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リンドウ編 > 10


ルローに背負われて階段を下っていたリンドウが突然叫んだ。
「……待って!待ってルロー!」
「待たないにゃ。ヨシユキからお前を頼むと頼まれたにゃ。うちはお前を死ぬ気で守るのにゃ」
「そうじゃない!視力が、能力が戻ってる!」
「……にゃ?」
ルローが疑問そうな声で左手をコンクリートの壁に触れる。
爆発が起こった。
「にゃっ!本当にゃ!早く能力を使って戻るのにゃ!」
ルローがリンドウに置換能力をせがんだが、リンドウは首を横に振った。
「……出来ない。八階までなら能力が使えるけど、それ以上への階へは無理だわ」
「もしかして……にゃら八階まで行くにゃ!」
リンドウとルローは八階まで瞬時に移動し、非常階段への道へと急ぐ。
そこには青い霧が大量に溢れていた。
「な、なにこれ」
「おそらく、ヨシユキの能力にゃ。『夜』の……」
リンドウが無言で階段を駆けあがり、ルローが四足でその後を追う。
屋上のドアを開けたリンドウが見たのは、倒れ伏している黒服と、血だらけでフェンスに寄りかかる
「ヨシユキ!」
駆けよって意識を確認すると、弱々しくヨシユキが目を開けた。
「リンドウ…」
リンドウは手提げから震える手で救急箱を取り出す。
追いついたルローは屋上の出入り口で不思議な空間に目を奪われていた。
「全て青色の霧の世界にゃ。これが『能力を否定する』能力かにゃ……」
霧は風に揺らがず、ヨシユキの周りを一定の間隔で広がっている様子だった。
約直径30メートルの世界で、能力の効果は否定され、打ち消されるのだ。
『運命レポート』に書いてあった通りの能力だった。
リンドウが治療していくヨシユキをルローはじっと見ていた。
「ルロー…」
弱々しげな口でヨシユキが呟く。
「なんにゃ?」
「その男の…口を…布で塞げ…」
ヨシユキが差し伸べたのは気絶しているゼンだった。
「殺さなかったのかにゃ?」
「銃が…弾詰まりを…起こした…」
運がいい男にゃ、と思いながらルローはヨシユキの言うとおりにゼンの口を堅くきつく結ぶ。
「……駄目。ここじゃ治療する道具が足りない」
応急処置を終えたリンドウが不安そうな声を出して、置換能力でヨシユキをアジトへ運ぼうとする。
不発。
「ヨシユキ、能力を解除するにゃ」
「無理だ…」
痛みで歪んだ顔でヨシユキが告げる。
ヨシユキの意識とは関係なく青い霧は発動し続けていた。
「……ヨシユキ。言いたくはにゃいが、バフ課が尾けてるにゃ。すぐに移動しなきゃにゃらにゃいが、アジトに歩いて帰る事は出来にゃいにゃ」
「わか…わかっている。ルロー…俺を…殺せ…」
「そんな!」
リンドウの叫びを聞いたヨシユキが、弱々しい笑みを返す。
「敵におまえらが捕まるよりは…俺が敵の手に落ちてお前らに迷惑かけるよりは…そっちの方がいい…」
この手しかなかった。ヨシユキの死体を持ち帰り、能力を薬として取り出すためには。
「……一つ聞きたいにゃ、ヨシユキ。お前はリンドウが好きなのかにゃ?」
「ああ…。出会ったときから…好きだ…」
小さく笑って、ヨシユキが告げた。
これがイレギュラー。『運命レポート』を狂わせた原因かにゃ。
能力者が嫌いなヨシユキが、能力者のリンドウを好きになる確率は、とそこまで考えて、ルローは考えるのを止めた。
「じゃあうちが殺るにゃ」
「すまない…恩に着る…」
そういってヨシユキは目を閉じた。
リンドウは目を背けた。見れるわけがなかった。
「……じゃあにゃ、ヨシユキ」
銀の爪が振り下ろされた。

