隊列は、イザナミ海岸の戦没者慰霊公園を出発し、オロファト市中心部のメインストリートを通ってクライン=アスハ平和祈念スタジアムへと行進した。
先頭を行くのは地上軍第1機動師団。オノゴロ島に置かれた統一連合地上軍総司令部の直隷下、オーブ防衛を主任務とする精鋭師団だ。
行進に参加しているのは、その中からさらに選別された3個MS大隊だった。100機を越える鋼鉄の巨人は、併走する軍楽隊の奏でる行進曲に合わせて一糸乱れぬ歩調で進み、沿道を埋める数十万にも達する市民の興奮を高める。
ザフトMSの系譜に連なる曲面主体のシルエットと、ダガー系列の特徴が強く現れた頭部ユニットを併せ持ったその姿が、陽光を受けてきらめく。統一連合軍の現行主力MSであるGWE-MP006Lルタンドだ。外見から分かるように連合・プラント双方の技術を組み合わせて開発された機体で、『ナチュラルとコーディネイターの融和の象徴』として地球圏全域に配備が進められていた。
興奮した少年達が、目を輝かせて吹奏に合わせて合唱する。
他の大人達もそれに唱和し、歌声はあっという間に広がっていった。
歌が終わらぬうちに、それまでとは質の異なる甲高い響きが上空から降って来る。見上げた市民の目に映ったのは、鏃のような隊形を組んだ、3機の戦闘機だった。
鋭角的な前進翼と機首のカナードが特徴的な機体は、だが正確には戦闘機ではない。GWE-MP001Aマサムネ――第2次大戦時のオーブ軍可変MS、ムラサメの後継機だ。原型となったムラサメ同様、空戦型MAへの変形による高い機動力を誇っている。
3機のマサムネは、飛行機雲の尾を引きながら上昇する。続いて旋回、錐揉み、急降下。1隊だけではない。十数の編隊が入れ代わり立ち代わり僅かな時間差で現れては、巧みなアクロバット飛行の軌跡を蒼穹のキャンパスに描く。その度に地上からは、大きな歓声が上がった。
尽きぬ歌声と歓声の中を、パレードは進んだ。
先頭を行くのは地上軍第1機動師団。オノゴロ島に置かれた統一連合地上軍総司令部の直隷下、オーブ防衛を主任務とする精鋭師団だ。
行進に参加しているのは、その中からさらに選別された3個MS大隊だった。100機を越える鋼鉄の巨人は、併走する軍楽隊の奏でる行進曲に合わせて一糸乱れぬ歩調で進み、沿道を埋める数十万にも達する市民の興奮を高める。
ザフトMSの系譜に連なる曲面主体のシルエットと、ダガー系列の特徴が強く現れた頭部ユニットを併せ持ったその姿が、陽光を受けてきらめく。統一連合軍の現行主力MSであるGWE-MP006Lルタンドだ。外見から分かるように連合・プラント双方の技術を組み合わせて開発された機体で、『ナチュラルとコーディネイターの融和の象徴』として地球圏全域に配備が進められていた。
興奮した少年達が、目を輝かせて吹奏に合わせて合唱する。
他の大人達もそれに唱和し、歌声はあっという間に広がっていった。
歌が終わらぬうちに、それまでとは質の異なる甲高い響きが上空から降って来る。見上げた市民の目に映ったのは、鏃のような隊形を組んだ、3機の戦闘機だった。
鋭角的な前進翼と機首のカナードが特徴的な機体は、だが正確には戦闘機ではない。GWE-MP001Aマサムネ――第2次大戦時のオーブ軍可変MS、ムラサメの後継機だ。原型となったムラサメ同様、空戦型MAへの変形による高い機動力を誇っている。
3機のマサムネは、飛行機雲の尾を引きながら上昇する。続いて旋回、錐揉み、急降下。1隊だけではない。十数の編隊が入れ代わり立ち代わり僅かな時間差で現れては、巧みなアクロバット飛行の軌跡を蒼穹のキャンパスに描く。その度に地上からは、大きな歓声が上がった。
尽きぬ歌声と歓声の中を、パレードは進んだ。
「いい気なものだな」
官庁街の一角にある、統一連合政府情報宣伝省の長官執務室。強化ガラス張りの窓から街路を見下ろしながら、部屋の主――アンドリュー=バルトフェルドは呟いた。
その隻眼には、パレードと群集の姿が映し出されている。
「大衆は豚だ。連中に真実など必要無い。ただ奴らが望む情報を、餌として与えてやればそれでいい」
最高級のスーツに包まれた逞しい肩が、小刻みに震える。笑っているのだ。
「愚民どもが」
浅黒い精悍な顔に、傲慢そのものの笑みが浮かぶ。悪意と嘲弄が広い室内に満ち――
「……で、今日は愚民ごっこですか?」
心底、呆れ返った一言で雲散霧消した。
「その手の台詞は、夜景でも見下ろしながらブランデーグラス片手に口にして下さい。真っ昼間からコーヒー飲みながら言っても、馬鹿にしか見えません。ていうか遊んでる暇があったら仕事して下さい」
「手厳しいね、ダコスタ君」
むしろ淡々と続ける声に、バルトフェルドはマーチン=ダコスタ補佐官を振り返る。ザフト以来の腹心の部下は、本来ならバルトフェルドが決済すべき書類の山と格闘していた。
「いやあ、持つべきものは有能で勤勉な部下だねえ」
先程までの凄味はどこへやら、緩み切った表情と声で、バルトフェルドは椅子に座る。だらしなく背もたれに寄りかかると、両足を机の上に投げ出した。
「一応は閣僚の一員なんですから、もっとしゃんとして下さい。折角の礼服に皺が寄りますよ。式典で恥をかいても知りませんからね」
「夜の睡眠時間まで削って取り組んでいた一大イベントが、一応の成功を見せてるんだ。多少だらけても罰は当たらんさ」
「その代わり、昼寝はしっかり取ってましたね――何にせよ、お疲れ様でした」
実際、バルトフェルドの演出は完璧と言って良かった。
統一連合を構成する8つの加盟国の元首と6つの自治領の代表(ただし、西ユーラシア領のホデリ総督は多忙のため、総督府№2のマランツァーノ行政長官を代理として派遣していた)が一堂に会するこの場で、統一連合軍はその力を遺憾無く見せ付けていた。
