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『OGURE DRAGON!』












地が震え。
空が哭く。
偽りの渋谷を歩く雄(オトコ)の超絶の存在感が、世界を震撼させている。
これまでの生に於いて屠ってきた生物達の鮮血で染まったと錯覚させる赤い髪。
星の中心核で、巨大な力と圧により、凝縮され続けた鉄の様な、硬く高密度な筋肉。
睨まれれば────偶然視線の先に居ただけで、全身が燃え上がりそうな程に、凄まじい意志を秘めた眼差し。
周囲の大気を陽炎のように歪める、超絶の存在感。怒気も、闘志も、戦意も、一切の気も意志も放つ事無く、ただ其処に在るだけで、世界の中心となる程の存在感。
雄(オトコ)を見た全ての生物が────否、生命も精神(こころ)も持たぬ機械や無機物でさえもが。
己の敗北を────敵対した瞬間に訪れる“死”を鮮明に、実感すら伴って理解してしまう。
それ程の強さを肉体に有する雄(オトコ)。
雄(オトコ)の存在感とは、他でも無い。
肉体の内に有する“強さ”が、周囲の万象に認識させる、始源の上下関係。
即ち、強者と弱者。
唯一無二の強者たる雄(オトコ)と、それ以外の弱者たる有象無象。
大宇宙の法則と等しいその事実を、雄(オトコ)を見た誰もが、意識に依らず、全身を構成する全細胞が理解する。
それほどの絶対強者が、偽りの渋谷に佇立していた。
強者の名は、範馬勇次郎。
個人を。集団を。勢力を。果ては国家────大国でさえも、己が超絶の腕力で捩じ伏せる存在。
“地上最強の生物”その呼び名が誇張でも偽りでも無く、只の事実である超雄。
地球上に棲息する、“強さ”を拠り所とする全ての生物のランクを、只この世に産まれ落ちただけで、自動的にワンランク下げ。
強さと言うものを希求する、世界中の武術家、格闘家の頂点に君臨し。
為し得ぬ事など存在し無い究極極限の腕力を以って、世の人々の尊崇を集め。
大国に蹂躙される弱者達から、神の如くに崇拝された、唯一無二の“腕力家”。

それだけの“強”を有する勇次郎が、一体何をしているのか?

偽りの渋谷に引き摺り込まれた勇次郎は、山を見上げていた。
否。勇次郎の見上げているものは、山では無い。
如何なる大山巨峰であったとしても────。
山がこれ程の“圧”を放つだろうか?
常に暴風雪嵐吹き荒れる天嶮(てんけん)とて、ここ迄“死”を見上げる者に意識はさせ無い。
勇次郎が見上げているものは、人間。
異常なまでの巨躯を有し、勇次郎を以ってすら存在が霞む程の威風を放つ。
天空を支える巨人アトラスの姿を描けと言われれば、誰しもがこの様な巨人を描くのでは無いだろうか?
凄まじいまでに、力と、気迫に溢れた存在。
永劫天を支える程度では、疲労など決してしないだろうと、そう、思わせる巨人。

範馬勇次郎をして、初めての存在。

範馬勇次郎と出逢った者は、範馬勇次郎の存在を知覚した者は。
皆が皆、強烈な反応を示す。
怯え、竦み、警戒し、その果てに、闘争も逃走も不可能と悟る。
そして、思考に依らずして、絶対強者たる勇次郎に殺されない為の唯一無二の行動を、身体を構成する六十兆を超える細胞が、生存本能により導き出す。
即ち、服従。
範馬勇次郎に対して、みずからが弱者であると認め、勇次郎の下位に立つ。
それが、勇次郎にとっての人々の在り方。
時折極稀に現れる挑戦者達でさえも、勇次郎の存在を前にして、何も感じないという事など、有り得なかった。

アフリカの高大な草原を不毛の荒野に変えると言われた巨大象も。
太古の地底より目覚めた、恐竜を捕食していた“史上最強”の原人も。
現代に蘇った、日本の歴史に於いて、“最強”の代名詞たる剣豪も。
範馬勇次郎の存在を流す事などは出来なかったというのに。
今現在、範馬勇次郎の前に在る巨人は、勇次郎の存在を、“道を歩いていたら擦れ違った誰か”程度にしか認識していなかった。

────俺を呼びつけるだけあって、噛み応えの有る奴が居るじゃねえか。

勇次郎の口の両端が、獰猛な笑みを形作る。
屠った獲物の肉へと喰らい付こうとする大型肉食獣を彷彿とさせる笑みだった。
笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点であると言う。
範馬勇次郎という、闘争を全ての上位に────自身の生存に関わる全てより上位に置く在り方が、そのまま露われた笑み。
この巨人は、勇次郎の存在に気付いていない訳では無い。
勇次郎の存在に気付いた上で、至極当然の様に意に介していない。
それは、巨人の持つ、圧倒的な────範馬勇次郎を凌駕する程の“暴”により為し得るもの。
森羅万象が範馬勇次郎より弱きが故に、範馬勇次郎を無視出来ず。殺されない為に服従するというのならば。
範馬勇次郎より強ければ、範馬勇次郎を無視も出来る。範馬勇次郎に服従する必要も存在しない。

「エフッエフッエフッ…初めてだぜ。俺より強いかもしれないと、そう思える相手に出遭うのはよう…」

勇次郎の喜悦そのものの声。
四方(よも)を見渡し。世界を巡り。果ては己が血を引く子さえも創造(つく)り────。
それでも尚、見つけられなかった、梃子摺る存在。
父親として、駄々を捏ねる子供の躾に匙を投げるのとは、根本的に異なる────。
一個の雄(オトコ)として、一介の腕力家としての────初めての梃子摺り。
対する巨人も、歓喜を以って応えた。

「ウォロロロロ…褒めてやるぜ森口。さっきの二人といい、活きの良いのが揃っているじゃねぇか」

巨人────百獣海賊団総督、百獣のカイドウもまた、笑っていた。

荒ぶる天神が雷と暴風を以って眼下の全てを一掃せんとし。
猛る海神が天を堕とすべく、山脈の如き波濤と、空を穿つ竜巻を天へと向ける。
凡そ人界の凡ゆる常識が通用せず。飛び抜けた強さと運を持つ者でなければ生き残れない。偉大なる航路(グランドライン)。
それ程の過酷苛烈な海と、其処に生きる強者達をして、“楽園(パラダイス)”と呼ばれるのが、カイドウが座する偉大なる航路(グランドライン)後半の“新世界”。
“楽園(パラダイス)”に名を馳せた者達が、瞬く間に心折れて逃げ帰る。帆を下ろす。
幾多の死線を潜り抜け、数多の屍の上に、我こそは無敵也と意気込んでいた者達が、たちどころに命を失う。
破格の強者でなければ、船を出すなど到底叶わぬ海に於いて、“最強生物”の異名を冠する絶対強者。
偉大なる航路(グランドライン)後半の“新世界”に於いて、皇帝の如くに君臨する四人の中で、最強と目される大海賊。
それこそが、カイドウ。

