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ウサギのナミダ・番外編「オリジナルの矜持~後編~」 - (2010/01/16 (土) 01:47:45) のソース
&bold(){ウサギのナミダ 番外編 } &bold(){オリジナルの矜持 ~後編~ } □ 三日後の夕刻。 すでにとっぷりと日の暮れている時間であったが、俺は蓼科さんを例によってドーナッツ屋に呼び出した。 今日はものの受け渡しだけだから、二人ともコーヒーのみ注文してテーブルに着く。 「これが、依頼の品だ」 蓼科さんに小さな箱を渡す。 彼女はおそるおそる受け取ると、そっと箱を開けた。 「これが……わたしの新装備……」 つぶやく涼姫の視線の先。 箱の中には、俺が組み上げた、蓼科さん考案のオリジナル装備が入っている。 一緒に入っているメディアは、その装備を動作させる基本プログラムだ。 「随分早かったですね」 「ああ、作業に興がのってね」 日曜日に蓼科さんと、この装備に必要な部品の買い出しに行った。 彼女は機械いじりがあまり得意でないそうだが、自分の神姫の装備くらいはちゃんと把握しておくべきだろう。 そう思い、細かく説明しながらいろいろ買い物したというわけだ。 設計自体は、もともとのパーティオの装備を流用できるので、難しくない。 組み上げるのも楽しくなってきて、作業はあっと言う間に終わってしまった。 動作チェックと基本動作プログラムを用意する方が手間だったかも知れない。 「ありがとうございます。お手数をおかけしました」 「いいさ。俺も楽しかったし」 蓼科さんは恐縮して頭を下げるが、俺は気にしていなかった。 このオリジナル装備を涼姫がどう使いこなすのか、それが楽しみでならない。 「俺が用意したのは、装備の基本動作のみだ。装備を利用した動きは、君たちが工夫し、修練することで身につけていく。いいな?」 「……はい!」 瞳に決意を、表情に嬉しさを宿し、蓼科さんは装備が入った箱をぎゅっと抱きしめた。 ◆ 「そう簡単にできるもんじゃないわね……」 一晩、新装備と格闘した結果、得られた結論がこれである。 装備自体は、涼子が考えたものをほぼ実現している。 しかし、思うような動きが出来ない。 装備が作動するだけではだめで、涼姫の一連の動きの中で装備を使っていかなくてはならない。 しかし、そもそも涼姫の動きが、思った通りの動きになっていない。 「これは随分やっかいね……」 今更ながらに、遠野の言葉の意味を思い知る。 『オリジナル装備は邪道だし、茨の道だ』 ライブラリにも登録されていない装備を使いこなす動作を覚え込ませるなんて、いったいどうしたらいいのだろう。 涼子には雲を掴むような話に思えた。 たしかに、茨の道。 でも、彼女はあきらめる気など毛頭なかった。 家に帰り、夜まで涼姫と新装備の練習をする。 電話をしても大丈夫そうな時間を慎重に選び、携帯電話から番号を呼び出した。 遠野さんは、わたしのことを、しつこい女と嫌わないだろうか。 コールの間、涼子はそんなことを考えた。 ◆ 高い空に、鐘が鳴り響く。 「あー、終わった終わった!」 有紀は、うーん、と伸びをしながら立ち上がる。 終業のチャイムを合図に、クラスメイトもそれぞれに立ち上がり、解散していく。 高校生の放課後はなかなかに忙しい。 有紀は、帰り支度をしている美緒に声をかけた。 「美緒~。今日もゲーセン行くだろ?」 「ええ、そのつもり」 「じゃあさ、今日はバトルだな、みんなでさ」 「いいわね。最近練習ばっかりだったし」 「あたし達のパワーアップした実力、見せてやるぜ~!」 あけっぴろげな有紀の言葉に、美緒は苦笑する。 「いいわ。付き合うわよ。みんなも行くでしょ?」 いつもの仲間である、他の二人に視線を向ける。 梨々香は、はいはい、と手を挙げて、 「わたしも行くよ~!」 とにこやかに笑った。 だがしかし。 「……ごめん、わたしちょっと用事があって図書館に行かなくちゃいけないから……今日はみんなで行って」 涼子は、トレードマークのポニーテールを揺らしながら立ち上がった。 美緒は驚きを隠せない。 