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轟音を伴い、鋼球が転がって行く。
 地を砕き、樹木をへし折り、灌木を薙ぎ倒して、何処までも転がって行く。
 やがて、港湾へと辿り着くと、鋼球は帯びていた巨大な運動エネルギーの一切を失い、その場に静止した。
 数秒後、鋼球は蜃気楼の様に消え去り、鋼球の在った場所に静かに佇むのはルーサー・キング。
 追撃をを振り切る為に分離させた鋼球に、見事にネイ・ローマンが引っ掛かり、あらぬ方へと向かって行ったのは幸いだった。

 「また、聞き逃す訳にはいかねぇからな」

 交尾紗奈の計略により、第二回放送を聞き逃した結果、左目を失う羽目になったのだ。
 ローマンと結託した者が数多くいる場で交戦し、また放送を聞き逃す愚を避ける為に逃げに徹した事は、ひとまず功を奏した様だった。

 「ローマンの奴がここへ来るまで時間は有る。放送を聞く時間は稼げた」

 あの場でローマンと交戦すれば、第二回放送の二の舞を演じかねない。だからこそ逃げに徹し、ローマンを撒く事に専念したのだ。
 放送を聞く時間が出来た今、考える事は今後の方針。
 ここに留まってローマンを迎え撃つか、それとも再度移動するか。
 移動するならば、C–4へと出て、ブラックペンタゴンへと再度向かう事になる。迎撃するならば、ジルドレイの時の様に罠を構築して、嵌め殺す。

 「脱出の時に見えたが、野郎…第二段階へと到達しやがったか?」

 鋼球の内部に居ても、キングは外の様子を確と把握していた。
 でなければ、鋼球に対する迎撃を悉く回避して、更にローマンを振り切るべく鋼球を分裂させるという芸当は出来はしない。
 元々が被験体対策だったのが、当の被験体は何処にも見えず、代わりに刑務者が屯していたあの状況。
 壁に開いた大穴と、確認した面々を照合すれば、先ず疑うべくは、ネイ・ローマン。
 直に見るのは初めてだが、ローマンの身に纏う覇気と威風は、キングが映像媒体を通じて識るネイ・ローマンのものとは別物だった。
 キングの記憶に有る、ネイ・ローマンと同格であるスプリング・ローズと比較すれば、その差は歴然だ。明らかに別人と化している。
 第二段階に至ったネイ・ローマンが、被験体を殺すなり吹き飛ばすなりして、その時に壁に大穴が穿たれたのだろう。
 もはやネイ・ローマンは煩わしい小蝿などでは無く、リカルド•バレッジやドン・エルグランドの様な破格の強者達。そして、大根卸樹魂の様な怪物達と並ぶ存在になったと。
 ルーサー・キングと“殺し合える”相手になったと考えておくべきだろう。

もう一つの可能性としては、あの龍人。初めて見る顔だったが、アレが只野仁成だとするならば、知らないのも当然だろう。
 だが、あの龍人が只野仁成であるかと問われれば、キングは首を横に振る。

 ────あの覇気の無さで、ドンを殺せるとは思えねぇ。

 ドン・エルグランドという怪物を殺せるとは、到底思えない覇気の無さと存在感の弱さ。
 龍人、という点を鑑みても、アレではドンを殺すどころか、戦う事すら不可能だ。
 ならば、エンダ・Y・カクレヤマが単身でドンを仕留めたというのだろうか。
 ギャルを退けた実力を以ってすれば、出来なくは無いが、ギャルから聞いた話では、エンダの超力は怨みによって増幅する性質を持つ。
 今日出逢っただろうドンを殺す事など、到底出来はしないだろう。

 ならば、やはり、あの龍人か、或いはもう一人いた初見の男が、只野仁成なのだろう。

 「あの龍人だったなら、多少は厄介な事になりそうだ」

 動物の姿に変身する超力は、完全に獣の姿を取るものと、人と獣の双方を併せた様な姿になる場合とに分かれる。
 この二つの型(タイプ)で厄介なのは、人と獣の双方の特色を持つ獣人型だ。
 単に本来の動物よりも身体能力が高く、人の知恵を持つというだけの獣型に比べれば、身体能力こそ劣るものの、道具を用いる事が出来る、人の技巧を行使するという利点を以って、獣人型は獣型を総合能力で凌駕する。
 ましてや幻想の獣に姿を変える者ともなれば、獣の身体能力に人の知恵と技巧、そこに加えて変身した妖獣魔獣に相応しい、超常の力も併せ持つ。
 幻想の獣に変わる超力は、世界でも数少ないが、確認されている全員が、“王の子供達”に名を連ねられる程の極めて高い戦闘能力、若しくはその域に至る潜在能力を有していた。
 中でも龍というカテゴリーは、幻獣型の中でも最強と謳われ、GPAや軍や警察が破格の待遇でスカウトに走る程だった。
 それは何故か?GPAや軍で戦力として運用する。それもある。
 だが、最大の理由は、犯罪へと走らない様に、表社会に繋ぎ止めておく為だ。
 犯罪組織からの魔手を叩き潰せる組織の内側へと、身柄を確保する為だ。
 龍に変わる犯罪者が、一般社会に対し、どれだけの脅威となったか、ルーサー・キングは確と熟知している。


 只一人の力で数多の抗争を制し、警察すら寄せ付けず、四川省を拠点に中国どころか、ベトナム、ラオス、ミャンマーまで勢力を広げ、中国黒社会の頂点に君臨した飛龍帮帮主“飛天神龍”趙泰莱。
 飛雲帮が送り込んだ凶手、呼延光が血みどろの死闘の末に討ち取り、中国黒社会に“鉄塔”の威名を轟かせるに至ったのは九年前の事だ。

 フランスのナント及びトゥーロンと、この両都市を繋ぐ一帯を縄張りとし、陸と地中海とで見境無く暴れ回り、キングス・デイにすら多大な損害を齎した女凶賊。
 ジャンヌ・ストラスブールを始めとする“アベンジャーズ”と幾度も激戦し、キングス・デイから六百万ユーロの懸賞金を掛けられた鉄甲竜(タラスク)“ジャミラ・レノ。
 地中海西部から欧州の太平洋沿岸地域に掛けて覇を唱え、ドン・エルグランドと並び称された怪物は、五年前にジャンヌ・ストラスブールが大勢の仲間の死と引き換えに、打倒した。
 ジャンヌ・ストラスブールが濡れ衣を着せられた際に、ジャンヌの無罪を主張する声が弱かったのは、この戦いにより“アベンジャーズ”メンバーが多く死んだ影響とされる。

 ベラルーシの首都ミンスクを拠点とする、キングス・デイ傘下のロシアンマフィアの首魁の座を、三年前に簒奪した女。“ズメイ”・ジナイダ・イグナショフ。
 ロシアの腐敗と、キングス・デイの威光が背後に有ったとは言え、ミンスク──モスクワ間を制し、ウクライナを押さえて、黒海沿岸全域にまで手を伸ばした“ネイティブ”。
 高々三年での急速な勢力拡張は、キングス・デイから派遣された人材の力も有るが、当人の破格の戦闘能力が、全ての武力抗争を制した為とされている。
 “ズメイ”の進撃は、開闢以降の世界では、強力な超力の前には、年齢も性別も意味を為さないという事を世に知らしめ、それまでGPAに非協力的だったロシアがGPAに接近する原因の一つとなった。

 “超力犯罪プロデューサー”として悪名高い恵波 流都“の最高傑作”として知られた“悪竜”城戸晴人
 ブラッドストークの育てた犯罪結社が首都圏で活動を始め、警察の戦力が東へ集中したのを好機としてと九州で活動を開始。
 瞬く間に九州の裏社会を統一し、沖縄を中継地点として、中国沿岸部や東南アジアにまで繋がる麻薬密売ルートを築き上げ、途上を阻んだ者は全て殺し尽くした怪物。
 その強大な戦闘能力には、“ワールドオーダー”なる人物が関わっているともされる。
 公式にはGPAの手により殺害されたとされているが、死体が見つかっておらず、未だ存命という説が根強い。

