森は、逃走に適した場所ではない。
月明かりは幾重もの葉に遮られ、地表まで届かない。視界は常に断続的で、数歩先すら判然としない。
転がる石、張り出した根、湿った落ち葉。足場は不規則で、速度を殺す要因しか存在しない。
一歩踏み外せば体勢を崩し、次の瞬間には致命的な遅れを生む、そういう場所だ。
だが――それは逃亡者がまともな人間であればの話だ。
転がる鉄球には適用されない。
鉄球は、木々を薙ぎ倒しながら森を突っ切っていた。
悪路など意にも介さない。むしろ地面を均すように、進路上の全てを破壊していく。
幹が砕け、枝葉が夜気に舞い上がる。
根ごと引き剥がされた樹木が弾き飛ばされ、地面は抉れ、削られ、踏み固められていく。
そこに残るのは獣道ですらない。ただ、暴力が通過した痕跡――戦場の爪痕だけだ。
その後ろを、ネイ・ローマンが追う。
ローマンの脚は止まらない。
枝を踏み、幹を蹴り、崩れた地面を跳び越えながら、速度を一切落とさずに迫る。
視界の悪さも、足場の乱れも、ネイティブの最高峰たる彼にとっては障害にならない。
今のローマンに、抑え込むべき感情はない。
愛を知り、絶望を越えた彼は、すでに感情を制御する術を得ている。
第二段階に至った今、怒りは暴走ではなく前へと進む推進力だった。
足裏に意識を集中させる。
地形、硬度、踏み込みの角度を瞬時に測る。
次の一歩に、感情を上乗せする。
踏み込みが、爆ぜる。
地面が砕け、身体が前方へと射出される。
衝撃波の余波が周囲の木々を揺らし、森全体が軋むような低い悲鳴を上げた。
距離は、一瞬で消えた。
転がる鉄球の背後に張り付くように、ローマンは並走する。
その最中、流れ始めた放送が聞こえ始めた。
内容は耳に入るが、意識は向けない。
要点だけを無意識に拾い、判断は後回しだ。
今は、目の前の標的だけでいい。
「もらった――――」
駆け抜けながら、拳を引く。
狙いは一点。高速回転する球体、その中心。
「――――――死ね」
殺意を、解き放つ。
赤黒い衝撃が炸裂した。
触れるもの全てを貫く、渦を巻きながら直進する矛盾した線。
轟音と共に空気が潰れ、夜の森が赤に弾ける。
剛鉄の球体はその中心を貫かれる。
貫かれたまま回転する鉄球は、真っ二つに両断される。
二つに分かれた半球は勢いを残したまま別方向へ、木々を薙ぎ倒しながら夜の森へと転がっていた。
暫し進んでバランスを失い倒れて止まった。
中身ごと貫く、完全破壊。
ローマンは着地と同時に踏み込み、崩壊した球体へと向かう。
別れた半球。鏡面のような断面を見つめ――そこにいるはずの存在を確かめる。
片方を確かめ、もう片方へ、だが。
「…………ちっ!」
短く舌を打つ。
どちらにも中身がない。
ハズレだ。
鉄屑は液状へと変質しながら力を失っていく。
役目を終えた残滓のように崩れ落ち、地面へと染み込むように消え、そこには核も残らない。
闇の気配も、あの忌々しい存在感も――欠片一つ、残っていなかった。
「クソが……ッ」
苛立ちを叩きつけるように地面を蹴る。
衝撃が走り、土と枯葉が爆ぜて宙を舞った。
完全にしてやられたという事実が、ローマンの神経を逆撫でする。
だが、癇癪はそれで終わりだ。
外れたのは結果論に過ぎない。
迷ったとしても、同じ結論に至っただろう。
後悔は、何の足しにもならない。
視線は自然と、今しがた駆け抜けてきた森の西側へ向く。
考えるべきは一つ。
本命は、あちらだ。
今度こそ逃がさない。
そう決意し、ローマンは踵を返そうとする。
再び地を蹴り、追撃を再開する――だが、その前に。
「おい、こっちは急いでんだ。用があるなら、さっさと出てこい」
振り返らず、背後に向かって声を投げた。
■
放送が終わると同時に、夜の草原に静寂が戻った。
人工的な声が途切れた瞬間、世界は息を吸い直したかのように静まり返る。
風に揺れる草の擦過音だけが、何事もなかったかのように空間を満たし、夜は再び自然の顔を取り戻した。
嫌味ったらしいヴァイスマンの声の余韻だけが、薄い膜のように耳の奥へ貼り付き、剥がれずに残っている。
鑑日月は背筋を伸ばし、顎をわずかに引いた姿勢のまま歩いている。
重心は常に体の中心にあり、歩調は乱れない。
追い詰められた受刑者というよりも、すでに照明の当たる位置を把握したアイドルのそれだ。
月光を踏みしめる一歩一歩が、草原の起伏を均し、夜の景色を『舞台』へと塗り替えていく。
「ずいぶんと……露骨にエリアを狭めてきたわね」
日月が零した言葉は、感想というより演出に対する総評のようだ。
少女たちの名が呼ばれた事に対する感想などない。
少女たちを男と同行している時点で、それに対して何かを言う資格は既に失われている。
「隠れる余地を削り取って、全員を舞台に引きずり出す……か。終幕に向けた演出としては、妥当な物だろうね」
背後で、氷月蓮が小さく笑う。
乾いた、感情の温度を感じさせない声だった。
ここまで来れば、もはや心理戦ですらない。
盤面を圧縮し、移動を強制し、逃げ道を潰す。
残った者を、ただ狩り立てるだけの段階だ。
これほどまでに行動範囲を削られ、なおかつ居場所を把握されている状況で、ジョーカーから逃げ切ることなど不可能に等しい。
日月は足を止めず、背後の氷月を冷ややかに睨み付ける。
同じ脅威に晒されているはずだというのに、彼の態度はあまりにも他人事だった。
二人の歩調は揃っている。
だが、視線の向きはまるで違っていた。
日月は前だけを見ている。
舞台の正面、これから立つべき場所を。