涼子は四人の中でもバトル好きだ。 有紀との対戦も、望みこそすれ、断る理由はないと思っていた。 「涼子……?」 「……気にしないで、ほんと。ちょっと調べものがあって……」 以前に聞いたような言葉、聞いたような状況。 戸惑う美緒に、涼子は振り向いて言った。 「美緒……物理、得意だっけ?」 「物理? ……わたし、理系科目はちょっと……」 「そうだよね……だったら自分で調べるしか……」 涼子は荷物を肩に掛けると、ふらふらとした足取りで教室を後にした。 残された三人は、顔を見合わせた。 はたして、涼子は学校の図書館で、物理の参考書を開いていた。 机の一角を占領し、十冊ほどの本がうずたかく積まれている。 本を開き、その内容を机にいる彼女の神姫と何事か検討しているようだ。 気を遣って、できるだけひそひそと話しているが、つい声が高くなったときなどには、図書委員に厳しく注意されていた。 「なにやってんだ、ありゃ……」 有紀が呆れ気味に呟く。 涼子は得意でもない物理の参考書を開きながら、あれこれとノートに書き込み、その都度頭を掻いては悩んでいる。 今回も不可解に思いながら、涼子の様子を物陰から盗み見る美緒たちだった。 だが、何をしているのか、さっぱりわからない。 「テナガザルの生態にロッククライミング入門、働く建機、図解・器械体操……?」 積んである本の背表紙はそう読める。 涼姫と一緒にそれらの本を見ているということは、神姫がらみなのだろうけれど。 それにしても、いずれの本もまったく関連性がわからない。 涼子は最近、あまりゲーセンに顔を出さなくなった。 でも、バトルロンドをやめるわけではないらしい。 いったい、何をしているというのだろう。 □ 「それを俺の口から言うわけにはいかないな」 土曜日の午後。 八重樫さんの質問に、俺はそう答えた。 最近の蓼科さんの様子に疑問を持った彼女たちは、俺に尋ねてきたのだった。 「ということは、知っているんですね?」 「蓼科さんが何をしようとしてるのかは、知ってる。でも、彼女から君たちに話していないことを、俺からは言えない」 「この間の日曜日、秋葉原に買い物に行ったのは、涼子と一緒だったんですか?」 「ああ。彼女の買い物に付き合ったんだ」 蓼科さんは今日も来ていない。 いつも一緒だった仲間が、急に様子がおかしくなり、付き合いも悪くなった。 確かに、八重樫さん達が蓼科さんの心配をする気持ちも分かる。 「まあ、彼女はバトルロンドをやめた訳じゃない。近いうちに必ず戻ってくる。それは保証する」 俺の言葉に、三人は渋々ながらも納得してくれたようだ。 しかし、さきほどから、隣にいる久住さんのただならぬ気配が伝わってきているのだが、なんだろう。 すると、江崎さんが唐突にこんなことを言い出した。 「じゃあ、涼子ちゃんと遠野さんは、付き合ってるんですか?」 「……は?」 なぜそうなる。 「だってぇ、日曜日に二人きりでお買い物に行ったんでしょう? それってデートじゃないですか」 「いや、待ってくれ。買い物と言っても、神姫のパーツ関連の買い出しだから、デートとかそんな意味は……」 俺の言葉は、いつの間にか周囲に集まってきていた常連さん達の、 「ひゅううぅーーーーー♪」 という冷やかし混じりの口笛にかき消された。 待て。 どうしてそうなる? 俺が混乱して戸惑っていると、周囲の様子はさらにおかしくなっていた。 口火を切った江崎さんは、目をきらきらと輝かせながら、にこにこ微笑んでいる。 彼女の後ろにいた八重樫さんと園田さんは、なぜか顔面蒼白のまま硬直している。 そして、俺の隣からは、なんだかただならぬ気配が増大し、いまや周囲を飲み込まんとしていた。 「……とおの、くん……?」 「……はい?」 その気配からの呼び声は、夜闇のような冷ややかさ。 俺の声は、知らずおののいている。 見れば、気配の主たる久住さんは、うつむいたまま、異様なオーラを放っていた。 そしていきなり、がばっと顔を上げると、人差し指を俺の鼻先に突きつけた。 「勝負っ! 勝負よっ!! バトルロンドでわたしが勝ったら、涼子ちゃんの秘密を洗いざらい吐いてもらうわっ!!」 ……で、君はなんで、涙目なんですか? 