◆
舞台の外。世界の裏側。
充満するタバコの匂い。
噎せ返るよう欲望の臭い。
ぐちゃぐちゃに乱れたシーツ。
すっかり草臥れたベッド。
撒き散らされた避妊具。
だらしなく弛んだ男の背中。
互いに一糸を纏うこともなく。
微睡むような時間に取り残される。
互いに退廃と堕落を纏いながら。
緩やかな時間に身を任せている。
幼い頃から、ずっと慣れ切っているもの。
幼い頃から、ずっと慣れ親しんでいるもの。
全てを見下して、悪意を手玉に取って。
男達を悦ばせては、女王を気取っている。
暴力団の幹部。
大企業の重役。
テレビに出てくる政治家。
著名なプロデューサー。
成功した資産家。
成金じみたタレント。
どこかの教授、どこかの実業家、どこかのアーティスト。
その他エトセトラ。
どれだけの男達と関係を持ったのか、もう数えられない。
稀代の悪女。傾国の少女。誰かが私をそう蔑んだ。
抑えきれない野心に飲まれて、延々と突き動かされてきた。
平穏を蔑んで、鼻で笑った末の有り様。
誰に望まれた訳でもなく、自分で堕落の道へと進んだ。
何もかもを愚物と断じて、私は悪女に成り果てた。
自業自得。全ては自分のせい。
だというのに、酷く遣る瀬無い気持ちになる。
時折、虚しさが押し寄せてくる。
ラブホテルのテレビが、呆然と付きっぱなしになっている。
映像が流れている。ゴールデンタイムを外れる時間帯の、音楽番組。
――私の姿が、そこに映し出されている。
期待の超新星。流星のような大スター。完全無比の可憐なアイドル。
番組の司会が、私をそんなふうに讃えている。
皆が私を可愛い、綺麗、大好きと褒めそやしている。
画面に映る私の姿は、ばっちりと決まっている。
笑顔がきらめき。メイクもしっかり。歌もダンスも完璧。
だというのに、そんな自分を死んだような目で見つめている。
私は、何をやっているんだろう。
男が発する煙草の匂いに包まれながら。
茫然と、そんなことを思ってしまう。
どれだけライブで煌めいても、どれだけステージで輝いても。
本当の私は、きっと“こっち”なのだ。
卑怯で、卑劣で、狡猾で、悪辣で。
色んな男たちに股を開いては、金と権力を都合よく支配してきた。
自分が一声を掛ければ、男たちは容易く従ってしまう。
自分が色目を使えば、男たちは何でも与えてくれる。
そんな生き方を捨てられないままでいるから。
いつまでも自分の理想と現実が乖離していく。
想いが浮遊して、穢れた身体が取り残される。
アイドルとしての自分。悪女としての自分。
延々と溶け合わずに、混濁を繰り返す。
板挟みのまま、折り合いを付けられず。
自分という存在の根底が、ひどくあやふやになる。
私は、アイドルであって。
私は、アイドルじゃない。
太陽になんか、なれやしない。
私は、いつまでも“お月さま”。
“氷”のように冷ややかな、影のお姫様。
まばゆい太陽を演じ続けても。
どれだけ日向(サニーサイド)に憧れても。
手を伸ばしたところで、光を掴めやしない。
紙切れの月(ペーパームーン)にしかなれない。
それでも、―――それでも。
恋い焦がれずにはいられない。
だって、アイドルは。
あんなにも眩しいから。
だから、華やかな姿を乗せて。
みんなに笑顔を届けよう。
この脚で舞台に立って。
快活な仮面を、表に出そう。
根っからの、悪女のくせして。
今さら輝ける世界に憧れている。
――お母さんやお父さん、見てくれてるかな。
そんなことを、ふいに思ってしまう。
自分で何もかも捨てたくせに。
きっとこれが、私の背負う悪徳。
理想と現実。あるべき姿と、ままならない心。
その軋轢と矛盾こそが、私に与えられた罰。
鑑 日月は、悪人だ。
◆
――――貴方にとって、“悪”とは?