銃声。
銀の爪が弾かれる。
その音に呼応して、リンドウとルローが臨戦態勢に入る。
ラツィーム隊長。シルスク隊長からは絶対に手を出すなと」
「吾輩はあいつらにあの少年を殺させてはいかん気がしたのだ。直感での」
骨董品の銃に黒色火薬を詰めながら、丸太のような腕をした白い髭面の男が答える。
その横に立つ秘書みたいな女は、胸元が大きく開いた服を着ており、ブロンドに碧眼だった。
その二人が隣のビルの屋上に立っていた。
「バフ課5班。隊長ラツィームに、副長のマドンナかにゃ」
左右のビルを確認し、クエレブレが居ないだけマシにゃ、と俺らに聞こえる声でルローが話した。
「左様。お主は今ここで殺しておいた方が良い気がするの。直感での」
丸太のような腕が膨れ上がる。
そして手に持ったのは催涙弾。ルローに怯えのような表情が貼りつく。
猫にとっては玉ねぎの成分が含まれている催涙弾は血漿を破壊するからだ。
ラツィームの腕が旋回。黒い筒が投擲される。
俺の能力の青い霧では慣性は殺せないらしく、突き抜けて来た。
リンドウの銃弾が迎撃。空中で粉砕し、白い煙をぶちまける。
「撤退するにゃ!」
能力を使えないのでは何もできないと、煙と反対側のフェンスを斬り裂き、退路を作る。
「リンドウ!来るにゃ!」
しかし、リンドウは俺の傍から離れない。
「行け…リンドウ。お前の能力が無ければ…ルローが逃げられない…」
俺の手を掴んでいたリンドウが立ち上がり、その指が離れる。
白い煙から逃れ、ルローの元に駆け寄ったリンドウが振り返り、何かを呟く。
『ごめんなさい』
多分、そういうふうに言っていたと思う。
やがて二人はフェンスから飛び降りて見えなくなった。
俺が伸ばした腕は、何もつかめずに手を降ろした。

「ラツィーム隊長。目標リンドウと目標ルローは逃走。置換能力で逃げたのを部下が確認しました」
「シルスクにはまだ報告するな」
威厳のある深い声。ラツィームがビルの縁を蹴って跳躍する。
着地。デパート屋上の舗装された地面に罅が入る。
ビルとビルの間を悠々と越えてきやがった。
「ふむ。異様な空間だの。吾輩の能力が使えん」
倒れて気絶したままのゼンには目もくれず、俺に一直線に進んでくる。
「若いの。大丈夫かの」
「大量出血以外は…大丈夫だ…」
蒼白な笑みで俺が答えると、髭を震わせて笑いやがった。
人がよさそうな瞳で俺を覗き込んでくる。
「お主の。吾輩が思うにの。今、ここで殺しておかねばならぬと思うの。直感での」
「まぁ…放置しておいても…死にますがね…」
敵に対しては、当然の処置だろう。薄れる意識の中で考える。
問題は俺の死体をどうするかだ。
「死んだら…土葬で…十字架とかを載せてくれると…ありがたい…」
「ふぅむ……」
白い髭を撫でながら、ラツィームが続ける。
「吾輩は少年の死体をバラバラにして隠匿した方がいいと考えるがの。直感での」
最悪だった。
「俺の意見は無視かよ…クソじじい…」
「ふぅむ……」
ラツィームは俺が使っていた鉄パイプを軽々と持ち、正眼に構える。
「頭を割るかの。生意気の」
そういって振り上げる。
スイカ割りのような光景だった。
スイカが俺じゃなければ笑えたがな。
目を閉じた。
もう、だるい。
呼吸する事も、生きる事も。
確かに疲れるよな、リンドウ。
この世界は。
俺は待った。死の鉄槌がくだされる事を。
俺の記憶ごと、殺してくれ。
……
……
……あれ?
うっすらと目を開ける。
「バーストモード」
ラツィームがジェットエンジンによるニ対の拳を受け取めて吹き飛んでいた所だった。
「借リハ返スゾ。風魔ヨシユキ」
薄れゆく意識の中、俺の体が大きな背に背負われるところだった。
浮遊感を感じ、足元のデパートの屋上が段々と小さくなっていくのを見た。
フェムの両脚からもジェットエンジンが突き出し、俺は空を飛んでいるのだと感じたところで、俺の意識がフェードアウトした。