全く訳の分からない展開に、俺の頭はついていかない。 周囲のギャラリーは異様な盛り上がりを見せている。 久住さんの肩の上でミスティが、俺の胸ポケットの中でティアが、深い深いため息をついた。 結局、久住さんとバトルすることになり、かろうじて俺が勝ちを拾った。 蓼科さんへの義理は、こうして何とか保たれた。 ◆ その週末、涼子はゲーセンに姿を見せなかった。 週が明けても、授業が終わるとそそくさと教室を出て行ってしまう。 有紀は涼子を問いつめるべきだと言ったが、美緒はもうしばらく様子を見よう、と主張した。 確かに親友が一人悩んでいるとしたら、心配だ。 だが、思い悩んで煮詰まっているのではなく、前に進もうと独力で頑張っていると解釈した。 もし涼子が美緒達の力を必要としているなら、遠慮なく言ってくるはずだ。 だって四人は親友なのだから。 それに、遠野が全てを知り、サポートしているらしい。 ならば何も心配はいらないだろう。 そう主張すると、有紀も梨々香も納得してくれたようだった。 そして、その週の金曜日。 「あー、終わった終わった!」 有紀は、うーん、と伸びをしながら立ち上がる。 終業のチャイムを合図に、クラスメイトもそれぞれに立ち上がり、解散していく。 有紀は、帰り支度をしている美緒に声をかけようとして、 「有紀、美緒、梨々香。今日はわたしに付き合ってくれる?」 涼子の声に遮られた。 見れば、涼子はなにやら自信に溢れた様子。 最近のおかしな雰囲気は微塵も感じられない。 「涼子……もういいの?」 「うん。しばらく付き合えなくて、ごめんね」 美緒の言葉に優しく微笑む。 有紀が挑戦的な眼差しで涼子を見た。 「いままで何やってたのか、説明してくれんだろーな?」 「もちろん。だから、有紀……わたし達とバトルして。そしたら全部わかるから」 「上等じゃん。よーし、久々に四人揃ってゲーセンだ!」 おーっ、と楽しげな四つの声が重なった。 遠野の言ったとおり、涼子は戻ってきた。 果たして、彼女は何を見せてくれるのだろうか? 新装備? あるいは新技? 先ほどまでの心配はどこへやら、美緒の心はわくわくと浮き立っていた。 ◆ 四人がゲーセンに着いたときには、遠野はすでに来ていた。 いつものように壁際に立ち、今日は菜々子と大城を相手に何かを話している。 陸戦トリオが金曜日の夕方に揃い踏みとは珍しい。 涼子は緊張した。 憧れの神姫プレイヤーがそろいも揃って自分を待っている。 「お、来たな」 遠野が視線を上げ、涼子たち四人を見て微笑む。 涼子は遠野の前に立ち、頭を下げた。 「遠野さん、これまでありがとうございました」 「特訓の成果、見させてもらうよ」 涼子は緊張が増すように感じた。 遠野は否定するが、涼子にとってはやはり神姫プレイヤーとして師匠なのだ、彼は。 無様な姿は見せられない、と思う。 遠野の隣に目を移すと、大城はいつも通り笑っていた。 菜々子はなぜか、口をへの字に曲げて、むすっとしている。 「……結局、遠野くんは、涼子ちゃんが何をしているか、教えてくれなかったわ」 「え?」 「だから、見に来たのよ、今日は。遠野くんとあなたが、今まで何してたのか見られるって言うから」 菜々子はご機嫌斜めの様子。 遠野に口止めしたことはないのだが、涼子の新装備については全く口外しなかったらしい。 それについて機嫌が悪いというのでは、むしろ恐縮してしまう。 そんな涼子に遠野は言う。 「みんなを驚かせてやれ」 そう言って、笑った。 「……はい!」 涼子も微笑んで返事する。 緊張は嘘のように消えていった。 そう、今のわたしたちを見てもらえればいい。 それだけで、菜々子さんにも大城さんにも、仲間達にも、わかってもらえるはずだ。 涼子は空いている筐体に歩み寄る。 「……有紀ちゃん!」 「あ、はいっ」 突然、菜々子の呼び声。 有紀は即座に菜々子の前にやってきた。 「涼子ちゃんの相手をしてあげて。……あなたも、特訓の成果をみんなに見せつけてやりなさい!」 「はい、師匠!」 元気良く返事をした有紀は、涼子の対面に向かう。 ギャラリーたちが、なにやら普段と違う空気をかぎつけて、涼子たちの筐体の周りに寄ってきた。 こんなに注目されてバトルするのは初めての経験だ。 