大晦日の博麗神社。
遠くから聞こえてくる除夜の鐘に耳を澄まし、異変が立て続けて起こった今年の冬を振り返る。
まず、地の底から間欠泉とともに怨霊たちが湧き出てくる、という異変。
最初は地底深くまで潜ることを渋った霊夢と魔理沙だったが、妖怪達に進められて結局はいつも通りに異変を解決した。
そしてもう一つの異変、通称“豪雪異変”
何の捻りも無い名前で、ご察しの通り異常なまでに雪が多く降り注いだ事件である。
故意に起こされたものではなく、とある冬の寒気を操る妖怪が毎日張り切って恋人の下に会いに行ったことが原因で起きた異変だった。
――これだけ聞くと地味に思えてしまうが、雪の所為で守矢神社の巫女の恋人が遭難してしまったからさぁ大変。
巫女は奇跡を起こす神の力をフル活用して恋人を探し出し、鬼もかくやという勢いで神様二柱従えて道中の妖怪たちを軽々と打ち破り、
あっというまに異変を解決してしまった。霊夢も形無しである。
黒幕の妖怪と、その恋人はこの件でこってりと絞られたのでこの異常な雪景色も後少しで落ち着くことだろう。
そう思うと、安心すると同時に少し勿体無く感じる。寒いのは嫌だが。
「――はぁ」
炬燵と蜜柑、これ鉄板。思わず溜め息が出る程に。
籠に積んであるオレンジ色の山のてっぺんから一つ摘み、皮を剥いて身を咀嚼する。
口の中で潰れる果肉と溢れる果汁がたまらない。
うむ、やはり炬燵と蜜柑の相性は最高だ。
「ゆーきやこんこん、あーられやこんこん♪」
――と、蜜柑の味に舌包みを打っていると廊下から霊夢の口ずさむ声が聞こえてきた。
犬は庭で駆け回り、猫は炬燵で丸くなる、か。
猫の橙曰わく、それは迷信らしいが。
その当の本人が、炬燵で丸くなっているのはどういうことだろうか。しかも俺の胡座の上で。
炬燵の中で丸くなる猫が橙だとしたら、庭で駆け回る犬は椛だろうか、それとも大穴狙いで咲夜さんだろうか。
……どちらにしろ想像すると中々にシュールな光景だが。
そんな本人達に知られるとナイフとのの字弾幕をしこたま喰らいそうな妄想をしている最中、
此方に近付いてくる足音が段々大きくなっているのを感じた。
足音は影を伴って、この部屋の前でぴたりと止まり、シルエットの手が襖に掛けられて。
「失礼するけど、こっちに橙が――」
ガラリと襖が開く。
影の正体は、俺の膝で丸くなっている化け猫の主、八雲藍だった。
どうやら橙を探していたらしく、俺と橙の姿を確認すると安心したように溜め息を吐いた。
「なんだ、そんな所にいたのか。道理で探しても探しても見つからないわけね」
そう言うと俺のすぐ側に腰を下ろし、炬燵に足を突っ込んだ。
必然的に視界に入るふかふかな金色の九尾。触ってもいいか、と聞くと快く承諾して一本を背もたれの代わりにしてもらった。
柔らかい感触が俺と橙の体重を受け止め、いい具合に沈む。
まるでどこぞの社長室のソファのようだ。もっとも、そんなソファには座ったことが無いので想像上の話でしかないけれど。
暫くそうして高級な気分に浸っていると、蜜柑の皮を剥きながら藍が話を切り出した。
「……お前には感謝しているよ。橙のいい遊び相手になってくれて有難う」
「いえいえ、そんなお礼を言われるようなことじゃないですよ」
「そうでもないさ。ここ最近の橙は、お前のもとに遊びに行くのが楽しくて仕方ないらしい」
少し嫉妬してしまったよ、と藍は苦笑した。
確かに藍は殆ど橙の親のようなものだ。
愛娘に関しては色々と複雑な心境なんだろう。
「そう言えば紫さんはどうなんですか?
