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わたしの世界を守るため(前編)

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わたしの世界を守るため(前編) ◆HOMU.DM5Ns




 ☬                    ☬





「私が生きる意味を知りたい」





願ったのは、多くの人は考える事もなく終わるような、取るに足らない希求。

今までの人生が誰かの一部、服飾のひとつとしてしか他者に見られてないと知った時。
私はそれを見失った。
自分が何の為に生きていたのかが、分からなくなった。



魂を代価として知った、新たな意味。
世界の滅亡を食い止め、救う為にひとりの少女を探し出し、殺すこと。
使命を受け入れた。
命を奪う覚悟を決めた。
瞳に映って見えた未来の中に、意味はあるのだと信じていた。



目指した未来をひた走る中、見向きもしなかった方向から、ある少女がやって来た。
何も残ってないと思っていた自分に、手を貸すと約束してくれた。
障害を切り屠る爪牙として血を流す事を厭わず、常に惜しみない献身を捧げ。
年が近いとは思えないぐらいに気紛れで、日頃から甘えてきて。

初めて、名前を呼んでくれた。
一人の個人(ひと)として、曇りない思いで自分の全てを肯定してくれた。





私が生きる意味。
それは世界を守る為。
けどひょっとしたら、守りたいと願ったのは今立っている大きな惑星(ほし)の話ではなくて。
もっと小さな、すぐそこに感じられる―――







 ■     R     ■






機械のアナウンスと大差のない声が止み、サカキはメモを書き留めていたペンを置く。
時刻までの死者の公開、追加された禁止領域の提示。
一度目と同様、流れされた放送の内容は実に簡素なものだった。

殺し合う者を嘲るでもない、只々整然と並びたてられた文字の波。
あるのは、実験の成果のみに注視している科学者のそれだ。
多様な化合物が詰められたフラスコの変化を無感動に眺める気分で、アカギはこの儀式を見ている。
確信する。アカギは、この儀式に娯楽性を見出してはいない。
過程に起きる惨劇ではなく、最終的に残る成果のみに着目している。

「それ」は最後に一人残った優勝者―――「最も価値のある魂をもつ者」を意味するのか。
儀式の完遂そのものによって得られる「何か」を見ているのか。
奴の求める結果とはどのようなものなのか。
知ることが出来れば、状況の打開への一石を投じることが出来る
そして自分は少なからずそこに指がかかっていると、サカキは判断していた。
ポケモンすら知らないようなプレイヤーもいる中で、アカギと同等の世界の出身である己のアドヴァンテージは決して軽くはない。
加えて、体に刻まれた呪術式なる印についての知識も同行者が掴んでいる。
真実の一端にまで至る材料は揃っている。後はピースを並べるだけだ。



「弔いは、済んだのかね?」

サカキの前に姿を見せたその同行者、美国織莉子の姿をを確認して、サカキの思考は彼女へと向かれる。

「はい。時間を取らせて、申し訳ありません」
「気にするな。友人の死に部外者がとやかく言うつもりはない。
 無理に干渉したところで不利益しか生みはしないからな」
「……ありがとうございます」

腕の中で命を落とした少女、呉キリカの死にさんざ泣きはらした後、
彼女を弔いたいという織莉子の申し出をサカキは許可した。
恩を売っておくに越したことはないし、どうせ放送で得た情報の咀嚼にも時間を使う。

「あなたにも、お礼を言わなくちゃね」

背後に立つニドキングに対しても織莉子は謝意を述べた。
埋葬の穴を掘るのに少女の手を煩わせさせるのもいちいち面倒と思い、サカキが自分から貸し与えたのだ。
砂浜から少し離れた地面に僅かに離れていた木々の下。
そこに空いた人間大の穴に身を清めた遺体を寝かせて祈りの手を握る少女は、一葉の聖画のようでもあった。