「正しいことと、悪しきこと」
「守るべき規律と、耐え難い欲望」
「その軋轢が生む不協和音」
「妥協を出来なかった“歪み”の産物」
「……ええ。私にとって」
「酷く身近に思えるものよ」
◆
顔を見上げてみれば。
紺色だった空は、少しずつ赤い色を帯びていた。
世界がほんのりと、明るさを取り戻していく。
朝焼けを迎えつつある景色が、少女の瞳に鮮明に焼き付く。
揺れ動く雲。呆然と横たわる色彩のコントラスト。
仄かな闇を湛えた青色と、焦がれるような光を抱えた赤色。
――――夜が明けて、朝が訪れて。
――――そばにいた“家族”と共に目を覚ます。
そんな密林の日常では、いつも見つめてきた情景だった。
煩わしい首輪に手を触れながら、アイは“ヒトたち”と共に歩き続ける。
叶苗の手に引かれながら、とぼとぼと平野を進んでいた。
“とりあえず、安全な場所を探す”。
“あなたたちをこんな場所に置いておくわけにはいかないから”。
そう伝えた日月に先導されるように、弱々しい歩幅で歩いている。
あてもなく、行く先も分からないように。
アイは、ただ流されるように“どこか”を目指していく。
どこに向かっているのか。
どこへ行こうとしているのか。
アイには分からなかったけれど。
それでも自分の手を引いてくれる叶苗に着いていくしかなかったし。
自分たちを導く日月の背中に、ぼんやり従うことしか出来なかった。
アイは幼いなりの思考で、現状を見つめる。
あの“黒い男”に脅かされて、叶苗がずっと辛そうにしていて。
何もかも怖くて仕方なくて、けれど叶苗は守らなきゃいけなくて。
それでも“炎のヒト”は、何もしてこなくて。
それから結局、自分が叶苗を傷つけてしまって――。
もう抵抗なんか、する気はなかった。
これ以上、叶苗を傷つけたくなかった。
震えてて、怯えてて。
自分と同じように、違う匂いがしたヒト。
叶苗は、これまで出会ってきたヒトとは違う気がした。
叶苗も、きっと自分も同じ。
ひとりぼっちになってしまっている。
叶苗は、自分のことを案じてくれている。
自分のために、何かしようとしてくれている。
――ヒトというものが、嫌いだった。
自分をあのジャングルから引き剥がして。
自分を狭いところに押し込めようとするから。
家族(ゴリラ)を遠いところに追いやったから。
あいつらがいる世界というものは――。
ひんやり冷たくて、四角い世界に覆われているから。
ヒトはいつだって、ヒトを縛ろうとしている気がする。
その理由も、その意味も理解できなかった。
それがひどく怖くて、分からなかったから。
恐ろしいから、身を守ろうとした。
分からないから、抗おうとした。
あの暗くて冷たい世界から、抜け出そうと藻掻いてきた。
けれど、それも果たせないまま。
日が昇っては落ちる流れを繰り返したらしくて。
こんな見知らぬ場所に放り込まれて。
訳も分からないまま、叶苗だけを信じている。
夜が明けて、日の光を取り戻しつつある空。
澄んだ茜色。朝焼けの景色が浮かびつつある空。
歩き続けるアイは、そんな風景をただ見つめる。
家族同然のゴリラ達が“夜行性の狩猟動物”を避けていたのと同じように、ヒトは夜を恐れるらしくて。
日の落ちた暗闇の影を忌避して、太陽の下で行動するらしい。
ヒトは、日差しの生き物。夜を避けて、光の中に居続ける。