冬眠とかそこら辺」
「あぁ、確かにいつもなら冬眠している時期なのだが……」
そう言葉を区切ると藍は再び苦笑した。今度は少しばつが悪そうに。
「なんでも、外界の恋人と一緒に過ごしたいから今年の冬は起きているそうだ。
……はぁ、起きているのなら仕事を押し付けないで欲しいのに……」
「あはは……。でもそのお陰で異変の時は助かったじゃないですか」
「霊夢の支援にはな。豪雪の時はまるで役に立たなかった」
いつになく毒舌で愚痴る藍。
しかしこのまま話がネガティブな方向に進むのもあまりよろしくない。
ならばさてどうするかと首を捻っていると。
「ぅうん……」
橙がもぞもぞと身じろぐ。
そろそろ起きてくる頃合いか、橙が動き易いように足を広げてやり。
寝ぼけ眼を開き、俺の顔をまじまじと見詰めてくる橙。
そして、とんでもない一言を口にした。
「――お父さん?」
「ゴフっ!?」
「ゲホっ!?」
俺のどこかに無き父の幻想を見たのか、心臓に悪い台詞を放ち。
藍が緑茶を吹き出し、俺が喉に蜜柑を詰まらせた。
「……ぅ…うん…」
そしてまた眠りに付く橙……やはり子供に夜更かしは無理な話か。
「……じゃなくて、だ」
「あぁ、大変だな“お父さん”?」
素早く落ち着きを取り戻した藍はくつくつと面白そうに笑っている。
ああくそ、頬の火照りが止まらねぇ。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
その後、取り留めもない話をして橙を引き取ってもらい。
風邪をひいた恋人の家へ看病をしにいった霊夢を見送って、今は一人で新年を迎えようとしているのだが。
首筋に感じる、剣呑な視線。
「……いるんだろ?」
――にゃーん。
どこからともなく、鳴き声と共に現れる黒猫。
二つに分かれた尻尾の持つ、赤い瞳の妖怪猫。
俺は、こんな特徴を持つ妖怪は一人しか知らない。
「なぁ、お燐?」
そう名前を呼ぶと、猫の尻尾がくるくると回り始めて。
光を放ち、やがて人の形になり。
俺の腹の上に乗り、お燐になった。
不機嫌なのか、眉間に皺を寄せて頬を膨らませている。
「……」
「…怒ってる?」
「……」
「あのー……もしもし?」
「あったりまえじゃないのさ!」
「うわっ」
「うわ、じゃないよ! あんな雌猫に浮気して――」
これは相当腹を立てていると見てよさそうだ。
が、俺としてはお燐のそんな姿を見たくはないのでどうにかして鎮めないとい
けない。いや、そんな姿も可愛いけどさ。
「大体、お父さんってなにさ!? お兄さんったらあんな雌猫に鼻の下伸ばしちゃって」
「いや、あれは妹とか近所の子供を相手にするのに似たような感覚で」
「ロリ? ロリなの!? 本物のロリなのかー!?」
「いや、落ち着けって」
このままでは埒が開かない。開かないので――
お燐の唇を、塞ぐことにした。
「ん!?……ん……」
ただ重ねるだけのそれから、深く互いを求め合うものまで。
たっぷりと時間をかけて、口付けをした。
「お兄さんはズルいよ……あたいがこうされたら黙ること知ってるくせに」
「でも、満更でもないんだろう?」
「……ばか」
「ばかで結構。俺が愛しているのは後にも先にもお前だけだよ」
ぎゅうっと抱き付き、より強く体を密着させる。
あぁ、今年の大晦日は長いことになりそうだ。
しんしんと雪が降る外の景色を眺め、お燐と共に過ごす大晦日。
「明けましておめでとう、おにーさん」
「うん、今年もよろしくな」
「うんにゃ。今年どころか、未来永劫離してあげないよ」
「いやそれは困――らないか別に」
「えへへ」
愛しい人と一緒に過ごす大晦日。
愛しい人と一緒に迎える新年。
あぁ、まったくもって最高だ。
新ろだ243
───────────────────────────────────────────────────────────
仕事から帰る途中に、猫が子供にいじめられてるのを見つけた。
猫好きの俺は黙っていられるわけもなく、指導『ハクタク式ヘッドバット』で懲らしめて、猫に謝罪をさせた。
うむ、いいことをした後は気持ちがいい。
「よしよし、ひどい目にあったな。もう大丈夫だ」
助けた猫を撫でながら言い聞かせてやる。
「お兄さん、ありがとう。お礼に地霊殿に連れていってあげるよ」
「地霊殿?」
「あたいのご主人様のお屋敷だよ」
「そーなのかー。……って喋った!?」
「そりゃ喋るよ。妖怪だもん」
……嘘だ。こんなに可愛い猫が妖怪なはずない。
「あ、疑ってるね? 証拠見せてあげるよ」
いうなり猫は、赤い髪をおさげにした女の子に姿を変えた。
ぴこぴこと動く猫耳と尻尾がその正体を告げ、どこから持ってきたのか、猫車を片手に携えている。
「じゃじゃ~ん!」
驚く俺に笑顔で話しかけてくる猫娘。
「さとり様の命令で、人間に手を出すことが出来なかったからね。さすがにあの子達を運んじゃったら、もうお仕事出来ないだろうし、困ってたんだ~」
「……」
目の前の猫娘は本当に妖怪だったらしい。
俺が通りかかって助かったな悪ガキども。
「で、お礼にお兄さんのことを、あたいのいるお屋敷でおもてなししたいなって。さとり様にも紹介したいし」
「いや、そこまで大層なことはしてないよ」
「そんなこといわないでさ。あたい、お兄さんのこと気に入っちゃったし、ご招待だと思って、ね?」
うーん。そう考えれば魅力的かもしれないな。
目の前の女の子は可愛いし、お屋敷となれば美味しいものや、珍しいものもあるかもしれない。
ちょっと遊びに行っても、ばちは当たらないだろう。
「じゃあ、案内してもらおうかな」
「本当? じゃあこれに乗って」
と、指差したのは先ほどの猫車。
確かに大きなサイズのそれは、俺が入るには十分だ。
「……えと、遠い?」
「大丈夫大丈夫。あたいの足なら半刻もかけないで行けるからさ」
「でも、これ」
「平気平気。普段はもっと重いの運んでるし。さあ、乗った乗った」
どうやら乗らないと話が進まないみたいだが、他に方法はないのか?
