肉親の仇に頭を下げて生き延びる。
これほど惨めな話があるだろうか。
それなりに名の知れた暗殺者だった頃には、考えもしなかった状況だ。
無期懲役という絶望を抱えていても、俺はそれでも誇りを捨てず、いつか這い上がれると心のどこかで信じていた。
けれど今、俺は兄貴の仇を目の前にして、命乞いのような真似をしてしまった。
思い返せば虫唾が走る。だが、それでも俺は生きている。
銀鈴。
恐ろしく美しく、そして狂気を纏った女。
この女の姿には人間としてのリアリティが欠けていた。
光の届かぬ深海で育った珊瑚のように、異常な美と静謐さが共存している。
恐怖を感じるはずなのに、見惚れる感情のほうが先に喉を塞ぐ。
彼女が何を考えているのか、俺にはさっぱりわからない。
この女の興味が尽きるまで友人として付き合う、そう言った彼女の言葉に嘘がないことは理解できる。
彼女は本当に、俺を殺すことも、生かすことも、どちらでも簡単にできるのだ。
歯がゆい。息苦しい。
俺はまだ彼女を殺せる可能性を考えている。
いっそ諦めて媚び諂えれば楽なのに、どれだけ落ちこぼれても、どれだけ泥を舐めても、諦めが悪い。
だが、未来予知が教えてくれるのは、俺がどんな方法を取ろうとも、彼女の銃口が俺を確実に仕留める結末だけだ。
俺が兄貴を裏切った夜、兄貴は俺に言った。
「耐えろ、ジェイ。己を見失うな」と。
その言葉が皮肉にも俺を支え続けている。
耐えるしかない。
どれほど惨めでも、どれほど悔しくても、俺はこの悪夢を耐え抜いて、生き延びてやる。
そうだ、生きてさえいれば、いつかチャンスが来る。
銀鈴が俺に飽きるその瞬間まで縋り付いて。
そして、その隙を見逃さず、この俺の手で彼女を――。
「ねぇ、ジェイ?」
銀鈴の涼やかな声が、俺の耳元を撫でる。
背筋を冷たい汗が伝うのを感じながら、俺はぎこちない笑顔を作った。
「ああ、なんだ、銀鈴」
「あなた、時々とても面白い顔をするわよね。まるで今にも死ぬような」
内心を見透かしたようなその言葉に背筋が凍りつく。
無邪気に昆虫の羽を毟る子供のような笑顔。
返答一つ前違えば虫以下の俺の命など容易く詰まれるだろう。
「……実際に死ぬかもしれない状況だからな」
「まあ、どうして? 私があなたを殺すとでも?」
――俺は意識を研ぎ澄まし、僅かな未来を覗き込む。
「お前みたいなバケモノを前にして、死の可能性を考えない方がどうかしてる」
【予知結果:次の瞬間、弾丸が眉間を貫き、何も感じる間もなく意識が闇へと堕ちていく。「バケモノ呼びは止めてって言ったでしょジェイ。悲しくなるわ」】
「そんな訳ないだろ、信じてるさ」
【予知結果:銀鈴の瞳が興味を失い、次の瞬間、ナイフで喉を掻き切られる。「その返答はつまらないわ、ジェイ」】
「殺す気ならとっくに殺してるだろ。俺が怖がる顔を見たいだけだろ、あんたは」
【予知結果:銀鈴は唇の端をわずかに吊り上げる。数秒の沈黙の後、彼女は笑う。「ふふっ、ジェイは不思議な人ね」】
彼女の問いに素直に答えた未来、媚びた回答をした未来、挑戦的に返した未来。
ろくな結末を迎えない未来の中から、ましな未来を選ぶ。
「殺す気ならとっくに殺してるだろ。俺が怖がる顔を見たいだけだろ、あんたは」
慎重に選んだ言葉を口にしながらも、俺の心臓は激しく打ちつけられていた。
銀鈴は唇の端をわずかに吊り上げる。
数秒の沈黙の後、彼女は笑う。
「ふふっ、ジェイは不思議な人ね」
銀鈴の微笑が少しだけ深まる。俺は乾いた唇を舐め、再び未来を探る。
「怯えている顔もいいけれど、私たちはお友達でしょう?
