3-361「Real-Roman-Relation」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――関係
   
   
    道路の上でヤキソバが焼けるんじゃねぇかってくらいに暑い日だった。
    朝から鳴きっぱなしの蝉たちの継続力には心底から敬意を表したい。昨日友人に
   叱咤を受けて、今日から学校の授業をマジメに聞くことにした俺だが、昼を前にし
   てギブアップ。午後の授業は睡眠欲の充足にあてた次第である。「継続は力なり」
   を鵜呑みにするなら、おそらく俺は妹よりも弱いのではなかろうか。
   「期待はしてなかったけどね。せめて三日は持つと思った」
    背中のやや後ろから聞こえる不満げな声は佐々木のものだ。こいつが俺を叱咤し
   た張本人なのだが、毎日継続して勉強することに関して佐々木の右に出るのは車胤
   か孫康くらいだろう。いや、佐々木なら蛍雪の功も地で行きかねない。
   「キミの評価は過大だよ、キョン。僕はいつも必要最低限の勉強しかしていない」
   「こうして週3で塾に通っててもか?」
   「キミは毎日通ってもいいくらいだと思うけどね」
    そう言って、佐々木はいつものように虚飾のない顔で笑った。
    いや、俺の自転車の後ろに二人乗りしてるわけだから実際には表情は見えないん
   だが、最近見慣れてきたせいか、その顔はいつでも脳裏に浮かぶ。
    新手のサブリミナル効果か。
    俺が視覚と脳の関係についてややなげやり気味に思索していると、
   「そういえばキョン、今朝キミの机に何か落書きがなかったか?」
    などと、妙なことを聞かれた。
   「なんだ?お前が何か書いたのか?」
   「いや、僕の机には落書きがあったからね。もしかしたらと思っただけだよ」
    はてさて。フリーセルの#11982のように難解なことを言う。
   「別に難解じゃないさ。ただ僕の机にあった落書きってのが、キミと僕の名を連ね
    た相合傘だったんだ」
    ……ははぁ、なるほど。そういうことか。
    クラスの連中も毎度毎度飽きないな。
   「ちなみにキョン、フリーセルの#11982は解けないよ」
    はいはい、そう言うと思ったぜ。見たまんま、佐々木はこういうヤツなのだ。こ
   の佐々木が誰かと『つきあう』って?馬鹿馬鹿しい。そんな話を信じるくらいなら、
   某国のUFO研究施設の存在のほうがまだ信じられるね。
   「失礼だなぁ。キミは今、僕の乙女心を大いに侮辱したよ」
    言って、それから、佐々木は自分でくつくつと笑いだす。
   「いや、悪いね。今のは少々無理のあるジョークだった」
    馬鹿野郎。今一瞬、本気で謝ろうかと思った俺に賠償金をよこせ。
   「なんだ、本気にしたのかい?君も随分とロマンチストなんだな」
    悪いがお前ほどリアリストにはなれねぇよ。
   「違いない」
    肩に乗っている佐々木の右手に、やや力が入った気がしたが、多分気のせいだ。
   「だが、クラスの女の子たちのロマンぶりに比べれば、キミは随分と現実を見てい
   ると思うよ。いや、現実にヒネていると言うべきかな」
    背中越しに佐々木の笑い声が響く。
   「キミはロマンチシズムに憧れながら、でも確かなリアルに立脚してるのさ。UFOを
   見たとか、幽霊にあったとか、その手の話を聞くとワクワクするだろ?でもキミ
   は同時に、それらをとても冷めた目で見ている。ありえない、とね」
    佐々木はそこでいったん言葉を切って、続けた。
  「僕らはね、少し似ている」

    いつのまにか蝉の声はやんでいた。
   「今日もね、クラスの子たちに聞かれたんだ。キョン、キミとキスしたことがある
   か、ってね。彼女たちは本気で信じてるのさ。唇を重ねるだけで、人間関係が劇
   的に変わるってね」
   「……着いたぞ、佐々木」
    降りろ、と言おうとして、
   「僕はね、彼女たちに憧れるよ」
    ぽつん、と。
   「お前――」
    その声に、なぜか取り返しのつかないものを感じて、振り返った俺の口に、
    ちょん
    と、何かカサついたものが触れた。
   「どうかな?キョン。僕らの関係は、5秒前と比べて何か劇的に変わったかな?」
    すっと離れながら、いたずらな笑みを浮かべる謎人間。
    あっけに取られる俺をよそに、佐々木はさっさと歩いていく。
   「どうした?キョン。遅刻するぞ」
  「佐々木、お前、今の……」
   「なに、ほんの実験だ」
    佐々木の頬が赤く見えるのは、俺のロマンチシズムのせいかもしれん。
   「さしあたって結果判定は……そうだな、今日の帰り、キミがアイスを奢ってくれ
   るかどうか、ってとこか」
    かもしれん、が。
    どうしようもなく上がってる俺の心拍数は、まぎれもなくリアルで。
   「ちなみに僕はハーゲンダッツ党だ」
    初めて見る佐々木の満面の笑顔も、やっぱりリアルなのだった。


   
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最終更新:2008年01月28日 22:32
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