そういうモノらしかった。そういう生き物らしかった。
――――夜を恐れる、ヒトのはずなのに。
この場所で見かけたヒトは、みんな“月”のよう見えた。
ほの暗さを抱えて、ぼんやりと漂っている。
なにかが物悲しくて、おぼろげに浮かんでいる。
日月は、何も言わずに歩いていた。
微かに見える横顔は、ほんのりと強張っていた。
どこか怒り出しそうにも、泣き出しそうにも見える。
自分がどこにいるのか、分からないように戸惑っている。
胸を締め付けられる痛みを抱えたまま、よろよろと歩いている。
その感情の機敏は、アイには理解できなかったけれど。
それでも日月が抱える何かを、漠然と察していた。
ひどく辛そうで、ひどく戸惑っている――。
そんな日月の姿を、アイは見つめていた。
叶苗は、ただアイの手を握っていた。
この手を離さないように、アイとのつながりを保ち続けて。
日月に導かれるがままに、無言で歩を進めている。
迷いの中に身を置き続けるように、目を伏せていた。
“ブラッドストーク”。叶苗が伝えた名前を振り返るアイ。
その名前のヒトと、叶苗に何があったのかは分からないけれど。
それでも、何かただならないものがあることは察していた。
叶苗には、家族がいない。家族と離れて、ひとりぼっちでいる。
そのことと、何か繋がりがあるのかもしれない。
何をすればいいかじゃなくて、何をしたいか。
日月の問いかけに対し、叶苗はまだ答えを見出せていない。
いまだ葛藤の中に身を委ねて、とぼとぼと歩いている。
今の彼女にできることは、アイと共に在り続けることだった。
ヒトの心に疎くとも、アイは幼いなりの思考で周囲を見つめる。
みんな、何か悲しいものを背負っていた。
みんな、暗いなにかを抱えている。
自分がずっと傷ついているのに、それでも歩かないといけない。
自分がずっと嫌な気持ちでいるのに、それでも進まないといけない。
生きるか死ぬか。食うか食われるか。
命がけの密林で生きてきたアイにとって、どこか奇妙な観念だった。
奇妙だからこそ、そこにヒトの難しさを感じ取っていた。
空は、次第に光を帯び始める。
明朝。夜明けの時。朝が目を覚ますころ。
闇が遠くに行って、太陽が顔を覗かせる。
朝の茜色を越えて、あたたかな輝きに照らされる。
そのとき、夜に仄かに浮かぶ“月”のようなヒトたちは。
いったいどうやって、生き抜いていくのだろう。
まぶしい世界で、どんなふうに生きていくのだろう。
ヒトは、わからない。
ヒトは、むずかしい。
ヒトは、こわい。
ヒトは、つらそう。
ヒトは、かなしそう。
アイの心に、いくつもの思考が浮かぶ。
疑問と問答を繰り返しては、答えは出てこなくて。
結局いまのアイは、ただ叶苗の手を離さないことしかできなかった。
――なんで、閉じこめられてしまったんだろう。
アイは、再び思いを馳せる。
わるい。あく。つみ。ばつ。さばき。けいき、けいむ、けいむしょ。
あのヒトたちは、いつだってわけのわからない言葉を使ってくる。
それが酷く不気味で、理解ができなくて、怖くて。
だから今のアイは、まだ“悪”について考えることができなかった。
全員が悪人。全員が罪人。
それは、どういうことなのか。
生存競争が当然の世界にいたアイにとって。
それは、雲のように掴めない命題だった。
◆
――――貴方にとって、悪とは?
