朝、僕は目を覚ます。
まず僕の視界いっぱいに映るのは、キミの寝顔。幸せそうなその寝顔。
どうやら、ここはベットの中らしい。僕は眠っていた。目の前の彼も、やはり眠っている。
僕達はお互い、裸であった。身につけているものは、僕の左手首に巻かれている腕時計以外、何も無い。
毛布だけが僕達の体を覆い隠している。
全ての感覚が新鮮であり、そしてとても鮮明だ。裸でベットの中に入った事なんて、今日が初めてなんだ。
天井を見つめる。不思議だ。ここは僕の部屋ではない。彼の部屋なんだ。
他人の部屋で目覚める瞬間というのは、言葉では言い表す事の出来無いとても不思議な想いが僕の胸に宿る。見慣れない風景。
そわそわとして、落ち着かない。
僕は布団の中で何度も寝返りをうつ。僕の指先が、彼の首元に触れる。
冷たい。
ひどく寒い朝だ。吐く息は、淀んだ白を生み出す。僕はそれをしばらく見つめる。
「参ったね」
疲れ果てたように、極自然に僕は独り呟く。
確かに僕の体は、疲労を訴えていた。
ひどい頭痛の中、僕は不思議な感覚の中、ふと目覚め、そしてまさしく今この瞬間まで、彼と同じ空間の中で過ごしてきた。
彼が起きる気配は今の所無い。殆ど無い。もしかしてこのまま起きて来ないかもしれないと不安になる程に。
それでも彼は時折、苦しそうに唸りながら寝返りをうつ。それを見る度僕はどうしようもなく不安な気持ちになる。
僕は彼を眠りの世界から引き摺り下ろすべきなのだろうか。否か。と悩む。
もしかして、彼は今、悪夢でも見ているのかもしれない。
そんな彼を僕は見つめて、しばらくして、僕は彼の体に暖かい毛布を掛ける。
僕の頭痛は、治まる気配を見せない。
僕は左手首に巻かれている一秒の狂いも無い腕時計を見る。
AM.4:28
なるほど。どおりでまだ、外は暗い訳だ。
季節は今、全てを凍てつかせる程の見事なまでの冬であり、雪もちらほらと垣間見える程だった。
彼は、ベットの中で何度も寝返りをうつ。
眠っている彼の指先が、僕の首に触れる。すると僕の鼓動が、信じられないくらいに高鳴る。
目の前の彼は、未だ夢の中だというのに。
「おはよう。佐々木」
彼は不意に、目を覚ました。
何の予兆も無く彼は瞼を開けて、瞳を露にする。
彼は笑っていて、その事が私の気持ちを幾らか安堵させる。目を覚ましてくれた事を心から有難いと思う。
「よく眠れたか?」。眠そうな目を擦りながら彼は僕に訊く。
「とても」。と、僕は短く答える。やはり僕も、幾らか眠たかったのだ。
「それは良かった」
「ねえ、今日はこれからどうするんだい?」。と、僕は彼に訊く。
「しばらくしたら、映画でも観に行くか」
「良いね。でも、今はどんな映画がやっているんだろう?」
彼は言う。
「なんでも良いんだ。映画を観るという行為そのものに意味がある」
「映画を観るという行為、そのものに意味がある?」。僕は繰り返す。
「そうだ。今は無償に、俺と佐々木とで、どこかに向かって何かをしたい気分なんだ」
「それが、映画?」
「なんでも良いんだ」
と、最後に呟いてから、彼は僕の体を抱き寄せる。
僕達が共有し合う体温には、どこか憂い色が混じっている。
部屋の窓からは既に、鈍い光が一筋、薄暗い部屋に差し込んでいた。
AM.5:04
僕達は、ひどく寂れた空間でしか存在意義を見出す事が出来無い。少なくとも今はただ、そうする事しか出来ていない。
キミが僕の体に訳も無く触れ、僕もキミの体に触れる。馴れ馴れしく、僕達は触れ合う。
そうする事に何か意味があるから、僕達は互いの体温を感じあう訳では無い。意味なんて無い。
必要なのは、証だ。何故キミが僕の隣に寝て、僕がキミの隣に寝ているのか、証が欲しい。それ以外はどうでもいい。
