砂漠のような不毛な大地が広がる空間。
人には厳しすぎるだろうと思える環境には、生き物らしいと思えるものは一つとして見当たらない。
人には厳しすぎるだろうと思える環境には、生き物らしいと思えるものは一つとして見当たらない。
骨を思わせる色をした刺々しい突起を全身から突き出した者、獣の髑髏のような仮面を被った毒々しい体色の者。
頭に体、手足を持ちながら人とは思えぬ外見をした異形の怪物達がそこかしこに屯していた。
頭に体、手足を持ちながら人とは思えぬ外見をした異形の怪物達がそこかしこに屯していた。
死神。
人の死を司り、その運命すら時として操る超常の存在達。
人の死を司り、その運命すら時として操る超常の存在達。
しかしそんな肩書とは裏腹に、何をしようとするでもなくただ惰眠を貪るもの、向かい合って髑髏を積む遊戯に興じるものなどただただ適当に過ごしているといった者が多い。
そんな中で、地面に空いた穴を覗き込んでいる一団がいた。
「おい、見えなくなったぞ!」
「ちっ、いいところだったのによぉ。別世界から面白そうな映像が来たと思ったら、最後だけブッツリ途切れやがった!」
「ちっ、いいところだったのによぉ。別世界から面白そうな映像が来たと思ったら、最後だけブッツリ途切れやがった!」
覗いていた光景が唐突に途切れたことに野次を飛ばす、その穴を覗いていた者達。
そこから静かに離れていく1体の死神がいた。
「おい、リューク、いいのかよ。
確かあそこにいた一人、お前が昔見ていたやつだろ」
「ああ、そうかもな。でもそうじゃねえかもしれねえし分かんねえよ」
「何だそりゃ。まあどうでもいいか。
そういや死神大王が何か呼んでたぞ、速く行った方がいいんじゃねえのか?」
「大王がか。どうせ暇だし、今から向かうか」
確かあそこにいた一人、お前が昔見ていたやつだろ」
「ああ、そうかもな。でもそうじゃねえかもしれねえし分かんねえよ」
「何だそりゃ。まあどうでもいいか。
そういや死神大王が何か呼んでたぞ、速く行った方がいいんじゃねえのか?」
「大王がか。どうせ暇だし、今から向かうか」
リュークと呼ばれた死神は、一団から離れて飛び去っていった。
◇
気がついた時、目に入ったのは真っ白い照明だった。
「患者が目を覚ましました!ドクターをお願いします!
気が付きましたか?自分が誰か、分かりますか?」
気が付きましたか?自分が誰か、分かりますか?」
全身の節々が痛く、動かせない。
視界に白い服を着た女の姿が映る。数秒経って思考力が回復してきた辺りで、それが看護師の格好であることに気付く。
そこでようやく、自分が今病院のベッドの上にいることに気付いた。
視界に白い服を着た女の姿が映る。数秒経って思考力が回復してきた辺りで、それが看護師の格好であることに気付く。
そこでようやく、自分が今病院のベッドの上にいることに気付いた。
喋れないことを装って、頭の中で状況を整理する。
自分、夜神月はアカギとの対面の後どことも分からぬ空間に追放された。
皆が戦うあの場所に帰ることもできぬまま、前も後ろも、一秒も一日も分からぬ場所で漂い続けるうちに、意識を失った。
皆が戦うあの場所に帰ることもできぬまま、前も後ろも、一秒も一日も分からぬ場所で漂い続けるうちに、意識を失った。
(漂流の末にどこかの世界に辿り着いた…?)
