34-647「佐々木さんの、子猫の目の甘い日々8 織姫ファンタジアの巻」

佐々木さんの、子猫の目の甘い日々8
織姫ファンタジアの巻

例年より少々早く梅雨が明け、夏への扉が今まさに開かんとする頃。
とはいえ実際には梅雨の湿度と夏の暑さが同居して、
クーラーという文明の利器がなければぶっ倒れそうな今日この頃。
俺の部屋の窓にも、曇り空を背景にして、妹がぶら下げた笹が揺れている。
今日は7月7日。全国的に七夕である。

「笹の葉 さらさら のきばに揺れる♪
 お星様 きらきら 金銀砂子♪」
穏やかに、ハミングするような調子で澄んだ声が流れる。
こういうことをやりそうな妹のそれではない。
あいつだったら、全部ひらがなで音引きつきで表記せざるを得ないような、
そういう調子でしか歌えないに決まっている。
という訳で、今日もシャシャキ様はご機嫌で、電熱器と毛布を取り払った炬燵
(実質平机である)でゆらゆらとリズミカルに尻尾を揺らめかせながら、
短冊に何か書き込んでいらっしゃる。

そういやシャシャキ、今更こんなこと効くのもアレだが、「のきば」って何だ?
「ああ、それはね。「軒端」と書いて、文字通り軒の端や軒のあたりを指すのだよ。
日本建築が日常のものでなくなってしまった以上、なかなか実感できない言葉ではあるね」
なるほどねえ。確かに最近の家じゃ、軒は普通ないもんな。
「七夕の歌も、人口に膾炙しているわりに、意味はあまり知られていない歌だからね。
例えばキョン、「金銀砂子」が何か知っているかニャ?」
……解説を続けてくれたまえシャシャキ。
「あれは金や銀の砂をまいたような星空、という意味ニャんだそうだよ。
 ほら、蒔絵細工で金粉がちりばめられているのを見たことはあるだろう。
 あのように、星々が空一杯に輝いている様子を言うのさ。
 昔は今と違って夜に明かりなどなかったから、さぞかし綺麗な星空が見えたのだろうね」
まあ、それでも七月七日は曇りが多い時期だし、どうだったんだろうな。
「昔は旧暦の七月だから、現在だと八月中旬くらいだろうし、実際はどうだったのだろうね。
 ただ、旧暦の七月七日というのは、必ず上弦の月で、月が早くに沈むようだから、
 晴れていれば、天の川は観測しやすかったのではないかニャ」

こういう薀蓄を語るときのシャシャキは、本当に生き生きとしている。
そんな考えが浮かんだせいか、ぼんやり見つめていたシャシャキと不意に目があってしまった。
い、イカン。何故妙にドギマギしてしまうのだ。
「そ、そういやシャシャキ、そもそもなんで七夕って書いて「たなばた」って言うんだ」
とっさに口をついた質問に、シャシャキの大きな瞳がキランと輝く。
しまった。逆に地雷踏んだか。
「それは良い質問だねキョン。
 そもそも七夕とは、中国の「乞功奠(きこうでん)」の際に、裁縫や機織などの上達を願ったものが大元で、
 それが日本で「棚織津女(たなばたつめ)」伝説と結びついた宮中行事となったものでね。
 その「たなばた」の音を「七夕」に宛てた結果なのだよ。
 五色の短冊を飾るのも、中国の五行伝説に基づいた五色に、日本の宮中の和歌を送った風習が混じっており、
 さらに短冊を飾る笹の葉は、祖霊の依代であって、様々な風習が非常に混交したものだと言えるだろう」
し、シャシャキが止まらん。変なスイッチ押しちまったか。
一瞬あせったが、その内心を読み取りでもしたか、シャシャキはくすりと微笑むと、自慢の舌鋒を緩めた。
「と、まあ聞きかじりの起源話はいくらでもあるのだけれど、そうした由来にあまり耽溺しても、退屈なだけだろう。
 元が何であれ、今は願い事を笹に飾り、織姫と彦星に願う祭事、であって、
 中国古来の風習と、日本の風習が混じったもの、と押さえておけば良いのではニャいかな」
そう言うと、シャシャキはまた短冊に丁寧な筆致で何事かを綴る作業に戻った。
そうしてくれるとこちらも色々と助かるよ、シャシャキ。

ところで、お前さんは一体何を願うんだ?
「ああ、『~驚愕』が早く発売されますように、と書いていたのだよ。僕の活躍シーンはこれからだからね」
グボハァ。
素で噴いた。ち、ちょっとシャシャキさん!!
「大声で何だね、キョン?」
そ、そういう話題はご容赦いただけませんか。というかルール違反だろ、ソレ。
「何がかね? ああ、メタな話題というのは、SFにはつきものではニャいかね」
つきものじゃない、つきものじゃない。
「しかし不思議だね、キョン。何故か昨年も君とこうして七夕について語っていたような気がするよ。
 その時も、早く新刊が出ますようにと願った記憶があるのだが、あの頃はすぐにでも新刊が出ると……」
さ、さらに危険な方向に! 
シャシャキ、そっちに言及するのはMI5(マジで色々ボロが出る5秒前)だから本気でやめるんだ!
「うむ、確かにそれを突き詰めると、僕がそもそも君の部屋に住み着いてから、
 そろそろ春夏秋冬全てを網羅しつつあるという話題にも触れざるを得なくなって、さすがに少々……」
シャーシャーキー!!

慌てて両手でシャシャキの口を覆ったのだが、手のひらをややザラついた、それでいてとてつもなく
滑らかなものがなでてゆく感触に驚いて、思わず手を離す。
「くっくっ。どうせ口を封じるのであれば、もう少し風情のある手段でお願いするよ、キョン。
 日本古来の棚織津女伝説というのは、お盆に降臨する神の衣を作るために女性が水辺の小屋にこもり、
 機織をした伝承からきている、とは先ほど言ったね。
 しかしその元々の由来は、来臨する神を慰撫するために、
 神女が神の一夜の妻となる風習だったのではないかと言われているのだよ。
 せっかくだから、故事をなぞってそうした手段で口封じをするくらいの創意工夫を、
 君には期待したいものだね、キョン」
そんな創意工夫はいらん。
あと、そんなことを言いつつ、逆に俺を押し倒すのはやめなさいシャシャキ!
「そう言えば、何の理由かは知らないけれど、七月七日を
「ポニーテールの日」と定めている団体もあるそうだよ。
 ネコミミの他に、ポニーテールも何とかして生やしてみたら、
 君の方から積極的に押し倒してくれるのだろうかね、キョン。くっくっ」
なんかもう色々台無しだよシャシャキ!

そんなこんなで相変わらずの七夕。
翌日、元に戻ったシャミの近くに、丁寧な楷書体で書かれた短冊が一枚。
そっと取り上げてみると、
「この幸せな日々が続きますように。能うる限り」
そう書いてあった。
                            おしまい

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最終更新:2012年07月24日 00:16
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