私的日誌。執筆者:新米刑務官・高峯 真。
○月××日。
今日わたしは、新しくこのアビスに輸送されてきたある囚人と会話を交わした。
囚人の名はソフィア・チェリー・ブロッサム、本名エレナ・ヴァルケンライト。
かつて某国の対超力犯罪用特殊部隊に所属していたが除隊し、平穏な生活を送っていたものの故郷を焼かれ、罪人となっても復讐を成し遂げたヒト。
…復讐を志すわたしからすれば、ある種先輩のような存在であり…自分が迎えるかも知れないひとつの結末(if)を迎えた者でもある。それもあり、収監されたと聞いてわたしは話が出来ないか掛け合い…少しだけとは言え許可が下り、臨む形になった。
…映像という形で、復讐を為す彼女の姿は視たことがある。標的以外は的確に無力化し、標的相手に怒りを憎悪を爆発させながらも、急所にひたすら暴行を加え物言わぬ、しかし必要以上に損壊はされていない肉塊へと変える様を。
…そして彼女は全てを終えた後、それまでの暴れっぷりが嘘のように、覚束ない足取りで警察署まで向かっている最中に確保され無抵抗のまま連行されたらしい。
…実際にその姿を、その目を視て…納得はいった。
彼女の紫色の瞳には、光が無く…虚無のそれで。燃え尽きてしまったと言わんばかりだったから。話すとより、無気力っぷりが伝わる。
…もしわたしが…大好きなふたり(弟と妹)の復讐を成し遂げれたとしたら…彼女の、ソフィアのようになってしまうのだろうか。
そう浮かんだのもあってかもしれない、気付いたらわたしの口は動いていて…最後にこう問いかけていた。
「…復讐を果たした時…どんな気持ちだったんですか?」
…少しの沈黙の後、返ってきたのは無気力の中に後悔を滲ませた言葉。
「………ひどく、虚しかったです。……復讐出来ても、もうみんな……帰ってこない。失われてしまった命は…存在は……二度と戻ってはくれなくて、それをひっくり返せる手段はもうどこにもなかった。わかっていたのに……ゆるせなかった。
それに……わたくしは……大切な人の言葉を、裏切って……しまったので」
……言外に、貴女はそうならないでと言っているように聞こえたのは、わたしの気の所為なんだろうか?
…ちなみに、彼女が云う大切な人の件についてヴァイスマン看守長にそれとなく聞いてみた所…答えてはくれなかった。
…まあそんな気はしていたけれど、執拗に皮肉を浴びせられるのはやっぱり…だるいなぁと、本当…上司とはいえ面倒な人だ。
起きているなら背負ってやる必要なんてないのでは?という考えに至り、ルクレツィアをポイし歩かせる形としたソフィア。
彼女達は道なりに進み現在D-4に入った所に居た。
周辺を警戒しつつ、ブラックペンダコンへと歩を進める中…突如ルクレツィアが声をかける。
「…そういえばソフィア、よければ貴女の抱えている欠落を…教えてくれませんか?」
「嫌です。どうして言う必要があるんですか」
「だって私とソフィアはお友達でしょう?」
「友達程度の関係の人に、言うわけが…言えるわけがありません。わたくしをなんだと思っているんですか?諦めてください」
興味本位といった様子のルクレツィアの問をにべもなく切って捨てるソフィア。
取り付く島もないと判断したルクレツィアは歩を止めないまま、少し黙り…ある考えへと至り提示してみようと決めた。
「…いいんですか?事前に話してもらえれば、望む夢の精度が上がる…かも知れないのに?」
「……出鱈目を言わないで貰えますか?」
「間が空く辺り、信じたいって言外にそう言っている様な物ですよソフィア」
「……貴女が単に気になるというだけにしか、聴こえませんが……そもそも、小鳥遊仁花…貴女の云うニケとはそういう話はしなかったんですか?」
「拷問や殺し合いについての話はしましたが、彼女は生憎とそう云うお話には縁が無かった物で。
私も、壊れる様を視て好きだと感じることは多々あれど…恋愛という観点では、今に至るまで誰かを好きになったことはありませんから」
ルクレツィアの真意がどうであれ、少しでも最愛の彼との、夢での逢瀬が具体的になる可能性があると示唆された以上ソフィアにはそれを受け入れる他なかった。
兎も角、わかりやすい所が見受けられる『お友達』を視て微笑みつつ、ルクレツィアは催促し…間が空いたのは貴女もでしょうと言いたげにしながらも渋々ソフィアは語り始める。
わたくしにはかつて、愛し合った人が居ました。
