佐々木が日本を経ち、戻ってくるまでの二年間、時はあっという間に過ぎ、それぞれに大きな変化があった。
二年生になり、クラス替えがあり、俺と長門、古泉、涼宮、国木田、朝倉は進学強化クラスに編成された二年
5組になった。なお、谷口は隣の6組である。
文芸部は春先に新入部員を募集したが、入部希望者は無く、同好会に格下げの危機を迎えたが、元のクラスメ
ートで図書委員だった阪中が入部してくれたのと、結局涼宮がSOS団を文芸部に合流させることにより、数だ
けは、一年前より増えた形となった。(ついでに書けば、その時点で涼宮は谷口をお払い箱にした。酷い奴だ。)
俺は塾に通う回数を増やし、佐々木がいなくなって成績が悪くなったと言われない様に努力した。その結果、俺
は国木田と共に、学年のみならず、全国模試でも成績を競う様になり、俺の学力は更に伸びていった。
「日本に帰ってくるのが楽しみだね。君とどこの大学に行こうかな?」
一日一回、佐々木と連絡を取りながら、近況を報告し合った。
鶴屋さんと朝比奈さんは3年生になり、進路を決める為にいろいろと忙しくなっていたが、それでも出来る限り
文芸部兼SOS団の活動に参加してくれて、俺達は充実した学園生活を満喫していた。
それでも、やはり俺にとって、佐々木がその場にいない淋しさはどうしてもあった。
そんな俺を、皆気遣ってくれて、特に長門は力になってくれた。涼宮も、持ち前の力強さで俺を引っぱってくれた。
生徒会の人事交替の時期を迎え、投票の結果、会長に立候補していた国木田が当選し、朝倉が書記になり、新体制が
スタートした。国木田の応援は鶴屋さんが行い、朝倉の応援は喜緑さんがやってくれた。まあ、朝倉の場合は、自分の
後釜に立候補するようにと、喜緑さんが頼み込んだから、当然と言えば当然だった。
「SOS団兼文芸部から生徒会役員が出るなんていい感じね。この調子で、北高に勢力を広げるわよ!」
変なラノベの読み過ぎじゃないか?俺はそう突っ込んだが、涼宮は意気揚々としていた。
充実して、楽しい事も大変な事も多い学園生活だったが、途中で悲しい事もあった。
それは古泉が二学期が始まる前に転校していったことだ。
古泉も俺の大事な友人となっていたから、佐々木の時と同様、俺は悲しかった。
”転校しても、僕はみなさんの仲間です”
古泉は別れ際にそう言って、転校していった。
夏のある日、古泉の父親が倒れ(幸い発見が早くて治療が迅速に行われた為、大した後遺症も残らずに済んだそう
だが、)このことがあり、古泉は家族と話し合った結果、実家に戻ることを決めた。
転校する前に、古泉は涼宮と二人だけで何か話しをしたようだ。何を話し合ったのかは聞かなかったが、
涼宮に自分の思い を伝えたのかどうかも分からなかった(後日、古泉の実家に遊びに行った時、古泉が話してくれたが)
ただ、古泉が転校すると同時に、光陽にいた橘も転校していった。そのことは、谷口を通じて周防が教えてくれた。
古泉は、涼宮ではなく、橘を選んだのだ、と俺は気付いた。
これから話すことは、古泉の実家に遊びに行った時、古泉が俺に聞かせてくれたことだ。
「僕を友人といってくれたあなたにはきちんと話しておこうかと思いまして」
古泉の実家は俺達の住むところから、急行電車で一時間半程の、でかい屋敷が集まっているところだった。
鶴屋さんの家にはかなわないが、格式のある家だった。
「お久しぶりです、キョンさん」
その家の応接室で、橘が入れてくれたお茶を飲みながら、俺は古泉の話に耳を傾けた。
庭の木々が木蔭をつくり、直接強い日差しが室内に入って来るのを防いでくれているのだが、それでも夏の
暑さはこの身にまとわりついてくる。
「そういう時はクーラーに限ります」
洋間のソファの上で横になり、アイスを咥えながら、京子はリモコンで温度を調節している。
「朝からこんなに暑いと何もする気がおきません」
「課題ぐらいは取り掛かっておかないと、夏休みの終わりに泣くことになりますよ」
夏休みに入ってから、京子は実家に帰る事なく、僕の家に泊まっている。まあ、冬休みも春休みもそうだった
ので、いまさらどうのこうのいうことでもない。
幼いころから一緒に育ち、いつも一緒にいた。居なかったのは中学二年の途中から、去年の秋ぐらいまでで、
今はまた昔の様な感覚に戻っている。
ただ、あの頃と違うのは、お互いそれぞれ心身共に成長しているということだ。
なんとか今日の分の課題を済ませると、時計の針はお昼近くになっていた。
二年生になり、将来に向けての受験勉強にも取り組まなければならない時期が近付いている。何処に行くか、
まだはっきりとは決めていないが、去年京子と一緒に、父親の使いとして挨拶にいった、国立K大は興味があ
る。僕の友人である”彼”も、候補の一つだと言っていた。
「一樹さん、お昼は何を食べます?」
「そうですね……たまには外にでも食べに行きますか?まあ、あなたがこの暑さのなか、歩き回るのが嫌だ
と言うのなら、やめておきますが」
「いえ、行きましょう。今の言葉で元気が出ました!」
強い日差しを避ける為に、京子のトレードマークのツインテールが隠れるくらいに鍔が広い空色の帽子をか
ぶせ、二人で外に出る。
夏真っ盛りの街中を歩きながら、ふと去年の夏休みの旅行の事を思い出す。
”今年も皆でどこかいくわよ!”