お友達同士なら、もっと楽しそうにお話ししましょうよ」
それがまるで死の宣告のように響いて、俺は必死に震えを抑えながら頷いた。
「そうだな……友達、だからな」
俺はもう一度、惨めな嘘をつく。
生き延びるために、兄貴の仇に媚びる。
「どんなお話がいいかしら。うーん。そうだ、ジェイ。あなたのご家族ってどんな人たちだったの?」
俺は再び息を呑む。
兄を殺した女が、どの口でその問いを投げるのか。
人の心など微塵も気にかけるつもりのない独善性。それが理解できてしまった。
それは挑発や侮辱ですらなく、本心からただの友人同士の会話のつもりなのだろう。
「……なんでそんなこと聞くんだよ」
「お友達だもの、お友達ってお互いのことを知りたがるものなのでしょう? 私もあなたに色々教えてあげるわ」
銀鈴の表情には邪気がない。
けれど、その無邪気さこそが透明なナイフとなって俺の胸をえぐる。
俺の感情などこの女は興味すらないのだ。
震える手を固く握りしめながら、乾いた喉をゆっくりと鳴らした。
「家族、か……」
だが、いいさ。どうせ今の俺に拒否権なんてない。
語りたくないと言えば即死するなんてことは予知するまでもなく見えている事である。
この女の望むまま、家族を殺した女に家族の話をするしかない。
震える手を固く握りしめながら、視線を下に落とし、感情を抑えるように静かに話し始めた。
「俺はハリック家の人間だ。予知の異能を使って裏仕事を請け負ってきた。昔はな、各国の高官だの大企業の役員だのが頭を下げて俺たちに依頼をしに来たもんだ」
銀鈴は無邪気な微笑みを浮かべ、こちらの語りを静かに促した。
「だが、開闢以来――誰もが超力を使えるようになってから、俺たちの仕事は奪われちまった。
より安価で大量の人間を投入できる連中が現れて、俺たちは『高くて役に立たない連中』って評価になった。おかげで家は没落したよ」
言葉に苦味が滲む。声は徐々に熱を帯び、気づけば自然と口調も荒くなっていった。
「父は落ち込んだが、兄貴――エドワードだけは諦めてなかった。
『価値を見誤るな』、『今は耐えるときだ』と、ずっと言い続けてた。だけど俺には理解できなかったんだよ! 家が傾いてんのに、いつまでも夢物語を語りやがって!」
唇を噛みしめる。今更ながら、自分の未熟さ、焦り、そして浅はかさを痛感していた。
「俺は兄貴の言葉を無視して勝手に動いた。
結果は見ての通りだ。家を裏切り、アビスにぶち込まれた……。なのに兄貴は最後の最後まで正しかった。GPAが兄貴を買って、表の世界で成功したんだ」
いつでも冷静で、思慮深く、自分には見えない未来をはっきりと見ていた兄。
兄の姿が脳裏に浮かんで、自嘲気味に口元を歪ませる。
「兄貴は正しかったんだよ。俺は認めたくなかったけど、心のどこかじゃわかってた。
兄貴を越えたいと思ったこともあったが、本当はただ認めて欲しかっただけかもしれない……なのに俺は、兄貴の価値を疑ってしまった。だから、こんなザマなんだ」
俺はいつしか拳を強く握りしめたいた。
語りながら、未来を予知するのも忘れ自分の感情を吐き出していることに気づいてハッとした。
言葉を紡ぐうちに、気づけば誰に話しているのかも忘れてありのままを口にしていた。
そんな俺の姿を、その兄を殺した女――――銀鈴は穏やかな瞳で見つめていた。
「興味深いわ、ジェイ。あなたの言葉には、深い愛情と憎悪が入り混じっているのね」
銀鈴の声に棘はなく、純粋な興味と喜びだけが宿っている。
まるで新しい玩具を見つけた子供のような好奇の瞳。
純粋さと悍ましさが混在する。
彼女の目は俺を捕らえて離さない。
人の心なんて理解する気もないのに、人の感情を読み取る事に長けている。
まるで人間を標本として見ている宇宙生物のようだ。
「そ、それより、銀鈴はどうなんだよ。お前の家族はどんな人間だったんだ?」
俺は焦りを隠すように勢い任せに話題を変えた。
問いを返された銀鈴はいつも通りの優雅な笑みを浮かべる。
とっさの言葉だったが、気分を害した様子はないようだ。心中で胸をなでおろす。
「私の家族は――誇り高く、美しかったわ」
銀鈴はゆっくりと、まるで夢物語でも語るように話し始めた。
「私はね、国を治める一族に生まれたの。皆が言っていたわ。私たちは選ばれた存在で、人の上に立つべきだって。
父も母も、私を宝石のように扱ってくれたわ」
その言葉には柔らかな響きがあった。
けれど、そこに宿るのは優しさではなく、絶対的な自負と支配者の誇りだった。
「父はね、『選ばれた者が世界を導くべき』だと、いつも私に教えてくれたの。
母は、私の笑顔を見るたびに涙を流して喜んだわ。私が笑うだけで、一族が歓喜に包まれる――そんな素敵な毎日だったわ」
一見すれば、ただの家族の思い出話に聞こえなくもない。
だが、その一言一言の裏には甘やかな毒のような、明らかに「人間」とは異なる狂気めいたものが滲んでいた。
「家族が私を好きだったように私も家族が愛していたわ。家族が喜ぶこと、それが私の幸せだった。
だから、私は、家族が喜ぶことをたくさんしたの」
思い出を懐かしむように彼女の目が楽しげに細められる。
