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闘技場篇 > 8

作者:◆VECeno..Ww
魔王編】【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7


サドーヴニクはムーンリッターから2メートルほどの距離にいた。
見た所、武器のようなものは持ち合わせていない。しかし格闘技の構えにも見えない。

ムーンリッターは警戒した。最も考えられるのは何らかの植物を具現化し即席の武器にする事。
つまり自分と同系統の戦闘スタイル。

この距離では攻撃の規模よりも素早さと精確さが重要になる。また、飛び道具の優位はない。
足元は岩場。新たに何らかの種が撒かれた様子もない。薔薇の生えたパチンコは谷底へ処分した……。
ムーンリッターが束の間思案している間に、先手を打ったのはサドーヴニクだった。

「芽生えよ!」

サドーヴニクは踏み込みながら素早く右手を振るう。
ファンタジー作品でよく見る魔法の杖のような先端が巻いて瘤状になった形状の木の杖が、
彼女の掌の内から伸びるように出現し、振り抜いた慣性でムーンリッターを打つ。

ヒユ科アカザ属、アカザ。
1mほどの長さに成長するその茎は秋になると固い幹に変じ、古来より杖の素材として使われてきた一年草。


「くっ、聖盾アッシュ・マナ!」

ムーンリッターの手に現れた、弾力のある灰色で作られた盾状の物体が、打撃を受け止め、衝撃を吸収する。

その正体は、日本人なら一目で分かるだろう。

(コンニャク……?)

植物の鑑識眼を持つサドーヴニクも気づいたようだ。

サトイモ科コンニャク属、コンニャク。
その地下茎に実る芋を、擂り潰し灰汁で似る等の多数の行程を経て得られるグミ状の物体が、食品としてのコンニャクである。

コンニャクの芋を飢饉の際の栄養源とする試みは文明の早期に頓挫したと考えられる。
日本には漢方薬として伝わってきたものが、口に馴染みやすいよう加工成形の工夫が重ねられ、江戸時代頃から健康食品として庶民に広まっていった歴史を持つ。
その主成分は人体では消化不能な食物繊維であり、そのため栄養価は極めて低い。
即ち、これもローコストで大量に具現化できる食材である。
それが瞬時に2kgほど生成されたのだった。

攻撃が防がれ、反撃を警戒し退いたサドーヴニクに対してムーンリッターはすかさず追撃をかける。

「魔槍シュガーケーン!」

竹槍のような物がムーンリッターの手に召喚され、サドーヴニクの杖を打ち払った。


イネ科サトウキビ属、サトウキビ。
砂糖の原料として有名な栽培植物。内部に砂糖を貯め込むその茎は竹に似て固く、数メートルの長さにまで成長する。
この茎を適度に切り詰めたものをムーンリッターは具現化し、両手で振るっていた。

戦闘は一般的にリーチの長い攻撃手段を持っている方が有利である。
射程で劣る方は相手の攻撃を掻い潜る一手を踏んでからでないと攻撃に移れないからだ。

しかし異能力の効果範囲が絡めば話はそう簡単ではない。

「目覚めよ!」

サドーヴニクの合図でサトウキビの茎のあちこちからイレギュラーな根や葉が生じた。
異能力による遠隔武器破壊。
再び手足を絡め取られそうになりバランスを崩したムーンリッターは魔槍を放棄する。

「森の女神を相手に木属性の攻撃は利敵行為よ。ムーンリッター」
試合を見ていた遥がコメントした。どうやらムーンリッターという呼称の響きを気に入っているようだ。

サドーヴニクはその気になれば足元に散らばるコンニャクにも生命を与える事が出来た。
しかし戦局がそれを許すとは限らない。
能力に集中していると相手の攻撃に対して無警戒になる危険性がある。


「今だッ!」
「きゃっ!」

ムーンリッターは不意に黒い粉末を投げつけた。
攻撃の動作途中での具現化は、必要な物を隠し場所から取り出す時間を食わないため、隙を衝きやすい。
黒い粉末の一部がサドーヴニクの目に入り涙を誘う。

(この攻撃は……!?)

黒胡椒ではない。
サドーヴニクにはその成分のうち1つしか分からなかった。木炭、すなわち炭化した植物。
残り2つの成分は……少なくとも植物質ではない。

そしてサドーヴニクの分析能力がここに来て仇となった。
分析に気を取られた事が、さらなる隙を生み出す事に繋がった。

隙が出来たサドーヴニクの胸部にムーンリッターは追加の黒い粉末を押し付ける。

必殺技の準備は整った。


「爆ぜろ! 『午後の死』!」


掛け声と共に、黒い粉末はムーンリッターの指先近くから発火した。
爆音と硝煙が周囲の大気を満たし、サドーヴニクの心臓は鼓動を止めた。

「決着です!」

試合終了が告げられ、同時にフェニックスがジェットパック(一人用の飛行装置)で決着の場に急行した。




一体どんな食材を使ったらこんな芸当が? 