主権返上に異を唱える非主流国――今年の大統領選で非htmlプラグインエラー: このプラグインを使うにはこのページの編集権限を「管理者のみ」に設定してください。のジョンソン政権が誕生した大西洋連邦や、第2次大戦でオーブから独立したアメノミハシラ――に対しては、大きな示威となるだろう。
「どうせならピースガーディアンも出した方が、印象が強いと思うんですが」
「今日の主役はアスハ主席だからね。正規軍に花を持ってもらうさ。と、本命のお出ましか」
パレードの隊列に、真紅と黄金に輝く2体のMSが姿を現した。
赤い機体はGWE-X002Aトゥルージャスティス、金の機体はGWE-X003A旭。それぞれアスランとカガリの専用機であり、統一連合の力を象徴する超々高性能MSだ。
真紅の騎士と黄金の王者の勇姿に、一際大きな歓声が上がる。
「目立つねえ。ま、宇宙艦隊を丸ごともう一揃え建造できるだけの予算をつぎ込んでるんだ。せめて看板の役には立ってくれないとね」
「またそんな事を。その内、舌禍で失脚しても知りませんよ」
「そうなったら、田舎に引っ込んで暴露本――もとい、回想録で一山当てるさ。ダコスタ君、君の事は誠意と勇気に満ちた、有能な人材として描写しておくからね。安心したまえ」
「そいつはどうも……」
どこまでも気楽に振る舞う上司に、ダコスタは深々と溜め息をついた。
官庁街の一角にある、統一連合政府情報宣伝省の長官執務室。強化ガラス張りの窓から街路を見下ろしながら、部屋の主――アンドリュー=バルトフェルドは呟いた。
その隻眼には、パレードと群集の姿が映し出されている。
「大衆は豚だ。連中に真実など必要無い。ただ奴らが望む情報を、餌として与えてやればそれでいい」
最高級のスーツに包まれた逞しい肩が、小刻みに震える。笑っているのだ。
「愚民どもが」
浅黒い精悍な顔に、傲慢そのものの笑みが浮かぶ。悪意と嘲弄が広い室内に満ち――
「……で、今日は愚民ごっこですか?」
心底、呆れ返った一言で雲散霧消した。
「その手の台詞は、夜景でも見下ろしながらブランデーグラス片手に口にして下さい。真っ昼間からコーヒー飲みながら言っても、馬鹿にしか見えません。ていうか遊んでる暇があったら仕事して下さい」
「手厳しいね、ダコスタ君」
むしろ淡々と続ける声に、バルトフェルドはマーチン=ダコスタ補佐官を振り返る。ザフト以来の腹心の部下は、本来ならバルトフェルドが決済すべき書類の山と格闘していた。
「いやあ、持つべきものは有能で勤勉な部下だねえ」
先程までの凄味はどこへやら、緩み切った表情と声で、バルトフェルドは椅子に座る。だらしなく背もたれに寄りかかると、両足を机の上に投げ出した。
「一応は閣僚の一員なんですから、もっとしゃんとして下さい。折角の礼服に皺が寄りますよ。式典で恥をかいても知りませんからね」
「夜の睡眠時間まで削って取り組んでいた一大イベントが、一応の成功を見せてるんだ。多少だらけても罰は当たらんさ」
「その代わり、昼寝はしっかり取ってましたね――何にせよ、お疲れ様でした」
実際、バルトフェルドの演出は完璧と言って良かった。
統一連合を構成する8つの加盟国の元首と6つの自治領の代表(ただし、西ユーラシア領のホデリ総督は多忙のため、総督府№2のマランツァーノ行政長官を代理として派遣していた)が一堂に会するこの場で、統一連合軍はその力を遺憾無く見せ付けていた。
主権返上に異を唱える非主流国――今年の大統領選で非htmlプラグインエラー: このプラグインを使うにはこのページの編集権限を「管理者のみ」に設定してください。のジョンソン政権が誕生した大西洋連邦や、第2次大戦でオーブから独立したアメノミハシラ――に対しては、大きな示威となるだろう。
「どうせならピースガーディアンも出した方が、印象が強いと思うんですが」
「今日の主役はアスハ主席だからね。正規軍に花を持ってもらうさ。と、本命のお出ましか」
パレードの隊列に、真紅と黄金に輝く2体のMSが姿を現した。
赤い機体はGWE-X002Aトゥルージャスティス、金の機体はGWE-X003A旭。それぞれアスランとカガリの専用機であり、統一連合の力を象徴する超々高性能MSだ。
真紅の騎士と黄金の王者の勇姿に、一際大きな歓声が上がる。
「目立つねえ。ま、宇宙艦隊を丸ごともう一揃え建造できるだけの予算をつぎ込んでるんだ。せめて看板の役には立ってくれないとね」
「またそんな事を。その内、舌禍で失脚しても知りませんよ」
「そうなったら、田舎に引っ込んで暴露本――もとい、回想録で一山当てるさ。ダコスタ君、君の事は誠意と勇気に満ちた、有能な人材として描写しておくからね。安心したまえ」
「そいつはどうも……」
どこまでも気楽に振る舞う上司に、ダコスタは深々と溜め息をついた。
アンドリュー=バルトフェルド情報宣伝長官と比較すれば、カガリ=ユラ=アスハ首席代表は少なくとも1万倍は勤勉だった。
彼女はまだ若く、指導者として多くの欠点を有していたが、少なくともその中に怠惰は含まれていなかった(もっとも、周囲には時折フォン=ゼークトの箴言を思い起こす者が少なからず存在したが)。
この日、カガリは中央政庁で式典開始のぎりぎりまで政務を執った後、ドレスに着替えてアスランを伴い戦没者慰霊公園に向かう。大戦の犠牲者を追悼する短いが印象的なスピーチの後、続いて軍服姿で軍事パレードを閲兵。次にパイロットスーツで旭に乗り込み、自らパレードに参加してスタジアムへと向かった。
「着せ替え人形にでもなった気分だな」
スタジアムの一角に用意された控え室で、カガリは大きく伸びをする。式典での演説に備え、再びドレスに着替えていた。
「やはり、子供の頃はそういうので遊んでいたのか?」
湯気の立つ紅茶のカップを差し出しながら、アスランが言った。
「うーん、どちらかというと、外で駆け回ってた方が多かったかな」
紅茶にやや多目の砂糖とミルクを加えながら、カガリは答える。甘めのミルクティーを1口。疲れた体には心地良かった。
その時、インターホンが鳴り、来客の訪れを告げた。
