使い道のない自由 ◆SERENA/7ps



ヘクトル、異常はないか?」
「ああ、こっちも異常なし」

ブラッドの声に、ヘクトルが退屈混じりの声で返事を返す。
ついでに、欠伸も混じった。
ヘクトルは欠伸を噛み殺しながら、森の中に混じり偵察を続けた。
ホルンの魔女に回復させられた時、疲労も消え去ったはずだが、退屈に殺されてしまいそうな気分になる。
眠たくもないのに眠気が襲ってくる。

ここは島の中央から南へと流れる川にかかった二つの橋のうち、南に位置する方。
アナスタシアとちょこによって、ひと時の空中遊泳を楽しむことになったブラッドとヘクトルは着地後、近くで見つけた橋の近くに陣取り、偵察をすることにした。
橋を渡っている人間からは見えず、されどこちら側からは橋を渡ろうとする人間はばっちり見える。
そういうポジションに腹ばいになって、深く静かに潜行するように、森の景色と一体化して未だ見ぬ人物との出会いを待つ。

「しっかしよ、誰も来ねぇな。 本当に誰か来るのか?」
「来る。 この近辺に人がいるならほぼ確実にな」

ヘクトルの疑問に、ブラッドは視線は橋から離さず、そして確信に満ちた声で答える。
ゴツゴツとした岩を組み合わせたような肉体が違和感なく森の中に溶け込んでいる。
不平や不満を言わず、ただ黙々と、ただ一点を見つめて。
おそらく、相当場馴れしている。
ブラッドが偵察や監視という任務を数多くこなしていることをヘクトルは悟った。
泥まみれの戦場というものがブラッドという男には非常に馴染む。
ヘクトルもこういったことは初めてではないが、行動のあちこちにぎこちなさが残ってしまう。

「考えてもみろ。 9:00からはF-4とH-5が侵入禁止エリアになる。 西からこちらへ来ている人間は間違いなくこの橋を通る」

ブラッドに言われて、F-4とかH-5ってどこだっけ、とヘクトルが地図を取り出す。
程なくして、手に取った地図から言われた地点を見つけ出した。
ヘクトルがそれを見つけたのを確認して、ブラッドがさらに言葉を続ける。

「G-4、G-5のような砂漠を好き好んで通り抜ける人間はいない。 だとすると、残った道はここ。
 つまり、今俺たちがいるI-6の橋だけだ」
「すげぇな、地図が完璧に頭の中に入ってるのか?」
「基本だ。 地図を見れば地形が分かる。 地形を見ればどのような行動をとるべきか自ずと分かる。
 敵が待ち伏せをすることのできる場所、逆にこちらが待ち伏せするべき場所。 その他諸々も含めてな。
 地図が不正確である可能性もある以上、過信はできないが一定の指標にはなる」

粗野な外見を持っているが、ブラッドはとても思慮深い。
もちろん、見た目どおりの戦闘力と、内に秘めた熱い心も有しているが。
外見通りの豪放磊落な性格であるヘクトルとは、その意味においては対照的だ。

「あー、そうだよな。 地図覚えるってのはやっておかないとマズイよな」

バツが悪そうに、ヘクトルが呟く。
もう、兄がいた頃のように好き勝手をやる訳にはいかない。
オスティア候としての立場を受け継いだ以上、武術ばかりを鍛えるということもできないのだ。
退屈な算術の時間に居眠りをするのも、学問所を抜け出して闘技場で戦闘の訓練だけをするのも駄目だ。
候弟という立場にありながら、そこまで奔放に生きてこれたのも、全ては亡くなった兄ウーゼルのおかげ。
正直、オスティア候なんて立場に興味も執着もないし、性に合わないとヘクトルは思う。
だが、名君と謳われた兄をヘクトルは尊敬しているし、家族としても好きだった。
兄に少しでも追いつけるよう、苦手なこともやっていかないといけない。
戦術論の基礎として、戦場の地形を頭に入れることもやらなければならないのだ。