「俺に向かってくる奴なんざ、そうは居ねぇ。それが三人も居やがった」

百獣海賊団総督カイドウ。
世界に轟く悪名を知らずとも。
その身に纏う“覇王色の覇気”。生まれついての王たる資質を浴びずとも。
その姿を見ただけで、大抵の者は屈服する。
暴威と暴虐が人の姿となったかの様な威容。
生まれ付いて手にしていた“強”を、生涯かけて磨き上げ、研鑽し抜いた結果として得た戦闘経験と武力。
それらが産み出す、圧倒的という言葉ですらが生温い存在感。
カイドウの威容を眼にし、威風を浴びた者は、即座に己が弱者であり、喰われる側だと認識する。
当然。歯向かう者など、そうは居ない。
“楽園(パラダイス)”に於いてとは言え、懸賞金が億を超え、新世界の猛者達からも、名と顔を覚えるに足ると認識されるに至った者ですら、カイドウと対峙した瞬間に折れた。
破格の強者であっても、只其処にあるだけで屈服させるカイドウの暴強に、僅かな間に挑む者が三人も現れる。
嬉しくならない、訳が無かった。

「ソイツは良かったじゃねぇか…名を聞いておこうか」

カイドウと向かい合う、範馬勇次郎。
カイドウから見た勇次郎は、高密度大質量の鉄塊を思わせる身体。悪鬼羅刹をして、泣いて逃げ出しそうな獰悪な凶相を浮かべた貌。
何処にも弱いという要素が存在しない。
生まれ落ちるより前から、母親の胎内に居た時点で、そんな要素など、無かったのだろう。
カイドウが連想した言葉は、鬼。
それも弱者や家畜など見向きもせず、猛き獣を、強き者を、選んで屠り、血も肉も骨も喰らい尽くす戦鬼(オーガ)。
新世界に悪名轟く百獣海賊団の面々であっても、これ程の凶猛獰悪な気質を有する者など、カイドウを除いて存在し無い。

「ウォロロロ…カイドウだ。俺もお前の名前を訊いておこうか」

「エフッエフッ…範馬勇次郎。地上最強の生物って呼ばれているらしいぜ」

「ウォロロロ。地上最強とは大きく出たな。海の上まで手を伸ばさないのは、褒めてやる」

「海の上…?海賊か何かか?お前」

「ウォロロロ。そうだ。百獣のカイドウと言えば、知らねぇ奴は居ねぇ名だ」

「ハッ…丁度良いじゃねぇか。地上最強と海上最強。どっちが強えか決めるとするか」

闘争を何よりも欲し求める範馬勇次郎。この超雄が、カイドウを目の前にして、闘う以外の行動を選択するなど有り得ない。

カイドウが握った金棒を振り上げる。
勇次郎の右手が握りこまれ拳を作る。

両者の目線が交差し、周囲の空間が、歪んだレンズを通して見た時の様に歪曲していく。
もしもここに第三者が居合わせれば、範馬勇次郎とカイドウの立つ地点へと、世界の全てが圧縮され、呑み込まれていく様な錯覚を覚えただろう。
否、それは錯覚などでは無く。真実その通りなのかも知れなかった。
何故ならば。
此処に在りて対峙するは、範馬勇次郎とカイドウ。
地上最強の生物と、海の最強存在なのだから。

「最後に一つ訊くが。俺の部下に────」

「クスクスクスクス…イケナイなぁ、カイドウ。俺を部下にしたいのなら…。理解るだろう?」

範馬勇次郎が提唱する強さの最小単位。即ち、我儘を貫き通す事。
我意を、我欲を、自我(エゴ)を、曲げず折れず貫き通すという事。
つまりは、カイドウが範馬勇次郎を部下にしたいというのならば、行うべき事は唯一無二。

「生きていたら、もう一度訊くとしよう」

力づくで捩じ伏せて、言うことを聞かせる。


両者の肉体に力が生じる。
成層圏にまでマグマを届かせる活火山の如く。
大地を震撼させ、地上にある万物を倒壊させる大地震の如く。
途方も無い、巨大で高密度な力が、対峙する二人の超雄の筋肉に漲っていく。

「噴ッ!」

「邪ッ!」

両者向かい合い。力を漲らせていた時間は、10秒かそれとも一時間か。
そんなものは、両者が肉体に漲った力を解き放つ、その瞬間が同時だったという事実の前では、瑣事でしかなかった。

轟く爆轟は、人の肉体と金棒の奏でる音では断じて無く。
高密度と大質量を有する鋼の塊同士が、超スピード激突した様な轟だった。

「ウォロロロ。やるじゃねぇかよ、勇次郎」

起きた現象だけを見るならば、勇次郎の拳とカイドウの金棒が激突し、双方が激突した場所で停止している。というところである。
だが、7mを超えるカイドウの巨躯と、巨軀に劣らぬ重厚長大な金棒による重打を、190cm・100kg超でしか無い勇次郎が、右拳一つで止めたというのは異常に過ぎた。

────億超え程度じゃ、秤にも載せられ無いか。

最初の一打。感嘆したのはカイドウだ。
武装色の覇気も纏わせぬ、片腕で振るった一打とは言え、四皇の一角であり、最強生物と名高いカイドウの振るった一打である。
金棒には、“楽園(パラダイス)”に於いてとは言え、億を超える懸賞金を懸けられた者が、一撃で四散する程度の力を込めていた。
海軍が犯罪者に懸ける懸賞金が億を超える者ともなれば、海賊としての在り方や、喰らった実の能力にもよるが、最上位ともなると個人で一国を揺るがす程の脅威と成り得る。
文字通りの怪物。一国の軍隊を、只の一人で殲滅させ得る強者
その怪物達を、骸も残さぬ無惨な死を迎えさせる一撃。それを。片腕で止める。
地上最強の称号に偽り無しと、カイドウは胸中で賛嘆する。

「ケッ」

対する勇次郎もまた、驚きを禁じ得ない。
金棒の重さと速度を見切り、カイドウの手から弾き飛ばすつもりで拳を繰り出したというのに、結果は金棒を飛ばすどころか、カイドウの手から取り落とさせる事すら出来なかった。
それどころか、勇次郎の右腕全体に、軽い痺れが走っている。
打ち負けたのは何方であるかは、明白だった。

百聞は一見に如かず。百見は一触に如かず。
一流シェフが作る極上のスープが、大釜一杯に満たされた材料をイメージさせる様に。
一撃。只の一撃を撃ち合っただけで、両雄は互いの強さを誰よりも理解した。