涼子は深呼吸を一つする。 そして、アクセスポッドの前にいるパートナーと視線を合わせる。 「いよいよね、涼姫」 「うまくできるでしょうか、涼子?」 「練習通りにやりなさい。今のわたしたちには、それ以上のことは出来ないわ」 「……そうですね」 「……不安なの? 姫」 「ええ、少し。相手はストラーフ装備のカイですから……」 「でも、きっといい勝負になると思うわ」 「え、なぜです?」 「だって、有紀もカイも、ここにいる誰も……今の姫の装備を見たことがないんだから。たとえティアだって、あなたの動きを追うのは苦労すると思うわ」 「そう……そうですね!」 「さあ、はりきっていきましょう。わたしたちのデビュー戦!」 「はい!」 二人は笑顔を交わした。 涼姫がアクセスポッドに潜り込む。 神姫と筐体がリンクし、準備が整う。 筐体を挟んだ向こう側、長身の少女が不敵に笑っている。 「遠慮はしないぞ、涼子」 「もちろんよ、有紀。わたしこそ、全力全開で行かせてもらうわ」 二人はにやりと笑い合う。 あのときの……約束のバトルをしたときの、遠野と大城もこんな気分だったろうか。 幾ばくかの緊張と、高揚と。 二人は同時にスタートボタンを押す。 『涼姫 vs カイ』 ディスプレイに対戦カードが表示され、ギャラリーから歓声が上がった。 □ 「言ってみれば、一番弟子対決……ってところかしら」 久住さんの言葉に俺は首を振った。 「蓼科さんは弟子じゃない。まして涼姫は、ティアの装備の系譜に連なるわけじゃない」 技を教えたわけでも、装備を与えたわけでもない。俺とティアのバトルに連なる何かを、蓼科さんが受け継いだわけではないのだ。 それを弟子とは呼ばないと思う。 オリジナルの装備を使うということは、ただ独りでその装備に向き合わなくてはならない、ということだ。 それゆえに孤高。 師匠と弟子の関係にはなり得ない。 俺の説明に、久住さんはまた口をへの字に曲げた。 「屁理屈」 「心外だな」 「涼子ちゃんは、あなたのこと師匠だと思ってると思うけど」 「彼女がどう思おうと、俺はそう思ってない……むしろライバルだろう」 「ライバル?」 「誰もやっていない動きをする神姫だなんて、嫉妬を禁じ得ない」 俺がそう言うと、久住さんは肩をすくめて苦笑した。 ◆ フィールドは『都市』ステージが選択された。 高層ビルが林立し、ハイウェイがその隙間に張り巡らされたフィールドだ。 「わたしにはむしろ、都合がいい」 ヴァローナ・タイプのカイは、そう思った。 このフィールドは、以前、『エトランゼ』のミスティが、あの三強をかっとばした場所だ。 マスターも菜々子を師と仰ぐが、カイもミスティを慕っていた。 ミスティが得意のステージなら、その教えを授かるカイもまた得意なはずである。 カイはストラーフ装備の副腕「チーグル」を振る。 彼女の武器は、その剛腕と、ヴァローナの装備を組み替えた大鎌。 完全に接近戦仕様だ。 カイのマスター・有紀は、バトルで細かいことは考えない。 とにかく突っ込んで、ブン殴って、どーん! というのが基本戦略である。 装備にも、彼女のパーソナリティが如実に現れている。 カイのボディや装備は鮮やかなグリーンでペイントされている。これもマスターの好みだ。 そのグリーンの装備を一振りしつつ、カイは周囲を警戒する。 敵は涼子の神姫・涼姫。 カイとは対照的に、機動力を重視したヒットアンドアウェイを得意とするパーティオ・タイプだ。 今回はいつもと装備が違うらしい。 カイは、ビルの谷間のハイウェイで待ちかまえる。 張りつめる緊張感。 決して気を抜いてはいない。 絶対に警戒していた。 「あうっ!?」 にもかかわらず、カイはいきなり、後頭部を蹴っ飛ばされた。 激しい痛みに耐え、カイは顔を上げる。 その時には既に、目の前にパーティオの足の肉球が肉薄していた。 「おあっ!?」 今度は正面から顎を蹴り飛ばされ、バランスを崩し、尻餅をつく。 なんだ、いったい。何が起きた? カイは頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。 そして首を巡らす。 いた。 ハイウェイを望む高層ビルの壁面。 