◆
――徐々に明るくなりつつある明朝。
紺色と茜色の色彩が混じり、雲が揺れ動く空の下。
深い森を抜けた先、開けた草原。
荒涼とした涼しげな風が吹く中で。
二人の受刑者が、無言のままに対峙していた。
片方は、老齢の偉丈夫だった。
黒い肌と皺の刻まれた険しい顔立ち。
190cmを超える屈強な体格。
全身から威圧感を滲み出す、異様な老人だった。
その男はどっしりと佇み、眼前の相手を見据える。
ルーサー・キング。
欧州裏社会を支配する闇の帝王。
巨大組織を統べる“牧師”である。
相手は、可憐なギャルだった。
悪人らしからぬ、キラキラと煌めいた風貌。
金髪青眼の美少女が、ブレーザーの学生服を身に纏っている。
目元はパッチリ、肌も潤いを保ち続けている。
地の底に放り込まれた者とは思えない、青春の体現者だった。
ギャル・ギュネス・ギョローレン。
史上最悪のギャルテロリスト。
世界各地で破壊を繰り返した享楽の爆弾魔だ。
新時代における最大規模のマフィアを統べる悪漢。
新時代を奔放に駆け抜けた爆炎のテロリスト。
――夜明けの時。最初の放送を目前に控える中。
二人の大悪党が、この地にて合間見えた。
まるで大樹のような存在感で佇むキング。
その目を細めて、静かに眼前の相手を見据える。
老獪な威厳に満ちた顔が、沈黙を保ち続ける。
対するギャルは、飄々とした笑みを崩さない。
闇の帝王に睨まれながらも、可憐な佇まいを貫く。
大きな眼差しが、真っ直ぐに牧師を捉え続ける。
対峙する二人の間に、沈黙が続く。
不気味な静寂が、その場に流れる。
一触即発の睨み合い。
永遠にも似た刹那。
二人の悪党は、一定の距離を保ち。
互いに立ち尽くしたまま、相手をじっと見据える。
つい先刻、牧師がドン・エルグランドと対峙した場面と同じように。
生半可な犯罪者や警察がこの光景を目にすれば、卒倒しかねないだろう。
互いに稀代の悪党。裏世界を牛耳る帝王と、社会を揺るがす爆弾魔。
その接触自体が、一種の事件にも等しいのだ。
やがて、長い沈黙と緊張を経た後。
先に動き出したのは、ギャルの方だった。
彼女はその細い右腕を、すっと上げた。
どこか能天気に見えるほどに、緩やかな動きだった。
そうして肘を曲げて、右手をパーの形にする。
――ゆらゆらと、手を振っていた。
大悪漢ルーサー・キングに対して、気さくに挨拶をした。
「さっきから同窓会みたいなんだけど。ウケる」
手を振って挨拶しながら、へらへらとした笑みを見せるギャル。
そんなテロリストの様子を見て、キングもまたフッと苦笑する。
「ハッ。てめえは相変わらずらしいな」
――そう、相変わらずだった。
キングは、目の前のギャルを見据えながら呟く。
かつて関わっていた頃と、彼女はまるで変わっていない。
「今もテロリストか?依頼は請け負っているのか」
「もうプロは卒業しちゃった!今はただのギャル☆」
「そうかよ。そりゃ残念だ」
ギャル・ギュネス・ギョローレンは、請負のテロリストだった。
各国の要人や組織からの依頼を受け、爆弾テロを実行する傭兵である。
凶悪にして、常に標的を確実に仕留める爆弾魔。
破滅的でありながら、紛れもなく凄腕(プロフェッショナル)。
そうしてギャルは10年以上に渡って活動を続けてきた。
「久しぶりだな、ギャル・ギュネス・ギョローレン」
「おひさ、ルーさん☆」
キングは、その爆弾魔の名を口にする。
この牧師もまた、一時はそんな彼女を雇った“顧客”の一人だった。
ディビット・マルティーニとの取引が空振ったキングは、この刑務でギャルを雇うことも視野に入れていた。
氷藤叶苗という小娘を駒にしたものの、キングはあまり期待をしていなかった。
もしも生きて仕事を果たしたのならば、報酬をくれてやるつもりではいるが。
あのような小物が、第二回放送まで無事に切り抜けられるとは考えにくい。
