「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第4話「今ここにいる現実」Cパート

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
「ひいふうみい……補給部隊の護衛と言うにはルタンド8機は豪華過ぎだな」

大尉は呆れたように呟く。
ルタンドは第二次汎地球圏大戦(メイサア攻防戦)後に正式採用された統一地球圏連合の新鋭主力モビルスーツだ。
連合のウインダムやダガー、ザフトのザクなどに代わっていまや世界の主要各国はどこもこのルタンドを採用している。
もっとも東ユーラシア共和国の様に貧しい国は、第一線から退いた払い下げのザクやダガーを使っているのが通例だったのだが。

《予想通り、我々を誘き出す算段だという事でしょうね》

中尉は既に狙撃ポイントに着座していた。
スコープの調整に細心の注意を払いながらも、大尉にはしっかり返答する。

《にしても、順序が逆だろ?シンの奴。アイツが先に見つかってどーすんだよ》

少尉は相変わらずの口調でぼやく。
それは大尉も言いたい所だが、それとなく少尉を諭す。

「アイツは、なんだかんだで俺達に気を使ってるのさ」
《そりゃ、解らなくも無いッスけどね。あんなガキに気を使われるいわれは無いですよ?》
《……彼は、良い青年だという事ですよ》

中尉がまとめる。だが、その言い分は何処か哀愁がある。シンという青年が時折見せる、悲しみを超えた激情。それを何となく感じるからだろうか。
ともあれ――

「先陣をアイツに取られるわけにもいかん。少尉、派手に行くぞ!」
《アイサー!派手にってんなら、お任せ!》
《了解。せいぜいこちらにも注意を引きつけます》

中尉のシグナスが持つスナイパーライフルが火を噴き、それに併せるように大尉、少尉がビーム突撃銃を乱射しながらルタンド部隊に肉薄していく。あっという間に砂塵は嵐となり、乱戦に突入した。



「隊長!さらに後方より別のモビルスーツ隊が出現!機数2!前方の敵モビルスーツも更に加速!前面に回り込まれます!」

次々にもたらされる部下の報告に、歴戦の指揮官は内心ほそく笑む
悲鳴のような士官の声を聞きながら、ガドルは悠然としていた。

「よし!モビルスーツ隊を二手に分けろ!前衛に2機、後衛に6機だ!”仕掛け”はどうなっている?」

ガドルは隣に座る副官に尋ねる。

「既に準備完了です。あとは合図を待つばかりです」
「良し。ベストな答えだ」

ガドルは満足そうに頷くと、トレーラー内に据え付けられた通信マイクを取り部隊全員にこう告げた。

「これより本隊は作戦通りテログループと交戦を開始する。各員は作戦通りの行動を行え。繰り返す、各員は……」

アナウンスをしながらガドルは思う。

今は、まだ手を打つ時では無い)

ガドルは腕組みをしながら待っていた。
これまでの情報を分析したところ、相手のモビルスーツ部隊は相当な訓練を積んだつわものだ。
数では勝っているが、とても一筋縄でいく相手では無い。

(結局、人身御供が必要と言うわけか)

それはガドルが望むと望まざるに関わらず訪れる結末だろう。
だが指揮官が私情を挟む事以上の愚策は無い。
ガドルは静かに待っていた。
前面のモビルスーツ、ダストがこの補給部隊を、自分の乗るトレーラーを襲う瞬間を。



《シン、大尉達が敵の殆どを引きつけてくれている。お前が相手をするのは2機だけで良さそうだな》
「そうかい、じゃあ期待に応える為にも一瞬で終わらせてやるよ!」

シンはルタンドに向かうと見せかけて、いきなりダストを補給部隊の方向へ方向転換させた。
意表を突かれたルタンドは、つい反応が遅れる。

「うおおおおっ!」

身体にかかるGをねじ伏せるかのように、シンが吠える。
ルタンド達のビームライフルが火を噴くが、狙いが甘くダストの動きに付いて行く事が出来ない。

「ライフルを撃つまでもない!」

一気に間合いを詰めたダストはすれ違い様に、対艦刀でルタンドの胴を薙いだ。
ダストが通り過ぎた後、上半身と下半身が地に落ちて爆散する。
シンは追いすがるもう1機のルタンドを確認すると、ダストを跳躍させた。
反転した勢いのままダストは、ルタンドの頭部を蹴り砕く。
ルタンドは派手に転倒し動かなくなった。
その勢いを殺さないように反転したシンは、逃げ惑うトレーラー部隊を追い抜き、前面に陣取る。