 有名どころだけでも、かくも凄まじい面々である。秘匿受刑者ともなれば尚更の事だろう。
 その為に、龍人を見て、キングはドンを殺した二人の内の一人、只野仁成かと思ったのだ。
 キングにとってあの龍人は、初めて見る、記憶には存在しない男だが、秘匿受刑者であれば話は別だ。

────刑務に駆り出されるくらいだ。用心に越した事はねぇ。

 格別の警戒を要する事に、変わりは無いだろう。尤も、この刑務の最中に、もう一度出会うかどうかは不明だが。

 「そのうち出てくるとは思っていたが、まさか俺の子供達(チルドレン・オブ・ザ・キングス)じゃ無く、ローマンの奴だとはな。仕方がないと言えばそうだが、それにしても不甲斐無い」

 “王の子供達(チルドレン・オブ・ザ・キングス)”。超力犯罪者の蠱毒とすら言われる、欧州のストリート・ギャング達の中でも、屈指の超力強度と練度を誇る怪物達。
 誰一人として、社会の脅威とならない者は無いと断言される化物群。
 奇妙な事に、その中には、第二段階到達者は居ないのだった。

 「進む意志を摘んだ俺が言えた事じゃねぇか」

 キングは苦笑する。
 欧州にプレシードが出現し難いのは、確かに己の所為だと。
 “王の子供達”。超力犯罪の坩堝であり、超力犯罪者の蠱毒である欧州ストリート生え抜きの超力犯罪者で構成された、ルーサー・キング直属の精鋭集団。
 彼らは皆、明日をも知れぬ闘争と裏切りと暴力の世界から、“キングス・デイ”へと召し上げられ、地位と豊かさと、なにより安寧を与えられた者達だ、
 ドブの中を這いずり回っていた時には、幾ら望もうと、決して手に入らなかった暮らしを手に入れ、常に自分の首筋に死神の鎌が触れている生活から解放された者達だ。
 そうした者達は、与えられた地位に安住し、護る事に意識が向く。前に進もうとする意志を喪い、与えられた場所に留まることに汲々とする。

 “王の子供達“として迎えられ、ルーサー・キングと初めて対面した時は、誰しもが一端の気概を持っている。
 何時かルーサー・キングに取って代わる。己が頂点に立つのだという自負を────言うなれば身の程知らずな部分を、誰もが持っていた。
 だが、ルーサー・キングと対面し、キングの存在に触れる事で、誰もが心を折られてしまう。
 ネイ・ローマンと双璧を成したスプリング・ローズの心ですら折れた、ルーサー・キングの“洗礼”。
 この男には勝てない。この男に手が届くなどと言うのは、ただの思い上がりでしか無い。
 誰もが心にそう刻み込む。誰もがルーサー・キングに頭を垂れて屈服する。
 一人では勝てないというのならば、徒党を組んで、ルーサー・キングに叛旗を翻そうという考えなど、絶対に出てこ無い。
 元々が独立独歩の者達の集まりだ。同輩である“王の子供達”同士であっても、潜在的な敵と認識している。協調や連帯などせず、各々がルーサー・キングの寵愛を巡って、他の“王の子供達”と争い、蹴落とそうとする。
 王への叛意など、周囲に一言でも漏らせば、10分と経たぬ内に、ルーサー・キングの知る所となり、キングによる粛清が下知される前に、“王の子供達”が、血の匂いを嗅ぎつけたピラニアの群れの様に、愚者を惨殺するだろう。
 “王の子供達”とが、前へと進む意志と気概を喪い、プレシードへの道を断たれ、ストリートで鍛え上げた超力の強度と練度を以って、ルーサー・キングへ奉仕する存在。
 前へと進まず、ルーサー・キングの意に叶う事、ルーサー・キングを喜ばせる事のみに生きる者達。
 ルーサー・キングによるプレシードという脅威芽を摘み、ストリートの餓狼達を、王の為に奉仕する忠実な狗へと変える。
 それこそが“王の子供達”欧州のストリートチルドレン達が夢見る、栄光と成功の称号。
 ルーサー・キングの、ルーサー・キングによる、ルーサー・キングの為の、支配と搾取の体制。
 それこそが、“王の子供達(チルドレン・オブ・ザ・キングス)”。

もしも“王の子供達”の中に、第二段階へと至る者が現れるとすれば。飼い慣らされた犬が持つ、前進の意志は何に支えられるのか?
 決まっている。ルーサー・キングへの、信仰であり奉仕であり献身であり忠誠だ。
 第二段階へと至った超力を以って、ルーサー・キングへと叛旗を翻す事無く、なお一層、キングの為に奉仕する。
 “王の子供達”とは、才有る者に開かれた、栄誉と地位と富の象徴であると同時に、才有る者を徹底的に搾取するシステムでもあった。
 己を脅かすプレシードの登場を許さず、頭角を表した超力犯罪者の能力を、ルーサー・キングの為に奉仕させる統治の手段だった。
 ネイ・ローマンが、スプリング・ローズを“飼い犬”と唾棄したのも宜なるかな。“王の子供達”の実態は、鎖に繋がれ飼い慣らされた、猟犬の群れでしか無いのだから。

 「ジャンヌ・ストラスブール…ネイ・ローマン。あの時期にエントランスに居なかったルメス・ヘインヴェラートは多分くたばっているだろう。幸いといえば幸いだが、一番の小物じゃあな」

 ディビット・マルティーニに依頼した五つの殺し。その中で殺しを依頼する動機を偽らずに語ったのは、恵波流都のみ。
 残りの四人の内、エンダ・Y・カクレヤマについては、バレッジの縄張り内に“永遠のアリス”が出現する事を期待して、ヤマオリの遺物が、“ヤマオリ”を招くという事実を伏せておいた。
 そして残りの三人には、プレシードへ至れる可能性が有るという一点。ここを伏せた。
 ルーサー・キングの死を願い、機が有れば己が手でキングの生命を断ち切らんと狙っていたディヴィットに、キングと敵対する三人とも、全員がキングに対抗出来る可能性が有ると知られる訳にはいかなかったからだ。
 為人(ひととなり)を良く識るネイ・ローマン。変態富豪に捕まって、散々凌辱されてなお心折れなかったルメス・ヘインヴェラート。直接対峙して、狂気の域に在る精神性を確認したジャンヌ・ストラスブール。
 三人ともに、絶望を踏破する気概と魂を有している。絶望の断崖から堕ちる事無く飛翔して、天へと羽ばたく翼を有している。
 だからこそ、ディビットへ殺しを依頼したのだ。何方が死んでもキングにとっての利になる様に。
 ディビットもまた、リカルド・バレッジへの忠心で、断崖から羽ばたく可能性を持っていたのだから。
 刑務序盤に抱いた危惧は現実と化し、ローマンは第二段階へと至り、ジャンヌもまた、第二段階へと至りつつある。
 ルメスは死んでいるだろうが、最も戦闘能力に劣るルメスでは、ジャンヌやローマンと異なり、それ程に喜べる事では無い。
 ともあれ、方針を決めねばならない。此処へといずれはやって来るネイ・ローマンにどう対処するか。
 逃げるのか、殺し合うのか。

 「あの聖女も俺を探しているだろうし…避けるに越した事は無いな」

 ジャンヌ・ストラスブールもまた、ルーサー・キングの生命を狙っている。この状況下で、第二段階へと至ったネイ・ローマンと殺し合い、勝敗はどうであれ、消耗する事は、賢明とは言えなかった。
 ジャンヌがブラックペンタゴンの正門付近に居た事は知っている。ローマンを避ける為にブラックペンタゴンへと戻れば、ジャンヌとカチ合う事になるだろうが。