よって奴に関しては適当な鉄砲玉となって、目ぼしい受刑者を道連れにしてくれれば上出来と考えていた。
例えジャンヌ・ストラスブールに制圧されたとして、奴を誘き寄せるくらいの役目を果たすのなら良し。
そう思っていた矢先に、過去に馴染みのある傭兵と再会したのだ。
まだキングが娑婆にいた頃、彼はギャルを雇って幾つかのテロ行為に関与した。
潔癖な政治家の排除。破壊工作による世論の扇動。敵対組織への見せしめ――。
それらの仕事の見返りとして、ギャルが窮地に陥った際には『キングス・デイ』が匿ったこともあった。
直接対面の回数は限られていたものの、彼らの間にはビジネスの繋がりがあった。
尤も、雇われテロリストとしては既に廃業していたらしい。
元々気まぐれで奔放な女であることは知っていた。
故にキングは、そのことを気に病んだりはしない。
それからキングは、ギャルの姿をじっと見つめる。
その顔立ち。その外見。目を細めて、彼女の容貌を眺める。
そんなキングの様子に気づいたギャルは、きょとんとした表情を見せる。
やがて少しの間を置いてから、キングは言葉を口に出した。
「……噂には聞いていたが、本当らしいな」
「なにが?」
「開闢を経て、てめえは“老いを失っている”と」
――両者が最後に会ったのは8年前。
その時からギャルは、全く姿が変わっていなかった。
裏社会では、以前から噂が囁かれていた。
享楽の爆弾魔は、いつまでも歳を取らない。
ギャルテロリストは、時が止まっている。
10年以上前から、永遠のJKとして活動し続けていると。
故にキングは、そのことを問いかける。
噂に聞いていた事柄を、改めて目の当たりにして。
彼は取り止めもなく、思ったことを口にしていた。
対するギャルは、ふっと微笑みを浮かべる。
悠々と、何処か掴みどころもなく。
しかし微かながらも、思う所があるように。
そんな笑みを見せて、享楽のテロリストは言葉を返した。
「そんなん、今はどうでもいいじゃん?」
ぱちん。
キュートなウインクと共に。
ギャルの目元で、きらきらと星が舞った。
◆
『そのガキは?』
『“生き残り”だよ。あの爆破工作で親を亡くしたらしい』
『わざわざ拾ってきたのか?』
『他に身寄りも無いらしいんでな』
『無口なガキだな』
『ずっとこの調子だ』
『……名前は?』
『タチアナ。そう名乗ってた』
『やれやれ。妙な話だ』
『まぁな』
『テロの犠牲者が、テロ組織に拾われるってことか』
『そういうことだ。皮肉なもんだがな』
『リーダーは何と?』
『“立派な戦士に育てろ”とさ』
◆
ルーサー・キングとギャル・ギュネス・ギョローレン。
一触即発の空気は、既に消え失せていた。
過去のよしみもあり、両者はすんなりと情報交換へと移った。
これまで出会ってきた相手について、互いに開示し合った。
情報交換の最中も、ギャルは常に飄々とした態度だった。
ディビット・マルティーニやドン・エルグランドという悪漢達のことは当然知っていた。
ジャンヌ・ストラスブールの名にも、幾らかの反応を示していた。
尤も、言ってしまえばそれだけだった。
彼女は「へぇ~」とか「ふーん」といった、掴みどころのない反応を返すばかり。
その相手と面識が有るのか無いのか、それさえも定かではない。
雲のようにゆらゆらとした反応をするギャルを見据えながら、キングは思考する。
――“享楽の爆弾魔”。
その悪名に恥じず、彼女は既に複数の戦闘を切り抜けていた。
彼女が交戦してきた者達の中には、幾つか関心のある名があった。
アンナ・アメリナ。
紛争における“超力の戦術的価値”を証明して、国際社会を震撼させた軍人だ。
開闢時代における“戦争”のパイオニアと言っても過言ではない。
戦後、仮にも勝者側の指揮官である彼女は“戦犯”として裁かれた。