ここがどんな世界かを把握する必要がある。
周囲の様子を見るにここが日本のどこかであることは分かる。会話で聞こえてくる言語も日本語だ。
周囲の様子を見るにここが日本のどこかであることは分かる。会話で聞こえてくる言語も日本語だ。
分からぬ状況で迂闊なことは口走れない。
口を開いたところで、記憶喪失だと告げた。自分の身分を証明するものがちょうど手元になかったのも幸いだった。
口を開いたところで、記憶喪失だと告げた。自分の身分を証明するものがちょうど手元になかったのも幸いだった。
その後一日の時間を経て警察の人間も病室に訪れるようになった。
何か事件に巻き込まれたのではないかとのことだったが、本当のことを言えるはずもなく分からないで貫き通した。
逆に自分に何があったのかを聞くと、雨の降る中で路地裏に倒れていたとのことだった。
全身に軽~中度の火傷、顔には大きな裂傷ができており頬が裂けていた。意識のない中で衰弱しており1週間ほど目を覚まさなかったと。
何か事件に巻き込まれたのではないかとのことだったが、本当のことを言えるはずもなく分からないで貫き通した。
逆に自分に何があったのかを聞くと、雨の降る中で路地裏に倒れていたとのことだった。
全身に軽~中度の火傷、顔には大きな裂傷ができており頬が裂けていた。意識のない中で衰弱しており1週間ほど目を覚まさなかったと。
いくつか質問をされたが、話せることはなくやがて病室を去っていった。
そこから病院にいるしばらくの間、記憶の回復に必要かもしれないと言って新聞やインターネットを借りて世間の情報を集めた。
そこにはキラの名前が大きく存在していた。
罪を犯した人間を捌く神のごとき殺人犯、キラ。しかし警察のキラ事件解決との報以降、裁きで死んだと思われる人間は減少していると。
罪を犯した人間を捌く神のごとき殺人犯、キラ。しかし警察のキラ事件解決との報以降、裁きで死んだと思われる人間は減少していると。
(ここは、キラのいる、ノートの存在する世界か…)
スザクのいた世界やポケモンが存在するという世界に迷い込むことがなかったのには安堵する。
一方で自分のいた、自分が死んだはずの世界とは時間が合わない。あるいは平行世界、儀式の場で会ったLや父のいた世界の方なのだろうか。
一方で自分のいた、自分が死んだはずの世界とは時間が合わない。あるいは平行世界、儀式の場で会ったLや父のいた世界の方なのだろうか。
改めて、夜神月を名乗らなくてよかったと胸を撫で下ろした。
おそらくこの世界の夜神月も既に死んでいる。警察の発表と、何より裁きが行われなくなったことがそれを示している。
滅多にある名前ではない。名乗っていれば一悶着あったことは想像に難くない。
おそらくこの世界の夜神月も既に死んでいる。警察の発表と、何より裁きが行われなくなったことがそれを示している。
滅多にある名前ではない。名乗っていれば一悶着あったことは想像に難くない。
体の状態だが、衰弱は休養の間に回復、火傷もある程度の痕を残すだけでほとんどが治癒された。
しかし顔の裂傷については縫合による治癒の過程で皮膚が引っ張られる形で癒着し、顔つきに歪みが生じてしまった。
元々端正な顔立ちだった顔はあまり人に見せられないようなものに変化してしまう。
しかし顔の裂傷については縫合による治癒の過程で皮膚が引っ張られる形で癒着し、顔つきに歪みが生じてしまった。
元々端正な顔立ちだった顔はあまり人に見せられないようなものに変化してしまう。
包帯が取れても、顔を隠すようにマスクをつけるようになった。
その顔があまりにも他人の意識を引くためだ。あまり意識されるのは好ましくない。
その顔があまりにも他人の意識を引くためだ。あまり意識されるのは好ましくない。
その後紆余曲折はあったが、治療費もどうにか対処して退院。
警察は捜査を続けるとは言ったがそれからあまり積極的に関わってくることもなく、晴れて自由を手にした形となった。
警察は捜査を続けるとは言ったがそれからあまり積極的に関わってくることもなく、晴れて自由を手にした形となった。
「…、今更自由を手にして、どうしろって言うんだ」
夜神月の名前はもう使うことはできない。過去のニュースにてその名前の男はキラ事件に関わって死んだとあった。
自分のいない、いるべきでない世界。
仮面を被り続けたスザクの気持ちが少しだけ理解できた気がした。
自分のいない、いるべきでない世界。
仮面を被り続けたスザクの気持ちが少しだけ理解できた気がした。
街の喧騒に目を向ける。
多くの人が街を歩いている。一人ひとりが何を考えているかなど伺いしれない。
以前は街を無法に走り回る若者もいたが、今はいない。キラの事件の影響だろう。
一見街の治安は改善されたように見える。
しかし街の影、建物の間の人の目につかない場所に目をやる。
複数のチンピラらしき男が、地面に倒れた一人の男を見下ろしている。倒れた男は震える手で財布を取り出している。
多くの人が街を歩いている。一人ひとりが何を考えているかなど伺いしれない。
以前は街を無法に走り回る若者もいたが、今はいない。キラの事件の影響だろう。
一見街の治安は改善されたように見える。
しかし街の影、建物の間の人の目につかない場所に目をやる。
複数のチンピラらしき男が、地面に倒れた一人の男を見下ろしている。倒れた男は震える手で財布を取り出している。
ふとした心の弾みだ。
そんな一同に声をかけていた。男を離してやれと。
そんな一同に声をかけていた。男を離してやれと。
数分後、顔を殴られて地面に倒れ伏している自分がいた。
おそらくただのカツアゲだったのだろう、割り込みで気が削がれたのか男から何も取ることなくチンピラ達は去っていった。
男は感謝するように頭を下げながら、去っていった。
おそらくただのカツアゲだったのだろう、割り込みで気が削がれたのか男から何も取ることなくチンピラ達は去っていった。
男は感謝するように頭を下げながら、去っていった。
何をしてるんだろうと思う。
もしも、ノートがあれば彼らを殺したんだろうか?