一方の氷月は、草原でも空でもない、何もない空間を眺めていた。
まるで世界全体を俯瞰する座標でも見ているかのように。
「それで? あなたが言っていた『答え合わせ』は、どうだったのかしら」
皮肉を含んだ問い。
だが氷月は意に介した様子もなく、夜風に息を溶かすように吐いた。
「そうだね……その前に、一つ話しておくべきことがある」
「……なに?」
日月は端正な眉をわずかに顰め、警戒を隠さず問い返す。
この男が改まって切り出す話に、ろくなものがあった試しはない。
だが、問いを投げた以上、耳を塞ぐという選択肢はなかった。
「ま、見てもらった方が早いか」
そう言って氷月は手元のデジタルウォッチを操作する。
次の瞬間、何もない夜気の中に半透明の地図が浮かび上がった。
日月は一瞬、首を傾げる。
今さら地図など表示して、何の意味があるというのか。
禁止エリアの最終確認かとも思ったが、その機能は全受刑者が共有している。
わざわざ、ここで見せる理由がない。
「これは…………」
だが、地図を見た瞬間、言葉が喉で止まった。
地図上にはいくつもの光点が表示されている。
その一つ一つに、タグのように参加者の名前が添えられていた。
先ほどの放送内容と照らし合わせれば、それが指し示す意味は一つしかない。
「僕はアビスから役割を任された『ジョーカー』だ。
その特権として、被験体:Oと同じように、参加者の現在位置が分かるようになったらしい」
氷月は、いつもと変わらぬ声音で告げる。
誇示も、ためらいもない。
事実を、事実として並べているだけだった。
「……そういうこと」
一瞬、夜の空気が張り詰める。
日月の声は感情を噛み殺したものだった。
驚きはない。あるのは、苦々しい納得だけだ。
氷月が足止めに向かった日月を無視し、叶苗たちの居場所を正確に把握していた理由。
その違和感が、ようやく腑に落ちた。
「どうかな? 納得は出来たかい? それとも受け入れがたいかな?」
試すような問い。
あっさりと様子だが、これを開示したのは氷月にとても相当なリスクだろう。
この情報を隠したままでは、せっかくの特権を生かしきれない。
そう判断して、情報を開示して判断を日月に委ねたのだ。
廃墟にいた頃、この事実を突きつけられていれば、確かに別の反応をしただろう。
聖女に託された少女たちのために、この男を排除しようと動いたかもしれない。
だが――今となっては、詮無きことだ。
「――構わないわ。使えるなら、それでいい。
演者に渡された小道具が、たまたま便利だった。それだけの話よ」
感情を挟まない即断だった。
その答えに、氷月は満足そうに笑みを浮かべる。
「そう言ってくれると思ってたよ」
二人の間にあるのは、信頼ではない。
人間としてではなく、互いを道具として利用し合うという、冷え切った契約だけだ。
感情や倫理などどうでもいい話だ。
「そんなことより重要なのは、今、どんな盤面かよ」
振り切るように後ろ髪を払いつつ、日月が言う。
氷月は頷き、地図へと視線を落とした。
「本命のジャンヌは南の方だね、少し距離がある。
向こうも動いてはいるようだが、すぐに交差する位置じゃないね」
日月も同じ地図を睨み、わずかに眉を寄せる。
「いきなり主賓相手に本公演とはいかない、という訳ね」
「そうだね。まずは手頃な相手で調整(リハーサル)といこう」
氷月は、プロデューサーのように方針を決める。
日月に必要な恩赦ポイントは400。
最低でも四人、下手をすればそれ以上を殺さねばならない。
元より、ジャンヌ一人では足りない。他の標的も狩る必要があった。
そして今、手元には生存者全員の位置情報がある。
この情報があれば、ちょうどいい相手をいくらでも見繕える。
氷月は地図を眺め、一つの光点を指でなぞる。
「こちらに近づいてくる反応が一つある。
移動系の超力かな……凄まじい速度だ」
何かを追っているのか、あるいは逃走中なのか。
光点は、森の中を異常な速さで移動している。
日月の視線が鋭くなる。
表示された名前を、じっと見つめる。
「ネイ・ローマン……知らない名ね」
近づいてくるのは日月の知らない名だ。
日本の裏社会ならまだしも、ニュースに出るような表に知られるような大物であれもなければ、海外の裏事情までは明るくはない。
日月のその反応に氷月が僅かに思案した後、小さく笑った。
「なら、都合がいいね。
単独行動で、こちらに向かってきている。今の君の性能を確かめるには、絶好の相手だ」
氷月が言う。
言われるまでもなくそのつもりだったのか、日月もまた口角を上げた。
それは新しい舞台が決まった時の、それだ。
「とはいえ、ここまで生き残って、この状況で単独行動している相手だ。油断はしない方がいい」
「分かっているわ。舞台を前に、手を抜くような真似はしない」
最低限の注意を交わし合う。
こうして『完全偶像(アイドルマスター)』鑑日月の初戦(デビューライブ)の相手は、決まった。
「それに当たって、一つ提案があるんだが」
来るべきデビューライブに向けて、そう氷月が切り出した。
■
「おい、こっちは急いでんだ。用があるなら、さっさと出てこい」
ネイ・ローマンは、薄暗い夜の森へ向けて声を投げた。
折れた枝と踏み荒らされた下草の隙間から、月と星の光がまだらに差し込んでいる。
先ほどまでこの場を蹂躙していた破壊の余韻は、粉塵と湿った土の匂いとなって空気に重く滞留していた。
荒い呼びかけは、時間をかける余裕がないという意思表示そのものだった。
だが、返答はない。
(……花?)