改めて、サカキは様子を窺う。
翡翠の瞳には、さっきまで号泣していた少女と同じとは思えない、大人びた理性の光が宿っている。
既に元の冷静さを取り戻し、一見では前とは変わりない怜悧な顔立ちのように見える。
だが短くはない時間を共にしたサカキは、織莉子の纏う雰囲気の変化を見逃さない。
長年組織の長の座を治めていた者にこそ分かる、触れる大気を凍りつかせる張り詰めた空気。
亡骸との関係を知り、末路の場面に居合わせたのなら、尚更にだ。




「さて、美国織莉子。
 仮初とはいえ我々はこれまで目的を共通とし、行動してきた間柄だ。
 共同している以上は、ここで君の意志を確認する必要がある。」

見極める必要がある。
話のさわりだけを聞かせられても解かった、相当に心を寄せていた友人の死に、織莉子はどう動くかを。

「固めた思いに揺らぎはないか?
 未だ己の使命、目的を為し遂げんとする心は残っているか?
 その時までに、如何なる障害が待ち構えていようとも突き進み、粉砕するだけの覚悟が残っているのか。
 今ここで、君に問いたい」

サカキには、己の意志を曲げるという気は皆無だ。
誰の死を聞かされようと、前回を凌ぐ十一名の死者を知ろうとも。
自らでは及ばない数々の敵と見えても、宿した信念に罅が入る事は決してない。
己の死さえも、我が道を往く果てにある結末ならば受けれて見せる。
そうでなければ、ポケモンマフィアの頭目など務まるわけもない。
そう在ったからこそ、多くの部下に恵まれ、自分抜きでロケット団の再興を叶えるまでに至ったのだ。



織莉子の決断。それはこの組の行方を直接左右することになる。
折れるようならば、遠慮なく切り捨てる。
時と人が限られる環境で、使えない人材を排除するのに躊躇はない。
最悪の想定として、ここで殺し合う未来も織り込んである。
織莉子の背に控えるニドキングに密かに目配せする。
疎意、殺意を見せるようならば、即座に腕を振り下ろせる準備に入っている。


「……私は――――――」


瞼を閉じ、黙考していた織莉子が口を開く。
開かれた目に映るのは、迷いの失せた、毅然とした碧い焔。


「―――進みます。
 傷も痛みも、全てこの使命を背負った時から覚悟は決めていました。
 どれだけのを失おうとも、それが変わることはありません
 何より、あの子が信じた私が自らを疑ってしまえば、あの子そのものが無為と消えてしまう。
 だから―――この道の先に世界に救いの光が降るその時まで、私は戦い続ける」


虚偽も傲慢も感じられない、譲れない芯の通った声。
予想通りだった答えに、サカキも杞憂を振り払う。



やはり、美国織莉子は使える娘だ。
拠り所を失った人間がその欠落に耐えられなかった場合は、生存の意欲をも失うのは往々にしてある。
だが織莉子は独力でそれを乗り切った。
自らの中に喪失した穴を自覚しつつも、それを埋め合わせられる整然性と論理的な思考を働かせられる。
こうした経験を積んだ人間は強い向上心を持つようになる。より強く在ろうとする気持ちを抱くようになる。
それはサカキにとってプラスにこそなれ、マイナスには働かない変化だ。

「そうか。ならば、この協力関係は続けられると了解していいのだな?」
「ええ。異存はありません。互いの道が交差し衝突するまでは、私達は協力し合えるものと思っています。
 ……それで、早速なのですが」

言葉を途中で切り首を虚空へと向け、常人には届かない遠い場所を眺める。
その時にわかに、織莉子の表情から普段見せていた優雅さがかき消えた。
代わりに表層に出るのは、凄烈さを纏わせる貌―――。

「ここよりさほど離れてない場所に、誰かがいます。
 数は単独。性別は男性。顔は仔細に読み取れませんが、恐らくは高校生から大学生ほどの年齢。
 差支えがないようなら、接触をしてみたいのですが」