心臓麻痺とはいかなくても、例えばチンピラの頭上から不意に降ってきた建築資材などが彼らを押しつぶすか。
もしも、ノートがあれば彼らを殺したんだろうか?
心臓麻痺とはいかなくても、例えばチンピラの頭上から不意に降ってきた建築資材などが彼らを押しつぶすか。
自嘲する。
思えば随分と命を軽く見ていた自分がいたんだなと。
思えば随分と命を軽く見ていた自分がいたんだなと。
服の汚れを払う。
体の怪我は、相手も目立つ場所は避けて殴ってきたためそう目立つことはなかった。
体の怪我は、相手も目立つ場所は避けて殴ってきたためそう目立つことはなかった。
どこへ向かうでもなく歩き続ける。
やがて、視界に一つの家が映る。
夜神、と表札が出された家。
夜神、と表札が出された家。
キラ対策本部にいた頃はもう帰らなくなって久しい。母と妹は療養のため田舎に引っ越したこともあり顔を合わせる機会もほとんどなくなっていた。
行く場所がなくなって辿り着いたのがここなのは帰巣本能とでもいうのだろうか。
行く場所がなくなって辿り着いたのがここなのは帰巣本能とでもいうのだろうか。
気がつけば足は家の前に辿り着いて、チャイムを鳴らしていた。
門の向こうから声と駆け寄る足音が聞こえて。
母、夜神幸子が顔を出した。
母、夜神幸子が顔を出した。
一瞬戸惑う色が見えた。口元をマスクで顔を隠した人間が現れれば無理もないだろう。
何と言えばいいのか考えていなかった。
夜神月の名前を名乗るわけにはいかない。偽名を名乗りつつ、どうにかそれらしい理由を考えた。
夜神総一郎の名前を出すしか浮かばなかったが、そう言うしかなかった。
夜神月の名前を名乗るわけにはいかない。偽名を名乗りつつ、どうにかそれらしい理由を考えた。
夜神総一郎の名前を出すしか浮かばなかったが、そう言うしかなかった。
行動がどうにも衝動的になっていて、先のことが考えられない。
口にした言葉の先をどう言うべきかと考えていると、入り口はあっさりと開けられ、そのまま笑顔で迎え入れてくれた。
口にした言葉の先をどう言うべきかと考えていると、入り口はあっさりと開けられ、そのまま笑顔で迎え入れてくれた。
若干困惑しながらも、入ってどうすればいいのか、その後の対応に頭を悩ませる。
夜神総一郎の最期を話すべきなのか、黙っているべきなのか。
夜神総一郎の最期を話すべきなのか、黙っているべきなのか。
しかし居間に足を踏み入れた時、そんな心配は不要であったことを意識させられた。
リビングの端にある棚、そこには仏壇が備えられており。
夜神月の写真の隣に、夜神総一郎のものも置かれていた。
リビングの端にある棚、そこには仏壇が備えられており。
夜神月の写真の隣に、夜神総一郎のものも置かれていた。
◇
「色んな人に慕われてた人だったから、今でも時々家にお焼香をあげに来る人がいるのよ」
仏壇の前で手を合わせた後、リビングの席にてお茶を出された。
「息子の月が死んでから、仕事を随分と頑張ってたんだけど、やっぱり心労が祟ったんでしょうね…。
体を壊して、そのまま…」
「そうだったんですか…。知りませんでした…」
体を壊して、そのまま…」
「そうだったんですか…。知りませんでした…」
写真に映っている夜神総一郎。顔つきはあの儀式で出会った父に近かった。
しかしあれから数年の時が経ったにしては、白髪が増えていてどことなく老けたように感じられた。
しかしあれから数年の時が経ったにしては、白髪が増えていてどことなく老けたように感じられた。
「月くんのことは、何と伺っておられるのですか?」
「月、月ねぇ…。お父さんの捜査に協力するって言って、その中で…。
あまり多くは語ってくれなかったけど、ずっと気にしてたんでしょうね…」
「月、月ねぇ…。お父さんの捜査に協力するって言って、その中で…。
あまり多くは語ってくれなかったけど、ずっと気にしてたんでしょうね…」
彼は息子の罪を家族に知らせることなく、真実を墓まで持っていったのだ。
そのストレスが彼の体や心を蝕んだのだろう。
そのストレスが彼の体や心を蝕んだのだろう。
そういったやり取りで確信する。
この世界は自分の世界ではなく、なおかつ殺し合いに連れてこられた夜神総一郎の世界でもない。しかし夜神総一郎の世界に近い場所。
