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 戦鬼、襲来。その姿に一切の弛み無し。
オークは身体を回復させた後、近場にいる受刑者を狩りに動いた。
真っ先に狙った先にいたのは、逆に、オークを待ち望んでいた馬鹿と阿呆が二人。
征十郎とタチアナ。臭う臭う。忘却の彼方に消えたあの村の縁者、もしくは呪いにかかった者がいる。
この刑務の参加者の中でも、トップクラスに山折と関わっているモノ達。それはオークからすると真っ先に狙うべく存在である。

「やるぞ、タチアナ」
「足引っ張らないでよ、征タン」

 遠い昔、永遠に侵された村で起こった鬼退治。
それは再戦のようでいて、そうではない。それでも、奇しくもあの時戦った“八柳”と“戦鬼”が揃っているのは運命なのか。
斬る、燃やす、潰す。三者三様に敵意を持ち合わせている以上、言葉の応酬は必要無かった。
オークが跳び、征十郎が駆ける。拳と刃が互いを射止めようと虚空を奔った。
そして、爆炎。二人の逢瀬を邪魔するかのように、遠慮なしにぶっ飛ばされる。
オークの視線がタチアナに向き、脚を向けるが、その合間を縫って征十郎が刀を振るう。

「相変わらず、私ごと吹き飛ばそうとしてるな、殺すぞ?」
「相変わらず、私ごと斬り落とそうとしてるね、殺すけど?」

 この二人の戦闘は最初から変わらない。協調なんてするつもりは欠片もない。
斬って燃やして排除する。ただし、その対象は選ばない。
横に立つ相手も含めて、だ。
清々しいまでのエゴイスト。戦闘センスが抜群の二人だからこそできる曲芸だ。

「じゃあ、作戦どーり、やろっか」

 タチアナが小瓶をオークへと投げ、パチリと指を鳴らす。
小爆発が辺りに巻き起こり、オークの視界を削ぐ。
小癪な真似を。オークは憮然とした表情を浮かべつつ、動きが止まる。
その停止を見逃す程、この二人は愚かではない。
征十郎は一瞬で間合いに入り込み、刀を振るう。
八柳新陰流、乱れ猩々。多彩な角度から放たれた斬撃はオークの身体を傷だらけにする。
そして、流れるように次の技へと繋げようとするが、迎撃の拳が飛んできた為、後方へと退避する。

「再生するねぇ」
「再生するな」

 再度、接敵。引き離したはずの距離は、オークの突進によりすぐに埋められた。
何だあの突進、昔話の怪物かよ、と。ぎゃーすかと文句を言いつつも、二人は瞬時に回避行動を行う。

「どーすんの、めちゃダルなんですけど!」
「再生の限度がわからぬ以上、心臓を裂くか。それとも、首を落とすか」
「征タンの超力でどーにかなる!?」
「問題ない。お前の永遠を斬った時の方が遥かに手強かった」
「え、えへへへへへへへ」

 器用にもにまにまっと笑い声を上げながら、タチアナは小瓶の投擲を合間なく続けている。

「以心伝心、相思相愛ッ」
「気色悪いことを喋るな」

 そして、それを確認しつつ征十郎はオークへと斬り込みに行く。
爆炎に紛れつつ、剣閃は首元へと数度迫る。
しかし、薄っすらとした刀傷を付けるだけで、致命傷とは程遠い。


「ヘタクソ~」
「じゃあ、お前がやってみろ」
「オッケー、相棒★」
「死ね」
「そっちが死んでね」

 攻守交代。いや、前後交代か。
タチアナが前に出る。
征十郎が縦横無尽に駆けて撹乱していたからか、一瞬だけオークの反応が遅れるはず。

「あ、前言撤回。やれないやれないムリムリ」
「お前なぁ」
「や、あのデカ男、めちゃくちゃ反応早~」

 無論、そんなことはなかった。
オークの超力は再生だけではなく、身体強化も含まれている。
当然、反応速度も同様に跳ね上がる。

「退く?」
「まさか」
「だよね~」

 やはり、あの戦鬼を倒すにはもっと強力な超力が欲しい。
いや、征十郎の超力であれば攻撃は通る。
ただ、生半可な手傷ではすぐに再生してしまう為、致命を一撃にて決めなければならない。
再度、剣閃と拳――時々爆炎が乱れ飛ぶ。三者三様に動く今、戦況は膠着状態となった。
とはいえ、タチアナ達は持久戦に持ち込むつもりはない。
短期決戦――危ない橋を渡ってでも、戦鬼を殺し切る。

「征タン、疲れた」
「いいぞ、今すぐ斬ってやる」
「労れよぅ! 年上なんですけど!」
「わかったわかった、一撃で終わらせてやる」
「サイッテー!」

 向こうは超速再生を持っているのに、此方は一撃でも食らえば即地獄行き。
不公平だなぁ、と。タチアナは不満をため息にしながらも、虎視眈々と機会を伺っていた。
因縁云々の話を抜きにして、あのオークを封殺する手段としては、安全地帯の遠くから攻撃を続けることだ。
ここまでの戦闘でわかる通り、投入された被検体は完全なるインファイター。
近接のプロフェッショナル故に、遠距離から攻撃を続けることが最適解だとは思う。

「すぐ、詰めに来るんだからさぁ!」
「ダメージがすぐに消える以上、後退する理由がないからな」

 しかし、オークの身体に宿っている超力が厄介この上ない。
生半可な手傷は即座に再生する。遠距離から蓄積ダメージを狙う戦法は取れそうにない。
そして、更には圧倒的な身体能力だ。あのパンチは当たれば死ぬ。
当たらなければいいだけとは思うが、それがどれほどの難題であるか。
ブラックペンタゴンにて相対経験があるネイ・ローマンは拍一つで、同意するだろう。
とはいえ、現状彼らは致命打を受けず、戦線を維持できている。
何だかんだ言いつつも彼らが今も戦闘を成り立たせているのは、類稀なる戦闘センスだけではなく、経験も積んでいるからであろう。
両者世界を放浪し、技量を磨き続けることを怠らなかった。死地の経験も数多くある。