 「俺が知るままのジャンヌ・ストラスブールならば、殺せる」

 第二段階へと至りつつあるとはいえ、未だにジャンヌとキングの差は明確だ。『Public Enemy』を発動すれば、多少は手こずるだろうが、その程度だ。
 ルーサー・キングは、力に満ちた足取りで、ブラックペンタゴンへと向かって、再度歩き出した。


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 エネリットと別れて直後。聞こえてきた轟音の方へと向かっていたジャンヌは、放送を聴いて動揺を隠すのに必死だった。
 告げられたアイと氷藤叶苗の名。名前が呼ばれなかった日月。

 ────私は、この牢獄から出たい。恩赦Pでも、脱獄でもなんでもいい。
 ────戻りたいところがある。命を懸けてでもね。

 ジャンヌの脳裏を過ぎる、日月の言葉。
 最悪の想像を、必死になって振り払う。
 確かに日月ならば、二人に隙を生じさせて殺害する事も出来るだろう。
 日月がその様な人間では無い事は知っている。だが、追い詰められた人間は、非道に手を染めることが有る。
 嘗てジャンヌを売り、用済みとして惨殺された親友の様に。

 「……ッ!」

 目を閉じて、大きく息を吸い、吐き出す。
 まだ何も判らないのに、答えなど出せる筈も無い。
 日月は生きている。ならば、二人の身に何が有ったのか、訊ねる事も出来る。
 禁止エリアの拡大も有って、再開は容易いだろう。何なら今は夜だ。紅焔を操るジャンヌならば、目印を用意する事は容易い。
 今はルーサー・キングを追う事に専念すべきだろう、
 そう考えて、りんかの方を振り向こうとして────。

 誰かの気配を感じる。周囲を見回すが、りんか以外の人影は存在し無い。
 敵意や殺意といった類のものでは無い。かといって親愛とも違う。
 未知の気配という訳では無い。この感覚は“良く識っている”。
 思い出したくも無い。思い出す度に、身体の芯から震えが止まらなくなる。精神が引き裂かれる。
 15歳から17歳の間に、毎日浴びせられた視線であり気配だ。
 悍ましい記憶と、身体に刻まれた苦痛と汚辱が、ジャンヌ・ストラスブールの在り方を崩す。
 聖騎士。聖女。そう呼ばれるのに相応しい表情と佇まいが、歳相応の少女のものへと変わっていく。

 ────いけない。りんかさんを、不安にさせてしまう。

 そばに居るりんかを気遣って、精神を奮い起こし、平静を取り戻すものの、未だ僅かに息が乱れている。

 ───一体。誰が。

 気配の主を探ろうとして、側に居るりんかが身動き一つしていない事に気付く。

 ────これは!?

 気付かない間に、超力に依る襲撃を受けたのか?
 りんかの様子を確認しようとしたジャンヌの耳朶を、聞き覚えのある声が震わせた。

────ええ、気になさらずとも良いですよ。りんかさんはご無事ですから。

 「…ルクレツィア……ファルネーゼ…………」

 ────ああ、覚えていて下さり、有難うございます。私の事など…覚えていないと思っていました。

 「貴女の事は…」

 忘れられる筈も無い。
 “飼われて”いた間に受けた苦痛と汚辱。
 精通を迎えたばかりの少年から、ミイラの如き老婆まで、老若男女。人種性別年齢を問わず、あらゆる人間が吐き出していった欲望。
 一人一人、一つ一つを明確に覚えている事など、到底出来はしないが、この少女は数少ない例外だ。
 肉体の全て、細胞の一つ一つに至るまでもが、“痛み”のみしか感じられなくなる程の苦痛。身体を端から、少しづつ、少しづつ、砕かれ潰され刻まれていく激痛と恐怖。
 その果てに見させられた、ジャンヌの抱く希望と理想を完全に完璧に具象化した“夢”。
 身体への徹底した破壊と、精神へのこの上無い凌辱。
 生涯消えることの無いと断言出来る、決して癒える事の無い傷。
 その傷を付けた邪悪の事を、どうして忘れる事など出来ようか。

 「何をしに…来たのですか?」

 ────また、貴女を愉しみに…と言ったら?

 「神の御許へと…送ります」

 ────フフフ…声が震えていますよ?御安心ください。そんな事が出来る身では有りませんので、残念ですが。

 ────貴女に頼み事が有るのです。嫌とは言わせません。聞き届けさせてみせますよ。必ず。

 「……頼み事…ですか」

 意外、と言えば意外と言える。この邪悪が自分に頼み事というのは何なのだろうかと。
 死んだ身で、態々やってくるのだ。大切な事なのだろうと、そう思った。

 ──── 嵐求士堂という方の事を、覚えておいて欲しいのです。

 「嵐求士堂?ですか」

 初めて聞く名前である。というより、日本人の名前を、何故イタリア人のルクレツィアが口にするのか。

 ────この世界を救う為に、御自分を犠牲になさった方です。

 ────誰の記憶にも、何処の記録にも残っていません。私が消えれば、本当にこの世界から消えてしまうのです。

 ────だから貴女に託すのです。

 「その方は、貴方にとって、どういう方なのですか?」

 ────私の大切な友人が…愛した人です。会った事はありませんが、ソフィアにとって大切な方なら、私にとっても大切な方です。

 ────私の友人が愛した人が、このまま消えてしまう事など許せる事ではありません。

 ────ソフィアが、悪に堕ちてまで、再び逢いたいと願った人が、このまま消えるなど、受け入れられません。

 ────だから貴女には、是が非でも憶えていて貰います。その為

 ────だから貴女には、是が非でも憶えていて貰います。その為にも、絶対に死なせません。

 「まちなさい。未だ、私は!!」

 ────ええ、貴女を死なせてなるものですか。貴女はソフィアの為に生きて、私の為に。

 ジャンヌの視界が、黒い煙に覆われた。否、視界のみならず、全身が。

 「………なっ!?」

 意図せぬままに、ジャンヌの全身から炎が噴き出す。
 紅く輝く炎では無く、黒煙を噴き上げる、黒ずんだ炎が。

 「う…ぐぁ……」

 全身に負った傷が激しく痛み出す。膝を折り、蹲って泣き喚いても、誰も責めることなど無いだろう激痛。

 「あ……あ…ああ………」

皮膚から肉へ、肉から骨へ、骨から更に細胞の一つ一つ、魂に至るまで、ジャンヌ・ストラスブールを構成する要素が、冒され、穢され、蝕まれていく。

 ────私の為に、苦しんで下さい。

 「グ………うあ…………」

 フレゼアを受け入れた時とは違う、一方的に蹂躙され、凌辱される感覚。
 豚に犯された時よりも尚悍ましい嫌悪と恐怖。
 意識が遠くなる────。

 「ジャンヌさんっ!ジャンヌさんっ!」

 りんかの呼び掛けに、意識が鮮明になった。

 「私は……」

 「いきなり動かなくなって、呼び掛けても反応が無くて、苦しそうで、本当に驚いたんですよ!!」

 泣き出しどうなりんかの顔を見て、意識が急速に鮮明になる。

 「ルクレツィアが…私に……頼み事に来たのです」

 声をようよう絞り出す。
 激痛はピークを過ぎたものの、全身に未だに色濃く残っている。

 「ルクレツィアさんが?」

 「この…アクセサリーの…影響…でしょうね。
 フレゼアの超力を吸収し、私へと受け継がせたアクセサリーが、今度はルクレツィアを引き寄せたのでしょう」

 ジャンヌもりんかも知らぬ。ブラックペンタゴンから漏れ出したシステムCと、友への想いによって第二段階へと至ったルクレツィアの未練が為した奇跡だとは。

 「彼女のお陰で、傷も癒えつつあります。それに、何よりも」

 菓子を口にするように人を苛む事を愉しむ邪悪にすら、友を想う善良な精神が有った事に、ジャンヌは感動を覚えたのだ。
 善性というものは、人であれば必ず精神の何処かに有るのだと。あの邪悪が信じさせてくれたのだ。