アカギもイレギュラーな出来事が起きたと言っていた。送り返したのではなく偶然辿り着いたこの世界がそうだったというだけの話だ。
この世界は自分の世界ではなく、なおかつ殺し合いに連れてこられた夜神総一郎の世界でもない。しかし夜神総一郎の世界に近い場所。
アカギもイレギュラーな出来事が起きたと言っていた。送り返したのではなく偶然辿り着いたこの世界がそうだったというだけの話だ。
月の中でもしかしたら自分がおかしな夢を見ていただけなのか、あるいはただの精神異常者なのではないかという錯覚が少しだけ生まれてくる。
この世界では、おそらくあの場所での戦いを証明するものは何もないのだろう。誰も行方不明などになっておらず、アカギの介入がなかった本来の歩みを進んでいる世界。
そこに、自分という異物が一つ入り込んでいるのだと。
この世界では、おそらくあの場所での戦いを証明するものは何もないのだろう。誰も行方不明などになっておらず、アカギの介入がなかった本来の歩みを進んでいる世界。
そこに、自分という異物が一つ入り込んでいるのだと。
「大丈夫ですか?」
そんなことを考えながら顔を伏せていると、心配そうな顔で幸子が覗き込んできた。
「いえ、お気になさらず。少し総一郎さんとの会話を思い出して、少し…」
「そうですか…。
何だか不思議。田代さんと話していると、何だか月がそこにいるような気がして…。
そうだ、そろそろ粧裕も帰ってくる頃だし、一緒に夕食でも…」
「いえそこまでお世話になるわけには…」
「そうですか…。
何だか不思議。田代さんと話していると、何だか月がそこにいるような気がして…。
そうだ、そろそろ粧裕も帰ってくる頃だし、一緒に夕食でも…」
「いえそこまでお世話になるわけには…」
少しこの場にいるのが辛くなってきた。
幸子の誘いを断り退出しようと立ち上がったところで、玄関の扉が開く音が聞こえた。
幸子の誘いを断り退出しようと立ち上がったところで、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ただいま~。あー疲れた。
あれ?誰かお客さん来てるの?」
「こら、粧裕!お客さんの前よ、はしたない!」
「ハハ、大丈夫ですよ」
あれ?誰かお客さん来てるの?」
「こら、粧裕!お客さんの前よ、はしたない!」
「ハハ、大丈夫ですよ」
ドタドタと入る足音に注意する幸子。
しかし月にしてみれば聞き慣れたものだ。
しかし月にしてみれば聞き慣れたものだ。
「いらっしゃい、お客様って誰?」
リビングに顔を見せた粧裕。
月にはその顔を見る勇気がなかった。
月にはその顔を見る勇気がなかった。
「………………お兄ちゃん?」
鼓動が一瞬大きくなった。
思わず振り返る月。
思わず振り返る月。
「あ、いや、その、すみません。
何でだろう、一瞬、お兄ちゃんに見えて…」
「いえ、構いません。自分も、こんな変な格好なもので」
何でだろう、一瞬、お兄ちゃんに見えて…」
「いえ、構いません。自分も、こんな変な格好なもので」
出るタイミングを失ってしまい、結局幸子の言う通りに夕食をご馳走してもらうことになってしまった。
父親の知り合いとして訪れたこともあり、総一郎の話が話題にあがりやすくなってしまう。
その節々で悲しそうな表情を見せる二人を見るのは月にとって非常に辛いものだった。
その節々で悲しそうな表情を見せる二人を見るのは月にとって非常に辛いものだった。
(そういえば、家で夕食を食べるなんて、いつぶりだっただろう…)
粧裕がメロに捕まって以降、家族で食卓を囲むことなんてなかった。
粧裕は心を病み、父はキラとメロ両者への逮捕に躍起になり家にいられなくなって自分もそれに従った。
結果家族を失い、残った人を傷つけた。
この世界でも変わらない。粧裕が病むことこそなかったが、家族を失ったことで残された二人は深く傷付いている。
粧裕は心を病み、父はキラとメロ両者への逮捕に躍起になり家にいられなくなって自分もそれに従った。
結果家族を失い、残った人を傷つけた。
この世界でも変わらない。粧裕が病むことこそなかったが、家族を失ったことで残された二人は深く傷付いている。