その裏側には様々な思惑があったとされるが――キングにとっては無関係の話だった。
この刑務ではギャルの襲撃に遭い、早々に命を落としたらしい。
――運が無かった、と言えばそれまでだが。
国から見放された時点で、奴はとうに運の尽きだったのだろう。
ハヤト=ミナセ。
ケチな小悪党でしかない若造の名を、キングは知っていた。
ネイ・ローマンと何らかの確執があると、耳に挟んでいたからだ。
故にキングは、ハヤトに対して干渉するつもりはなかった。
適当に泳がせておけば、奴は勝手にローマンと揉め事を起こしてくれる。
ギャル曰く、“ハーたんにはゴチになった”とのことだ。
何を言っているのか意味が分からなかったが、元々そういう女だ。
故にそれ以上は突っ込まなかったし、さらっと流すことにした。
どうやら“ウサギの亜人”と共に居たらしいが――そのことには関心を抱かなかった。
そして、もう一人。
――――夜上 神一郎。
アビスの中でも異質な立ち位置にいる受刑者。
模範囚として看守達からの信頼を勝ち取っている“神父”。
懲役を言い渡された存在であるにも関わらず、獄中死や死刑の際には死にゆく囚人への祝福に立ち会ったり。
時には神父として囚人の懺悔を引き受けたりなど、ある種破格とも言える立場を与えられていた。
奴がこの地において、何を目的に動いているのかは分からないが。
その存在については、記憶に留めておくことにした。
他にも旧時代のテロリスト、アルヴド・グーラボーンが死んだ話を聞いたり。
北米を震撼させた殺人鬼、フレゼア・フランベルジェと思われる女は“もう長くない”と見立てたり。
後は、かつて“下部組織”との関わりがあった女と思わしき受刑者を仕留めていたり。
その女が、サムライのような男と行動を共にしていたりなど。
キングは、ギャルからの情報提供を咀嚼していく。
既に彼女は、幾つもの交戦を経ている。
その過程でポイントも稼いでいるのだろう。
囚人服から学生服へと着替えている辺りからして、そのことは明白だ。
「ポイントは余ってるんだろう?」
故にキングは、問いかける。
豪胆にして、不敵な笑みを浮かべながら。
「なら、てめえに伝えたいことがある」
目の前の爆弾魔へと、自らの意思を訴える。
威圧感に満ちた佇まいに対しても、ギャルは調子を崩さない。
二人の悪党は、沈黙の狭間に立つ。
やがて漆黒の帝王が、ゆっくりと口を開いた。
「――――服を用意してくれ」
「迫力たっぷりに言うことそれ?」
予想外の注文と言わんばかりに、ギャルから茶々を入れられた。
「てかルーさん、人からなんかタカったりすんだ」
「カネなら幾らでも動かせるがな。恩赦ポイントなんざ知らねえんだよ」
されどキングは意に介することもなく、自嘲気味に苦笑しながら言葉を続ける。
彼の見通し通り、ギャルは既に100Pを超える恩赦ポイントを確保している。
先程最期を見届けたアルヴド・グーラボーンの刑期も既に回収していた。
「暫く我慢していたんだが、流石に冷えてきたんだ。老体にゃ堪えるのさ」
「ぜんぜん自分のこと老体って思ってないくせに」
「まぁな。だが冷えてきたのは事実なもんでね」
キングは何処か冗談めかして、苦笑いと共に言う。
その風格と威圧感で、何事もなく誤魔化してきたが。
ドン・エルグランドとの交戦以降、キングの囚人服はずぶ濡れのままなのだ。
川に落ちたジャンヌ・ストラスブールのように、衣服を乾かせるような超力を備える訳でもない。
故に暫くの間は、帝王らしからぬ貧相な出で立ちに甘んじることにしていたのだが。
「おまけに生乾きで臭ってきやがった」
「そりゃマジで最悪だわ。着替えた方がいいよ」
流石に数時間もこの状態となれば、着心地や匂いにおいて最悪という訳だ。
そうしてルーサーは、何の悪びれもせずにギャルへと物資の提供を打診した。
さっきまで飄々としていたギャルが、急速に何とも言えぬ表情へと変わっていく。