視線だけをこちらに向けて、これからの指針の提案した織莉子。
近くにプレイヤーがいるのは、実はサカキも知っていたことだ。
自分に支給された高性能デバイスに備わった術式探知の機能。
織莉子が呉キリカを埋葬している傍ら、サカキは密かにこれを使って周囲に誰かいないかを検知していたのだ。
安定した精神状況とは言い難い織莉子に危険予知を託すのも浅慮と断じたが為の、当然の自衛行動といえた。

サカキは織莉子へこのデバイスの情報を口外していない。
織莉子の能力があれば危険への対応も他者の接近も図れるし、織莉子自身からも言質を取っている。
ならば、デバイスは予知の裏付けとして個人で密かに使用すればよく、共有する利益はない。
これは場面によっては戦局をも左右する切り札だ。
織莉子と離れた時、織莉子の予知の届かない情報を入手した時、その効果は発揮されるだろう。
向こう側から言及されない限り、このデバイスの存在は極力隠匿するつもりだ。

その時点でのエリアにあった反応は三つ。
二つはサカキと織莉子、そしてここから遠ざかっていく第三の反応。
別のエリアへと移ったことで反応は消えたが、移動速度は徒歩と大差ないもの。
今からバイクを利用すれば接触も可能だろう。
そして、積極的に接触を図る理由についても、とうに当たりはついている。

「成る程な。しかし、そうまでして急ぐものなのか?」

しかしそれは伏せた上で会話を進める。
今はまだ、主導権をあちらに握らせておくべきだ。


「これまでの私達の道のりを考慮すれば分かっていただける筈です。
 この儀式の始まりから今までの十二時間、私達が直接見えたプレイヤーはただ一人しかいません。
 魔女のくちづけを知る私。ポケモンとアカギについて知るあなた。何かを守らせるようにポケモンが揃えられたポケモン城。
 肝心要になる儀式の主催者についてこそ情報を持ちますが、会場での人物については全くと言っていいほど無いのです。
 アカギと、恐らくはいるであろう協力者の狙いも重要ですが、上ばかりを見えていればいつか足元を掬われかねません」
「だから、迅速かつ早急に他のプレイヤーとの接触を行うべきと?
 多少の危険を犯すリスクを踏まえてでも」
「ええ。いつまでも臆病に命のみを守るだけでは何も変えられない。
 失うものも少ないけど、得るものもまた微少なもの。
 むしろ時の浪費は取り返しの利かない負債を背負う羽目にもなるでしょう。
 私の力を以てすれば、最悪の状況に至る前に対処も出来ます。
 ―――何よりも、あなたがそんな安寧な生き方に傾倒するお方だとは私には思えません」

こちらを挑発しているかのような、優艶な微笑み。
淫靡にすら見えてしまう仕草も、この少女が持てば即座に雅な淑女のそれへと早変わりしてしまう。

織莉子の論理は、なるほど理に適っている。
時間経過と共に減っていくプレイヤーは貴重な情報源でもある。
プレイヤー間での交流、施設の調査、主催者達や儀式の構造についての考察も一通り済んでいると見ていい。
可能な限り取れるものは取っておきたいのは同意するところだ。方針そのものに異議を唱えることはない。

「随分と強気に出るな。その心意気は買うが……
 私には君こそ、下を疎かにしかねないように見えるがね」

だがやはり、弱みを握られまいと饒舌に語り出すあたりは、まだ青い。
わざわざ自分から必要以上に得た情報を喋り、自分の優位を見せつける。
利口で互いの領分を弁えていた織莉子の、らしくもない真似は、行動の主導権を握る為に他ならない。