「エルビスと戦った経験が活きたな」

 そして、征十郎に至ってはエルビス・エルブランデス、ルーサー・キングといった近接戦闘の最上位とも戦闘を行っている。
近接戦闘のプロフェッショナルといえば、彼らは刑務参加者の中でも随一だろう。
そんな彼らと競り合った経験は間違いなく、この戦闘で活きる。
奔る、疾走る。拳と刀が夜の空にて渡り合う。
時に刀はオークの身体を掠り、時に拳圧は征十郎の姿勢を崩す。
そもそも、基礎的な身体能力が高すぎる。拳圧だけで姿勢を崩すなど、まさしく化物だ。
そんな化物と対峙して、征十郎が今も無傷なのは茶々入れをしてくれる彼女がいるからだ。
認めたくはないが、タチアナの言葉通り、以心伝心とも呼べる攻撃はオークに的を絞らせない。


「これ、私が予約してっから――――人のモノを横から奪うなよ」

 血塗れの拳をそのままオークへとぶつけて爆発。
オークがたたらを踏んで身体をのけぞらせる。
征十郎はその隙を逃さない。
八柳新陰流には突きの技があるが、あの身体を前に心臓まで届くかわからない。
一撃にて決める。
ならば、この局面で選択するべき技は――神速の抜刀術。瞬時に鞘に納め、再度解き放つ。
オークはその神業を見えぬ聞こえぬ知りもせぬ。爆発により秒の遅れが出ている故に。
轟、と。大気を捩じ切り、もう片方の刀が鞘から引き抜かれる。
刃鳴りすらも追いつけぬ煌めきが光った。

 八柳新陰流――燕落。

 神速の抜刀に加え、超力が重なったこの一閃は絶対だ。
征十郎の予測通り刀はオークの両腕を一息に斬り落とす。
欠損のような深手なら再生ができない、もしくは時間がかかるのでは、と。
そんな腑抜けた予測をかけてしまった。

「――――欠損まで回復するのか!」

 攻め手に無理をしすぎたからか、オークの拳を回避できる術がない。
否、この手にはまだ刀が在る。死に物狂いで凌ぎ切る。
咄嗟に刀を構え、受け流しのの技である空蝉――そして、永遠の概念が付与された刀を用いても尚、捌き切れない威力。
そのまま、征十郎は吹き飛び、地面へと崩れ落ちる。
意識こそ失ってはいないが、態勢を崩し、手に持った刀が遠くへと転がってしまっている。
そんな格好の的である征十郎をオークは見逃さなかった。
すぐに起き上がった所でもう遅い。手元にある刀ではオークの拳を受け切れない。
オークは征十郎へと狙いを定め、動き始めた。
此処に決着は定まった。戦鬼と剣鬼による死闘は、嘗てと正反対のものへと成り代わった。
そして、その運命を覆せるのは。この戦場にてただ一人。

「…………ほんっとうにさあ」

 タチアナだけが、征十郎を助けることができる。

「どうして、かなあ」

 だから、言っただろう。人のモノを奪うな、と。
タチアナを囲んでいたものは全部、勝手に奪われた。
故郷も、仲間も、日常も、友達も、恩人も、永遠も!
そして、宿敵《運命》でさえも、奪おうとするのか!
赦せない、赦しはしない。宿敵《運命》は自分だけのものだ。
タチアナは自然とオークのを塞ぐラインに立っていた。
征十郎を庇うように前に立ち、タチアナは爆炎を振るう。しかし、爆炎程度がオークの突進を阻害できるはずがなく。
剛腕による横一閃の一振り。それはタチアナの身体を両断するには十分過ぎる威力だ。


「まだ、だっての!」

 分かたれた下半身を殴り飛ばし、オークへとぶちまける。
それは最期にして最大の超爆発。本来ならば、征十郎へと解き放つ奥の手であった。
しかし、こうなってしまえば使わざるを得ない。切り札を抱え落ちだなんてタチアナの性に合わない。

 ――永遠にやられたまま、なんて!

 絶望に屈して、何もできぬまま、倒れる。
ギャル・ギュネス・ギョローレン。享楽と爆破に溺れる破滅主義者。
タチアナ。永遠から解放された刹那の少女。
私達は、殺される。けれど、大人しく地に伏せるようないい子ちゃんではないのだから。
そして、何よりも。征十郎・ハチヤナギ・クラークにとっての“運命”として、それだけは絶対にありえない――!

「くたばれ★」

 絶望と決意が、タチアナの超力を更なる高みへと練り上げる。
青春超新星爆発。それは、世界を創る恒星のように。












 爆発に巻かれて後方へと吹き飛んでいくタチアナと身体の大部分を炭化させて絶叫を上げているオーク。
その光景を見て、征十郎は動揺するでもなく、酷く冷静だった。
タチアナが負った手傷は致命傷だ。例え、どれだけの恩赦ptを積もうがもう助からない。
ならば、考えるだけ時間の無駄だ。そもそも、そんな無駄にかまけて刃を鈍らせる行為を、タチアナは望まない。

 さて、どうするべきか。

 如何にタチアナの放った爆発が強力とはいえ、あの戦鬼が死ぬ訳が無い。
オークはきっと、あれだけの深手を与えても、数十秒もあれば、すぐに回復する。
此処で無闇に斬りかかろうと思っても、手に持っていた刀は何処かへと転がり落ちてしまった。

 絶望を吸って吐いて。絶望を受け入れ、理解して。
タチアナとの決着をつけれぬまま。オークへと致命を与えることができぬまま、己が何も斬ることができぬまま。
そんな最悪な結末を想起して、それだけは絶対にならぬと誓を改めて立てる。

 ――――斬る、征十郎の存在証明はまだ死んでいない。

 首を分かち、心臓を貫き、四肢を斬り落とす。それくらいしなければ決して朽ちることなく、戦鬼は敵を屠り続けるだろう。
強化と再生。超力によって高められた不滅の戦鬼は通常の物理的破壊は不可能。
アレは半ば呪い染みた――山折に相応しい永遠の権化だ。
けれど、征十郎の超力は万物両断せし、必殺の力だ。防御を無視し得る刃はオークにとって天敵ともいえるものだろう。
そして、展示室で手に入れた贋作の刀があれば、先程までのように壊れず曲がらず、と十全に刃を振るえただろうが、征十郎の手元にはない。
タチアナの決死の一撃を受けたとはいえ、あのオークを前に、拾いに行くなどできやしない。
なれば、もう一本あの刀を恩赦ptで強請るべきか? いいや、あんな頑丈な刀が数本もあるとは思えない。
アレは特別だ。永遠の代わりなどないように、あの刀の代わりも存在しないだろう。
幸い、恩赦ptには余裕がある。いや、そもそも眼前の敵は後々の余力を抜きにして、全力でかからなければ斬り殺せない。