それからほんの少し、考え込む様子こそ見せたものの。
「ルーさん、どんな服がいいの?」
――何だかんだで、ギャルはあっさりと承諾。
美容や身だしなみに人一倍の拘りを持つ彼女には、それが如何に嫌な状態であるのかを理解できたようだった。
ギャルはデジタルウォッチを参照し、物資交換リストを確認しながら問いかける。
それからキングは、暫し考えた後に口を開く。
「なあ、アルマーニはあるか」
「いやあるわけないっしょ。しれっと選り好みすんなし」
「聞いてみただけさ。美学ってモンは大事だ」
余りにもふてぶてしい注文に、再びツッコミを入れてしまうギャル。
やっぱり承諾取り消そうか、なんて一瞬思いを過ぎらせたが。
肝心のキングの堂々とした態度を見て、渋々交換リストを確認する。
「で?どうなんだ」
「スーツなら頼めるっぽいケド。あ、ブランドとか無いかんね」
「何だ、ケチ臭えな」
「ちょっと期待してたんかい」
悪態を吐くキングに対し、ギャルは真顔でツッコミを続ける。
「まあいい、それで頼む。シャツはダークカラーに出来るか?俺の拘りなんだ」
「へいへい」
文字通り王様のように注文をつけてくるキングに対し、やれやれと言った様子でギャルは従っていく。
“好きな衣服”、恩赦ポイント10P。デジタルウォッチを操作して選択し、物資の交換を決定する。
――次の瞬間、アタッシュケースが転送された。
衣服はきっちりと梱包された状態で送られてくる。妙に律儀なことだ。
キングはそれを手に取って中身を確認し、満足気な反応を見せる。
「ああ、それと煙草と食料も頼む」
「めっちゃ図々しくない?」
「ポイント全部掻っ攫わないだけ良いだろう」
それから立て続けに、更なる注文がやってきた。
幾ら闇の帝王と言えど、図々しさが極まっている。
何なんだこの爺さん――そう言いたげなギャルだったが。
別にポイントは大量に余っているし、昔のよしみを今は無下にするつもりもなかった。
そういう訳で、結局は受け入れることになった。
◆
ルーサー・キングは、紙巻きの煙草を咥えていた。
刑務開始直後と同様に超力の摩擦で着火して、悠々と喫煙をしていた。
煙を口から吐きながら、彼は空を見上げている。
遥か彼方では、茜色と紺色が混濁しつつある。
熾烈なる夜を超えて、朝を迎えようとしているのだ。
闇夜のような、漆黒のスリーピーススーツを纏っていた。
シャツも紺色で纏めて、全身のコーディネイトをダークカラーで統一している。
唯一ネクタイのみが濃赤となっており、色彩としての強い印象を残す。
娑婆においてルーサー・キングは、常に暗黒のようなスーツを愛用していた。
肌の色というアイデンティティを投影するかのように、その出で立ちは漆黒を基調としていた。
アビスに投獄されて以来、フォーマルな衣服を纏う機会を失って久しかったが――。
その威厳は失われることもなく、己を包み込むスーツを完璧に着こなしていた。
尤もキングは「ヴァイスマンの野郎め。やっぱり服も煙草も安物だな」などと不満を零していたが。
「そういや、言いそびれていたが」
やがて喫煙の最中に、キングはふいに話を振った。
至福のひと時を過ごす牧師を、何とも言えぬ表情で眺めていたギャルだったが。
「さっきてめえが話していたサムライらしき男と会った」
彼が告げたサムライという言葉に反応し、耳を傾けた。
情報交換の際、ギャルは“サムライのような男”と交戦したことを伝えていた。
「如何にもサムライみてえな出で立ちだったが、ありゃあ純血のアジア人じゃねえな。
青い目や顔立ちからして、白人か何かの血が混ざってるんだろう。
そして奴は、鋼鉄だろうと容易く両断する超力を持っていた」
キングはサムライの特徴を語る――それがギャルが対峙した男であるのかを、直接確かめるかのように。