「誰だ? 余程の事が無い限り誰も近づけるな、と言っておいたはずだが」
不審そうに眉をひそめるカガリ。何か『余程の事』が起こったのだろうか。
インターホンを取ったアスランが、しばらく話すと振り返った。その顔には微苦笑が浮かんでいる。
「フラガ大将が、御家族と一緒に挨拶に見えたらしい。どうする? 疲れているならまたの機会に、と言っているが」
「ば、ばか! 早く通せ!」
慌てたカガリに頷くと、アスランはインターホン越しに答える。
待つ事しばし、30代半ばの長身の軍人と、同年輩の軍服を着た女性が姿を現した。女性の胸では、ふくよかな赤ん坊がぱちりとした目で辺りを見回している。
統一連合宇宙軍総司令ムウ=ラ=フラガ大将と妻のマリュー=フラガ予備役准将、そして2人の間に生まれた愛娘のアンリだ。
「お久しぶりです、主席閣下」
無数の傷痕が残る端整な顔に陽性の笑みを浮かべ、ムウは敬礼する。
「そういう物言いは止めてくれ。ここには私達しかいないんだから」
口を尖らせながら、カガリは言った。カガリにとってムウとマリューの2人は、何よりも前に1次大戦以来、共に戦ってきた大切な『仲間』だった。
差し出されたカガリの右手を、ムウは苦笑しながらも力強く握り返す。マリューもいつもの柔らかな笑みで、それに倣った。
来客用のソファーに腰を下ろしたムウとマリューに、アスランは新しく淹れた紅茶を差し出す。
「近衛総監直々の御点前とは、いたみいるわね」
珍しく軽口で返しながら、マリューは紅茶を受け取った。
現在のムウは月の新プトレマイオス基地におかれた宇宙軍総司令部が任地であり、マリューとアンリはオーブに残されている。何気ない雑談を交わしながらも、久しぶりに愛しい夫に会えた喜びが、言葉の節々から滲み出ていた。
「キラ達は、夜の晩餐会ぐらいには顔を出すのか?」
「いいえ。ラクスが体調を崩したらしく、出席を見送るとの連絡がありました」
ムウとアスランの問答を聞きながら、カガリは冷めかけた紅茶をすする。
「仮病だろう。私に気を使っての。つくづく私は至らないな。あいつらに余計な気ばかり回させてる」
嘆息するカガリの目が、アンリに止まる。その頬が嬉しそうに緩んだ。
「アンリも、少し見ない間にずい分と大きくなったなあ」
「ああ、親の俺もびっくりさ」
アンリのすべすべした頬をつつきながら、フラガはカガリに答えた。その指を、アンリは丸まっちい両手でしっかりと握り締める。まるで、もう二度とどこにも行かさないと宣言するように。
「アンリも、お父さんに会えて嬉しいのね」
優しく娘の頭を撫で摩るマリュー、そして愛する妻子を見守るムウ。ありふれた、だが何よりも尊い家族の肖像に、カガリは胸をつかれた。アスランの方へと泳ぎかけた視線を、慌ててもぎ離す。
もう遥か昔に思えるあの頃、カガリは自分とアスランの人生が不可分のものだと信じていた。言葉にはしなかったものの、アスランもまた同じ想いを抱いていると思っていた。
「カガリ、そろそろ時間だ」
カガリの想いを知ってか知らずか、アスランが時計を確認しながら言った。
「おっと、じゃあ俺達は先に会場に行っとくから」
「じゃあ、また後でね、カガリさん」
立ち去るムウとマリューを見送りながら、カガリは小さく頭を振った。
もう、全ては終わった事だ。道は既に別たれている。
たとえアスランが常に自分の傍らにあり続けているとしても、2人の軌跡が交わる事は、もはやけして無いのだから。
「カガリ……?」
「何でも無い。私達も行こうか、ザラ少将」
首席代表の顔と声で、カガリは答えた。
彼女はまだ若く、指導者として多くの欠点を有していたが、少なくともその中に怠惰は含まれていなかった(もっとも、周囲には時折フォン=ゼークトの箴言を思い起こす者が少なからず存在したが)。
この日、カガリは中央政庁で式典開始のぎりぎりまで政務を執った後、ドレスに着替えてアスランを伴い戦没者慰霊公園に向かう。大戦の犠牲者を追悼する短いが印象的なスピーチの後、続いて軍服姿で軍事パレードを閲兵。次にパイロットスーツで旭に乗り込み、自らパレードに参加してスタジアムへと向かった。
「着せ替え人形にでもなった気分だな」
スタジアムの一角に用意された控え室で、カガリは大きく伸びをする。式典での演説に備え、再びドレスに着替えていた。
「やはり、子供の頃はそういうので遊んでいたのか?」
湯気の立つ紅茶のカップを差し出しながら、アスランが言った。
「うーん、どちらかというと、外で駆け回ってた方が多かったかな」
紅茶にやや多目の砂糖とミルクを加えながら、カガリは答える。甘めのミルクティーを1口。疲れた体には心地良かった。
その時、インターホンが鳴り、来客の訪れを告げた。
「誰だ? 余程の事が無い限り誰も近づけるな、と言っておいたはずだが」
不審そうに眉をひそめるカガリ。何か『余程の事』が起こったのだろうか。
インターホンを取ったアスランが、しばらく話すと振り返った。その顔には微苦笑が浮かんでいる。
「フラガ大将が、御家族と一緒に挨拶に見えたらしい。どうする? 疲れているならまたの機会に、と言っているが」
「ば、ばか! 早く通せ!」
慌てたカガリに頷くと、アスランはインターホン越しに答える。
待つ事しばし、30代半ばの長身の軍人と、同年輩の軍服を着た女性が姿を現した。女性の胸では、ふくよかな赤ん坊がぱちりとした目で辺りを見回している。
統一連合宇宙軍総司令ムウ=ラ=フラガ大将と妻のマリュー=フラガ予備役准将、そして2人の間に生まれた愛娘のアンリだ。
「お久しぶりです、主席閣下」
無数の傷痕が残る端整な顔に陽性の笑みを浮かべ、ムウは敬礼する。
「そういう物言いは止めてくれ。ここには私達しかいないんだから」
口を尖らせながら、カガリは言った。カガリにとってムウとマリューの2人は、何よりも前に1次大戦以来、共に戦ってきた大切な『仲間』だった。