「橋を渡らずに、直接渡河をする可能性は低い」

ヘクトルの呟きを敢えて流して、ブラッドがさらに続ける。
それはブラッドに対して向けられたものではないと感じたからだ。

「ヘクトル、お前も一軍を指揮する立場にあるなら分かるはずだ。 渡河こそが行軍中におけるもっとも危険な時間の一つだと」

人間は水という脅威に対してとても無力だ。
水かきもヒレもない、ましてやエラ呼吸もできない人間は河を渡る際、水の抵抗を大幅に受ける。
そんな中、弓矢や魔法の嵐を受けると、人間はどうしようもない。

「おっ、それなら分かるぜ。 なにしろ俺たちオスティアが誇るアーマーナイトの天敵だからな」

難攻不落と言われたオスティア城を守るのは、固い鎧に身を包んだアーマーナイトやジェネラルの群れ。
そう、鎧というのはとても固く、そして重い。
アーマーナイトにとって、天敵といえるものの一つが河なのだ。
重い鎧に身を包めば、いかな水練の達人とはいえ、泳ぐのは難しい。
鎧だけに限らず、水を吸い込んだ衣服というのは意外に重いのだ。
ヘクトルが今着込んでいる鎧も、重騎士並みの厚さと重さだ。
これを着たまま渡河をするのは、無茶が売りのヘクトルでもさすがに躊躇われる。

「重武装をした兵士が通るのが難しいだけではない。 通常、渡河というのは最大級の警戒の下行われる」

まずは本隊が河の付近で待機。 
偵察隊が周りを探索して、待ち伏せした敵部隊が確認。
先発隊が渡河を行い、無事対岸に着ければ、今度は先発隊がそのまま対岸付近を偵察。
そうして、ようやく本体が河を通ることができるのだ。

「多少でも身に覚えのあるものなら、直接の渡河というのはまずやらない」
「そんなもんか」

橋ならば、待ち伏せまたは襲撃されても、少なくとも走って逃げることはできる。
なす術もなく死ぬか、精一杯抗った後に死ぬかを選ぶとしたら、大抵の人間は後者を選ぶだろう。

「しかし、こうも代わり映えの風景ばかり見てると飽きるよな」

待つのに飽きた末に、気絶していたブラッドを担いで運ぼうとしていたヘクトルだ。
こういった、地味な作業はとても苦手である。
一方、こうすることを提案したブラッドはさすがに文句一つ言わない。
勝利をもぎ取るのは、気の遠くなるような地道な積み重ねの結果だと知っているが為だ。

そして、時間は過ぎる。

すでに、お日様はかなり上の方に昇っていた。
ブラッドにとっては取るに足らない時間。
しかし、ヘクトルにとっては永遠にも思われる時間。
それでもヘクトルが我慢できたのは、新オスティア候としての自覚が芽生え始めているからかもしれない。

「来たぞ」
「マジだ。 本当に来たな」

見つけたのはブラッドだが、喜んでいるのはヘクトルだ。
ようやく誰かに会えたことと、この退屈さから開放されることが交じり合った喜び。

「男一人か。 よし、俺が行ってくるぜ」
「ヘクトル、油断はするなよ」
「分かってるよ」

起き上がり、砂埃を落としてからヘクトルは見つけた男の方へ走っていった。
ブラッドは現在位置のままで待機。
何かあればすぐにヘクトルに加勢できるように。
また、来ている男に不審な行動を感じればすぐに対応できるように。
男が、志を同じくする同士であることを願いつつ、ブラッドはヘクトルの背中を見送った。