「乗ったね? じゃあ行くよ、クロネコお燐の特急便、しゅつど~う!」
言うなり、物凄いスピードで猫車を押す猫娘。
振り落とされそうになるのを、猫車の縁を掴んで支える。
「ちょっ……速すぎ」
「まだまだ行くよ~! 加速加速ksk~!」
顔面に強い風を受けながら何とか踏みとどまろうとするが・・・
「ぎゃあああああっ!」
掴んでいた手が離れ、頭に強い衝撃を受けた後、俺の意識は途切れた。
「お兄さん、起きて~。着いたよ~」
猫娘の声に目を覚ますと、そこにあったのは大きな屋敷だった。
確かに屋敷とは聞いていたが、まさかここまで大きいとは。
猫娘の主人ということは、妖怪だよな?
まさか俺、このまま喰われちゃうとか?
「大丈夫だよ。さとり様はちょっと怖いけど、悪い妖怪じゃないからさ」
尻込みする俺に声をかけてくる猫娘。
「付いてきて。さとり様に紹介するから」
というと、彼女は屋敷の中に入っていく。
慌てて後を追い中に入ると、しんと静まり返っていた。
目の前の猫娘の足音が廊下に響く。
歩く度に形のよい耳がピョコピョコ動き、すらりとした尻尾がゆらゆら揺れる。
なでたらきっと気持ちいいに違いない。
……触ってみたい。
ふらふらと手を出しかけて……
「着いたよ」
「……っ!」
急に振り返った猫娘に、慌てて手を引っ込めた。
「どしたの、お兄さん?」
「え、あ、いや、珍しかったもんでついきょろきょろと……」
「あはは、お兄さん意外と落ち着きないんだね」
イノセントな猫娘の笑顔が痛い。
……仕方ないじゃない
……仕方ないじゃない
あんなに可愛らしい耳と尻尾を触らないなんて、猫フェチの名が廃るってもんだ。
「さとり様、お客様を連れてきました」
俺が悶々としてる間に猫娘が部屋の戸を叩いた。
「あら、お燐。珍しいわね。
……へえ、人間の。 ……そう、助けてもらったの。
……そうね、私からもお礼を言うべきでしょう。
入りなさい。そこのお客様もご一緒に」
「さ、お兄さんも入った入った」
猫娘に引っ張られるままに部屋に入ると、そこにいたのは小柄な少女。
「ようこそ地霊殿へ。お燐を助けてくれたこと、感謝します」
淡々とお礼を告げる少女。
幼い割りにずいぶん落ち着いた物腰だが、彼女がここの主なんだろうか?
「お察しの通り、わたしがこの地霊殿の主、古明寺さとりです。
ええ、名前の通り、さとりと呼ばれる妖怪ですよ。
そんなに警戒しなくとも、敵意が無ければこちらも何もしません」
こちらが疑問を浮かべるたびにすらすらと答えていくさとり。
「……会話が成立しないのは少し寂しい、ですか。
これは失礼しました。少しおさえましょう」
「そんなに気をつかわなくても」
「いえいえ、お燐が人間のお客様を連れてくるなんて初めてなので、わたしも少し興奮してしまったようです」
まあ、こんなところにただの人間が来られないわな普通
「それはそうとお燐、あなたまだ自己紹介していないようね。○○さんが名前を知りたがっているわ」
「そだ、忘れてた。改めまして、火焔猫燐だよ、お兄さん。
長ったらしいからお燐って呼んで」
「○○だ。改めてよろしく、お燐」
「じゃあ地霊殿を案内するよ。○○お兄さん、付いてきて」
いそいそと腕を引っ張るお燐。
「ちょっと待ってお燐、○○さんと少しお話させてくれないかしら?」
「……どうしてですか?」
少しだけ不機嫌そうにお燐が聞く。
「きちんとお礼が言いたいのよ」
「……分かりました」
しぶしぶといった感じで出ていくお燐。
お燐が出ていったのを確認して、さとりが話始めた。
「さて○○さん」
「なんでしょう」
「私はお燐とのことについてどうこう言うつもりはありませんが……」
そこで言葉を切りニヤリと笑うさとり。
「『そういう関係』になるなら、責任はとってくださいね」
「ぶっ!?」
行きなり何を言い出しますかこの方は。
「扉のむこうからはっきり聞こえましたよ……
『おりんちゃんのむぼうびなうしろすがたウフフ』」
「……曲解せんでください」
「冗談はさておき、お燐はあなたのことを気に入っているようですので、仲良くしてやって下さい。お願いします」
真面目な顔に戻ると深々と頭を下げるさとり。
「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
……確かに悪い妖怪ではなさそうだ。
「それと」
あげた顔は再び意地の悪い笑み。
「私に隠し事は通用しませんのでそのつもりで」
……タチの悪い妖怪ではあるようだ。
「それはどうも」
地霊殿のガイドお燐は、最初こそへそを曲げていたが、俺に友人の地獄鴉を紹介したり、
友人の地獄鴉が俺を死体と間違えたり、俺が友人の地獄鴉のエサになりそうだったり、
友人の地獄鴉に現在進行形でメルトダウンされかけてたり、そんなところを見ているうちに機嫌が直ったらしい。
と言うか、見てないで助けろ。
で、結局ズタボロにされて、しばらく地霊殿で療養するはめになった。
「あのままいけば俺の死体が手に入る、とか思ったんじゃないだろな」
「やだなあお兄さん、そんなことナイヨー」
「目を逸らすな、棒読みするな、頬を掻くな」
「にゃはっ」
「……まったく」
思わずため息をつくと、お燐が体を寄せてきた。
「でも、こうやってお兄さんの看病が出来るのは嬉しいかな」
「お燐?」
「なんだろうね? お兄さんと一緒にいると、ふわふわして、暖かくて、ずっと一緒にいたいなんて思っちゃうんだ」
胸板に頬を擦り付けるお燐。
驚いた拍子に手が跳ねて、お燐の慎ましいそこに触れた。
「ひゃっ!?」
思わずといった風に顔を上げるお燐。
やっぱり敏感なんだな。……ってそうじゃなくて
「ご、ごめん! わざとじゃないんだ」
「ううん、……その、お兄さん、ここ触ってみたい?」
「え?」
「……お兄さんなら、……いいよ、触っても」
顔を赤らめて、目を伏せるお燐。
触ってもいいって、本当に?