僕達は、互いの体温を確認しなければいけない。
その指先に、貴方を感じない訳にはいられない。
「僕達は、恋人?」
「そういう事になるな」。目を細め、笑いながら彼は言う。
僕は言う。「信じられない」。と、僕は心からそう思う。
「なぜだ?」
「キミの周りには、美しい女性が多すぎる」。と、僕は言う。
「そんなのは関係ないだろ」
「あるさ。例えば、涼宮さんとはどうなったんだい?」
「あいつは無二の親友だ」
「他の女の子達は?」
「何度も言ったように、関係無い」。彼は僕の目を真っ直ぐに見つめながら、そう宣言する。
「浮気は?したいと思う?」。と、僕は訊く。
彼は言う。「そんな事、するだけ無駄だ」
「でも、男の人はみんな浮気をする」
「俺はお前が好きだ」。彼は言う。「それ以上、答えが必要か?」
僕は首を横に振る。そしてもう一度彼の胸に飛び込んだ。
彼は服を着た後、ベットに腰掛けて、コーヒーを飲みながら話始めた。
「中学時代は、一度たりとも素直になれなかった」
僕も下着を履いて、服を着た。紺のスカートに、首の開いた桜色のシャツ。厚手の真っ白なカーディガン。
彼が自分から何かを語り始めるという事は、とても珍しい事のように思えるし、実際珍しい。なので僕はとても興味を惹かれる。
僕は彼と体が密着し合うまで寄り添い、話を聞く事にした。彼の右手に、僕の左手を添えながら。
「素直になれなかったというより、認めたくなかったのかもしれんな。もしかしたら俺もお前と同じように、恋愛を精神病の一種のように思っていたのかもしれない」
彼は言い終えてからまた一口とコーヒーを飲んだ。その間、僕は何も言わない。
「俺はお前に惹かれていたんだ。どうしようもない程に。それでも俺はその時は、恋愛感情なんてものを測るものさしなんて、持ち合わせていなかったんだ。そんで、俺はそのまま、自分の胸の内に秘めている感情に気づかぬまま、中学を卒業し、お前と別れちまった訳だ」
「そこで終わってしまうと、なんだか間抜けなストーリーだね」。と、僕は笑った。
彼は言う。「でも、そこで終わりじゃ無かった訳だ」。と、「このストーリーにはまだ続きがあってだな」
僕は言う。「知っているよ」 「彼女と彼は、偶然近くの駅前で、一年ぶりに再会するんだろう?」
「その通りだ」。と、彼は言う。そして笑う。
「運命の再会って奴かな?」。僕は笑いながら彼に訊く。
彼は言う。「運命かどうかはわからないな」。彼は続ける。「わからないが、俺はお前と出会えて良かったと思っているよ」
僕はそれに、黙ったまま頷いた。
刻々と刻まれる時計の針を見つめる。
AM.6:30
窓辺には、眩い程の朝日が染みていた。今日という一日が、今、始まる。そんな予感がしていた。
カーテンが風になびいて、その風が僕達二人を包み込む。
幸福は、もしかしたらこんな風に、何気無い日常に隠れているのかもしれない。
僕は不意にそんな事を思う。
「好きだぞ。佐々木」
照れ臭そうに彼は言った。紅くなる彼の頬を、朝日は照らし出す。
僕は笑う。笑ってしまう。だって、その台詞はとても彼らしくなかったから、可笑しくて笑ってしまう。
すると、彼は悔しそうに怒る。彼が怒るのは、とても珍しい。普段はとても温厚な人だから。
そして、彼は拗ねる。拗ねて、プイッと、僕に背を向ける。そんな様も、可愛いと思えてしまう。
そんな時間を過ごして、また僕は笑う。笑って、彼の手を握る。
とても強く、そして、優しく。
「好きだよ。キョン」
そう言ってからまた、僕は笑った。
両手から溢れんばかりの幸せを抱えながら、僕達は頬を紅く染め、寄り添いあい、
そして、白く光る朝日を、二人で眺めていた。
最終更新:2008年01月13日 11:15