医療関連感染 >  ノロウイルス >  空気感染2009年1月


ノロウイルス感染症に関しては、感染隔離部屋の出入口の扉は開いておく選択が総合的に正しいと考える。

 あまり、新しい話ではなさそうだが、ご紹介。
 2009年1月21日(水)午後から始まった国立病院機構九州ブロックの平成20年度院内感染対策研修会での感染性腸炎(ノロウイルス感染症)の講義にて、以下の記事を紹介された。

バスケ大会の小中生ら262人、ノロウイルス感染…宮崎

 宮崎県健康増進課は17日、同県綾町で行われたバスケットボール大会に参加した小中学生や保護者ら262人が、ノロウイルスによる感染性胃腸炎を発症したと発表した。重症者はなく、全員回復に向かっているという。
 大会は今月10、11日、同町内の三つの体育館で行われ、小中学生44チームが出場し、選手、保護者など約800人が参加した。
 参加者は11日から下痢や腹痛などを訴え、宮崎市内の医療機関で受診。連絡を受けた県中央保健所などが13日から調査、協力の得られた19人の便を調べたところ、うち12人からノロウイルスが検出された。
 同課は「食中毒の可能性は低く、密閉された体育館での競技だったため、空気感染したものと見られる」としている。
(2009年1月17日 読売新聞)

 講義の最後に、「ノロウイルス感染者の隔離病室の出入口の扉は閉めた方が良いのか?」と質問したら「閉めて換気した方が良い」との回答だった。「出入口の扉を閉めると人工呼吸器患者がいてアラームが聞こえにくい場合があるが、院内感染対策としては隔離病室のドアの開閉はどうしたらよいか?」と続けて聞くと「院内感染対策としては閉めた方が良い」との返事だった。「出入口の扉の取っ手を複数職員が接触するリスク」も訴えたらご理解をいただいたが、結論として「院内感染対策としてはノロウイルス感染者の隔離病室の出入口の扉は閉めた方が良い。換気が肝要である。」とのことだった。

 また上記の記事関連で、2009年1月21日(水)20時現在で以下の記事もある。

ノロウイルス:バスケ大会参加の262人、集団感染--綾町 /宮崎

 県は17日、綾町の3体育館で10~11日にあったバスケットボール大会に参加した計262人がノロウイルスに集団感染したと発表した。1人が一時入院したが、全員快方に向かっているという。
 県健康増進課によると、大会に参加した小中学校の児童生徒、教諭、保護者らが吐き気や下痢などを訴えた。うち検便した19人中12人からノロウイルスG2が検出された。県は「密閉された体育館内での大会だったため、空気感染したとみられる」と説明している。
 約800人の参加者のほとんどは同じ弁当を食べたが、検便で検出された弁当調理者と大会参加者のノロウイルスの遺伝子配列が異なるため「食中毒感染ではない」と県はみている。【小原擁】
毎日新聞 2009年1月18日 地方版

 ノロウイルスの空気感染に関しては、国立感染研究所感染情報センターのサイトで2007年2月の以下のコメントがある。

ノロウイルスの感染経路(感染症情報センター 2007/2/16)