恐る恐る手を伸ばせば、目を固くつむりながらも抵抗しない。
……ごくりと生唾を呑み込む。
ゆっくりと伸ばされた手が、そこに触れた。
「……んっ」
やはり敏感なのか小さく声を上げるお燐。
強くしないよう、麓からてっぺんへと、優しく撫でていく。
柔らかい、ふにふにした感触が気持ちいい。
「……あ、んぅ」
撫でるたびにピクリと動くお燐。
「柔らかくて、ふわふわしてて気持ちいいよ」
「えへへ~。なんだか恥ずかしいな~」
その感触の良さを誉めてやると、はにかみながら触られている耳を動かす。
なんとなく幸せな気分に浸っていると、眠くなってきた。
「眠いの? お兄さん」
「うん」
「じゃあ、一緒にお昼寝だね」
言うなり猫の姿になって潜り込んでくるお燐。
温かくふわふわした感触が、胸を満たす。
その気持ち良さですぐに眠りに落ちた。
そんなこんなでお燐とずっと一緒にいた一週間。
どうにか怪我も完治し、一度帰宅することにした。
お燐と離れるのは寂しいが、家を開けてだいぶ経つし、移住するにしても準備がいる。
近所の人も心配してるかもしれない。
「ではお燐に送らせますよ。 ……ふふ」
さとりさん、そんなにニヤニヤして、貴女完全に読んでますね。
「聞こえてしまうんですからしかたないでしょう。
旧地獄がまた暑くなってしまいましたね」
「……えーと、あまりからかわないで下さいよ、さとり様」
「なんでしたら貴方達の想いを、一字一句発言しましょうか?」
……この人絶対Sだ。
「『お兄さんと離ればなれ寂しいよー』
『はあ、今夜はお燐と一緒に眠れないのか』
『家に押し掛けちゃおうかな』
『今度は俺の家に招待しようかな』
……ふーん、考えるタイミングまで一緒なんてねぇ」
「「勘弁してください」」
「わたしの機嫌は損ねない方がいいですよ、○○さん」
すいません、ホント許して下さい。
「じ、じゃあ行くよ○○お兄さん。乗って」
「あ、ああ」
恥ずかしさで真っ赤になりながら猫車に乗り込む。
今回は気を失わずに無事に人里に帰れた。
お別れのキスをしてお燐と別れ、久々の我が家へ帰る途中に人だかりを見つけた
重苦しい雰囲気と、線香のにおいから察するに葬式らしい。
俺がいない間に誰かなくなったのだろうか。
ちょうど近くに慧音さんがいるので尋ねることにした。
「慧音さん、誰か亡くなった方がいたんですか?」
「……ああ、避けられないこととはいえ、悲しいことだ」
ポツリと呟くように答える慧音さん。
「……どこの方ですか」
「ちょうどこの近くに住んでる青年……で…」
俺を見た瞬間に目を見開く慧音さん。
「で、……で、……」
その顔がだんだんと青くなっていく。
ふと気付けば、周りにいた人たちも俺に気付き、固まっていた。
一瞬の静寂。……そして
「出たあああああああああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
「お助けええええええええええええええ!!」
「なんまいだぶ、なんまいだぶ、なんまいだぶ!!」
「悪霊退散、悪霊退散、悪霊退散!!」
響き渡る絶叫。
「え? 何、死んだって俺?」
聞けば一週間前お燐の姿を見た奴がいたらしい。
火車が現れた直後に俺がいなくなったので、みな俺がさらわれてしまったと思いこんだそうだ。
まあ、無理もないと言えばそうか。
ともあれ、俺はこうしてお燐と出会い、俺たちの恋愛模様はちょっとした語り草になるわけだが。
・・・それはまた別の話
>>新ろだ385