両者は無言で力を込めた。
カイドウは両手で金棒を握り締め。
勇次郎の右腕が、込められる力のあまりの強さの為に、金属の如き色と質感を帯びていく。
巨大な鋼鉄の発条が押し縮められていく様に。
鋼鉄製の歯車達が、無数に組み合わさって形成される、巨大な機構が軋みを上げて動き出す様に。
大河を堰き止めて得られる膨大な水量が、昼夜を問わず大都市を活動させる電力を生む様に。
拳と金棒を接点として鬩ぎ合う両者の肉体に、絶大なエネルギーが生じ、蓄積されていく。
押し合い、鬩ぎ合う事で生じた力は、両者の脚を伝って地面に伝わり、アスファルトの路面に穴を穿った。
拮抗は刹那の間かそれとも永遠か。
両者不動の様でいて、双方の肉体の内と間に、大型台風にも匹敵するエネルギーが鬩ぎ合う時間は、唐突に終わりを告げた。
両者共に金棒と拳を同時に引き。一撃目が児戯に思える気迫と力とを以って、繰り出す二撃目。
新世界の嵐を往く海賊船すら。只の一撃で木っ端微塵と砕く威力を帯びた金棒が唸りを上げ。
地球上に存在する凡ゆる兵器を凌駕する暴力を込めた拳が、大気を引き裂いて繰り出される。
一撃目が比較にならない程の大爆轟が生じ、勇次郎の足元の路面が砕け、勇次郎の立っている場所を起点として、後方へと十数条の深く長い亀裂が路面へと刻まれる。
勇次郎の右拳の皮膚が僅かに裂け、血を噴いていた。
一撃目は五分と五分。しかして二撃目は、明白に勇次郎が劣勢であった。

「やるじゃねぇか。カイドウッ!」

明らかな劣位に遭って、勇次郎の闘志は微塵も衰える事は無い。寧ろより猛々しさを増していた。

「お前もな、勇次郎」

そんな勇次郎に、カイドウは悦びを禁じ得無い。

今度は鬩ぎ合う事は無く。間髪入れずに三撃目を放つ準備に入る。
カイドウが繰り出すは、“雷鳴八卦”。
武装色の覇気を纏わせた八斎戒を全力で振るい抜くという、技と呼んで良いのかどうかも怪しい単純極まりないものだが。
単純なだけに威力は絶大で、防禦(ふせ)ぐ事など出来ず。
尋常では無い速度で振われる金棒は、回避(さけ)る事を許さ無い。
文字通り雷鳴のごとき速度で振われた金棒。鬼を粉砕する明王の一撃。
八斎戒は勇次郎の肉体を見事に捉え、勇次郎は地面と水平に飛翔し、背後のビルに激突。壁面にめり込んでしまった。

「終わりじゃねぇだろう?」

カイドウは、この程度で勇次郎が死んだとは、微塵も思っていなかった。
見聞色の覇気を用いての探知を行うまでも無かった。
八斎戒は確かに勇次郎を捉えている。
勇次郎が、能力を使った訳でも、覇気を纏った訳でも無い事も、把握している。
それでも、カイドウは、勇次郎が大したダメージを受けてい無い事を確信していた。

────手応えが無さ過ぎる。

殴った感触が異様に軽い。
八斎戒を振るって、無数の有象無象と幾多の敵を撃ち砕いてきたカイドウである。
金棒が的を捉えた感覚など、数が意味を成さ無いくらい味わってきた。
棒立ちで受けた者ばかりでは無い。防ぐなり躱そうとした者達も多くいた。
能力を用いる。或いは覇気を纏って受け止め様とした者。過去に数え切れぬほどに存在し、僅かな例外を除いて悉く全身の肉と骨を砕かれて絶命した。
自然系(ロギア)の様に、実体を無くした訳でも無い。
それらの経験とは、まるで異なる手応えだった。打った感触が碌に無いというのは。
初めての経験に、カイドウは獰猛な笑みを浮かべた。

「技術(ワザ)を…使うしかねぇな」

壁に埋まったままの、勇次郎の声。
カイドウが八斎戒を構える。
新世界で名を知られた猛者であっても、戦闘不能になる一撃を受けて、尚も膨れ上がる戦意を感じ取ったのだ。
埋没した壁面を押しのけて、範馬勇次郎が出て来る。
八斎戒の直撃と、ビル壁への衝突で、上半身の衣服がほぼ無くなり、誰しもが心を奪われる、地上に降りた闘神の如き肉体を晒していた。
カイドウからは見えぬ勇次郎の背面。
もし見る事が出来たのならば、背面の筋肉。
ヒッティングマッスルと呼ばれる筋肉が、鬼の貌の如き異形を為しているのが見えただろう。

────何をやった?

カイドウは思考する。
雷鳴八卦の直撃を受けたにも関わらず、巨岩の如き存在感を放つ五体は砕けること無く健在。────鋼の如き皮膚にすら、傷が殆ど見当たらない。
“超人系(パラミシア)”の能力で受ける。“動物系(ゾオン)”の頑強さで耐える。“自然系(ロギア)”の流動化により受け流す。
その程度の事では、雷鳴八卦を無傷で済ます事など出来はし無い。
”覇気だけが全てを凌駕する”。そう断ずるカイドウの在り方を体現した一撃は、脆弱な肉体を能力で補う様では凌げ無い。
カイドウの理解(し)った勇次郎の肉体は、“動物系(ゾオン)”の実を食った者達の中でも、上位の強者と伍する力と強度を有していた。
“動物(ゾオン)系”能力者が数多集う百獣海賊団に於いても、勇次郎と肉体の強さで勝負になるのは“飛び六胞”以上。真打ち以下では話にならず。確実に勝ち得るのは“大看板”の三人のみ。
人間が、覇気も纏わず、悪魔の実も食わず。只の肉体の強さのみで、これ程の強さを誇るというのは、凄まじいとしか言いようが無い。
それでも尚、雷鳴八卦の直撃を受けて、無傷という事は異常だった。
それこそ、カイドウと並ぶ四皇“ビッグ・マム”シャーロット・リンリンのような、破格の肉体強度でも無い限り、無傷など有り得ない。
だが、勇次郎に雷鳴八卦が直撃し、その上で勇次郎無傷であるという事実は変わら無い。
カイドウの八斎戒を握る手に力が籠る。
カイドウにとって、未知の手段を有する勇次郎を、警戒している証左だった。

「エフッエフッエフッ…。理解出来たぜ……今まで俺に挑んできた奴等の気持ちが」

勇次郎は笑う。此れが梃子摺るという事かと。
勇次郎は笑う。此れが強者へ挑むという事かと。
本部以蔵も、愚地独歩も、郭海皇も、花山薫も、そして息子であるジャックと刃牙も。
皆が皆、この様な心で、己に向かってきたのだろうかと。