  2006年12月、東京都豊島区のホテルでノロウイルス感染症が集団発生した。その際の感染伝播経路の一つとして、「空気感染」という言葉がメディアをはじめとする各所で用いられている。本稿では、ノロウイルスの感染経路に関してこれまでに得られている知見を整理し、この言葉が適切かどうかを考察した。
 ウイルスや細菌などの病原体の感染経路は、アメリカ合衆国の疾病対策予防センター(CDC)が1996年に発出した「隔離予防策のためのガイドライン」に述べられている3つの感染経路が基本である。それは「接触感染」「飛沫感染」「空気感染」である。これ以外に、食品を介する感染、昆虫などの小動物が媒介する感染といった経路もある。
 同ガイドラインによると、飛沫感染(droplet transmission)とは、「微生物を含む飛沫が感染源となる人から発生し、空気中を短距離移動し、感受性宿主の結膜・鼻粘膜・口腔に到達する感染経路」を指す。飛沫は空気中に長くとどまることがないため、特別な換気は必要ない。また、空気感染(airborne transmission)は、「飛沫核(airborne droplet nuclei)(微生物を含んだ飛沫(droplet)から水分が蒸発した直径5μm以下の小粒子で、空気中を長く浮遊するもの)あるいは病原体を含む塵埃(duct particle)の拡散」によって発生すると記されている。
 一方、ノロウイルスの感染経路として、便や吐物に接触した手を介する感染(接触感染)と、ノロウイルスに汚染された食品を介する感染がよく知られている。それ以外に考えられる感染経路として、
(A)吐物や下痢便の処理や、勢いよく嘔吐した人のごく近くに居た際に、嘔吐行為あるいは嘔吐物から舞い上がる「飛沫」を間近で吸入し、経食道的に嚥下して消化管へ至る感染経路
(B)吐物や下痢便の処理が適切に行なわれなかったために残存したウイルスを含む小粒子が、掃除などの物理的刺激により空気中に舞い上がり、それを間近とは限らない場所で吸入し、経食道的に嚥下して消化管へ至る感染経路
が挙げられる。
 (A)は「飛沫」(5μm以上の大きさの粒子)による感染であり、「飛沫感染」という用語がおそらく適切であろう。飛沫感染が発生する距離は通常最大1m前後とされている。このような経路でのノロウイルス感染伝播は日常的に発生していると考えられる。一方、(B)については、小粒子が「塵埃」に相当し、「空気感染」の一種である可能性がある。
 過去に(B)のような経路で感染伝播したと考えられる事例の報告文献を3つ紹介する。
(1)Sawyer LA et al. 25- to 30 nm virus particle associated with a hospital outbreak of acute gastroenteritis with evidence for airborne transmission. Am J Epidemiol 1988;127:1261-71
 1985年にカナダ・トロントの600床の病院で起こった感染性胃腸炎アウトブレイクの調査結果。11月10-22日に救急外来を訪れた患者、患者家族、そこで働いていた医療スタッフ、清掃職員などに胃腸炎が発生した。以下のことから、11月10-14日にairborne transmission(空気感染)が起こったと推測した。
1. 11月11-12日に救急外来に来た人の間に異常に高い胃腸炎発生率(33%)を認め、さらにそこで長時間すごした人ほど高い発症率を認めた
2. 患者やスタッフと直接接触しておらず、短時間しかそこにいなかった清掃スタッフも発症した(39人中9人、救急外来の掃除をしなかった対照の清掃スタッフでは46人中3人)
(2)Gellet GA, et al. An outbreak of acute gastroenteritis caused by a small round structured virus in a geriatric convalescent facility. Infect Control Hosp Epidemiol 1990;11:459-464
1988年12月、ロサンゼルスの201床の老人施設で感染性胃腸炎のアウトブレイク。発症したスタッフのうち9人が、直接的患者接触や具合の悪いスタッフとの接触を否定している。これらの者の感染経路としてAirborneがあったかもしれない、という報告。
(3)Marks PJ, et al. Evidence for Airborne transmission of Norwalk-like virus(NLV) in a hotel restaurant. Epidemiol Infect 2000;124:481-487
1998年12月、あるレストランで発生した感染性胃腸炎のアウトブレイク。食事をしている人の1人がテーブルで嘔吐し、同日同所で食事をしていた人 126人中52人が48時間以内に発症。嘔吐した人から離れたテーブルでも感染者が出ている一方、同じレストランの別の部屋(区域分けされていた)で同じ日に食事をした人は全く発症しなかった。嘔吐した人からかなり遠くに座っていた人も感染したこと、嘔吐した客が座っていた場所は他の利用客の共通動線上にはないこと、などから、airborne route(空気感染の経路)が伝播経路として最も相応しいことを示唆する、としている。
 特に(1)の報告では、吐物や患者との直接接触の度合いが低い清掃スタッフがかなりの割合で発症しており、救急外来の清掃が発症の高いリスクになっている(RR3.8、p=0.029)ことから考えると、5μm以下の飛沫核が環境中に漂い、それを吸入・嚥下することによる感染伝播経路を考えざるを得ない印象がある。
 さて、東京都豊島区の事例であるが、報告されている通り嘔吐発生後数日が経過した嘔吐場所が感染伝播の原因になっているとも考えられる状況を見ると、(B)のような感染伝播経路はあり得ると考えるのが妥当である。嘔吐物などを不適切に処理、もしくは放置することにより、ウイルスを含んだ小粒子が環境(この事例の場合は床のカーペット)中に大量に残存した状態になる。そのような状態にある、床などの環境表面を媒介物(fomite)として、そこから塵埃(dust)が舞い上がり、それを吸い込んだ人が感染したと推定される。「感染症予防必携」(日本公衆衛生協会、2005年)では、空気感染(airborne infection)を飛沫核感染(droplet nuclei infection)と塵埃感染(dust infection)に分けている。CDCの隔離予防策ガイドラインには飛沫核感染および塵埃感染という用語はないが、空気感染の説明文を読むと飛沫核による感染と塵埃による感染の2種類を指し示していると解釈でき、同一の概念と考えて差し支えない。
 以上より、豊島区での事例は、空気感染の一種である塵埃感染という経路によって感染が拡大した可能性が示唆されている。
 名称はともかくとして、このような伝播経路により感染が拡大するのを抑制するためには、嘔吐物の適切な処理が最も大切である。同じ空気感染する疾患であっても、結核や麻疹などではヒトが感染源になる。ノロウイルスの塵埃感染の場合、感染源は嘔吐場所であり、自分で移動することもなく、その制御は容易なはずである。処理に従事する者はマスクと手袋など適切な感染防御を行ない、嘔吐場所を消毒するなどの適切な処理を行なう。その場所でウイルスを不活化することを目指し、周囲に拡散させないように気をつけることが大切である。

 ノロウイルス感染症隔離部屋の出入口の扉を閉めることは空気感染防御策として理に適っているかもしれないが、患者さまのクリティカルアラーム音が聞こえなくなるデメリットは大きい。一般的にノロウイルス感染症発病は直接生命維持に脅威をあたえる病態ではないことを考えると、ノロウイルス感染症に関しては感染隔離部屋の出入口の扉は開いておく選択が総合的に正しいと考える。
 また扉の開閉の動作を設定することは、院内感染症対策的には高頻度接触面(取っ手など)を複数人数で接触することを意味することも忘れてはならないと考える。

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最終更新:2009年02月15日 06:48
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