 此処まで数秒。征十郎が導き出した答えは、がむしゃらに斬る、だった。何だ、今までと変わらないではないか。

 結局は、ゴリ押しで押し切るしかない。無限の再生には無限の必殺を。
だが、その為にはいくつか条件を揃えないといけない。
刀は恩赦ptにてアレを殺し切るまで必要だ。そして、それを一気に交換しても戦いには活かしきれないだろう。
そもそも、すぐに手元へ届くかどうか定かではない為、瞬時に手元へと呼び寄せる確約も大事になってくる。


「係官、貴方の超力による手助けを所望する」

 そうなれば、取る手筈は彼女の助力となるだろう。
ミリル=ケンザキ。刑務開始の際、デジタルウォッチを転送した少女。彼女の助力に対して恩赦ptを払うことに、躊躇いはなかった。
彼女の超力によるものか、裏でサポートが有るのかどうか知らないが、ポイント消費の際、滞りなく転送が為されていることから、彼女が肝なのだろう。
故に、それらを最大限に使い切る確約を、征十郎は欲した。

「決着がつくまで、任意のタイミングで刀が欲しい。あのオークを遠くへ飛ばす等、追加の要望は必要ない。
 ただ、タイミングを私に委ねさせて欲しい。その手間に対して、恩赦ptによる支払いは如何か――返答を求む」

 あのオークは一本名刀があるだけで打倒できるものではない。いくら斬れるとはいえ、銀鈴を斬った時のように、刀が耐えきれず、破損するだろう。
なればこそ、刀は最初から使い捨てる覚悟で振るう。使い捨ての必殺を携えて、戦鬼へと挑む。
タチアナと戦った時のような強烈な一撃ではなく、手数が欲しい。即座に腕を再生するような化物だ、一太刀で倒せると思わない方がいい。
代わる代わる刀を手元に転送させ、必殺を振るう。
その妙技を征十郎が行う為には、転送の手間は間違いなく増える。
自分が望むタイミングで即座に手元に刀を呼び寄せる。
刑務も終盤に差し掛かっているのだから、他の場所でも戦いは発生しているはずだ。
なれば、他の戦場を確認することで、タイムラグも生まれるはず。
瞬時に手元へと届けてくれる超力、それを十全に使う権利。例え、それがこの刑務を強いる者達の力だとしても、必要だ。

「貴方が必要だ、頼む」

 もっとも、その提案を受けてくれるかどうかは相手にかかっている。
ptを払えば何でもしてくれるのか。はたまた、過度な干渉はしたくないと無視を決め込むのか。
どちらにせよ、今の征十郎にできるのは誠意を以て、投げかけるしかなかった。
媚びることもできず、かといって言葉巧みに協力を促すこともできない。
ただ、貴方が必要だから、と。正面から請願する。
そして、秒も経たず、征十郎の手元に一枚のメモが転送されてくる。
それを掴み取って、確認する。中身は簡潔な一言だけだった。
いいよ、と。殴り書きではあったが、了承の言伝が記されていた。

「…………感謝する。相見える機会があれば、改めて礼をさせてくれ」

 転送相手の確約は得た。ならば、出し惜しみはもうしない。
手元に残っていた首輪から、未使用の恩赦ptを登録し、征十郎は刀の柄に手を添える。

 何の為に振るうのか。誰の為に振るうのか。

 正義の為? くだらないとまでは思わないが、柄ではない。
敵討ち? あの女がそんなことを望む訳がないだろう。
嗚呼、ただ己はこの刃にて、あの戦鬼を踏み越えたい。
自然と口元が三日月に歪み、顔が歪んでいく。
それは刀だけが己が求める道である、と。斬る、それ以外の須らくは置いていくという求道の果て。
凄絶な笑みが自然と浮かび上がった。くつくつと、笑いが溢れ出してくる。
今見据えていいのは眼前の戦鬼のみ。手を差し出すべきは刀に対してのみ。
それ以外は総て不純。注視しろ、超力を操れ。
倒れ伏した己の運命に対して、征十郎は一度も振り返らなかった。
いざ、死地へ。
復活の叫声を上げる山折の遺骸よ。名前も知らぬ、色褪せた昔話の怪物よ。
疾く、斬らせてくれ。お前がいると、山折は終わりへと進めない――――!


「一。――――――――――――――――何だ、斬り落とせるじゃないか」

 オークの身体が復活を遂げるのと共に、征十郎の姿が掻き消える。
剣鬼と戦鬼が激突し、すれ違うまで僅か秒コンマ。拳と刃が光速に煌めいた。
八柳新陰流――鹿狩り。刃の切っ先は首元目掛けた一閃であり、それに合わせるようにオークの拳が宙でぶつかり合う。
刃は跡形もなく、粉々になり、宙を舞う。そして、オークの左手首から先も斬り飛ばされる。

 気分は上々。超力は漸く――――定まった。

 征十郎は即座に手元に送られた日本刀を構え直す。
流石アビスの係官だけあって、超力の使い所がうまい。合図を出すと共に、即座に日本刀が手元へと送られてくる。
転送のタイミングが完璧だということは、要望通り今は征十郎とオークの戦いに注視しているのだろう。
これまでとは違う、互いの生命がいつ終わってしまってもおかしくはない決戦。
ギャルの攻撃によりかなりの手負いになったとはいえ、その鬼は五体満足で健在なのだから恐ろしい。
なればこそ、一つずつ。伐採をするかのように、彼の身体を斬っていく。

 もっと、先へ。更なる高みへと。

 膨れ上がり、収縮した超力はもはや並の日本刀では収まらない。オークの身体が強靭なのもあるが、もはや征十郎の超力もまた、同域にまで達しているのだ。
故の一太刀。ポイントが許す限り、征十郎は使い捨ての必殺をオークへと叩き込む。
姿勢を低くし、再度跳躍。八柳新陰流――這い狼。
オークの右脚を奪おうと振るった刃は、オークの身体を深く傷をつけることができたものの、その足はまだ繋がっていた。
だが、これまでとは違い、斬れる、落せる、廻せる。刃の鋭さは超力を表すかのように高ぶっている。