「……自覚はあります。ご心配は無用です」

織莉子は焦っている。
己の目的を早急に達成しようと、躍起になりつつある。

予知にしても、これまで全く付近に範囲に「引っかかる」人物がいなかったのとは考えにくい。
現に呉キリカの死を察知した時は、倒れていた場所までかなりの距離があったのだ。
恐らくは、意図して未来を知るには、何らかの消耗があるのだろう。
ポケモンの持つ技にも使用できる回数がある。それは総じて、強大な技であるほど消耗が大きい。
常時能力のチャンネルを開いているには相当の負担がかかるから、積極的な未来視は戦闘に限定していたのだ。


その戒めを払い、「当たり」に含むかも分からない対象に片っ端から接触しようとする意味。
それは瞭然としている。
大切な友人を、共犯者として巻き込んでまで殺さねばらないと執心している者の居場所の特定。
そしてもうひとつ。闇組織を率いていれば当然目にする、あるいはサカキ自身が火種を生み出してもいる相貌。
その共犯者を死に至らしめた者への、然るべき報復。
口に出しはしないものの、織莉子が内に秘める感情は手に取るように読み取れる。
憎悪に振り回されないだけの克己心は、向けるべき相手に解放するまでのトリガーでしかない。

これまでの二人は、意思を確認し、共闘を重ね、情報を共有しながらも、互いに一線を引いた関係を貫いてきた。
力量を認める「信頼」はしても、仲間意識を抱く「信用」に至ろうとは考えもしなかった。
サカキがロケット団の元ボスという立場を隠しているように、織莉子もまた他者に打ち明けられない秘密を持っている。

公にすれば、主催の目的が明らかになるかもしれない。儀式の根幹が明かされるかもしれない。
だが重要な秘密であればあるほど、それは自らの弱みを見せる諸刃の剣となる。
弱所を晒すに値する見返りが本当にあるか。その相手は信任するに足るか。
そもそも明かすことに後悔はないか。
単なる情報の遣り取りでは済まされない、難解な心理の鍵が幾重にもかけられている。

だがここでも、織莉子はその枷を破った。
守るものを失ったためだろう、身を守る消極的姿勢を放棄して積極的な行動に移っている。
保身を捨てた人間は、普段なら二の足を踏むような決断にも、損得を顧みず実行に移す強さがある。
自己保存を切り捨てて得られる収支は、他の者よりも遥かに大きいものとなる。



「だが言う事はもっともだ。敵にしろ味方にしろ会えずじまいであれば戦略の立てようもない。
 構わん、その相手に連れて行ってもらおうじゃないか」

戦力を失ったのは痛かったという、先の感想をサカキは取り下げる。
呉キリカの死は実に有用だった。戦力の代価として余りあるほどに。

今はいい。好きに動かさせておく。
使命と定めた何者かの抹殺にサカキは邪魔も干渉もしない。自由にすればいい。
これから先、織莉子は頼まれずとも儀式攻略に必要となる情報をサカキに提供するだろう。
展開を前倒しにし、順序を省略して、目的遂行に最短の道を進み続けるだろう。
その度に、自らの背を丸裸にさせるのを厭わずに。

如何に織莉子に才覚があろうとも、サカキにはこれまで培ってきた膨大な経験がある。
それは地層のように時を重ねて積み上げなければ絶対に手に入らない、特権を超える主権だ。
小娘一人に体よく扱われるほど、築かれた礎は脆くはない。
利用しようとするならば、こちらが先だ。

「では急ぐとするか。
 この先にいる者が、君の望む人物であればいいな」

果たして、その事実に本人は気づいているのか。
織莉子は柳眉をほんの少し苦々しげに潜ませて

「……ええ、そう願いたいです」

一瞬、暗い貌を滲ませて、そう答えた。






 Χ   Ⅸ Ⅰ Ⅲ   Χ






草加雅人は苛立っていた。
最近の彼にとっては特段珍しくもないが、今回のそれは中でも特に機嫌が悪い部類に入っていた。

こうした気分に草加がなるのには、大別して二通りの理由がある。
ひとつは、オルフェノクが関わってくるもの全てに関してだ。
自分と、流星塾の仲間―――仲がいいといえるのはごく僅かだが―――の未来を灰色の地獄に変えた亡者まがいの化物共。
奴らの報いに相応しいのは徹底した根絶のみ。
人類の進化系という、烏滸がましい妄想ごと砂塵にし、この世から跡形もなく消し去る以外にあり得ない。