 「人は、信じられるという事です」

 「………?」

 キョトンとしたりんかに、詳しい事情を説明しようとした時、二人の周辺を、複数の黒蠅が飛び回った。

 「これは…エンダさん……」

 エンダの超力によって生み出される黒蠅が、二人の周囲を飛び回る。何処かへと誘導するかの様に、蠅達が北へと向かって飛び去り、再度二人の元に戻ってきては、北へと飛んで行く。

 「私達を、何処かへ誘導している?」

 「行きましょう、りんかさん」

 エンダがジャンヌを招くとすれば、理由は只一つ。
 ルーサー・キング。欧州の邪王を討つ為の同盟は、エンダとも交わされているのだから。

【F-5/草原/一日目・夜】


【ジャンヌ・ストラスブール】
[状態]:疲労(大)、全身に激痛(大)、超力成長中
[道具]:流れ星のアクセサリー
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.正義を貫く。
1.ネイ・ローマンと結託し、ルーサー・キングを討つ。
2.日月やりんかを次代のホープとして守りたい。
3.刑務の是非、受刑者達の意志と向き合いたい。
⒋日月に叶苗とアイについて訊く。
5.嵐求士堂…忘れません。決して。

※ジャンヌが対立していた『欧州一帯に根を張る巨大犯罪組織』の総元締めがルーサー・キングです。
※ジャンヌの刑罰は『終身刑』ですが、アビスでは『無期懲役』と同等の扱いです。

※流れ星のアクセサリーには他人の超力を吸収して保存する機能があるようです。
 吸収条件や吸収した後の用途は不明です。
※流れ星のアクセサリーに保存されていた『フレゼア・フランベルジェ』の超力を取り込みました。
 フレゼアの超力が上乗せされ、ジャンヌの超力が強化されています。
 完全に肉体に馴染んだ時、更なる進化を遂げる可能性があります。
※ルクレツィアの超力が上乗せされ、ジャンヌの超力が変質しました。
 傷を癒す、黒煙を噴き上げる黒ずんだ炎を出せる様になりました。
 但し、この炎で傷を癒すと、凄まじい激痛が生じます。


【葉月 りんか】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(大)
[道具]:治療キット、紗奈の手錠&鍵、ハヤトの手錠
[恩赦P]:20pt
[方針]
基本.救って、救って、救い続ける。
0.紗奈のような子や、救いを必要とする者を探したい。
1.自分を救い、命を奪われたハヤトとセレナ、紗奈の分まで戦い抜く覚悟。
2.ジャンヌたちと協力してルーサーを討つ。
3.この刑務の真相も見極めたい。
※羽間美火と面識がありました。
※超力が進化し、新たな能力を得ました。
 現状確認出来る力は『身体能力強化(自他)』、『回復能力』、『毒への完全耐性』、『精神強化』、『対超力の加護』です。
 その他にも力を得たかもしれません。









~~~~

「最悪だな」

 放送を聴く為に立ち止まっていたエンダ・Y・カクレヤマは、苦い顔で呟いた。

 「キングが此方へ向かって来る」

 「…………」

 「……ネイは?」

 エンダの告げた最悪の事態に、安理が息を呑み、メリリンが声を絞り出す。
 キングが此方へ向かって来ると言うならば、ローマンはどうなったのか?力及ばずキングに殺されたのか?

 「彼は誘導されて東へと向かった。ジャンヌ共々この場所へ呼び寄せてはいるが、このままだと、彼等が到着する前に、私達がキングと接触する」

 「二時間は猶予が有るから、禁止エリアに隠れてやり過ごすのは?」

 「灯台での時間が足りなくなるかも知れない。何とかして、突っ切るしか無いと思う…」

 エンダの予測に、安理が回避を提案し、しかし状況が許さないとメリリンが却下する。

 「灯台でどれくらいの時間が掛かるか分からない。猶予時間を使うのは、出来得る限り避けたい」

 「まぁ…私が相手をするさ。どうやら奴は私に用が有るらしい。君達は脇目も振らずに灯台を目指したまえ。ローマンやジャンヌが来るまで、持ち堪えてみせるよ」

 態々ドン・エルグランドを殺した者を訊き出す位だ。きっと安理やメリリンには目もくれず、自分に向かって来るだろうと、エンダは当たりを付けていた。

 「君一人を残して────」

 「ローマンに言われた事を忘れたのかい?君が残っても仕方が無い。死体が一つ転がるだけだ」

 エンダにしてみれば、此処でキングに殺されてやるつもりなど毛頭無い。“エンダ”の願いを叶える為にも、生き延びなければならない。脱獄を、成功させなければならない。
 その為に、ルーサー・キングを相手に、ジャンヌかローマンが来るまで時間を稼ぐ。
 その間に、安理とメリリンを灯台へと向かわせる。

 「君一人に任せる事になるけれど」

 「いや、私達の目的は、キングにとっても利益になる。協力を引き出せるかは兎も角、見逃しては貰えると思うよ」

 確かにそうだ。GPAはキングにとっても目障りな目の上の瘤。ならばGPAを叩ける好機を、キングが逃す筈も無い。
 異世界移住計画という世界への裏切りを、GPA上層部の現世からの逃亡を告発するという、メリリン達の目的をキングが知れば、恐らくはメリリン達を見逃すだろう。

 「それでも奴は、私だけは逃さないさ。必ず私を殺しに来る。なにせ何度も殺し屋を送り込んで来たくらいだ、だからメリリン、君に託すんだ」

 「分かったよ、けれど」

 「死にはしないさ。私には夢が有る」

 エンダは笑い。己が呪詛の形象である黒蠅を解き放った。


~~~~

 「MMM(トリプルM)と……他の二人は初めてだね。私はルーサー・キングという」

 出会った男は、夜の闇の中で尚いっそう暗く。その男の輪郭は、闇の中に在って黒々と浮かび上がって見えた。
 まるで己こそが夜の闇ですら及ばぬ真の闇。そう主張するかの様に。
 無惨な傷跡を残す左目は、ディビットが生命と引き換えに付けた傷だろうと、三人は同時に理解した。

 「………」

 「………」

 「………」

 メルシニカの一員として、裏社会の人間とそれなりに付き合いがあるメリリンが。
 人に非ざる精神を持つ祟り神であるエンダが。
 この両名が呼吸すら忘れて、硬直した程だ。
 安理に至っては、もはや意識をキングから逸らすことが出来なくなっていた。
 キングの纏う気配は穏やかで、殺意も敵意も抱いていない。それでいて、この威圧。
 邪王は“格の違い”というものを、何もする事無く、只其処に在るだけで知らしめる。
 キングの視線が、三人を、一人ずつ収めていく。
 メリリンは流し見程度。エンダは何事かを考えるかの様に、顎に手を当て。安理には、値踏みするかの様に、一番長く視線を向けていた。
 黙ったままという事が、更に重さを増してくるキングの圧に、三人の胃が重くなり始めた頃合いを見計らったかの様に、キングが口を開く。

 「ああ…君達は名乗らずとも良いよ。エンダ・Y・カクレヤマと只野仁成だね」

 キングが告げた二つの名に。

 「…ギャルか」

 過去を思い出したエンダが殺意を滾らせ、

 「……え、僕は、違」

 安理が戸惑い。

 「バカ…」

 メリリンが額に手を当てた。

 「こんな子供騙しに引っ掛かるんじゃ無いの」

 わざと間違った名前を言う。或いは不意に相手の本名を呼ぶ。そうする事で、リアクションを引き出し、目の前の相手が、探している対象かどうか確認する。
 古くからある手だが、世間知らずの二人はアッサリと引っ掛かったのだ。
 この刑務に於いて、ルーサー・キングが知らぬものとなれば、氷藤叶苗やヤミナ・ハイドの様な木端か、或いはエンダや仁成の様な、秘匿受刑者に限られる。
 である以上、見分けるのは簡単だ。
 知らぬ顔に出逢えば、ヤミナから聞いた名を口にすれば良い。
 口にした名に対する反応を見れば、素直に応じずとも、当人かどうかを見極める自信が、キングには有る。

