ここ一年ほど涼宮ハルヒと周りを取り巻く不条理軍団によって
非日常という名の荒波にもまれ続け、
相当俺もファンタスティック生活に耐性が出来たと思っていたが、
まだまだ甘かったらしい。
やれやれ、まったくもって世界ってのは奥が深いもんだ。
その日もまた、いつもどおりの日だった。
皆で朝比奈さんの入れてくれたお茶を飲みながら、
長門は黙々と読書に励み、
相変わらず古泉は俺にボロ負けし、
ハルヒは不気味なニヤニヤ笑いを浮かべながらモニタに釘付けとなっていた。
まあその、なんだ。要するにどこを切ってみてもいつもどおりのSOS団だったわけだ。
最初は俺もこの団の存在意義やらなんやらを真面目に思い悩んでいた気がするのだが、
今じゃすっかりこの不思議空間に馴染んじまってるもんだから世の中わからんもんだ。
俺も随分と各方面から染められてしまったらしいな。
汚れちまった悲しみに~…ってのは寺山修司だったか。
「……中原中也」
うおっ!? いや長門、訂正してくれるのはありがたいが人のモノローグを読むなって。
そしてまたいつもどおり、長門が本を閉じる音と同時に部活も終了。
その後下校の運びとなった。長門と
「気をつけてくださいね」
いきなり耳元でささやくのはやめろ、心臓に悪い。
「これは失礼。しかしあまり大声ではいえない事でして」
なんだ。まだあのデカブツでも出たのか。
「いえ、涼宮さんの精神は極めて好ましいレベルで安定しています。
問題はこちら、現実世界の方です」
それならそれと早く言え。話が混乱するじゃねえか。
「おや、重ね重ね失礼。これも性分なものでして。
……では本題に入りましょう。我々『機関』と対立する、例の組織のことです」
あー…あいつらか。
モチベーションゼロ連中の間を右往左往する
ツーサイドアップの少女の姿が、俺の脳裏をよぎった。
「そう…特に橘京子の周辺が、妙に流動的な様子を見せています。
というより、妙に浮き足だっている、といったほうがよいでしょうか。
あなたにちょっかいを出してくる、という事は考えづらいですが一応用心はしておいてください」
おいおい…不安にさせるようなこと言うなよ。
「もちろん、我々も全力を持ってガードに当たらせてはもらいますが」
やれやれ、気の休まらんことだ。
……しかしどうやら古泉の予感は当たっていたらしい。
ただあいつでも予想し得なかったのは、事態のベクトルがとんでもない方向にひん曲がっていたという事だ。
自室のベッドの上で平和のありがたさを噛み締めていた俺の耳を、
やたらとうるさい着信音が打った。
この音が鳴るという事は、SOS団でもクラスの連中でもないということだ。
なんとなく嫌な予感がして発信者の名前を見る。
『橘京子』
嫌な予感、的中。
宝くじもこのくらい命中率がよければ今頃ウチは大富豪なのにな。
しかしこいつの電話に即刻飛びついてやるのもなんだか癪だ。
そう思った俺は、携帯が律儀に吐き出す四魔貴族バトル1を心ゆくまで堪能した後、
緩慢な動作で携帯をとった。
「あー…」
「あーもうっ! やっとつながった!
電話にはツーコール以内に出るのがマナーだって教わらなかったんですかっ!?」
「どこルールだそれは。お前の時の着信音が出る気を失わせる奴なんだ、
仕方ないだろ」
「そ、そんなの私のせいじゃないじゃないですか!」
「まあそうだな。言ってみただけだ。
…しかしお前、なんだか今日は妙にハイだな」
「はっ…こんな話をしてる場合じゃなかった!