◆     ◆     ◆



橋を渡っていた男、イスラ・レヴィノスはイライラしていた。
先ほど出会ったアナスタシアとの会話を思い出すだけで、怒りにも似た感情が湧き起こる。
彼女の言っていたことには確かに正論もあった。
だが、正論が人を救うとは限らない。
イスラ自身がどんな苦痛を味わい、惨めな思いをしてきたかを、聞いただけでしか知らない女にとやかく言われるのは不快でならなかった。
だから、彼は橋を渡るとき、軍で習った基本を忘れていた。
頭の中で、彼女に対する反論をずっと続けていた。
彼は警戒もせずに、ノコノコと橋を渡っていた。

「おーーーーい!」

もし、そこで待ち構えていたのが一人だけで勝ち残ることを選んだ者なら、イスラは殺されていたかもしれない。
しかし、運のいいことに橋の付近で待ち伏せていたのは青い髪に精悍な顔つき、そして中々に重たそうな鎧を身に着けた男――ヘクトルだった。
無警戒に走り寄ってくるヘクトルを見て、イスラは我に返り、すぐさま男の値踏みをする。
今まで会った中で言うと、マッシュや高原と似たようなタイプに見えた。
要するに、腹の探り合いなどは苦手そうだと。

「いやぁー、ずっとここで誰か来るかと思って待ってたんだけどよ。 退屈で死にそうだったぜ」

イスラが特に警戒してる風に見えなかったため、ヘクトルは親しげに声をかけながら近寄る。
しかし、イスラは剣に手をかけ、柔和な笑みで静止の声をかけた。

「そこで止まってくれるかな? 僕としても、友好的な態度を装って近寄ってきた男に後ろから斬られたくはないからね」
「お、おおう。 ま、そりゃそうだな」

イスラとヘクトル、二人はギリギリの間合いで対峙する。
両者共に殺しあう気はないのだが、その言葉一つだけでは信用できないほどに、この世界は世知辛い。

「僕はイスラ。 イスラ・レヴィノス。 イスラでいいよ」
「ヘクトルだ」

とりあえず自己紹介だけは問題ないと思い、してみたもののそれで二人の距離が縮まるわけではない。
そのまましばし、お互いの距離を測りかねた二人は立ち尽くすが、イスラから歩み寄ることにした。

「とりあえず、このままじゃ埒が明かないから、お互いに質問を一つずつしていくってのはどうかな?」
「お、いいなそれ。 じゃあ俺からいいか?」
「どうぞ」
「まず、お前が最初にいたのはこの島のどこだ?」
「西のほうにある教会だよ。 特に変わったところはないごく普通の教会」
「なるほどな」

まず、ヘクトルは当たり障りのない質問からはじめる。
これに対して、さほど重要性を感じないイスラは正直に答える。

「それじゃあ今度はこっちだね。 僕のことを捜してる人に出会わなかったかい?」
「誰かいるのか?」
「今は僕の質問の番だよ?」
「あ、わりぃな。 いなかったぜ」

イスラの質問は空振りに終わる。
アズリアと出会えば必ずやイスラを捜していると言うだろうから。

「おし、また俺だな。 お前、今まで誰かに会ったか?」
「会ったのは会ったね」
「本当か? 誰だ?」
「……高原日勝とマッシュ、そしてクロノっていう人たちかな。 全員男だよ」

問いに対するイスラの答えには若干間があった。
だが、ヘクトルはそれに気づかず、マッシュという男の名前に反応した。

「マッシュか! セッツァーが言ってた奴だな。 あの金髪で何とかっていう格闘技を使う」
「へえ、君はマッシュの知り合いにあったみたいだね。 セッツァーの名前なら僕もマッシュから聞いたよ」
「何だ何だ、セッツァーの知り合いのこと知ってるなら問題ないじゃねえか」

今度こそヘクトルはイスラに近寄り、体育会系のノリでイスラの肩をバンバンと叩く
イスラは、柔和な笑みを崩さないまま、ヘクトルの無用心さに多少呆れた。
自分の知り合いならともかく、知り合いの知り合いも信じられるというのはどういうことかと。