「…先程の赤面は…もしやそういうこと、でしたか」
……いきなり話の腰を折りに行くのはやめてもらえますか、ルクレツィア。
…コホン。超力犯罪者に対応する為創られた特殊部隊に入隊したわたくしは、日々訓練へと励んでいました。
他の方々とは違いわたくしは超力の都合、強くなる為にはひたすら身体能力を鍛え上げるしか無く…。…何度も死にかけた事もあって、他の方々には軽んじられたり、劣等だと馬鹿にされた事もありましたわね。
「…粗方、自分の超力にかまけている方がそう言ったんでしょう?でなければ視る眼が無いか…既に終わった事とはいえ嘆かわしいですね」
…まあ、死にかけては復帰してまた死にかけては復帰して…を繰り返して、努力も続けて…そのおかげで実績も積めたので。除隊する頃には貶してくるような方はもう居ませんでしたよ。
「それまでに亡くなられた方も多いのでは?」
……よく分かりましたね。貴女は特段興味など持たないと思っていたのですが。
なんにせよ、わたくしは部隊内でも認めてもらえたわけですが……それを支えてくれた人が、最愛の方。
今はもう、ここには居ない。誰も憶えていない……わたくし以外は。
「…その方が、私とお友達になった動機と」
……彼が居なければ、わたくしは何処かで折れたか、とっくの昔に死んでいたでしょうね。
最初から気にかけ続けてくれて…危ない時にも、何度も助けられていました。
「失礼ながら、その方のお名前を聞かせて貰ってもいいですか?ソフィア」
…知らない上にもう居ない、わたくし以外誰も憶えていない彼の事を貴女に話しても無駄だと思いますが…。
それと失礼だと断りを入れるのなら、もっと早く言ってほしかったですね。
…彼は普通くらいの髪型の茶髪で黒眼の日本人、家を出奔したらしく…名は嵐求士堂(らんぐ しどう)。1歳年下で、シドーくんとわたくしは呼んでいて…ソフィ呼びして貰ってましたね。それで…
「……随分と惚気るんですね、ソフィ」
…ソフィ呼びは許しませんよ??その呼び方は彼の特権ですから。いくら貴女がお友達だとしても、それは譲れません。
…話が逸れましたね。ともかく彼が居てくれたおかげで、わたくしは力をつけ、戦い続けていれて……いつしか落ちていました。……恋に。
そしてやがて、気持ちを告げ互いにそれを受け入れたわたくしと彼はそのまま……。
「反応からするに身体を重ねた、と…そうなんでしょう??」
……クスクスと笑わないでください。
…しかし今から2年前、わたくしと彼は…この地球そのものが崩壊しかねない危機を引き起こしたある超力犯罪者と戦いました。
彼女は自分の生まれと環境に絶望しきり、負の感情により増幅され続けている超力を以てこの世界を終わらせようとしたのです。
「随分とまぁ…いきなりスケールの大きなお話になりましたね。…そんな危機がたった2年前にあったのなら、忘れる方が不自然な気がしますけれど」
それについても話すので、もう暫く聞いてもらえれば。
…純粋な戦闘では、わたくしや彼の力が合わさってもなお…勝ち目は何処にも無く。ただ彼女のぐちゃぐちゃな感情の籠もった叫びと暴の嵐を止めれずにいて……もうダメだと思ったその時、彼は決心していたのです。
抗おうとするだけで手一杯のわたくしとは違って、悲痛な叫びに耳を傾けていた彼は……これしか方法がないと悟っていたのでしょう、おそらくは。
「…代償のある超力を使った、辺りでしょうか」
飲み込みが早いですね、ルクレツィア。
…彼の、シドーくんの超力の効果を端的に言うと、自分の何かしらを対価として、事象の改変を行う…そういう異能でした。
……自らの存在と引き換えに、彼女の身に降りかかった不幸…超力が増幅している理由となった出来事を、無かった事にして…世界と彼女、両方を救ってしまったのです。
「…お優しかったんですね、そのシドーくんとやらは。……そう聞かされると一度、お会いしてみたかったのですが」
仮にそれが出来ても、貴女には会わせませんよ。
…救えた命以上に、救えなかった命を想い悔やむ…そんな優しすぎる人だったので。
彼女を単に殺すだけなら…自分の存在を投げうつ必要は無かった、筈ですから。
「…貴女の話を聞く限り、どちらかというとジャンヌさんに近い精神性だったように思えますが…」
……それもあるから、仮に生きていても会わせるつもりは無いと言ったんです。絶対碌な事をしませんでしょう?貴女は。
