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3-5C
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【皇室検定】(3)歴史・ドラマ編5、近代皇室の光と影――明治から現代へ
3-5C:近代国家と皇室思想1――国体・皇国史観・戦時体制
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第21問 教育勅語
1890年(明治23年)に発布された「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)について、最も適切な説明はどれか。
A. 帝国議会が制定した教育基本法の一種で、国民の教育を法律によって規定した
B. 天皇が臣民に対して道徳的規範を示した勅語で、戦前の学校教育において重要な位置を占めた
C. 神道を国教として定め、全国の神社を国家機関にした法令である
D. 軍人に対してのみ忠誠と服従を命じた軍事上の勅令である
B. 天皇が臣民に対して道徳的規範を示した勅語で、戦前の学校教育において重要な位置を占めた
C. 神道を国教として定め、全国の神社を国家機関にした法令である
D. 軍人に対してのみ忠誠と服従を命じた軍事上の勅令である
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第22問 教育勅語と「忠孝」
教育勅語が示した道徳観について、最も適切なものはどれか。
A. 個人の自由と自己実現を道徳の最高原理とした
B. 天皇への忠誠だけを唯一の道徳として、それ以外の徳目をほとんど認めなかった
C. 親孝行、夫婦・兄弟の和、友人との信義などを含む徳目を示し、それらを国家への奉仕とも結びつけた
D. 仏教の輪廻思想を学校教育の中心に据えた
B. 天皇への忠誠だけを唯一の道徳として、それ以外の徳目をほとんど認めなかった
C. 親孝行、夫婦・兄弟の和、友人との信義などを含む徳目を示し、それらを国家への奉仕とも結びつけた
D. 仏教の輪廻思想を学校教育の中心に据えた
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第23問 「国体」という言葉
近代日本において盛んに論じられた「国体」について、最も適切な説明はどれか。
A. 日本国憲法における「基本的人権」を意味する言葉である
B. 日本の国家のあり方、とりわけ天皇を中心とする国家の歴史的・政治的な性格を論じる概念として用いられた
C. 江戸時代の藩の領域を示す行政上の用語である
D. 軍隊における階級制度を意味する言葉である
B. 日本の国家のあり方、とりわけ天皇を中心とする国家の歴史的・政治的な性格を論じる概念として用いられた
C. 江戸時代の藩の領域を示す行政上の用語である
D. 軍隊における階級制度を意味する言葉である
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第24問 天皇機関説
1930年代の「天皇機関説問題」で、天皇機関説を唱えた憲法学者として知られる人物は誰か。
A. 美濃部達吉
B. 北一輝
C. 内村鑑三
D. 吉野作造
B. 北一輝
C. 内村鑑三
D. 吉野作造
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第25問 天皇機関説の内容
美濃部達吉らが説いた「天皇機関説」の説明として、最も適切なものはどれか。
A. 天皇は国家そのものであり、国家より上位に存在する絶対的主権者であるとする説
B. 天皇は神ではなく、帝国憲法上の国家機関として統治権を行使する、とする憲法学説
C. 天皇は政治的権限を一切持たず、祭祀だけを行う存在だとする説
D. 天皇制を廃止し、共和制へ移行することを主張する政治思想
B. 天皇は神ではなく、帝国憲法上の国家機関として統治権を行使する、とする憲法学説
C. 天皇は政治的権限を一切持たず、祭祀だけを行う存在だとする説
D. 天皇制を廃止し、共和制へ移行することを主張する政治思想
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第26問 天皇機関説問題の展開
1935年(昭和10年)の天皇機関説問題について、最も適切な説明はどれか。
A. 美濃部達吉の学説が国会で高く評価され、政府の公式見解として採用された
B. 軍部が天皇機関説を支持し、政党政治家がこれを批判した
C. 天皇機関説が「国体に反する」として強く攻撃され、美濃部は貴族院議員を辞職するなど、学説への政治的圧力が強まった
D. この事件を契機に日本国憲法が制定された
B. 軍部が天皇機関説を支持し、政党政治家がこれを批判した
C. 天皇機関説が「国体に反する」として強く攻撃され、美濃部は貴族院議員を辞職するなど、学説への政治的圧力が強まった
D. この事件を契機に日本国憲法が制定された
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第27問 「皇国史観」
戦前・戦中期に形成された「皇国史観」について、最も適切な説明はどれか。
A. 皇室の歴史を否定し、日本を共和制国家として説明する歴史観
B. 日本の歴史を天皇・皇室を中心として捉え、日本の国家的使命や歴史的優越性を強調した歴史観
C. マルクス主義の唯物史観をそのまま日本史に適用した歴史観
D. 江戸時代以前の日本史をすべて神話として否定する歴史観
B. 日本の歴史を天皇・皇室を中心として捉え、日本の国家的使命や歴史的優越性を強調した歴史観
C. マルクス主義の唯物史観をそのまま日本史に適用した歴史観
D. 江戸時代以前の日本史をすべて神話として否定する歴史観
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第28問 「八紘一宇」
戦時期に盛んに用いられた「八紘一宇」という理念について、最も適切な説明はどれか。
A. 日本国内の地方自治を強化するための政治理念
B. 世界を一つの家のようにするという意味を持つ古典的表現が、近代には日本の対外的使命を正当化する理念として利用された
C. 明治政府が廃藩置県を実施する際に定めた行政理念
D. 戦後の日本国憲法が掲げた国際平和主義の公式名称
B. 世界を一つの家のようにするという意味を持つ古典的表現が、近代には日本の対外的使命を正当化する理念として利用された
C. 明治政府が廃藩置県を実施する際に定めた行政理念
D. 戦後の日本国憲法が掲げた国際平和主義の公式名称
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第29問 「思想統制」と軍部の台頭
昭和前期における思想・言論への統制について、最も適切な説明はどれか。
A. 共産主義などの左派思想への警戒だけが存在し、天皇制を批判しない思想には基本的に自由が保障されていた
B. 国家体制を批判する思想への弾圧が強まる一方、国家・天皇・軍部に対する批判も「国体」への反逆として問題視される傾向が強まった
C. 政府は軍部の政治介入を防ぐため、言論統制を全面的に撤廃した
D. 思想統制は1945年の敗戦後に初めて始まった
B. 国家体制を批判する思想への弾圧が強まる一方、国家・天皇・軍部に対する批判も「国体」への反逆として問題視される傾向が強まった
C. 政府は軍部の政治介入を防ぐため、言論統制を全面的に撤廃した
D. 思想統制は1945年の敗戦後に初めて始まった
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第30問 戦前から戦後へ
戦前の「国体」・皇国史観・国家と天皇の関係をめぐる思想と、戦後の象徴天皇制との関係について、最も適切な説明はどれか。
A. 戦後も戦前の皇国史観と国体思想は、そのまま国家制度として維持された
B. 戦後は皇室そのものが廃止され、天皇という制度は存在しなくなった
C. 戦後は戦前の国家体制を全面的に否定する一方、天皇制そのものは象徴天皇制として再構成され、戦前とは異なる法的・政治的位置づけとなった
D. 戦後は天皇が再び統治権を総攬する体制に戻された
B. 戦後は皇室そのものが廃止され、天皇という制度は存在しなくなった
C. 戦後は戦前の国家体制を全面的に否定する一方、天皇制そのものは象徴天皇制として再構成され、戦前とは異なる法的・政治的位置づけとなった
D. 戦後は天皇が再び統治権を総攬する体制に戻された
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