代わりに、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
森に自生する花のものではない。
人工的に調整された、甘ったるい香水の匂いだ。
次いで、軽い足音。
落ち葉を踏むには軽すぎる。それでいて、不思議と耳に残る規則的なリズム。
視線を引き寄せるようなその音の先で、彼女は姿を現した。
それは――殺し合いの場には、あまりにも場違いな存在だった。
白と黒を基調としたアイドル衣装。月光を弾く小さな靴。
過剰なまでに整えられた舞台メイク。
星の光を反射する装飾が、森の闇の中で不自然なほど鮮やかに浮かび上がっている。
時間は限られている。
ローマンは今すぐ踵を返し、キングの追撃に戻らねばならない。
――だが、身体が動かなかった。
目の前の女は、無視できない。
敵意とも殺気とも違う。
それでもネイ・ローマンに『背を向けるのはまずい』と思わせる、得体の知れない存在感があった。
さらに、視界には入らない奥にもう一人潜んでいる。
その存在をローマンは見落とさなかった。
こちらを観察している気配はあるが、奇襲に出る雰囲気はない。
コンビで動いているのは確かだろう。
だが、囮や狙撃、挟撃の線は薄い。
前に立つこの女が主――戦闘を担うのはこちらだと、ローマンは判断した。
戦場から浮いた、異物のような女。
だが、この衣装や香水が、この島でどのような代価を払って手に入るものか。
それを理解しているからこそ、油断はできなかった。
「よぅ。ずいぶん目出てぇ格好だな。パーティでもあるのか?」
探るように声をかける。
しかし、反応はない。
ローマンは眉をひそめる。
聞こえていないはずがない。
だが、女――鑑日月は、こちらを見ていなかった。
視界には確かにローマンを捉えている。
それでも、意識は別の場所にある。
「……thu, ta, ta」
女は小さく呟く。
耳につけたイヤホンから流れる音楽に、完全に意識を委ねている。
閉じられた世界の中で、指先と足裏だけがわずかに動き、一定のリズムを刻んでいた。
呼吸は深く、乱れがない。
外界を遮断した、徹底した自己集中。
その様子を見て、ローマンは理解する。
恐らく、自己暗示をトリガーとする超力だ、と。
脚本通りに世界を動かす『役者崩れ(カーテン・コーラー)』。
妄想を現実に引きずり出す『妄想癖(ファンタズム・オーバー)』。
自身の信じたヒーロー像の身体能力を得る『英雄願望(ヒーロー・コンプレクス)』。
マフィアやストリートで、同系統の能力者は何人も見てきた。
外界を切り捨て、自分だけの世界に沈み込むことで力を最大化するタイプ。
戦場にそぐわない衣装も、舞台めいた振る舞いも、そのための演出装置と考えれば筋は通る。
その間にも、日月の身体は静かに動いていた。
草を踏みしめる感触すら、音楽の一部として取り込むかのように。
「ま。どうでもいいさ。急いでるんだ。道を空けろ」
それは交渉ではない。
どかなければ排除するという、殺意を籠めた宣告だった。
ローマンの全身から赤黒い衝動が滲みだし火花のように弾ける。
空気が震え、圧が森へと滲み出していく。
目に見えないはずの殺意が、空間そのものを押し潰していく感覚。
その圧を受けて、初めて――鑑日月はローマンを『認識』した。
だが、その視線に敵意はない。
獲物を見る目でもない。
舞台袖から、観客席を見下ろすような、どこか距離のある眼差しだった。
「……道?」
日月は小さく首を傾げる。
言葉の意味を測りかねているというより、本気で理解していない仕草だ。
きょとんとした表情のまま、周囲を見回す。
「ここは……私の舞台よ?」
その一言に、ローマンの背筋を冷たいものが走る。
冗談でも、挑発でもない。
この女は、本気でそう信じている。
強烈な自己暗示。
この森、この空間、この時間――すべてを『舞台』だと、疑いなく受け入れている。
日月にとって、ここはステージ。
主役であるアイドルが、中心を譲るなどあり得ない。
「……そうかい」
出来上がった舞台を乱暴に踏み荒らすように、ローマンは一歩、踏み出す。
舞台を蹂躙する――舞台荒らしとして。
「だったら――――その舞台ごと、壊してやるよ!」
衝撃波が放たれた。
拳が振り抜かれた瞬間、空気が圧縮され、限界を超えて潰れる。
解き放たれた暴力。
圧縮された破壊衝動は、赤黒い衝撃となって一直線に突き進む。
時間をかけるつもりはない。
初手から殺意を籠めた、加減なしの一撃。
避けさせる意図も、牽制も存在しない。
当たれば終わり。それだけを目的とした一撃である。
余波だけで樹木は根元からへし折れ、地面は捲れ上がる。
爆音が一拍遅れて追いつき、森全体が悲鳴のような軋みを上げた。
進路上にあるものは、岩も土も、空気ですら――等しく破壊される。
そこに防御という概念は存在しない。