《命まで取るつもりは無い。死にたくなければさっさと積み荷を置いていけ!》

右手にビームライフル、左手に対鑑刀を構え、威嚇する。
トレーラーから士官達が慌てて降りて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「作戦成功、楽勝だな」

シンは張りつめた気が緩んでいくのを感じた。
――それすら敵の作戦の内と気付かずに。



二機のルタンドを倒したダストがこちらに向かってくる。
車列中央のトレーラーに乗るガドルからもそれは見えた。

「ガンダム、か……」

ガドルは苦々しく呟く。

(テロリストが、小賢しい真似をするものだ)

『ガンダム』。
その名は、このCEでも特別な名前となりつつあった。
”軍神”キラ=ヤマトが数々の伝説を築いた機体として。
そして世界の覇者、オーブの守る尖兵として。
その特徴のあるツインアイに二本角という顔を持つモビルスーツの総称を、いつしかマスコミは『ガンダム』と呼び、それはひとつの伝説になりつつあった。
勝者の伝説として。

(時代が変わる時、ガンダムは現れる。このモビルスーツもそうだというのか?)

平和の守護者、戦争を終結させうる者。
英雄を呼ぶモビルスーツ。
どれもこれも、マスメディアの作り上げた与太話。
だが、やはり軍人の間でもその存在感は無視出来ないのだ。
子供の好みそうな話。そんな話に大人が付き合う謂われは無い。

「下らん」

ダストがますます近づいてくる。
上半身を褐色に染めた18mの鉄の巨人は、もうこのトレーラーともう目と鼻の先に来ていた。
隣でおろおろしている副官にガドルはこう告げた。

「どうした、シュタインベル。貴官も逃げろ」
「しかし隊長!隊長はどうするのですか!?」
「私の事は良い。……行け」

なおも食い下がる副官を、ガドルは無理矢理トレーラーから降ろす。
副官は暫く迷ったが、歩み寄るモビルスーツの巨体を見て、慌てて逃げ出した。
悠然と歩いてくるダストの姿ににガドルは失笑を禁じ得ない。

「世界を救うのがガンダムで、世界を変えるのもガンダム?ふざけた話だ」

ダストは尚も近づいてくる。
ガドルの望み通り。

「貴様が”ガンダム”だと言うのなら……証明して見せろ!!」

ガドルがトレーラーのコンソールに、何事か操作を走らせる。
その瞬間、白煙が周囲を一気に覆った。



その白い煙は、歩兵部隊を率いていたコニールからも確認出来た。
一台だけではない。
全てのトレーラーから白煙が吹き出ていた。
各トレーラーの車体下部から噴出した白煙は瞬く間に戦場一帯を覆う。

「爆発?」

しかし、それにしては火の気がない。
その瞬間、違和感の正体に気付く。

「まさか……対モビルスーツ用スモークディスチャージャー!?」

慌ててコニールは双眼鏡を覗く。
そして、コニールはそこで信じられない光景を目撃した。
――ビームの火線がダストを貫いていたのだ。



「くそおっ!!」

突如ビームライフルが真っ二つに切り裂かれた。
ビームサーベルだ。
コンマ秒反応が遅ければ、恐らく腕ごと持っていかれただろう。
トレーラーからスモークが発生した次の瞬間、その中からモビルスーツがビームサーベルを振るったのだ。
――潜んでいたモビルスーツの名は『マサムネ』。
先日戦ったあの可変モビルスーツである。
マサムネはトレーラーのコンテナから勇躍飛び出すと、大上段に一気に切りかかった。
シンはダストのパワーを全開にして必死でサーベルの斬撃から逃れようとしたが、敵の方が早い。
火花が飛ぶ。
肩口にサーベルを突き立てられ、更にそこから押し込まれようとしている。