遠くから聞こえてくる除夜の鐘に耳を澄まし、異変が立て続けて起こった今年の冬を振り返る。
まず、地の底から間欠泉とともに怨霊たちが湧き出てくる、という異変。
最初は地底深くまで潜ることを渋った霊夢と魔理沙だったが、妖怪達に進められて結局はいつも通りに異変を解決した。
そしてもう一つの異変、通称“豪雪異変”
何の捻りも無い名前で、ご察しの通り異常なまでに雪が多く降り注いだ事件である。
故意に起こされたものではなく、とある冬の寒気を操る妖怪が毎日張り切って恋人の下に会いに行ったことが原因で起きた異変だった。
――これだけ聞くと地味に思えてしまうが、雪の所為で守矢神社の巫女の恋人が遭難してしまったからさぁ大変。
巫女は奇跡を起こす神の力をフル活用して恋人を探し出し、鬼もかくやという勢いで神様二柱従えて道中の妖怪たちを軽々と打ち破り、
あっというまに異変を解決してしまった。霊夢も形無しである。
黒幕の妖怪と、その恋人はこの件でこってりと絞られたのでこの異常な雪景色も後少しで落ち着くことだろう。
そう思うと、安心すると同時に少し勿体無く感じる。寒いのは嫌だが。
「――はぁ」
炬燵と蜜柑、これ鉄板。思わず溜め息が出る程に。
籠に積んであるオレンジ色の山のてっぺんから一つ摘み、皮を剥いて身を咀嚼する。
口の中で潰れる果肉と溢れる果汁がたまらない。
うむ、やはり炬燵と蜜柑の相性は最高だ。
「ゆーきやこんこん、あーられやこんこん♪」
――と、蜜柑の味に舌包みを打っていると廊下から霊夢の口ずさむ声が聞こえてきた。
犬は庭で駆け回り、猫は炬燵で丸くなる、か。
猫の橙曰わく、それは迷信らしいが。
その当の本人が、炬燵で丸くなっているのはどういうことだろうか。しかも俺の胡座の上で。
炬燵の中で丸くなる猫が橙だとしたら、庭で駆け回る犬は椛だろうか、それとも大穴狙いで咲夜さんだろうか。
……どちらにしろ想像すると中々にシュールな光景だが。
そんな本人達に知られるとナイフとのの字弾幕をしこたま喰らいそうな妄想をしている最中、
此方に近付いてくる足音が段々大きくなっているのを感じた。
足音は影を伴って、この部屋の前でぴたりと止まり、シルエットの手が襖に掛けられて。
「失礼するけど、こっちに橙が――」
ガラリと襖が開く。
影の正体は、俺の膝で丸くなっている化け猫の主、八雲藍だった。
どうやら橙を探していたらしく、俺と橙の姿を確認すると安心したように溜め息を吐いた。
「なんだ、そんな所にいたのか。道理で探しても探しても見つからないわけね」
そう言うと俺のすぐ側に腰を下ろし、炬燵に足を突っ込んだ。
必然的に視界に入るふかふかな金色の九尾。触ってもいいか、と聞くと快く承諾して一本を背もたれの代わりにしてもらった。
柔らかい感触が俺と橙の体重を受け止め、いい具合に沈む。
まるでどこぞの社長室のソファのようだ。もっとも、そんなソファには座ったことが無いので想像上の話でしかないけれど。
暫くそうして高級な気分に浸っていると、蜜柑の皮を剥きながら藍が話を切り出した。
「……お前には感謝しているよ。橙のいい遊び相手になってくれて有難う」
「いえいえ、そんなお礼を言われるようなことじゃないですよ」
「そうでもないさ。ここ最近の橙は、お前のもとに遊びに行くのが楽しくて仕方ないらしい」
少し嫉妬してしまったよ、と藍は苦笑した。
確かに藍は殆ど橙の親のようなものだ。
愛娘に関しては色々と複雑な心境なんだろう。
「そう言えば紫さんはどうなんですか?