「家族の誕生月には特別徴税をして、その収益で街ごとパーティを開いたのよ。
花火を打ち上げて、氷の像を飾って、子供たちに踊りをさせて。みんな、とても楽しそうだったわ。私の国はまるで夢の国のようだったのよ」
俺は言葉を失っていた。
誰が楽しんだというのか。徴税され、踊らされた民が笑っていたというのか。
だが、銀鈴の表情に嘘はない。本気でそれを『善政』と思っている。
「私に忠誠を尽くして、私の笑顔を喜びにできる人たち。家族って、いいものよね。
そんな人たちに、ふさわしい場所と生き方を与えるのが、私の役目だったのよ。
だから、『家族が欲しい』って子に私――姉をプレゼントしてあげたりもしたのよ」
意味を理解できず思考が一瞬止まった。
「リボンをつけて、お人形みたいに。ちゃんと箱に詰めて、贈ってあげたの。
あの子、とても嬉しそうだったわ。『ありがとう』って、ちゃんと目を見て言ってくれた」
脳裏に浮かぶ光景に、思わず口の中が乾いた。
「家族」という言葉の意味が、彼女の中ではどこか根本から違っている。
彼女にとってそれは、愛すべき対象ではなく――支配し、所有するものだったのだ。
「それが、お前にとっての『家族』なのか……?」
俺の声は、震えていただろう。
だが、銀鈴は軽やかに笑う。
「ええ。とても素敵でしょう?」
その笑顔は、人を焼く火を「綺麗」と形容するような狂気だった。
人を人として見ていない何かの答えに思わず言葉がこぼれる。
「……まるで神様だな」
その言葉に、銀鈴はふと動きを止めた。
一拍の間を置いて、微笑みながら言う。
「神様? おかしなことを言うのね、ジェイ」
冗談でも聞いたように、くすくすと笑う。
俺が返事をする間もなく、彼女は続ける。
「人間って、よく神に祈るわ。命乞いする時にも神を呼ぶ。
拷問を受けながら『神よ、救いたまえ』と叫ぶ人間がいたわ。
子供を抱きしめて、『神様、この子だけは助けて』と泣く母親もいたわね」
懐かしい思い出でも語るように、銀鈴の瞳はどこか遠くを見つめていた。
「でもね、ジェイ? 全員死んだの。私が殺した。
神に救われた人間なんて、ただの一人もいなかった」
支配者の語る絶対的な真実に、思わず息を呑む。
「だから私は、神なんていないと知ってるの。
皆が呼ぶ神より、私の方がずっと多くの命を動かしていたもの。
――少なくともこの目で見た限り、神は、どこにもいなかったわ」
彼女は穏やかに笑う。
そこにあったのは、信念だった。
その笑顔は、心の底から信じている者のそれだった。
「そんな、ありもしない存在に縋るだなんて。かわいらしいと思うけれど、ふふ、少しおかしくって」
その笑みは祈りを覚えたばかりの人間に肩をすくめる超越者の笑みだった。
『神』など存在しない。
自分が見てきた現実の方が、よほど真理だと。
この女は本気で言っているのだ。
「それは――聞き捨てなりませんね」
だが、それを否定する声が響いた。
朝日を背にしてその男は現れた。
「どなたかしら。はじめまして、かしら? 人間さん」
銀鈴がやや首を傾げ、柔らかな笑みを浮かべる。
「人ではありません」
現れた男は、丁寧な口調ながら、どこか人を見下すような不遜さを隠さなかった。
その言葉は断定であり、宣告だった。
伊達に長年アビス暮らしはしていない。
この男が誰であるか、俺は知っている。
夜上神一郎。
死刑囚にして、神父。
受刑者でありながらアビス内で教えを説く――――。
「――――――『神』です」
■
夜が明けて、空が完全に白んだ頃だった。
炎と氷が交錯し、憎悪と信仰がぶつかり合った夜。
ジルドレイ・モントランシーとフレゼア・フランベルジェの衝突に端を発した戦いは、生命と超力の限界を超えて森を焼き尽くし、地を凍てつかせた。
その狭間で、二つの魂が異なる道を選んだ。
アルヴド・グーラボーンは、己の内に眠る怒りを選び、死をも厭わずに罪への償いを遂げた。
そしてフレゼア・フランベルジェは、最期の最期で怒りを捨て、初めて誰かを救うという喜びの中でその命を燃やし尽くした。
彼らの選択を見届け、導きを終えた神父・夜上神一郎は、生き残った少年と少女を残し、新たな罪人を求めて地獄の底を彷徨い歩いていた。
信仰なき末法の地で、神父の役目はまだ終わってはいない。
彼が審判を下した者たちは、それぞれの運命を受け入れ、超えるべき試練と対峙した。
だが、あの炎と氷の交差点の向こうには、いまだ審判を待つ罪人たちが監獄の闇に潜んでいる。
神父は振り返ることなく歩き続けた。
少年は、己の弱さを知りながらも戦いを選び取った。
そして少女は、過去に囚われた自身の心と向き合い、その命を懸けて少年を救おうとした。
あの場に残された二人は、もはや神の介入を必要とはしていない。
むしろ少女と向き合う事こそが少年の神と向き合うだ一歩である。
そう判断した夜上は迷わずその場を離れた。
彼が求めるのは、「神と向き合う資格がある者」。
人は迷いを抱えるときこそ、信仰を希求する。
救いとは、地に這う者にこそ意味があるのだ。
ならば神父は、その希望を見つけるために、地獄を歩き続けなければならない。