差し出されたカガリの右手を、ムウは苦笑しながらも力強く握り返す。マリューもいつもの柔らかな笑みで、それに倣った。
来客用のソファーに腰を下ろしたムウとマリューに、アスランは新しく淹れた紅茶を差し出す。
「近衛総監直々の御点前とは、いたみいるわね」
珍しく軽口で返しながら、マリューは紅茶を受け取った。
現在のムウは月の新プトレマイオス基地におかれた宇宙軍総司令部が任地であり、マリューとアンリはオーブに残されている。何気ない雑談を交わしながらも、久しぶりに愛しい夫に会えた喜びが、言葉の節々から滲み出ていた。
「キラ達は、夜の晩餐会ぐらいには顔を出すのか?」
「いいえ。ラクスが体調を崩したらしく、出席を見送るとの連絡がありました」
ムウとアスランの問答を聞きながら、カガリは冷めかけた紅茶をすする。
「仮病だろう。私に気を使っての。つくづく私は至らないな。あいつらに余計な気ばかり回させてる」
嘆息するカガリの目が、アンリに止まる。その頬が嬉しそうに緩んだ。
「アンリも、少し見ない間にずい分と大きくなったなあ」
「ああ、親の俺もびっくりさ」
アンリのすべすべした頬をつつきながら、フラガはカガリに答えた。その指を、アンリは丸まっちい両手でしっかりと握り締める。まるで、もう二度とどこにも行かさないと宣言するように。
「アンリも、お父さんに会えて嬉しいのね」
優しく娘の頭を撫で摩るマリュー、そして愛する妻子を見守るムウ。ありふれた、だが何よりも尊い家族の肖像に、カガリは胸をつかれた。アスランの方へと泳ぎかけた視線を、慌ててもぎ離す。
もう遥か昔に思えるあの頃、カガリは自分とアスランの人生が不可分のものだと信じていた。言葉にはしなかったものの、アスランもまた同じ想いを抱いていると思っていた。
「カガリ、そろそろ時間だ」
カガリの想いを知ってか知らずか、アスランが時計を確認しながら言った。
「おっと、じゃあ俺達は先に会場に行っとくから」
「じゃあ、また後でね、カガリさん」
立ち去るムウとマリューを見送りながら、カガリは小さく頭を振った。
もう、全ては終わった事だ。道は既に別たれている。
たとえアスランが常に自分の傍らにあり続けているとしても、2人の軌跡が交わる事は、もはやけして無いのだから。
「カガリ……?」
「何でも無い。私達も行こうか、ザラ少将」
首席代表の顔と声で、カガリは答えた。
○ ● ○ ●
《――会場より、情報宣伝省報道局のミリアリア=ハウがお送りします》
つけっぱなしのラジオから流れる若い女性報道官の声に、シンは顔を上げた。
ゆっくりと立ち上がり、首をめぐらす。目に映るのは日の光も照明も無い、暗く薄汚れた階段の踊り場だった。
《そろそろ時間だ》
腕時計に内蔵された通信デバイスから、レイの声が流れる。小さくああと返事をすると、シンは足元に置かれていた大小2つのケースを拾い上げ、階段を登る。
登り切ったつきあたりの鉄扉に手をかけ、力を込めて押す。軋んだ音を立てながら、錆びついた扉がゆっくりと開く。
《――ただいま、会場に汎ムスリム会議のザーナ議長とアメノミハシラのサハク執政官、そして南アジア自治領のナーリカ代表が到着しました》
扉の向こうに広がっていたのは、狭くコンクリートが剥き出しの床面と、雲1つ無い空だった。
ここは、オロファト市東部の再開発地域にある小さな廃ビルの屋上。地上の喧騒もここまでは届かず、沈黙に閉ざされた中にラジオの音声だけが白々しく響いていた。
《――ご覧下さい。世界中の国と地域の指導者が、互いの手を取って平和と融和を誓い合っています。あの悲惨な大戦から4年半、人類は、世界はここまでたどり着きました》
感極まった報道官の声を無視し、シンは鋭い視線を地上の一角に向ける。狭隘なビルとビルの隙間から、平和祈念スタジアムが小さく覗いていた。
「俺だ。予約していた特等席についた。いい眺めだ。舞台が一望できる」
腕時計の通信機を操作し、指定のチャンネルに合わせると、シンは低い声で囁きかける。
ややあって、通信機から若い娘の声で返事があった。言わずと知れたコニールだ。
《了解。他のみんなはもうとっくに席に座ってるよ。弁当もちゃんと配り終わった。あんたもしっかり楽しみな》
「ああ、そうさせてもらうさ」
全チームが配置完了、別ルートで持ち込んだ武器も支給済み、作戦内容に変更無し。符丁を頭の中で変換すると、シンは通信を打ち切った。
傍らのチェロケースを手にし、ロックを解除。中身――長大な狙撃用ライフルを取り出す。
「ここにするか」
伏射姿勢を取るのに適当な位置を選び、腰を下ろす。銃身固定用の二脚架を展開し、ライフルを抱えたままうつ伏せになった。銃床を肩に当て、両腕でライフルを構えると、都市迷彩が施されたシートを頭から被る。
二脚架で銃身を支えているため、重量の割に荷重は少ない。シンの鍛え上げられた背中と首の筋力は、易々とライフルの重量を受け止めた。
片手でもう1つのケース(中型の携帯用コンピュータだった)を手繰り寄せる。ケーブルを引き出し、ライフルの上部にマウントされた電子スコープに接続する。
念のため空を見上げ、シンは太陽の位置を再確認。問題無い。スコープに陽光が差し込み、レンズの反射光で位置を知られる心配は無かった。
スコープのキャップを外し、覗き込む。各種の照準情報と共に標的――遥か2,500メートル先のスタジアムの演壇に立つカガリの姿が、網膜に直接投影される。
これだけの長距離狙撃になると、風や湿度による僅かな弾道の捻じれが、無視できない大きな影響を与える。それに対処するため、シン達は前もってビルとスタジアムを結ぶ直線上に、複数の偽装センサーを設置していた。もたらされた様々なデータは観測手――本来とは意味が異なるが便宜上そう呼ぶ――のレイによって解析され、その結果がスコープに表示される。
現在、快晴で湿度は約15パーセント、風は東南東の微風。狙撃には絶好の状況だ。
《――いまだ争いは現実として世界に存在し続けている。90日動乱は、まだ皆の記憶にも新しい事だろう》