ここで見えた長田結花についても例外はない。
ファイズ―――乾巧の真似をしていたからなのか碌に抵抗もせず、
一方的にこちらの攻撃を享受する姿は草加の機嫌を逆撫でした。
そうじゃないだろう。貴様は、貴様らはもっと怯えなくてはならない。
苦しめられた俺達の分の、その何十倍も苦しむべきだ。
痛みに震え、死に恐怖し、絶望の中で火にくるまれて死ななければならない。

そうした鬱屈した感情が、逃げた長田結花の後を追走させた。
先ほど翼に痛手を与えて遠くへ逃げられはしない。実際に補足は容易く済んだ。
問題だったのは、居合わせていたのは長田結花だけではないことだった。



黒と黒の輪舞。
嵐が巻き起こり、砂浜に斬裂の轍を残す。
それを生み出す二人の少女の戦いは、ファイズに変身していなければ残像しか捉えられないほどだった。
やがて決着が着き、ひとり立つ勝者は、結花を伴い西の方角へ消えて行った。

敗北した眼帯をつけた少女は、鹿目まどかの話にあった魔法少女であろうか。
彼女から聞いた仲間の情報とは一致しない部分が多い。
海面に漂着し、それきり動かないことから既に死亡している判断して、こちらは無視することにした。

では勝ち残った騎士甲冑を着込んだ少女もまた同類か。
直感的に違うと、草加は断定する。
あの矮躯から放たれる、遠目から眺めても分かるほどに凄絶で殺気に満ちた気配はむしろオルフェノクに類する類だ。
粗暴な振る舞いの見られた佐倉杏子でさえ最低限の義侠心は持ち合わせていた。
あれにはそれさえ備わっていない。目に映るものは有象無象の区別なく破壊していく、大型台風の如き意思持つ災害だ。




与り知らぬ場所で関係のないプレイヤー同士で潰し合った。
それだけなら草加をここまで不快にさせはしなかっただろう。むしろ邪魔が勝手に消えて清々しくすらあった。
草加がこの戦いを観察して最も気に喰わなかったのは、長田結花が棒立ちになって何一つ行動しないままでいたことだ。

援護など必要なかったといえばそれで終いだ。
だがその後の行動から、結花があの騎士に恭順の姿勢を取っていると理解した時、草加の内に激情が雪崩れ込んだ。
長田結花が、オルフェノクが、死人の化物が―――更なる化物に庇護されようと尻尾を振っている。
衝動に任せて背後から飛びかかろうとした体を、まだ冷静さを残していた理性が必死に止めた。

敵の実力の程は今知ったばかりだ。
驚異的なスピードを誇る眼帯の少女を歯牙にもかけない圧倒的なパワーと耐久力。
かの怨敵北崎にすら抗し得る、あるいは凌駕するかもしれない強大な存在。
自分と黒騎士との戦力分析は、オルフェノクへの偏執的狂気を抑えるだけの結果をもたらしていた。
あの騎士が付いている限り長田結花には手を出せない。オルフェノクを滅ぼせない。
ここは引くしかないという適格な選択肢を、草加は屈辱と共に受け入れねばならなかったのだ。


"真理は呼ばれていない。無事ていてくれたんだな……"


放送を聞いたのは、ひとまずは鹿目家へと戻る帰路についていた時期だった。
冷めやらぬ激情のまま、しかし死者や禁止領域などの重要事項だけはメモに纏めていく。
死者の中に特に思い入れのある人物はいなかった。
強いてあげれば佐倉杏子が死んでくれたのが僥倖といえば僥倖だが、喜び勇むには値しない。
乾巧を始め、自分が知る限りのオルフェノクの名が呼ばれなかったのは、この手で引導を渡したい相手も少なからずいるため微妙な気分だ。