靴音を殺し、白く凍りついた大地の上を静かに進む。
森林地帯は、超力の残滓によってなおも歪み、凍土と化したその場所には、神の啓示にも似た微かな余韻が残されている。
夜上神一郎の動きに迷いはなかった。
それは神に導かれているからではない。
己の内にある「神」が、まだ飢えているからだ。
罪を裁くこと。
魂を揺さぶり、暴き、試練を課すこと。
その欲求が満たされるまで、彼は止まることができない。
そして今、その視界の先に、二つの気配を神は見つけた。
知った顔と、見知らぬ顔。
それらに向けて神父は神を名乗った。
「へえ……あなたが、『神』」
銀鈴は愉しげに目を細め、まるで上質な玩具でも見つけたかのように神父を見つめた。
その瞳は、気まぐれ一つで人の命を摘み取る捕食者のもの。
けれど夜上は、それに怯むことなくただ当然のように返す。
「ええ。神(わたし)が『神』です」
異様な存在と異様な存在が、言葉を交わす。
銀鈴の異質さは誰の目にも明らかだったが、夜上はそれに対して一歩も引かない。
己の中に確かな神を持てば、恐れるものなどないのだから。
「まぁ。私、神に会うのは初めてよ」
陶器のような白い肌に、黒いドレス。
銀鈴は子どものように手を叩き、楽しげな声をあげた。
踊るように優雅な足取りで一歩、二歩と軽やかに神父へと近づく。
その動きはまるで手を取り合ってワルツを始めるかのようだった。
「……っ!?」
驚きはジェイ一人のもの。
ジェイには、その瞬間何が起きたのか理解できなかった。
ただ、銃声が響いたことだけが現実として理解できた。
「止めておきなさい。無駄弾だ」
「あら? 目がいいのね、あなた」
気がつけば、銀鈴の手にはグロック19が握られていた。
神父は自身に向けられた銃口を手の甲で逸らし、放たれた弾丸を避けている。
殺気も気配もなく、それはごく自然な仕草の延長として放たれた殺意だった。
未来予知を挟む間もない、余りにも自然に行われた意識の外からの攻撃。
殺しを生業としていたジェイですら察する事の出来なかった攻撃を、神父は容易く回避している。
「私ね、たくさんの人間を殺してきたけれど、神を殺すのは初めてなの」
銀鈴はまるで小さな秘密を打ち明けるように、口角を上げた。
そして、踊るようにくるりと銃を回し、再び構え直す。
「神の中身がどうなっているのか、見てみたいわ。人間と同じ赤い血袋かしら?」
「ならば、自身の頭を撃ち抜くといい。万人の中に神はいる。もちろん、あなたの中にも」
夜上は恐れるでもなく静かに挑発めいた教えを説く。
狂気すれすれの哲学を、当たり前のように口にする。
「……ふふ、嫌いじゃないわ。そういう物言い」
少女の口元に愉悦が滲み、穏やかな言葉を再度響いた銃声が遮る。
だが神父は動かない。いや、動いたのは周囲の空気だけだった。
銃弾を紙一重で躱し、彼は掌で銀鈴の腕の動きを流す。
まるで舞でも踊るかのような、静かで美しい一連の動きだった。
(バケモンか……?)
遠巻きに二人を見ていたジェイが、思わず唾を飲み込む。
互いにまるで型に嵌められた舞踏でも踊るように無駄がない。
そして恐るべきことに、この二人はここまでの攻防に超力を使用していない。
この戦闘はあくまで人間の動作の延長で行われる。
だが、それは常人の域を明らかに逸脱していた。
銀鈴の攻撃には、殺意がない。
日常動作のように自然に行われる殺害行為は予測が困難だ。
だが夜上は、それを迷いなく見極め、避けている。
何のことはない。
夜上はそもそも予測など行っていない。
この男が行っているのは、ただ見てから反応するというそれだけの行為である。
『目』がいい。ただそれだけ。
だがそれこそが、銀鈴にとっての天敵だった。
ジェイはじっと二人の攻防をを見ていた。
息を殺しながら、それでも予知を張り巡らせ続ける。
視線を逸らしたら最後、次の瞬間には何が起きるか分からない。
繰り返される攻防の中、互いの動きが止まることはなかった。
銀鈴の舞うような動作の中に潜む殺意と、夜上神一郎の無駄のない応答が、ぴたりと均衡していた。
そう、膠着していた。
2万人を殺した攻撃に特化した女と、神の目もつ防御に特化した男。
通常の戦闘とは異なる、ある意味で神話のような静かな膠着。
異能も使われていない。ただ、それでも命のやり取りが続いている。
「いつまで続けるつもりですか?」
「そうねぇ。少し踊り疲れたかしら」
銀鈴は、まるで茶会でも終えた後のような軽やかさで答えた。
そしてあっさり攻撃の手を止め踵を返すと、ふわりと裾を揺らしながら一歩、二歩と距離を取る。
ふぅと息をついて、そのまま休憩するように肩から下げていたディパックに手を伸ばした。
まるでティーセットからポットを取り出すかのようなどこまでも上品で、どこまでも平和的な殺意とは無縁の動作。
張り詰めた緊張がほんの一瞬、緩んだ。
戦闘は終り、休憩のためにディパックから取り出した水でも飲むのかと、傍から見ていたジェイですらそう錯覚するほどに自然な仕草だった。
だが――未来が歪んだ。
(違う! 水じゃない……!)
