしたかのように、再び少女は言葉を紡ぐ。
「いいや、ドン・エルグランドは囚人共の中ではトップクラスのーーそれこそルーサー・キングと同格の強敵だったよ。
もしわたし一人で挑んでいたなら、相当な苦戦を強いられただろうね。
あなたがいなければ、わたしも無事では済まなかったと思うよ。ありがとう、仁成」
ほんの少し、ほんの僅かだけ、エンダが微笑む。
こうして面と向かって礼を言われたのはいつぶりだろうか。
思わぬ不意打ちに面食らっている男に背を向けて歩き出そうとするエンダ。
我に返り、首輪を回収に向かう彼女の後を追う。
ふと、そこで再び仁成の頭に疑問が浮かぶ。
「……もう一つ聞いていいか?」
「いいよ。今のわたしは機嫌が良い」
「エンダの『目的』ってなんだ?」
ぴたり。
再びエンダの足が止まり、周囲の空気も少しだけ下がったような錯覚を覚えた。
聞いてはいけないことだったか。
「……ごめん。無神経だった。今のは忘れてーー」
「いいよ。お礼も兼ねて少しだけなら話してあげる」
振り返らぬまま、白の少女は言葉を続ける。
「わたしは今の世界が大嫌いだ。
世界保存連盟も、超力犯罪国際法廷も、世界に巣食う害悪も思想(パッケージ)が違うだけで中身は一緒だ。
きっと、この殺し合いもそうなんだろうね。
でも、だからと言ってそいつらをどうかしようとは思っていない。勝手に争って勝手に滅べはいいさ。
……ただ一つだけ、どうしてもケリをつけたいことがある。それが二つある目的のうちの一つ。
もう一つは……わたし個人の、些細な願い。これは誰であろうと絶対に言うつもりはないよ」
■
酷い夢を見た気がした。
初めて人殺しをしようとした結果、返り討ちにあって空を飛んでいく夢だ。
仕事が失敗した後に待っているのは、文字通り天に昇るような最悪のオシオキ。
グッバイマイヴァージン。ジジイ相手だけど人生終わる前に経験できて良かったね☆
「んなわけあるかー!ってあれ?」
怒声と共に起き上がる金髪の女ことヤミナ・ハイド。
回りを見渡す。前方には黒くてデカい建物。後ろには木々が生い茂る森林。
そして、すぐ傍には地に濡れた首輪……首輪!!!???
「あわ……あわわわわわわ……!!??」
ほぼ反射的に首輪をデジタルウォッチに接触させる。
すると、画面に『80』という数字が表示される。それはつまり……。
「ドン・エルグランドの首輪……?」
ヤミナを縛り付けていた大海賊はくたばった。
そして、80Pというボーナスが棚ぼたで入ってきた。
失敗した報いを受けることなく、逆に地獄からの希望が巡ってきた。
「ぃやっっったぁぁーーーー!!!!」
天高く拳を上げ、ガッツポーズ。
私の人生はまだ終わっちゃいない。
運が良ければ240ヶ月……20年の恩赦を受けられる……花の二十代のうちに出所できるかもしれないのだ。
「うへ……うへへへへへ……♪」
よだれを垂らして蕩けきった、愛らしさが台無しになるような顔。
娑婆に戻ったら何をしよう。今度こそ怪しくない、ホワイト案件の高収入の仕事でがっぽり稼ごう。
だらしない顔で妄想に耽っているとーー。
「……これも、計算のうちって事か?」
「……いいや、まさか。阿呆女の前に落ちているとか思いもしなかったよ」
「………………きょ……?」
天国から一転。ヤミナの前に顕れたのは新しい地獄。
誰かなど問うまでもない。あのドン・エルグランドと死闘を演じていた二人だ。
白い少女の方は全身ずぶ濡れであるが無傷。
対し、大男は全身に傷を負い、囚人服にはところどころ赤い染みやピンクの肉片がこびりついている。
それが意味することは即ち。
(あのおっかないクソジジイを殺したのは、筋肉モリモリの男ってコト?)