 「成る程なぁ…MMMは後で商売の話をしたいが、亜人の坊やには用は無ぇ。“ヤマオリの巫女”を置いて行くなら、生命は取らねぇよ」

 キングの纏う気配が“変わった”。
 エンダを此処で殺す。必ず生かして逃さない。
 声に依らず。行動に依らず。その前段階の意思決定だけで、キングがこの後にどう言う行動を取るのかを、三人は理解させられた。

 「…………カハッ」

 キングの意志を直に向けられているエンダに至っては、紙の様な顔色で、呼吸も短く浅くなっている。
 キングの意志の外に在るメリリンと安理にしても、巨大な手で、地面へと押さえ付けられているかの様な、重厚な圧迫感を感じていた。
 三者共に抱くものは、“生存の危機”。気を抜けば、意識を逸らせば、忽ちのうちに殺される。
 圧倒的な実力差と、ルーサー・キングの有する存在感と“名”の重さ。
 キングと三人の間に存在する隔絶した格差が、三人の全身を幾重にも縛る不可視の縛鎖として機能していた。

 ────となると、只野仁成はあの時初めて見たあの男か。

 ブラックペンタゴンのエントランスにいた面々の中で、初めて見た男の顔を思い出す、
 成る程、奴ならば、ドン・エルグランドとも戦えるだろう。

 ────この坊やが当たりじゃ無くて良かったぜ。

 ドンを殺す程の実力を備えた龍人と殺し合うという事態を迎えずに済んで、キングは胸を撫で下ろす。

 ────それでも龍は龍だ。

 それでもキングは警戒を怠らない。現在は取るに足らぬ羽虫でも、“化ける”可能性は充分に有るのだから。
 技術の革新。肉体の鍛錬。そういったものに依らずして、心構え一つで革新が起き得るのが開闢以降の新時代。
 ましてや潜在能力の高さは折り紙付きの龍人だ。警戒するに越した事は無い。
 臆病と謗られる程に用心深い事が、ルーサー・キングを此処まで生き延びさせて来た要因の一つなのだから。

 「私を殺すのか?」

 絞り出す様な声で、エンダが訊く。
 エンダは少し前に見た、ディビットの姿を脳裏に思い描く。
 今自分に向けられているものと、同質量の殺意を向けられて、尚も怯まなかった男の姿に、人を顧みぬ祟り神は、僅かな敬意を抱いた。

 「ああ、悪いが死んでくれ」

 「何故だ?何故私の命を狙う?教えてくれ、教えてくれたら、お前にとって利益になる話をしてやる」

 時間を稼ぐ。その為にキングが自分を狙う理由を訊いておく。自分たちの目的をキングに語るのも同じ事だ。エンダ達にとって、不利益を齎す行動では無いのだから、使わない理由は無い。

 「何だ?信者から集めた金を埋めた場所でも教えてくれるのか?」

 くつくつと笑ったキングは、おもむろに告げる。

 「テメェが先に話せ、その場しのぎの嘘じゃ無いって事を証明しろ。そうすれば教えてやる」

 「確かに教えるという、保証は有るのかい?」

 エンダとキング。双方が先に相手に言わせようとするのは、相手に情報を吐かせておいて、自分は何も言わないという、情報のふんだくりを避ける為だ。

 「このルーサー・キングの口から出た言葉だ、これ以上の保証は無い」

 至極当然の事であるかのように、キングは言った。
 これから殺す相手であっても、約束を違える事はしないと。取引は公正に、厳格に行うと。
 そう、宣言したのだ。

 「そんな口約束が────」

 「いや、教えるよ」

 尚も言い募ろうとしたエンダへと、メリリンが待ったをかけた。

 「ルーサー・キングの約束は、百万枚の契約書よりも信用と重みが有る。決して反故にはしないし、させない。だからこそキングは、欧州裏社会の頂点に立てたんだ」

 「照れるじゃないかMMM。やはり御同業がいると、話が早い」

 「…分かったよ。私達の目的を話そう」

 エンダはキングの言葉を信じる事にした。どの道、話さなければ、キングに皆殺しにされるだけだ。メリリン達だけでも先に行かせる為に、話すしか無いのだった。

 「………ふむ」

 全てを聴き終えて、キングは納得した様な表情を浮かべていた。
 三人が、何故自分を追ってくる様な真似をしたのか、正しく理解出来た。

 「この先に、刑務の根幹に関わるシステムが有り、お前達はそれを壊しに行く…と」

 三人の行動に得心がいった“振り”をしながら、思考の内に、抱き続けていた一つの疑念に解を出す。

────俺をこんな刑務に駆り出す訳だ。

 異世界移住計画。事情を知らぬ者には、これだけでも陰謀論や駄法螺の類だが、其処へヴァイスマンがクーデターを目論んでいるなどという話が加われば、誇大妄想の産物だろう。
 だが、キングは信じた。他ならぬルーサー・キングが、刑務に駆り出されている為に。
 キングが駆り出された、殺し合いを目的とした刑務。この時点で充分に非人道的である。
 全世界規模で激増した凶悪犯罪の為に、旧時代と比べて、犯罪者に対する人権意識は大分低くなっているとはいえ、それでもこの刑務は糾弾されて然るべきものだ。
 ましてや死刑囚や無期囚のみならず、キングや氷藤叶苗の様な期限付きの受刑者や、アイやメアリー・エバンスの様な幼い子供まで放り込んだとあっては、言い繕い様など有りはしない。
 それでも、只の刑務者に依る告発であれば、GPAは小揺るぎもしない。
 人類と人類社会の存続の為に活動し、現実として多大な功績を挙げたGPAに対する人々の信頼は、高々一個人の告発で揺らぐものでは無い。元凶悪犯罪者であれば尚更だ。
 だが、だがしかし。ルーサー・キングであれば、話は別だ。
 欧州のみならず、アフリカ諸国、中南米、ロシア、中央アジア諸国、中国、東南アジア、インド、オーストラリア。
 地球上の広大な領域に、大小強弱はあれど影響力を確と有する“キングス・デイ”の、果てはルーサー・キングの力を以ってすれば、GPAを揺るがす事が可能となる。
 更に異世界移住計画なる、人類と世界への裏切り行為がキングの識るところともなれば、GPAを解体に追い込む事すら可能だろう。
 そんなGPAにとっての危険人物に、GPAを害する為の凶器を、わざわざ与える様な真似を、何故”アビス”は行ったのか?
 刑務が始まった時点から、キングの脳裏にずっと存在し続けた疑問は、異世界移住計画。そしてヴァイスマンのクーデター計画という二つの要素により解を得た。
 ルーサー・キングという、表社会に絶大な影響力を持つ男に、異世界移住計画を告発させる為だ。
 ジャンヌ・ストラスブールや、ネイ・ローマン、果てはディビット・マルティーニといった面々を配したのは、キングへの無言の報酬とする為か、それともヴァイスマンの意図を隠す為のものか。
 もしも、キングが異世界移住計画を知らず刑務を終えたとしても、刑務に参加させられた事を告発すれば、GPAの信頼は下落する。
 キングの証言だけで足りずとも、買収した“アビス“の看守にでも証言させれば良い。
 異世界移住計画の継続が困難になる可能性は充分に有り、なんなら信頼が落ちたのを見計らって、ヴァイスマン自ら異世界移住計画を告発すれば良い。

 ────こうなれば、ジャンヌは絶対に殺しておかねぇとな。

 ヴァイスマンの思惑は読めた。ルーサー・キングが此処にいる理由も。
 だが、キングはヴァイスマンの思惑通りに動いてやるつもりは、無い。
 エンダの話を聞いて、キングが脳裏に描いたのは、ルーサー・キングが布く“新たなる世界の秩序(ニュー・ワールド・オーダー)。
 ルーサー・キングの持つ裏社会の完全制覇という夢が、予想よりも遥かに早く、現実のものとなる。
 否、裏社会の制覇だけに留まらない。
 GPAが異世界へと逃げたければ逃げれば良い。その後、空白になった権力の座を、ルーサー・キングが占める。
 今の主人が去った世界に、ルーサー・キングが新たなる主人として君臨する。
 世界の裏社会のみならず、表の社会すら、ルーサー・キングの意のままにする。
 世界征服。歴史上に於いて誰も成し得なかった絵空事を、ルーサー・キングが現実とする。

