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『呪胎戴天』







本来の予定であれば、G-1に存在する自衛隊の駐屯基地を目指す手はずだった。
戦車の燃料や残弾の多くない戦車の徹甲弾を補充できるかもしれないし、首輪を外すための工具も手に入る見込みが高い。
それが才人とみほの提案であり、フリーレンもそれに乗った形だった。
何しろ、フリーレンの千年の知識の中でも地図に記載されていたのは馴染みのない施設ばかりであり。
シュタルクやフェルンがどこを目指すのか見当が付かなかったからだ。
首輪を外すための道具もいつまであるか分からない。それ故にまず道具を確保するのを優先した。


その矢先の事だった。フリーレンの魔力探知が強大な力を感じ取ったのは。


魔族と似た、しかし非なる殺意を孕んだ気配。
強大で、肌が粟立つ様な錯覚を覚える。一概に比べられぬとは言え総量は間違いなく名無しの大魔族、いや七崩賢レベルの手合いだ。
普段であればここまで強大な魔力の持ち主に目と鼻の距離まで接近されるまで気づかないなどまずありえない。
索敵能力の大幅な低下をフリーレンは意識せずにはいられなかった。
瀬戸際で察知する事ができたが、敵も此方の存在を察知したのだろう。ぴったりとついてくる。
接敵まで、もう時間は余り残されていない。


───解析は間に合う。問題はそこからだね。


みほから受け取った、彼女の最後の支給品。
今迫ってきている相手は、フリーレンの手の中にある支給品に籠められた力と同じ力の持ち主なのだろう。
であれば解析を優先する事には意味がある。あるが……それを考慮しても準備も策も万全とは言い難い。
フリーレン自身は生き残る自信はある、しかしフリーレン以外の全員が死亡する可能性が現状極めて高い。
ターボババアに関しては良い。むしろ不安要素が減る。みほに関してもできれば避けたいが重要度は低いとフリーレンは見ていた。
だが今必死に戦車を操縦し賊を振り切ろうとしてくれている才人は死なせるわけには行かない。少なくとも今は、まだ。
ならばどうする。場当たり的に撃って出る他ないか。並列して思案に耽るフリーレンに、車内無線で声がかかる。


フリーレンさん、お話があります。時間がないので手短に。


逃避行の最中、今の時点で概ね情報は共有している。
相手が恐らくこの島でもトップクラスの実力者であり、その参加者に捕捉されたこと。
離れようとしている此方を執拗に追跡してくる辺り、この命の授業に恐らくは乗った参加者であること。
この見込みは、意外にもみほと共に乗るターボババアも同調の言葉を述べた。
殺る気満々だぜこのクソだらぁ。低く重苦しい声で言うターボババアの言葉に嘘の感情は汲み取れない。


───提案だけどさ、このババアを囮にして逃げるってのはどーだ。
───よし殺す、テメェはグッバイ。


雑音の様なやり取りは無視する。
魔族に似た存在である招き猫を信頼する事に抵抗はあったが、フリーレンもまた同じ見解であり。
その事実は才人とみほに現状が瀬戸際である事をハッキリと示す。
そして、状況を認識したうえで西住みほはフリーレンに向け声を挙げた。
車内無線を通して届く声に出会った時の様な動揺の感情は感じられず。ただ静かな決意だけがそこに在った。



◆



───雑魚を1人逃がしたか、まぁいい。行くぞ。


あっ、あのっ!宿儺殿!私、ちゃんと……ちゃんと……やりますから、だから西住殿達を……


───お前と交わしたのは”縛り”だ。破れば俺も不利益を被る。
───尤も、それよりも先にお前が俺と結んだ契約を守れるか否かの話になるがな。


は、はい………


───安心しろ、貴様を矢面に立たせても意味はないことなど分かっている。
───俺が指示したタイミングで撃つだけだ。さっき俺に撃ったようにな。それが戦車道、なのだろう?


わかり……ました………







◆



佳い。
それなりに食いでのありそうな食材だ。
鵺の側面を強めた顎吐から降り立ち。
呪いの王、両面宿儺は目の前に相対する三人をそう評した。


「ババアの言う通り、やる気満々ってツラだけど…一応聞いとくぞ、お前は───」
「そこの呪霊」


既に全身鎧を纏い、背中の剣を握る才人を無視して。
宿儺の関心を引いたのは招き猫の姿で腕を組み宿儺を見上げるターボババアだった。
蜘蛛の巣を想起する、敵意を滾らせた瞳を向けられても平静を保ったまま平坦な声で。
呪いの王は問う。何故人間などと連んでいる、と。


「貴様ら呪霊にとって、この蟲毒…命の授業だったかは祭事に等しいだろう。何故あえて背く」
「敬語使えやクソだらァ。生意気なツラして年上に対するリスペクトがねぇ。
ワシャもうキャンパスライフを楽しむ歳じゃねぇし、グッバイする相手はワシ自身で選ぶ。それだけだ」


例えば目の前のクソガキとかな。
呪いの王を前にしても臆することなく。
宿儺に負けず劣らず不敵不遜な立ち振る舞いを保ち、ターボババアは挑発する。
いつでも生意気なのはテメェだろ。才人はそう口を挟みたい気持ちはあったが。
対峙するだけで手が小さく震えそうになる宿儺を前に、ターボババアの憎まれ口は頼もしさすら感じられた。


「そうか、まぁそれならそれで良い。時に貴様ら、西住の姓を持つ参加者に覚えはないか?」
「西住……!?」


宿儺はターボババアの挑発を意に介さず。次の関心である西住姓の参加者について尋ねた。
彼の問いかけに対し才人とターボババアの一人と一体は、眉根を寄せて宿儺の言葉に反応を示す。
知っている間だな。逃がした1人がまさに西住だったか?
存外早い再会になりそうだが、それならそれで目の前の下奴三人で遊んだ後捕えて小娘と殺し合わせるのも一興か。
心中で邪悪そのものの考えを巡らせている宿儺へ才人が返答代わりに問い返す。西住に何の用だと。