“当たり”と言わんばかりに、ギャルはひゅうと口笛を吹いた。
征十郎・H・クラーク。ギャルが交戦し、その同行者を殺害した相手だった。
「奴は南に向かってたぜ。大方、ブラックペンタゴンを目指してるんだろう」
キングは征十郎が撤退した方角を指し示し、行き先の見当を付ける。
ギャルはそちらの方向を一瞥して、ふっと微笑を浮かべた。
つい先刻は取り逃がした敵。その巧者ぶりによって、享楽の爆弾魔を出し抜いた武士。
相手が仇討ちを狙っているのと同様――ギャルにとってもまた、落とし前を付けたい獲物だった。
不完全燃焼のまま終わるなんてのは、アガらないからだ。
「あざっす、ルーさん☆」
故にギャルは、ピースでキングに応える。
そうしてくるりと可憐に身を翻し、その場から立ち去ろうとした。
「――――なあ」
そんなギャルの背中に、キングが呼びかける。
去る寸前だったギャルは、ぴたりと足を止める。
「最後に一つ、話しておきたいことがある」
彼女と別れる前に、自らの中で浮かんだ疑問を投げかけることにした。
ギャルは微かに振り返り、視線をキングへと向ける。
「妙だと思わねえか、この刑務」
この刑務のルールを咀嚼し、自らの立ち回りを思案した時から、キングには思うことがあった。
――刑期ごとに割り振られた“恩赦”を巡っての殺し合い。
この刑務を要約するならば、そんな所だ。
アビスの管理者達は受刑者を何らかの形で選出し、彼らをこの舞台へと送り込んでいる。
そうして首輪で生殺与奪を握った上で、互いに争い合うことを求めている。
24時間の制限時間を生き延びることができれば、無事に生還の道が開かれる。
そして恩赦ポイントに応じて報酬が与えられ、刑期の短縮へと割り当てることすら出来る。
「何のためだ?」
ではアビスは、何故そんな刑務を始めた。
そのことにキングは疑問を抱く。
「単に受刑者の数減らしなら、さっさと死刑囚や無期の連中を間引きでもすりゃあいい。
ここはアビスだ。誰を消したところで幾らでも真相を闇に葬れる」
収監されている人数を間引きしたいだけなら、重罪犯を秘密裏に処理すればいいだけのこと。
あるいは、例えば自分――ルーサー・キングのような厄介な存在を闇に葬りたいのか。
それも違うだろう。仮にもキングを含めた多数の囚人の生殺与奪を握れるのなら、始末のためにこんな回りくどい手段を取る必要はない。
「受刑者同士を争わせることに意味があるのか?その点に関しても引っ掛かることがある」
ならば、受刑者同士の殺し合い自体に意味があるのか。
そうなるとルールの不可解な点が、他にも浮かび上がってくる。
「なぜ“複数の生還者”が出る仕組みになっている?
恩赦を狙わねえ奴らからすれば、最悪徒党を組んで制限時間まで只管やり過ごしゃいいだけの話になる」
この刑務は24時間のタイムリミットに到達すれば、生存人数に関係なく終了を迎える。
つまり恩赦を求めずにただ生存だけを目的にする受刑者からすれば、同じ目的を持った連中と徒党を組んで身を守ればいいだけの話になる。
複数人で身を寄せ合えば裏切りのリスクも生じるのも確かだが、そもそもこの刑務は“最後の一人”になる必要がないのだ。
よって消極的な集団を作って只管やり過ごすという立ち回りにさえ、一定の価値が生じてしまう。
「それに――恩赦ポイントってのは、何なんだ?」
そして、それは奇しくもディビット・マルティーニとエネリット・サンス・ハルトナも行き着いた思考だった。
この刑務は一度獲得した恩赦ポイントの譲渡や奪取が不可能。故に死点が多数発生する構造となっている。
更に恩赦を本気で狙う重罪犯からすれば、必然的に大量のポイントを貯金しなければならなくなる。
「そいつがくたばった途端、蓄えられたポイントの貯金は全て水の泡になっちまうんだぜ。
なぜ他の受刑者が集めたポイントを奪うことが出来ない?