いったい佐々木さんに何をしたんですか!?」
「は?…佐々木?」
何かしたろうか。というより一週間近くあいつには会っていないんだが。
「いや、心当たりがまったくないんだが…佐々木に何かあったのか?」
「…ほんとーにほんとーですか?」
「しつこいやつだな。ああ、本当だとも」
「…今から、公園に出てこられます?」
「公園?」
「そう、光陽園駅前公園です」
なにやらいつになく押しの強い橘京子に土俵際で負けた形になった俺は
『機関』のガードに淡い期待を寄せつつ、
いまや不思議存在との待ち合わせ場所として一定の地位を築いた感のある駅前公園へと向かった。
日が伸びたとはいえ、七時近くともなればあたりはもう薄暗い。
「むー、やっときましたね」
なにやら腹をすかせた野犬のごとく、
落ち着かない様子で街頭の下をうろうろしていた橘京子は、
俺の姿を認めるや否やものすごい勢いで詰め寄ってきた。
なんという縮地。こいつは間違いなくSAMURAI。
…なんか俺も妙にハイになっちまってるな。
「ちょっと、手を出してください」
俺の手を強引に引っ張る橘。おい、これはまさか…
「話は後です。いきますよ!」
有無を言わさず引きずり込まれた先に待っていたのは、
まるで露出時間を間違えた写真のような、乳白色の世界。
……橘京子が言うところの『佐々木の閉鎖空間』だった。
「…ここが佐々木さんの作り出した世界だというのは、前にお話しましたね」
まあ、そりゃ聞いたとも。
「で、なにがあったってんだ。この『安定した世界』に」
精一杯の皮肉をこめて聞いてやると、橘はバツが悪そうな顔をして、
「それは今から説明します」と言った。
しかしなんというか、前に来たときと若干印象が違う気がする。
なんというか、あのときより騒々しい。
「まずは論より証拠。見てもらったほうが早いわ」
そういって橘は俺を商店街のほうに引っ張っていく。
やはり妙だ。なんというか、うるさい感じがする。
「周りを見て」
促されて辺りを見ると、駅前に構える店のそこかしこから
この世界を照らすクリーム色の光とは異色の明かりが漏れている。
なんだこりゃ?
「こっち、来てください」
見ると、橘は近くにあったコンビニの入り口に立って手招きをしている。
やれやれ、またしても厄介ごとに首を突っ込んじまったか?
誘われるままコンビニの中を覗き込んだ俺は、
その壮絶な光景に思わず目を疑った。
「あの~橘さん? これはいったい何をしてるんでしょうか」
「ストレス、解消…?」
おい、何で疑問形なんだ。
俺を待っていたのは、本来菓子パンやらカップ麺やらが並ぶ棚の上に
所狭しとばかりに並べられたパソコンの群れだった。
しかも不気味な事には、そのキーボードが
さながら電子ピアノの自動演奏のごとく勝手にカタカタと
キーをタイピングしているのだ。
どこのホーンテッドマンションだ、これは。
「どうやら涼宮さんとはまったく違ったアプローチで、
ストレスを解消しているらしいのです。
それでも物理的破壊ではなく、このように文明的機器を行使するあたりは
やはり佐々木さんこそ真の神的存在…」
なにやらうだうだとしゃべり始めた橘はとりあえずスルーして、
俺はモニターを覗き込んだ。
キーが叩かれているということは、何かしらの文言が打ち込まれていると言うことだ。
あのストレスとは無縁そうな佐々木が、いったいどんなことで
心を悩ませているのか興味もあったし、もしあいつが苦しんでいるのなら
及ばずながら俺の力を貸してやりたい。
そんな好奇心と義侠心の入り混じった感情を抱えつつ
モニターに顔を近づけた俺が見たものは。
ちょwwwキョンwwww見つけたwwww
1 名前: 名無しにかわりまして佐々木がお送りします [sage] 投稿日: 2007/04/10(火) 09:01:37 ID:sasakyon
今、駐輪所www
男言葉でいくべき?かわいらしく女言葉でいっとく?
おまいら助けてwwwww
2 名前: 名無しにかわりまして佐々木がおおくりします [sage] 投稿日: 2007/04/10(火) 09:01:40 ID:SasaKYon
余裕の2get
3名前: 名無しにかわりまして佐々木がおおくりします [sage] 投稿日: 2007/04/10(火) 09:01:55 ID:SASAKYon
ちょwwwwマジかwwwwwktkr!!!!!111
4 名前: 名無しにかわりまして佐々木がおおくりします [sage] 投稿日: 2007/04/10(火) 09:02:01 ID:sasaKYON
うはwwwwwwみwwwwwなwwwぎwwwっwwwwwてwwwきwwwたwwwwwwwwwwwwwww
…………………………………………………………………
………………………はい?
前のは
[>>823
[>>824
[>>825
[>>826
「このあいだから、ずっとこの調子なのです」
……おまえ、この惨状を見て他に何か言う事はないのか?