「なに、先ほどその西住という娘の知り合いと顔を合わせてな。探してやるのを手伝ってやろうと思った」


言葉と共に。
宿儺の背後にぐったりと項垂れ、意識がない様子の少女が現れる。
その少女がまとっていた衣服は、西住みほが着ていた物と同じ大洗女子学園の物。
そして特徴的なくせっ毛を見れば、みほが語っていた秋山優花里という名前にフリーレン達は行きついた。
ともすれば宿儺が保護し、本当にみほと再会させようと親切心で連れてきたのかとすら考えられる唐突な再会だった。
────意識がない様子の彼女を、狼男の様な黒色の猟犬が抱えていなければ。
察するに、人質ということらしい。


「………てめぇがクソ野郎だって事はよーく分かったよ、ぶちのめしてやるから覚悟しな」
「頭が高いな。良い、まずは身の程から教えてやろう」


犬歯を軋ませ剣を抜く才人を一笑に伏し、構えを取る。
天上天下唯我独尊。己の快・不快のみが活きる指針。そんな彼にとって。
ここで殺戮を行うことは紛れもなく快なる行いに他ならない。
呪力を練り上げ無邪気な子供の笑みを浮かべながら、呪いの王は幕開けの言葉を放つ。



───さぁ、始めるか。宴の時間だ。



◆



玉犬。
掌印と共に影を媒介とした十種影法術が誇る式神が敵対者に殺到する。
不定形ながら宿儺の膨大な呪力量により特級相当の呪霊すら無傷では免れないであろう猟犬たち。
しかし、完全に形を定めなかった事が裏目に出る事となる。


「へっ」


全身装甲を纏った才人が駆けた。
常人なら引き裂かれる以外に道はない黒色の群体(レギオン)だったが。
あいにく平賀才人は"常人"ではない。
戦意に呼応して輝くルーンは、ただの男子高校生平賀才人を伝説の使い魔ガンダールヴへと変え。
力のままに、黒い殺意の群れに対して才人は一閃を放つ。


「ほう……」


宿儺から関心の意志を伴った声が上がる。
不定形とはいえ全て合わせれば一級相当でもおかしくない玉犬の群れが一撃で消え去った。
否、吸い込まれたのだ。剣の切っ先に触れてすらいない。
恐らくは刀身の周囲に術式ごと呪力を取り込む防御膜が展開されている呪具。
それが宿儺の見立てであり、才人の握るデルフリンガーの特性を正確に見抜いていた。


「良い呪具だ」


担い手ではなく呪具に賞賛の言葉を述べながら、宿儺は呪力を籠めた影を伸ばす。
伏黒恵では不可能な呪力量に物を言わせた影そのものによる攻撃。
だがそれもやはりデルフリンガーの力の前には意味を成さない。
剣が閃くと共に、破壊困難なはずの流動の影が強制的に撃ち落とされ吸収されていく。
この事から不定形の十種影法術は無意味であると宿儺は判断した。
ならば次に選択する一手は決まっている。


「貫牛」


使い勝手のいい玉犬は万が一を考えここで切るカードではない。
脱兎や蝦蟇では目の前の鎧の剣士を止めるには荷が勝ちすぎている。
鵺、円鹿、虎葬、大蛇は既に能力を継承した顎吐を生み出した事で呼び出し不能。
最強の鬼札はまだ顕現できず、またできたとしても行うつもりはない。
であれば選択は二つ。貫牛か満象を置いて他にない。
その思考の元、掌印を新たに形作り完全に形を安定化させた式神を呼び出す。


「犬だろうが牛だろうが、何べんやろうと同じ事───!」
「アホが、ちゃんと相手をみろやクソガキ」


真っ向から才人が猛牛を迎え撃とうとした時。
横合いから衝撃が走り、もんどり撃って吹っ飛ばされる。
あにすんだこのクソ猫!才人は憤りの声をあげるが、自身を蹴っ飛ばしたターボババアは既に猫の姿ではなく。
禍々しい雰囲気を放つ老婆の姿へと変貌を遂げていた。


「……ッて、やばい!フリーレン逃げろッ!!」


呪文詠唱者の護り手たるガンダールヴの自分が道を開けたということは。
それはフリーレンの守りがいなくなったことを意味する。
あのババアやっぱ敵なんじゃないのか。そう感じながら才人がフリーレンへと視線を巡らせると危惧した通りの現実を目にする。
槍の穂先の様に一対の角を猛らせ、猛牛はフリーレンへと突進を行っていた。回避は間に合わない。
才人は人間の限界を超えたガンダールヴの身体能力で駆け出そうとするも、当然それを黙って見逃す宿儺ではない。
呼び出された不定形の玉犬の群れが再び才人とターボババアに殺到し、そちらへの対処に数秒の時を割かれる。
くそ、間に合わねぇ。才人が心中で毒づいた瞬間。


「人を殺す魔法(ゾルトラーク)」


フリーレンの杖の先端から白色の光線が発射され、貫牛の頭部を貫通し消失させた。
十種影法術で顕現する式神の中でも走力では最強の貫牛と言えど、直線しか移動できないその特性は致命的と言う他なく。
頭部を喪った猛牛は二歩、三歩不格好に歩くものの、フリーレンに到達することなく崩れ落ち霧散する。