ジェイの脳裏をイメージが駆け抜ける。
銀鈴の手が掴んでいたのは水ではなかった。
銀色に光る、小さな円筒。
催涙弾。
(撒く気か!? この場をひっくり返すつもりか!?)
銀鈴の目が、獲物を弄ぶ猫のように細められる未来。
白煙が辺りを包み、視界が奪われる未来。
その中で、彼女が誰をも殺せる――否、誰であれ殺すつもりでいるという未来。
戦況を見極めていたジェイの背筋に、冷たいものが走った。
このままでは、自分も巻き込まれる。
神と悪魔の狂宴に、名前すら残さず消される。
そして、気づけば声が喉を突き破っていた。
「ま、待った! ストップ! ストーップ! そこまでだ、銀鈴!」
叫んだ直後、ジェイは自分の愚かさに頭を抱えたくなった。
(バカか俺は……!? このバケモノが、俺の言うことなんて――)
だが。空気が、変わった。
銀鈴の手が、ディパックの中でぴたりと止まる。
夜上神一郎もまた、その鋭い視線を、わずかにジェイへと向けた。
沈黙が、流れる。
まるで――一瞬だけ、この世界の時が止まったかのようだった。
そして銀鈴は、柔らかく笑った。
白磁のような手が、ディパックから取り出したのは、銀色の筒ではなかった。
それは、食料パックに添えられていた何の変哲もないペットボトル。
カチリと音を立てて蓋を外すと、銀鈴はゆっくりと口元に運ぶ。
喉が鳴る音はしない。
それどころか、まるでその水すらも、銀鈴の意志に従って静かに沈んでいるかのようだ。
ジェイはその一連の動作を、唖然と見つめていた。
(……止まった? ……え? マジで?)
予知が外れたのではない、銀鈴が選択変えたのだ。
他ならぬジェイの行動で。
それは、まるで自分の言葉が鐘の音となって、舞台にいた役者たちの舞を一瞬だけ止めたような光景だった。
その事実にジェイは無意識に、ごくりと唾を飲み込んだ。
――止まった。
――言葉が届いた。
――意味が、あった。
それが、どれほど異様なことか、本人が一番よく理解していた。
冷たい汗が、首筋をつたう。
銀鈴の興味が続く限り生かされるという友達契約を交わしているジェイにとって銀鈴の注目を引くことは悪い話ではない。
だが、それも程度による。
注目をされすぎるというのも生存戦略としてはマズい。
暗殺者は付かず離れず無害を装うわなければならない、そうでなければ万が一の正気すらなくなってしまう。
銀鈴が、喉を潤しながらこちらを向いて、いたずらっぽく微笑んだ。
「ジェイったら、大声を上げてどうしたの? あなたも飲む?」
銀鈴は飲みかけのペットボトルを差し出す。
ジェイはそれを受け取る事も出来ず、喉を鳴らす事しかできなかった。
銀鈴はじっと彼の反応を観察し、小さな笑みを絶やさなかった。
彼女は答えを急かさず、まるで時間すら支配しているかのように悠然とその場に佇む。
静かな緊張がその場を包み込んだ。
その沈黙は、微かな風音と共に伸びていき、どこか非現実的な静謐さを生んでいた。
だが、その静寂を破ったのは、落ち着いた男の声だった。
「銀鈴さん、といいましたね。改めて、お話をしましょう」
先ほどまでの小競り合いを帳消しにするように、夜上神一郎が穏やかに声を上げた。
裁定者としての威厳含んだ声で、神の目は慎重に銀鈴を見つめる。
「いいわよ。あなたにも少し興味が湧いたもの。お話ししましょう」
銀鈴の笑みは相変わらず柔らかく、しかしその内に秘められた何かは、陽だまりに潜む蛇のように禍々しい。
天上の存在が気まぐれに人間と対話してやるかのような物言い。彼女の視線一つにすら、重さがある。
「誰の中にも――神はいます」
改めて、夜上が持論を語り始めた。
銀鈴という異常を前にしながら、変わらぬ自らの信仰体系を静かに、しかし確信に満ちた口調で語る。
「神とは、外から降りてくるものではありません。
人の内に芽吹くもの、欲望の果て、あるいは真理の探求の先に見出されるもの。
それを、『神』と呼んでいます」
銀鈴は黙って聞いていた。
ただ、目を細める――その目には冷笑も否定もない。
ただ純粋な好奇と観察だけが浮かんでいた。
「何が言いたいのぉ?」
「あなたの中にも、神はいる。そういう話です」
まるで舞台の上にでも立っているかのように、銀鈴は優雅に首をかしげる。
人間の言葉に真剣に耳を傾けているが、あくまでそれは“演目”の一つでしかない、そんな印象があった。
「あなたの信仰を確認がしたい。あなたはこのアビスで何を求めているのです?」
夜上の問いに、銀鈴は肩をすくめるように笑った。
その動作一つにすら、どこか異様な艶めきと神々しさが宿る。
「私、人間が好きなの。見るのも話すのも、壊すのも。
だから知りたいの新人類として。人間って、どこまで美しくて、どこまで愚かで、どこまで面白いのか――見届けたいのよ」
嘘ではない。嘘を見抜く夜上の超力『神の目』はそう告げている。
人間を試すという意味では銀鈴と夜上の方針は似通っている。
しかし、そこには致命的な違いがあった。
銀鈴は、人間をまるで標本のように観察し、実験し、壊すことで、その本質を暴こうとしている。
それは愛情でも憎悪でもなく、純粋な好奇心と欲望に基づくものであった。
一方、夜上は人間を試すことで、その中に眠る『神』を目覚めさせることを望んでいる。
彼にとって試練とは、魂を救済するための儀式であり、人間性の尊厳を引き出すための手段に過ぎない。
この致命的な違いがある限り、この2人は決して相容れない。
「それでね。そのためにブラックペンタゴンを目指していたの」
「どういうことです?」
最終目的と目的地、話がいまいち繋がらない。
こうして改めて自分の意思を伝える作業をしてこなかったためか、説明が下手だ。
「うーん。どう説明したものかしら、あそこには何かありそうじゃない?