「そうなるね。 じゃあ僕らのやっていたのは意味なかったのかもしれないね」
「考えるとすっげえ間抜けなやり取りだったなおい」

しかし、ヘクトルは知らない。
怪我人の回復までしてくれたセッツァーの瞳の奥に隠された真実を。
一手先ならともかく、二手も三手も先を見据えたセッツァーの戦略に気づけない。
もし、ここでさらにエドガーやティナの人物像について語り合えば、二人は相互の情報の認識に齟齬があることに気づいたかもしれない。
もし、イスラが出会ったのがマッシュではなくエドガーであったら、こうはならなかったかもしれない。

全ては運。

ヘクトルとイスラがそれ以上語り合うことをしなかったのも、イスラが出会ったのがマッシュであったのも。
ギャンブルに生きる男、セッツァーが引き当てたカードは果たしてスペードのエースなのかジョーカーなのかあるいはそれ以外の何かなのか、今はまだ分からない。

「おーいブラッドー! 問題ないぜー!」

ヘクトルは無防備な背中をイスラに見せて、ブラッドを呼ぶ。
イスラはそのヘクトルの大きな背中を見て、ヘクトルをある程度信用することにした。
同時に、ヘクトルに対する認識を改める。
高原やマッシュとは似ているようで少し違うと。

「無闇に他人に背中を見せると危ないよ?」
「そん時はそん時だよ」

暗に自分が襲うかもしれないぞと言ってみたが、ヘクトルは気にしてないようだった。
こうして無防備な背中を晒している理由が、何となく他の人間とは違う気がするとイスラは思った。
仮に高原やマッシュが背中を晒しても、それは不意打ちされても対応できる自信と自負があったからだろうが、ヘクトルはそれとは少し違うような気がした。
確かにヘクトルにも実力はあるだろうが、だからといって己の実力をひけらかすように背中を見せているのとはまた違う。
殺されるようなら、所詮自分の人生はその程度のものだったのだという開き直りとも違う。

イスラはヘクトルの背中を見て、無防備だと思うより先に大きな背中だと思ったほどだ。
アティを見たときと同じような感覚。
あれは、あの背中は、導くものの背中だ。
仲間を率いて、率先して前に立ち、皆の期待に応える者の背中だ。
その背中を見ると、どんなに屈強な大男も小さな子供でさえもついていきたくなるような。
そうして、いつしか彼は大勢の人間の輪の中心にいて、笑っているのかもしれない。

だけど、そう感じてしまったのは一瞬だけのことだ。
それはまだ小さな、夜空に瞬く星のように儚い光。
けれど、何時かは強き光となって闇夜を照らすのかもしれない。
王道とは違う、未踏の道を歩むものの背中。
後に、兄ウーゼルに勝るとも劣らない名君と呼ばれる才能の片鱗をイスラは感じたのかもしれない。
そうして、自分自身がそういった人間には一生なれないことも意識した。
もちろん、当のヘクトルはそんなことを意識してないが。

ブラッド・エヴァンスだ」
「イスラ・レヴィノス」

ヘクトルよりも大柄なブラッドが現れて、イスラは邪気のない笑顔を維持したままブラッドの値踏みをする。
大柄な体躯、そして筋肉質な肉体の持ち主という点ではヘクトルと似ているが、ヘクトルよりも思慮深い性格に見えた。

「ブラッド、収穫だぜ。 こいつセッツァーが言ってたマッシュに会ったってよ」
「ほう」

目を細めるようにして、ブラッドがイスラを見る。
視線を受け止めながら、イスラが答えた。

「僕はやりたいことがあるから、一人にさせてもらってるんだけどね。 ユーリルっていう仲間もいるみたいだよ」

探るような視線だと、イスラはブラッドの視線を評する。
もっとも、ブラッド自身もそのつもりだったが。
与えられた情報を元に論理を組み立てるのは得意だが、ポーカーフェイスのやり取りはブラッドもそこまで得意ではない。
現状のイスラにそこまで不審な点を見つけることはできないので、ブラッドは本題に入ることにした。