「此れが、死力を尽くすって事か…」

カイドウは強い。
カイドウの雷鳴八卦を見た時、勇次郎は全身が総毛立つのを感じた。
アレは、ダメだ。受ければ死ぬ。
最強生物たる範馬勇次郎が、常人の様に怯えを感じた。
かつて郭海皇の掌打を躱した時よりも、危機を感じた。
しかし、迫るのは、カイドウの振るった雷鳴八卦。流石の範馬勇次郎でも回避を行うには遅きに過ぎた。
咄嗟に後ろに飛び、全身の力を抜く。
極限域の脱力を以て、絶死の一撃を受け流す。
“消力(シャオリー)”。過去に勇次郎と拳を交えた、中国拳法の最高峰たる漢の用いた究極の受け技。
それでも勢いを殺し切れず。勇次郎の身体は地面と水平に飛んで、ビル壁に埋まってしまったが。
雷鳴八卦の絶死の一撃を“消力(シャオリー)”で、ビル壁への激突を、己が身体の頑強さで無傷に抑え。範馬勇次郎は五体が健在なまま、戦闘を継続する。

「初めてだ…。こんな闘いはッ!」

勇次郎が駆ける。
人の域を超えた身体能力を、人の極限の理合にて運用し、短距離の金メダリストの全力疾走がそぞろ歩きに見える速度で疾駆(はし)る。
常人の────武に造詣の深い者であったとしても、あまりの速きの故に、勇次郎の姿は朧に霞んで見えただろう。
勇次郎が駆け抜けた後の地面が、地中に炸薬でも埋めてあったかの様に爆ぜるのは、踏み込みの強さにより砕けた路面が、地面を蹴る脚の力強さにより、弾けて宙を舞う為だ。

────ウォロロロ。やるじゃねぇか、

カイドウの眼は、勇次郎の疾駆を確と捉えている。
朧な影としか見えぬほどの速度ではあるが、悪魔の実の能力者であれば、このレベルの速度を出せる者は、幾らでも居る。
“六式”と呼ばれる体術を駆使する者の中でも、取り分け達者な者ならば、このレベルの速度で駆ける事も出来る。
カイドウが注目するのは、勇次郎の速度では無く歩法。
一歩毎に歩幅を変える事で、疾駆に緩急を付け、一定して疾走しながら、速度が一歩毎に異なる。
変幻にして狂乱の歩法により、見切りを困難なものとしていた。

────確かに見切り辛え。だが、無意味だ。

この速度と歩法であれば、余程の使い手であっても間合いを測る事は困難だろう。
速さを捉えられず、歩法に惑わされ、容易く勇次郎が致命の攻撃を放てる距離まで接近を許すに違い無い。
だが、カイドウには意味が無い。
7mを超える巨躯と、カイドウの身長と同じ長さを持つ八斎戒。
この二つが合わさって生み出すカイドウの間合いは、優に10mを超える。
精々が数cm、数十cmの空間を奪い合う為の技巧(わざ)など、高が知れていた。
再度振るわれる雷鳴八卦。
空間を引き裂き、軌道上に存在するものは、例えそれが何であったとしても粉砕する一撃。
振るわれる金棒は、あまりの速度の為に、音すら置き去りにして、結果として無音のまま勇次郎へと奔る。
先だっての様な受け技は不可能だ。
雷鳴八卦を受ける勇次郎の肉体は、あまりにも加速し過ぎている。
先刻の妖術じみた受け技を以ってしても、受け流せるのはカイドウの威力のみ。
勇次郎の身に帯びる運動エネルギーそのものが、勇次郎を害する威力となる。
接触するその時まで、加速を続けた勇次郎と八斎戒が激突する────カイドウの手に伝わるものは、勇次郎の肉体を撃ち砕いたものでは無く。あらぬ方向へと暴れる八斎戒の感触だった。

「邪ッ!」

勇次郎の行なった事は至極単純。
迫り来る八斎戒を、地面を這う様な動きで掻い潜る。
新世界に掃いて棄てる程居る“億越え”程度ならば、八斎戒の巻き起こす剛風だけで、五体が砕けて絶命するが。
実体の無い風如きでは、範馬勇次郎の肉体に傷をつける事は能わ無い。
未だに剛風が全身を打ち据える中、勇次郎は立ち上がると、頭上を過ぎ去りゆく八斎戒へと渾身の回し蹴り。
巨木の幹ですらが、発破を仕掛けた様に爆ぜて断裂する勇次郎の蹴撃。
八斎戒はカイドウの操作によらない新たなベクトルを与えられ、蹴撃により更に加速しながら、上方へと舞い上がった。

「グヌッ!」

掌から飛び出ようとする八斎戒を、握り締めることで制御するカイドウ。
当然その際に生じた隙を、範馬勇次郎が見逃す筈も無く。

「ッ!チィエエエエリャアアアアアアアアアアッッッッ!」

疾走により生じた運動エネルギーを極微も逃さず跳躍。
人類の走り高跳びの記録を嘲笑うかのように、6mを越える高さにある、カイドウの眼前まで一飛びで達し。
疾駆と跳躍により得た運動エネルギーと、全身の筋力、更に自身の100kgを越える体重。
それら全てを載せた、渾身のドロップキックを、カイドウの顔面へと突き刺した。
大太鼓を思い切り打ち鳴らした様な、腹に響く重低音を残してカイドウが仰け反り蹌踉めく。
百獣海賊団や海軍の者達が見れば、戦慄を禁じ得ない光景だった。
”あの”カイドウが、能力も覇気も使用(つか)わない、只の肉体の力だけで蹌踉めく事があろうとは。
只の肉体の力のみでカイドウを蹌踉めかせる────カイドウと同じく破格の肉体を有する、四皇“ビッグ・マム”シャーロット・リンリンのみに許される暴挙を、範馬勇次郎は成し遂げたのだ。

────ヤロウ。どういう“肉”を有している?