 その為に取るべき手順は────。

 「成る程。お前達のやろうとしている事は、確かに俺にとっての利だな。邪魔はしない。行くと良いさ。ただし、エンダは残れ」

 キングは鷹揚に手を振った。
 エンダを残し、メリリンと安理は行かせる。
 己の目的を達成し、最大の利益を得る為に。

 「「……………」」

 メリリンと安理が無言で動き出す。
 事前に打ち合わせていただろうと、そう理解出来る動きだったが、己にとっての利になる以上、キングは一顧だにしない。

 「ああ、一つ訊いときたいんだけれど」

 「何だ?MMM」

 「私との商談って、何?」

 メリリンの質問は、時間稼ぎと、純粋な疑問を兼ねたものだった。
 キングへの畏怖を、キングを上回る怪物だった銀鈴を思い起こす事で乗り越えて、エンダの為に1秒でも時間を稼ぐ。

 「ああ、スカウトだよ。メルシニカは壊滅。メルシニカの頭脳だったサリヤ・K・レストマンは日本で死亡。
 ローマンの野郎と一緒に居たのは気にしないさ。被験体対策の為だろう。
 ここから出ても、何処にも行く当ては無いよな?ウチに来いよ。俺の力で娑婆に出してやるし、後悔し無い待遇は用意してやる」

 「…………考えておくよ」

 メリリンが言い淀んだ理由を、キングが知る事も、理解出来る事も無く。

 「良い返事を期待してるよ……ああ、俺からも二つ聞いていいかな?」

 「?私に答えられる事なら」

 「ルメス=ヘインヴェラートはくたばったかい?」

 「ああ、死んだよ」

 そうか、とキングは呟いて。

 「…エルビス・エルブランデスは…死んだのか?」

 僅かな間は、“偉大な王者”の生存を、キングは心の何処かで願っているのかも知れなかった。

 「エルビスも死んだ。エルビスを殺した奴も死んだよ」

 キングは目を閉じた。口元が僅かに動いたのは、王者へと祈りでも捧げたのか。

 「エルビスは…最後まで、“偉大な王者”だったよ」

 メリリンの記憶に鮮烈に克明に刻まれた、ネイ・ローマンを第二段階へと導いた、王者の雄姿。
 生涯忘れることなど無いと、断言出来るあの姿。
 だからこそ、メリリンは付け加えずにはいられなかった。エルビス・エルブランデスは“偉大な王者”だったと。

 「そうかい」

 エンダ、メリリン、安理。誰も気づく事は無かったが、もしも此処に、夜上神一郎が居たならば、キングが用心深く巧妙に隠している“追悼”の念を見れただろう。
 拳闘を志し、夢敗れた者達の一人として、エルビス・エルブランデスの死を悼んでいるのだろうか。

 「有難うよ。行ってくれ」

 話が終わった。
 メリリンに出来る事が終わった。

 「やっぱりボクも────」

 安理は未だ、残ろうとする。彼の善性は、絶死の地に幼い少女を一人残す事を良しとはし無い

 「君も行くんだ。やりたい事が有るんだろう?」

 安理の申し出を、エンダは至極当然の様に断った

 「でも」

 「私には夢が有る。そう言ったろう。死ぬつもりは無いさ。メリリンは直接の戦闘能力に乏しい、これから先は君が守るんだ」

 「…………わかった」

 四人の内、二人が去り。
 残されたのは、一人の男と、一柱の神。


【C-3/草原(灯台寄り)/一日目・夜】

【北鈴 安理】
[状態]:上半身インナー姿、右腕に打撲、疲労(中)、気疲れ(中)、脳への負担(中)、手足に呪いの浸食(小)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:自分の罪滅ぼしになる行動がしたい。自分なりに、調査を進め弱い人を助ける探偵として動きたい。
1.「灯台」へと向かう。この刑務作業の真実を知りたい。
2.バルタザールがまだ破壊の限りを尽くすようなら、被害をできるだけ抑えたい。
3.無実の人をボクが救えるというのなら……。
4.エンダを置いて行くのは…
※イグナシオの過去、大金卸とのあらましについて断片的に知りました。少なくとも回想で書かれた全てを聞いているわけではありません。
 まだ聞いていない部分について、今後間違った妄想や考察をする可能性もあります。

※超力が変化し、常時発動型の竜人となりました。
 氷龍と比べ冷気の攻撃性能が著しく落ちる代わりに、安定した身体能力の向上を獲得しました。
※他人の記憶を追体験する力を得ました。
 追体験出来るのは自身と直接会話をした事がある人物に限られます。
 記憶の中では五感全てが再現されるため脳への負担が大きく、無茶な使用は精神の崩壊に繋がります。
 また、記憶の持ち主が死亡する場面まで追体験を続けた場合、安理自身も廃人となります。


【メリリン・"メカーニカ"・ミリアン】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(小)、薄黄色のボイラースーツ、帽子とゴーグル、流れ星のアクセサリー(R)
[道具]:デジタルウォッチ、フルプレートアーマー、銀鈴・宮本麻衣・ドンの首輪(使用済み)、ジェーンの首輪(未使用)、工場エリアで集めた機材、グロック19(装弾数22/22)、デイパック(手榴弾×2、催涙弾×2、食料一食分)
[恩赦P]:50pt
[方針]
基本.ローマンと共に、生き延びる。
1.「灯台」へと向かう。“サリヤ”に手を貸す。
2.可能であれば被験体の首輪を解析する。
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました。
※ジェーンの首輪を手作業で解析中です。
 首輪にはシステムAが仕込まれていると見られ、メリリンの超力だけでは解体できないようです。

