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にじりよる恋心

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rozen-yuri

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 それは遠い昔。まだ科学が発展してなく、天災は神々によって起こっているものと信じられていた時。
 とてつもなく大きく、広い、海のような川があったとさ。
 そこに近いある漁村で船の転覆事故が多発したために、ある少女が人身御供として出された。
 少女は川に流され、ある島に流れ出た。
 そこに住んでいたのは黒い着物を着崩した銀髪の美しい少女、名を水銀燈。
 水銀燈は名前だけを思い出せないその少女を紅の着物を着ていたところから真紅と名付け二人で暮らしていくことになった。
 そんな二人の楽しい生活が始まろうとしています。


 ──にじりよる恋心


 抜けるような青空と最初に形容したのは誰だったか。
 正にその言葉がぴったりのある朝。真紅はゆっくりと目を開けた。
「朝御飯にするわよぉ」
 川から流れてきたらしい魚を四匹抱えて来た水銀燈に起こされ、囲炉裏を囲む。
 パチパチと火に焼かれた魚から食欲をくすぐる匂いが漂ってくる。
「はい、どーぞぉ」
「ありがとう」
 塩で味つけられた串焼きの魚に一口かじりつく。
 もうここに来て二週間。真紅はあることに気がついていた。
 水銀燈はいつも真紅が起きる前に起きていて海から食べ物を持ってくるのである。
 それは魚だったり海草だったり、時には野菜なんかも流れてくるというのだ。
 別にそれだけならなんら疑問はないのだが、何故だか水銀燈は真紅を川に近づけようとはしない。
 と言うより、そういう食べ物や他の必需品を持ってこようとする時、必ず水銀燈は一人で行くのだ。
「ねぇ、真紅。ほら、これ分かるぅ?」
「鞠……ね」
 それは黄色地に赤や橙の牡丹の刺繍が入った綺麗な鞠だった。

「こんなものが流れてたんだけど、知ってるぅ?」
「水銀燈、知らないの?」
「えぇ」
 なんか綺麗だから真紅が気に入るかなと思って。ニッと笑った水銀燈に真紅は正直、動揺が隠せなかった。
「これは、こうやってついて遊ぶのよ」
 貸して。と言って、真紅は水銀燈から鞠を受け取った。
 真紅は立ち上がると、唄を歌いながら鞠をテンテンとリズムよくついた。

 かわむらのそばでみていたひゃくしょうが
 さかなをとってみたならば
 ぬぬっとしぶきをあげまして
 まっかなりゅうがおこりだす
 さかなをかえせ さかなをかえせ
 あわててさかなをかえしたら
 にっこりわらったせきりゅうが
 きんのひかりにつつまれて
 あっというまにきえたとさ

「へぇ、貸してぇ」
 水銀燈は鞠を受けとると見よう見まねでテンテンと同じくつき始めた。
「歌、何だっけぇ?」
「もう一回歌うわよ?」
 真紅がゆっくりとまた歌い出す。それに合わせて水銀燈が鞠をつく。

 それにしても何故、水銀燈は鞠を知らなかったのだろうか。
 水銀燈は自分の年齢は分からないと言った。しかし、見た目から言えば真紅よりも二つ三つ上に見えた。
「もう一回歌ってぇ」
「ええ! また?」
「お願いぃ!」
 はぁ、と真紅はため息をついて再び歌い出した。
 村にいた頃は、鞠つきで遊ぶのは幼子だけで、真紅はとうに遊ぶのをやめたと言うのに。
 水銀燈はまだまだ楽しそうに鞠をテンテンとついている。
 そうやって飽きるまで水銀燈に付き合っていると、既に日は暮れ、月が昇ろうとしていた。
「ねぇ、その唄どういう意味なのぉ?」
「意味って……知らないわ。私も姉と兄から教えてもらったもの」
「ふぅん」
 水銀燈は真紅の膝の上で気持ち良さそうに髪をすいてもらっている。
 何故か、彼女は一緒に暮らし始めてから、真紅の膝の上がお気に入りなのだ。
 まぁ、これまで一人きりで暮らしてきたというのだからその寂しさの反動かもしれない。
「ねぇ、真紅。私ね、すっごい幸せよぉ」
 笑顔で彼女を見上げた水銀燈は彼女の金糸をサラサラと撫でた。
「貴女がいて、とても嬉しいのぉ」
 真紅の頬にペタリと触れた水銀燈の手はするすると唇まで滑る。
「大好きよぉ、真紅」
「すいぎ、……」
 真紅の紡ごうとした名前は水銀燈の唇に寄って塞がれた。
「逃げないのぉ?」
 確かに。普通ならば会って二週間足らずの同性の少女に。でも、何故か逃げる気にはならない。

「ふふ、真っ赤ぁ」
 ぷに、と水銀燈の指がその名の通り真紅色に染まった頬を突いた。
「私も、大好き……よ」
 口を開くとこんな言葉がスルッと出てしまった。
「一人だったのは、私も一緒」
 ポツリポツリと真紅が言葉を紡ぐ。
 心優しい姉も、力強い兄もいた。けれど、所詮はただの他人で。
 村人からは蔑まれ、疎まれ、嫌われ、私は一生こうやって生きて、そして死ぬんだと思っていた。
「だけど、水銀燈。貴女に会えた……!」
「真紅ぅ……」
 起き上がった水銀燈が真紅を優しく包み込んだ。
 初めて本当の人の温もりを感じた真紅はぼろぼろと涙を溢しながら、水銀燈の胸元を掴んだ。
「辛かったのね、真紅。ねぇ、聞かせてくれなぁい? 真紅に何があったか」
 ぐ、と唇を強く噛んだ真紅は水銀燈の胸に顔を埋めながらゆっくりと話し始めた。
 自分には家族がいないこと。姉と兄に拾ってもらったこと。漁村に住んでいたこと。
 そこで嫌われて蔑まれたこと。自分を嘲った人達が次々死んでいったこと。
 そして、それは自分が悪いんだということ。
「私じゃないのに。私は、何も知らないのに……」
「大丈夫。大丈夫よぉ、真紅」

 喚く真紅の頭を安心させるように、水銀燈は暖かい手で撫でた。
「ねぇ、真紅。こんな風に考えられなぁい?」
 真紅は、神様に愛された子なのよぉ。
「は?」
「だからぁ、真紅をバカにした人達を見た神様が罰を与えたのぉ」
 ニッと自信ありげに笑った水銀燈に思わず目を丸くしてしまった。
「それで人の命を奪う神様も神様だけどぉ、そんな村で暮らすより私とのこの暮らしの方がいいと思うでしょう?」
「まぁ、そうだけど……」
「そういうことよぉ!」

 元気を出させるように背中を軽くポンと一つ叩くと、水銀燈は再び鞠を取り出した。
「ま、また!?」
「えー、だって楽しかったんだものぉ」
 呆れながらもお願いされたら断れなくて、真紅は再び歌い始めた。
「ねぇ、水銀燈」
「ん?」
「私、少しは村の人達を恨んでもいいのかしら」
「当たり前じゃなぁい。むしろ、恨んでない方が変なくらいよぉ」
「そう、……そうよね」

 かわむらのそばでみていたひゃくしょうが
 さかなをとってみたならば
 ぬぬっとしぶきをあげまして
 まっかなりゅうがおこりだす
 さかなをかえせ さかなをかえせ
 あわててさかなをかえしたら
 にっこりわらったせきりゅうが
 きんのひかりにつつまれて
 あっというまにきえたとさ

 唄に合わせた水銀燈の鞠の音が、外を包む闇に消えていった。



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