「幾ら逃げようとも、振り払えないもの」
「どれだけ走り抜けても、いつまでも纏わりつく」
「例え復讐を成したとしても」
「ママも、パパも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも」
「何も語りかけてはくれない」
「悪っていうものは、きっとそういうこと」
「……だから、赦されたかったのかな」
「アイちゃんを、守ることで」
◆
――――貴女は、親切な人ですから。
彼女の言葉が、脳内で反響を繰り返す。
あの聖女の微笑みが、脳裏に焼き付いている。
その声を、その表情を思い出すだけで。
胸の内を、ひどく搔き乱される。
喜びと憎しみが、同時に押し寄せてくる。
愛おしい偶像から認められたことの高揚。
憎らしい才能へと手が届かないことへの嫉妬。
どれだけ焦がれても、どれだけ研鑽を積んでも。
結局自分の本質は、悪でしかない。
何処までもおぞましく、穢れていて。
踏み外した道を取り戻す術を、未だに掴めていない。
正しい道を行くなんて、当たり前の生き方すらできない。
自分の中の悪徳と狂気に、いつまでも折り合いを付けられない。
戸惑って、彷徨い歩いて、そうして答えを掴み取れない。
自分にできることは、ただ擦り減らしていくことだけだった。
理想と現実の軋轢の中で、摩耗していくことしかできなかった。
鑑日月は、ジャンヌ・ストラスブールのようになりたかった。
自らの清濁すべてを飲み込んで、確固たる偶像として其処に在り続ける。
そんなまばゆい存在として、立ち続けたかった。
自分という悪徳の人間に対しても、分け隔てなく対等に接して。
影の中で小さく輝く光を見出して、背中を押してくる。
そんなジャンヌの在り方に、日月は手を伸ばしたかった。
自分は、負けたくない。
自分は、ああはなれない。
相反する感情が、幾度も押し寄せてくる。
矛盾に揺らぐ心が、意識を苛み続ける。
ああ、彼女は――太陽なのだ。
自分のような月とは違う。
なりたかった。自分も、太陽に。
恋焦がれた偶像の輝きを、手に入れたかった。
けれども、ステージの上で得られたものは。
いつだって、偽りの光だけ。
だって自分は、悪女のままだったから。
自分の悪徳を捨てることも、割り切ることも出来なかったから。
男達の下卑た欲望を満たすことで、権威を手に入れる。
金も力も意のままに支配して、女王で在り続ける。
――もう、抜け出す方法も忘れた。
きっと、抜け出すことすら出来ないのだと悟っていた。
穢れた世界に浸かり切って、どうすればいいのかも分からなかった。
男達は私を求めて、私は男達を手玉に取る。
そんな生き方を何年も続けてきたから、自分自身が絡め取られていた。
雁字搦めのまま、日月は日陰の中に佇んでいる。
ここに射す光は、仄暗い月光だけだった。
日向の輝きに照らされるだけの、弱くおぼろげな光。
闇の中で照ることしか出来ない、みじめな光。
結局自分は、何をしているのだろう。
日月は自問自答を繰り返す。
このアビスへと収監される前、自分の理想が奪われるかもしれなかった会談。
そこで精神を破綻させて、誰も彼もを虐殺して。
その記憶は今でも脳裏にこびりついている。時に悪夢として蘇ることさえある。
それでも、そのトラウマを乗り越えてでも、自分はまだ偶像でいたかった。
自分は、悪女のままで終わりたくなかった。
自分は、偶像のままでいたかった。
どっちが本当の自分なのか。
答えなんて、とうに諦めているのに。
それでも日月には、縋りたいものがあった。
光へと手を伸ばして、掴み取りたかった。
絶対に生き残って、再びステージの輝きの中に立つ。
そう誓った。そう誓ったはずなのだ。
だからこそ、殺人すらも厭わない覚悟を決めていた。
そう、殺さなければならないはずなのに。
今の自分は、霧の中を往くように彷徨い歩いている。
あの聖女に背中を押されるがままに、歩を進めている。
氷藤叶苗とアイを託されて、ただ呆然と北東の廃墟を目指していた。
安全な場所を探す。貴方たちを此処に置いておく訳にもいかない。
そう伝えて、日月は二人を先導していた。
廃墟の中で身を潜められる場所を探すべく、D-7の橋を目指していた。
なんで、こんなことをしているのだろうか。
日月の心に、答えは浮かび上がらない。
この二人を殺してでも、恩赦ポイントを稼がなきゃいけないはずだ。
ましてや自分は、死刑を言い渡されているのだから。
頭ではそう理解している。
理解しているのに、答えは導き出せない。
善性と悪性のはざまで、日月は吐き気を感じながら脚を動かす。
自分は優しい人間じゃない。ジャンヌは、間違っている。
そう言い聞かせてもなお、濁った鬱屈が胸の内で蠢き続ける。
振り返りはしなかった。
叶苗達の様子を見つめたりはしなかった。
二人を案じている自分なんか、居てほしくなかったから。
自分は、何を望んでいる。
自分は、どう在りたい。
自分は、偶像で居たい。
自分は、悪女で居るしかない。
自分は――――結局どっちだ?