「クソ!」

機体が重い。
このままではマサムネのパワーに潰される。
そう判断したシンは身軽になるため、やむなく対艦刀シュペントゲーベルを手放した。
巨大な刀が左手から離れ、大地に落ちる。

マサムネを格納していたのか。近づいてくる瞬間を狙っての奇襲とは、器用なものだ》
「感心してる場合か!」

今、ダストの手には武器は無かった。

「クッ……!」
《シン、後ろだ!》

レイが珍しく叫ぶ。
シンがそちらを見ると、いつの間にかもう一機マサムネが現れていた。
別の車両にも仕込まれていたのだろう。
見事な偽装だった。

「罠!?」

後から来たマサムネはビームライフルの銃口をダストに向ける。

(させるかよ!)

考えるよりも先に、体が動いた。
頭部バルカンをマサムネの頭部目掛けて乱射する。
マサムネがカメラへの被弾を避けるために一瞬退いたその隙に、背部フライトユニットを展開。
一気にブーストを最大出力で吹かせた。

「ぐっ!」

滅茶苦茶なGがシンを襲う。
ダストは体勢を後ろに傾けたままブーストをしたので、仰け反りながら飛んでいく。
なんとか機体を立て直そうするが最初のマサムネが肉薄しており、なかなか立て直すことが出来ない。

「しつこいっ!」

シンはマサムネをバルカンでさらに牽制しながら、地面と水平に背面飛行するダストをスラスターを吹かし強引に横回転させる。
マサムネがビームサーベルを振るう。
しかしダストは間一髪その一撃を避け、逆に回し蹴りを喰らわす。
思わぬ逆襲を受けたマサムネはそのままあらぬ方向に吹っ飛んで行った。
蹴りを支点にして方向を変えたダストはブーストを吹かし、相手の攻撃範囲から逃れる。
だが攻撃から逃れ着地しようとした刹那、そのタイミングを狙ってビームライフルが撃ち込まれた。

「!?」

もう一機のマサムネだ。
このままでは手放した対艦刀を拾う事すらままならない。
どうにかダストは着地すると、何とか横っ飛びに避け続ける。

《正確な狙撃だ。ブースト光を見て射撃しているのだろうが、いい腕をしている》
「さっきから敵を褒め過ぎだぞ!どっちの味方だ!」

冷静なレイも、こうなると鬱陶しいだけである。
今更ながらシンは実感していた。
プラントがオーブに併合された今、シンが在籍していたザフト軍の出身の者も多数、統一連合側に回っているだろう。
マサムネのパイロットが何者かは分からない。
だが眼前の敵は、前の大戦で戦った連合兵とは格段に腕が違っていた。
恐らくはコーディネイター
こうして敵に回ればかくも驚異的な存在だとは、戦慄すら覚える。
唇が乾く。
今更ながら震えとも歓喜ともつかない感情が沸く。
シンは、この状況を切り抜けるため必死に考えを巡らせていた。



白煙の中でビームの残光が閃く。
その瞬間ダストに襲い掛かる2機のマサムネ
その様子は大尉達にも目撃されていた。
大尉達は4機目のルタンドを倒した所だった。
残りも時間の問題だろう。
しかし……

「くそぉ!これじゃあシンの支援に行けねぇ!!」

少尉の怒声が耳に付く。

「落ち着け!まず一つずつ倒せ!でなきゃ何時まで経っても終わらん!」

大尉も怒鳴り返す。
焦っているのは誰もが同じだ。
ルタンドの左腕が遠距離からの狙撃に打ち抜かれ、爆発する。
中尉の射撃は正確だ。
だが、こういった乱戦に於いては、その難易度は跳ね上がる。
如何に中尉といえど、一撃必殺はそうそう取れはしない。
ましてやスモークの中に支援砲撃など満足に出来るわけが無い。