涼姫は垂直なコンクリートの壁面に「着地」していた。 カイは疑問に思う。 今確かに、涼姫は空中から攻撃を仕掛けてきた。間違いなく飛んでいたはずだった。 ありえない小回りの良さで空中を折り返し、カイに二度目の攻撃。 しかしその間、一切の音がなかった。 アーンヴァルやエウクランテならジェット噴射音があるし、飛鳥ならプロペラの音がする。 空中戦タイプの神姫は、動力音から逃れ得ない。 しかも、カイが起きあがるわずかの間に、空中での折り返し。 魔法でも使っているというのか。 身構えるカイに対し、涼姫は再び仕掛けようとしている。 カイは涼姫に傾注する。今度こそ見極める。 涼姫の装備は、以前とは様相が異なっていた。 基本的にはパーティオのデフォルト装備と同じ構成だ。 しかし、その大きさが違っている。 手首と足首がパーティオのものよりもふた周りほど大きい。マオチャオの装備と同じくらいある。 そして、手足ともに、大きな爪が生えている。 今涼姫は、ビルの壁に足の爪でつかまり、こちらをうかがっているのだった。 涼姫が動いた。 カイを見つめながら、右腕を水平に構える。 すると、右の手首がぽん、とはずれて飛んでいき、その先にあるビルの角を掴んだ。 手首と腕は、細いワイヤーで繋がれている。 いったい何をしてくるのか。 カイが大鎌を引き寄せた瞬間。 涼姫はビルの壁を蹴って、空中に躍り出た! 「な、なんじゃそりゃああああぁぁ!?」 カイは思わず叫ぶ。 涼姫は、ビルを掴んでいる右手首を支点に、ワイヤーにぶら下がりながら、空中で弧を描く。 その軌道はカイに向かって突進してくる。 振り子だ。 動力音がせず、空中を飛ぶ秘密が、振り子運動だったとは。 十分に加速された涼姫の蹴りが、三度カイを襲う。 「くっ……!」 乾いた音と共に、激しい衝撃。 今度はカイも、大鎌の柄で、涼姫の足を受け流した。 しかしまだ戦いは続いている。 涼姫の動きは振り子。 だから、運動の頂点に達すると、そのまま戻ってくるのだ。 カイは身構える。 今度はさっきのようには行かない。 強化脚「サバーカ」で地を踏みつけ、得意の大鎌を構えた。 振り子運動の軌道を読む。 「ここだああぁ!!」 カイは大鎌を袈裟懸けに振るった。 まさに必中のタイミング。 だが、その鎌の刃がまさに襲いかかろうという刹那、涼姫の身体がかき消えた。 「んな……っ!?」 必中の大鎌は、空を切るのみ。 ばかな。 もちろん、涼姫が消えたわけではない。それはカイにもわかっている。 今の一撃は完全に当たるタイミングだった。 それをかわすような、空中での急激な軌道変更など出来るはずがない。 だいたい、涼姫には羽も推進器もないのだ。 だが、彼女はしてのけた。 カイは鎌を振り下ろしたままの体勢で、ゆっくりと後ろを振り向く。 涼姫は、カイの頭上を越え、くるくると回転しながら着地するところだった。 ワイヤーに引き戻された右手が、涼姫の腕に再び収まる。 顔を上げた涼姫と、視線が交差する。 カイの瞳に畏怖が浮かんだ。 □ ギャラリーから、ため息のような歓声が漏れた。 涼姫は、空中で軌道を変更し、カイの一撃をかわして見せた。 その軌道は見たこともない不思議なものだった。 だが、それを可能にする動作一つ一つは、特別なものではない。 装備を作ったのは俺だから、よくわかる。 「あんな方法で空中機動なんて……ありかよ」 大城の声も驚きを隠せない。 久住さんは俺に視線を移しながら言った。 「あれが……涼子ちゃんの秘密なの?」 「そう。あの独特の戦闘スタイルを、俺の口から説明できると思う?」 「う……」 久住さんは口ごもる。 まだ蓼科さんがバトルに参戦する段階でないときに、オリジナル装備の特徴を他人が吹聴していいはずがない。 武装神姫の装備と技は、バトルロンドで見極められるべきだ。 事前情報があるにしても、それはバトルロンドを通して知らされるべきなのだ。 「ごめんなさい……軽率だった」 「いいさ」 久住さんのこの素直さは美点だと思う。 それでも恐縮してしまった久住さんに代わり、ミスティが口を開く。 「ねえ、今の動きはいったい何なの? あんなに急激に空中で方向転換なんて」 「仕組みは単純だ。