自分がいるべき場所はここではない。
久しぶりに食する、家族の味に人知れず涙を流しながら、月はそう思い。
久しぶりに食する、家族の味に人知れず涙を流しながら、月はそう思い。
そして一つの決意が生まれていた。
◇
ある時、地上に6冊のデスノートがばらまかれた。
人々はキラのそれと同じ力を求めて争い合い、世界は混乱に包まれていった。
その中で、かつてキラの片腕として動いていた少女だった者もまた、平穏から呼び戻され混沌の渦の中に足を踏み入れていた。
その中で、かつてキラの片腕として動いていた少女だった者もまた、平穏から呼び戻され混沌の渦の中に足を踏み入れていた。
時を経てもう少女とは呼べないほどに成長した弥海砂。
かつて恋した夜神月にまた会えるのではないかと儚い希望を描いて、しかし既にこの世にいないことを悟っていた。
かつて恋した夜神月にまた会えるのではないかと儚い希望を描いて、しかし既にこの世にいないことを悟っていた。
ノートを求めて争う所有者と警察が去っていくのを見送りながら、手元に残したノートの切れ端にその仄かな願いを託して座り込んだ。
忘れていれば生きていけた。しかし思い出してしまった今、月のいない世界を生きていても仕方ない。
【弥海砂 夜神月の腕の中で死亡】
【弥海砂 夜神月の腕の中で死亡】
だから、こんな願いを書いても無駄だと分かっていた。
せめて、苦しくなかったらいいな。
そう思いながら瞳を閉じようとして。
せめて、苦しくなかったらいいな。
そう思いながら瞳を閉じようとして。
倒れかけた体を誰かが抱き寄せた。
「…え?」
顔はよく見えない。
マスクで口元を覆っていて全容が掴めない。
マスクで口元を覆っていて全容が掴めない。
「月…?」
小さくそう名前を呼び。
その人は小さく頷いた。
その人は小さく頷いた。
「…嬉しい。また会えた……」
そう呟いて、弥海砂は静かに瞳を閉じた。
◇
腕の中で瞳を閉じた弥海砂を静かに地面に寝かせる。
彼女を看取ったことに意図があったわけではない。
ただ生死を確かめて、彼女の持っているものを回収しようと思った。それだけだ。
ただ生死を確かめて、彼女の持っているものを回収しようと思った。それだけだ。
しかし、回収しようとして目に入ったそれ、ノートの切れ端に書かれている文字を見て彼女に対する哀憐が生まれた。
最期くらいは願いを叶えてもいいのではないかと。
最期くらいは願いを叶えてもいいのではないかと。
元々同情の余地があるわけはなかった。かつての自分の命令に従っていたこともそうだし、ノートを使って罪のない人も手にかけてきている。
だが彼女の人生を狂わせたのもまたデスノートだった。ノートに翻弄された人間の一人。
死ぬ間際くらいは願いを叶えてやりたいという気持ちくらいは月の中にもあった。
だが彼女の人生を狂わせたのもまたデスノートだった。ノートに翻弄された人間の一人。
死ぬ間際くらいは願いを叶えてやりたいという気持ちくらいは月の中にもあった。
手に握られたノートの切れ端を取り、周囲に目を配りながらその場を離れる。
「いるんだろリューク。出てこいよ」
大声で呼ぶわけにはいかない。
人が普通に話す程度の、しかし雑踏には紛れるような声でそう口にした。
人が普通に話す程度の、しかし雑踏には紛れるような声でそう口にした。
この数年、行く宛のない夜神月が訪れた場所。
それはLがかつて育った養護施設、ワイミーズハウスだった。
世界で最も中立であると言われる機関であり、様々な国を多くの捜査員が裏で支えている面もある。
それはLがかつて育った養護施設、ワイミーズハウスだった。
世界で最も中立であると言われる機関であり、様々な国を多くの捜査員が裏で支えている面もある。
自身の頭脳を駆使したとは言っても、接触を図れるようになるまでは決して容易な道ではなかった。
既に戸籍すら存在しない自分が生きていくのは、金を稼ぐだけでも相当の苦労を要求された。
加えて向こうは各国の援助も受けた秘密機関。
それでも執念をもって探し続け、接触に成功した。
既に戸籍すら存在しない自分が生きていくのは、金を稼ぐだけでも相当の苦労を要求された。
加えて向こうは各国の援助も受けた秘密機関。