「では、本題に入るか。 知っている限りの情報を教えてもらいたい。 もちろん、こちらも知っている情報は全て教える」
「ヘクトルに言ったのでほとんどだけどね。 教会で目覚めて、マッシュたちに会って、君たちにあった。 それくらいだよ」

イスラはアナスタシアのことは言わない。
協力関係にある人間でもないし、思い出すのは不快だったからだ。
まさかブラッドたちがアナスタシアの情報を欲しているとは知らないイスラは、しばらく経った後にようやくアナスタシアとヘクトルがイスラよりも前に接触していたことを知った。
が、しかし、今更正直に言っても仕方ないので黙っていることにした。

「アシュレー・ウインチェスター、カノン、マリアベル・アーミティッジは大丈夫だ。 俺が保証する。 
 トカについては保留だ。 あれは思考が全く読めない」
「こっちはリン、フロリーナ、ニノが安心だな。 危険かもしれないのがジャファルって暗殺者だ。 こいつと戦うときは要注意だぜ。
 ちょっと瞬きしている間に自分の首を切り裂かれてもおかしくないくらいの凄腕だ」
「アティ、アズリアくらいだね、僕は。 アズリアっていうのは名前を見れば分かると思うけど僕の姉さんだよ。 知っている人間で特に危険な人物はもういないかな」
リーザって名前に心当たりはあるか?」
「悪いけど、ないなあ……」
「そっか。 ならいいんだ……」

さらに、三人がそれぞれ捜して人間、そして危険だと思われる人間の情報を交換する。
ここでも、セッツァーの言っていた情報とマッシュの言っていた情報の違いが明らかにされることはなかった。
共通の知識として、確認するまでもないと三人が考えたため、そして優先すべきはARMSのメンバー、リンやフロリーナ、アズリアの名前を交換することだったからだ。

「さて、と。 こんなもんだな」

場所を橋の真ん中から再び人目につかない場所に変えて、お互いの情報の交換もあらかた終わった。
ヘクトルが凝った肩を揉み解しながら、立ち上がる。

「で、俺たちとは一緒に行けないんだな」
「うん、セッツァーがやりたいことがあったみたいに、僕にもやることがあるから」

念のために確認するようなヘクトルの問いに、明確な意志でイスラが答えた。
セッツァーの時もそうだったし、ヘクトルは無理に引き止めることはしない。
こうして、オディオに対する反抗の意志を確認できただけでも収穫はあるからだ。
クロノたちと一緒に行かないことを選んだときのように、今回もイスラは単独行動を選ぶ。

「姉には、会う気はないのか?」
「……もちろん、会いたいよ。 でも、今はまだ会えない」
「何か、会えない理由でもあるのか?」
「うん、まぁね。 ちょっとした姉弟喧嘩中みたいなもので、会うのが気恥ずかしいんだよ」
「なら、いいけどよ」

そこで、ヘクトルの眼差しに寂しさと厳しさが混じったような感情が含まれる。

「喧嘩できるのも、お互いが元気なうちだけだぜ。 ある日突然、心臓だか脳だかにウッときてそのままポックリ逝くことだってあるんだ。
 ましてこんな状況ならなおさらだ。 今は会えないってんなら無理は言わないけど、いつか必ず会って仲直りしろよ」

兄、ウーゼルを襲う病魔の進行がもはや取り返しのつかないところまで進行してきた頃に、ようやく気づいたヘクトルの言葉は重い。
深い目をしたヘクトルの言葉はイスラの胸にもすうっと入り、染み込んだ。
そして、その言葉の意味を考え、刻み付ける。