「すげ…ルイズのエクスプロージョンみてぇだ」
『発射速度と正確さは年季の差だね。相棒があの牛と真っ向から撃ち合ってたら多分吹っ飛ばされてたよ』


じゃああのババアの判断正しかったって事じゃん。デルフリンガーの言葉を聞いてそんな釈然としない思いを抱きつつ。
それでもフリーレンの魔法の頼もしさに才人は声を挙げた。そしてこの結果に驚いたのは彼だけでなく。
この結果には宿儺も僅かながら瞠目させられた。
感じられる呪力の気配はせいぜい一級の数倍程度。にも拘らず自分が完全顕現させた随一の突進力を有する貫牛を一撃で消滅させるとは。



「……面白い」


ここで宿儺自身が動いた。
式神任せではない。呪いの王たる彼自身が攻勢に移る。
神がかっている。そう評される呪力操作と強化で全身体能力を天与呪縛、フィジカルギフテッドのレベルにまで引き上げ、フリーレンへと向かう。
当然フリーレンもそれをただ見てはいない。ゾルトラークの連射で迎え撃つが、しかし。
瞬間的に撃つゾルトラークの軌跡は直線的。射線を読むことに長けた宿儺には一発とて直撃しなかった。
何発か掠り宿儺の肉を消失させたものの、反転術式の治癒によって有効打とは言い難く。


(ふむ、やはりこの術式は単なる呪力の強化では受けられん。急所に直撃すれば貫牛の二の舞だな)


呪力による肉体強化の効果を完全に無視した貫通効果。
それは生半可な攻撃であれば呪力強化と反転術式で受けきれてしまう宿儺にとっても脅威と呼べる術式であり。
この地において初めて戦った黄金郷のマハトも似たような術式を用いていたが、ここまで洗練された物では無かった。
そう考えればこの術式を把握できただけでも、貫牛の犠牲は必要経費と言えるだろう。
把握さえしてしまえば、後は攻略のための算段を立てるだけだ。


「解」


ノーモーションの不可視の斬撃が空間を裂く。
狙いはこの場において最も脅威であるフリーレン。彼女の華奢な肢体を断つ殺意が呪いの王の手によって放たれた。
斬撃の総数は5、1級術師程度であればこの攻撃で肉体を五分割される攻勢だったが───
フリーレンの代名詞であるゾルトラークを応用した一般防御魔法によって届かない。
数十年間黄金都市に封じられていたマハトの扱うゾルトラークよりもより発展したそれは、五度の斬撃に晒されてようやく相殺される。
どうやら、扱う術式の性能そのものは御厨子よりも上らしい。その事実を受け止めつつ宿儺は認識した。


(まぁそれなら別にやりようはある)


術式の防御力はかなりの物、だが五条悟の無下限呪術ほどではないだろう。
今度は術式に依らない、物理的破壊力であればどうか試すとする。
刹那の思索に従い、デイパックに手を突っ込んだそれとほとんど同時に。


「油断もいいとこだぜ、刺青野郎」


玉犬の群れを下した才人が、デイパックに手を突き入れたタイミングを見計らったように吶喊する。
宿儺は残った腕で解の斬撃を放つが、今この瞬間に限れば不可視とは言え軌道は読みやすい。
デルフリンガーを目前に突き出して切り込めば、解の斬撃は全てデルフリンガーの刀身へと吸い込まれていく。
掌印を結ぶ暇も何か武器を取り出す暇もやらねぇ、才人はガンダールヴの力を全力で駆動し宿儺へと打ちかかる。
だが、呪いの王という壁は薄くはなかった。


「油断に見えている様なら訂正してやろう。これは余裕と───」
「余裕かますにはトロすぎんだよ、くそだらぁ」


才人の全力の斬撃も踊る様に躱し、余裕の笑みを見せる宿儺の側頭部に。
才人のように吸収できず、遅れながらも玉犬を下したターボババアのシャイニングウィザードが突き刺さった。
ゴッ!という鈍く重い音と共に宿儺の身体が回転しながら吹き飛んでいく。
ざまあみろ。ババアのサポートなのは気に入らないにせよ、女の子を人質に取る様な下衆が吹き飛んでいく様を見て才人は快哉を叫んだ。
だが、喜んでばかりもいられない。今のうちに西住の友達を助けなければ────

───止まらないで、そのまま攻め続けてサイト。

才人の思考を読んだかのようにフリーレンが叫ぶ。
その声に怒りの色はない。ただ距離があったため声を大きくせざる得なかったのだろう。
それでも感情の希薄そうなフリーレンが声を張り上げた事実は、才人に驚愕を及ぼす。
フリーレンの指示に従わないとヤバい。本能的な危機感から刹那の内に思考を切り替え、完全に下すべく意識を再び宿儺へと戻す。
次瞬そんな彼の視界を、眩い雷が埋め尽くした。

う、おぉおぉおおおっ!

叫び声と共にデルフリンガーを振り上げ、コンマ数秒。タッチの差で防御が間に合った。
純白の鎧ごと才人の身を焼き尽くそうとした雷は、危うい所で到達を阻まれる。
だが、才人の表情に高揚はなく。むしろ蹴られた反動を利用し、デイパックから武器である剣を引き抜いた宿儺の姿に戦慄が走った。
それも無理はないだろう。宿儺が今しがた引き抜いたのは天下五剣と名高い童子切安綱。
日本三大怨霊。大江山の酒呑童子の首を落としたと逸話で謳われる対神秘宝具なのだから。
あれに斬られれば死ぬ。濃密な死の気配はアルビオン軍と相対した時とそう変わりはなかった。



「さぁ───次はこれだ。凌いでみせろ」


そう大きくない筈の、しかし嫌に耳に残る声で宿儺が太刀を振るうと共に。
漆黒の雷霆が津波のように広範囲に広がり才人らへと押し寄せる。
デルフリンガーの吸収能力は強力だが、相手の魔法が余りにも強力であれば処理速度が追い付かない弱点を有する。
城一つを吹き飛ばすヘクサゴンスペルの暴風を受け止めた時などが良い例だ。
無茶いうな、クソが。経験から毒づいた所で迫りくる雷撃は威力が弱まったりしない。
覚悟を決めデルフリンガーと共に突撃しようとした所で、場の雰囲気が変わった事を感じ取った。
雷撃が弱まり、逆にデルフリンガーの処理能力が引きあがったのだ。