「わァ……あ……」
黄金の目と濁った目。二人の冷たい視線がヤミナを震え上がらせる。
絶体絶命。袋の鼠。
死が迫ってくる予感に愚かな女は必死に生き残る術を探す。
数舜の後、ヤミナはある結論に辿り着いた。それはーー。
「コイツ、どうする?」
「そうだね。まずは話をーー」
「す゛び゛ま゛せ゛ん゛で゛し゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛!゛」
全力の土下座。砂粒程度のプライドをかなぐり捨てた命乞い。
ガンガンと頭を地面に叩きつけ、必死に情けを乞う。
「悪゛気゛は゛な゛か゛っ゛た゛ん゛で゛す゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ッ゛!゛!゛!゛
た゛だ゛……ウ゛ェ゛……た゛だ゛魔゛が゛差゛し゛た゛ん゛で゛す゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」
「……これは……」
「うわぁ……」
「も゛う゛し゛ま゛せ゛ん゛か゛ら゛命゛ば゛か゛り゛は゛お゛助゛け゛を゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ゛!゛!゛!゛
靴゛で゛も゛ち゛ん゛ち゛ん゛で゛も゛舐゛め゛ま゛す゛か゛ら゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!゛!゛!゛ご゛慈゛悲゛を゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ゛!゛!゛!゛」
■
「うへ、うへへへ。すごく似合ってますよ。カクレヤマさん」
「……そう」
手もみをしながら胡麻を擂るヤミナに対し、エンダの対応はどこまでも冷ややか。
あまりにも惨めすぎる命乞いの前に毒気を抜かれ、代わりに哀れみや侮りの思いを抱いた。
だが、このままペナルティを与えずに放逐するのは仁成はともかくエンダの気が済まない。
そこで、横から掠め取ったポイントを使わせることにした。
購入したアイテムは日本刀、ハンドガン、デイバック、ナイフ、エンダ分の衣服。
計36Pを使われたヤミナは内心涙目だった。
仁成に日本刀とハンドガン、エンダに衣服とナイフ、ヤミナにはデイバック。
アイテムの分配が終わり、エンダはヤミナを伴って木陰で着替え、仁成は少し離れた場所で見張りを引き受けた。
「でも、どうして探偵衣装何です?カクレヤマさんは何着ても似合いそうなのに。ポイント使うの勿体ないし……」
「……先人へのリスペクトとあなたへの嫌がらせ」
「そ……そうですか。……根に持ってらっしゃる……」
「……聞こえてるよ」
「ひっ……!すみませんすみません!」
「……お腹空いちゃったな。朝餉はおにぎりがいいなぁ」
「ハイヨロコンデェ!!」
居酒屋の店員のような掛け声の後、ヤミナはデジタルウォッチを操作し、一食分の食料が転送されてきた。
その様子をじっと観察するエンダ。
物品の転送。それにはケンザキ係官が関わっているのかもしれない。
「あの~すみません。カクレヤマさんと只野さんって以前からお知り合いだったんですか?」
「ん?違うよ。ここで出会ったばかりの関係さ」
考えに耽っていると、こちらの様子を伺っていたヤミナから質問が飛んできた。
此方の機嫌を取って何とか自分の立場を良くしようとする魂胆が見え見えだが、どうでもいい。
だから自分らしくなく気が緩んでいたのかもしれない。適当に相槌を打つつもりが、少しだけ本音が出てしまうとは。
「へえ~そうだったんですか。結構仲良さそうに見えたんで、何か事情があるのかと思ってましたよ」
「ん、まあそうだね。立場が似ているのもあるけど、少しだけ雰囲気が似ているからなのかな」
「と、言いますと?」
「わたしの安寧を願ってくれた男の子に。強くて優しいあの子に……。
……ヤミナ・ハイド。今のはすぐに忘れなさい。さもなければ殺す」
「ひょえ!!??理不尽!!」
【ドン・エルグランド 死亡】
【D-5/平原・北東部/一日目・黎明】
【エンダ・Y・カクレヤマ】
[状態]:疲労(小)
[道具]:デジタルウォッチ、探偵風衣装、ナイフ、ドンの首輪(使用済み)、ドンのデジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱出し、『目的』を果たす。
0.ブラックペンタゴンに向かう。
1.仁成と共に首輪やケンザキ係官を無力化するための準備を整える。
2.囚人共は勝手に殺し合っていればいい。
3.ルーサー・キング、ギャル・ギュネス・ギョローレン、並木旅人には警戒する。
4.ヤミナ・ハイドを使うか、誰かに押し付けるか考える。
5.今の世界も『ヤマオリ』も本当にどうしようもないな……。
※仁成が自分と似た境遇にいることを知りました。
※自身の焼き印の存在に気づいています。
【只野 仁成】
[状態]:疲労(中)、全身に傷、ずぶ濡れ、精神汚染:侮り状態
[道具]:デジタルウォッチ、囚人服、日本刀、グロック19(装弾数22/22)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き残る。
0.ブラックペンタゴンに向かう。
1.エンダに協力して脱出手段を探す。
2.今のところはまだ、殺し合いに乗るつもりはない。
3.エンダが述べた3人の囚人達には警戒する。
4.家族の安否を確かめたい。
5.コイツ(ヤミナ)、よく今まで生きてこれたな……。
※エンダが自分と似た境遇にいることを知りました。
※ヤミナの超力の影響を受け、彼女を侮っています。
【ヤミナ・ハイド】
[状態]:疲労(中)、ずぶ濡れ
[道具]:デジタルウォッチ、囚人服、デイバック(食料(1食分)、エンダの囚人服)
[恩赦P]:34pt
[方針]
基本.強い者に従って、おこぼれをもらう
1.エンダと仁成に従う。
※ネオスにより土砂崩れに侮られ、最小の被害で切り抜けました。
※ネオスにより嵐に侮られ、受ける影響が抑えられました。
※ドン・エルグランドを殺害したのは只野仁成だと思っています。
【備考】
ドン・エルグランドから獲得した80Pで日本刀(10P)、ハンドガン(10P)、食料(10P)、衣類(10P)、デイバック(1P)、ナイフ(5P)を購入しました。
※ドン・エルグランドの戦斧は嵐により吹き飛ばされました。何処に飛ばされたのかは後続の書き手様にお任せします。
最終更新:2025年03月16日 18:09