「上手くいかないものですね……!」

弾を再装てんし、敵を狙う。
味方の血路を切り開くために。

「ちっくしょぉー!!」

少尉がビーム突撃銃を連射するが、ルタンドのシールドに阻まれなかなか有効打にならない。
ルタンド隊は時間稼ぎに徹しているのか消極的で、中々攻め崩す事が出来ない。
それは大尉も同じである。
二人の焦りは募るばかりだった。



シンも又、焦っていた。
なにせ遮蔽物など殆ど無い上に、二対一で基本性能は向こうが上。
挙げ句の果てにシンの手持ち武器は今やビームサーベル一本、頭部バルカン、両腕に仕込まれたスレイヤーウィップのみ。
射撃戦に対応出来るような武器は残されていないのだ。

《いささか乱暴だが、とにかく乱戦にして相手の射撃を封じなければならんだろう》

ビームサーベルを抜刀。
シンはもう一機に撃たせないように、ひたすら前衛のマサムネと切り結ぶ。

「おおおっ!」

裂帛の気合いを込め斬りかかるが、あっさりと受けられ、距離を取られる。
そこに、シンは追いすがり更に切り結ぶ。
何せ相手と離れてしまえば、またビームライフルの斉射が来るのだ。

《シン、急げ。スモークが消えたらこちらはじり貧だ》
「解ってる!」

そう。
今ビームライフルが来ないのは単に同士討ちを恐れての事だ。
この距離では視界が晴れてしまえば間合いを詰めるアドバンテージは消えてしまうだろう。
皮肉な事に、今はスモークがシンを守っていた。

「ち……キツイな」

さすがのシンも弱気にもなる。

《何を言っている。こんな所で死ぬのが、お前の目的だったのか?》
「まさか……っと!」

今度は相手が斬りかかってくる。踏ん張り、シールドで受け流すダスト。

《では諦めるという事か?ならば、今すぐ武器を置いて降伏しろ。お前は何としても生き延びなければならない。違うか?》

相棒はいつも強気だ。どんな時でも。

(俺は何で、いつも……)

――こうなってしまうのだろう。

何時も自分は、自分の置かれた状況を何とかしようと思っていた。
マユを失い、怒りと共に”世界を守るために””第二、第三のマユ=アスカを生み出さない為に”ザフトに入隊した。
だがその結果ザフトは世界の敵となり、シンは迷走の末に更なる地獄に行き着いた。

(何時も俺は、誰かを、何かを守ろうとしているのに!)

――悲痛なまでの決意。シンという青年は、何時もそればかり考えていた。
しかしその結果は何時も最悪の形で裏切られてきた。
しかもそれは”守ろうとしていた人達が、何時も自分の身代わりの様に死んでいった”という形だった。

――俺が死ぬべきだったのか。

いつも悔恨のみが残る。
怒りの炎。
それは、己への悔恨。
罪業を背負い、尚も許せぬ自分を鍛え、燃やし尽くす黒き炎。
憎しみと、怒り――何よりも、優しく悲しい炎。

(マユ、ステラ、ルナ……俺は、君達を殺してしまっても……死なせてしまっても、生きる価値がある程の人間だっていうのか?)

それは、決して尽きぬ疑問。
それこそが、今のシンを生かしている原動力だと知りもせずに。
何時か、それは解る時が来るのだろうか。
自分が何故生まれ、生きていくのか。
それは決して解き明かせる日の来ない、永遠の問いかけだと気付きつつも。
だが――今は、今はまだ。

「諦める?諦めるだって!?俺が!?」

その言葉が――思いが炎を燃え上がらせる。
何かが、シンの中で蠢く。
心にぽっかりと開いた穴が呼び寄せた魔獣。
それが今正にシンを突き動かしていく――生きるために。