それでも執念をもって探し続け、接触に成功した。
彼らに対して嘘はつけない。信じてもらう必要がある。
月は全てを話した。自分がキラであったこと、生きている理由と、これからやりたいこと―ワイミーズハウスへの協力。
当然信じてもらえるとは思わなかったし向こうはこちらの話を狂人のものとして受け取った。それでも今の自分が嘘を付きたくはなかった。
だが接触を絶たれるたびに、諦めずにコンタクトを取り続けるうちに姿勢が変わっていく。
施設の天才達、世の常識に囚われずかつ柔軟な思考を持った子供達が自分の言葉に嘘はないと読み取ったと、しかしその上で、キラであった人間を信じることはできないと。
月は全てを話した。自分がキラであったこと、生きている理由と、これからやりたいこと―ワイミーズハウスへの協力。
当然信じてもらえるとは思わなかったし向こうはこちらの話を狂人のものとして受け取った。それでも今の自分が嘘を付きたくはなかった。
だが接触を絶たれるたびに、諦めずにコンタクトを取り続けるうちに姿勢が変わっていく。
施設の天才達、世の常識に囚われずかつ柔軟な思考を持った子供達が自分の言葉に嘘はないと読み取ったと、しかしその上で、キラであった人間を信じることはできないと。
これで接触が絶たれるかと思いきや、自分に興味を持った、様々な事件の捜査に協力している子供達が接触してくるようになった。
事件について、多角的な意見や物の見方を聞いてくることが増えた。
事件について、多角的な意見や物の見方を聞いてくることが増えた。
それに一つ一つ対応していくうちに、少しずつ施設の人間の信頼を得ていった。
そんな中だった。
世界にデスノートがばらまかれたという情報が入ってきたのは。
世界にデスノートがばらまかれたという情報が入ってきたのは。
今の月はワイミーズハウスのLの後継者という扱いの男の片腕として動いている。
月自身の頭脳やノートの知識をかわれている。
この事件を解決に導くことができれば、ワイミーズハウスの一員として完全に受け入れてもらえるだろう。
月自身の頭脳やノートの知識をかわれている。
この事件を解決に導くことができれば、ワイミーズハウスの一員として完全に受け入れてもらえるだろう。
動いていく中で、ノートの切れ端を手に入れられる状況を得たのは偶然だった。
これを手にしたということは、あいつと接触が可能になる。
これを手にしたということは、あいつと接触が可能になる。
「何だ。俺の名前を呼んでるやつがいるが。
ん…お前は…、おお、月、月じゃないか!!」
「……久しぶりだな、リューク」
ん…お前は…、おお、月、月じゃないか!!」
「……久しぶりだな、リューク」
真っ白な顔に真っ黒な唇をして口には鋭い牙が見える。
人とは思えぬ巨体をした死神、リュークがその背の翼で飛びながら話しかけていた。
おそらく自分にしか見えない。
口元を隠すマスクがあるのが助かった。唇でも読むことはできないだろう。
人とは思えぬ巨体をした死神、リュークがその背の翼で飛びながら話しかけていた。
おそらく自分にしか見えない。
口元を隠すマスクがあるのが助かった。唇でも読むことはできないだろう。
ただ、一つ気にかかることがあった。
「俺がいることに対してはそんなに驚いてないんだな。
お前がノートに書いて殺した相手だろう」
「いや、驚いているさ。
ただ、お前がいた殺し合いだっけ、あれ死神の世界からも見れたんだ」
お前がノートに書いて殺した相手だろう」
「いや、驚いているさ。
ただ、お前がいた殺し合いだっけ、あれ死神の世界からも見れたんだ」
月の眉が動く。
「ただ途中からお前がいなくなってな、どこに行ったのかずっと気にしてたんだが。
そうか、ここの世界に来てたんだなぁ」
「なるほど、そういうことだったか…」
そうか、ここの世界に来てたんだなぁ」
「なるほど、そういうことだったか…」
会えるかどうかは賭けに近かったし、会ったところで理解されるかも気がかりだった。
しかしその手間が省けたのは幸運だ。
しかしその手間が省けたのは幸運だ。
懐に隠し持っていたりんごを投げ渡す。
「お、気前がいいじゃねえか」
「久しぶりの再開だ、手土産くらい用意するさ」
「へえ。で、何が聞きたいんだ?