冬眠とかそこら辺」
「あぁ、確かにいつもなら冬眠している時期なのだが……」
そう言葉を区切ると藍は再び苦笑した。今度は少しばつが悪そうに。
「なんでも、外界の恋人と一緒に過ごしたいから今年の冬は起きているそうだ。
……はぁ、起きているのなら仕事を押し付けないで欲しいのに……」
「あはは……。でもそのお陰で異変の時は助かったじゃないですか」
「霊夢の支援にはな。豪雪の時はまるで役に立たなかった」
いつになく毒舌で愚痴る藍。
しかしこのまま話がネガティブな方向に進むのもあまりよろしくない。
ならばさてどうするかと首を捻っていると。
「ぅうん……」
橙がもぞもぞと身じろぐ。
そろそろ起きてくる頃合いか、橙が動き易いように足を広げてやり。
寝ぼけ眼を開き、俺の顔をまじまじと見詰めてくる橙。
そして、とんでもない一言を口にした。
「――お父さん?」
「ゴフっ!?」
「ゲホっ!?」
俺のどこかに無き父の幻想を見たのか、心臓に悪い台詞を放ち。
藍が緑茶を吹き出し、俺が喉に蜜柑を詰まらせた。
「……ぅ…うん…」
そしてまた眠りに付く橙……やはり子供に夜更かしは無理な話か。
「……じゃなくて、だ」
「あぁ、大変だな“お父さん”?」
素早く落ち着きを取り戻した藍はくつくつと面白そうに笑っている。
ああくそ、頬の火照りが止まらねぇ。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
その後、取り留めもない話をして橙を引き取ってもらい。
風邪をひいた恋人の家へ看病をしにいった霊夢を見送って、今は一人で新年を迎えようとしているのだが。
首筋に感じる、剣呑な視線。
「……いるんだろ?」
――にゃーん。
どこからともなく、鳴き声と共に現れる黒猫。
二つに分かれた尻尾の持つ、赤い瞳の妖怪猫。
俺は、こんな特徴を持つ妖怪は一人しか知らない。
「なぁ、お燐?」
そう名前を呼ぶと、猫の尻尾がくるくると回り始めて。
光を放ち、やがて人の形になり。
俺の腹の上に乗り、お燐になった。
不機嫌なのか、眉間に皺を寄せて頬を膨らませている。
「……」
「…怒ってる?」
「……」
「あのー……もしもし?」
「あったりまえじゃないのさ!」
「うわっ」
「うわ、じゃないよ! あんな雌猫に浮気して――」
これは相当腹を立てていると見てよさそうだ。
が、俺としてはお燐のそんな姿を見たくはないのでどうにかして鎮めないとい
けない。いや、そんな姿も可愛いけどさ。
「大体、お父さんってなにさ!? お兄さんったらあんな雌猫に鼻の下伸ばしちゃって」
「いや、あれは妹とか近所の子供を相手にするのに似たような感覚で」
「ロリ? ロリなの!? 本物のロリなのかー!?」
「いや、落ち着けって」
このままでは埒が開かない。開かないので――
お燐の唇を、塞ぐことにした。
「ん!?……ん……」
ただ重ねるだけのそれから、深く互いを求め合うものまで。
たっぷりと時間をかけて、口付けをした。
「お兄さんはズルいよ……あたいがこうされたら黙ること知ってるくせに」
「でも、満更でもないんだろう?」
「……ばか」
「ばかで結構。俺が愛しているのは後にも先にもお前だけだよ」
ぎゅうっと抱き付き、より強く体を密着させる。
あぁ、今年の大晦日は長いことになりそうだ。
しんしんと雪が降る外の景色を眺め、お燐と共に過ごす大晦日。
「明けましておめでとう、おにーさん」
「うん、今年もよろしくな」
「うんにゃ。今年どころか、未来永劫離してあげないよ」
「いやそれは困――らないか別に」
「えへへ」
愛しい人と一緒に過ごす大晦日。
愛しい人と一緒に迎える新年。
あぁ、まったくもって最高だ。
新ろだ243
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仕事から帰る途中に、猫が子供にいじめられてるのを見つけた。
猫好きの俺は黙っていられるわけもなく、指導『ハクタク式ヘッドバット』で懲らしめて、猫に謝罪をさせた。
うむ、いいことをした後は気持ちがいい。
「よしよし、ひどい目にあったな。もう大丈夫だ」
助けた猫を撫でながら言い聞かせてやる。
「お兄さん、ありがとう。お礼に地霊殿に連れていってあげるよ」
「地霊殿?」
「あたいのご主人様のお屋敷だよ」
「そーなのかー。……って喋った!?」
「そりゃ喋るよ。妖怪だもん」
……嘘だ。こんなに可愛い猫が妖怪なはずない。
「あ、疑ってるね? 証拠見せてあげるよ」
いうなり猫は、赤い髪をおさげにした女の子に姿を変えた。
ぴこぴこと動く猫耳と尻尾がその正体を告げ、どこから持ってきたのか、猫車を片手に携えている。
「じゃじゃ~ん!」
驚く俺に笑顔で話しかけてくる猫娘。
「さとり様の命令で、人間に手を出すことが出来なかったからね。さすがにあの子達を運んじゃったら、もうお仕事出来ないだろうし、困ってたんだ~」
「……」
目の前の猫娘は本当に妖怪だったらしい。
俺が通りかかって助かったな悪ガキども。
「で、お礼にお兄さんのことを、あたいのいるお屋敷でおもてなししたいなって。さとり様にも紹介したいし」
「いや、そこまで大層なことはしてないよ」
「そんなこといわないでさ。あたい、お兄さんのこと気に入っちゃったし、ご招待だと思って、ね?」
うーん。そう考えれば魅力的かもしれないな。
目の前の女の子は可愛いし、お屋敷となれば美味しいものや、珍しいものもあるかもしれない。
ちょっと遊びに行っても、ばちは当たらないだろう。
「じゃあ、案内してもらおうかな」
「本当? じゃあこれに乗って」
と、指差したのは先ほどの猫車。
確かに大きなサイズのそれは、俺が入るには十分だ。
「……えと、遠い?」
「大丈夫大丈夫。あたいの足なら半刻もかけないで行けるからさ」
「でも、これ」
「平気平気。普段はもっと重いの運んでるし。さあ、乗った乗った」
どうやら乗らないと話が進まないみたいだが、他に方法はないのか?