ラジオから流れる声は、いつのまにかカガリの演説になっていた。
《――しかし、たとえ何度も芽が摘まれ、踏みにじられようとも、私達は種をまき続けよう。いつか、平和という大輪の花が咲き誇るその日まで》
「さすが、奇麗事はアスハの御家芸だな」
苦々しく呟くと、シンは弾倉をライフルの機関部に差し込んだ。レバーを引き、薬室に初弾を装填する。
スコープの向こうに見えるカガリの脳天に照準。だが、まだ指は引き金にかけない。演壇の周囲は、防弾仕様の強化プラスチックのケースによって守られている。この時点で発砲しても射殺は不可能だ。今は、まだ。
《時間だな。状況開始だ》
レイの静かな声が、ひどくはっきりと聞こえた。
つけっぱなしのラジオから流れる若い女性報道官の声に、シンは顔を上げた。
ゆっくりと立ち上がり、首をめぐらす。目に映るのは日の光も照明も無い、暗く薄汚れた階段の踊り場だった。
《そろそろ時間だ》
腕時計に内蔵された通信デバイスから、レイの声が流れる。小さくああと返事をすると、シンは足元に置かれていた大小2つのケースを拾い上げ、階段を登る。
登り切ったつきあたりの鉄扉に手をかけ、力を込めて押す。軋んだ音を立てながら、錆びついた扉がゆっくりと開く。
《――ただいま、会場に汎ムスリム会議のザーナ議長とアメノミハシラのサハク執政官、そして南アジア自治領のナーリカ代表が到着しました》
扉の向こうに広がっていたのは、狭くコンクリートが剥き出しの床面と、雲1つ無い空だった。
ここは、オロファト市東部の再開発地域にある小さな廃ビルの屋上。地上の喧騒もここまでは届かず、沈黙に閉ざされた中にラジオの音声だけが白々しく響いていた。
《――ご覧下さい。世界中の国と地域の指導者が、互いの手を取って平和と融和を誓い合っています。あの悲惨な大戦から4年半、人類は、世界はここまでたどり着きました》
感極まった報道官の声を無視し、シンは鋭い視線を地上の一角に向ける。狭隘なビルとビルの隙間から、平和祈念スタジアムが小さく覗いていた。
「俺だ。予約していた特等席についた。いい眺めだ。舞台が一望できる」
腕時計の通信機を操作し、指定のチャンネルに合わせると、シンは低い声で囁きかける。
ややあって、通信機から若い娘の声で返事があった。言わずと知れたコニールだ。
《了解。他のみんなはもうとっくに席に座ってるよ。弁当もちゃんと配り終わった。あんたもしっかり楽しみな》
「ああ、そうさせてもらうさ」
全チームが配置完了、別ルートで持ち込んだ武器も支給済み、作戦内容に変更無し。符丁を頭の中で変換すると、シンは通信を打ち切った。
傍らのチェロケースを手にし、ロックを解除。中身――長大な狙撃用ライフルを取り出す。
「ここにするか」
伏射姿勢を取るのに適当な位置を選び、腰を下ろす。銃身固定用の二脚架を展開し、ライフルを抱えたままうつ伏せになった。銃床を肩に当て、両腕でライフルを構えると、都市迷彩が施されたシートを頭から被る。
二脚架で銃身を支えているため、重量の割に荷重は少ない。シンの鍛え上げられた背中と首の筋力は、易々とライフルの重量を受け止めた。
片手でもう1つのケース(中型の携帯用コンピュータだった)を手繰り寄せる。ケーブルを引き出し、ライフルの上部にマウントされた電子スコープに接続する。
念のため空を見上げ、シンは太陽の位置を再確認。問題無い。スコープに陽光が差し込み、レンズの反射光で位置を知られる心配は無かった。
スコープのキャップを外し、覗き込む。各種の照準情報と共に標的――遥か2,500メートル先のスタジアムの演壇に立つカガリの姿が、網膜に直接投影される。
これだけの長距離狙撃になると、風や湿度による僅かな弾道の捻じれが、無視できない大きな影響を与える。それに対処するため、シン達は前もってビルとスタジアムを結ぶ直線上に、複数の偽装センサーを設置していた。もたらされた様々なデータは観測手――本来とは意味が異なるが便宜上そう呼ぶ――のレイによって解析され、その結果がスコープに表示される。
現在、快晴で湿度は約15パーセント、風は東南東の微風。狙撃には絶好の状況だ。
《――いまだ争いは現実として世界に存在し続けている。90日動乱は、まだ皆の記憶にも新しい事だろう》
ラジオから流れる声は、いつのまにかカガリの演説になっていた。
《――しかし、たとえ何度も芽が摘まれ、踏みにじられようとも、私達は種をまき続けよう。いつか、平和という大輪の花が咲き誇るその日まで》
「さすが、奇麗事はアスハの御家芸だな」
苦々しく呟くと、シンは弾倉をライフルの機関部に差し込んだ。レバーを引き、薬室に初弾を装填する。
スコープの向こうに見えるカガリの脳天に照準。だが、まだ指は引き金にかけない。演壇の周囲は、防弾仕様の強化プラスチックのケースによって守られている。この時点で発砲しても射殺は不可能だ。今は、まだ。
《時間だな。状況開始だ》
レイの静かな声が、ひどくはっきりと聞こえた。
○ ● ○ ●
「ありがとうございました」
コーヒー1杯で1時間近く粘っていた常連客を笑顔で見送ると、ソラは小さく息をついた。急にがらんとした店内を見回し、エプロンに包まれた細く華奢な肩をとんとん叩く。
ここは、オロファト市の南部にある喫茶店『ロンデニウム』。半年ほど前から、ソラはこの店でアルバイトをしていた。
「ソラ君、ご苦労さま」
カウンターの向こうから、ロンデニウムのマスターが笑顔を向ける。半白の髪をした年齢不詳の人物で、ソラたち従業員や馴染みの常連客も本名を知らず、『マスター』とだけ呼んでいた。
「店が空いているうちに、少し休むといい。何か食べるかい?」
「あ、じゃあカルボナーラを」
そう答えると、ソラはカウンター席に腰を下ろした。少しぼんやりとした目で、窓の外を眺める。
オロファトの街並みには、つい先程まで続いていた軍事パレードの熱気が、まるで祭りの後のように残っていた。