────シン・陰流。


それは呪術全盛の時代。
蘆屋貞綱によって考案された結界術。
凶悪巧者な呪詛師や呪霊から門弟を守る為に考案された。
弱者の為の"領域"。


────簡易領域。


ほんの一秒にも満たない時間。
才人が後方へと視線を動かすと、杖を構えたフリーレンの翠瞳と視線が交わる。
目は口よりも物を言うというが、彼女の瞳と所作は四つの事実を伝えて来ていた。
この結界は自分が張った物であること。この結界の中では相手の魔法の効果は減退し、才人の能力が向上すること。
そして、この結界を張っている間は結界の維持と移動しか叶わないこと。
それ故に、直接宿儺を抑える事になるのは、


───競り勝て、サイト。


そりゃガンダールヴは守りが本職だけどよ。
どいつもこいつも無茶言ってくれんなよ。フリーレンの視線に毒づきながらも、より強く才人はデルフの柄を握る。
この場で真っ向から宿儺の速度についていけるのは才人だけだ。故に才人がやるしかない。


「デル公ッ!」
『あいよ、やっこさんの魔法が飛んで来たら動かしてやる、だが───』
「分かってる!」


デルフリンガーの言いたい事はみなまで言わずとも理解していた。
アルビオン軍との戦いを経て、彼が思い出した担い手を動かす能力は強力だ。
だが、あくまでデルフリンガーを振るうのは担い手である才人の"心の震え"。
あくまで補助しかできない。
押し寄せる死の雷と斬撃の波濤は、才人自身が捻じ伏せる他ないのだ。
犬歯を軋ませ、全力で才人はデルフリンガーを振るう。


「ぉおおおおぉおおおぉらぁああああああッ!!!」


七万のアルビオン軍の雨のような攻撃を1人でやっているのだから信じられない。
ガンダールヴのルーンにデルフリンガーの魔法吸収能力とインクルシオの防御力、そしてフリーレンの簡易領域のバフと宿儺へのデバフ。
この5つが揃ってようやく均衡を保っているのだ。眩暈がしてくる。
一騎打ちで目の前の男に挑んでいれば、とっくに殺されているだろう。
だがそれでも才人はデルフリンガーを振り続けた。多少の打ち漏らしはあったが、インクルシオの防御力で受けられる。
宿儺の攻勢開始から1分余り。才人は28の斬撃と、17の雷撃を捌ききってみせた。



────中々に厄介だな。



才人が全力で捌く術式の雨を、涼しい顔で通常攻撃と言わんばかりに連発しながら。
呪いの王両面宿儺は才人の後方に控える術師、フリーレンをそう評した。
今目の前で宿儺自身に徹底抗戦している才人ではなく、フリーレンをだ。
簡易領域に、あの呪力強化を完全に無効化する精密砲撃は五条悟に及ばずとも脅威と言う他ない。
それでも領域展開が健在であれば問題のない相手でもあったが、今の宿儺は事情が違ってくる。


(二度目の領域展開は必中効果が減退していた。三度目は必殺効果も減退しているか、そもそも発動できない恐れすらある)


深夜から黎明にかけて、宿儺が放った領域展開は二度。
一度目の黄金郷のマハトに放った領域はマハト自身の黄金の硬度によって阻まれたが、必中必殺の威力を保っていた。
だが、次に蛇使いや電撃使いの童と交戦した時の二度目の領域展開。
蛇使いが卓抜した術師であったことを考慮に入れても、正規の簡易領域ではない結界に閉じない領域の術式効果が阻まれた。
この事から、本来の必中必殺を保った領域は放送までの時間で1度、仮に黒閃を決めても更にもう一度増える程度だろう。
それ以降は必中効果か、あるいは必殺効果が減退を見せる。つまり物量こそ凄まじいが防御可能の領域となる恐れがある。
そして領域展開には、宿儺すら無視できないリスクが存在する。


(領域使用直後の術式が焼き切れた時間にあの精密砲撃の飽和攻撃を受ければ、恐らく突破されるだろうな)


領域展開発動直後には特級術師ですら術式が焼き切れ、使用不能となる。それは宿儺とて例外ではない。
その間は呪具と呪力強化で凌ぐほかないが、フリーレンと呼ばれていた術師には呪力の防御を無視する砲撃がある。
加えて簡易領域の存在。通常であれば正規の領域展開に対する簡易領域は時間稼ぎにしかならないが。
あの女は簡易領域の掌握範囲を広げ自軍の他人すら効果対象としてプログラムする技量を有している。
万が一領域展開の展開限界時間まで粘られれば、窮地に立たされるのは宿儺側だ。いや、そもそも───


───目の前のフリーレンと言う女。どうやって簡易領域を習得した?


蛇使いと同じ、力量自体は習得してもなんらおかしくないと思える手練れだ。
だが、術式が付与されていないと言っても領域は領域。この命の授業が始まって数時間のうちに、独学で習得できるとは思えない。
何故なら彼女が扱う力は呪力に近しいが、同時に似て非なる物である。そう感じ取れた。
簡易領域を使える術師の展開を見た程度では習得は不可能だろう。であれば、一体どうやって。
この疑念を紐解かぬ限り、領域展開は毒杯を呷るに等しい。呪いの王は、現状をそう評した。


(とは言え領域無しでも殺せる算段は立てた。後は目の前の小僧をどけるだけ────ッ!?)