ドロップキックを見舞った反動で────反動で得られる運動エネルギーよりも遥かに強大な力によって、数十mもの距離を飛翔し、空中で一回転して地に降り立った勇次郎は思考する。
カイドウを見た時から、尋常では無く頑強な身体を有している事は理解(わか)っていた。
勇次郎の見立てでは、カイドウの体重はどう軽く見積もっても1t越える。
其処へあの重厚長大な金棒の重さが加われば、3tは優に超えるだろう。
1tを超える生物ならば、勇次郎は無論知っているし、屠ってさえいる。
だが、それらの生物。大型馬や河馬などは、皆四足歩行だ。
四本の脚に、自重を分散させる事で、巨大な体躯を支えている。カイドウの様に、二本の脚で、地を踏みしめて直立するなど有り得ない。
そもそもが、人類(ヒト)の骨格では、此処までの巨大な自重を支えられない。
ここまでの巨躯ともなれば、骨が自重を支えられない。筋肉が自重を動かせない。
特に構造が複雑な為に脆弱で、負荷も大きく掛かる膝が、自重に耐えられずに崩壊する。
にも関わらず、自重に加えて、自身の身長に匹敵する金棒すら持ち、平然と佇立するカイドウは、破格の堅牢を誇る身体を有していると見るべきだった。
特に常識の範疇の外にある重量を支えている脚部などは、理外の強度を誇る筈だ。
なればこそ、“巨人を仕留める際には、まず脚を潰す”というセオリーを無視して、一気に顔面へと渾身のドロップキックを見舞ったのだ。
範馬勇次郎をして、会心の一撃だったと自負できる蹴撃だったが、それでもカイドウの身体へと“届いた”感覚が無い。
勇次郎の足がカイドウの顔面に接触する直前。
刹那にも満たぬ間に、カイドウが頸に力を込めた事は把握している。
それでも尚、異常だった。技術で凌がれるでも無く、肉体の頑強さの故に撃ち抜けぬのでも無く。蹴りの威力の大半が、弾き返されて来るのは。
カイドウが蹌踉めいたのは、単に、顔面を強く押された為に他ならない。蹴撃が、効果を発揮したという訳では無い。
今まで屠ってきた如何なる生物や格闘家達の肉体と、まるで異なる性質を有する、カイドウの肉体だった。
勇次郎が宙を舞っている間に、立て直したカイドウが、その場で八斎戒を横薙ぎに振るい抜く。
如何にカイドウの巨躯と、八斎戒の長さとはいえ、彼我の距離は余りにも離れ過ぎている。
当然、届かない。勇次郎がそう認識してもおかしくは無かったが。
実際には、八斎戒を振るった事により押し出された大気に、カイドウの覇気を載せた、形ある者全てを砕く不可視の波濤だった。
勇次郎の全身の毛が逆立つ。
獰猛な笑みを浮かべ、全身の力を抜き去り、粘体を通り越して液体に至るまでに脱力する。
瞬間。勇次郎の右腕が消失した。
並の者どころか、世に冠絶した達者でも見えなかった勇次郎の腕の動きを、カイドウは見て取った。勇次郎の右腕が音を超えて振るわれた事を。
全身の骨がワイヤーロープの様な構造を、要は数え切れぬほどの無数の関節の連なりで、全身の骨格が形成されているとイメージし。
イメージした無数の関節を一つ残らず駆使して、右腕を振るう。
踏み込みによる体重駆動。究極極限の脱力が生み出す速度、無数の関節を駆使いに駆使った加速。
結果、勇次郎の右拳は、人体の限界どころか、物理の常識を超えて加速。
更に鞭の様に振るった右腕を、急激に引き戻す事で更に加速。
音域を突破するどころか、遥か後方に置き去りにした勇次郎の拳は、空気を激動させて衝撃波を発生させた。
大気が激しく鳴動し、衝撃波とカイドウの放った不可視の波濤が激突し、世界から音が消失した。
不可視の二つの破壊エネルギーの激突が、無音の衝撃となって、周囲の音の波を粉砕して、静寂をもたらしたのだ。
勇次郎とカイドウの髪が激しく靡いた。接触を伴わぬ激突により、周囲へと散じた空気が、吹き戻る。
勇次郎は吹き戻す風の勢いを利用して前進。再度跳躍すると、カイドウの右眼目掛けて、右手を引き絞る。

そう、先程使用した右手は全くの健在。
肉体が音の域を超え、剛体と化した空気を突き破った者が、等しく払う代償。
“空手を完成させた”愚地克巳も、遠く異世界でこの絶技を駆使した“魔拳”烈海王も。
等しく肘から先の肉が弾け飛び、骨を晒す事となったが。
究極最強の肉体を有する範馬勇次郎は、至極当然の様に代償を踏み倒し、結果だけを獲得していた。

肩、肘、手首。右腕の関節全てが反時計回りに限界まで捻じられ、結果として、五指を揃えた貫手は、掌を上に向けた形となる。
通常の貫手では有り得ない、異形の構え。
だが此処に、勇次郎の息子である刃牙や、武神と呼ばれし空手家、愚地独歩が居れば、驚愕を禁じ得なかっただろう。
刃物の如き斬れ味を有するに至った手指を、腕の回転運動により、高速で回転させ、皮膚を裂き肉を抉り、その下にある神経を接触と同時に寸断する絶技。
空手家、鎬昂昇の用いる斬撃拳。
だがしかし、用いるのは範馬勇次郎。
同じ構えから放たれる技ではあるが、その威力は鎬昂昇のそれとは比較にならない。
昂昇のソレを工事用のドリルと例えるならば、勇次郎のソレは、山を穿ち貫く鑿岩機と例えるべきだろう。
岩程度ならば、割るでも無く砕くでも無く。貫手の触れた部分が微塵と砕けて塵となる。
凄まじいエネルギーを内包した貫手がカイドウの右眼へと放たれ────。

「遅ぇ」

八斎戒が勇次郎の身体を真芯で捉えていた。
カイドウの視界から勇次郎の姿が消える。
先刻の様に妖術じみた受け技を用いた訳でも無く。カイドウの一撃で肉体が四散した訳でも無い。
最初から其処に存在し無かった。それ以外に説明が付か無い消失。
幻術などという生易しいものでは無い。
脳裏に思い描いたイメージを相手の意識に叩き付ける事で、描いたイメージを対象にも認識させる魔技。
此処に精妙な動作により、周囲の者に有り得ざる幻影を見せる、究極のパントマイムを組み合わせる事で、カイドウの意識に、跳躍して右眼を狙う勇次郎を幻視させたのだ。
勇次郎が知らぬ事だが、感情や気配を感知する見聞色の覇気の盲点を見事についたフェイントは、カイドウ程の覇気の達者をして、ものの見事に欺いたのだった。

ギャリギャリギャリギャリッ!

足元から聞こえた擦過音にカイドウの視線が下へと向く。
其処に勇次郎は居た。踵を軸に、竜巻の様に回転する勇次郎が。
勇次郎を視認したカイドウが動くよりも早く。
勇次郎の右腕が振るわれる。
ハンマー投げの要領で、踵を軸として身体を強烈に回転させ、液状化までに至った脱力を行なった右腕を、カイドウの脚へと叩き付ける。
鞭打。脱力した腕を鞭の様に振るい、肉ではなく表皮を傷める技術(わざ)。
カイドウの肉体が、理外の頑強さを誇ろうとも、柔な表皮であれば、幼児のそれと変わらない。
回転運動による加速により、尋常では無い運動エネルギーが乗った鞭が、カイドウの右脚を捉えた。
範馬勇次郎の駆使する鞭打。それも回転運動に用いる巨大な運動エネルギーが乗ったものともなれば、常人が受ければ、表皮どころか肉が弾け飛び、骨が砕ける威力を有している。樹齢百年を超える大樹でも、幹が粉砕されて無惨に倒れる。
カイドウの右脚に、それ程の威力を叩き込み、乾いた打撃音を伴い勇次郎の右腕が弾かれた。

「少し…痛えな」

柔な筈の表皮であっても、これ程の耐久性を有するカイドウの肉体。
それを前にして、範馬勇次郎の顔は、益々凶猛な愉悦の相を深めて行く。
攻撃がさしたる成果を挙げられなかったにも関わらず、一切の停滞を挟む事なく跳躍。
カイドウの腹部にまで到達すると、左掌を撃ち込み、更に左甲に重ねる様に、右掌を打ち込んだ。
“打震”。医師である鎬紅葉が用いる打技。皮でも肉でも骨でも無く。体内の水分。血液や細胞内部の体液を標的(まと)とした打技。
体内の水分を激震させる事で、肉体を内側から破壊する術技。
これですら、カイドウは小揺るぎもし無かった。