せっかくの再開だ、そうだな、3つくらいは答えてやってもいい」
「お前こそ気前がいいな」
「久しぶりの再開だ、手土産くらい用意するさ」
「へえ。で、何が聞きたいんだ?
せっかくの再開だ、そうだな、3つくらいは答えてやってもいい」
「お前こそ気前がいいな」
少し警戒する気持ちもある。
が、元々聞きたいことは幾つもあったのだ。3つというのはありがたい。
が、元々聞きたいことは幾つもあったのだ。3つというのはありがたい。
「そうだな…、まず…。
あの殺し合いをお前も見ていたといったな。皆は、どうなった?」
あの殺し合いをお前も見ていたといったな。皆は、どうなった?」
月にとってはずっと気がかりで、胸につっかえていた疑問。
聞かなければならないことではない。しかし思わぬところで知る機会を得てしまったことで聞かずにはいられなかった。
もはや知る由もなくなった現状で、今この時だけが聞ける瞬間だった。
聞かなければならないことではない。しかし思わぬところで知る機会を得てしまったことで聞かずにはいられなかった。
もはや知る由もなくなった現状で、今この時だけが聞ける瞬間だった。
「途中で見れなくなってしまったから分からねえけど、確か4人生き残ってたと思うぜ。
変な生き物を連れたやつと、魔法を使うやつが二人、あとめちゃくちゃ人を殺してたやつだ」
「魔法を使う……、………もしかして片方は鹿目まどかか?」
「名前は覚えてねえけどよ、そいつらが黒髪の女と戦って勝つところまでは見えたんだがな。
ちなみにお前と一緒にいたやつは死んだぜ。似たようなロボットに乗ってたやつと相打ちになってな」
「………、そう、か」
変な生き物を連れたやつと、魔法を使うやつが二人、あとめちゃくちゃ人を殺してたやつだ」
「魔法を使う……、………もしかして片方は鹿目まどかか?」
「名前は覚えてねえけどよ、そいつらが黒髪の女と戦って勝つところまでは見えたんだがな。
ちなみにお前と一緒にいたやつは死んだぜ。似たようなロボットに乗ってたやつと相打ちになってな」
「………、そう、か」
枢木スザクは死んだ、その事実にショックを受ける。
生きるのなら、自分じゃなくて彼が生きるべきだったはずなのに。
生きるのなら、自分じゃなくて彼が生きるべきだったはずなのに。
それでも、その後どうなったのは分からなくても、勝って生き延びた人はいた。それを知ることができただけでこの数年胸に残っていたしこりが取れたような気がした。
「次の質問だ。
お前は、いや、もしかしたらお前達は、か?人間の世界で何をしようとしている?」
「ノートを6冊落としたことか?
死神大王の命令でな。あの殺し合いのゲームが楽しかったみたいで、似たようなことがやりたくなったってな。
それで次のキラを生み出すゲームを死神の間で始めたんだよ。勝った死神が次の死神大王になるってな」
「意外だな、お前がそういうのに興味があるやつだったなんて」
「俺は別に。ただ退屈な日々よりは刺激があった方が面白いじゃねえか。キラがいなくなってから、てんで世界は退屈だったんでよ」
お前は、いや、もしかしたらお前達は、か?人間の世界で何をしようとしている?」
「ノートを6冊落としたことか?