    ド


         ク

                ン     
                   ッ


フリーレンを攻略し、抹殺する算段を立てた。その直後。
猛烈な動悸が、呪いの王を襲う。明らかに偶然ではない。人為的なものだ。
フリーレンか?いや違う。未だ耳長の術師は簡易領域を展開したまま他の術式を使用した様子はない。
ならば小僧か?いやあり得ない。となれば、残るは────、


「────ッッッ!?」
「なんだクソだらぁ、知らなかったのか」


術式の攻勢が止み、才人のぎょろぎょろと血走った目で視線だけ動かして下手人を探る。
すると、ここまで最も割く意識のリソースが低かった老婆が。
先ほど"自分を追い抜きながら"速度以外は玉犬の群れにも手こずっていたと見られる呪霊の一体が、
ゆっくりと唇を動かし、ニィィイと笑む。



ターボババアに追い抜かされたものは、呪われる───、



(追い抜かした対象に現れる、条件付きの必中術式!)



小僧(虎杖)の中で見ていた釘崎という女。
その女が扱っていた反芻呪法が効果としては最も近いだろう。
魂そのものにダメージを与え、それを心臓と言う肉体の重要器官にフィードバックさせる。
不味い、この状況では術式が半ば使用不能。今攻められれば───
刹那の思考で窮地である事を理解した瞬間、正しく脱兎のごとく宿儺は駆け出す。
目指す先は決まっている。人質の元へだ。今まで出していた式神二種のうち玉犬は半ば固定していた為、現状も問題なく顕現している。
その為、迷うことなく先ほど手に入れた小娘の元へと駆けた。その背中を見て、才人達が考える事は一つだ。
追い詰められた宿儺は、人質を使おうとしている。


───させるか!


才人とターボババア二人の思考が交わる。
言葉も視線も交わす事無く、駆けたのは同時。言葉は不要だった。
今の状態の宿儺であれば追いつける。逃がしはしない。才人には今の宿儺の状態は知る由もないが確かめずとも分かった。
だって、今の宿儺はあの嵐のような術式の発動すらままならないのだから。
いける。才人は迷わず宿儺の方を追いかけた。宿儺と"射線が重なる"位置取りで。


「俺(ディフェンス)が守ってる間に攻撃(オフェンス)が試合をひっくり返す、ってな」


渾身の力でデルフリンガーを振るう。
宿儺もその手の童子切安綱を反撃として振るい雷撃をまき散らすものの、威力も規模も先ほどよりもかなり落ちている。
振るわれる切っ先の速さも、比べるべくもない。奴もロープ際と言うわけだ。
放たれた雷撃を吸収しそのまま大剣を叩きつけると、数メートル宿儺の身体が吹き飛ぶ。
いける、と思った。後はターボババアが、西住の友達を助ければ────、



───違う、罠だ。



背後で、フリーレンが再び声を張り上げた。
思考が一瞬空白に染まり、嫌な予感が背筋を駆け巡る。
何が罠だと言うのか。だって、宿儺は今俺がぶちのめしているじゃないか。
奴は弱っている、演技じゃないのは確かだ。仮に演技だとしても、デルフリンガーを構えていれば奴の魔法を喰らう恐れはない。
じゃあ、一体何が。そんな実体の掴めない危惧は直後に現実のものとなる。


……ド、グォオオオオオオンッ!!!


轟音。
それは才人も慣れているわけではないけれど、耳に覚えのある音だった。
破壊の杖と呼ばれていた、ロケットランチャーを盗賊フーケが呼び出したゴーレムに使った時に聞いたものと同じ。
ミサイルが発射された時の音。
それと共に全身に穴をあけて宙を舞う、ターボババアの姿が視界の端に映った。
そして、その光景を作り出したのは───ミニチュアの兵隊一個中隊を侍らせた、くせっ毛が特徴的な少女。
さっきまで才人達が必死に助けようとしていたはずの少女。秋山優花里だった。



◆



その時になって、やっとわかった。
何でワシが、みほ達の側に迷いなくついたのか。
何でワシが、あの顔に刺青入れたクソガキを一目見ただけでボキャボキャにしなきゃいけねぇクソ野郎だと思ったのか。
いけると思った。ワシは最速のババアだからよ。
みほの友達を助けて、入れ墨野郎をグッバイできると思った。

……嵌められた。ワシもヤキが回ったぜ、クソが。

"そこ"までブタ野郎だとは思ってなかった。
ああ、クソ。星子のトコにいなけりゃ、ガキ共と一緒にいなければ。
クソ豚ドグサレ刺青野郎はブチ殺せたかもしれねぇのによぉ。
……後は、このファッキンビッチな首輪のせいで上手くいくかはわからねぇが……賭けるしかねぇか。



◆



目が覚めた時に、まず感じたのは背中から感じた痛みだった。
次に身体を抑える獣の息遣い。
ぶっすりと背中に爪を一本突き立てられて、ぐりぐりと抉られている。
その事に気づいて、涙が溢れた。
痛い。どうして。助けて。誰か。頭の中がぐちゃぐちゃで、状況に全く追いつかない。
そんな時に、涙でぼやけた視界に何か怖い物がこちらに駆け寄って来るのが見えた気がした。


────これは誓約だ。お前が守る限り、俺もお前の知り合いに手は出さんさ。戦車道を続けるために『保護』してやってもいい。
────俺にとってはお前との約束など、どちらに転ぼうとどうでもいい…"破る"価値もない。


不意に、浮かび上がる言葉。今の私が…秋山優花里がやらないといけないこと。
そうだ、西住殿を…みほ殿を守らないと。まほ殿を殺してしまった私が。
これは戦車道なんですから。戦車道であれば死人なんて……出る筈が無いんですから。
何か怖いモノが迫ってきます。怖いです、みほ殿。誰か、助けて下さい。私が全部悪かったんです。
嫌です。まだあんこうチームで戦車道を続けたいんです。まだ何も……終わりにしたくないんです。だから。
千路に乱れた思考のまま、私は引き金を引いた。


「全軍……撃てェえええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!」


ライフル、手榴弾、ミサイル、戦車砲。
ありとあらゆる銃火器の洗礼を、真正面から"目標"は浴びて。
どさりと、地面に崩れ落ちました。
目標、全弾命中。普段なら最高だと快哉を叫びそうなその文字が頭の中にぼんやりと浮かんで。
でも、達成感や嬉しさなんてものは欠片もなくて。
ただ、ぼんやりと。疑問なのは。私を殺そうとしていたと思っていた怖いモノは、どうして。
どうして、私に向かって手を伸ばしていたんでしょう────、


────このクソ野郎が……ふざけやがって……ッ!!