「噴ッ!」

振り下ろされる八斎戒が宙に在る勇次郎を捉える。
先のような超高度なイメージによる幻惑とは異なり、確かに実体を捉えた感触が、極僅かに伝わってくる。
先刻と同じように、実体が消える程の脱力を行い、八斎戒の威力を流したのだろうが、先刻と異なり、この八斎戒は殴り飛ばす為で無く、叩きつける為に振るわれている。
実体を消して、威力を受け流そうとも、地面に叩きつけて八斎戒との間で挟み潰す。
振り下ろされた八斎戒がアスファルトの路面を撃砕し、10mを超える直径のクレーターを形成するも、勇次郎の肉体は八斎戒の下に無く。

「邪ッ!」

空中で脱力し、八斎戒の威力を受ける事で高速回転。
カイドウの威力に自身の回転運動を加え、体重を乗せた踵を、胴廻し回転蹴りとしてカイドウの鼻と唇の間に在る急所────人中へと叩き込む。
流石に痛痒を感じたのか、カイドウの眉が顰められ。

「良い攻撃だったが…跳んでいたら身動き取れねぇよなぁ」

雷鳴八卦。
振るわれた後に聞こえる、落雷の如き轟は、八斎戒が引き裂いた大気の絶叫だった。
超音速で叩き込まれた雷鳴八卦は、勇次郎の肉体を遥か後方へと吹き飛ばす。
今度も手応えが無い。悪魔の実の能力にも匹敵する受け技に、カイドウは内心感嘆していた。
地面と水平に飛翔した勇次郎が、ビル壁に再度激突する。
壁に埋まるのも先と同じ。異なるのは、カイドウが迫っていた事。
八斎戒が、未だに壁に埋まったままの勇次郎へと振るわれた。
壁が爆ぜた。鉄筋コンクリートの壁が。
舞い飛ぶ瓦礫の中を、勇次郎が跳躍し。直後に八斎戒が更に壁を粉砕して、崩壊させ、内部を露出させてしまった。
猛速で飛翔した勇次郎が、完璧な体捌きにより足音も無く着地を決める。
勇次郎を見逃さず、反転する動きと八斎戒を振るうことを同時に行なったカイドウへと、勇次郎は腰を落とし、中段正拳突きの構えを取った。
無謀という言葉ですら言い表せない行為だった。
雷鳴八卦に対し、受ければ死ぬと、消力による受けを取ったのは、極直前の事。
何を血迷ったのか、絶死の攻撃を、今度は迎え撃とうというのだ。
振るわれる雷鳴八卦へと、勇次郎の右拳が、天地を揺るがす咆哮と共に繰り出される。
全身の骨格が、関節で構成されているとイメージし。その上で、増えた関節全てを使って拳を加速。
金棒とのインパクトの瞬間に、関節全てを使用(もち)いて、拳を止め、体重全てを拳に込める。
音速拳と、剛体術。全く逆の発想の絶技を組み合わせる事で、極限の速度と加重を拳に乗せ。更に、範馬勇次郎の規格外の握力による、超高密度に圧縮された、同質量の鋼を上回る硬度の拳。

速度(スピード)×体重×握力=破壊力。

破壊の方程式を究極的なまでに体現した打撃。
範馬勇次郎以外の者が使用(つか)えば、負荷により全身の骨が砕け筋肉が断裂するだろうが。
範馬勇次郎の有する地上最強の肉体は、勇次郎以外の弱者の如き結末を迎える事は無く。

拳と金棒。双方ともに当然の様に音を遥か後方へと置き去りにする速度である為に、無音のまま激突し、接触と同時に生じる大爆轟。
周囲を打ち震わせる轟に押し出される様に、範馬勇次郎の肉体は、三度目の飛翔を体験していた。
凄まじい擦過音を残し、路面に二条の黒線が描かれる。
カイドウに殴り飛ばされた勇次郎が、勢いを殺す為に踏ん張った結果。路面との摩擦熱により生じた焦げ跡だった。長さにして、50mは有るだろうか。

「…………」

カイドウは無言で、激突の余韻を噛み締めていた。
勇次郎が技術(わざ)に逃げた時よりも、更に威力を込めた雷鳴八卦だった。
本来ならば、勇次郎の肉体は、千々に砕けていなければならない筈。
それが、勇次郎は傷を負ったもののいまだに健在。
カイドウの両手には、久しく感じた事の無い痺れがあった。

「痺れを感じるのは、何時以来だ…?勇次郎、お前は良くやった。もう良いだろう?」

カイドウが己が勝利を告げた。
勇次郎の戦意は些かも衰えては居ない。
にも関わらず、カイドウが勝利を宣言したのは、勇次郎の右腕にあった。
至るところで皮膚が裂け、所々から赤い肉を露出させた勇次郎の右腕は、複数箇所で折れ曲がり、骨すら飛び出していた。
雷鳴八卦で死なず。カイドウの両手に痺れを残した結果とすれば、これは安いものなのか?それとも高く付いたのか。
それを決める者は、カイドウでは無く。

「ハッ…そうだな」

範馬勇次郎のみである。


勇次郎は思う。更なる力を。
勇次郎は欲する。更なる力を。


だが、何処にその“力”が在るのか。
だが、その“力”を如何やって引き出すのか。


二人の息子。ジャックと刃牙。

ジャックが一日三十時間という狂気のトレーニングと、常人ならば絶命するドーピングを摂取し。
滅びゆく肉体を精神力で維持稼働させ続けた果てに、筋肉すら贅肉と断じ、ダイヤモンドの肉体を手に入れたように。

刃牙が数多の強敵達との死闘を経て、肉体の内に眠れる範馬の血を呼び覚まし、遂には勇次郎が一人の敵と認めるに至った様に。

肉体へと掛かる負荷、そこからの回復。
即ち、破壊と再生。
肉体を精神で凌駕し続けた先に在る領域。
しかして、範馬勇次郎。地上最強の生物。
如何なる個人も。如何なる猛獣も。集団も。軍隊も。果ては国家────超大国でさえも。
範馬勇次郎を脅かすには足りぬ。
世界の全てが勇次郎に比して弱きに過ぎるが故に。
森羅万象が、勇次郎に比して脆きに過ぎるが故に。
敵となるものが、勇次郎を脅かす者が、存在せぬ。

