たんぽぽ娘06 - きっさんらが

翌日の朝、彼は小さな町へ行って、郵便局で手紙が来ていないか確認した。
手紙はなかったが、彼は驚かなかった。
ジェフは私やアンよりも手紙を書くのが嫌いで、休みの間は経験上、おそらく連絡は無い。
彼は秘書に緊急のことがない限り休みの邪魔をしないように言っておいたので、仕事の手紙も来ない。

彼は、老齢の郵便屋に"ダンバーズという名前の家族がこの辺りに住んでいないか"と尋ねようか否か迷った。
そして、聞かないことに決めた。
それを尋ねるということは、少女の立てた綿密な構造の話の腰を折ることになる。
そして、その話の正当性を信じないことで、彼は冷静でいられた。

その日の午後、少女は髪と同じ黄色い色のドレスを着ていた。
そして、彼はそれを見ると、言葉に詰まって何も言えなかった。
しかし、最初の言葉が通り過ぎると大丈夫だった。
そして二人の言葉は小川のように流れていった。
話の最後にできた沈黙を破り、彼女は尋ねた。
「明日も来てくれますか？」
彼も聞こうとしていたことだった。
そして、その言葉は小屋に戻ってからも耳の中で響きつづけた。
彼は玄関の前でパイプを吸って気持ちを落ち着かせ、眠った。

翌日の午後。
彼が丘に登ると、そこには誰も居なかった。
彼は失望して、うなだれた。
そして彼は考えた。
少女は今日は遅れてるんだ。
ただそれだけのことだ。
少女はしばらくすれば、きっと現れるはずだ。
そして彼はベンチのような岩に腰掛けて待った。
しかし少女は現れない。
数時間たったのだろうか、影が木々に忍び寄り、丘にある程度上ってきた。
空気が冷たくなってきた。
彼はついに待つのをあきらめ、惨めな姿で小屋に戻った。

次の日の午後も、少女は現れなかった。
そしてその次の日も。
彼は食べることも寝ることもできなくなった。
魚釣りも飽きた。
もうこれ以上、本は読めない。
すべての時間、彼は自分自身を憎んだ。
恋に悩む少年のように振舞った自分自身を。
可愛い顔ときれいな脚に心惹かれてしまった自分の馬鹿さ加減を。
数日前、この丘で彼は少女を見つけた。
こんな美しい人は見たことがない。
そして、一週間にも満たないこの期間で、彼は彼女だけを見ていた。
彼は、その少女に恋をしたのだ。

４日目。
彼は丘に登ったが、少女が現れるという期待はほとんどしていなかった。
しかし。
唐突に、少女は日光の中に立っていた。
今回は黒いドレスを着ていた。
彼は来なかった理由を聞きたかった。
しかし、彼はできなかった。
彼を見つけると同時に少女の目からは涙が溢れ、唇の震えを隠し切れなかった。
「ジュリー、どうしたんだ？」

少女は彼のそばを離れなかった。
少女の肩は震えている。
そして、彼のコートに顔をうずめて言った。
「お父さんが…死んだの…」
そして、これが初めての少女の涙だった。
少女は、葬式の間でも泣かなかったのだ。

彼は少女を優しく抱きしめた。
少女にキスをしたことはなく、今もしなかった。
…いや、彼は唇を少女のおでこに軽くあてた。
それだけだった。
「ごめんな、ジュリー。」
彼は言った。

「お父さんは、自分が死ぬことを初めから知っていたんです。」
少女が言う。
「研究室で、ストロンチウム９０ (ストロンチウムの放射性同位体) の実験をやったときには既に知っていたはずです。
　でもお父さんは誰にも言わなかったんです、私にさえ……私は生きていてはいけないんです。
　お父さんが居ないと、生きる目的が無いんです。
　何も…何も無いんです！」

彼は少女を強く抱きしめた。
「見つければいいじゃないか。
　君はまだ若いんだ。
　ほんとに、まだ子どもなんだから。」

少女は息を吐き出すように言った。
「私はもう子どもじゃありません。
　子ども扱いしないでください。」
そして突然彼を見上げた。

びっくりして彼は少女を離し、一歩後ろに下がった。
彼女が怒るところは見たことが無い。
彼は「そういう意味じゃ…」と話し出した。

少女の怒りは次第に消えていった。
「私を傷つけるつもりが無いのは分かってます。
　でも私はもう子どもじゃありません、本当に。
　もう、そういう風に言わないでください。」

「分かったよ。」
彼は言った。
「約束する。」

「それじゃ、もう行かなきゃならないから。」
彼女は言った。
「これからやることがたくさんあるの。」

「きっと…きっと明日も来るよな？」

彼女は長い間彼を見つめていた。
夏のシャワーの余波のような霧が、彼女の青い瞳を優しく変えた。
「タイムマシンはもう動かなくなります。」
少女は続ける。
「時空警察に予備のパーツを持って行かれてしまいました。
　私は使い方を知らないけれど。
　このタイムマシンは、あと一回なら使えますけど、それ以降は使えるかわからないんです。」

「でも、来ようとしてくれるんだろう？」

少女は頷いた。
「えぇ、がんばります。
　あと、ミスターランドルフさん。」

「なんだい？」

「もしそれができなかった時のために、覚えておいてください。
　あなたのことが・・好きです。」

そして少女は行ってしまった。
光が丘を駆け下りていく。
カエデの森に彼女は消えていった。
彼がパイプを持つ手は震えていた。
そしてマッチを擦る指も震えていた。
その後、彼は小屋に戻ることも、夕食を作って寝ることも忘れていた。
しかし、これらのことは無意識にやったようだ。
なぜなら、翌日は自分の部屋で目がさめたからだ。
そしてキッチンへ行くと、夕食の皿が流しに残っていた。

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