「ああ、そうだね……」

表面上は肯定の意を示しつつ。
だが、それでもイスラはアズリアに会わないと決めた。
ヘクトルの言葉の意味を知り、ヘクトルが今言ったようなことを経験したのだろうとも想像はついた上でも。
死にたいというのは固い意志のもと、ずっと昔から思っていたことだ。
今更アズリアには会えない。
会って交わす言葉など、もうありはしないのだ。
イスラができるのは、二度目の生をアズリアのために使い、もう一度死ぬことだけなのだ。

「少し、いいか?」

と、そこで沈黙を保っていたブラッドが口を開く。

「何かな?」
「もし、アズリアという姉やアティが死んだら、お前はどうするつもりだ?」
「それは、もちろん――」

答えを言おうとしたイスラの口が、二の句を継げずに止まる。
ヘクトルとブラッドが何事かと問おうとした時、遅れて二人も状況を認識する。

風と、振動と、強い光。

まずは、東の空に明滅する光が見えた。
真昼でもなお認識できるほどの光量は、破壊の相を色濃く帯びている。

続いて、風。
東側の木々だけがざわめくのを感じた。
もしも鳥が木に留まっていたら、上空に逃げ出しただろう。

そして、振動。

「――!?」
「今……揺れたか?」

口にしたのはヘクトル。
静止してなければ感じ取れないであろう程の微弱な振動だったが、三人とも確かに地面が揺れるのを感じた。
ブラッドとヘクトルは顔を見合わせると、すぐさま震源地へと向かって走り出した。

「悪い、イスラッ!」

ブラッドがイスラに声をかける。
あれだけの大規模な爆発か何かを起こせる実力を持った者など、ちょこあたりしか今のところ心当たりはない。
アナスタシアがいればいいという期待と、アナスタシアがついに殺人に手を染めたりしないかという不安を抱きながら、ブラッドは走る。
しかし、ヘクトルの他に、イスラも追走していた。

「僕も行くよ。 進んで殺し合いをするような奴がいるなら戦わないといけないからね」

今回ばかりは、イスラもあの光に危機感を感じて同行することにした。
もしも、あの光がアズリアに向けられたら……。
そう思うと、倒さなければならないという気持ちがどこからか湧いてきて、自然にブラッドとヘクトルの後ろを追っていた。
それは一見、正義感に燃える行動に見える。



でも、本当にそうなのか?



「ありがてえ。 恩に着るぜ」

イスラの行動に純粋に感謝をしつつ、ヘクトルはブラッドに負けないペースで走る。
だが、イスラは走っている最中、あることを考えていた。

アズリアが死んだ場合、自分はどうするのだろうか?と。

ブラッドに言われた時、答えに窮したのはあの光を見たせいだけではない。
純粋に、イスラはあの問いに対する答えを持ち合わせていなかったのだ。
その場合を考えるのを、脳が無意識に回避していたのだろうか。
アティもアズリアも、戦闘力やいざという時の行動力も目を見張るものがある。
だから、簡単には死なないと思う。
でも、死者は順調に増えている。
おそらく、あと少しで聞こえるオディオの死者の宣告時にも、また何人か死んでいるだろう。
そして、軍や暗殺者の部隊と懸命に渡り合っていた幼き少女でさえも、もう死んでいる。
あの島で死ななかったからといって、今回も死なない保証はどこの誰もしてくれやしない。
その上で、考える。

アティやアズリアが死んでいた場合、イスラ・レヴィノスはどうするのだろうか?

