「キョン、今日が何の日か知っているかい?」
「ん?今日か?すまん、何日だったかすら覚えてない。」
「それくらい覚えていたまえ……まったく君という奴は。今日は2月14日だよ。」
「なんだ、簡単じゃねえか。2月14日といや煮干の日だ。全国煮干協会が語呂合わせで決めたらしいな。」
「………………。」
「どうした、佐々木。」
「いや、まさかそんな答えが返ってくるとは、ね……いいかいキョン、今日は世間一般ではバレンタインデーと呼ばれる日だ。」
「ああ、菓子メーカーの……そういやそうだな。で、それがどうしたんだ?まさか、俺にチョコでもくれるのか?」
「そのまさかさ。」
「意外だな。お前はこういうのは嫌いなのかと思ってた。」
「聖人を称えるのも、人々が他人に気持ちを伝えるのも別に悪いことじゃないよ。」
「菓子メーカーの陰謀だとは思わないのか?」
「キョン、それこそ論外だ。企業が利益を追求するのは当然の行為さ。その為の情報操作や誇張宣伝は、法に触れない限り正当にして常套な手段だ。」
「ふーん、そんなもんかねぇ。」
「そんなものだよ。かくいう、僕も大切な人に想いを伝えんとする大衆の一人にすぎない。まぁ、日本の慣習について議論するのはまたの機会にしよう。」
そうして僕は紙袋の中に手を入れ、丁寧にラッピングされた包みを取り出した。
「ハッピーバレンタインだ、キョン。」
「おう、ありがとうな。しかし、随分と高そうだな。いいのか?俺にこんなものを……」
「くっくっく、ついさっき言ったばかりで何だが、実は僕もお菓子メーカーの陰謀に踊らされるのは少しばかり癪でね。せめてもの抵抗のつもりで、調理用の安物のチョコを買う以外は市場に貢献していないんだ。」
「ってことは、お前の手作りなのか……」
「湯銭で溶かしたものを型に流し込んだだけの『手作り』だがね。」
「原料から作ってる奴なんざプロにもいねえだろうよ。」
「くっくっく、確かに君の言う通りだね。ともかく、このチョコの原価はとても安いものさ。にも関わらず、君がそれを価値あるものと評価してくれたのは、単に僕の愛が君に伝わったと見ていいのかな。」
恥ずかしがり屋な理性を誤魔化すために、僕は少しおどけた口調で彼に言う。
「愛ねぇ……そういうことを軽々しく言うのは年頃の娘としてはどうかと思うぞ。」
「君は僕が軽い気持ちで言っているように聞こえるのかい?」
思わず口をついて出た言葉からは、感情が消えてしまっていた。
どうやら、僕の発言は同年代の女の子がするようなさりげない、それでいて臆病な告白のように受け取られてしまったらしい。
彼は驚いたように目を見張って、バツが悪そうに顔を背けた。
「……すまん。」
「いや、気にしないでくれたまえ。一般的な見方をすれば、そういった勘違いも不思議ではない。ただ、僕が言った愛はあくまでも友愛のことさ。僕は日頃の感謝を込めて送ったにすぎない。それ以前に、僕に恋愛は向いていない。慣れないことはしないものさ。」
「お前も見てくれは可愛いと思うぞ。口調さえ直せば、結構モテそうなもんなんだがな……」
「くっくっく、君が僕のことを褒めようとしてくれているのはよく分かるよ。一応ありがとうと、言っておこう。しかし、僕が恋愛に向いていないのは精神的な部分の問題なんだ。僕はつまらない人間だからね――これは謙遜なんかじゃないよ――だからこそ、他人に底を見せてしまうと飽きられてしまう気がしてね。怖いんだ。」
「心外だな。」
今度はキョンがむっと眉をひそめた。
「くっくっく、勘違いしないでくれたまえ。もちろん、君のことをそんな風に思ってる訳じゃない。一般論として、ある程度の仲になると健常なオトコノコはみんな勘違いをするものさ。まぁ、その場合僕にも非はあるんだがね。でも、相手が自分に恋愛感情を抱いていると感づいてしまうと、どうしようもなく心が冷めてしまうんだ。これは僕の意思じゃないし、ましてや望むところなどではない。ときに、君は男性に言い寄られた経験はあるかい?」
「あったとしても、言いたくないな。未来永劫記憶の底に沈めておきたいものを、わざわざサルベージするほど自虐趣味じゃない。」
「くっくっく、まあ深くは聞かないよ。つまり僕が言いたいのは、そういうことさ。僕の目にはみんなが同じように見えるんだ。いや、勘違いしないでくれたまえよ。何もバイセクシャルという訳じゃない。むしろその逆さ。仲がいいと思っていた人間に対して同性に言い寄られたかのような生理的な嫌悪を抱いてしまう……僕はそんな自分が大嫌いだ。故に、僕は恋愛を望んでいない。」
「難儀だな。」
「全くだね。周囲の目からは僕が弄んでいるように見えているかも知れない。僕はただ共に語り、笑い、一緒の時間を共有したいと思える親友が欲しいと思うだけなんだがね。実際はそうはいかないのが人間の性だ。異性の場合は、ね。」
「同性なら気兼ねしなくていいんじゃないのか?」
「彼女たちの場合、異性とは違ったしがらみがあるんだよ。」
「女は色々あるってことか?」
「何とも乱暴な表現だが、あながち間違いではないね。」
「ふーん、いまいちよく分からんな。」
「くっくっく、それでこそ君だよ。」
「何か引っかかる言い方だな………まあいい。それはそうと、ホワイトデーはどんなものが欲しいんだ?俺は親にしか貰ったことがないから、返したことなんてないんでな。どんなものが喜ばれるかなんて検討もつかん。」
「そうだね、強いて言うなら………ああ、止めておこう。」
「何だ?いらないのか?」
「くっくっく、そういう訳じゃないよ。君のセンスを試したい。君が僕をどう見ているかを知りたいんだ。だから、これは君への課題だよ。精々頑張りたまえ。」
「やれやれだぜ。俺はそんなにセンスのいい人間じゃないんだがな。」
「くっくっく、期待して待っているよ。」
本当はね、君がくれるなら何でもいいんだ。
僕はね、君に愛されていることを実感したいんだよ。
君が僕のために頭を悩ませて、僕に何かを分け与えてくれる。
その行為こそが、最高の贈り物なんだ。
愛しているよ、キョン。