なんだか俺の中にある佐々木のイメージが音を立てて崩れていくんだが。
「これはブランチです」
「ブランチ?」
朝飯抜きってことか。
「ご飯のほうじゃなくて。つまりこれは佐々木さんの思考の一端なのです。
だからブランチ、つまり枝と我々は呼んでいます」
文字通り末端ってわけか。で、それがどうしてこんなホラーになるんだよ。
「要するに、佐々木さんは複数思考法に長けた方なのです。
いわゆるブレンストーミングとよばれる思考法に代表されるような、
何かひとつのトピックに対して考えうる限りの論点を分析・提示し、
同時進行的に並列させる事によって…」
…なあ、橘よ。
「な、なんですか?」
解説は結構だが、カンペ見ながら喋るのはやめようぜ。
ありていに言って格好が悪いぞ。
「ちょ、ちょっと覚え切れなかっただけなのです!
私だって、その気になれば説明役くらい…!」
わかった、悪かったよ、だからそんな涙目で睨むな。
さ、続けてくれ。
「むー、なんか納得いかないけど…
つまり、これは佐々木さんの心の声なの。心の中で問題解決の糸口を探してるってことね」
「頭の中の妖精さんか」
「…それだとかわいそうな人みたいだけど、まあ間違ってはいないです。
佐々木さんは何か問題に直面していて、心の中で擬似的に議論を展開して
それを解決しようとしてるわけなの」
議論…かあ? コレ。それに……
俺は今見ていたのとは隣のモニターに視線を移した。
1: キョン総合スレ38 (347) 2: 試験対策19 (733) 3: 胸とかバストとかおっぱい 5 (256) 4: SOS団について3 (30)
5:超能力者同性愛疑惑徹底追求2(129) 6:九曜さん語録(28) 7:未来人てムカツクよね(9)
8:キョン歯がゆいよキョンだけで1000目指すスレ 其の109(879) 9:【キョン】乙女ササッキーが全レスするよー【大好き】 (103)
……………。
10:FKKに負けないフラグの立て方を哲学するスレ26(537) 11:【もう一度】キョンの自転車に【乗りたい!!】part37(293)
12:【男言葉】言葉の使い分け【女言葉】その107(73)13:【sage】涼宮ハルヒ研究第78団【推奨】(768)
14:【難攻不落】キョンの妹を突破せよ6【外堀】(189)
ってこれ、ほとんど俺のことじゃねえか!
何考えてんだあいつは!
「そう、だからあなたを呼んだのです。
さあ正直に言って。佐々木さんに何をしたの?」
何したって言われてもな。
「さっき言わなかったっけか? 俺は一週間も佐々木には会ってないんだ」
正直に白状したものの橘の気に召さなかったらしく、相変わらず険しい目つきで睨んでくる。
と言っても、迫力はゼロなんだが。
「んんっ……もうっ! わかりました、そこは信じてあげます。
ですがきっちり協力はしてもらいますよ」
まあ佐々木の為だってんなら力を貸すのも吝かじゃないけどな。
だが、俺に何をさせるつもりだ?
「コレです」
橘京子は目を閉じて、泉の水をすくうかのような格好で両手を前に差し出した。
上向きの手のひらの上に、なにやら青い光が漂いだす。
「これが、私たちに佐々木さんから与えられた能力です」
青い光は長方形の形を取り、やがてその輝きを弱めていった。
光が完全に消えた後、橘の手の中に残ったのは………
「…パソコン?」
………一台のノートパソコンだった。
おい、まさかこれが…
「言ったでしょ。これが佐々木さんの…」
うわ、なんじゃそりゃ。言っちゃ悪いが随分ショボいな。
「しょ、ショボいとはなんですか! これによって私たちは、
佐々木さんの精神に干渉する事が出来るのです!
言ってみればこのパソコンの群れがニキビだとすれば私たちはニキビ治療薬…」
いや、その例えはもういい。
「で、これをどうするんだ?
まさかこれを使ってさっきの不毛な話し合いに混じるってわけじゃないだろうな」
「…む。それ以外に何があると言うのですか?」
マジかよ。冗談で言ったのに。
「さあ、佐々木さんを何とかなだめてください」
そういって俺にノートパソコンを差し出す橘。
「な…ちょっと待てよ! お前が打つんじゃないのか?」
「そうしたいのは山々なのですが、私ではダメなの。
今はあなたの言葉じゃないと、彼女には届かない」
なぜだ。お前らが古泉と同じような存在なら、佐々木の一番の理解者であるはずじゃないのか?