だが何においても、園田真理が生存していることだけは、心を解きほぐす一因だった。
客観的に見るなら、厄介ごとを招きやすい勝気な性格な為そこだけは心配だったが、この様子では杞憂に終わってくれたらしい。
草加にとって真理という女の存在は唯一、最優先で守るべき対象だ。
この際オルフェノクの殲滅は棚上げにして、彼女の捜索を進めていく頃合いなのかもしれない。
その過程であの騎士に対抗できる戦力を確保する機会も得られるだろう。



ただひとつ気がかりなのは、向かう予定だった流星塾が禁止エリアとして指定されてしまったことだ。
当てもなく真理を探すしかない現状で、数少ない互いに向かう可能性のあった場所が封じられたのは痛い。

しかし……自分から用意した施設を近寄れないようにするのは解せない。
完全に倒壊したスマートブレイン社なら解かるが、どれもこれも同じ惨状になっているとは思えない。
考えられる仮説は幾つかある。
例えば、主催にとって立ち寄られたくない場所を締め出す意味で指定されている場合。
そして、こちらの行動をコントロールする意図で仕組まれている場合。

いずれも可能性として候補に挙げられても、確定にまで導ける物証が欠けている。
望む結果を得たいというのに、手が届かないのがもどかしい。


一度、鹿目まどかから深い事情について聞きだす必要があるか。
今一番魔女や魔法について詳しいのは彼女だ。利用しない手はない。

"もう、俺への信頼も十分に高まっている。少し押せば簡単に教えてくれるだろう"

思いがけないところで、これまでの行為が実を結んできたのに草加はほくそ笑む。
そうと決めれば、早速鹿目家へと戻るとしよう。
名前も呼ばれてない以上、自分の家で引き籠ってそれっきりのはずだ。

足早に踵を返し道を歩き始めた頃、耳に聞き覚えのある排気音が聞こえてきた。
近付いてくるバイクのエンジン音。明らかに、自分を目指して進んでくる。
ファイズの変身コードを入力してバックルに倒さないまま挿し、いつでも変身可能な状況に備える。

丁度こちらの進行方向、つまり鹿目家への道を塞ぐようにしてバイクに跨った二人組が姿を現した。
メットを外した壮年の男が、草加を阻むように対峙する。

「……何か用かな?
 見ての通り独り身でね。そんな風に立ち止まれると咄嗟に何をするか、自分でも確証がないんだけどな」
「恐がることはない。話をしに来ただけさ。
 無論、そちらの対応次第でする話の内容は変わってくるだろうがな」

口調には敵意こそないものの、隠す気のないとしか思えない威圧的な空気を纏わせている。
はっきり言ってこの時点で気に喰わない部類であり、男への警戒の念は強まる。
剣呑さが取り巻く中、仲裁するように前に躍り出たのは、同行していた銀髪の少女だった。

「驚かせてしまったのならすみません。
 ですが私も、そして彼も、あなたを害為す意思はありません」

いずこかの学生服に身を包んだ少女。
鹿目まどかより少し年上ぐらいだろうが、醸し出す気品のせいかそれよりも年かさに感じる。

「そしてそれはあなたも同じ筈……なら共有できる情報(もの)は分かち合うべきではないでしょうか。
 知るという事自体、それがあなたにとっても新たな道標となることもあるでしょう」
「……ああ、 分かった。話し合いに応じよう」

どうやら、向こうの望みは情報交換らしい。
それはこちらにとっても願ったりだ。丁度、新しい情報源も欲しかったところだ。
敵対の意思がないのは確かだし、ここで突っぱねるのは上手い手ではない。
だがどちらも、自分に素直に靡く人間ではないだろう。男の方は見るからに油断ならない。
搾り取れるだけ搾って、後は放置するのが吉だろう。



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