「良いだろう。諦めてやるさ!」
《シン!?》

シンは自らシールドを捨て、ダストを引かせる。

《何を考えている!?狙撃されるぞ!?》
「諦めてやる……諦めてやるさ!ただし、俺が諦めるのは”死ぬ事”だ!!」

こんな地獄の様な世界で、怨嗟を常に聞き続け、それでも憎しみを捨てないで。
己を厭い、嫌い、恨み。その果てにある世界に幸せなど有るものか。
有る訳が無いと知りながら。
今、シンの体は熱く燃え上がっていた。しかし、心は凍てつく様に冷たい。
世界の全てが緩やかに流れていくような、意識がクリアになる感覚。
その境地は、かつてシンも体験していた。
狂える戦士が辿り着く、怨嗟の果ての境地。その名は――



次の瞬間、その場に居た誰もが目を疑った。
ダストが己の持つビームサーベルを天空に向かって放り投げたのだ。
今正にビームライフルを撃とうとした者も、ついさっきまでダストと切り結んでいた者も、天空に舞うビームサーベルから目が離せなかった。

――何故?

それは、当然の疑問。
降伏するつもりもないのに唯一の武器を捨てる人間など、居るはずがないからだ。
だが、ダストは――シンは捨てた。何故か。
誰もが天空に舞い上げられたサーベルに見入ったほんの一瞬――その隙をシンは、ダストは逃さなかった。
ブーストを使わないただの跳躍だったが、意表を突かれたビームサーベル所持のマサムネは一気に懐に飛び込まれる。
マサムネのパイロットは一瞬虚を突かれるも、「自棄になったのか」と笑った。
素手と剣、負ける方がおかしいのだから。
だがシンの動きは相手の予想を超えていた。
ダストの左腕が動き、そこから何かが伸びる。
ビームサーベルの間合いより遠く、速く。
マサムネのビームサーベルを持った手をワイヤー絡め取った。
そして、ワイヤーは一瞬激しく瞬く。
グフイグナイテッドと同じ武器、スレイヤーウィップだ。

「こいつっ!これを狙って!?」

コクピットにまで被害は及ばなかったものの腕部の電気系統がショートし、使い物にならなくなる。
しかし今のシンの狙いはそれでは無かった。
ワイヤーを巻きつけたまま飛び上がるダスト。

(正気か!?)

ブーストなど使えば、もう1機のマサムネが完璧に狙撃する。それは、確実な事のはずだ。だが……。
ビームの光条が走る。
だが、それはダストなど存在しない明後日の空間。
その時になって、マサムネのパイロットはシンの狙いを理解した。
右腕に絡み付いたスレイヤーウィップ。それを支点とし、ダストは異常な旋回を見せていた。

狙撃手が予測する空間を超える軌道――それをシンはスレイヤーウィップを使って生み出していた。
軽量機とはいえマサムネはダストより重いが、ダストのフルブーストの勢いに抗しきれず引き摺り倒される。
左腕のスレイヤーウィップを切断して仰向けのまま狙撃してきたマサムネに接近する。
ダストは弧を描いた軌道のまま突き進み、地面すれすれをフルブーストするために仰向けのまま飛んで行っているのだ。

あまりの予想外の動きに、狙撃も想定していた精度では撃てない。
ダストの両手にはいつの間にかアーマーシュナイダーが握られていた。
最後のビームライフルをまたも横旋回して避け、ダストはマサムネに肉薄する。
狙い違わず、一方のナイフはビームライフルごと腕を破壊し、もう一方は頭ごと胴体部を切り裂いた。

そしてダストは宙返りの要領で回転し、その動きのまま蹴りを相手の胴体に見舞う。
胴体部に残された対モビルスーツ用ナイフ――、アーマーシュナイダーが更にマサムネの胴体部に押し込まれ、それはコクピットにも達した。
吹き飛んだマサムネは一拍置いて爆散する。
ダストは一回転し、無事に着地した。