男の子の大きな声に、びくりと肩が震えて。
ぼんやりと霞がかっていた意識が、そちらへと誘導されて。
私に付き従う兵たちと一緒に、声の方向へ振り向くと。
変な白い鎧を着た人が、私が契約した…顔に刺青を入れた方に剣を向けていた。
顔まですっぽりと覆われていたので表情は見えなかったけど、怒っているのは声だけで分かった。


「てめぇが……てめぇがあの子に変な魔法でも使って操ったんだろ!」
「残念だがそれは違う。俺と奴は確かに契約したが、自由意志を奪う様な物ではないし強制もしていない」


───全て、奴が自分の意志で行った事だ。
………ッ、刺青の方の言う通り。
私が……西住殿を、みほ殿に償うために。
まほ殿を撃って殺してしまったのを『試合』とするために。そう決めて。
全部自分の為に。自分の償いの為に。この命の授業が、戦車道と同じだと思うために、やった事だ。
だけど、男の子は私のそんな逃避を、許してくれなかった。





「そんなバカな話があるかよ…西住が友達だからって言うから、だから俺達は、あの子を助けようと……ッ!」





────え?
私が友達の、西住殿?それって……みほ、殿が?
みほ殿がこの近くに?いや、それよりも。男の子の言う事が本当であれば。
私は、みほ殿の仲間の方を。私を助けてくれようとしていた方々を。
まほ殿のように……奪ってしまったのですか?


「それで?憤るのは結構だが───それならもっと呪いを籠めてみろ!!」


打ちかかる男の子の剣を持っている剣で受け止めて。
残った方の手で、刺青の方は鎧の男のお腹を思いきり打ち据えました。
みほ殿と会って、私を、助けようとしてくれた方の、お腹を。
それを見て、私は。



…………全軍、射撃用意。


愚かな私には、もうどうすればいいのか分からなかった。
どうすれば、まほ殿を軽はずみな行いで殺してしまったのを償えるのか。
頭の中で、冷静な私の声が必死に止めている。おかしい事をしていると。
それをやってしまったら、きっと死んでしまうと。必死に私を生かそうとしてくる。
でも……私には、愚かな私が犯した罪に、みほ殿達に報いる方法がもうこれしか…思いつきませんでした。
だから。


───ダメだ。
───………ッ!バカ、よせ!!!


耳の長い、後ろで杖を構えた女の子と、さっき吹き飛ばされた鎧の男の子が私が何をしようとしているか気づいて、私を止めようとしていた。
間に合わないのはきっと承知の上で、私の方へと走ってくる。
その手前に立つ刺青の方は無表情で私を見ていた。
そんな中兵隊たちに狙いを変更させた私は、無我夢中で撃ったさっきとは違い明確に相手を狙って。
そして、刺青の悪い人を目標として私は命令を下そうと───


「パンツァアアアアア…………フォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」


ドシュッ

……結果は予想していた通り。
奇しくも、丁度私がまほ殿を撃ったのと同じ場所が燃える様に熱くなった。
胸の奥から真っ赤なものが込み上げて、ぼたぼたと零れ落ちて。
そして……崩れ落ちる。とても眠たくなる。


「莫迦が」


薄れていく意識の中で。
私を蔑む声が嫌に鮮明に響いた。
そうです、私が馬鹿だったんです。悪いのは…本当は全部分かっていたのに、まほ殿を撃った事に向き合えなかった私なんです。
みほ殿やまほ殿ではないんです。だから、血を流すのは私で最後にしてください。
私の大切な友達が…みほ殿達が、生きてこの島から脱出できますように。
私が……私達が愛した戦車道は命を奪う物じゃない、から。
どうか……どうかそう願う事だけは、許してください。



◆



とぷん。
小石が池に落ち波紋を生む様な音と共に、貫かれた秋山優花里の身体が影に沈む。
別に捨て置いてもいいが、先ほど優花里から回収した支給品を使えばまだ使い手があるやもしれない。
そう思ったが故の宿儺の措置だった。


「てめぇ……どこまで………!」
「勘違いするな。貴様らを撃ったのも、今しがた俺との契約を破ったのも全てこいつの意志だ。
こいつが他の参加者を殺す限りこいつとこいつの知り合いには手を出さない。そういう縛りだった」


秋山優花里が他の参加者を殺傷し続ける限り、両面宿儺は西住みほ、西住まほ、西住しほ、五十鈴華を傷つけない。
なお、この誓約を破った場合、違反者はお互いの術式により殺害される。
それが優花里と宿儺が結んだ縛りだった。だが優花里は最初の一人で音をあげたばかりか宿儺を殺そうとした。
契約違反は明白であり、それ故に彼女は玉犬によって粛清された。それが顛末だ。
だが当然才人はそんな事知った事ではない。


「どこまで腐ってやがるんだッ!!」
「当然だろう。俺は────」


剣閃が響く。
激突する剣の速さ、鋭さが先ほどより上がっていた。
感情が高ぶる事を条件とした出力向上の縛りでもあるのか。
そう考えた宿儺だったが、直ぐにどうでもよいかと思考を棄却する。