その破壊の正面に、鑑日月は立っていた。
終わりが目前に迫っているにもかかわらず、彼女は静謐だった。
偶像は音楽に身を委ねるように、ステージに立つ者として、静かにステップを踏む。
重心を移し、つま先で地をなぞり、身体を回転させる。
拍を外さず、正確なリズムで回転する。美しいペンシルターン。
白と黒の衣装が弧を描き、髪が月光を弾き、装飾が星のように瞬く。
そこにあるのは、戦闘動作ではない。
徹頭徹尾、アイドルとしての『ダンス』だった。
衝撃波が迫る。
圧が空気を引き裂き、熱を帯びた破壊が、彼女の目前へ到達する。
――だが。
その衝撃は、彼女の回転に沿うように、滑らかに逸れた。
身体の側面をなぞるだけで、致命的な接触を拒み、背後へと流れていく。
あり得ない。
ローマンの衝撃波は、触れて受け流せる類のものではない。
第二段階(プレシード)へ到達したローマンの『Liberty or Death』はあらゆる防御を貫通する。
触れた瞬間、対象を蹂躙して破壊する、絶対的な暴力。
受け流すなど、出来るはずがない。
――だが、現実には出来てしまっている。
ならば、考えられる答えは一つしかない。
――――物理現象そのものが、書き換えられている。
自己暗示を起点とした、世界改変型。
ローマンは即座に相手の危険度を上方修正する。
ローマンの放った災害級の暴力と、日月の踏み出した一歩の優雅さ。
戦場に立つ者と、舞台に立つ者。
両者は同じ場所にいながら、立っている次元が決定的に異なっていた。
鑑日月の認識において、この場は戦場ではない。
ここは『舞台(ステージ)』。
彼女は『偶像(アイドル)』。
衝撃波は照明のように彼女の横を掠め、
演出の一部として、背景へと溶けていった。
――舞台は、まだ壊れていない。
舞台の上で、アイドルが舞っている。
自らの輝きを観客へ届けるかのように、一歩、また一歩と前へ進む。
つま先で軽く跳ね、スカートを翻しながら身体を半回転。
腕は大きく振り回さず、いったん胸元へ寄せてから、花が咲くように開く。
リズムに合わせて首を傾け、視線を切り、笑顔を残したまま次のステップへ。
妙な動きだった。
バレエではない。ヒップホップでもない。
ローマンの知るどのジャンルにも当てはまらない。
優雅さを誇示するための動きではない。
見る者の視線を掴み続けるために計算し尽くされた、愛されるためのダンスだ。
日本のアイドル文化など知る由もないローマンにとって、それは完全に未知の動きだった。
だが、目を奪われそうになる理由は超力ではない。
純粋に――日月のアイドルとしての完成度によるものだ。
「だからって、他の女に目移りする訳にもいかねぇんだよ……っと!!」
自分を叱咤するように、ローマンが踏み込み、衝撃波を解き放つ。
日月が衝撃の方向を受け流せるとしても、絶対的な貫通力を持つそれを、正面から受け止めることはできないはずだ。
ならば――真正面から、ぶち抜くのみ。
『――半拍置いて、左に回り込んで。そこから前にステップ』
音楽に混ざり声が聞こえた。
その声に日月は寸分の迷いもなく従う。
半拍遅れて身体をひねり、滑るように踏み込み、衝撃波の縁をかすめる。
破壊の圧が頬を撫でるが、触れることなく消費されていく。
ローマンの放った暴力は攻撃ではなく、照明と音響を伴う演出として処理され、日月の背後を抜けて森を抉った。
『そこから右に切り返して大きく一歩』
日月の耳元――イヤホンから、低く落ち着いた声が続いている。氷月の声だ。
茂みに身を潜め、戦況全体を俯瞰しながら、氷月は特権ポイントで購入したマイクを通じて、日月へ指示を送り続けていた。
楽曲の中に割り込む第三者の声など本来であれば、集中を阻害するノイズでしかない。
だが、日月にとってそれは日常だった。
本番中、イヤモニ越しに振り付けの修正や立ち位置の指示が飛んでくる環境に、彼女は慣れきっている。
むしろ――演目が進行しているという実感を、より強くする要素ですらあった。
氷月の超力『殺人の資格(マーダー・ライセンス)』は、殺すための最適解を提示する能力だ。
どこを通り、どう動き、どの瞬間に手を下せばいいか。
殺人に至るまでの最短かつ最適なルートを、明確な形で可視化する。
ただし、それは本来、氷月自身が殺す場合にのみ成立する能力だ。
他者の行動に、そのまま適用できるものではない。
だが、氷月と日月の関係は、人と人の協力ではない。
互いを『道具』として扱うという、冷え切った契約関係だ。
互いを道具として扱うのであれば、これは鏡日月という道具を氷月蓮が使って行う殺人である。
そう解釈することもできるだろう。
氷月が見ている自分自身の殺人ルートを、そのまま『指示』として日月に流し込む。
殺意は言語化され、分解され、舞台指示へと再構成される。