「ば、馬鹿な!」

もう一機の、先刻までダストと切り結んでいたマサムネのパイロットは戦慄する。
有り得ない。
何もかもが有り得ない。
こいつは、一体何なのか。
だが、ダストは未だ着地の姿勢から動いては居ない。
駆動系が故障したのかもしれない。
とにかく、マサムネにとっては最大のチャンスだった。
マサムネのパイロットがライフルを取り出し構えようとした時……
いつの間にかダストの右腕には対鑑刀、シュベルトゲベールが握られていた。
スレイヤーウィップで巻き取っていたのだ。
ダストのツインカメラが輝く。
まるで全てを解き放たれた獣がその咆哮を内に秘め、研ぎ澄まされた牙を相手に叩き込むかのように。

――次の瞬間マサムネは真っ二つになり、爆散した。



大尉達がようやくルタンド部隊を撃破し、応援に来た頃には全て終わっていた。
全身傷だらけではあるものの健在なダストの姿を確認した三人は安堵する。

《なんだぁ?俺たちの分まで取っちまったのかよ》
《伏兵がいたようですね。遅れて申し訳ない》
《ま、無事で何よりだ》

通信機から聞える声は、三者三様のあんまりな言い様。
しかしその裏に潜む仲間の無事に心から安堵する気持ちが見えていた。
死にかけたがシンは怒る気にはなれなかった。



ガドルは驚いてはいなかった。

(全ては、こうなる運命だった。それだけだ)

補給部隊は壊滅した。
そしてそれと引き換えにリヴァイブのモビルスーツ隊を倒すはずだった切り札のマサムネ隊も。
破損したドレーラーから何とか這い出たガドルは、呆然と結末を見続けていた。
共に来た補給部隊のトラックやトレーラーだけでなく、護衛のモビルスーツも全て破壊されていた。
全てが地に伏し真っ黒な煙を噴き出して、炎上している。
破壊の狭間を、ふらふらと当てもなく歩いていくと、一人の青年の遺体を見つけた。
見覚えがある。シュタインベルだ。
破片にでも当たったのだろうか、頭から血を流して事切れていた。

(なんて事だ……)

ガドルは愕然と膝を落とした。
この作戦が司令部から下された時、ガドルは引き受ける代わりに条件を出した。
あたら部下をそのような囮に使うべきでは無い。可能な限り最小限の人員で作戦遂行を。出来る事なら自分ひとりでも、――と。
しかしガドルの思いとは裏腹に上はそれをあっさりと却下し、相当数の人員を回してきた。
ガリウス司令は言う。
治安警察との関係上、今回の作戦は失敗するわけにはいかんのだよ――と。
部下の命より組織の面子が大事なのか。
シュタインベルの遺体を見下ろしながら、ガドルは嘆息した。

(……癒着、か。今までは必要悪だと思っていたが、これこそが世界を歪めていくものだと思えてならん)

軍人として、上からの命令は絶対だが、彼はせめて彼の権限で部下の命だけは救いたかった。
意味もなく死ぬ事など無いと、思っていたからだ。
だからシュタインベルに逃げろと言った。
――だが。

「なんと情けない事だ。私は、私自身が軍規を乱した事が、許せずにおるとは」

それは、言葉の通りの意味では無いのかもしれない。
もし敵前逃亡などさせなければ、シュタインベルは今頃――。
ひどく疲れた。
部下の死を見続けた人生にガドルは疲れ切っていた。
ホルスターから銃を抜く。
取り立てて何の変哲も無い、無骨な官給品。
しかし、長年生死を共にしてきた相棒だ。

「エリナ、アリーゼ、済まん。私は軍人として……」

……家族を大事に出来なかった。
そう言おうとしたのだろうか。
地面に血飛沫が広がる。
一人の男の命が、失われた瞬間だった。



ソラは、許せそうに無かった。

(これが、”生きるために必要な事”だって言うの?)