そこで何かを見つけて、破壊したいのよ――――システムAを」
夜上の瞳がわずかに動く。
静かに放たれた言葉は、場の空気を引き締めるに足るだけの異物感を持っていた。
曖昧な根拠に、曖昧な推論を重ねているにもかかわらず確信を持ったような言葉。
「理由を訊いても?」
「ふふ、いいわよ」
銀鈴は人形のように微笑みながら、静かに答える。
「だって、あれには私の超力が使われているもの」
「……は?」
突拍子もない発言に思わず横からジェイが声を上げる。
冗談ではなく、彼女は本気でそう思っている。
その事実を、夜上はじっと見つめていた。
「あなたの収監はいつからですか?」
「うーん。あまり正確には覚えてないけど、12の時だったから8年くらい前かしら?」
「ならそれはおかしいですね。システムAの稼働はそれ以前からある。それこそアビス設立以前からあったと認識していますが」
夜上は事実を突きつけるように声を発した。
制御不能な力を持つ凶悪犯を御するアビスの設立と超力を制御できるシステムAは切っても切り離せない。
携帯化が最近試験的にアビスに導入されたというだけで、各地の治安維持のために昔からGPAによって導入されている。
「知っているわ。私もそれで捕らえられた口だもの。でも、私の超力の一部が使用されているのは事実よ」
「ふむ…………」
夜上の右目が細められる。
銀鈴の言葉に偽りはない。
彼女は、自分の超力が『システムA』に関係していると、純粋に信じている。
「なるほど。あくまで確証はないが、あなたはそう感じているということか」
夜上は、納得したように小さくうなずいた。
真実だと本人が信じていれば嘘にはならない、このような事例はよくある話だ。
もはや事実の裏付けよりも、信念の方が重要であると見切ったのだろう。
「あら、失礼ね。根拠はあるわよ」
不満げな銀鈴の声には、どこか確信めいたものがあった。
「そもそも、『秘匿受刑者(わたしたち)』は超力をシステム化するために集められた連中なんだから」
夜上をして知らぬ『秘匿受刑者』の目的。
これにはさすがの夜上の目も驚きに見開かれた。
「つまり、『秘匿受刑者』はシステムAを完成させるための研究材料だった。と?」
「さてね。そこまでは知らないわ」
その言葉を受け、夜上は話の真偽を考える。
システムA自体は8年以上前から、それこそ開闢の直後からGPAにより運用されている。
だが、枷による携帯化が実現したのはここ数年の話だ。
それはつまり現在進行形で研究は進められていると言う事。
銀鈴の超力がシステムの効率化に使用されたというのならない話ではない。
「否定できるほどの材料もない、ですね」
詳細は知らずとも『秘匿受刑者』という枠組みがあることは夜上も知っていた。
だが、そもそも存在が秘匿されたアビスの中で誰から、何を『秘匿』するのかという疑問はあった。
犯罪者の収監という枠を飛び越えて、人体実験めいた行為が行われているのなら、それは納得できる答えではある。
それをこんな刑務作業に放り込んだと言う事は、もうシステムは完成して『秘匿受刑者』の役目は終えたと言う事だろうか。
ともあれ考えても答えの出るものでもない。
何より、面白い話ではあるがこの場では余り関係のない話だ。
夜上にとって重要なのは、目の前の相手が救うに値する者か、断ずるに値する者か裁定を下すことである。
「信じますよ銀鈴さん。あなたの話を。つまりあなたは自身の力が利用されているシステムAを破壊したいと?」
「ええ。だって、気持ち悪いじゃない。私の超力(もの)を他人が利用しているだなんて」
「ほう。それはつまり」
「ええ、アビスの連中も無茶苦茶にしてあげたいの、私」
花のような笑顔で展望を語った。
受刑者たちを縛るシステムAそのものを排してアビス自体を転覆させる。
彼女の目は刑務作業などという小さな出来事を始めから見ていない。
「なるほど、おおよそわかりました」
神父はまるで裁きを下す裁定者のように告げる。
これまでのやり取りと、観察を行い、神父は銀鈴という女を理解した。
「――――――あなたは確かに、己の中の『神』と向き合っている。
それが神と理解してないだけだ。その執着、感情、破壊への偏執。それは信仰と呼ぶに足るでしょう」
迷いなく己を信じ、目的を遂行している。
そう言う意味では銀鈴という女は誰よりも己が神の声に従っていた。
「よくわからないけど、嬉しいわ。神に認められるなんて、そうそうないことよね?」
言葉とは裏腹に銀鈴は飴玉でも舐めるような軽さで言ったが、夜上はその言葉に取り合わず言葉を続ける。
「だが――――その神は、理を歪め、理性を濁らせる、外なる神に酷似した悪神だ」
「あら。御眼鏡には適わなかったと言う事かしら?」
「ああ。残念ながら、あなたは神(わたし)にも救えぬものだ」
その言葉には、どこか鎮痛なる響きがあった。
『救う』か『救わぬ』かではなく夜上をして匙を投げる『救えぬ』存在。
夜上の視線が、銀鈴からすっと横滑りする。
「むしろ、神(わたし)の興味はあなたにあります。ジェイ・ハリックさん」
不意に名を呼ばれ、ジェイはびくりと肩を震わせた。