「お待たせ」
しばらく待つと、店の奥の厨房からマスターが出てきた。手にしていたトレーをソラの前に置く。トレーの上には、湯気を立てるパスタとサラダの皿、アイスコーヒーのグラスが載せられている。
「わあ、いただきます」
ソラは手を合わせて歓声を上げると、フォークを取った。
フォークでスパゲティの麺を巻き取り、白いソースをたっぷりとからめて口に運ぶ。バターと卵と生クリームの濃厚な味と、ベーコンの程良い塩辛さが口中に広がった。
お腹が空いてたため、つい麺をすする大きな音を立ててしまい、ソラは思わず赤面する。
「そういえば、今朝は大変だったみたいだね」
マスターが口にくわえた煙草のパイプをひねりながら言うと、ソラは憤然と頷く。
「そうなんですよ。信じられますか、大の大人がよってたかってお年寄りに暴力を振るうなんて!?」
あの騒動の後、警官がまだ混乱しているうちにソラは老人を連れて逃げ出した。普段のソラからは考えられない行動だが、憤りと同情心が、いつもの分別をはるかかなたに吹き飛ばしてしまったのだ。
ふとソラは、記念式典の中継を流しっ放しにしているテレビに目を留める。
《世界の恒久の平和のため、人類の永遠の未来のため、どうか皆の力を貸して欲しい》
演説するカガリの姿に、深々と溜め息をつくソラ。
「あんな事、ラクスさまやカガリさまが喜ばれるはずないのに」
「まあ、エターナリストと一口に言っても、色々な人がいるからね」
マスターが苦笑したその時、ズンという鈍い音と共にロンデニウムがぐらりと揺れた。
「地震!?」
国土が火山島であるオーブは、当然ながら地震も多い。思わず悲鳴を上げたソラだが、揺れはその一度きりでおさまった。
胸を撫で下ろすソラに、マスターが大股で歩いてくる。
「大丈夫かい、ソラ君――」
そこで、マスターが硬直した。驚いた顔で視線を窓の外へと釘付けにする。
「あ、あれは?」
ソラもその視線をたどり、そして気づいた。
オロファト市南の高層ビル街、そのうちのビルの1つが、炎と黒煙を噴き上げているのを。
「火事……事故――?」
呆然と呟くソラの胸に、不安が黒雲の様に湧き上がっていった。
コーヒー1杯で1時間近く粘っていた常連客を笑顔で見送ると、ソラは小さく息をついた。急にがらんとした店内を見回し、エプロンに包まれた細く華奢な肩をとんとん叩く。
ここは、オロファト市の南部にある喫茶店『ロンデニウム』。半年ほど前から、ソラはこの店でアルバイトをしていた。
「ソラ君、ご苦労さま」
カウンターの向こうから、ロンデニウムのマスターが笑顔を向ける。半白の髪をした年齢不詳の人物で、ソラたち従業員や馴染みの常連客も本名を知らず、『マスター』とだけ呼んでいた。
「店が空いているうちに、少し休むといい。何か食べるかい?」
「あ、じゃあカルボナーラを」
そう答えると、ソラはカウンター席に腰を下ろした。少しぼんやりとした目で、窓の外を眺める。
オロファトの街並みには、つい先程まで続いていた軍事パレードの熱気が、まるで祭りの後のように残っていた。
「お待たせ」
しばらく待つと、店の奥の厨房からマスターが出てきた。手にしていたトレーをソラの前に置く。トレーの上には、湯気を立てるパスタとサラダの皿、アイスコーヒーのグラスが載せられている。
「わあ、いただきます」
ソラは手を合わせて歓声を上げると、フォークを取った。
フォークでスパゲティの麺を巻き取り、白いソースをたっぷりとからめて口に運ぶ。バターと卵と生クリームの濃厚な味と、ベーコンの程良い塩辛さが口中に広がった。
お腹が空いてたため、つい麺をすする大きな音を立ててしまい、ソラは思わず赤面する。
「そういえば、今朝は大変だったみたいだね」
マスターが口にくわえた煙草のパイプをひねりながら言うと、ソラは憤然と頷く。
「そうなんですよ。信じられますか、大の大人がよってたかってお年寄りに暴力を振るうなんて!?」
あの騒動の後、警官がまだ混乱しているうちにソラは老人を連れて逃げ出した。普段のソラからは考えられない行動だが、憤りと同情心が、いつもの分別をはるかかなたに吹き飛ばしてしまったのだ。
ふとソラは、記念式典の中継を流しっ放しにしているテレビに目を留める。
《世界の恒久の平和のため、人類の永遠の未来のため、どうか皆の力を貸して欲しい》
演説するカガリの姿に、深々と溜め息をつくソラ。
「あんな事、ラクスさまやカガリさまが喜ばれるはずないのに」
「まあ、エターナリストと一口に言っても、色々な人がいるからね」
マスターが苦笑したその時、ズンという鈍い音と共にロンデニウムがぐらりと揺れた。
「地震!?」
国土が火山島であるオーブは、当然ながら地震も多い。思わず悲鳴を上げたソラだが、揺れはその一度きりでおさまった。
胸を撫で下ろすソラに、マスターが大股で歩いてくる。
「大丈夫かい、ソラ君――」
そこで、マスターが硬直した。驚いた顔で視線を窓の外へと釘付けにする。
「あ、あれは?」
ソラもその視線をたどり、そして気づいた。
オロファト市南の高層ビル街、そのうちのビルの1つが、炎と黒煙を噴き上げているのを。
「火事……事故――?」
呆然と呟くソラの胸に、不安が黒雲の様に湧き上がっていった。
○ ● ○ ●
カガリの演説が後半に差し掛かった時、アスラン・ザラのポケットから機械音が鳴り響いた。こんな時に、といぶかしみながらも通信機に手を伸ばす。
「私だ」
呼び出しに答え、部下の報告に耳を傾けるアスランの顔にさっと緊張の色がよぎる。
「爆破テロだと?」
周囲に気取られないように、小声で答える。
《はっ、郊外の軍施設と市街地外れの政府機関が数箇所、爆破されました》
(式典警護のため、市の中心部に兵力を集中させ過ぎてていたのを、逆手に取られたか。式典自体ではなく、手薄になった施設を狙うとは)
舌打ちするアスラン。
《幸い、民間にはほとんど被害が出ておりませんが》