「"呪い"だぞ」


呪力強化による膂力の増強に頼らず、安綱によって大剣を受け止め。
そして、呪力を通す事で安綱から再び雷撃を発生させる。
雷撃そのものは剣士の握る大剣により吸収されてしまうだろうが、閃光は別だ。


「……ッ!?しま……っ」
「貴様は後だ」


一瞬閃光が網膜を焼き、視界が白く染まったタイミングに合わせて剣をはね上げる。
光と言う物は至近距離で浴びた場合、最も咄嗟に防御しにくい。
そこをついた技術によって、胴部分ががら空きになった才人の胴に容赦のない回し蹴りを叩き込んだ。
速さはフリーレンの簡易領域込みではあるが追いすがるだけのものがある、鍛錬や実戦経験もそれなりに積んできた。
だが、虚無の担い手なきガンダールヴではそれでも遠く及ばない。
相手は飛天、神武解の二つの呪具を駆使し、藤原北家直属『日月星月隊』『五虚将』を殲滅、
天使を含む安倍家の精鋭と菅原家余党で構成された『涅漆鎮撫隊』を退けた、およそ闘争と蹂躙に生涯の全てを費やした呪いの王なのだから。



「がァ……ッ!?」


蹴り飛ばされ、吹き飛んでいく才人を尻目に宿儺は新たな掌印を組む。
先ほどまではフリーレンの貫通魔法とターボババアの呪いのお陰で顕現させるのは憚られたが、今が好機だと判断。
これまでと同じく、才人と必ず直線上に顕現するように調整した上で式神を呼び出す。


「顎吐」


顕現した顎吐は宿儺の蹴撃から未だ立ち直っていない才人を更に殴り飛ばす。
ボーリングのピンの様に吹き飛ばされた才人は、そのまま吹き飛んだ先にあったハンバーガーチェーンに叩き込まれた。
鎧の防御力のお陰でそこまで大したダメージになっていないだろうが、まぁ今は後回しでいいと満足げに宿儺は向き直る。
今の宿儺の狙いは、会敵時からずっとこの場において厄介だと見ていた術師。
邪魔者と分断できた今、ようやく一対一(サシ)の勝負ができるという訳だ。


「……さぁ、これで一騎打ちだ。もうあの術式を使って構わ───チッ!」


宿儺はここまで才人の相手をしつつ、必ず才人と自分の射線が重なる様に立ち回っていた。
それが意味する所は一つ、先ほどの呪力強化を完全に無視する貫通術式を撃たせないためだ。
もしフリーレンがゾルトラークを撃ってしまえば、先に才人を貫いてしまう。
才人の存在は宿儺にとって紛れもなく障害であったが、最も危険な攻撃を避けるための盾でもあったのだ。
その為、今はフリーレンも簡易領域の展開を中断し、人を殺す(ゾルトラーク)の連射に戦法を切り替えている。
雨あられの様に致死の光線が飛び交う中、歴代最強の術師と魔王を討った魔法使いの視線が交わった。


受けて立つ。


単独で呪いの王を相手取る事になったにも関わらず。
フリーレンの鋭利な瞳に動揺はなかった。彼女の瞳の中に揺らめくのは、ただ静かな闘志。
もとより才人で押し切れればそれが最善であったのは事実だけれど、並行して二の矢の準備は済んでいる。
目の前の男は危険だ。ここで殺す。
有史において最も魔族を葬り去った魔法使いが、呪いの王の撃破に挑む。



「…さて、頼んだよ。みほ」



◆



───俺はな!あいつらの名前も知らねぇんだぞ!
───昨日会ったばかりだ!あいつら、昨日会ったばかりの俺達のために死ぬんだぞ!そんなのおかしいじゃねぇか!


宿儺の呼び出した顎吐に殴り飛ばされ。
ゴロゴロとみっともなく地面を転がりながら、才人は忘れられない。でも余り思い出したくない事を思い出していた。
アルビオンとの戦争に勝つため、トリステインの切り札・虚無として戦地に投入された自分とルイズ。
2人を目的地に送り届けるため、アルビオンの無双と謳われる竜騎士たちを相手に死んでいった、トリステインの竜騎士たち。
彼等は最期、どんな気持ちで死んでいったのだろうか。


「冗談じゃねぇ……冗談じゃねぇぞ……!」


少なくとも、自分はそんな最期クソくらえだ。
吐き捨てる様にそう呟いて、剣を握り締める。
なんで、なんで俺やババアがここで出会ったばかりの女の子のためにここまでしないといけねぇんだ。
そりゃ西住は可愛いけど、それでもルイズじゃない。俺にとっては少なくともルイズには及ばない。
幾ら脱出のためって言っても、命を賭ける義理はないはずだ。
愚痴を吐き出せばキリがなかった。


『相棒、目の前の使い魔は一撃で全身を潰さなきゃ倒せねぇ』
「だろうな。ここまで切り刻んでけろっとされてたら嫌でもわかるよ」
『逃げてもいいんだぜ。連中は娘ッ子じゃねぇ、相棒が命を賭ける義理はねぇし、あったって誰も責めねぇよ』
「………かもな」


こいつは本当、俺の理解度が高いな。才人は皮肉気に笑い、でも首を振った。
僅かな間をおいて、デルフリンガーが何でだいと尋ねる。
それに対し才人は一言でムカつくからと応え、デルフリンガーは苦笑するように鞘の金具を鳴らす。
そんなデルフに対し、才人はもう一言だけ付け加えた。


「何となく…ルイズなら戦えって、ほんで勝てっていう気がしたんだ。それだけだよ」
『ちげぇねぇ』


カカ、とデルフリンガーは笑い。異論を唱えたりしなかった。
そのやりとりが終わると同時に、顎吐の灰色熊染みた巨拳が才人を襲う。
それを紙一重で躱し、返礼の斬撃で怪物の腕を才人は切り刻んだ。
だが、直ぐに顎吐は腕を癒着し、早戻しの様に元に戻してしまう。
円鹿(まどか)の反転術式が継承された結果の能力であり、デルフリンガー以外の武装を持たない今の才人にとって最悪の相手だった。


(くそ……早くいかねぇと、フリーレンが殺される!)