「二」

 改めて、刃を振るうことで、征十郎自身も理解していた。己の超力はこれまでの出力とは段違いであることに。
タチアナとの戦いで永遠を斬ったあの感覚が、完全にこの掌に癒着している。
通常ならば、オークの強靭な肉体は、並の攻撃を通さないし、傷も直ぐに回復をしてしまう。
今も生存している受刑者の中でも、オークを屠る出力を持ち合わせているのは、ルーサー・キングやネイ・ローマンぐらいだったが、其処に征十郎・ハチヤナギ・クラークが割り込んでくる。
証明は此処に成される。超力第二段階――到達者となった征十郎が振るう刃は、必殺だ。必殺を誇る一撃必殺は更に研ぎ澄まされ、オークを殺す刃へと名乗りを上げた。

 肉体強化。そして、超速再生。被検体オークの超力は最強を誇る概念だ。
攻防自在、唯一無二。これこそが人の行き着く果てを
しかし、オークの強靭な概念――最強であっても、征十郎の超力からは抜け出せない。

 超力第二段階――斬。
あらゆるものを斬る。その中身について、変更はない。
ただ、出力の上昇により、斬れるモノが増えた。
人であっても。鋼鉄であっても。概念であっても。運命であっても。永遠であっても。
斬るという概念に特化した必殺は、刀があれば、斬リ拓ける。
オークが抱く強化と再生の概念。当然、その斬が捉える範疇にある。
概念を斬る。通常ならば、どれだけ断ち切られようとも、オークの身体は再生するが、それはもうないだろう。
無論、タチアナが放った決死の切り札がオークの身体に根深く染み付いているといった一助があるけれど、征十郎の超力が止めとなった。
概念の断裁。再生という豊穣を根刮ぎ斬り崩す。刹那は二度と永遠を繰り返さない。


「三」

 何故、身体が瞬時に再生しない。
当然、その必殺を受けるオークは驚嘆と動揺が内心で溢れ切っていた。
先程まで容易に行えていた再生が、突然糸が切れたようにできなくなった。
超力の上昇。それに伴う新たな概念の付与か。それとも、タチアナによる最期の一撃が効いているのか。
だが、悠長に思考を重ねる余裕などない。征十郎の超力に対して、結論が導き出されるのを待たずに、刃が飛んでくる。
これ以上、考える余裕など無かった。オークの表情が更に引き締まる。

「四」

 身体に刻まれた刀傷は深い。オークもその術理は知らないが、悟っていた。身体に刻まれた傷も、斬り落とされた腕も、もう治らない。
そうなれば、オークがこれまで取ってきた再生ありきの戦法は棄てるしか無かった。
オークは征十郎の刃を躱し続けるしかない。だが、凄腕の剣鬼相手にできるとは思えない。
戦況は芳しくない。いっそのこと、逃げるべきか。オークの足は自然と後ろへと下がる。
抱いた秒の迷いは半歩未満の後退に繋がった。

 ――それでいいのか?

 戦略的撤退。ああ都合のいい言葉だ。佳境に入ったこの刑務にて、その判断は悪手だ。
浮かんだ迷いは、オークの存在意義を大いに壊す失態だった。

 ――それが、己が信じる正義なのか?

 何度顧みたとしても。此処が己の終着点であっても。それら総てがどれ程の苦境でも。
敵前逃亡――この胸に宿る正義の否定だけは断じて許せない。

 ――己の戦士たる矜持が逃げを選択するのか?

其処に大義は在るのか? その先に任務遂行という結果は伴うのか?
反芻した疑問は総て、否、と。今度こそ遥かなる正義を貫くと誓ったはずだろう。
もはや思い出せぬ――存在せぬ記憶に対して、誇れるように。

「ォォッ」

 オークの口から、自然と声が漏れ出した。
片腕が消えた、不治の傷が刻まれた。それらが撤退をしていい言い訳にはならない、と。
何故、今更気づいたのだ。眼前に己の正義を阻む敵がいるのだ。
それが拳を握る理由として、己を焦がさないのならば、今すぐ自害して果ててしまえ。
何の為に振るうのか、誰の為に振るうのか――――――知っているだろう!

「オオオオオォォォォォオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 正義という――――――存在証明! 曇り無き護国の鬼! 大義を貫く不退転!
自問自答は終わり、オークの拳は完全に持ち直した。迷いを一瞬で握り潰す。
必殺がどうした。後戻りができないことがどうした。
此処は、此処こそが、正義が生まれる新世界。
オークは迫る刃を側面から蹴り砕き、前を見る。必殺であろうが、関係ない。
勝つのは――己の正義である。


「五!――――ッ! 六ッ!」
「オオオォォォォアアアアアアァァァァァァァァァッ!」

 拳が穿つ。刃が迸る。拳が砕く。刃が割く。
構えて、踏み込んだ。構えて、掲げた。
身を沈めて躱し、脚を抜き後退する。身を前に寄せ、脚を突きつけ前進する。
斬り拓く/轢き潰す――――!
それは少しでも過てば死ぬ、極限の屍山血河。
汝、己の最強を証明せよ。
一足一刀の間合いにて、二人の鬼は互いの最強を押し付け合う。
八柳新陰流――天雷。上段から振り下ろされた刃がオークの身体を切り裂いた。
愚直なる拳。もはや全盛とは呼べぬモノだが、征十郎の身体を吹き飛ばすには十分だった。

「七!」

 追撃。そして、迎撃。
ごきりと骨の鳴る音を置き去りに、放たれた掌底と横から滑る刀が交錯する。
押しきれず/捌かれる。
八柳新陰流、空蝉。その技は今度こそ、オークの拳を受け流すことができた。

「八! 速度を、上げるぞ、戦鬼ィッ!」

 刀は踊り、手足が荒ぶ。どれだけ時間が経過しただろうか。どれだけ互いの最強を見せただろうか。
抉り込むような足刀を避けながら、征十郎は刀を振るう。変幻自在に迫る刃を躱しつつ、オークは拳を突きつける。
刀が薙ぐ。拳が打つ。応酬は高速かつ高純度。二人の鬼が己の生き様を誇示し続ける。
死ぬ気で凌げ。超力を廻せ。集中力を研ぎ澄まし、相手を斬り伏せる/穿ち潰すことだけを考えろ。
突いた刀を躱し、掃いた蹴撃を抜かす。互いの必殺が衝突し、破砕した。