芸能界に身を置いていた時と変わらない屈折。
光の中で輝くために、悪の中に身を置き続ける。
矛盾の中で押し潰されて、叫びたくなるような悲嘆に駆られる。
何もかもが、嫌になる。
手を伸ばしても届かない自分が、憎らしい。
あの太陽に焦がれる自分を、殺してやりたくなる。
そんな屈辱と絶望に苛まれながら、日月はただ歩き続ける。
明朝の空。もはや月の光は届かない。
仄暗い宵闇は、静かに過ぎ去っていく。
影の中に潜む全てが暴かれていく。
まるで心の奥底を、抉り出すかのように。
◆
――――貴方にとって、“悪”とは?
「手を伸ばせば、容易く届くモノ」
「万人に与えられた、罪の果実」
「故に、誰もが忌避する」
「しかし、僕にとっては」
「それが、己自身なんだ」
◆
日月達は、廃墟へと向かう橋の前で立ち尽くした。
不安げに表情を強張らせながら、それでも身構える叶苗。
なけなしの勇気を振り絞るように、きっと相手を見据えるアイ。
日月は、ゆっくりと目を見開いていた。
眼前に佇む受刑者の姿を、じっと睨んでいた。
淡い月のように、秀麗な男だった。
深い夜のように、影を背負った男だった。
静かな微笑みを、穏やかに讃えながら。
その男は、橋の前で立ち尽くしている。
まるで来訪者を待ち受けていたかのように。
日月は、足を止めていた。
叶苗達を無意識に庇うように、右手で二人を制して。
そのまま彼女は、眼前で立つ男を睨んだ。
男は、ただ静かに佇んでいる。
仄かな朝焼けに照らされながら。
まるで輝く月のように、静寂の中で存在感を放つ。
どこか異様さを感じる微笑みを携えて。
その唇を、ゆっくりと開いた。
「僕は――――氷月 蓮」
氷月 蓮は、鑑 日月をじっと見据えていた。
その声は、ひどく安心するように安らかだった。
ふっと油断をすれば、言葉の一つ一つに耳を貸してしまいかねない。
そんな魅力的で、不気味なほどに優しげな声色。
男はそんな声を、まるで静かに語らうように喉から発していく。
「僕は、恩赦を求めてはいない」
吟遊詩人のように、穏やかな語り口。
ただの言葉が、まるで詩のように紡がれる。
その表情の流麗さに、日月は思わず目を奪われそうになり。
それでも自分に発破を掛けて、意識を保っていく。
「あと5年の刑期を済ませれば、晴れて釈放の身だからね」
氷月は、自らの首輪へとすっと触れる。
刑期は30年。そのうえで、残りは5年と語る。
氷月蓮という犯罪者のことも、日月は聞いたことがなかった。
「だからこそ、僕には殺し合う理由もない」
外見の年齢から察するに、恐らくは旧時代の少年犯罪者。
遠い過去に罪を犯して、開闢を経てアビスへと収監された者。
日月は、目の前の男を冷静に分析する。
「僕はただ、この24時間を生き抜きたい」
そんな日月の警戒をよそに、男は淡々と言葉を紡ぎ続ける。
穏やかな微笑みが、後方の叶苗やアイに向けられる。
アイはびくりと震えて、叶苗はそんなアイを庇うように氷月を見据える。
「そのためにも、共に身を守るための“同行者”を求めている」
そして、氷月はすっと右手を差し出す。
日月達と結びつく意思を示すように。
自らの望みを、彼女たちへと告げる。
「必要があれば、君たちに協力もしよう」
そうして男は、優しく微笑みかけながら。
目の前の少女達へと、ゆっくりと伝える。
「どうか、仲間に入れてはくれないかな」
――氷月蓮。
悪しき月。忌まわしき月光。
闇の中を彷徨い歩く、静かなる月狂。
彼の犯した罪は、アビスとしては大したものではない。
中学校のクラスや教師達を支配した殺人鬼。
3名の同級生をその手で刺殺した少年犯。
他の凶悪犯に比べれば、酷く小規模なものだ。
世間をセンセーショナルに騒がせた程度で、時と共に忘れ去られた。
社会を揺るがした訳でも無ければ、大量殺人に手を染めた訳でもない。