赤茶けた夕刻の空の下でソラが見たもの。
それは強者が敗者を蹂躙する姿そのものだった。
ガドルの思いも空しく、生き残りの政府軍はコニール率いる部隊に全員拘束されていた。
部隊の規律は意外な程高く、即リンチとかそういう事は無かったが、殺気だった雰囲気はソラには到底馴染めるものでは無い。

「おらっ!立て!!」
「このテロリスト共が……!」
「うるせえ!テメエ等が今まで何してきたか、ちったあ考えやがれ!!」
「ぶっ殺せ!殺しちまえ!!」

幾つもの残骸を背に男達の怒号が響く。
体が、震える。
人が人で無いものに見える時。
己の考えが、全く通じないと感じた時。
人は、本能的なものを感じる。――すなわち、恐怖。
ソラは恐わかった。どうしようもなく。
彼女がこの場に居るのは、センセイが連れてきたからだ。
センセイは負傷兵の治療のために現場に来なければならなかったが、ソラをここに連れてくる必要性は無かった。
……しかし、あえてセンセイはソラを戦場に連れてきたのだった。
世界を、現実を見せるために。

(間違っていないのよ、本当は誰もが。でもね、結果として”間違い”と言われるのが世の中なのよ。ソラちゃん――貴方は、もっと世の中を知りなさい。私達が貴方の思っている”正義”では無いとしても)

センセイに言われた言葉が響く。

(これが、世界の真実……?)

殺したいほど憎み合う――憎み合わなければ生きて行けない世界。
オーブでは、隣家で殺人事件が有っただけで非常線が張られる。
小さな犯罪でも人々は怯え、震え、恐怖する。――なのに、眼前の光景は何なのか。
今、目の前に居るのは人殺しの無法者。
ソラにはそうとしか見えなかった。
ソラは、恐れていた。だが、同時に悲しかった。
何も出来ない無力さが、とてももどかしかった。

「ほれ、持ってけよ。そこでひっくり返ってるトラックの積荷から見つけたんだ」

少尉がシンに渡したものは、綺麗な貴金属で出来たペンダントだった。

「……なんだ?これは」

シンは変わらずのぶっきらぼうな受け答えで、それを受け取る。
特におかしな所も無い、ごくありふれたシンプルなデザインの首飾りだ。
発信器でも付いているのかと、シンは訝しむ。

「いい加減鈍いね、お前は。お兄さんは悲しいよ。ソラちゃんへのプレゼントだよ」
「は?何で俺に?アンタが渡せばいいじゃないか」

シンにとっては思考の外である。

「レディに謝るんでしょう?それなら、それなりの事をした方が良いという事ですよ」

中尉は微笑みながら言う。

「ま、がんばんな。青春なんざ、直ぐに終わっちまうぞ」

二十歳を過ぎた大人に青春も何もあったものでは無いだろうと呆れるシンだったが、断るのも面倒だったので受け取る事にする。

(俺はアイツを良かれと思って助けた。が、そのあげくがこのザマだ)

人が人を助けるのは道理だ。
だが、それが何時も良い結果になるとは限らない。
ことにシンの場合はそれが顕著だった。
だから、結局の所シンは恐れている。

(俺は、アイツを……ソラを守れるのか?)

シンは”守る”と誓った。
ソラを”オーブに帰す”と誓った。
口をついて出た言葉。
未だ果たされた事の無い約束。
未だ得るものの無い、空しい契約。
だが、だからこそ守りたい。
一度も、一人も守る事の出来なかった自分だからこそ思う、拙い思い。
せめて今回は、と。
シンは手に持ったペンダントを弄んでみる。
それは、シンの手の中でちゃらちゃらと音を立てて存在をアピールしていた。
シンにとっては全くといって良いほど必要性のないアイテムなのだが。

(それにしても、女の子ってのはこういうのを喜ぶものなのか?)