遠雷の様な音や破壊音が響いている辺り、まだフリーレンは持ち堪えているのだろう。
だが、前衛で守る者がいなければ呪文詠唱者は苦しい戦いを強いられる。相手が相手なのでなおさらだ。
更に今の才人は顎吐に殴り飛ばされ、フリーレンが逃げたであろうポイントから大分離れてしまっている。
そして才人にはフリーレンの様な探知能力はない。戦闘音で大まかな方角こそわかるものの、このままでは間に合わない。
時間稼ぎが目的であれば、既に達成されてしまっている。


「ごっ…!」


顎吐にカウンター前提の拳を貰い、更にフリーレンがいるであろう地点から吹き飛ばされる。
腕を吹き飛ばされる恐怖もダメージもないのだから、向こうにとって相打ちは相打ちにならない。
インクルシオの防御力で大きいダメージはないが、反則だろこいつ。才人は心の底からそう思った。


「この、バケモンが───」


何度目になるか分からない怪物の拳を振り上げる動作に合わせ、剣を構える。
何とか全身を吹き飛ばさずとも仕留められる心臓部がないか探していたが、やはり難しいようだ。
では、どうする。頭脳をフル回転させて打開策を考えるが何も浮かばない。
だが、そのすぐ後の事だった、顎吐が霧散したのは。


「は……?」


才人が呆けた声をあげる。倒した訳ではないと思う。
では、敵が自発的に消滅させたのか?あの刺青野郎は何故そんな事を?
喜ばしいはずの事が起きたにも関わらず、抱いた感情は実体の見えない不気味さと危惧だった。
どう考えても、いい予感はしない。早くフリーレンの所に向かわなければ。
しかし自分はどこまで飛ばされた?フリーレンは今どの地点にいる?探していて間に合うのか───


「おいガキ」


特徴的なしわがれ声に、不意に身体が固まる。
まさか、そう思って引き寄せられるみたいに声が聞こえた方向に向き直った。
そこにいたのは、全身を撃たれ死んだと思っていた。禍々しい雰囲気を出す老婆。


「ターボババア!お前、死んだんじゃ……」
「ワシが小娘如きに殺されるかよ。年上舐めんじゃねぇぜ」


相変わらず憎たらしいババアだ。
そう思いながらも、今はこの憎まれ口もちょっと頼もしい。
口には出さないもののそう感じながら、才人は現状を説明しようとする。
だが、ターボババアは首を振って才人の説明に聞く耳を持たず。
あの耳長のババアの所に行きてぇんだろう。そう告げた。


「娘1人に殺されるワシじゃねぇが。今は療養中だ。
連れて行ってやるから、テメェの身体をワシに貸しな」
「か、身体を……!?」
「安心しろ、今のワシには憑りつくほどの余裕はねぇ。力を移すだけだ」


本当かよ。
実に胡散臭い話で、才人は僅かに逡巡する。
だが今は迷っている暇はない。どの道フリーレンが殺されれば、刺青の青年が引き返して来たら終わりなのだから。
才人は覚悟を決め頷いた。


「やるならさっさとやってくれ。時間が惜しい」
「へぇ、随分アッサリ決めたじゃねぇか。もう少し渋ると思ってたぜ」


軽口を叩きつつも、ターボババアも事態が逼迫しているのは理解しているのだろう。
禍々しい老婆の輪郭が薄れ、人魂のような姿かたちとなり。
そのまま背中から才人の肉体へと静かに入りこもうとする。


「別に、今でもお前のことは信用した訳じゃないけど───
でもババア。お前、これまでずっと西住やあの殺された子の味方だっただろ」


才人はいまでもターボババアの事はムカつくババアだと思っているが。
だけど、それでも振り返ってみればターボババアは一貫して少女達の味方だった。
あの女の子の事も本気で助けようとしていたから、銃撃を受けたのだろう。
才人はターボババアという妖怪を信じた訳では無いけれど、そこだけは信じていいと、そう思ったのだ。
フリーレンに話したら、いい顔は決してしないだろうが……、


「足引っ張んじゃねぇぞ、ババア」
「誰に物言ってやがる、クソだらぁが」


言葉と共に、ターボババアの霊魂が完全に才人の中へと侵入した。
その瞬間、才人のインクルシオを纏った姿が変貌し、胸の内側を言い知れぬ抑圧感が襲った。
妖怪をその身に宿すのはやはりノーリスクとはいかないらしいが、戦えない程でもない。
恐らくはガンダールヴのルーンが精神への影響を抑えているのだろう。根拠はなかったが。
加えて、今の状態であればフリーレン達の居場所が何となく感じ取れる。
ターボババアが言うには、霊力の探知能力との事だった。そして今までババアが見せていたスピードもある。
これならば。才人は脚部に力を込めながら、静かに呟いた。



「……行くぞ、あの刺青野郎に一泡吹かせてやろうぜ」



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前回 キャラ 次回
046『猿を探せ!』 047『さらば、また逢いましょう』
013『双月の騎士』 フリーレン 047『さらば、また逢いましょう』
013『双月の騎士』 才人 047『さらば、また逢いましょう』
013『双月の騎士』 ターボババア 047『さらば、また逢いましょう』
013『双月の騎士』 みほ 047『さらば、また逢いましょう』
039『壊れた娘の使い道』 宿儺 047『さらば、また逢いましょう』
039『壊れた娘の使い道』 優花里 047『さらば、また逢いましょう』


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最終更新:2026年10月03日 10:02