身体が条件反射のように緊張をはね上げる。だが、その声には怒気も、威圧もなかった。
まるで、迷子の子供に声をかけるような、静かで、包み込むような温度があった。
「私とのお話は、もう終わりなのかしら?」
自分を前にして、他の者に興味が移るなんて経験は銀鈴にとって初めてだったのかもしれない。
唇をほんの少し尖らせ、不機嫌そうな仕草を見せる。
それは可憐な少女のようにも見えたが、底知れぬ深淵を孕んだ刃のような美しさがあった。
夜上はそれに一瞥だけ向け、やんわりと受け流すように、視線をジェイに戻す。
このアビスにおいて、銀鈴という存在を前にそのような態度をとれる者は、おそらくこの神父だけだろう。
「あなたには――迷いが見えます」
夜上の声は静かだが、言葉に宿る熱量は明確だった。
それは「諭す」でも「責める」でもない、ただまっすぐに「見ている」と告げるものだ。
「あなたは、その迷いと向き合い、救いを得るべきだ。神(わたし)は――その助けになりたい」
ジェイの心に、夜上の言葉が染み入る。
迷いを持つ者にこそ、救いの価値はある。
神父にとっては、すでに完結している銀鈴よりも、まだ迷いの中にいるジェイの方が己が救いを与えるべき対象だった。
ジェイの制止の言葉に神父が従ったのはそういう理由からだ。
「あなたの中にも、『神』はいるのですよ。けれど――あなたは、それと向き合おうとすらしていない」
夜上の言葉に、ジェイの顔がわずかに引きつる。
「可能性を恐れ、怒りに縋り、過去の影に囚われ……あなたは、自らを殺しているのではありませんか?」
言葉は大きくない。けれど鋭く深く、ジェイの心を突き刺す。
銀鈴の異質な存在感すら霞むような、夜上の言葉がジェイの中の何かを揺さぶっていた。
「あなたは、自分の足で歩いているようで歩いていない。その実、流されているだけだ。
恐怖に。怒りに。そして過去と言う名の亡霊に」
「……俺は」
ジェイはその言葉を否定できなかった。
自分が色々なものから目を背けていることに自覚がある。
だからこそ夜上からすれば救いの見込みがある、極上の獲物だ。
「では、問います。あなたは、このアビスの地で何を選び、何を捨て、何を信じて生きるつもりなのか」
静かだが重い問い。
それは、選ばされるのではなく、自ら選ぶように強いる問いだった。
「答えられませんか。それもまた、選択です。
ですが、迷いを断ちたいと願うならば、自ら一歩を選び取らねばならない」
一歩。夜上が歩み寄る。
けれど、手は伸ばさない。言葉だけが、彼の差し出す唯一の手だった。
「何、を……?」
選べというのか。
その答えは、未来を見るまでもなく、すぐに告げられた。
「――神と共に行くか、悪神と共に行くのかですよ」
夜上と行くか、銀鈴と行くか。選択肢を突き付ける。
苦難を持つものに試練を与える審判者の問いかけだった。
だが、さすがにこれには銀鈴が横か口を開く。
「あら? 私からお友達を奪おうっていうの?」
微笑みは変わらない。だが、口元にわずかな翳りが浮かぶ。
自らの所有物を奪おうとする相手をこの女は許しはしない。
「彼の決断は彼のモノだ。神はそれを助けるまで。
あなたが彼を友と称するなら、その選択を尊重できるはずでしょう?」
「ふふ。まあいいわ。ジェイが私を選ばないなんてあるはずがないものね?」
言葉に棘はない。甘く柔らかな声だ。
ほんのひとひらの疑念を差し挟む隙すらなく、彼女は本気でそう思っている。
選ばれるのが当然。選ばれないなど想定していない。彼女はそういう世界で生きてきた。
だが、その言葉を聞く者は違う。
彼女が万が一拒絶されたとき、どうなるのかは誰にもわからない。
殺すとも言わず、脅しもしない。それでもこの場にいる誰もが、寒気のような予感を覚えていた。
「さぁどうぞ、選んで。ジェイ」
その微笑みは、舞台に立つ王が民の忠誠を待つようだった。
優雅に、静かに、圧倒的な支配とともに。
夜上は一歩、銀鈴とジェイのあいだに立つ。
「周囲など気にせず、己が神の声に従うのです。
その選択が何を引き寄せようとも止めてみせましょう。それが神の役目です」
淡々と告げられたその声は、裁きを下す審判のように冷ややかで、そして誰よりも慈悲深かった。
そして、再び夜上が口を開く。
「さあ――ジェイ・ハリック。迷える子羊よ。選ぶのです。
悪神と共に進むのか、それとも神(わたし)と共に歩むのか。
――――――あなたの神は何を選ぶ?」
選べ。神に与えられた問いかけが、刃のように突きつけられる。
銀鈴を抑えられる神父がいるこの場は千載一遇のチャンスだ。
神父と共に行けば、銀鈴という怪物から安全に離れることができるだろう。
だが、逃げるだけが目的なら、この2人がやり合ってる間に逃げればよかったのだ。
それでも、ジェイは今もこの場にいる。
だというのに、なぜジェイは留まったのか。
短期的な未来しか見えないジェイには、遠い未来などわからない。
選択の先の最終的な結末などわからない。
そういうのは兄(エドワード)の領域だった。
ああ、その兄は、愚かな弟の未来を────
──耐えろ、ジェイ。己を見失うな──
────なんと語っていたのだったか?