ウィンチ……ワイヤーを巻き取っただけだ」 涼姫の腕の装備はワイヤーハンド。パンチを飛ばして攻撃するハンドパーツで、飛ばした手首は繋がれたワイヤーを巻き取って回収する。 以前からある古典的な装備だ。 ただ、それは攻撃手段だったが、蓼科さんは移動手段として考えたところが斬新なアイデアだった。 ゆえに、誰もが思いもしない動きを実現することが出来たのだ。 今、涼姫がカイの一撃をかわしたのもそうだ。 振り子運動の最中に、腕のワイヤーを巻き取る。 すると、ワイヤーに沿って身体が移動する。 それだけだ。 そんな単純な動きの組み合わせで、涼姫の特殊な機動はできている。 「すごいわ……どうやってそんなこと、思いついたのかしら」 「なんか、三十年くらい前のヒーロー映画がモチーフだって言ってたけど」 肩をすくめた俺の答えに、久住さんは首を傾げた。 ◆ 空中での機動には、確かに驚いた。 しかし、地上にいれば話は別だ。 あのおかしな装備はあるにしても、地上での機動力は以前と大差ないはずだ。 カイは気持ちを奮い立たせる。 今のカイだって、以前とは違う。 ストラーフ装備を手にした彼女は、以前よりも格段に機動力が上がっているのだ。 脚に力を込め、地面を蹴る。 『そうだ、カイ! いっけええええぇぇ!!』 彼女のマスター・有紀は、細かい作戦など考えない。 だが、マスターの声は、いつでもカイを奮い立たせる。 地面に降りた涼姫を狙って、チーグルを構える。 まさに剛腕一閃。 叩きつけるようなチーグルの一撃は、ミスティ譲りだ。 土塊が飛沫のように上がる。 「ちっ……!」 しかし、手応えはない。 カイは正面を見る。 涼姫はバク転で、腕の攻撃と土塊の追撃から逃れていた。 数度後ろに跳ね、ひときわ高くジャンプした後、低い姿勢で着地する。 カイはまたしても目を見張る。 涼姫の動きは、地上にいるときすら以前とは違う。 カイは畏怖と焦燥に心を縛られ始めていた。 ◆ 涼姫のバク転回避を見たとき、美緒ははたと気がついた。 「だから、器械体操の本……」 その言葉で、梨々香も思い当たったようだ。 「あ、図書館で涼子ちゃんが読んでた本! 涼姫の動きを研究するためだったのね?」 「たぶん、ね」 物理の参考書は、振り子運動の動きを知るため。 器械体操の本は、体操競技の動きをバトルに取り入れるため。おそらく、あの装備を使うのに適した動きと考えたのだろう。 建機は、おそらくウインチを使用する建機の働きを知るため。 ロッククライミング入門は、ビルに掴まる動作の研究に。 「それじゃあ、テナガザルの生態は……?」 梨々香の言葉に、美緒は首を傾げる。 しかし、その疑問もすぐに解けた。 間合いを離そうと移動するカイに追いすがるように、涼姫は空中をすり抜けていく。 涼姫は、両脇のビルを使って、左右の手を交互に延ばし、まるで雲梯を伝っていくように、ビルの合間を駆け抜ける。 その様は、テナガザルが枝を伝って木々の間を抜ける様に似ているように思えた。 まるで関係ないように思えた参考図書が、こんなところで関連性を帯びる。 美緒は涼子に感心することしきりだった。 ◆ 涼姫がこの装備を初めて使ったときのこと。 一晩試してみて、一筋縄では行かないと思い、涼子は電話で遠野に相談した。 冷たく突き放されるかと思ったが、遠野は詳しくアドバイスをくれた。 遠野がティアにやっている、機動データを得る方法。 それは、自分が思い描く動きに似た競技などを研究して、実際に神姫に動きを真似させてデータを取るというものだった。 これだけでも十分途方もなく感じられたが、ティアはそれを毎日八時間以上繰り返しているとのことで、涼子もようやくティアの強さに納得がいった。 日々の地道な訓練が、彼女の奇跡のような機動力を下支えしているのだ。 オリジナル装備を使いこなすには、それほどの労力と覚悟が必要だと言うことだった。 ただ、遠野は、とりあえず自分の思い描く動きの種類を絞り込み、それに似た動きの研究をしてみることを勧めてくれた。 はじめから手当たり次第に動きを真似させても、効率が悪い。 まず、実現したい部分から、徐々に手を広げていくべきだ、と彼は言った。 涼子はその言葉を忠実に実行した。 