「一番の理解者だからこそ、なの。
私では無理だと『分かってしまう』んです。
今の佐々木さんにはあなたの言葉が必要なのです。
ためしに先日藤原に打たせてみたら、強制的にこの空間から排除されてしまいましたし」
さり気にやる事がひでえな。
ああ、道理でさっきから『未来人ってムカツクよね』のスレが
異様な伸び方をしてるわけだ。いやはや、あいつもご苦労なこった。
しかしまあ、どうしたものかね。
橘から渋々ノーパソを受け取ったものの、何を打ち込めばいいのか分からない。
そもそも、まず何が原因なのか分からんわけだ。その辺聞いてみるか。
とりあえず目の前にあった「乙女ササッキーが全レスするよ」を開いてみる。
『細菌なんか、悩みでもあるのか?』カタカタ
「ちょ、ちょっと、いくらなんでもストレートすぎじゃないですか!?
しかも最近の字が違いますよ!」
うるさいな、使い慣れてないんだからしょうがないだろ。
ああー!キョンだー!
キョンktkr
乂几
木又してでも うばいとる
記念真紀子
「…なにやら、大フィーバーだな」
「うう…あたしの時とはえらい差なのです…」
なぜかさめざめと泣き出した橘を再びスルーして、俺は再び意識を集中する。
でもどうして、キョンがここにいるんだい?
そんなの、かわいい彼女を助けに来たのよ♪
彼女?ちょっと覚えがないような…?
彼女? つまり男声から見て恋愛対象にありなおかつ排他的交際を行っている相手の女性を指す単語かい?
もー、そんな堅苦しい喋り方やめなって~!
何をいうんだい? 恋愛感情など一時の迷い、いわば精神病の一種さ。
そんなこと言っちゃって、後で死ぬほど後悔したくせに。
そうだよ。それとも何? キョンの事はていのいい話聞きマシーンだとでも思ってたわけ?
あーひょっとしてキョンはそう受け取ったかもね。そりゃー涼宮さんに流れるわ。
行動派だもんねあの子。
……うるさい。 少し黙ってくれないか?
八つ当たりはやめてくんない? 一歩踏み込めなかったのは「私」も「僕」もどーしようもないぐらいチキンだったって事でしょう?
黙れよ。
「おいおい、なんか言い争い始めたぞ?」
「あなたが来たから動揺してるんだわ。 軽率だったかな…?」
顔をしかめる橘。その言葉を聞いたかのように、佐々木たちの話題も変わった。
そもそも、なんでここにキョンがいるの、って話でしょ。
そうだよ、今から荒れるの禁止!
……性急に結論付けて悪いが、冷静に考えてキョンをここにつれてこれる人物なんて一人しかいないんじゃないか?
だよねー。
なんだ、橘さんか。
あの子もお節介だよねー。悪気はないんだろうけどこれはちょっとなあ。
橘さんは私たちのことを心配してキョンを連れてきてくれたんでしょ?
でもさ、と言う事はここで私たちがこうして話してる事が、キョンに筒抜けアンド丸見えって事だよね。
あ。
あちゃー…
…なんか話がお前の糾弾のほうに向かってるようだが?
「あわわ、あああああ…」
猟犬に追い詰められたフェレットのごとく身を縮める橘に、
佐々木の分身たち(ブランチだっけか?)は容赦なく包囲網を狭めていく。
これはペナルティーだよね。
それもドロー4クラスの。
…どうでもいいが、何もかもUNOにたとえるのはいかがなものかな?
なによー、いいじゃん。今更カッコつけても無駄無駄。
じゃあ、橘さんはどうする?パンジーの後追わせる?
それはひどいよ。もうちょっと軽い刑でいいんじゃない?
じゃあ、洗脳攻撃でいいか。
くっくっ、まあ妥当な線だろうね。異議なしだ。
よっしゃ、じゃあ張り切っていってみよー!
ttp://www.youtube.com/watch?v=OIc4VHxU7iM
ttp://www.youtube.com/watch?v=kDMtqED2JLc
ttp://www.youtube.com/watch?v=hSdCPUoMAmQ
ttp://www.youtube.com/watch?v=a5gMeXz2Ymw
突然、今までの掲示板っぽいのはブラックアウトし、代わりに店中のパソコンから妙な映像が大量に流れ始めた。
ぐあ、これは確かにジワジワと効いてくるな。ってか佐々木よ、橘へのペナルティーに俺を巻き込んでどうする。
薄れ行く意識の中で俺は佐々木に突っ込みを入れつつ、
『ひょっとしたら俺は出られないんじゃないか』などということをふと思ったりした――――――
最終更新:2007年07月21日 11:41