ジェイはゆっくりと息を吸い込んだ。
その胸の奥に渦巻くものは、恐怖か、怒りか、それとも未だ癒えぬ後悔か。
「……俺は」
言葉が喉の奥で詰まりかけたが、目を逸らさずに前を見据える。
その視線の先には、すべてを見透かすような夜上の眼差しと、どこまでも優雅に微笑む銀鈴の姿。
「俺は――――銀鈴と行くよ」
その言葉に、銀鈴の微笑みが深くなる。
まるで、最初からそうなることを知っていたかのように。
「いい子ね、ジェイ。やっぱり、わかってると思ってたわ」
銀鈴の微笑みは、すべてを手にする者のそれだった。
それは運命が彼女に与えることを拒まない、絶対者の笑み。
拒まれたことがない者の、純然たる支配者の眼差しだった。
「よろしい」
選ばれなかった夜上は小さく頷き、ゆっくりと両手を胸の前で組み合わせた。
その仕草に落胆はない。
それよりももっと素晴らしいものに出会ったような表情をしていた。
「その選択を祝福しよう」
その言葉は、決して皮肉ではなかった。
むしろ、深い慈しみと敬意を込めて放たれた祈りである。
ジェイは耐え忍ぶ道を選んだ。
怪物の傍で耐え忍び、いつかその牙を届かせる時を待つ。
そんな辛く困難な道を。
「その道を祝福しましょう。自らの意志で歩むと決めた、それこそが救いの第一歩なのです。
たとえ、その道が苦悶と血の泥に塗れていようと、歩みを止めないかぎり、人は堕ちきらない。
その目で見て、その足で歩み、その手で選びなさい。あなたが最後に何を掴むのか――それを神は、楽しみにしています」
祝福を述べる神父の口元にわずかな笑みが浮かんでいた。
ジェイの中に、まだ見ぬ信仰の種子を見たからだ。
裁定を終えた神父は振り返ると朝霧の中へと身を投じていった。
淡く光を帯びた空が、彼の背を照らしている。
それは、まだ誰にも祝福されていないこの地の夜明け。
神父は行く、神の救いを求める新たな罪人を求めて。
【E-3/草原/1日目・早朝】
【ジェイ・ハリック】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(中)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き延びる。チャンスがあれば恩赦Pを稼ぎたい。
1.銀鈴の友人として振る舞いつつ、耐え忍んで機会を待つ。
2.呼延光、本条清彦、バルタザール・デリージュ、銀鈴に対する恐怖と警戒。
【銀鈴】
[状態]:疲労(中)
[道具]:グロック19(装弾数15/19)、デイパック(手榴弾×3、催涙弾×3、食料一食分(水を少し消費))、黒いドレス
[恩赦P]:4pt
[方針]
基本.アビスの超力無効化装置を破壊する。
1.ジェイで遊びながらブラックペンタゴンを目指す。
2.人間を可愛がる。その過程で、いろんな超力を見てみたい。
※今まで自国で殺した人物の名前を全て覚えています。もしかしたら参加者と関わりがある人物も含まれているかもしれません。
※サッズ・マルティンによる拷問を経験しています。
※名簿で受刑者の姓名はすべて確認しています。
※システムAに彼女の超力が使われていることが真実であるとは限りません。また、使われていた場合にも、彼女一人の超力であるとは限りません。
【夜上 神一郎】
[状態]:疲労(小)、多少の擦り傷
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.救われるべき者に救いを。救われざるべき者に死を。
1.なるべく多くの人と対話し審判を下す。
2.できれば恩赦を受けて、もう一度娑婆で審判を下したい。
3.あの巡礼者に試練は与えられ、あれは神の試練となりました。乗り越えられるかは試練を受けたもの次第ですね。誰であろうと。
※刑務官からの懺悔を聞く機会もあり色々と便宜を図ってもらっているようです。
ポケットガンの他にも何か持ち込めているかもしれません。
最終更新:2025年06月02日 23:53