「九!」

 眼前の戦鬼は山折との因縁が色濃いのか。これまで征十郎が歩んできた道が走馬灯のように浮かび上がる。
強く優しかった兄弟子達の姿が、己に剣技を教えてくれた母親の姿が、アビスにぶち込まれる前に戦った宿敵達の姿が!
そして、この深淵にて出会った者達。眼前の戦鬼、後ろにいる少女。総てを収束させるのは、やはり刀なのだ。

「十!」

 どんな時でも。誰が相手であっても。誰が横にいても。斬る為だけに生きて、死のう。
その生き様が間違いでないと、己が信じている。
それが、征十郎・“八柳”・クラークの存在証明。

「十一!」

 何一つ揺らがない。征十郎が嘗てタチアナの永遠を斬った時のように。
刹那を愛し、永遠を否定したからこそ、根幹《山折》でさえも置いていく。
悲劇は二度と始まらない。刀で拓く道だけがこの先に待っている。


「山折の遺骸よ、終わらせよう」

 蹴撃を回避する勢いのまま、征十郎は地面を蹴り抜き、距離が空く。
数秒――互いが構えを整える時間が生まれた。
最後に振り絞り、放つのは――やはり、互いの必殺だ。
オークは腰を低く落として、残った右腕を引き絞る。
それは生前の彼が得手とする武術、空手――正拳突きの予備動作だ。
要するに踏み込んで、撃つ。加速する拳と構えは何の変哲もない必殺の一撃ではない、必殺《当たり前》だ。
残った超力を総て強化に回し、オークは征十郎を迎え撃つ。

「――――征くぞ」

 必殺には必殺を。嗚呼、望む所だ。征十郎は上半身を下げ、大地を蹴り抜き、疾走を開始する。
征十郎の身体が疾風となる。一足飛びに駆けて、疾走って、全身全霊で山折を斬るべく、先の、先の、最果てを視る。

 剣士がいた。その両手には刀を。
その身体は傷だらけであり、馬鹿らしくなるぐらいにボロボロの青年がいた。
何も言わず、振り返らず、ただ背中で語る。踏み越えられるか、と。
理解っている。理解っているとも。“八柳”がやるべきことは、いや、征十郎がやるべきことは――――。

「十二!」

 気づけば、その片手にはもう一振りの日本刀が握られていた。
一刀にて戦ってきた征十郎の突発的な構えに、オークの動きは僅かに乱れる。
八柳新陰流。その剣技には当然、二刀流の奥義も存在する。
無論、彼が学んだモノの中に、二刀流は含まれていたが、二刀流は敬愛する兄弟子を嫌でも想起させるから、避けていた。

 ――哉太兄。

あの日、山折村にて稽古に励んだ日に見た背中。
どこまでも真っすぐで。どこまでも強く、どこまでも正しく刀を振るっていた。
自分では届かぬ領域だった。自分とは違う道だった。それでも、彼は兄弟子だった。
征十郎・八柳・クラークにとって、八柳哉太は尊敬する兄弟子であり、大事な家族だった。
アビスに堕ちてからも、その想いは変わらない。

「必ず、斬る」

 この刑務だけで、征十郎は今後出会えぬであろう強者を視続けた。
人を殺せぬ剣鬼の少女と刃を交わし、最期の誓いを立てた。
英雄に焦がれた狂気の炎帝と戦い、もっと強くなりたいと思わせてくれた。
鉄の王様や山折の冒頭者とは、まだ決着はつけれていない。
拳の求道者との戦いは今現在自分が生を繋いでいる経験と成ってくれている。
銀の女王には結局、一太刀浴びせただけだが、世界の広さを思い知らされた。
救世の少女とは一合だけではあるが、剣で証を刻みつけた。


 ――だからこそ、永遠を斬ったあなたと、永遠を齎したヤマオリの決着を――見届けたい。

 後ろは振り返らない。けれど、絶対に見ているであろう昔馴染みがいる。
阿呆が。何故庇った。そんな献身で自分が喜ぶとでも思ったのか。
いつも通り、傲岸不遜にやりたいことだけをやっていればいいのに。
嗚呼、でも。決着を見届けたいのだから、自分が先に死ねばそれもご破算か。
色褪せたと思っていた関係が、このアビスにて色づき始めた。
タチアナ。あの日出会って、長い時を経て再会した少女。
嘗ての正義を知っているお前がそう望むなら。

「約束したからな」

お前が視ている。己を視ている。
ああ、見逃すな。何一つ、この刃を通さぬものなど、この世界にはない。

「必ず斬る、と」

 だから、今から振るうのは、過去と現在を束ねた――決別の必殺。
憧れるだけで、視ぬふりをしているのはもうやめよう。
そう、兄弟子である彼が得意だった“二刀流”を、今なら迷いなく振るえると信じている。
嘗て山折にて剣聖と戦鬼が決着をつけたとどめの一撃。このアビスにて初めて、征十郎は二刀流を披露する。

 ――――これが、私の、二刀流だ。

絶技、開帳。この二振りの刃にて、色褪せぬ結末を斬り拓く。
八柳新陰流――朧蟷螂。当然、オークは初めて見る技だ。
それは霧散した記憶の中に在ったであろう、必殺。
この土壇場にて披露する絶技を、見抜けるはずがなかった。
秒ではあるが、遅れてしまった正拳突きは、逆袈裟に振るった一太刀にて切断される。
そして、もう一太刀にて、オークの首を刈り取る。
どれだけ強靭な肉体であろうとも。雲散霧消と化した無形であっても。
今の征十郎は斬ることができる。

「見事」

 その流麗かつ俊敏な斬撃に、オークも思わず口ずさむ。
敵ながら、天晴。土壇場にて超力を覚醒させ、ありとあらゆる手段を以て斬り伏せる覚悟。
認めよう、確かにオークは敗北を屈し、この監獄にて散る。
それは避けられない結末だ。

「――――――!」

 だが、首が落とされた程度でどうした? たかが致命傷、たかが死に至るまで数秒のタイムラグ。
その僅かな隙であっても、足掻くのが戦鬼であろう。
拳を握る理由がまだ遺っているのなら。正義が、大義が! もはや存在しないあの山奥の記憶が、戦鬼を動かしている。
動けるのならば、良い。最期の一瞬まで、譲らぬし、認めぬ。
眼前の剣士。山折に連なるモノ。あの日、あの時、終ぞ討ち果たせなかった敵。
まだ、だ。まだ、終われない。