己を脅かす存在。
全力全霊をぶつけても、決して壊れぬ存在。
己の力を、眠れる範馬の血を、呼び覚ませる存在。
終ぞ持ちえぬままに生を終えるものと思っていた、強敵。
それが、今、目の前に────。

~~~~

人類の歴史上に於ける最大最強の自我(エゴ)。
自我(エゴ)を支え、自我(エゴ)に支えられる、地上最強の肉体。
初めて出逢う、己よりも強き者。
その強者を前にして、些かも揺らがぬ範馬勇次郎の自我(エゴ)。
巨大な自我(エゴ)が全力で────全力を超えた稼働を、全身へと、肉体を構成する全ての細胞へと命じ。
肉体は────文字通りの完全燃焼を以って応えた。

範馬勇次郎の全身が、赤く染まり、陽炎が見える程の熱を放っている。
範馬勇次郎の肉体を構成する六十兆の細胞の一つ一つが、内包するエネルギーを全放出し、全力で稼働する巨大な蒸気機関もかくやという熱を産み出しているのだ。

「済まなかった。許せ、カイドウ」

「あん?」

カイドウの表情が歪む。
勇次郎が謝罪をする様な人格を有していると、カイドウは全く思っていない。
しかして勇次郎が謝罪をした事は事実。
その事を訝しみ。裏を探る海賊の顔だった。

「認めよう。貴様は俺より強いと」

息子である刃牙との一戦で、地上最強の生物の称号を刃牙に譲ると宣言したからか、過去の範馬勇次郎を識る者であれば、驚愕するであろう言葉。

「初めての経験で、勝手が判らなかった」

人は────男は、この世に産まれ落ちて誰しもが、地上最強を志す。
だが、殆どの者は、中途でこの夢を諦める。
ある者は兄弟の前に。
ある者は父親の前に。
ある者は喧嘩に敗れ。
ある者は王者に屈し。

実力に依らずとも、事故。病。貧困。社会情勢。
そういった要因もまた、男達の夢を摘んで来た。

そうして殆ど全てが夢敗れ、挫折して、他の途を選ぶ。

だが、範馬勇次郎は、産まれた時に地球上の全ての生物の強さのランクを、自動的に一つ下げた最強生物は。
そもそもが己よりも強いという存在を知らぬ。
富。名声。力。全てを労せずして────欠伸すらしながら手にした地上最強の生物は。
挫折を知らぬ。己よりも強いという存在を知らぬ。
だが、この地でカイドウに出逢い。未知を既知としたい瞬間(とき)。
勇次郎は困惑していた。どうすれば良いか判らなかった。

己よりも強いという存在と、戦うと言うことが、生涯を通して無かった為に。
だからこそ────技術(わざ)を、濁りを、不純物を混ぜ込んだ。
弱者のものと、俺以外が使い頼るものと、嘲り、見下し、蔑んだものに、頼った。
だが、蒙は啓けた。
頼るべきもの。使うべきものを正しく認識した。

「見せてやろう…俺の────全力を」

両腕を天へと掲げる。
天へと向けられた拳は、緩やかに降ろされ、左右へと伸ばされる。
範馬勇次郎の本気の構え。
地球に於ける凡ゆる“力”を捩じ伏せ、屠ってきた構え。
世界中の格闘家達も。北極熊も。規格外の巨象も。果ては軍隊。超大国でさえも。
屈服させ、敗北を認めさせてきた構え。

「ウォロロロ…どうやって治した?右腕」

「エフッエフッ…自分より強い相手と戦えるんだ。嬉しくってよう…。気づいたらあんな擦り傷は、治っちまってたよ」

かつてモハメド・アライJr.が、範馬刃牙と戦うに際して、『ベストコンディションである事』を条件とされた時。
昂る精神の働きが、肉体に宿りし力を呼び覚まし。
極超短時間で、砕けた四肢を回復させた事がある。
ならば、範馬勇次郎。
地上最強最大の自我(エゴ)と肉体を有する最強存在。
凡ゆる条理と常識を、腕力で捩じ伏せてきた雄(オトコ)。
勇次郎ならば、右腕の複雑解放骨折如き、瞬きする間に治しても、何一つおかしくは無かった。

スゴいね 人体💓

カイドウは何も言わない。
悪魔の実の能力も無しに、ああまで壊れた右腕が瞬時に治るとは、今までに常識の通じない出来事を数多く経験してきたカイドウをして、理解し難い事態だったが。

「そうかい」

勇次郎が言うのならば、その通りなのだろうと、疑いもせずに受け入れた。

「闘争とは力の解放だ」

勇次郎の右拳が握り込まれる。
強く。より強く。原子すら握り潰せる程に。

「己の全存在を乗せた“拳”は全てに勝る」

勇次郎の右拳が揺らめく。
全身の細胞が生産し続ける超巨大な熱(エネルギー)を、遥かに上回る熱量を、右拳だけで産み出している事を、カイドウは理解していた。

「ウォロロロロロロロ。来いよ、勇次郎」

八斎戒に膨大な覇気が纏われる。
勇次郎が見せる最大最強に、カイドウも遂に本気の一撃を放つ気になったのだ。

勇次郎の右腕が、鉄を思わせる色へと変色していく。
込められた力の凄まじき故に、鋼の質感を見るものに感じさせるのか、或いは本当に肉体が変化しているのか。
力が────大陸すら動かし、成層圏へと届く神の山嶺を形成するマントルの如き力が────勇次郎の右腕と拳に宿りつつあった。
精神が肉体に齎す作用。
花山薫が、人間模様や社会的事情。義理、責任、人情、約束、更には矜持や意地といった精神的な作用によって、神懸かり的な力を発揮するように。
勇次郎もまた、己の内にある全てを、拳へと込めていた。
己よりも強い者に出会えた歓喜。最強は己だという自負。
それら全てを握り込み。勇次郎は凶猛な笑みを浮かべて、カイドウへと走り出した。

カイドウの両手に力が籠る。
勇次郎の次に繰り出す拳が今までの攻防で最強の一打だと見てとった為だ。
渾身全力で振るわれる雷鳴八卦、
山すら軽くて砕くであろう剛打。
勇次郎の繰り出す最強の暴打と、八斎戒が接触し────。嵐を思わせる狂風が、勇次郎とカイドウを飲み込んだ。


~~~~

大気が鳴動し、風が唸る。
月光麗舞・シャムシールの最大威力の攻撃が、相打つ二個の怪物をみごとに屠った結果の、副次的に起きた現象だった。

「ハッ化け物どもが、くたばりやがったか」

勇次郎とカイドウの戦場の近くに居たのは偶然だった。
二人に気づかれずに接近して、気づかれぬままに隙を伺えたのは、勇次郎とカイドウの全ての意識が、互いへと向けられていた為。つまりは取るに足らない雑魚を認識しなかった為。
兎角、僥倖に恵まれて、エンシンは両者をここで殺さなければならないと即断。
機会を伺い、実行に移した。という流れで在る。


相打つ二人の隙を伺い。
作戦としては何らの過ちも無い。むしろ勇次郎とカイドウに対して、エンシンの卑小さを鑑みれば、唯一無二の取れる手段とさえ言える。
エンシンの採った手段は何一つとして過ちでは無い。
だが、エンシンは根本的な所で過ちを犯していた。