夏休みに入る直前、涼宮さんが部室で、勝手に計画を立てていたが、”彼”は彼の恋人の佐々木さんが一時
帰国するのに合わせて行きたい、と言いだし、涼宮さんは不機嫌になった。
涼宮さんは”彼”に想いを寄せている。だけど、僕の想いが涼宮さんに届かない様に、彼女の想いもまた”彼
”には届かない。
結局、お昼は鰻を食べることにした。これは昔から京子の好物で、季節に関係なく、よく食べていた。
「夏バテにはこれですね」
京子は嬉々として、座敷席に座り、二人で鰻重が出て来るのを待つ。
「お待たせいたしました」
店員が重箱に詰められた鰻重を二人の前に並べた。
「いただきます」
「実に美味しかったです」
京子は満足した様子でそう言った。
「元気が出ました。一樹さん、このまま何処か遊びに行きましょう」
朝のバテた具合はどこへやら、僕は苦笑した。
代金を払って店を出た時だった。
スマートフォンが、着信音を鳴らした。
”この音は……”
「もしもし、森さんですか」
森さんからの電話をうけたあと、僕等は急いで僕の家に引き返した。
耳の奥に、森さんの冷静ながらあまり感情のこもっていない口調――そんな喋り方をする時ほど、重大な事が
起こっているということを、僕は経験上知っている。
「一樹さん、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
京子が心配そうに僕の顔を覗き込んでいるのを見て、僕は我に返っていた。
一時間後、僕の家の前に、赤いスバルBRZが横付けされる。運転席にいるのは、もちろん森さんだ。
「二人とも、すぐに乗りなさい。このまま、病院に直行します」
僕は助手席に、京子は後ろの席へ座った。シ-トベルトを締めると、車は急発進する。
「状況は先ほど説明したとおりです。幸いにも、側におられたのが お父さんのご友人のお医者さんだったので、
すぐに病院に搬送されました。つい1時間半前のことです。診断は脳梗塞。治療は開始されているそうです。現時点
で分かっているのはここまでです」
森さんの言葉を聞いて、少し安心する。脳梗塞の治療は、発症3時間以内が最も後遺症を少なくし生存率を高くする
境目だと、昔親戚筋の医者から聞言いたことがある。診断と対応は早ければ早いほどいいのだ。
「搬送先の病院の名前は?」
「富坂脳神経外科病院。その友人のお医者さんの知り合いだそうよ」
京子がスマートフォンに情報を映し出す。なるほど、父は幸運だったようだ。脳関係の症状では、かなり実績のある
病院だそうだ。
母親と顔を合わせるのは、春休み以来だった。なるべくなら実家には寄りたくないからであるが、事態が事態だけに、
そんなことは言ってられない。
「おばさま、おじさまの様子は大丈夫なんですか?」
京子が母親に声をかける。
「今のところは。治療は終わったそうよ。良くはわからないけど、血管内カテーテル挿入t-PA投与と毛細血栓レーザー
照射破砕治療を実施した、と言われたわ」
後でわかったのだが、どちらも最新鋭の脳梗塞治療法だった。
「すると、おじさまは今、どこにいるの?」
「術後ICU(集中治療室)で管理だそうよ。でも、先生の話では早めに治療したから、回復は早いだろう、て・・・・・・」
そこまで言って、母親の体がふらついたように見えた。
「・・・・・・大丈夫、少し気が抜けただけだから」
僕と京子に支えられ、母親はとりあえず、病院の椅子に腰掛けた。
「お父さんには私がついているから、一樹と京子さんは、一度家に戻って。それから一樹、森さんと家政婦さんに手伝
ってもらって、今からいうものを病院に持ってきて頂戴」
「わかりました」
母親の言葉に素直に頷いて、とりあえず、京子と一緒に実家へ戻ることにした。
早期の治療が功を奏したのか、父親はその日のうちに意識を取り戻し、五日後には退院していた。
懸念していた後遺症もなく、正直医学の進歩には驚嘆せざるを得ない。
「おじさま、良かったですね」
娘のように可愛がっている京子に言われ、普段いかめしい表情をしている父親も相合を崩した。
「無事で良かったですよ」
それは僕の偽らざる気持ちだった。
こちらの意思も聞かず、勝手に京子を婚約者に決めたり、人の人生を決めつけたがる親で、はっきりいえばいい感情は
あまり持っていないのだが、やはり自分の親が倒れるのは嫌なものだ。
とりあえず、後一週間程はここに残ることを決めた。
それから三日後。僕は父に話があると言われ、父の部屋に呼ばれた。
最終更新:2013年04月29日 14:06