死神大王の命令でな。あの殺し合いのゲームが楽しかったみたいで、似たようなことがやりたくなったってな。
それで次のキラを生み出すゲームを死神の間で始めたんだよ。勝った死神が次の死神大王になるってな」
「意外だな、お前がそういうのに興味があるやつだったなんて」
「俺は別に。ただ退屈な日々よりは刺激があった方が面白いじゃねえか。キラがいなくなってから、てんで世界は退屈だったんでよ」
言いながらリンゴを噛み砕き終わっていたリューク。
「つまりお前達が満足するまではこの悪趣味な、人間界を巻き込んだノート争奪戦は終わらないってことか」
「そうなるな。あの頃に比べたらどうにも刺激が足りねえって思ってたところだが。
夜神月、お前がいるならこの世界はまだまだ楽しめそうだ」
「…」
「そうなるな。あの頃に比べたらどうにも刺激が足りねえって思ってたところだが。
夜神月、お前がいるならこの世界はまだまだ楽しめそうだ」
「…」
今この世界と言ったか。
その言葉に引っかかりを覚える月。
その言葉に引っかかりを覚える月。
「お前は、俺の知っているリュークと同じ存在か?」
「おっと、最後の質問だがそれでいいのか?」
「……。ならいい。お前がどんな存在だろうとやることは変わらない」
「懸命だな。そもそも俺達は仮にも神だ。人の常識で測らないほうがいいぜ?」
「忠告ありがとう。だけど、いつまでもそうやって笑っていられると思うなよ、死神」
「おっと、最後の質問だがそれでいいのか?」
「……。ならいい。お前がどんな存在だろうとやることは変わらない」
「懸命だな。そもそも俺達は仮にも神だ。人の常識で測らないほうがいいぜ?」
「忠告ありがとう。だけど、いつまでもそうやって笑っていられると思うなよ、死神」
敢えてリュークではなく死神と呼ぶ。
その言葉はノートを使って人間界を混乱に陥れる存在に対する宣戦布告だった。
その言葉はノートを使って人間界を混乱に陥れる存在に対する宣戦布告だった。
それを、リュークは笑って受け流した。
楽しみだと言わんばかりに大笑いしている。
楽しみだと言わんばかりに大笑いしている。
「で、最後の質問は何だ」
「…俺はノートの力で確かに死んだ。だがこうして生きている。
今の俺に、デスノートは効くのか?」
「…俺はノートの力で確かに死んだ。だがこうして生きている。
今の俺に、デスノートは効くのか?」
その問いかけをした時、リュークはじっと月の顔を見つめた。
やがて小さく鼻で笑いながら、その質問に答えた。
やがて小さく鼻で笑いながら、その質問に答えた。
「月、当たり前の話だが大事なことを教えてやろう。
死んだ人間ってのは生き返らないんだよ。そしてノートで死が確定した人間は、死から逃れられない。本来は」
死んだ人間ってのは生き返らないんだよ。そしてノートで死が確定した人間は、死から逃れられない。本来は」
含みがあるような言い方をするリューク。
その言葉だけで察する。
その言葉だけで察する。
「つまり、その決まりから逃れた俺は、お前達の手に追える存在じゃなくなったってことか」
「ハハハハハハ、自惚れるなよ。そんなイレギュラーなやつが一人出たところで、俺達には別に何の影響もねえんだからよ。
だけど、このゲームも少しは楽しめるかもしれないってことは期待させてもらうぜ」
「ハハハハハハ、自惚れるなよ。そんなイレギュラーなやつが一人出たところで、俺達には別に何の影響もねえんだからよ。
だけど、このゲームも少しは楽しめるかもしれないってことは期待させてもらうぜ」
翼を広げる。
質問は全て使いつくした。
質問は全て使いつくした。
「じゃあな、月。天国からも地獄からも追い出されたんだ、せいぜい頑張ってみろ。
もう会うことはない、いや、お前がノート全部を集めたりした時には、また会えるかもしれねえな」
「ああ、待っていろ。せいぜい退屈させないくらいには足掻いてやるさ」
もう会うことはない、いや、お前がノート全部を集めたりした時には、また会えるかもしれねえな」
「ああ、待っていろ。せいぜい退屈させないくらいには足掻いてやるさ」
そんなやり取りを最後に、翼を広げた死神は飛び去っていった。
曇天の、雲に覆われた空はまるでこの先の世界の不安を映し出しているようだった。
それでも月の心の中には曇りはなかった。
それでも月の心の中には曇りはなかった。
Lから託された、Lの名。まだ自分にはそれを名乗る資格はないが。
その名前に恥じないよう、この混沌としていくだろう世界を守ってみせる。
それが多くの人間を殺めた自分の、罪滅ぼしだ。
その名前に恥じないよう、この混沌としていくだろう世界を守ってみせる。
それが多くの人間を殺めた自分の、罪滅ぼしだ。
やがて倒れた海砂を見た一般人の呼んだ救急車のサイレンの音がなる中で、静かにその場を立ち去っていった。
◇
ある時、一人の男が動かすパソコンの画面に一つの文字が映った。
大きな筆記体で書かれた白黒のLの文字。
ハッキングを受けたか?怪訝に思う男の前で、パソコンのスピーカーから声が流れた。
ハッキングを受けたか?怪訝に思う男の前で、パソコンのスピーカーから声が流れた。
「初めまして、私はLです」
【夜神月@DEATH NOTE(漫画)OtherWorld 生還】
【夜神月@DEATH NOTE(漫画)エピローグ 了】
【夜神月@DEATH NOTE(漫画)エピローグ 了】
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