「――――――――――!!!!」

 首が斬り飛ばされようとも。記憶が消え失せようとも。身体に染み付いた意志は溶けず。
如何に不死身といえども、機能停止は避けられず、動けるのも数秒だろう。
けれど、その刹那があれば眼前の敵を屠るには十分過ぎた。
一足一刀の間合いにて、蹴撃が征十郎へと迫る。

「理解っているさ、お前が動けることぐらい」
「あーしら、“山折”だから理解んのよ★」

 されど、その拳が届くことはなく。
死を凌駕するオークの挙動を、“二人”はどこまでも平静に見ていた。
征十郎もタチアナも、首をなくしても尚動くオークに対して、一欠片の油断はなかった。
首がなくなった? 身体がへし折れた? 正気がない?
山折に連なる者達の生き汚さはそれらの不足を容易に超えてくる。
むしろ、この程度はやってくるだろう、と。
この刑務に従事する生き残りの中で、征十郎、タチアナ、そしてエンダ。山折村の惨劇を知るモノならば、平然と納得する。

「じゃーね、山折《永遠》」
「さらばだ、山折《永遠》」

故に、刀が翻り、爆炎が迸る速さは、オークが拳を振るうよりも早く。
被検体:O。大■原■■郎。遠き過去の残滓は潰えることになる。
身体が炎に巻かれ、身体を両断された鬼は今度こそ、動かない。
山折村の惨劇に連なる者達の決着は、今度こそ成されることになった。

「お見事~」
「心にも思っていない褒め言葉はやめろ」
「いんや、そんなことはないよぅ?」

 乾いた拍手が後ろから響く。
まだ、生きていたのか。半身が無くなった状態だというのに、その声色は妙に明るい。
いや、空元気なのだろう。明るいのは声だけで、呼吸音は弱々しい。
だが、そんなことは征十郎も承知の上だ。
彼女がそれを気づかせたくないのならば、気づかないふりをしてやるくらいの甲斐性はある。
宿敵の心配をするだけ野暮であるし、そういうのは自分達らしくない。


「征タン、満足?」
「まぁな。あれをこの手で斬れたことは僥倖だ。それに、更なる高みへと至る事ができた。
 お前の永遠を斬った時から揺蕩っていた力、漸く固まった」
「それって、あーしのおかげ?」
「図に乗るな」
「てきびしっ」

 うん、やはりこのノリが一番性に合う。
互いに遠慮なんてない、隙あらば殺す間柄だ。
タチアナがしたり顔で笑い、征十郎が無愛想に返す。

「それで、やれるか」
「モチ~」

 そして、その間柄はもう続かない。この共同は被検体を倒した所で終わると決まっていたからだ。
中々に長い共連れだったのではないか。半日もこんな馬鹿/阿呆と一緒だなんて。
征十郎は初めて後ろを振り返り、タチアナの姿を見る。
酷い有様だ。下半身は無し、上半身も血濡れで無傷な箇所が何処にもない。
タチアナの身体はボロボロだった。臓器は下半身がなくなっているのだから空っぽだ。血は大量出血を通り越して、同様だ。
生きていることが不思議なくらい、彼女は終わり切っていた。
今もこうして言葉を交わせるのは、嘗て征十郎が斬り伏せた永遠の残滓によるものか。
それとも、決着に対しての執着心からくる痩せ我慢か。
どちらにせよ、タチアナは失笑混じりにため息をつく。
決着は付けられなかったが、願いは叶う。あのトンネルの崩落から長く、生き過ぎた。
あれだけ望んでいた結末だったのに。焦がれる程に、叫ぶように。
世界が永遠に囚われた時からずっと願っていた死がすぐ其処にある。

「……いや、下半身ないのにムリムリ」
「何とか気合で保たんか?」
「再生能力ないんだから保つ訳ないでしょ。キミの兄弟子じゃないんだからさ」

 できることならば、征十郎と満足の行く決着を。それは過ぎた願いだったらしい。
憮然と問いかける征十郎に対して、タチアナはひらひらと手を振りつつもゆっくりと立ち上がろうとする。
もしかすると超絶最高な奇跡が起こって、下半身が再生するかなぁ、と。下らぬ夢想を抱いたが、所詮は泡沫だ。
二人が願った永遠の続きが漸く、叶う。
そう、思いたかったのに。タチアナは、困ったような笑みを浮かべる。
願いは叶えど、決着については満足の行くものと程遠い。

「ところで、何故、私を庇った。ジャンヌ達に感化でもされたか」
「いいや、全く。正義のギャルに鞍替えなんてありえねーし」
「当然だな、安心した。それで、問の答えだが」
「ん~~~~、なんでだろ? 征タンわかる?」
「わからんから聞いている」
「だよね。自分でもわからないのに、他人がわかる訳ないか。たださぁ、あそこで征タンが死んだら――つまんない。
 そう思ったから、っていうのは駄目?」
「馬鹿か、お前」
「その馬鹿に庇われた征タンは阿呆なんだけどね~」

 タチアナは仕方がなさそうに笑う。その顔はあの崩落の日、泣けなかった子供のようだ。
死にたかった、許されたかった。あの日喪ったモノに対して。あの日得たモノに対して。
そんな情動《永遠》が理由で、彼を庇ったのではないはずだ。
じゃあ色恋? 馬鹿げている。こんな自己中心的な男なんてゴメンだ。
徹頭徹尾、彼を庇ったのは自分の為。自分との決着で死ぬならともかく、こんな物語の前座で死ぬなど。
タチアナという少女はロマンチストでもあり、わがままなのだ。


「はぁ、漸くキミと地獄の底で再会できたと思ったら、こんな結末か。
 やっぱあの時の誘い、乗っておけば良かったわ。横槍が入るのことも考慮して、征タンと決着つけた方がよかったかも?」
「たらればを考えた所で詮無きことだ。結局、それはそれで、不平を漏らすと思うぞ」
「……さっすがぁ。やっぱ、征タンはギャルとタチアナ、両方の乙女心をわかってるねぇ」

 だって、自分が生き残って、彼が死んで。そんな世界はつまらないと思ったから。

「そーもそもっ! いーい? キミは、あーしが殺すの。それ以外で死んじゃ駄目なの」
「無茶苦茶な……それで自分が致命傷を負うのは違うだろう」
「るっさい! 征タンがさっさと超力を覚醒させておけば、ねぇ? もっと、あーしのこと想っておけよ」

