IAR80

クラス:エース

実在したモデル:ルーマニア空軍 IAR-80(Wikipedia)および IAR-81(Wikipedia


IAR80

ノーマル型
武装
  • 主武装:軽機関銃
  • 副武装:キャノン
属性
  • 武器:7.6
  • 防御手段:5.0
  • 航空力学:5.0
  • 信頼性:5.1
その他の性能
  • 最大速度(ブースト時):340MPH(440MPH)
  • ブースト制限:10.51秒
  • 上昇限度:33000FT


IAR80 D

D(Damage)=武装強化型
武装
  • 主武装:軽機関銃
  • 副武装:マルチミサイル
属性
  • 武器:8.9
  • 防御手段:4.7
  • 航空力学:4.7
  • 信頼性:3.9
その他の性能
  • 最大速度(ブースト時):410MPH(510MPH)
  • ブースト制限:11.03秒
  • 上昇限度:33000FT


IAR80 A

A(Armor)=装甲強化型
武装
  • 主武装:ワイドMACHINEGUN
  • 副武装:キャノン
属性
  • 武器:6.5
  • 防御手段:5.4
  • 航空力学:4.7
  • 信頼性:7.0
その他の性能
  • 最大速度(ブースト時):310MPH(410MPH)
  • ブースト制限:9.45秒
  • 上昇限度:33000FT


おまけ


IAR80無印の塗装について:
垂直尾翼の左側面に勝利マークが13個見える"白の42"は、実在した機体の1941年8月当時の姿がモデルになっている。IPMS Stockholm.orgの下記の記事によれば、ルーマニア空軍のエース、イオアン・ミク中尉(当時)の乗機とのことだが、下記『第二次大戦のルーマニア空軍エース』によると当時IAR-80で13勝利(詳しくは割愛するが単純に13機撃墜ではない)を挙げているパイロットは居らず、飛行隊の勝利数の合計か或はこの機の搭乗者全員の勝利数の合計を書いたものかも知れないとの事。
(尚、イオアン・ミク(最終勝利時は大尉)は1941年の戦いでIAR-80では最多の11勝利を挙げており、10回の空戦で8機を撃墜している。1944年にP-38を一機撃墜し(搭乗機はBf109か?)最終的に13勝利を獲得した。)

機体右側面の文言は、同IPMS Stockholm.orgの記事によると操縦に関する指示書きとの事で、"白の84"の塗装例として掲載されている。訓練生はまずこの指示を大声で繰り返し読み上げ、それからコクピットへ乗り込んでいった。内容は"降着装置のレバーは一杯に引け、それから押せ。左足でペダルを踏め。"
"白の42"に実際この指示書きがされたかは分からないが(たぶんRevoのアレンジ?)、同機はソ連軍・連合軍・そしてドイツ軍との戦いを生き抜き、後に操縦学校へ送られた。

IPMS Stockholm.orgの記事にIAR-80についてのドイツ空軍のレポートが紹介されているのを以下に引用する。
Here is the report of the Luftwaffe major that tested the IAR 80 in March 1941: "Take-off and landing is very good. The aircraft is 20-30 km/h slower than the Bf 109E. The climb to 5,000 meters is equivalent. In a dogfight, the turns are also equivalent, although the long nose reduces the visibility. In a dive it is outclassed by the Bf 109E, because it lacks an automated propeller pitch regulator. It's a fighter adequate to modern needs."

1941年3月のドイツ空軍のレポート:"離着陸性能は良好。Bf109Eに比して速度は20~30km/h遅く、5,000メートルまでの上昇は同等、格闘戦においては長い機首が視界を損ねるものの旋回力は同等。プロペラピッチ自動調整が無いため急降下性能はBf109Eに劣る。時代の要求に十分適合する戦闘機である。"

IAR-81Cについて:
IAR-80の派生型には急降下爆撃機型のIAR-81があり、専用の爆弾架を装備の他、武装およびコクピット防弾の強化が施されている。IAR-80/81シリーズの最終型、1943年にロールアウトしたIAR-81Cは、MG151/20 x2門 + FN製ブローニング7.92mm x4門に強化され、爆弾架は装備されず対爆撃機用の迎撃戦闘機として用いられた。また、既存の機も同様の仕様に改装されている。これらはドイツ空軍と共にルーマニアの防空任務に就き、Bf109の護衛のもと連合軍のB-17やB-24に対して少なくない戦果を挙げた。
(本作Sky Gamblers: Storm RaidersでのIAR80の武装と防御力がやけに強いのはこのIAR-81Cのスペックをイメージしているのだろう。)

しかし1943年当時、既に一線級の戦闘機としての限界を迎えていたIAR-81Cは同年中に生産終了し、代わりにBf109Gのライセンス生産が始まっている。そのBf109GもまたP-51やYak-9等の新鋭機に対しては苦戦を強いられていった。

1944年8月、クーデターを経て米英ソと講和したルーマニアはドイツとハンガリーに対し宣戦布告した。主力の座をBf109Gに譲ったものの、一部のIAR-81Cは尚も戦闘任務に駆り出され、昨日までの戦友であったドイツ/ハンガリー空軍と最後まで戦い続けた。

戦後ルーマニア空軍機はソ連機に更新され、IAR-80/IAR-81は訓練用途などに使用されたが、1950年代初頭これらの機は"ファシスト的"として全機が廃棄処分された。

参考文献:
IPMS Stockholm.org
Camouflage & Markings: IAR 80/81 - Romania's Best Fighter
http://www.ipmsstockholm.org/magazine/2005/01/stuff_eng_profile_iar80.htm

オスプレイ軍用機シリーズ45 第二次大戦のルーマニア空軍エース
https://www.kaiga.co.jp/shop/products/detail.php?product_id=4921


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最終更新:2015年07月17日 16:13
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