※サリヤ・K・レストマンの遺体から「流れ星のアクセサリー(R)」を中心とする物資を回収しました。
※流れ星のアクセサリー(R)に吸収されていた大金卸樹魂の超力は消滅しました。



 ~~~~

「私には夢が有る(I Have a Dream)。随分と皮肉なモンだ」

 ルーサー・キングは苦笑した。
 1963年8月28日に、黒人公民権運動の指導者、マーティン・ルーサー・キングJr.が行った演説の一説にして、演説そのものを指す言葉。
 それを、マーティン・ルーサー・キングJr.にあやかった名を持つ自分の前で語られるとは、皮肉なものだと言わざるを得なかった。

 「約束だ。殺す前に教えておくとしようか。殺す理由は簡単だ。“永遠のアリス”は知っているよな」

 「成る程。アレを引き寄せる可能性の有る、ヤマオリの残滓を欧州から一掃する為か」

 「理解が速くて助かる」

 キングは微笑した。交渉や駆け引きの場では、或いは部下を称賛する場では、向けられた者に確実に好感を抱かせる笑顔はしかし、エンダには、これから職務を果たそうとする死神の顔に見えた。

 「一つ忠告しておくが、ヤミナは私達とドン・エルグランドが交戦した所までしか見ていない。だから誰がドンを殺したのか、知らないんだ。
 あの怪物を、ドン・エルグランドを殺したのは私だ、仁成じゃ無い」

 「そうかい」

 キングの声と表情が、エンダが気づか無いほどだが、僅かに硬くなった。
 ギャルを撃退した以上、かなりの手練れである事は間違い無い。
 加えて、あの怪物を、エンダが一人で屠ったとなれば────。

 「だから────」

 エンダの周囲を黒い霞が漂う。
 否。。聞こえる羽音が霞の正体を雄弁に告げていた。
 エンダの周囲を飛び交う無数の蠅が、エンダの周囲で黒い霞を形成しているのだった。

 くすくすくすくす。

 キングの警戒対象から、仁成を外す為に。
 キングがメリリンと安理を追わない様に。
 エンダ・Y・カクレヤマは、出せる全力を励起する。

 「私から気を逸らすと────死ぬよ」

 エンダの纏う雰囲気が変わる。
 妖しく、悍ましく、厭わしいものへと変わっていく。
 幾度と無く“エンダ”を殺そうとした男。
 ギャルを送り込み、“エンダ”の心を深く傷つけた男。

 ────あぁ、許せるものか。

 くすくすくすくすくすくすくすくす。

 心に深く根付いた怨みが、出力を高め続ける。
 霞に覆われ、朧な影としか見えないエンダの姿に、ルーサー・キングが僅かに怯んだ。

 「さぁ…行くよ」

 霞が蠢く。より一層、羽音が増す。
 此処に在りしは、ヤマオリの隠れ巫女に非ず。
 五月蝿なす祟り神。
 怨みを滂沱(ぼうだ)と流す。禍津神。
 その名を、怨沱(エンダ)。

「あの二人を行かせたのは、正解だったな」

 エンダから、刹那の間も意識を逸す事無く、キングは独りごちた。
 ドン・エルグランドを殺した秘匿受刑者。その脅威度は、ジャンヌ・ストラスブールを超越し、第二段階へと至ったネイ・ローマンに比肩する。
 そんな化け物を殺そうという時に、己の超力にとって相性の悪いメリリンまでをも相手取る訳にはいかない。
 確かにメリリンはキングス・デイにとって有用な人材であり、メリリンの行動は、キングの計画の為に必要なものである。
 だが、それは未来の話だ。現在に於いて、エンダとメリリンの両者を纏めて相手取るのは、愚の骨頂と言うべきだった。
 安理もまた同様。不確定要素が強過ぎる龍人など、殺す事が利にならず、生かす事が害にもならぬ以上、サッサと去ってもらうに限る。

 「ドンを殺した相手だ。手加減はし無い」

 キングの全身が黒く染まる。
 瞬時にキングの全身を覆い尽くした鋼鉄は、更に増殖を続け、巨大な鋼の異形へと、キングの姿を変えていく。

 「俺からも忠告だ」

 『Public Enemy』。大根卸樹魂という理外の怪物をすら屠った、ルーサー・キングの秘奥の一手。
 初手から繰り出す全力は、ディビットを殺した時と同じく、キングの殺意と警戒の顕れ。

 「お前達の目論みが成功するかどうかは兎も角。GPAは小揺るぎもし無ぇよ」

 エンダの表情が、僅かに硬くなった。キングの言わんとする事は不明だが、虚言の類では無い事は理解出来た。

 「開闢以降、GPAがどれだけ世界の為に尽力してきたか、奴等の積み上げた実績と、築き上げた世間からの信頼と…。それをお前達如きが崩せるものかよ。
 陰謀論や与太話の類として受け取られるのがオチだ」

 要は、社会的信用。開闢以前から営々と活動を続け、現在に至るまでに無数の功績を積み上げ、功績に相応しい信頼を世間から得ているGPA。
 それを、凶悪犯罪者達が告発して、一体誰が信じるというのか。

 「脱獄の為の手数の為に焚き付けた脱獄王が気付かないのは当然だ。何しろ奴は脱獄狂。世間や社会なんて考えた事も無いだろうしな」

 ブラックペンタゴンのエントランスに居た面々を思い出しながら、キングは語る。あの場に居た全員が、脱獄王の申し出に乗ったのだろうと、そう察するのは容易かった。

 「ネイ・ローマンが気付かなかったのは、所詮はガキって事だ。俺の可愛い子供達を何人も殺した実力も、懸賞金に目が眩んで、ローマンを売る奴が居ない統率力も、買ってはいたんだがな」

 鋼鉄の弾丸が飛翔する。
 引き裂かれた大気が絶叫し、鋼球に穿たれた大地が爆ぜる。
 一度に纏めて十数発の鋼の弾丸が、エンダの矮躯を穿ち抉り砕くべく放たれる。

 くすくすくすくすくす。

 エンダの周囲に浮かぶ黒霞が蠢き出す。
 鋼球数と同数の、黒い触手が伸びて、触れた鋼鉄は黒い霞に包まれて、キングの意図を離れて地へと落ちた。

 「…………」

 キングは無言。
 ギャルから話は聞いている。怨嗟により出力を増し、超力を封じる万能の黒蠅。
 成る程、確かに厄介だ。しかもギャルに依頼して、エンダを殺そうとした事も知っている。

 「一人で残る訳だ」

 改めて、眼前の少女の脅威度を推し量る。
 黒霞に覆われれば、鋼鉄の支配権を失ってしまう。
 第二段階に至った故の高出力に依るものか、朽ちる事も、封じられる事も。奪われる事も無いにせよ、厄介な超力ではある。
 飛び道具の類は、対処されると考えておくべきだろう。

 ────まぁ、どうにもならない訳じゃ無ぇ。攻略の糸口は、奴が用意してくれた。

 「私には夢が有る(I Have a Dream)か、大方、テメェが脱獄王の口車に乗ったのは、その夢とやらの為だろう。脱獄しても、GPAの追っ手は厄介だからな。
 だが、その夢は叶わねぇ。お前達の様な木端には、GPAをどうにかする事は出来ない」

 ────奴の超力は恨みの強さで出力が変わる。精神面の影響を強く受けるというのなら、動揺させて殺意を鈍らせれば済む。

 長さ30cm、直径5cmの鋼鉄の杭が、キングの周辺に次々と形成されていく。
 五秒と経たぬうちに、40もの鋼杭を形成すると、内の20がエンダへと撃ち放たれた。
 全て異なる軌道を描き、全て異なる狙いへと放たれた20の鋼杭は、一発当たるだけでエンダを絶命させるだろう、速度と威力を持っていた。
 全てが直撃すればエンダの身体など、数百の肉片へと変えてしまうだろう。

 黒蠅が、蠢く。

 猛速で飛来する杭の全てを黒霞が包み込み、杭に与えられた運動エネルギーと、キングの制御を失わせ、悉くが地に堕ちる。
 それでも尚、キングの攻勢は止まらない。残る杭も射出して、エンダが防ぐべく黒霞を操ると、エンダの動きに応じて縦横3mの鋼板を精製。蠅でも叩くかの様に、エンダへと振り下ろす。
 ふわり。と、エンダの身体が宙を舞う。風に吹かれた羽毛の様に、質量を感じさせない飛翔のタネは、エンダの総身に群がる黒蠅だ。

 くすくすくすくすくす。

 キングの視界が、黒蠅に覆われた。即座に腕を振るって振り払うも、取り戻した視界にエンダの姿は、当然の様に無く。
 されどもキングは動じ無い。エンダの姿が無い事を見て取ると、間髪入れずに全身から2mの鋼杭を形成した。
 前後上下左右全方位へと伸びた鋼の杭は、如何なる方位へとエンダが回り込もうと、確実に刺し貫いたろうが、全ての杭は虚しく空を穿っただけだった。
 訝しんだキングの頭上に、凄まじい重量が発生した。
 キングに気付かれないように、密やかに切り込みを入れていた樹木を切断し、キングの頭上へと倒れ込ませる。
 重々しい響き残し、キングの足首までが地面に埋まる。

 「漢女の拳の方が、重かったぜ」

 キングの左手が、頭上の樹木に触れた。
 生木の裂ける音がした。鋼の五指が樹木に触れた途端、皮を割いて、幹へと根本まで食い込んだのだ。

 「ガキを叩くには、少し大きいか」

 倒れた樹木を、左腕一本で持ち上げて、枯れ枝の様に振り回す。
 再度、宙に浮かんで、足を全く動かさずに後退するエンダへと、キングは樹木を剛速で投擲するも、エンダから伸びた無数の触手が樹木を細切れに切断した。

 「だが、GPAを叩ける人間が居る」

 宙を舞った羽毛が地に落ちるかの様な、重さというものを全く感じさせない動きでエンダが着地。滑るような動きでキングから距離を取った。

 「この俺だ。マスコミや政治家連中と通じ、社会への影響力を持つこの俺、ルーサー・キングだけがGPAを叩ける。
 分かるか?ヤマオリの巫女。お前の夢の為には、この俺が必要なんだよ」

 嘲笑と共に浴びせる言葉。返答として放たれた黒霞の鞭を、大きく横に跳躍する事で回避。お返しに地面を抉るように蹴り飛ばし、無数の土の散弾を蹴り放つ。
 唸りを上げて飛翔する土塊の全てが黒霞に覆われ、土塊と同じ数の土を固めたナイフと化して、キングへと送り返された。
 キングは不動のまま、ナイフの群れを平然と受けた。第二段階の出力で生成された鋼殻は、土塊如きで傷つくはずも無く、全てのナイフが僅かな傷も付けられずに砕け散る。
 キングは猛然と地を蹴った。凄まじい速度で迫る黒鋼の異形は、エンダに被験体を思い起こさせるのに充分すぎるものだった。

 くすくすくすくすくすくす。

 黒霞がキングに纏わり付き、キングの視界をヤミへと閉ざす。

 「忠告有難う。お礼に一つ教えてあげよう」

 闇の中に響くエンダの声。
 無数の羽音中で、五月蝿なす少女の声は、ハッキリと聞こえた。

 「私の夢に、お前は必要無い」

 エンダの動揺を誘う為のキングの忠告は、アッサリとエンダに否定される。

 「お前は、今、此処で死ね」

 羽音が強まる。視界を覆う闇が強まる。
 怨嗟によりて力を増す禍津神の神威が、更に深く強くなっていく。