では氷月 蓮は、所詮“その程度”の犯罪者なのか。
――――それは、決して違う。
こと殺人において、誰よりも優れていた男が。
殺意という衝動に、飼い慣らされた少年が。
たかがその程度で“満足してくれた”。
それが奇跡なのだ。それが幸運だったのだ。
例え異能を持たずとも、この男は。
その気になれば“もっと殺せた”のだ。
何人も。何十人だろうと。
強かな手段によって、何処までも冷酷に。
そして今、この殺人鬼は鎖から解き放たれた。
超力という衝動を抱えて、殺人の舞台へと躍り出る。
彼は、自らの殺意を遂行すべく。
己が身を潜めるための集団へと、目を付けた。
朝が来る。夜が明ける。
彷徨う月たちが、白日の下に晒される。
サニーサイドの上。光の届く世界。
闇の中へと身を潜めることは、最早叶わない。
そのとき彼女たちは、いかにして足掻くのか。
いかにして、生きていくのか。
脆く揺らぐ月は朧気に、空へと浮かび続ける。
【D-7/橋の前/1日目・早朝】
【氷月 蓮】
[状態]:健康
[道具]:Tシャツ、ナイフ3本、フォーク3本、デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.恩赦Pを獲得して、外に出る
1.この集団の中に入り込む。
2.集団の中で殺人を行う。
【鑑 日月】
[状態]:肉体の各所に火傷、深い屈折
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.アビスからの出獄を目指す。手段は問わない
1.ジャンヌに対する葛藤と嫉妬を抱えつつ、彼女の望み通りに叶苗とアイを保護する。
2.ジャンヌ・ストラスブールには負けたくない。彼女を超えて、自分が真の偶像(アイドル)であることを証明したい。
【アイ】
[状態]:全身にダメージ(中)、疲労(小)、不安
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.故郷のジャングルに帰りたい。
1.(かなえを傷つけたくない、でもどうすればいいかわからない)
2.(あいつ(ルーサー・キング)は、すごくこわい)
3.(ここはどこだろう?)
4.(ぶらっどすとーく?ずっとむかしきいたような、わからないような……)
【氷藤 叶苗】
[状態]:胴体にダメージ(中)、罪悪感、尻尾に捻挫、身体全体に軽い傷や打撲、刑務服のシャツのボタンが全部取れている
[道具]:鋼鉄製の手甲(ルーサーから与えられた武器)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.家族の仇(ブラッドストーク)を探し出して仕留める。
1.アイちゃんを助けたい。
※ルーサー・キングから依頼を受けました。
①ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、恵波流都、エンダ・Y・カクレヤマ。
以上5名とその他の“目ぼしい受刑者”を対象に、最低3名の殺害。
②1人につき15万ユーロの報酬。4名以上の殺害でも成果に応じて追加報酬を与える。協力者を作って折半や譲渡を約束しても構わない。
③遂行の確認は恩赦ポイントの回収履歴、および首輪現物の確認で行う。
④第2回放送直後、B-2の港湾で合流して途中経過や意思の確認を行う。
④依頼達成の際には恩赦後のアイの安全と帰還を保障する。
[共通備考]
※デジタルウォッチには恩赦ポイントの増減履歴を参照する機能があります。
どの受刑者の首輪からポイントを回収したのかを確認することも可能です。
※首輪には装着者を識別する囚人番号と個人名が刻まれています。
※交換リストに「参加者詳細名簿-80P」があります。
最終更新:2025年05月08日 22:33