 やっぱり、満足できない。タチアナは悔しげに言葉を漏らす。
征十郎が自分以外に殺されるのも嫌だけど。決着が付けられないまま終わるのも嫌だ、受け入れたくない。
先程吐き出した通り、やはり横槍が入ることを覚悟して決着をつけるべきだった。
でも、それを実行した所でなんやかんや横槍が入って有耶無耶になってしまうだろう。
そうなってしまえば、自分はめちゃくちゃに文句を言いまくるので、征十郎の言葉が正しいだろう。
きっと、自分はこうなる運命だったのだ。

「ま、こうなっちゃったら、しゃーなし。因縁もこれっきりだと思うと――」
「おい、何を勝手に打ち切っている」
「いや、あーしもう死ぬんですけど」
「死ぬからどうした。此処が地獄の底だからどうした。勝手に縁を切るな、私から目を逸らすな!
 大体だなぁ……たかが、死別で縁が途切れるものか。山折を知っている私達なら、尚更身に沁みているだろうに」

 そんなタチアナの諦観を征十郎は即座に切り捨てた。
タチアナとは真逆で、彼の言葉に諦観は示されていなかった。
散々、永遠に振り回された“八柳”が言うのだから、説得力がある。

「うっへ、確かに。山折を知ってるからこそ、頷くしかないとゆーか。証拠も実証済ってゆーか。
 それも、山折っ子の征タンが言うと、本当に思えちゃうカモ」
「はっ。もっとも、私が山折と無関係であっても、同じことをお前に言っていたはずだ。
 いいか、何度でも言ってやる。生死がなんだ、山折がなんだ! 私はお前を斬りたいと結実していた!
 だから、お前もそんなものがなくとも、私を燃やしたいと願え!」
「は、はい…………」

 語気を荒らげて、征十郎はタチアナの目をしかと見る。
思わず目を逸らしそうになったが、
この男、大概タチアナのことを言えないロマンチストであり、わがままだ。


「とはいえ、私達の間柄が山折から始まったのも事実だ。無茶は言わん。
 だが、これだけは信じてくれ。
 私は、お前を斬りたいと強く焦がれている。斬るべき相手だと認めて、此処まで刀を振るってきたんだ。
 サキに誓ったし、山折に誓った、己にも誓った。その言葉を嘘にするなど、ありえん」
「っはぁ~~~~………………私が死ぬっていうのに、他の女を引き合いに出すなんてありえない。
 そういう機微なんてわかんないのは前々から知ってたし、許さないケド」
「お前の機微云々はよくわからないが……案ずることはない」

 その迷いのない語気と根拠はあの日の彼と同じまま。色褪せても変わらぬ昔話はこの胸に。
例え、永遠が朧気になろうとも。どれだけ戦場で刹那に浸りきっても。心の片隅に残っていたあの瞬間はタチアナの原風景の一つだ。
暗闇の中。崩落していく世界の中で、貴方はいつだって、欲しい言葉をくれる。

「絶対に探し出す」

 何の迷いもない、一言だった。
あの土砂崩れでも貰った言葉と変わらぬ絶対が、其処に在った。

「――“征十郎”の名に誓って、必ず探し出す」

 あの時交わしたモノとは似て非なる言葉は、征十郎の口から自然と紡がれた。
それは山折も八柳も関係ない、征十郎とタチアナの二人だけの約束。
色褪せてしまった昔話に被せるように、エンディングの続きを投げかける。

「………………………………信じていい保証あんの?」
「そんなものはない」
「はぁ? 阿呆なの、征タン。普通はそーゆーとこ、ちゃんと詰めるんだよ?」
「結果は後で追いついてくる。だから、あれこれと悩まず、お前は無遠慮に頷けばいい。
 それに、馬鹿さ加減ではお前の方が上だ」
「うっさい、唐変木」
「唐変木とは失礼だな。人の機微には鋭いぞ、私は。ただ、お前の機微が一際面妖でよくわからんだけだ」
「なにそれ、私…………特別扱い?」
「お前は出会った時から私にとって、運命《永遠》だが」
「――――――~~~~~~~~~~!」

 強い声色だった。揺らがない、唯一無二の永遠はまだ遺っていた。

「ばっか、ば~~~~~~~~か! バカバカ! あー、あ~~~~~~! そこまで言われたらさ、信じるしかないじゃん……っ!
 十年単位で待たされたけど、最初の約束……守ってくれたしさぁ!」

 色褪せた昔話のエンディングの先を、自分も見てみたくなった。
欲求第一、そもそも流石のタチアナも実績を出されたら、信じざるを得ない。

「当然だ。今度はなし崩しの決着ではない、真なる決着は地獄でつけよう。タチアナ、逃げるなよ」
「おけまる~。っていうか、私が地獄行きって断定してない?」
「お前が天国に行けるとでも思ってるのか。地獄でサキが憤怒の顔で待っているぞ」

 嘘はない。彼は本気で投げた言葉が実現すると信じている。
他者に奪われた結末をそのまま黙って受け入れるようないい子ちゃんではないと知っているから、わかるのだ。
この男は逃げも隠れもするし時には嘘もつく。ろくでなしを何重にも掛け合わせた悪党だけど。
だからこそ、とことん自分の目的を至上とするが故に、己の願い《タチアナ》を諦めない。


「そもそも、所業を省みるとだなぁ。お前も私も地獄行きなのは当然だろう。行き先が同じである以上、また逢うのは必然と思うが」
「……そだね。というかさぁ。まーたあーしが待たされる訳? あのトンネルよりもっと酷い地獄で? 征タンが死ぬまで、待ち惚けになるんだけど」
「ああ、待て。そもそも、永遠を抱えて生きるよりは有限だ。違うか?」

 清々しいまでに傲慢。タチアナの事情なんて顧みない、一方的な押し付けだ。

「タチアナ――絶対に迎えに行く。だから、待て」

 そして、この言葉はただ己が満足の為。

「――“征十郎”の名に誓って。先程の約束に、想いを重ねよう。お前を斬ることを、私は誰にも譲らない。何度でも言ってやる、お前にとっての運命《永遠》は私だ」

 タチアナの事情なんて無視した独りよがりな勝手な約束。
他の女の子だったら怒ってもおかしくはないものなのに。
でもまあ、悪党ってそういうものじゃん、と。納得が出てしまう。
逆の立場であったら、多分自分も同じようなことを押し付けていただろうし、と。
正しさなんてない、善意なんてない。最低で最悪な自己中心的な宣言を聞いて、タチアナは心底おかしそうに笑った。
聖女や正義のヒーローなら投げかけないだろう、傲慢な言葉が、何よりも嬉しいだなんて。