「分かった。以後はオノゴロの指揮下に入れ。私も急いで現地に向かう」
そう答えると、アスランは通信を打ち切った。小さく舌打ちして立ち上がる。
「何があったんだい?」
隣に座っていたムウが振り向く。表情も声色も緩んでいたが、目だけは鋭かった。前列のバルトフェルドも同種の視線を向けてくる。
<エンデュミオンの鷹>と<砂漠の虎>――かつての旧連合軍とザフトで屈指のエースパイロットだった2人だけに、鉄火場への嗅覚が並みではない。
「実は――」
後事を任せるため、状況を説明しようとするアスラン。正にその時、スタジアムを閃光と轟音が襲った。
「私だ」
呼び出しに答え、部下の報告に耳を傾けるアスランの顔にさっと緊張の色がよぎる。
「爆破テロだと?」
周囲に気取られないように、小声で答える。
《はっ、郊外の軍施設と市街地外れの政府機関が数箇所、爆破されました》
(式典警護のため、市の中心部に兵力を集中させ過ぎてていたのを、逆手に取られたか。式典自体ではなく、手薄になった施設を狙うとは)
舌打ちするアスラン。
《幸い、民間にはほとんど被害が出ておりませんが》
「分かった。以後はオノゴロの指揮下に入れ。私も急いで現地に向かう」
そう答えると、アスランは通信を打ち切った。小さく舌打ちして立ち上がる。
「何があったんだい?」
隣に座っていたムウが振り向く。表情も声色も緩んでいたが、目だけは鋭かった。前列のバルトフェルドも同種の視線を向けてくる。
<エンデュミオンの鷹>と<砂漠の虎>――かつての旧連合軍とザフトで屈指のエースパイロットだった2人だけに、鉄火場への嗅覚が並みではない。
「実は――」
後事を任せるため、状況を説明しようとするアスラン。正にその時、スタジアムを閃光と轟音が襲った。
式典会場は、一瞬でパニックに陥っていた。
あの爆発がセレモニー用の花火を流用したものであり、殺傷能力は皆無だと知れば、連中はどういう顔をするだろうか――2,500メートル先からスコープを覗き込んでいたシンは、意地悪く考えていた。
本来、オセアニア解放軍が立てた原案では、武装した決死隊を会場に潜入させる予定だったらしい。しかし、警備の厳しさと加盟国の元首に危害が及ぶ可能性から放棄され、スタジアムへの攻撃は爆破――爆薬を持ち込む必要がないため工作が可能だった――と狙撃の二構えとなった。
混乱し、逃げ惑う市民達を尻目に各国要人や政府首脳といったVⅠPは、SPに守られながら会場から脱出しようとしている。
カガリも例外ではない。演壇を下り、アスラン達と合流する。激しく動揺した表情が、スコープ越しからでも見て取れた。
「煙で燻せば狐は巣穴から飛び出してくる、か」
口元を、笑みというにはあまりにも歪んだ形に吊り上げるシン。
《風力、風向き共に変化無し。いけるな?》
レイの問いに頷き、シンはライフルの引き金に指をそえる。
いいだろう。貴様らが目を背け続けるのならば、襟首をつかんで引きずり回してでも見せ付けてやろう。かつて踏みにじられた者の無念を、いま切り捨てられている者の怒りを――
「思い知れ」
低く呟くと、シンはトリガーへとかけた指に力をこめた。
あの爆発がセレモニー用の花火を流用したものであり、殺傷能力は皆無だと知れば、連中はどういう顔をするだろうか――2,500メートル先からスコープを覗き込んでいたシンは、意地悪く考えていた。
本来、オセアニア解放軍が立てた原案では、武装した決死隊を会場に潜入させる予定だったらしい。しかし、警備の厳しさと加盟国の元首に危害が及ぶ可能性から放棄され、スタジアムへの攻撃は爆破――爆薬を持ち込む必要がないため工作が可能だった――と狙撃の二構えとなった。
混乱し、逃げ惑う市民達を尻目に各国要人や政府首脳といったVⅠPは、SPに守られながら会場から脱出しようとしている。
カガリも例外ではない。演壇を下り、アスラン達と合流する。激しく動揺した表情が、スコープ越しからでも見て取れた。
「煙で燻せば狐は巣穴から飛び出してくる、か」
口元を、笑みというにはあまりにも歪んだ形に吊り上げるシン。
《風力、風向き共に変化無し。いけるな?》
レイの問いに頷き、シンはライフルの引き金に指をそえる。
いいだろう。貴様らが目を背け続けるのならば、襟首をつかんで引きずり回してでも見せ付けてやろう。かつて踏みにじられた者の無念を、いま切り捨てられている者の怒りを――
「思い知れ」
低く呟くと、シンはトリガーへとかけた指に力をこめた。
不意にアスランの背筋を悪寒が走った。
周囲、少なくともコロシアムの中にテロリストとおぼしき姿は無い。だが、幾多の戦場で培われたモノが警鐘を鳴らす。
それが戦士としての勘なのか、それとも無意識下で現状と経験を照らし合わせて判断した結果なのか、自分自身でも理解できないままアスランは咄嗟に傍らのカガリを突き飛ばした。
その瞬間、アスランを凄まじい衝撃が襲う。超音速で飛来した何かがアスランの側頭部を掠め、一瞬前までカガリの頭部が存在していた空間を貫いたのだ。
(狙撃!?)
飛びそうになる意識を必死で繋ぎとめ、アスランは倒れたカガリの上に覆いかぶさる。
「なっ!?」
状況が理解ができずに呆然としていたカガリが、すぐ傍らに穿たれた弾痕とアスランのこめかみの裂傷に気づき、引き攣った声を上げる。
カガリを安心させるために小さく微笑むと、アスランはようやく状況に気づいたSPに怒鳴った。
「主席を守れ!!」
周囲、少なくともコロシアムの中にテロリストとおぼしき姿は無い。だが、幾多の戦場で培われたモノが警鐘を鳴らす。
それが戦士としての勘なのか、それとも無意識下で現状と経験を照らし合わせて判断した結果なのか、自分自身でも理解できないままアスランは咄嗟に傍らのカガリを突き飛ばした。
その瞬間、アスランを凄まじい衝撃が襲う。超音速で飛来した何かがアスランの側頭部を掠め、一瞬前までカガリの頭部が存在していた空間を貫いたのだ。
(狙撃!?)