「……ちょこまかと」
ローマンは舌打ち一つで踏み込みを切り替える。
踏み込みと同時に、苛立ちを高めさらに威力を上げる。
第二段階の出力を抑えない。
より強く、より凝縮した衝動を解き放つ。
地面を強く蹴り、角度を変えて連続で拳を振る。
左右に散らし、高低を織り交ぜ、舞台そのものを削り取るような連射。
森ごと、舞台ごと壊す前提の圧殺だ。
一本一本が即死級の赤黒い衝撃が、日月の前後左右を囲む。
樹木が弾け、地面が抉れ、退路が次々と潰されていく。
回避するほど、舞台は狭くなる。
衝撃波が地表を這い、爆ぜた土砂が日月の足元を跳ねる。
舞うための余白を、力ずくで削り取る。
『次は斜め前に半歩。体を開いて、重心を落とせ』
冷静に舞台で踊るアイドルは、それをなぞる。
暴力と死の嵐の中で、唯一の安全圏を選び取るようにステップを踏む。
それは結果として、相手を殺すために最適な位置取りでもあった。
だが、彼女にとってそれは殺意ではない。
振り付けであり、演出であり、次に踏むべき一歩だ。
全てを破壊するはずの衝動は、偶像を何一つ傷つけることなく消え去っていく。
彼女を彩る照明の一つにしかならない。
もはや、ここは戦場ではなかった。
完全なるアイドルの舞台だ。
戦場は『舞台』へと書き換えられ、『殺人者』の最適解は、演出として再生される。
この構造が維持される限り、観客たる獲物に成す術はない。
舞台の上で、完全偶像はローマンを追い詰めていく。
衝撃波の死角へと滑り込み、破壊の余波が地表を抉る瞬間を読み切り、主役の立ち位置を、一歩、また一歩と前へ進める。
ローマンの視線は、日月そのものではなく、その動線を追っていた。
どこへ踏み、どこで回り、どこで拍を刻むか。
踊りの癖を、攻撃の只中で見抜こうとしている。
「だったら、そのステップごと――噛み砕いてやるよ!」
拳を引き、重心を落とす。
振り上げるようなアッパーカットとともに放つのは、地面を抉る低空の衝撃波。
狙いは足元。爆ぜた土と砂利が舞い上がる。
『次の衝撃波の下を、地面を這うように潜れ。相手の懐に入れば、致命点に届く』
地表を削る衝撃波。
その下を潜るという無茶な指示。
だが、それが殺しの最適解だ。
今の日月のしなやかさと完成度なら、不可能ではない。
それがトドメの指示だ。
必殺の一撃だからこそ、それを躱して懐に踏み込めば、確実に仕留められる絶対の隙に届く。
完璧なる殺害計画。
――だが、日月はその指示に従わなかった。
サイドステップで衝撃波の効果範囲から外れる。
相手を仕留めるためではなく、攻撃を回避するための安全策。
彼女は氷月の指示を無視し、その選択を取った。
『……どういうつもりだい?』
困惑を含んだ問い。
日月はすぐには答えず、視線を自分の胸元へ落とす。
「その動きだと……衣装が汚れるわ」
独り言のような、何気ない声。
白と黒を基調にした衣装。
舞台のために仕立てられたそれは、野外での泥や砂を想定していない。
地面を這うような動きは、生地を汚し、ラインを崩してしまう。
『……そう来たか』
茂みの奥で、氷月が息を呑む。
自分が描いた完璧な殺人ルートが、アイドルの美意識によって歪められた。
だが、この美意識こそが、鑑日月という存在の核。
彼女の超力は、そこから発生している。
無視することはできない――否、無視すれば破綻する。
氷月は即座に思考を切り替える。
日月が指示に従っていれば、目の前の男は確実に殺せた。
その結末が確かに氷月には見えていた。
『殺人の資格』によって完成された偶像を操る。
この方法が機能すること自体は証明された。
ならば次は、日月の美意識に適合する殺人ルートを選別すればいい。
氷月は、日月の要望に沿うように新たな指示を組み立て始める。
『次は、右斜め前へ跳べ。空中で身体を流す』
明確な指示に日月は即座に反応した。
右足で地を蹴り、音楽のアクセントに合わせるように身体を浮かせる。
それは跳躍というより、舞台装置に持ち上げられるような軽やかなリフト。
宙で腰をひねり、スカートが美しい弧を描く。
その瞬間、ローマンの拳が振り抜かれた。
至近距離を薙ぐ衝撃波が、地表を抉りながら通過する。
日月は空中で身体を開き、衝撃の縁を紙一重でかわす。
圧が衣装の裾を激しくはためかせるが、その体には届かない。
『着地はもう半歩前へ。そのまま左へターン、相手の死角に入るんだ』
言われるまでもない、と言わんばかりに、日月は回る。
着地と同時に片足を軸にし、くるりと旋回。
それは戦闘回避ではなく、踊りの流れを切らないための自然な動きだった。
距離は、さらに詰まる。
衝撃波が通らない角度。
破壊が生まれる直前の、わずかな溜め。
氷月の視界に、再び必殺のルートが点灯する。
『今だ。踏み込め、懐へ――』
指示を先んじるように日月は、一歩踏み出した。