 ~~~~

────社会的信用か。確かに私たちには無いが、どうにもならない訳じゃ無い。

 ────安理を先に行かせておいて良かった。

 ────ジャンヌ・ストラスブールが冤罪を晴らせてば、社会的な信用も回復する。

 ────安理の超力で、ジャンヌの無実を証明するする。

 ────ジャンヌには、辛い過去を掘り起こさせる事になるけれど。

 ────私の夢は、彼らに掛かっている。断じてお前じゃ無い。

 ────”エンダ“の夢を、何時迄も邪魔をするんじゃ無い。

 昂る憎悪、猛る意志が、黒霞を更に濃密に、更に強力なものへとしていく。

 ────此処で殺す。此処で死ね。

 必ずこの男の人息の根を止めて見せると。人の身に宿った“神”は力を振るう。

~~~~

 ────動揺するかと思ったが、この落ち着き具合、やつも思い至ったか。

 ────ヤマオリの巫女は、ジャンヌ・ストラスブールと過去に会っている。なら、不思議じゃ無い。

 ────やはり、ジャンヌは殺さないとな。

 ────異世界移住計画。是非とも成功させて欲しいものだ。

 ────その為になら、協力してやっても良い。

 ──── 代わりに、GPAの連中が居なくなった後、俺の世界制覇の為の準備に協力して貰う。

 ────ギブアンドテイクってヤツだ。

 ────世界移住計画を邪魔する奴は俺が排除する。

 ────異世界移住計画の告発に対して、無数の尾鰭を付けて、まともな奴は相手にしなくなるくらいの与太話に貶めてやる。

 ──── GPAの逃走を、俺が手助けしてやる。

 ────その見返りは、キッチリ戴く。

 ────俺が世界をこの手に収める。

 ──── だからMMMを行かせたのさ。奴には精々脱獄を成功させて貰わないとな。

 ────異世界移住計画について知る者が娑婆に居る。この事実がGPAに対する脅しとなる。

 ────脅しで済ませる為にも、ジャンヌ・ストラスブールは此処で殺す。

 ────万が一にも、奴が無罪を証明し、名誉を回復すれば、奴の言葉はGPAを揺るがすだけの力を持つ。

 ────だからこそ、俺の手で必ず殺す。ジャンヌを殺して、GPAの最大の脅威を取り除いてやる。

 ────ジャンヌ・ストラスブールの死を以って、俺が異世界移住計画に協力する事の証明とする。

 異世界移住計画について知った時に、ルーサー・キングの脳裏に描かれた世界制覇の計画。
 GPAに協力し、GPAに協力させ、互いの目的に向かって邁進する。
 そして、首尾良く異世界移住計画が実行に移された暁には、空白になった権力の座をルーサー・キングが占める。
 その為にもジャンヌ・ストラスブールは殺さなければならない。
 そして、ルーサー・キングが制覇した世界に於いて脅威となり得る“ヤマオリ”は排除されなければならない。

 「テメェは、今、此処で死ね」

 キングの身体を包む巨大な黒鋼の異形。それが更に膨れ上がる。生産される鋼鉄が、異形を更に大きく厚く強くする。


 黒霞が天地を覆い蝕む。
 黒鋼が世界を震わせる、

 二つの黒。勝つのは何方か。

【C-3/草原(ブラックペンタゴン寄り)/一日目・夜】

【ルーサー・キング】
[状態]:疲労(大)、肉体の各所に打撲(小)・裂傷(小)、腹部にダメージ(小)、左手と顔左半分に火傷痕(処置済み)、左目失明(布を眼帯として巻いてる)
[道具]:漆黒のスーツ(新調)、私物の葉巻×1、タバコ(1箱)、応急処置キット(幾らか残量あり)
[恩赦P]:107pt
[方針]
基本.勝つのは、俺だ。
0.GPAとの取引の為に、ジャンヌ・ストラスブールを殺す
1.生き残る。手段は選ばない。
2.使える者は利用する。邪魔者もこの機に始末したい。
3.“ヤマオリ”招くエンダを殺す。
4.ルーサー・キングを軽んじた以上、りんか達もいずれ潰す。手段手法は問わない。
5.ジャンヌ・ストラスブールも、第二段階に到達しつつあるのか?
※治療キットで負傷の回復をしていました。

※彼の組織『キングス・デイ』はジャンヌが対立していた『欧州の巨大犯罪組織』の母体です。
多数の下部組織を擁することで欧州各地に根を張っています。
※ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、エンダ・Y・カクレヤマは出来れば排除したいと考えています。

※超力の第二段階に至った『到達者(プレシード)』です。
全身に漆黒の鋼鉄を纏い、3m前後の体躯を持つ“黒鉄の魔人”と化す超力『Public Enemy』が使用可能です。
※アビス内でラバルダ・ドゥーハンと面会し、彼女からシエンシアについて聞き出していました。

※C-3/道路とC-4/森に鉄球が転がっています、どちらの鉄球に本体が入っているのかは次話にお任せします。



【エンダ・Y・カクレヤマ】
[状態]:ダメージ(微小)、疲労(中)
[道具]:デジタルウォッチ、探偵風衣装、ドンのデジタルウォッチ、図書室の本数冊、治療キット(残量半分)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱出し、『エンダの願い』を果たす。
1.「灯台」へと向かう。刑務を無力化する。
2.“エンダ”を殺そうとしていたルーサー・キングを殺す。ローマンは出来れば利用したい。
3.ジョニーとは一度別れ、再会したら殺す
4.『エンダの願い』の為にはジャンヌ・ストラスブールの無罪を証明しなければならばいのか…
※エンダの超力は対象への〝恨み〟によって強化されます。
※エンダの肉体は既に死亡しており、カクレヤマの土地神の魂が宿っています。この状態でもう一度死亡した場合、カクレヤマの魂も消滅します。
※黒靄による超力干渉でエルビスの腐敗毒をある程度遮断できます。
ただし〝恨み〟による強化が発揮しない限り、完全な無効化は出来ないようです。

147.巌窟王 投下順で読む 149.アイドルは死神に踊る
時系列順で読む
夜が来る ジャンヌ・ストラスブール バイバイ、アイドル
葉月 りんか
メリリン・"メカーニカ"・ミリアン Liberty or Death
北鈴 安理
エンダ・Y・カクレヤマ
ルーサー・キング

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最終更新:2026年02月22日 16:17