この刑務は、場に残る“賭け金”がどんどん減っていく構造になっている」
つまり終盤になればなるほど膠着状態になるし、刑期と恩赦の差し引きが出来ずに“詰む”受刑者が出てくる。
仮に残り人数が減った時点で“場に残されたポイント”の総数が、恩赦の目標値を下回っていたとすれば。
無期懲役の囚人は娑婆に出られるチャンスを失い、死刑囚はその後の刑罰による死が確定する。
要するに、もはや刑務を遂行する意味すら失うのだ。
「初めから“ポイントの奪い合い”にするか、“生還の定員”を設けりゃいいじゃねえか。
そうしねえから“戦う旨味のない受刑者”が生まれてやがる」
キングは、腑に落ちない様子でそう呟く。
何故この刑務はこのようなルールになっているのか。
最初から刑務の強制力を高めるルールにすればいいというのに。
まるで意図的に抜け道と欠陥が用意されているように思える。
悪辣な受刑者達が主体的に争うことを期待していたのか。
それともなにか別の理由があるのか。
あるいは――この刑務のルールとやらに、今後何らかの変化が生じる仕組みになっているのか。
「アビスの連中は、何を考えてやがるのか」
その答えは、未だ導き出せない。
故にキングは、眉間に皺を寄せながら言う。
そんな彼に話を、ギャルはただ無言で聞き届けていたが。
「なんで、あーしにその話振ったん?」
「別に、大した理由はねえよ」
やがてギャルは、キングに対してそう問いかける。
キングはその表情を微かに緩めて、苦笑しながら答えた。
「てめえなら、何かを掴んでるだろうだと思っただけさ」
――悪かったな、足を止めちまった。
ふてぶてしい笑みを見せながら、キングはそう詫びる。
キングの眼差しが告げていた。もう行っても構わない、と。
「ね、ルーさん」
「何だ」
「次会ったら、ルーさんも殺すかも」
「そうかい。そりゃ楽しみだ」
最後にキングとギャルは、そんな遣り取りを交わした。
――こうして穏便に事が片付いたのも、過去のよしみと単なる気まぐれでしかない。
そう伝えるように、ギャルは「にひひ」と悪戯な笑みを浮かべる。
対するキングもその意思に応えるように、不敵な笑いを見せていた。
「じゃーねっ」
「ああ。あばよ」
互いに別れの言葉を告げて、二人は背を向けて歩き出す。
ギャルはキングの語った言葉を、内心で咀嚼していた。
そして、この刑務が始まる前。
自らに“ジョーカー”としての取引を持ちかけてきた看守長との会話を振り返る。
夜明けを迎えつつある空の下で、微かに物思いに耽ったギャルだったが。
――――あーしは、今を楽しめれば何でもいいや。
やがて享楽の爆弾魔は、飄々とその場を去っていく。
つい先刻。旧知の仲であったアルヴドから、何処か憐れむような言葉を投げかけられたのを思い出す。
そのことも含めて、思うところはあったけれども。
何があろうと、結局自分には関係のない話だ。
そう結論づけて、今の彼女はそれ以上考えることを止めた。
【C–3/草原/一日目・早朝】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(小)、キラキラ
[道具]:学生服(ブレザー)。注射器、血液入りの小瓶×10
[恩赦P]:119pt
[方針]
基本.どかーんと、やっちゃおっ☆
1.悔いなく死ねるくらいに、思いっきり暴れる。
2.もうちょい小瓶足しといたほうがいいかもねー。
3.征十郎を追って南下する?
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※恩赦ポイントの増減は以下の通りです。
59P:前話時点
+100P:アルヴド・グーラボーンの首輪(無期懲役)
-10P:小瓶セット(3ヶ)×2
-10P:好きな衣服(漆黒のスーツ)
-10P:タバコ(1箱)
-10P:食料(1食)
=119P
【ルーサー・キング】
[状態]:左腕に軽い負傷、腹に微小ながらダメージ
[道具]:漆黒のスーツ、私物の葉巻×1、タバコ(1箱)、食料(1食)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.勝つのは、俺だ。
1.生き残る。手段は選ばない。
2.使える者は利用する。邪魔者もこの機に始末したい。
※彼の組織『キングス・デイ』はジャンヌが対立していた『欧州の巨大犯罪組織』の母体です。
多数の下部組織を擁することで欧州各地に根を張っています。
※ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、恵波流都、エンダ・Y・カクレヤマは出来れば排除したいと考えています。
※他の受刑者にも相手次第で何かしらの取引を持ちかけるかもしれません。
※沙姫の事を下部組織から聞いていました
※ギャル・ギュネス・ギョローレンが購入した物資を譲渡されました(好きな衣服、煙草一箱、食料)
最終更新:2025年06月16日 21:31