「おい、少年。起きろ」
目を覚ます。視界が捉えたのは白い部屋で、ガラス窓が流れゆく黒い雲を映していた。
横たえられた俺が次に目にしたのは眼鏡を外したリンドウの顔だった。
「…リンドウ?」
「私の娘と接触したのか。だが、私はリンドウではない。ルジだ」
白衣の女が答える。髪の毛まで真っ白だった。唇に咥えた煙草には火が付いていない。
体に痛みは無いが、力が入らない。薬でぼやけた感覚だ。
俺の能力はまだ発動していて、青い霧が周囲に漂っていた。
「全く、とんでもないガキを連れて来たな、フェム。『能力を否定する』能力だと?おかげで三十二種の実験が水の泡だ」
「スマナイ。ダガ、私ニハ彼ニ恩ガアル」
白衣の女の後ろでフェムが答えた。
「彼ヲ治療シテヤッテクレナイカ?ルジ博士」
「あ~あ~。あんたはいつから私に命令できる立場になったんでしょうねぇ」
やれやれとルジが首を振る。だが、その唇に歪んだ笑みを浮かべた。
「だが、こんな面白い材料を放っておけるわけがない。もちろん治療するさ。なぁ、少年」
そういって俺に何やらパネルのようなものを見せつけてくる。
「プランα。この躯はどうだ?」
機械のような体。俺は首を振る。
「プランβ。こいつはどうだ?」
植物の格好をしているのは何かの冗談なのか?俺は首を振る。
「プランγ……は売り切れか」
「『プロトモデル:弐』が残ってますよ」
観葉樹が喋った。
いや、違う。緑の葉が髪となった女が背を向けていたのだ。
その女は幹のような角ばった細い手でパソコンのキーを打っていた。
「黙れテラ。チェンジリング・デイ以前の技術。最後の最高傑作を使えだと?」
にやりと八重歯を見せて笑うその姿は、肉食獣を思わせた。
「面白いじゃないか。それにしよう」
俺の腹部からまた出血が起こった気がした。
薬で痛みを麻痺させられているが、俺の体はこのままではマズいらしい。
「君はこのままでは死ぬ。治療には記憶と心を失う可能性があるが、どうだろう。君、生きたい?」
俺は弱々しく頷く。
生きたい。生きて、もう一度会いたい。
「テラ。あと何分だ」
「およそ1分30秒で能力が切り替わります」
俺は窓ガラスの雲が、眼下に広がっている事に気付いた。
俺の視線に気づいたのか、ルジがにやりと笑う。
「そう、ここは雲の上。我々“政府”御用達の空飛ぶ実験室さ。空中要塞ならば、いつでも能力を昼か夜に操作できる」
雲の向こうに太陽が差し込んだ。
俺の青い霧が消失する。
首筋に痛み。見ると、ルジが俺に麻酔薬を打ちこんでいた。
「ここからは『人体改造』の能力の出番だ。オヤスミ。少年」



「おはよう。ホーロー」



朝日がさす沿岸の第七埠頭。その暗い倉庫。
“ドグマ”に資金提供を行っている黒社会の一部。仁教会の本部があり、会議を行っていた。
「資金の6%を提供する事にする。何か異議は?」
「“ドグマ”は上得意様だ。何も問題は無い」
「むしろ、たったそれだけに抑えてくれている事に感謝しなければな」
議論は収束した。
七人の和服の、いずれも暴力的な雰囲気を纏った男たちが立ち上がる。
突然電気が消えた。
非常用電源に切り替わり、周りに詰めていた護衛たちに力がこもる。
「ネズミか」
だが、誰も侵入してこない。
不審に思った仁教会の幹部の一人が護衛を外に能力で移動させる。
瞬間。悲鳴が上がった。
「何かいるぞ!」
おくれてくぐもった声がして、ドサリと倒れる音。
「全員、能力を発動できるようにしろ」
和服の男の忠告で護衛たちが戦闘態勢に入る。
そのうちの一人は、雷撃を用意していた。
雷撃は思考と同じ瞬間に発動でき、倉庫の出入り口から現れた瞬間に攻撃できる。
だが、侵入者はなかなか現れない。
首の後ろが総毛立ち、背後に何かの存在を感じた。
「……気づくのが遅いな」
首への一撃。それで意識を失った。
「上だ!」
護衛の一団が倒れた後、誰かが叫んだ。
何者かが倉庫の梁の上に立っている。
その男は黒い服を纏い、藍色の長いマフラーを巻いて口元が見えない。
藍色と黒の装束は、どこか忍者を思わせた。
「撃て」
銃弾や、強力な能力が発射されるが、その全てが男に触れる前に消滅した。
否。全て切り裂かれていた。
男が装備されていたのは緩く湾曲した二本の長い短剣。
どちらにも同じような線が中央に溝を作っており、短剣同士が共鳴していた。
そして切り裂くと同時に発光し、銃弾や能力で投げた岩が焼き切れたのだ。
全員に緊張が走る。
「貴様、何者だ?」
初老の和服の男が冷や汗を流しながら声を掛ける。
「……風魔=ホーロー。……お前ら全員、終わりだ」
その男の姿が揺らめいて消えた瞬間、勝負は決していた。

「マタ、殺サナカッタノカ」
フェムは任務完了を知ると同時に倉庫に侵入してきたが、倒れて気絶している男どもをみて呆れたように言った。
「……殺す道理が無かった。……全員、まだ目を覚まさないだろう」
俺はそういうと、置かれていた金融口座や書類をかき集めていく。
これでドグマに資金が流れない。
「ソレデ、コイツラハ、ドウスル?」
フェムが男らを指さすが、俺は答えない。正直、どうでもいい。
電話でルジに連絡を入れる。
「……任務完了」
「はいはいはいはい、ご苦労ご苦労。帰還しろ。次はしばらく休みだから連絡入れるまで待機な」
荒々しく電話が切れる。
袋に書類を全て積み込み、フェムが呼んだ警察が来る前に退散することにした。
だが、しばらく倉庫街を進んだ後、俺たちの前方に立ち止まる影があった。
「あらァ?モう、お帰りカなァ?」
コートを着込んだ男。フェイブ・オブ・グールだった。
「ナン……ダト……」
フェムが雷に打たれたかの様に動けなくなる。
俺だって、こんな所でこんな大物と会うとは想定外だ。
だが、ドグマの幹部と出会えば即時殲滅。これが命令だ。
機先を制すために、腰から二本の特注のナイフを抜き出し、共振させる。
『時間操作』の能力を使い、加速。コートの胸板を引き裂く!
接触した途端にナイフの先端の超感度センサーが作動。高温のプラズマを発生し、肉を焼き切った。
切り裂きながら走り抜けて、背後を取る。
手ごたえはあった。確かに切ったはずだ。
「おやおやァ、元気ガいいなァー」
振り返った男には余裕の笑み。効いていないのかよ。
「……取り返しに来たのか」
「オオーゥ!正・解・デス!さァ、早く返シなさーイ」
まさか資金源を直接取りに来るとはね。
俺はしぶしぶと書類を袋ごと投げてやる。
受け取ったフォグは疑問符を浮かべた。
「のォー!コれじゃなィ!」
「……じゃあ何だ」
「ユーです!ミすタァー風魔」
「……は?」
俺は指さす方向を見る。
コートの男は明らかに俺を指していた。
「……何を言っているのか分からないのだが」
「そウか。記憶ヲ喪失したノデスね。……残念でス」
コートの男は両手を広げて残念そうに首を振った。
そうして去ろうとした。
「……あァ、ソウだ。コれは置イてぃきマーす」
そうして投げ捨てた紙を、俺は掴んだ。
金縛りから解けたフェムが俺に聞いた。
「奴ハ何処ダ?」
俺は紙から目を上げ、フォグを探した。
フォグは何処にもいなかった。

空中要塞に戻った俺はベットに横になり、フォグが落としていった紙を見ていた。
「……日付と、場所。……今日の夕方の時間だな。……そして『ごめんなさい』か」
頭に軽い頭痛がした。
何かの記憶が再生される。
女だ。
悲しげな視線で俺を見る、空虚な瞳の女。
大切な約束をしていなかったか。
夕暮れのあの日。


確か俺は――。


ベットから跳ね起き、装備を付ける。
部屋から出ると、フェムと廊下で会った。
「何処ヘ行ク」
「……下へ降りる」
そのままフェムを避けようとした途端、鉛色の腕が俺の進路を遮る。
「オ前ハマダ、単独行動ヲ認メラレテイナイ」
「……フェム、頼む。……お前と戦いたくない」
鉄の顔からは表情が読み取れないが、小さく戦闘モードと呟くのが聞こえた。
俺は一歩下がり、短剣の一本を取り出す。
「……やめろ。……お前じゃ俺に勝てない」
フェムの腕のジェットエンジンが点火。長く伸ばされた腕が、激突する。
要塞に備え付けられた、監視カメラに。
「……行ケ。次ニ会ウトキハ、敵ダ」
「……フェム。……ありがとう」
俺は駆けだす。

「懐かしいものだ」
走り去るホーローの姿を見ながらフェムは回顧していた。自分にも誰かを想っていた時期があった事を。
それは叶う事が無かったが。
ホーローを逃した責任は重いだろう。おそらく自分には一生『心』が与えられまい。
それでもフェムは良いと思っていた。
風魔ヨシユキに、自分の想いを重ねていたから。
「さぁ、報告しに行くか」
その背中には、機械らしからぬ熱い魂が宿っていた。

錆びて、崩れかけたデパート。
立ち入り禁止の黄色の帯をくぐり抜けて、デパートの正面入り口から入る。
中央の天井には、あの日の爆発での衝撃で大きな穴が開いていた。
エレベーターのボタンを押すが当然動かず、非常階段を探し、一段一段登っていく。
彼女はここを俺を担いで登って行ったのかと思うと、苦笑が漏れる。
最初の出会いを境に、俺の運命は変わった。
良かったのか悪かったのか、分からない。
これからも分からないだろう。
それはきっと、何もかもが終わった時に分かるはずだから。
だから、終わらせるために、まず始めようと思った。
屋上のドアを押しあける。
「遅いよ」
あの日と同じ場所に、彼女は立っていた。
夕暮れが差し込む、午後5時。
俺はその場に立ち止まって、彼女を眺める。
「…あの趣味の悪い眼鏡は辞めたのか?」
胸にあふれる感情を誤魔化すために、皮肉を言う。
「違うわ。ちょっと外していただけ。こっちの方が可愛く見えるでしょ?」
リンドウが笑う。
そして、沈黙が落ちた。
二人とも、言いたい事は山ほどあるはずなのに、何から言っていいのか分からない。
陽が、橙色に俺たちを染め上げる。
「……ごめんなさい」
リンドウが謝った。
「あの日、死ぬのは私だったはずなのに。あなたを死にそうな目に合わせてしまった」
「違うよ」
俺は即座に否定する。
「リンドウ。あの時の俺は、お前の命が何よりも大事だったんだ。リンドウの死こそが、俺の死だった。
 だから、『ごめんなさい』に対して『ありがとう』を言うよ」
俺の言葉を、リンドウが涙目で聞いていた。
「リンドウ。生きていて、ありがとう。お前の命が、俺の命だ」
俺が笑う。リンドウも泣きそうな顔をしながら笑った。
「……それで、これからどうするのかしら?“政府”に戻るの?」
「残念ながら“政府”には急な休暇申請を出してきた。それよりも行きたい組織があってね
 その組織で、守りたい女を守る事にする」
「じゃあ、そうしなさい」
リンドウが俺に向かって手を差し伸べてくる。
「それではようこそ、我らが組織“ドグマ”へ」
夕暮れ時。
春の陽気を宿した風が、俺とリンドウの間を流れていく。
屋上の出入り口で立ち止まっていた俺は、ベンチの傍に立つリンドウへと歩みを再開する。
彼女の差し出された掌を掴むために。



                    終わり。

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最終更新:2010年07月08日 02:55
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