オディオを倒して生還して、レヴィノスの家を継ぐ?
そうだ、順当に考えれば、それが一番自然で妥当な考えだろう。
でも、理性とは違う別の何かはシックリこない、何かが違うといっている。
そうなった自分の姿を上手く想像できないのだ。
この島でさえ、誰とも友情を育むことなく一人で行動しようとしているイスラ・レヴィノスに、一体なにができるのだろうか?
それが自分の望んでいたことなのだろうか?
いや、違うと断言できる。
死にたいと思っていたイスラが生きて、生きたいと思っていたアズリアが死ぬなんて、絶対にあってはならない。

もう一度受けた生は、アズリアのために使うつもりだった。

イスラはここは自由だと、以前思った。
魔王に立ち向かうのも、その結果やられるのも自由。
自暴自棄になって首輪を外そうとして爆発しても自由。
逃げようとしても、何をしようとしてもここは自由なのだ。
でも、イスラはこの自由をアズリアのために使うと決めたのだ。
もしも、アズリアがこの先死ぬようなことがあれば――
もしも、もうアズリアが死んでいたのだとしたら――



使い道のない自由なんて、あったって何になるんだろう?







【I-6 橋付近 一日目 昼】
【ヘクトル@ファイアーエムブレム 烈火の剣
[状態]:全身打撲(小程度)、疲労(小)
[装備]:ゼブラアックス@アークザラッドⅡ
[道具]:聖なるナイフ@ドラゴンクエストIV、ビー玉@サモンナイト3
     基本支給品一式×2(リーザ、ヘクトル)
[思考]
基本:オディオをぶっ倒す。
1:東へ向かう。
2:仲間を集める。
3:フロリーナ達やブラッドの仲間、セッツァーの仲間を探す。つるっぱげも倒す
4:セッツァーをひとまず信用。
5:アナスタシアとちょこ(名前は知らない)、エドガー、シャドウを警戒。
[備考]:
※フロリーナとは恋仲です。
※鋼の剣@ドラゴンクエストIV(刃折れ)はF-5の砂漠のリーザが埋葬された場所に墓標代わりに突き刺さっています。
※セッツァーとイスラと情報交換をしました。一部嘘が混じっています。
 ティナ、エドガー、シャドウを危険人物だと、マッシュ、ケフカを対主催側の人物だと思い込んでいます。
※マッシュとセッツァーの情報の食い違いに気づいていません。


【ブラッド・エヴァンス@WILD ARMS 2nd IGNITION
[状態]:全身に火傷(多少マシに)、疲労(小)
[装備]:ドラゴンクロー@ファイナルファンタジーVI
[道具]:不明支給品1~2個、基本支給品一式
[思考]
基本:オディオを倒すという目的のために人々がまとまるよう、『勇気』を引き出す為の導として戦い抜く。
1:東へ向かう。
2:仲間を集める。
3:自分の仲間とヘクトルの仲間を探す。
4:魔王を倒す。ちょこ(名前は知らない)は警戒。
5:アナスタシアを救う。
[備考] ※参戦時期はクリア後。

【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3 】
[状態]:健康、疲労(小)
[装備]:魔界の剣@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち
[道具]:不明支給品0~1個(本人確認済み)、基本支給品一式(名簿確認済み) 、ドーリーショット@アークザラッドⅡ
     鯛焼きセット(鯛焼き*2、ミサワ焼き*2、ど根性焼き*1)@LIVEALIVE、ビジュの首輪、
[思考]
基本:首輪解除と脱出を行い、魔王オディオを倒してアズリア達を解放した後安らかに死ぬ
1:東へ向かう。
2:途中危険分子(マーダー等)を見かけたら排除する。
3:エドガーとルッカには会った方がいいかな?
4:極力誰とも会わず(特にアズリア達)姿を見られないように襲われたり苦しんでいる人を助けたい。
5:今は姉さんには会えない………今は。
6:もしも姉さんが死んでいた場合は……?
[備考]:
※高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。
※参戦時期は16話死亡直後。そのため、病魔の呪いから解かれています。
※マッシュとセッツァーの情報の食い違いに気づいていません。
※イスラたちが見たのはケフカによるアルテマの光です。

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068:ヘクトル、『空』を飛ぶ ヘクトル 096:僕は泣く
ブラッド
076:“剣の聖女”と死にたがりの道化 イスラ


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最終更新:2010年07月02日 15:44