そして、約十日かかって、ここまでこぎつけた。 その間の特訓は、いままでで一番武装神姫に向き合った日々だった。 正直きつかったが、涼子にも涼姫にも充実した時間であったことは間違いない。 □ カイの焦りは、ディスプレイを通しても手に取るようにわかる。 サバーカを駆使して疾走しているにも関わらず、涼姫は悠々と上空から追いすがってくる。 一撃離脱はもともと涼姫の戦闘スタイルだったが、新装備の不思議な動きが、カイの焦りを増幅させているようだ。 また、カイの攻撃は手数も劣っていないが、一発たりとも当たらない。 それがさらなる焦りを生み、攻撃が雑になっている。 大鎌と副腕の連携が取れておらず、大振りの単発攻撃になっている。 これでは当たらない。 しかし、涼姫も踏み込めないでいる。 カイの大振りな攻撃を警戒しているのだ。 だが、踏み込まなければ勝ちはない。 それは蓼科さんもわかっているはずだ。 今の涼姫には決定的に足りないものがある。 それは十分な決定力を持つ攻撃だ。 涼姫の攻撃は当たってはいるが、相手を倒すにはあまりにもダメージが小さい。 逆にカイは、大鎌でも副腕でも、一撃当てれば逆転できる可能性は十分にある。 試合時間が延びるほど動きは見切られ、反撃される機会は多くなる。涼姫は徐々に不利になっている状況だ。 試合の行方は、まだわからない。 ◆ カイの焦りは頂点に達しようとしていた。 いままでに涼姫から何発もらっただろうか。 決定的なダメージになっていないのが救いだが、こちらの攻撃はどうしても当たらない。 こうまでやっかいな相手になっているとは思わなかった。 この焦りは以前感じたことがあるものだった。 そう、ティアと対戦したときと同じだ。 そこまでカイが考えたとき、 「……カイ」 「マスター」 マスターの有紀から珍しく指示が来た。 『……カイ、こうなったら、奥の手だ』 「え、でもあれは……」 『この際、出し惜しみをしている場合じゃない。 認めようじゃん、涼姫は……好敵手だってさ』 カイは涼姫を見る。 ビルの上部に掴まり、こちらを伺っているフェネック型。 『エトランゼ』に教えを授かるわたしたちに追いすがってきた……好敵手。 カイの瞳から焦りが消える。 代わりに宿すのは、闘争心。 「……了解。あの技で、涼姫を打ち負かすよ」 カイは涼姫から視線を離さずに、大鎌を握りなおした。 ◆ 「これは、ティアを倒すための、とっておきだったんだけどさ……」 立ち上がった有紀は、涼子を見据えながら言った。 「見せてやるよ、涼子……あんたがいない間の、あたしたちの進化ってやつを!」 涼子は戦慄する。 有紀の目は、いつになく真剣だった。 親友同士の仲良しバトルじゃなくなっている。 涼子をライバルと認めたが故の真剣勝負。 涼子はごくり、と唾を飲み、そして吐息を一つ。 覚悟を決めた。 「いいわ、有紀……勝負よ!」 涼子の言葉に、ギャラリーが沸き立った。 次の攻撃で勝負が決まる。 ◆ 『仕掛けなさい、姫! 向こうが何かしてくるなら、こっちが先手を取るわ!』 「はい!」 涼姫は再び手首をとばし、ワイヤーにぶら下がって、宙を駆ける。 弧の頂点には、地上にいるカイ。 涼姫はカイを蹴りで狙う。 カイはその軌道を読み、地を蹴ってバックステップした。 弧の軌道上からははずれるが、涼姫の攻撃から逃れられるわけではない。 涼姫は、ビルを掴んでいた手を離すと、弧の軌道から振り出される。 一直線にカイに向かい、跳び蹴りを喰らわせた。 カイはチーグルを前面に展開して防御。 涼姫の脚にも、パーティオのデフォルト装備のようなブレードがついているが、カイの副腕に阻まれて、届かない。 チーグルを踏み台にして、今度は涼姫がバックジャンプし、間合いを離す。 その時既に、涼姫の手首は彼女のさらに後方の高い位置へと射出されている。 ビルを掴むと同時、ワイヤーを巻き取り、身体を引き上げる。 一瞬にして、カイの間合いから逃れる。 ワイヤー巻き取りで加速した身体を振り、振り子は大きく動いた。 涼姫は後方に飛びすさり、振り子の頂点に達すると、ものすごい勢いで折り返し、再びカイに突進してくる。 だが、この間合いは、カイにとっては好機。 『いまだ、カイ!』 