「乗ったね? じゃあ行くよ、クロネコお燐の特急便、しゅつど~う!」
言うなり、物凄いスピードで猫車を押す猫娘。
振り落とされそうになるのを、猫車の縁を掴んで支える。
「ちょっ……速すぎ」
「まだまだ行くよ~! 加速加速ksk~!」
顔面に強い風を受けながら何とか踏みとどまろうとするが・・・
「ぎゃあああああっ!」
掴んでいた手が離れ、頭に強い衝撃を受けた後、俺の意識は途切れた。
「お兄さん、起きて~。着いたよ~」
猫娘の声に目を覚ますと、そこにあったのは大きな屋敷だった。
確かに屋敷とは聞いていたが、まさかここまで大きいとは。
猫娘の主人ということは、妖怪だよな?
まさか俺、このまま喰われちゃうとか?
「大丈夫だよ。さとり様はちょっと怖いけど、悪い妖怪じゃないからさ」
尻込みする俺に声をかけてくる猫娘。
「付いてきて。さとり様に紹介するから」
というと、彼女は屋敷の中に入っていく。
慌てて後を追い中に入ると、しんと静まり返っていた。
目の前の猫娘の足音が廊下に響く。
歩く度に形のよい耳がピョコピョコ動き、すらりとした尻尾がゆらゆら揺れる。
なでたらきっと気持ちいいに違いない。
……触ってみたい。
ふらふらと手を出しかけて……
「着いたよ」
「……っ!」
急に振り返った猫娘に、慌てて手を引っ込めた。
「どしたの、お兄さん?」
「え、あ、いや、珍しかったもんでついきょろきょろと……」
「あはは、お兄さん意外と落ち着きないんだね」
イノセントな猫娘の笑顔が痛い。
……仕方ないじゃない
……仕方ないじゃない
あんなに可愛らしい耳と尻尾を触らないなんて、猫フェチの名が廃るってもんだ。
「さとり様、お客様を連れてきました」
俺が悶々としてる間に猫娘が部屋の戸を叩いた。
「あら、お燐。珍しいわね。
……へえ、人間の。 ……そう、助けてもらったの。
……そうね、私からもお礼を言うべきでしょう。
入りなさい。そこのお客様もご一緒に」
「さ、お兄さんも入った入った」
猫娘に引っ張られるままに部屋に入ると、そこにいたのは小柄な少女。
「ようこそ地霊殿へ。お燐を助けてくれたこと、感謝します」
淡々とお礼を告げる少女。
幼い割りにずいぶん落ち着いた物腰だが、彼女がここの主なんだろうか?
「お察しの通り、わたしがこの地霊殿の主、古明寺さとりです。
ええ、名前の通り、さとりと呼ばれる妖怪ですよ。
そんなに警戒しなくとも、敵意が無ければこちらも何もしません」
こちらが疑問を浮かべるたびにすらすらと答えていくさとり。
「……会話が成立しないのは少し寂しい、ですか。
これは失礼しました。少しおさえましょう」
「そんなに気をつかわなくても」
「いえいえ、お燐が人間のお客様を連れてくるなんて初めてなので、わたしも少し興奮してしまったようです」
まあ、こんなところにただの人間が来られないわな普通
「それはそうとお燐、あなたまだ自己紹介していないようね。○○さんが名前を知りたがっているわ」
「そだ、忘れてた。改めまして、火焔猫燐だよ、お兄さん。
長ったらしいからお燐って呼んで」
「○○だ。改めてよろしく、お燐」
「じゃあ地霊殿を案内するよ。○○お兄さん、付いてきて」
いそいそと腕を引っ張るお燐。
「ちょっと待ってお燐、○○さんと少しお話させてくれないかしら?」
「……どうしてですか?」
少しだけ不機嫌そうにお燐が聞く。
「きちんとお礼が言いたいのよ」
「……分かりました」
しぶしぶといった感じで出ていくお燐。
お燐が出ていったのを確認して、さとりが話始めた。
「さて○○さん」
「なんでしょう」
「私はお燐とのことについてどうこう言うつもりはありませんが……」
そこで言葉を切りニヤリと笑うさとり。
「『そういう関係』になるなら、責任はとってくださいね」
「ぶっ!?」
行きなり何を言い出しますかこの方は。
「扉のむこうからはっきり聞こえましたよ……
『おりんちゃんのむぼうびなうしろすがたウフフ』」
「……曲解せんでください」
「冗談はさておき、お燐はあなたのことを気に入っているようですので、仲良くしてやって下さい。お願いします」
真面目な顔に戻ると深々と頭を下げるさとり。
「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
……確かに悪い妖怪ではなさそうだ。
「それと」
あげた顔は再び意地の悪い笑み。
「私に隠し事は通用しませんのでそのつもりで」
……タチの悪い妖怪ではあるようだ。
「それはどうも」
地霊殿のガイドお燐は、最初こそへそを曲げていたが、俺に友人の地獄鴉を紹介したり、
友人の地獄鴉が俺を死体と間違えたり、俺が友人の地獄鴉のエサになりそうだったり、
友人の地獄鴉に現在進行形でメルトダウンされかけてたり、そんなところを見ているうちに機嫌が直ったらしい。
と言うか、見てないで助けろ。
で、結局ズタボロにされて、しばらく地霊殿で療養するはめになった。
「あのままいけば俺の死体が手に入る、とか思ったんじゃないだろな」
「やだなあお兄さん、そんなことナイヨー」
「目を逸らすな、棒読みするな、頬を掻くな」
「にゃはっ」
「……まったく」
思わずため息をつくと、お燐が体を寄せてきた。
「でも、こうやってお兄さんの看病が出来るのは嬉しいかな」
「お燐?」
「なんだろうね? お兄さんと一緒にいると、ふわふわして、暖かくて、ずっと一緒にいたいなんて思っちゃうんだ」
胸板に頬を擦り付けるお燐。
驚いた拍子に手が跳ねて、お燐の慎ましいそこに触れた。
「ひゃっ!?」
思わずといった風に顔を上げるお燐。
やっぱり敏感なんだな。……ってそうじゃなくて
「ご、ごめん! わざとじゃないんだ」
「ううん、……その、お兄さん、ここ触ってみたい?」
「え?」
「……お兄さんなら、……いいよ、触っても」
顔を赤らめて、目を伏せるお燐。
触ってもいいって、本当に?