「…………待ってるから」
「ああ、待っていろ」

 そもそも、一度は永遠を受け入れた自分だ、ちゃんと地獄へと行けるのか。今はなくなったとはいえ、不確定要素が盛り沢山だ。
けれど、此処には彼がいる。征十郎・八柳・クラークが刀を振るってくれるならば、死は間違いなく訪れる。
彼の手には刀が一つ。自分を終わらせてくれる為の、最高の縁紡ぎが握られていた。

「約束だから」
「ああ、約束だ」

 彼が斬るならば、きっとこれ以上、世界で揺蕩わない。
 間違いなく、魂は残ることなく、霧散する。例え、此処が新世界《監獄》であろうと関係ない。
総てを断ち切る断裁分離。その超力による残滓は何一つ残らない。
万物を斬っていく。それが“八柳”だ。それが、征十郎の到達した超力第二段階だ。
そう、二人の間で交わされた約束は果たされない。再会なんてありえない。だって、今度こそ、本当に――タチアナは死ぬのだから。


「ん、それじゃあ…………ばいばい、八柳クン」

 生命が果てる少女。きっと、叶わない泡沫の未来。
それらを背負って、タチアナは不器用に笑った。
安心させるかのように笑いかけるタチアナに対して、征十郎の態度は相変わらずだった。

「おい、言葉が違うだろ。再会を誓ったからこそ、適切なものがあるだろう」
「はぁ。最期まで文句ばっかり。そうやっていっつも強引に自分の道へと引き込むんだからさ。でも、私はキミのそういう所に………………」
「いいから言え。死ぬ前に、私にも誓え!」
「はいはい。自己中だなぁ、“征タン”は」

 再会を約束した以上、そんな別れの挨拶はふさわしくない。
ただそれだけの理由で、客観的事実も無視して、強引に己が信じる道へと書き換える。
お互い、きっといい未来なんてないことを知りながら、そんな明日が待っている、と。
一握の夢想を抱いて、少女は再度言葉を紡ぐ。
きっといい未来が待ってるよ。世界が終わる数秒前くらいは、信じてもいいのかもしれない。
君が見ている。私が見ている。あの崩落からずっと続いていた昔話の終わりは――――満面の笑みで締めよう。
釣られて笑ってしまった征十郎共々、湿っぽい別れは似合わない。
だから、ありえないなんてことはどうでもよくて! 今の自分達が一番言いたいことを相手に投げつける!











「またね、征タン」
「またな、タチアナ」












 彼が振るう一太刀が迫るのを視ながら、タチアナは屈託のない笑顔で呟いた。
ああ。今日は、死ぬにはいい日だ。


【タチアナ/ギャル・ギュネス・ギョローレン 死亡】
【被験体:O(オーク) 死亡】

【F-4/草原 南部/一日目・夜】
【征十郎・八柳・クラーク】
[状態]:疲労(極大)、全身にダメージ(極大)、超力第二段階
[道具]:デイパック×2(医薬品×2)、ルメス=ヘインヴェラートの首輪(使用済)、漆黒の喪服風スーツ、メモ帳、ジェイ・ハリックの首輪(未使用)、被検体の首輪(未使用)
[恩赦P]:+100pt(タチアナ)
[方針]
基本.――まだ、斬れるものはあるだろう?
0.さて、どうしようか。
※銘のない贋作の刀は近くに転がっています。探せば見つかると思います。
※ブラックペンタゴン3Fの機密資料を殆ど閲覧していませんが、要点だけ目を通しているかもしれません。
※タチアナの魂はこの世界から消えています。新世界であろうと、彼が齎した結末は変わりません。

『斬・第二段階』
「第二段階に至った征十郎・八柳・クラークの超力。
 その大枠には変わりなく、斬るという行為に特化したものだ。
 ただ出力の上昇及び凝縮により、これまで斬れなかったものも斬れるようになった。
 それは超力による強化と再生、有形の概念であったり。
 それは山折の祝福である永遠、無形の概念であったり。
 それは獄から出れぬまま永遠に揺蕩うしかない魂という命であったり。
 つまるところ超力や呪い、魂といった無形をも断ち斬るものに進化した。
 【八柳】の業とも呼べる開闢の力でもある。」

『転送(任意のタイミング)※恩赦ptは時価です』

「いやさぁ。別に物質転送は私の仕事だし、任意のタイミングくらい、そんな恩赦使わんでもやったよ? というか他の人にも大なり小なりやってるしね。
 舐めんな、転送を。クロっさんもいるんだから、余裕だわ。
 というか、画面越しで他人面できてたのにさぁ、そういう直接的な語りかけでご破算なんだけど!
 前の刀を送った時もそうだよ。変に律儀な態度で、距離を詰めるな!
 そりゃ頼まれたからには、音声含めて集中しなきゃいけないって訳で、当然色々と見ちゃうし聞いちゃうからさ、二人の顛末、全部見届けちゃったじゃん。
 本っ当に変に情を抱かせるのやめてほしい。
 クロっさん共々、正義感は皆無でも、そういう情的なやつはあるんだから、無関心貫くのも大変なんだって。
 ………私は甘ロリ派で分野は違うけど、死んだギャルはゴス好きなとこで通じるものあったし。
 あぁぁぁぁ、めんどくさいめんどくさい。こうなるから、コミュなんてするもんじゃないって知ってんのに。
 仮に生き残ったとしても、絶対会わないから! 律儀に礼とか絶対にやめてよ、私は仕事でやってるだけで、仕事仕事仕事。
 とりあえず、看守長に目をつけられてもアレだし、残った恩赦ポイント全部貰う感じでいいや、嫌だなぁ、気まずいなぁ……」

149.アイドルは死神に踊る 投下順で読む 151.We Were Friends
時系列順で読む
夜が来る 征十郎・H・クラーク Ex.Stage
ギャル・ギュネス・ギョローレン 懲罰執行
ラストスタンド 被験体:O MISSION FAILED
第三回定時放送 ミリル=ケンザキ [[]]

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最終更新:2026年02月22日 12:22