リンドウが去ってから、白い天井を睨みつけたまま一睡もしていない。
なぜだか知らないが、眠らないほうがいい気がした。
カーテンから外を覗く。
裏手の山から朝霧が出ていて、うっすらと闇が晴れて空が白んできていた。
病院の中庭にはリンドウの姿はない。
あの瓶底眼鏡の何処が気になるのか分からないが、惹かれるものがあった。
ふと、隣に置いてある台の上に赤いリンゴが置いてあることに気がついた。
「……まぁ、一つだけ言えることは」
リンゴをくるくると回しながら独り言を呟く。
「能力者なんて大嫌いだ」
無精ひげの男がエンジンを響かせてハーレーを引っ張り出す。サイドカーに黒服の男が体操座りで乗り込む。
「どうしてヨシユキ君眠らんかったんと思う?」
「所長の夢が気持ち悪いからじゃなかったんですか?」
黒服の男が応対する。
「ほげー、ひどいなゼン君は。あ、
フェム君。一応彼の家に行っといてくれん?」
フェムと呼ばれた僅かに会釈する。彼が僅かに動く度に体中から機械音がする。
「さて、リンドウが目ぇ付けた男、抑えに行こうか。彼氏なんかな?」
病院の受付で散歩の許可をもらって外に出る。
山間に作られた病院だけに空気が奇麗だ。日の出直前の冷え冷えとした空気を肺で味わう。
受付にメールが来ていたが、俺の親父とお袋は昼頃に見舞いに来るらしい。
「さて、どこでリンゴを食うかだな」
赤いリンゴを片手に持ち、座れそうな場所を探す。
そこにバイクの重低音が響いた。
「いかんいかん。患者さんに迷惑やったかいな。おろ?そこにおるのはヨシユキ君かね?」
その特有な口調に聞き覚えがあった。
「
バフ課8班の……」
「諜報係やね」
俺の傍にハーレーを停めると、髭面の太った男がハンカチで汗を拭きながらヘルメットを脱いだ。
「code:
トルトル。まぁ呼ぶときは変なおっさんでもええな」
ニカッと笑う顔には前歯が一本欠けていた。
「彼はcode:ゼン。ちゃんと呼ぶときはゼンさんって呼ばんと怒るやろけどな」
ゼンと呼ばれた男は黒い帽子に隠れて顔がよく見えない。
「勘弁な。ゼン君は人見知りやから。そいで、単刀直入に聞こうかね。リンドウ君と会った?」
「……さぁ、知りません」
何故か、俺はそういう風に答えていた。
なんで?テロリストだろ、あいつは。匿う必要はないのに。
「ありー?そうなんか。久々に予想外れたなー」
射的は外さないんやけどな、と黒服の男に話しかけている。
「とりあえず、君はうちらが保護することになったけん、受付に連絡してきてくれるか?」
この場合、親にも連絡したほうがいいのだろうかと尋ねると、それはすでにうちらがしている、との事だった。
受付に行って、無理な外出許可を何とか取り自動ドアから外に出た。
世界が変わっていた気がした。
いや違う、光が。
「陽が出たのか!」
“透視能力”が無意識に発現した。
「……くっ」
とっさに掌で眼を抑えるが、その掌の肉の断面すら透けて見えた。
そして俺は信じれないものを透視した。
おっさんの服の裏には、爪剥がし器、巨大なペンチ、九つに分かれた鞭、そしてありとあらゆる拷問器具が。
「ん、どうしたん?大丈夫か?救急車って呼ぶかって、病院はここか」
笑って、悪意を感じさせない顔で呼び掛けてくる。
だが、俺にはその顔が死神の顔に見えた。
このまま付いていけば殺される。そう直感した。
ふいにリンドウの言葉を思い出した。
『私の昼の能力はありとあらゆる薬を作る能力』
そして手にはリンドウから貰った赤いリンゴ。
瞬時に彼女の意図を理解した。
トルトルが何かに気づいたように俺に向かって駆け出したが、遅い。
俺はガブリと、赤いリンゴに噛みつく。
そして俺は風になった。
「お前、この報告書間違えてんぞ」
バシッと報告書の束で
ラヴィヨンの頭を叩く。
「え~、何処っスかぁ?」
「ここだよ、ここ。俺らバフ課は7班までなのに、『5~8班が活動中』って書いてんぞ」
「あ、マジっすね。訂正しときます」
そういってカタカタとラヴィヨンがパソコンのキーを打ち始めた。
ラヴィヨンが打ちながら聞いた。
「もし8班なんてのが実在してたらどう思います?」
俺はしばらく考えて答えを出す。
「そりゃお前、俺らの名を騙っている時点で弩級のアホか、弩級のヤバい集団だろ」
「……ゼン君、追おうか」
ハーレーを片腕でかっ飛ばして、片腕で携帯を掛けるという神業めいたことをトルトルは行っていた。
スピードが出すぎているが、それだけキレているということだろうな、とゼンは口には出さずに思った。
「会ったことを隠した時点で殺すべきだったんやな」
珍しく表情がわずかに変わっていた。目尻を痙攣させながらトルトルは応対している。
電話の相手はすぐに出たらしい。
「フェム君、駄目やった。一応彼の家族、殺しといてくれん?」
登場キャラクター
最終更新:2010年06月15日 21:50