それは走りでも、突進でもない。
観客に向かって歩み寄るような、堂々とした一歩。
主役がスポットライトの中心へ戻る、その所作。
ローマンの視線が、確かに彼女を捉え直した。
距離は、殺し合いのそれになっている。
踊りながら、詰めてくるアイドル。
その光景を前にして――
ローマンは、深く息を吐いた。
「――――――舐めるな」
低く、押し殺した声が、舞台を切り裂いた。
『ッ!? すぐにバックステップ、距離を取るんだ……!』
氷月の声が乱れる。
初めて混じる、明確な焦り。
日月は即座に異変を察知し、後方へ跳んだ。
今の日月の身体能力であったからこそ、間に合った反応。
同時に、氷月自身も茂みの奥で身を翻す。
――瞬間。
ローマンを中心に、半円状の衝撃が解き放たれた。
それは触れたものを、存在ごと否定する衝撃の壁。
『お行儀がよくなっていた』自らの獣性を、強制的に解放する。
受け流せる『線』ではない、逃げ場を許さない『面』の攻撃。
樹木が、岩が、空気が、接触した瞬間に削り取られ、消滅していく。
それはもはや舞台演出などでは到底収まらない、舞台そのものを塗り潰す暴力だった。
「……ったく。我ながら情けねぇ、芸を覚えた犬っころかよ。このざまじゃ狼(ローズ)の事はとやかく言えねぇな」
新たに獲得した指向性。
強力ではあるが、第二段階に至った高揚もあって、それ一辺倒になっていた。
もっと荒々しく蹂躙するような力こそがネイ・ローマンの強さだ。それを忘れていた。
キングとの決戦の前にこの落とし穴に気づけたのは、この寄り道にも意味があったと言えるだろう。
「よう。自己陶酔から目が覚めたか? 舞台女」
地面は半球状に抉れ、木々は根こそぎなぎ倒されている。
土は焼け、空気は焦げたように澱み、まだ熱を孕んだまま揺らいでいた。
そこにあるのは、もはや舞台などと呼べる代物ではない。
ただの破壊跡――否、力によって一方的に塗り潰された痕跡だ。
消滅したドーム状の破壊痕、その中心に、ネイ・ローマンは君臨するように立っていた。
自己暗示、自己陶酔型の超力に対する対処法は単純だ。
キツイ一発で舞台ごと叩き壊す。
その中心を奪い、前提そのものを否定する。
ローマンは、それを力技でやってのけた。
鑑日月が張り巡らせていた自己暗示(ステージ)を、力技で踏み潰したのだ。
「急いでんだ。さっさと終わらせてもらうぜ」
肩を回しながら、気だるげに言い放つ。
余裕のある態度は、勝敗がすでに決していることを示していた。
日月は答えない。
それでも退くつもりがないことは明白だった。
舞台は壊された。
だが、彼女の内側では、まだ幕は下りていない。
意識を再び音楽へ沈め、イヤホンの奥で鳴るリズムに呼応するように、身体が自然と振り付けの構えを取る。
「――待ってくれ」
その声が割って入る。
茂みを分け、氷月蓮が姿を現した。
両手を上げ、明確に敵意がないことを示す仕草。
戦闘の場に立つ者としては、あまりに不用意な姿勢だった。
「ここまでにしよう」
その言葉に、日月は鋭く氷月を睨みつける。
まだ終わっていない。
その視線は、そう訴えていた。
「……どういうつもり?」
不満を隠そうともしない声音。
恩赦を求める彼女にとって、目の前の男は仕留めるべき相手だ。
氷月は肩をすくめ、その視線を軽く受け流す。
「君にとっての本命は、ここじゃないだろう?」
「それは……」
日月は、わずかに言葉を詰まらせる。
ローマンの力は圧倒的だった。
だが、その網目を縫えるのが氷月の超力であり、今の日月にはそれを突けるだけの神格がある。
日月と氷月、二人の強みを噛み合わせれば、勝ち目がないわけではない。
その評価自体は、今も変わらない。
それでも――無傷で勝つことは、限りなく不可能に近いだろう。
日月には本命(ジャンヌ)がいる。
衣装の汚れを気にしたのも、その存在があったからだ。
彼女と相対する前に、『完全』を崩すわけにはいかなかった。
「話はまとまったか?」
ローマンが、会話に割り込む。
「ああ。見逃してもらえるよう、命乞いをさせてもらおう」
「へぇ。言ってみろよ」
あまりにあっさりとした言葉に、ローマンが興味深そうに片眉を上げる。
「急いでいる様子からして、キミは誰かを追っているだろう?
一度は撒かれた。今すぐにでも追い直したい……違うかな?」
「分かってんなら、構うんじゃねぇよ」
足止めを喰らっている苛立ちを隠さず、不満げに応じる。
「僕は、君の追っていいる相手の現在位置を知っていると言ったらどうする?」
ローマンの視線が鋭くなる。
参加者の現在位置を把握できるのは、ジョーカーだけだ。
それは、つい先ほどの放送で明言された事実だ。
氷月は、その反応を見越していたかのように、愉快そうに肩をすくめる。
「どういう意味だ、そりゃ……?」
「望む結果さえ提示されるなら、それでいいだろう?