飛びそうになる意識を必死で繋ぎとめ、アスランは倒れたカガリの上に覆いかぶさる。
「なっ!?」
状況が理解ができずに呆然としていたカガリが、すぐ傍らに穿たれた弾痕とアスランのこめかみの裂傷に気づき、引き攣った声を上げる。
カガリを安心させるために小さく微笑むと、アスランはようやく状況に気づいたSPに怒鳴った。
「主席を守れ!!」
「アスラン=ザラっ!!」
スコープに映された狙撃の結果に、怒りと失意の叫びを上げるシン。信じられなかった。この距離からの銃撃に、対応できる人間がいた事が。
素早くライフルのボルトを操作する。薬莢排出、次弾装填。だがその数秒の間に、SP達がカガリの周囲で横並びの隊列を組む。
カガリへの射線を塞いでいるSPを狙い、発砲。打ち抜かれた頭から血と脳漿をぶちまけながら崩れ落ちるSP。だが生じた穴は、あっという間に他のSPによって埋められた。
「アスハの狗が!!」
叫ぶシンに、レイが冷静な言葉をかける。
《失敗だな。撤退するぞ》
「何を言ってるんだ、レイ!?」
《元々、博打の要素が高い奇襲だ。こうも態勢を固められては、付け入る隙が無い」
「馬鹿な」
呻くシン。指を、式典会場に突きつけて押し殺した声を上げる。
「あそこに――すぐ手の届くあそこに連中がいるんだぞ!! それを見逃せというのか、お前は!?」
《直にこの位置も特定される。軍なり治安警察なりの特殊部隊がやってくるぞ。無駄死にをするつもりか?》
「…………」
淡々と指摘するレイ。数秒の逡巡の後、シンは頷く。
「その通りだ。レイ、お前が正しい。撤退しよう」
内心でいかなる葛藤があったとしても、その声は冷静さを取り戻していた。
《式典自体の妨害には成功した。俺達の一方的な敗北ではない。それより、B班の撤収が遅れているらしい。援護に向かうぞ》
「了解」
素早く立ち上がるシン。最後に一度だけ振り返り、怒りと憎悪に燃える目でスタジアムを睨みつける。そして足早にその場を立ち去った。
スコープに映された狙撃の結果に、怒りと失意の叫びを上げるシン。信じられなかった。この距離からの銃撃に、対応できる人間がいた事が。
素早くライフルのボルトを操作する。薬莢排出、次弾装填。だがその数秒の間に、SP達がカガリの周囲で横並びの隊列を組む。
カガリへの射線を塞いでいるSPを狙い、発砲。打ち抜かれた頭から血と脳漿をぶちまけながら崩れ落ちるSP。だが生じた穴は、あっという間に他のSPによって埋められた。
「アスハの狗が!!」
叫ぶシンに、レイが冷静な言葉をかける。
《失敗だな。撤退するぞ》
「何を言ってるんだ、レイ!?」
《元々、博打の要素が高い奇襲だ。こうも態勢を固められては、付け入る隙が無い」
「馬鹿な」
呻くシン。指を、式典会場に突きつけて押し殺した声を上げる。
「あそこに――すぐ手の届くあそこに連中がいるんだぞ!! それを見逃せというのか、お前は!?」
《直にこの位置も特定される。軍なり治安警察なりの特殊部隊がやってくるぞ。無駄死にをするつもりか?》
「…………」
淡々と指摘するレイ。数秒の逡巡の後、シンは頷く。
「その通りだ。レイ、お前が正しい。撤退しよう」
内心でいかなる葛藤があったとしても、その声は冷静さを取り戻していた。
《式典自体の妨害には成功した。俺達の一方的な敗北ではない。それより、B班の撤収が遅れているらしい。援護に向かうぞ》
「了解」
素早く立ち上がるシン。最後に一度だけ振り返り、怒りと憎悪に燃える目でスタジアムを睨みつける。そして足早にその場を立ち去った。
銃撃は、2度で唐突に止んだ。
諦めてくれたのか? ずきずきと痛むこめかみを押さえながら、アスランはゆっくり立ち上がった。
傍らにいた兵士の1人が首から高倍率の電子双眼鏡をかけているのにアスランは気づいた。ひったくっると、銃弾が飛来して来たと予想される方向を覗き込む。
(銃弾の方向と角度――まさか、再開発地域から撃ってきたのか?)
内心で呻くアスランの目が、ぴたりと止まる。いかなる偶然か、小さな廃ビルの屋上にライフルを持った人影、その後ろ姿を発見したのだ。
倍率を最大に上げる。黒髪に黒尽くめの服装をした、まだ若い男。黒1色のその姿は、まるで死を告げる大鴉のごとき不吉さがあった。
不意に男が振り返った。燃え上がるような真っ赤な瞳が、正面からアスランを貫く。
「な――っ!」
驚きのあまり、双眼鏡を取り落としかける。慌てて再び覗き込んだときには、すでに男の姿は無かった。
「どうした? 大丈夫か、アスラン」
心配するカガリの声にも気づかず、アスランは不意に過去から現れた亡霊の名を口にする。
「お前、なのか――シン……?」
諦めてくれたのか? ずきずきと痛むこめかみを押さえながら、アスランはゆっくり立ち上がった。
傍らにいた兵士の1人が首から高倍率の電子双眼鏡をかけているのにアスランは気づいた。ひったくっると、銃弾が飛来して来たと予想される方向を覗き込む。
(銃弾の方向と角度――まさか、再開発地域から撃ってきたのか?)
内心で呻くアスランの目が、ぴたりと止まる。いかなる偶然か、小さな廃ビルの屋上にライフルを持った人影、その後ろ姿を発見したのだ。
倍率を最大に上げる。黒髪に黒尽くめの服装をした、まだ若い男。黒1色のその姿は、まるで死を告げる大鴉のごとき不吉さがあった。
不意に男が振り返った。燃え上がるような真っ赤な瞳が、正面からアスランを貫く。
「な――っ!」
驚きのあまり、双眼鏡を取り落としかける。慌てて再び覗き込んだときには、すでに男の姿は無かった。
「どうした? 大丈夫か、アスラン」
心配するカガリの声にも気づかず、アスランは不意に過去から現れた亡霊の名を口にする。
「お前、なのか――シン……?」