塾の時間までしばしの時間があったので、俺と佐々木は近くの公園のベンチに腰掛けて一
休みしていたとき、どういう流れかその話題になった。
「キョン、君はその、ちょっと人には言えないような性的嗜好は待ち合わせていないかい?」
おい佐々木、こんな真っ昼間から、なにを言い出す。そういうのはだな、健全な男子中高生
とかが修学旅行の長い夜とかに話すものであって、真っ昼間の公園のベンチで女子が口にし
ていい話題じゃないぞ?
「それほどディープな話ではなくて、いわゆるフェチズムとか萌えという概念についてだよ。僕には
いまひとつ理解できなくてね。なぜそんな細かな属性ひとつで、性的な興奮を得られるのか、
僕にとっては相対性理論を理解するよりも難しいことなのだよ」
そういってくっくっと笑った。
「顔の美醜や胸の大きさなら、まだ分からないでもない。でもね。髪型やその色とか、靴下
の長さや色とかになると、なぜそんなものに性的な魅力を感じるのか。僕には異次元の物理
法則を理解しろと言われているに等しい気がするよ」
まあ、それはその個人の嗜好であって、それも第三者から見ると似たような嗜好を持っていたと
しても、必ずしもそいつら同士が分かり合っているわけでもないような。
「そこで、手近なサンプルとして、キョン、君の嗜好について聞いて見ようと思ったのだよ。ひとつの
事例をすべてに当てはめるわけにはいかないだろうが、ひとつを知ることによって全体を知る手が
かりになるんじゃないかと思ってね。で、キョン、何か持ち合わせていないかい?」
佐々木、そんなものを聞いてどうする?
もし俺が昆虫の交尾を見るとどうしようもなく興奮するとかのド変態だったりしたら、明日から
も友達づきあいを続けてくれるのか?
俺の言葉にしばらくきょとんとしてたが、佐々木はすぐにいつもの笑い声を上げた。
「そういう嗜好を持ち合わせているのかい?」
「例えだ、例え」
「くっくっ。例え、君がそういう嗜好を持ち合わせていても、それが犯罪行為でなく社会生活を営む
上で支障が無いのならば僕にはそれをどうこういうつもりは無いよ。なぜ君がそういう嗜好を持つに
至ったのか思索するのは、実に興味深い時間になるかもしれないがね」
趣味の悪い奴だ。
「で、実際のところどうなのだ?君は何かこだわりをもっているのかい?スカートの種類や長さとか、
靴下やストッキングの長さや色や、あるいは眼鏡の有無とかは?」
ええい、しつこい、俺には眼鏡属性は無い!
「ああ、キョン、僕は哀しいよ。君ならば僕のこの知的好奇心を満たしてくれるものと期待していた
のに」
勝手に期待するな、それにもう塾の時間だぞ。
「ほら、さっさと乗れ」
自転車に乗って塾に向かう間にも、佐々木はそれとなく聞いて来るが、俺はそれをはぐらかし続けた。
そりゃあそうだろ、中学生の男子が同い年の女子に聞かれて、おいそれと答えるわけにはいかない話
題なんだから。
俺に答える気が無いことを理解したのか、さすがにその日の塾の帰りのときやそれ以降、佐々木がこ
の話題を出すことは無かった。
だが、時々あの時のことを思い出すと、ひとつの可能性を夢想する。
もし俺がポニーテール萌えだと告白したら、あいつは髪の毛を伸ばしてくれたのだろうか、と・・・。
最終更新:2008年01月28日 22:35