情報の出所については、深掘りしない方が賢明じゃないかな」
はぐらかすような言い回し。
だが、ローマンは即座に切り捨てる。
「はっ。いいわけねぇだろ。出所が分からねぇ情報に、信憑性なんてねぇよ」
「では、こうしよう。君が現在位置を推測できて、僕が特定できないはずの人物を一人挙げてくれ。その位置を言い当ててみせる」
氷月からの提案にローマンは僅かに思案する。
メリリンたちの名を出せば、真偽の確認は可能だ。
だが、それは同時に、彼女たちとの繋がりを知られるリスクを伴う。
下手な『返し』をされても厄介だ。
ローマン相手にここまでやれる相手に迂闊に名を出すのは得策ではない。
「なら、試しにトビ・トンプソンの居場所を言ってみな」
代わりに、トビの名を挙げる。
南東へ向かったトビたちは、いずれも手練れ揃いだ。
仮に狙われたとしても、そう簡単に潰される連中ではない。
検証材料としてはちょうどいいだろう。
「トビ・トンプソンだね。彼は『F-6』の山岳地帯――頂上付近にいるようだ」
情報は全て頭に入っているのか、何も確認することなく氷月は即答する。
位置で言えばブラックペンタゴンから小屋へ向かう道筋だろう。
ローマンが把握している情報と凡そあっている。
偶然で当てられる範囲ではない、具体性のある位置だ。
ローマンは短く鼻で笑う。
「いいぜ。とりあえずは信じてやるよ。ルーサー・キングの居場所を言ってみな」
本命を問う。
無条件に信じるつもりはない。
だが、当てもなく森を彷徨うよりは、遥かにましな指針になる。
「ルーサー・キングは『C-3』のブラックペンタゴン近くにいるようだね。
どうかな? 僕の示した位置は、キミの追ってきた道筋を外れるものだったかい?」
「………………」
その問いにローマンは答えない。
だが、頭の中では即座に地図が引かれていた。
ローマンがキングを逃した位置から大きくずれてはいない。
だがキングが分裂後、そのまま北上を続けていれば、『C-3』北部か『B-2』方面に抜けているはずだ。
示された位置は、そこからわずかに南へ振れている。
ローマンが囮に引っ掛かったのを確認して鉄球から出たのか?
もしこれが事実なら、何の情報もなく戻っていればこのズレは、確実に見逃していた。
ローマンは、踵を返す。
「ひとまず、見逃しといてやるよ。じゃあな」
それだけを言い残し、ローマンは夜の森に鉄球が均した道筋を引き返していった。
【C-5/森/一日目・夜】
【ネイ・ローマン】
[状態]:全身にダメージ(中) 、治療キットで処置済み、疲労(中)、右腕肘から先欠損
[道具]:デイパック(幾つかの食糧と酒)、鋼鉄の義手(メリリン作成・修復済み)
[恩赦P]:99pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。メリリンと共に生きる。
1. ルーサー・キングを追う。決着を付ける。
※ルメス=ヘインヴェラート、ジョニー・ハイドアウトと情報交換しました。
※サリヤ・"キルショット"・レストマンから超力の第二段階(プレシード)について知らされました。
※超力の第二段階(プレシード)へ到達しました。
衝撃波の出力が向上し、無効化を始めとする防御や干渉を貫通する“Liberty or Death”を使用可能になりました。
■
ローマンの気配が完全に遠ざかると、草原に張り詰めていた緊張は、ようやく抜け落ちた。
夜風が草を揺らし、踏み荒らされた地面を撫でていく。
先ほどまでの戦闘の名残――破壊の余熱だけが、地中に染み込むように残っていた。
「……手ごわい相手だったね」
氷月が、感想とも独白ともつかない声音で呟く。
その口調には悔しさも安堵もなく、ただ事実をなぞる冷静さだけがあった。
実質的には敗北。
恩赦を欲する日月にとっては、決して軽い結果ではない。
積み上げるべき成果を、一つ取り逃がしたことになる。
だが――これは本番ではない。
完全な舞台を整えるための、試演だ。
どこまで通用するのかを確認し、手応えと欠点を洗い出すためのリハーサル。
氷月はそう割り切っていた。
「ネイ・ローマン。欧州最大級のストリートギャングのボスだ。この刑務作業の中でも、指折りの実力者だろう」
敗北も無理はない相手だ――言外に慰めを含んだ説明だった。
「……そんな相手だと知ってて、嗾けたわけ?」
「ああ。だからこそ、今の君の強さが証明できた」
実際、勝ちを拾えていた可能性は十分にあった。
流れ一つ、判断一つで、あのまま押し切れていても不思議ではない。
最強クラスとされる相手とも、正面から渡り合えるという証明である。
だが、噂に聞いていたネイ・ローマンであれば、今の日月なら勝てる。
それが、氷月の事前予測だった。
だからこそ、初戦の相手として選んだ。
だが実際には、想定を上回る強さを見せられた。
噂が過小評価されたものだったのか。
それとも、相手自身に何らかの変化が起きていたのか。
判断材料は、まだ足りない。
「僕との連携は、どうだった?」
氷月は事務的に問いかける。
求めているのは感想ではなく、検証結果の確認だ。
「全然ダメね」