いまいちよく分からなかったが、シンはとりあえずソラの元へ持って行こうと思った。
自分では判断が付きそうもないし、取りあえず欲しければ貰うだろうという判断からだ。

シンという男は、こういう方面にはとことん疎かった。

ソラは、悩んでいた。
今、自分がいる場所。
今、自分がしている事。
今、自分がさせられている事。
全てが納得出来ず、嫌な事だった。
負傷兵の手当ての合間にセンセイがソラを心配そうに見るが反応は薄い。

(やはり、早かったかしら。……いいえ、彼女は知らねばならなかった。この世界の本当の姿を。世界が、何によって支えられているのか。搾取する者と、搾取される者の姿を。人が人として生きるために、何が犠牲になっているのかを)

それは、厳しい事だ。
そして、きつい事だ。
だが、センセイはソラのような子にこそ、知っておいて欲しいと思った。

(優しさだけでは、甘さだけでは、何も世界は変わりはしないのだから)

センセイは、ソラに何をして欲しい、と思っている訳でもない。
だが、何も知らずに生きていくそれはしてはならないとも思う。
そんなセンセイの思いを余所に、ソラといえばぼんやりとしているだけだ。
……パニック状態に、限りなく近い小康状態。ソラの現在の状況はそれだった。

(今は、そっとしておくしか無いわね)

センセイはそう判断し、ソラに話しかけようとして――その前にセンセイにとっては限りなく意外な男がソラに話しかけてきた。

「おい、ソラ。なんだ来てたのか」

シンである。

「……?」

ぼんやりとシンを見上げるソラ。焦点が合っていない。
だがシンはそんなソラの状態に気が付かない。急に声を掛けたから戸惑っている、そんな風に見えているのだろうか。
暫く迷った末、シンはソラにペンダントを差し出した。

「やるよ。貰い物だが」

シンとしては、ソラの事を思いやったつもりだった。
その様を見ていたセンセイが頭を抱える程、幼稚な思いやり。
だから――次のソラの反応はシンの予想外だった。

「……いりません、そんな物」

見たくない――それは全てへの拒絶。一種のヒステリーに近いものである。
とはいえ、シンはそんな症状にはまるで気が付かない。

「何だよ、ほら。別に遠慮する必要はないぞ」

シンは、遠慮しているのだと思った。
慌ててセンセイが間に入ろうとするが手遅れだった。

「いらないって……言ってるのに!」

ソラは、思い切りシンの手を引っぱたいた。
ペンダントも地面に飛ばされる。
何をする――そう、シンは言おうとして。

「そんな……そんな、人殺しをして得た物を、私は欲しくなんか有りません!!」

その時、ようやくシンは悟った。
ソラという女の子に、自分がどんな目で見られていたのか。

(そりゃ、そうだよな……)

自嘲の思い。そして、諦め。
もはや自分にこの子に好かれる要因など無いというのに。

「何で……何でそんな事が出来るんですか!?どうして!!」

絶叫し、泣きじゃくるソラ。
そんな様子にメンバー達が何事かと集まってくる。

「どんな事があったって、やってる事はただの人殺しじゃないですか!?」

ソラの叫びに対しその場に居た殆どの者がソラに対して怒りを感じた。

――何も知らない餓鬼が、と。

「ちょっと、アンタね。言っていい事と……!」

その者達を代表してコニールがソラに詰め寄る。
感情に任せ、コニールはソラを張り飛ばそうとする。
だが。

「止めろ!!」

意外にもそれを制したのはシンだった。

「シン!?何で!」
「止めろ……、コニール。ソラの言う通りだ」

コニールは何かを言おうとしたが、ただシンは悲しそうに微笑むだけで何も言わせなかった。
そして、立ち去る間際、小さな声でシンは言った。

「ソラ、あんたはそのままで居てくれ。そのままで……」

その言葉に、どれ程の思いが込められていたのだろう。
ソラも、コニールも、その場に居た者達は誰も解らなかった。
ただ一人、センセイだけがそれを察したが、あえてそれを誰かに教えようとはしなかった。
ソラは、立ち去っていくシンの後ろ姿から目を剃らせなかった。

(解らない。私には、あの人の事が……)

初めて会った時から、謎だらけの人。
けれども、何処か悲しくて、優しい人。
その時、確かにソラの心は――シンの方を向き始めていた。



このSSは原案文第4話「今ここにいる現実」Bパート(アリス氏原版に加筆、修正したものです。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー