人気もまばらな休日の森林公園で、少年はひとり、静かな激闘を繰り広げていた。
「チッ、これも駄目か……。食材とは違って、武器として使えそうな菓子やら料理ってのは、
なかなかこれってものがないもんだな」
岬陽太はそう呟いて小さくため息をつき、自分の足元にちょっとした山を形成しつつある、
お菓子やジャンクフードの群れを見やった。すべて彼が自らの能力で具現化したものだ。
万物創造【リ・イマジネーション】。天の啓示が少年に与えた、陽の力。陽の力であるが
故に、少年は自分がこの力を使いこなせないことは、むしろ自然なことなのかもしれないと
感じ始めていた。
昼下がりの雲ひとつない澄み切った青空を、陽太は少し恨めしげに見上げた。
中空に浮かぶ、ぼんやりと白く今にも消え入りそうな月。そのあまりにも頼りなく弱弱し
い姿が、彼の弱気な予想をより増幅させていく。
「おいおい、ほんと頼むぜ。俺は月下、月の光の下に生まれた男なんだ。いくら太陽が眩し
くても、お前がそんな死にそうな顔してちゃ困るんだよ」
不甲斐ない自分の守護者に向かって悪態をつきつつも、陽太はそれがさすがに理不尽で不
当な言いがかりであることも、もちろんわかっている。太陽の光は、ただそれだけで絶対の
存在であり、陰たる存在である月が敵う相手ではないのだと、もちろん知っている。
「フン、まあいいさ。使えない能力なら、使えないなりの使い方をすればいいだけの話だしな。
すでに俺は神に叛いた身だ。それならとことん叛いてやるだけさ」
茫洋とした月から目をそらし、彼の守護者を無力者たらしめている宿敵を細目で見つめる。
「岬月下、この名前を覚えておけ。神に叛いた男、そして、この世の理にも叛く男の名前だ」
視線の先には、燦然と輝く太陽。挑発するかのように指をつきつけながら、陽太は決然とそ
う言い放った。
「岬月下、ね。今、私の心に深く刻んだわ。深く、裂けるほどに深く、刻んだわ」
不意に、陽太の背後で声がした。機敏な動きで振り返った陽太は、手を伸ばせば届きそうな
ぐらいの近距離に立つ、ひとりの少女の姿を確認した。後ずさりながら、彼は少女に問う。
「だ、誰だお前は!? いつの間に俺の背後に……」
「でも残念ね。貴方の名前を私の心に刻むのは、神に叛いた者の名として、ではないの。この
私の手で、安寧なる虚世(うつろよ)へ渡る者の一人として、なのよ」
まるで話が通じていない。しかし、彼女が自分にとって不穏な存在であることは間違いない
ことぐらいは、陽太にもはっきりと理解できた。そして、それさえ理解できれば十分だった。
「……ハッ、なるほどな。お前、組織の者か。犬っころには手が負えないってんで、とうとう
能力者がしゃしゃり出てきたってところだろ」
「生憎だけど、私はあの汚らわしい魔犬とは欠片ほども関わりはないわ。私が何者かなんてこ
と、貴方は知る必要もないの。だって、貴方は今日、此処で旅立つのだから、虚世へと。この
私の手にかかってね」
そう言って少女は、にっこりとほほ笑んでみせた。その表情のあまりの可憐さとあどけなさ
に、陽太は一瞬たじろいでしまう。いつかはこんな日も来るだろうと想像してはいたが、その
相手がまさか、自分とそう年の変わらない少女だという事実が、彼の気分を重くさせる。
「冷たいな。殺されるのなら、せめて誰に殺されたかってことぐらい知っておきたいもんだ。
殺す者と殺される者の間にも、礼節ってものは面倒だが存在する。お前もレディなら、それぐ
らい知ってるだろ?」
陽太の言葉に少し心が揺れたのか、少女は考えるような素振りを始めた。
その間に陽太は、この不意の来訪者を冷静に観察することにした。
やはり、年齢は自分とほぼ同じ。下を向いて考えている今の姿勢だと、量感のある長いまつ毛
がはっきりとわかる。腰に届こうかという長い黒髪は、太陽の光を受けて、天使の輪をくっきり
と形作っている。日蔭者っぽくはあるが、クラスにいれば男子にちやほやされそうな雰囲気だ。
ここまでならまあいいが、と、陽太は頭を抱えそうになった。
彼女のあの服装はなんというのだろうか。黒いワンピースにも見えるが、実は分割されている
のか。いずれにしても彼女は真っ黒だった。ロングスカートの裾から見える白いレースっぽい物
体以外、何もかもが黒い。
いわゆるゴスロリってやつか。もう面倒だから、そういうことにしておこう。陽太はその辺に
ついては深く考えないことにして、思考を中断した。彼女が顔を上げたからだ。
「貴方の妄言に服従するわけではないけど、確かに間違ってもいないわね。いいわ、教えてあげ
る、私の名前。刻んでね、深く。あなたの心に、深く、裂けるほどに深く」
「ああ、もちろんだ。裂けるほどに忘れることはねぇ」
陽太の答えを聞いた少女は満足そうにゆっくりと頷き、さっきと同じように柔らかい微笑を浮
かべ、つやのある唇を開く。
「白夜。それが私の名前。夜の闇を祓う者、白夜よ」
つづく
登場キャラクター
最終更新:2010年06月23日 02:06