「フフフ…否定はしません。そういう方の心や身体を壊すのは愉しいですから」
だと思いました。…話がまた逸れてしまったので戻すと、当然わたくしは彼の決断には反対しました。
ですがそれなら代案があるかと聞かれて……なにも、答えれませんでした。
…なにより、ここで無理に彼を止めれて、彼女を殺す形で世界を救えても……彼は一生それを悔い続けるでしょうから。いっそわたくしを恨んでくれるような方なら、どれほど…どれほど、よかったか。
「ジャンヌさんに比較的近いと仮定して…貴女にそうさせたこと自体を、悔やみそうですね。
…それで、その結果彼の存在が世界から消えた…と?」
……何度行かないでと、子どもみたいに泣き叫んで喚いても…彼の決意は揺らがなかったので。
そして彼は最後に、ごめんと謝った上で…わたくしにこう言ったんです。
『どうか彼女を…いや、この世界を、恨まないでやってほしい…そして出来れば、自分の分までこの世界を……護ってほしい』
と。だから、できる限りは頑張ったつもり……だったんですが、ね……。
…結局わたくしは、出来る範囲で探し回っても彼の痕跡ひとつすらなく、犠牲になってなお、何も変わらないこの世界を……護ることに価値を見いだせなかった。これならいっそ、あの時彼女の手でこんな世界、滅びるべきだったとすら……!
……彼の言葉への、最期の意思への裏切り以外の何物でも無いと、云うのに…わたくしは…ッ!!!!
「…私が感じた、ソフィアが抱えた欠落や渇望、飢えの類が生まれた理由がそれなのは…理解できましたよ」
……貴女に、理解されましても。
「それはそうと、教えてくれてありがとうございます、ソフィア。
これで精度を高めれますから」
……だといいんですが。
(世界を終わらせかけた超力の具体的な効果など、気になるところは他にもありましたが……今は良しとしましょう。
…いえ、これだけは聞いておいた方がよさそうです)
ソフィアの動機を聞き終えたルクレツィアは思案した後、質問をした。
「ふと疑問に思ったのですが、貴女の超力をシステムAで無効化したとして……彼の超力の副次効果である改変の仕様次第では、貴女自身すら彼の記憶を忘れてしまう可能性もあるのでは?」
「……その可能性も…考えては、いました」
そう答えるソフィアに、どう思ったか定かではないが…ルクレツィアは微笑む。
「…フフ、可能性が少しでもあるのなら……というわけでしょうね、きっと」
「……忘れてしまうことへの怖さはっ……ありますが、それくらいのリスクを……背負ってでも、それでもわたくしは……会いたいんです」
震えた声で、しかしそうハッキリと宣言したお友達相手に、またもルクレツィアは笑みを見せた。
「…死に別れて2年なのでしょう?だと云うのに…それ程までに彼を愛している…というわけですか」
「……着きましたよブラックペンタゴンに、いくら貴女の超力があるとはいえ警戒は怠らないように」
沈黙の後早口になりそう宣うソフィアに苦笑を浮かべながら、ルクレツィアは彼女と共にペンタゴンへと突入する。
──先に待つものが何なのか、今は誰にもわからなかった。
【D–4/ブラックペンタゴン付近/一日目・黎明】
【ルクレツィア・ファルネーゼ】
[状態]: 疲労(中) 上機嫌 血塗れ 服ボロボロ
[道具]: デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針] 殺しを愉しむ
基本.
1. ジャンヌ・ストラスブールをもう一度愉しみたい
2.自称ジャンヌさん(ジルドレイ・モントランシー)には少しだけ期待
3.お友達(ソフィア)が出来ました、もっとお話を聞いてみたい気持ちもあります
4.さっきの二人(りんかと紗奈)は楽しかったです
【ソフィア・チェリー・ブロッサム】
[状態]:ダメージ(小) 精神的疲労(中)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.恩赦を得てルクレツィアの刑を一等減じる
1.ルーサー・キングや、アンナ・アメルアの様な巨悪を殺害しておきたい
2.この娘(ルクレツィア)と一緒に行く
3.あの二人(りんかと紗奈)には悪い事をしました
4.…忘れてしまうことは、怖いですが……それでも、わたくしは
最終更新:2025年04月26日 12:39