恐る恐る手を伸ばせば、目を固くつむりながらも抵抗しない。
……ごくりと生唾を呑み込む。
ゆっくりと伸ばされた手が、そこに触れた。
「……んっ」
やはり敏感なのか小さく声を上げるお燐。
強くしないよう、麓からてっぺんへと、優しく撫でていく。
柔らかい、ふにふにした感触が気持ちいい。
「……あ、んぅ」
撫でるたびにピクリと動くお燐。
「柔らかくて、ふわふわしてて気持ちいいよ」
「えへへ~。なんだか恥ずかしいな~」
その感触の良さを誉めてやると、はにかみながら触られている耳を動かす。
なんとなく幸せな気分に浸っていると、眠くなってきた。
「眠いの? お兄さん」
「うん」
「じゃあ、一緒にお昼寝だね」
言うなり猫の姿になって潜り込んでくるお燐。
温かくふわふわした感触が、胸を満たす。
その気持ち良さですぐに眠りに落ちた。
そんなこんなでお燐とずっと一緒にいた一週間。
どうにか怪我も完治し、一度帰宅することにした。
お燐と離れるのは寂しいが、家を開けてだいぶ経つし、移住するにしても準備がいる。
近所の人も心配してるかもしれない。
「ではお燐に送らせますよ。 ……ふふ」
さとりさん、そんなにニヤニヤして、貴女完全に読んでますね。
「聞こえてしまうんですからしかたないでしょう。
旧地獄がまた暑くなってしまいましたね」
「……えーと、あまりからかわないで下さいよ、さとり様」
「なんでしたら貴方達の想いを、一字一句発言しましょうか?」
……この人絶対Sだ。
「『お兄さんと離ればなれ寂しいよー』
『はあ、今夜はお燐と一緒に眠れないのか』
『家に押し掛けちゃおうかな』
『今度は俺の家に招待しようかな』
……ふーん、考えるタイミングまで一緒なんてねぇ」
「「勘弁してください」」
「わたしの機嫌は損ねない方がいいですよ、○○さん」
すいません、ホント許して下さい。
「じ、じゃあ行くよ○○お兄さん。乗って」
「あ、ああ」
恥ずかしさで真っ赤になりながら猫車に乗り込む。
今回は気を失わずに無事に人里に帰れた。
お別れのキスをしてお燐と別れ、久々の我が家へ帰る途中に人だかりを見つけた
重苦しい雰囲気と、線香のにおいから察するに葬式らしい。
俺がいない間に誰かなくなったのだろうか。
ちょうど近くに慧音さんがいるので尋ねることにした。
「慧音さん、誰か亡くなった方がいたんですか?」
「……ああ、避けられないこととはいえ、悲しいことだ」
ポツリと呟くように答える慧音さん。
「……どこの方ですか」
「ちょうどこの近くに住んでる青年……で…」
俺を見た瞬間に目を見開く慧音さん。
「で、……で、……」
その顔がだんだんと青くなっていく。
ふと気付けば、周りにいた人たちも俺に気付き、固まっていた。
一瞬の静寂。……そして
「出たあああああああああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
「お助けええええええええええええええ!!」
「なんまいだぶ、なんまいだぶ、なんまいだぶ!!」
「悪霊退散、悪霊退散、悪霊退散!!」
響き渡る絶叫。
「え? 何、死んだって俺?」
聞けば一週間前お燐の姿を見た奴がいたらしい。
火車が現れた直後に俺がいなくなったので、みな俺がさらわれてしまったと思いこんだそうだ。
まあ、無理もないと言えばそうか。
ともあれ、俺はこうしてお燐と出会い、俺たちの恋愛模様はちょっとした語り草になるわけだが。
・・・それはまた別の話
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