「ゲヒャハタヒャヒャヒャ!!!」

勇次郎とカイドウという、この地に集められた者達の中でも指折りの強者を同時に仕留め、エンシンは絶頂の気分に居た。
あんなバケモノがそう居るとは思えない。
その化け物どもを纏めて二人も殺せたのだ。
後はシュラと合流して、ワイルドハントが揃えば────。

目の前の光景が変わっていた。
漆黒の何処までも広がる暗闇と、点在する光点。夜空だ。

「ああ?」

気がつけば空中に居た。

「ガアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

絶叫。凄まじい痛みを背中に感じる。
汚い音。と形容するべき濁声が響く。宙を舞うエンシンの悲鳴だった。

「人の喧嘩に水挿しやがって…」

自ら垂れ流される濁音の中で、ハッキリ聞こえる声。
声の主を知る者ならば、自らに何の非が無くとも、命乞いを始めるかも知れない。
範馬勇次郎の声。それも、怒気と殺気を無限に孕んだ声。
今の勇次郎に僅かな刺激でも与えれば、その場で挽肉にされると、生存本能を持つ全生物に速やかに悟らせる声。
エンシンの知覚できぬ速度で背後へと回り、女子供の護身技と嘲る鞭打の一撃で、エンシンを打ち上げたのだった。

エンシンの犯した過ちとは。
高々不意をついた程度で。
この二個の超雄を打倒できると思い上がった事だろう。

「羽虫に邪魔されるとはよ…興醒めだ」

カイドウもまた健在。
シャムシールから放たれた特大の斬撃を受けて、五体の何処にも傷は無い。
覇気も纏わず、殺気も帯びず。ゴミクズを見る目で、地面に転がりのたうち回るエンシンを見ていた。
否。エンシンを視界に入れてはいるが認識している訳では無い。
道を歩く人間が、道の端に転がるゴミが視界に入っても、認識しないのと同じことだ。

「まだやるか?勇次郎」

「………いや、少し昔を思い出してな。気が萎えた」

勇次郎の胸中に去来する過去の光景。
息子である刃牙が色を知り、松本梢江に挑まれ、応えようとした正にその時。勇次郎は刃牙の寝室へ侵入して、松本梢江を祝福し激励して去ったあの晩。

今思うとあの時の刃牙の胸中がイヤと言うほど察せられる。
これから新たな高みにイケるという時に。
邪魔をされて水差されるのは。

これは嫌な気分だなぁと。
帰ったら詫びようかなと。

チョッピリそう思う勇次郎だった。
往年に比べれば大分丸くなった感が有る。

全勝宣言潰した寂海王殺さなかった辺りから、段々と丸くなっていっている様な。

「はぁ~~~。まぁ、仕方ねぇか」

カイドウもまた。八斎戒を収めた。
勇次郎はやはり配下に欲しい。
なればこそ、真っ当な形で撃ち倒し、従えたい。

「なぁ勇次郎。酒持ってないか?」

ケンカの余韻に浸りながら、水を注された憂さを晴らす為に、一杯やりたい気分のカイドウだった。

「有るぜ」

投げ渡されたのは、『鬼殺し』。勇次郎もカイドウも識らぬ地で生産された銘酒で有る。

「ウォロロロ。気が利くじゃねぇか。益々部下に欲しくなったぜ」

「其奴は出来ねぇ相談だな」

勇次郎はカイドウから離れて行く。もはやカイドウと闘わぬと決めた以上、此処に留まる意味は無い。

「またな、勇次郎」

「おう、カイドウ」

死闘の余韻に浸りつつ、両雄は異なる場所へと歩いて行く。

「生憎となカイドウ。お前の願いは絶対に叶えてやれねぇんだよ」

遠き日に定めた原初の我儘。
常に弱者に背を晒し、強者に向かって立つという在り方。
範馬勇次郎を、範馬勇次郎足らしめる我儘。
カイドウは勇次郎よりも強い。
そのカイドウの部下になるという事は、強者に背を向け、弱者に向かって立つという事だ。
それだけは、出来無い。
範馬勇次郎が、範馬勇次郎で在る限り。

「…カイドウの言っていた二人とやら、訊いとけば良かったなぁ」



【E –7@市街地】

【範馬勇次郎@刃牙らへん】
[状態]:疲労(中) 森口への怒り(極大) 愉悦(極大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1~2
[思考・状況]
基本方針:森口を殺す。
1:森口を殺す算段が整うまでは、適当に楽しませてもらう。
2:カイドウとは次会ったら決着をつける。
3:カイドウの言っていた二人とは…?

「こりゃ旨ぇ。此奴も持って帰るか」

強くそれでいて鼻につか無い芳醇な香り。
液状の火を飲んだ様に喉を焼く、それでいて後に尾を引か無い強烈な味わい。
そして、僅かに呑んだだけで、カイドウの巨軀へと廻る酒精(アルコール)。

美酒。というより他に無い。カイドウをして、そう呼ばせる酒だった。
明王。鬼、そう呼ばれるに相応しい獰悪な顔貌を、緩ませたカイドウは、足元から聞こえる音に、不快そのものの視線を向けた。

「…逃げていりゃあ、テメェみたいなゴミは、放っておいたんだがよ」

カイドウの足元で、エンシンは自分の顔を殴り続けていた。
戦っても勝ち目など無く。
かと言って逃げる事も出来ない。
ならば────予め自身を傷つけておく。
これ以上傷つけられない様に。
父親に怒られた幼児の如くに、自傷に勤しんでいた。
だが、相手はカイドウ。
偉大なる航路(グランドライン)に悪名轟く大海賊。
そんな文字通りの子供の浅知恵如きが通用する筈も無く。
脚を上げて、降ろす。
八斎戒を振るうまでもない。
海賊としての流儀で、飛び散った男の骸には目もくれず。支給品を回収すると、カイドウは適当な方向へと歩き出した。


【エンシン@アカメが斬る! 死亡確認】
【残り86人】


【E –7@市街地】

【百獣のカイドウ@ONE PIECE】
[状態]:ダメージ(小)、メンヘラ状態。
[装備]:八斎戒@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式×2 不明支給品0~4 鬼殺し@幽遊白書
[思考・状況]
基本方針:優勝後、森口も殺す。
1:次の獲物と酒を探す。  
2:大看板や飛び六胞の連中がいたら殺し合いに乗るのは考えるが、弱者は必要ない。
[備考]
※参戦時期は79巻793話、ワノ国篇以前より参戦です。
※勇次郎とは逆の方向へ移動しています




【支給品解説】
鬼殺し@幽遊白書
魔界の銘酒。酒好きの妖怪である酎のとっておきの酒。






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014『Opposing Souls 016『[[]]』
採用No.30『つよつよ最強エクササイズ(ハードコア) 勇次郎
採用No.24『八木俊典:イフ カイドウ
採用No.32『集結!秘密警察ワイルドハント エンシン

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最終更新:2026年08月23日 22:02