だが、日月は即座に首を振った。
舞台裏で愚痴を零すアイドルのように、遠慮も配慮もない。
感情を抑える気配すらない、不満そのものの声だった。
「……どのあたりが?」
氷月は意外そうな素振りも見せず、素直に続きを促す。
日月は一歩前に出て、夜空を仰ぐように息を吐いた。
「あなたが判断して、言葉にして、それを私が聞いて動く。
その時点で、もう遅いのよ。半拍……いいえ、それ以上にズレる」
指先で、拍子を刻むように小さく空を叩く。
氷月が殺害方法を『観て』、最適解を『選び』、マイクで『伝え』、その指示を受けた日月が『反応する』。
日月の反応速度は極限まで高まっているとしても、行動までのプロセスが多すぎる。
戦闘の最中、その僅かな遅れは致命になり得る。
「今回は相手が遠距離主体だったから成立しただけ。
近接戦や格闘主体の相手だったら、指示なんて待ってられないわ」
氷月は黙って頷いた。
それは彼自身も理解していた問題だ。
この戦法には、後れを補って余りある利点があるのも事実だが、一定以上の領域では通用しない。
そして、氷月がより気に掛けているのは、別の点だった。
先ほどの戦闘でも発生した『最適解』のズレ。
氷月が提示する最適な殺害ルートは、必ずしも日月にとって最適とは限らない。
それは戦闘効率とは無関係だが、日月の超力の根幹――美意識に直結している。
これはこの二人がペアで行動する以上、早急に解決するべき問題だ。
「なにより、問題なのがもう一つ――」
言いながら日月は歩み寄り、躊躇なく氷月の手元へ手を伸ばす。
マイクを掴み上げ、そのまま奪い取った。
「戦闘中に、あなたの声が聞こえてくるのが不快」
きっぱりと言い切る。
そして、マイクを無造作に上へ放り投げた。
イヤモニからの指示に馴れているとはいえ、不快な相手の声が聞こえるのはやはり集中力が途切れる。
そういう意味でも、先ほどの日月は完全ではなかった。
「なるほど」
氷月は落下してきたそれを受け止めながら、少しだけ考え込み反省点を整理する。
判断の遅延。
意思決定の分離。
氷月の指示に対する生理的な拒否反応も一応は考慮に入れるとして。
それらの解決策は、理屈の上では単純だった。
――『殺人の資格』を、日月自身が使えればいい。
そうすれば、タイムラグは消える。
最適解を選ぶのも、判断するのも、日月自身。
言語化も、指示も不要になる。
見えた通りに、自らの意志で踊るだけでいい。
問題は、そんな手段が存在しないという点――なのだが。
「……いや」
氷月は、ふと何かを思い出したように呟く。
超力の譲渡。朝方、確かにそんな話を耳にした記憶がある。
「一つ、解決策に心当たりがある」
その言葉に、日月が訝しげな視線を向ける。
「どういうこと?」
問いをかわすように、氷月は再び地図を起動した。
半透明のマップ上で、光点が静かに動いている。
氷月は、その一点を指先でなぞる。
「……どうやら、近くにいるようだ。当たってみるとしようか」
一人納得したように動き出す氷月。
「ちょっと、説明しなさい。どこに向かうつもりなの?」
行動についてけず引き留める日月に、足を止めた氷月は振り返って答える。
「なに、大したことじゃない。ちょっと、友人を訪ねようと思ってね」
【C-5/森/一日目・夜】
【鑑 日月】
[状態]:肉体の各所に火傷(傷隠しメイク)、《偶像》
[道具]:アイドル衣装、ワイヤレスイヤホンマイク、化粧品、香水、デジタルウォッチ(楽曲(タイトル不明)DL済み)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.輝く。其の為に生きて、其の為に死ぬ。
1.――――ジャンヌ。
2.氷月蓮と協力して恩赦ptを稼ぐ。使い物にならなくなったら、すぐに棄ててやる。
3.アビスからの出獄を目指す。――――本当の意味で手段は問わない。
4.ルーサー・キングとの接触は可能な限り避ける。
※人生を舞台と見立て、常時超力を高出力で発動させています。
【氷月 蓮】
[状態]:健康
[道具]:Tシャツ、ナイフ3本、フォーク3本、遠隔起爆用リモコン、デジタルウォッチ、空の金属缶(容積は500mlほど)、ロープ(使い古し)、ワイヤレスマイク
[恩赦P]:0pt(残り特権65pt、ワイヤレスマイク - 5ptt)
[方針]
基本.殺す。其の為に生きて、其の為に死ぬ。
0.エネリットに接触
1.ジョーカーとして、ミッションを達成する。
2.鑑日月と協力して、殺人を行う。輝かなくなったら、すぐに殺してやる。
3.被験体:Oに対抗する為の集団を探し、潜り込む。
4.鑑日月、君を殺したいと心から思ったんだ。
※ジョーカーの役割を引き受けました。
恩赦ポイントとは別枠のポイント(通称特権ポイント)を200pt分使用可能です。
デジタルウォッチに全ての参加者の位置情報が表示されます。
また、以下の指令を受けています。
① 刑務作業に消極的なグループに紛れ込み、6時間以上過ごす。(達成済)
② 刑期に関係なく最低でも3人以上の参加者の殺害。(残り1人)
最終更新:2026年02月15日 12:25