ムーンリッターの能力を『食材を具現化する能力』と推測していた観衆たちは騒然としていた。

粉塵爆発説、能力とは無関係な持ち込み武器説、実はチート能力説などが囁かれる中、パイモンによる能力解説が行われた。



「20世紀の文豪アーネスト・ヘミングウェイが考案したカクテルの1つ、

『Death of the Afternoon』には、非常に奇抜な材料が使われていました。

──木炭、硫黄、硝石を混ぜ合わせて作られる、人類史上最初の爆薬、黒色火薬です」


日本では火薬に分類されているものの、科学的には音速以上で燃焼するよう調合された物は爆薬に分類される。
ガンパウダーとも呼ばれ、かつては銃砲に使用されていたが、爆発力が高すぎて銃身を破損するリスク、そして爆発時に発生する大量の硝煙の煩わしさから、近代には他の火薬類に取って代わられた。
その点を踏まえると、敵に投げつけて爆発させるのはある意味賢い使用法と言える。

「着火に使われた食材は、液体の食塩です。
食塩の主成分、塩化ナトリウムの融点は約800℃。
大抵の可燃物なら発火する温度です。先程の硫黄への着火も実は液体食塩の仕業でした」


「ソドムに塩とは因果な事を考えたものね。ムーンリッター」
と遥がコメントした。


黒色火薬と液体の食塩、これが研究所でムーンリッター達に振る舞われた謎の飲み物に入っていた隠し味の正体だった。
もっとも、液体の食塩は冷やされれば普通の食塩と変わらないが。
硫黄結晶も、温泉卵という不確実な由来ではなく、これの原料として生成したと思われた。


メインウェポンにするには厳しいと評されてきたムーンリッターの能力は、遂にその雪辱を果たした。




サドーヴニクの蘇生処置が終わった後、
ムーンリッターもフェニックスによる回復措置を受けるかどうかを訊かれていた。

「その能力、腕だけ回復ってのもできるんだったよな?」

ムーンリッターの右手は爆発で吹き飛んでいた。
至近距離での爆発攻撃。その着火に使った右手を防護する手段は残念ながら無かった。

「勿論。試合前に触れてましたので」
「だと思った。じゃあ頼む」
この説明は試合前にも受けたものだった。どうやら幾つかの部位ごとに分けたリセットも可能らしい。
脳を対象に含めなければ記憶はリセットされないで済む。


フェニックスの夜間能力、《リカバーバック》。
その効果は、触れた対象を以前に触れた任意の時の状態まで巻き戻す。
パンデモニウム闘技場の運営を支える要とも言える能力だ。


「今日は良い試合だったわ」
サドーヴニクがムーンリッターに手を振りながら言った。
早急に蘇生された為、脳機能は無事だったようだ。
後遺症があれば脳もリセットする必要があるが、この調子ではどうやら大丈夫そうだ。

「こっちも結構危なかったぜ」
「服の材質によっては、ね?」
「やっぱり弄れるのかよ! 怖っ」

仮に相手の着ている服に植物繊維、例えば綿やリネン等の植物質のものがあれば、サドーヴニクはその服に植物を芽生えさせて攻撃する事が出来た。
服から毒草を生やされていたら勝負にすらならないほど悶絶していたかもしれない。
しかし残念ながら今夜のムーンリッターの服は100%合成繊維だったため、干渉できなかったのだ。

「でもそれを回避できた貴方は優秀な闘士に間違いないわ。
きっと直感で着てくるのを避けたのね。
これからの試合にも期待しているわ」
「ああ、よろしくな」
べた褒めされたムーンリッターは悪い気はしなかった。

お礼と格好付けを兼ね、ムーンリッターは治ったばかりの右手からドライフラワーを出して放り投げた。

バラ科バラ属、ダマスクローズ。
その香りから化粧品はもちろん、中東の料理や菓子の材料にも使われる名高い薔薇の品種である。

サドーヴニクは笑顔で薔薇を受け取り、生命を吹き込んでその花を再び瑞々しく咲かせた。

会場は拍手に包まれた。



その夜から、黒色火薬を使ったオリジナルのヘミングウェイ・カクテルが、闘技場の名物の1つに加わった。
そのカクテルには、しばしば闘技場独自のアレンジとして、一輪の香り高い薔薇が添えられて提供されたという。

Fortsetzung Folgt...


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最終更新:2019年05月27日 01:09
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