「おおおっ!!」 有紀の叫びにタイミングを合わせ、カイも小さくバックステップ。 そこにはビルの壁があった。 □ カイのその技は、ティアを倒すためのとっておきだという。 今まさに放たれるその技に、俺は見覚えがあった。 胸ポケットのティアが、思わず声を上げる。 「リバーサル・スクラッチ……!」 そう。 ミスティの得意技だ。 カイは、バックジャンプしてビルの壁面に脚を着けると、レッグパーツの膝をたわめて、力を溜める。 刹那、その力を解放して脚を伸ばし、壁を蹴る。 まるで弾丸のように、一直線に空中に躍り出る。 軌道の先には、涼姫。 被我の距離は一瞬にして埋まる。 クロスレンジの攻防。 仕掛けたのはカイ。 副腕・チーグルの右手が、涼姫を襲う。 それを、先ほど同様、ワイヤーの巻き取りで軌道を修正し、辛くもかわす。 カイは止まらない。 身体を背中から、風車のように回転させる。 続けざま、左副腕のバックブローを送り込む。 その左拳を、両足で受け止めるようにして、涼姫は副腕の上に一瞬だけ乗った。 すぐ、ジャンプして離れようとする。 その次の瞬間。 「逃がすかあああああぁぁ!!」 カイの叫びと共に、さらに繰り出される一撃。 カイの本体が、大鎌を柄の一番端を握り、思い切り伸び上がる。 風車のように旋回する身体の勢いにのって、大鎌はものすごい速度で振り抜かれる。 一閃。 大鎌の刃は、見事に涼姫の身体を捕らえていた。 俺は思わず呟く。 「リバーサル・スクラッチ三連撃……」 ミスティが持つ二連撃を発展させ、大鎌の一撃を足すことで三連撃とした。 ミスティの二連撃でさえ、かわすのは至難だ。 まだ熟練度が低いとは言え、三連撃とは驚異だ。 初見であれば、たとえティアでも、かわすことは出来なかったかもしれない。 なるほど、対ティア用のとっておきというのも頷けた。 回転を殺しながら、カイは地面に着地する。 はらはらと舞い落ちる光の欠片は、空中でポリゴンとなって砕けた涼姫の残骸。 ゆっくりと立ち上がる。 ファンファーレが鳴り響き、勝者の名前がフィールドの空中に立体文字で浮かび上がった。 『WINNER:カイ』 ◆ 「よっしゃあああああ!!」 有紀は立ち上がったまま、大きな声でガッツポーズ。 同時にギャラリーが沸き上がった。 起死回生の大技が見事に決まった、派手な勝利である。 ギャラリーの歓声の中、涼子はサイドボードを手早く片づけて、アクセスポッドから涼姫を迎えた。 「涼子……」 今にも泣き出しそうな顔をしている小さな相棒に、涼子は苦笑しながら言った。 「いいのよ。仕方がないわ……」 そう、仕方がない。 このバトルで、自分たちは、今出来る全てを出し切ったのだから。 涼子の胸に去来するのは、悔しさでも後悔でもない。 その思いを胸に、涼子は師と慕う男の前に立った。 「すみません……負けました……」 深くお辞儀をする。 教えを受けながら、勝てなかったことには、少し後悔がある。 彼はどう思っているだろうか。 顔を上げると、遠野は涼子を真っ直ぐに見ていた。 その表情から気持ちを読みとることは出来ない。 「……今のバトル、何が足りなかったと思う?」 遠野はそんなことを言った。 涼子は、はっとする。 その答えは、涼子の今の気持ちを端的に表していたから。 「全部……動きも、タイミングも、攻撃も回避も、技も……まだ、付け焼き刃程度にすぎないと……ぜんぜん足りていない、と思いました」 涼子は今の気持ちを素直に言葉にすることが出来た。 そう、バトルに挑むには、まだ修練が全然足りていない。 涼姫を勝利に導く戦術も。 その圧倒的な不足感だけが、涼子の胸を占めている。 すると、遠野は頷いた。 「それでいい」 「え?」 「たとえ今のバトルで勝っていたとしても、今ので満足していたら、そこで終わりだ。 せっかくのオリジナル装備の可能性を開くことなんて出来ない。 いいか……」 くそ真面目な顔をして、真っ直ぐに見つめてくる遠野の顔から、涼子は視線を逸らすことが出来ない。 「勝って奢らず、負けて悔やまず、ただ自らの技の成長と、技への賞賛を糧として、日々精進を重ねる。 それが……オリジナル装備を使う者の矜持だ」 その言葉は、涼子の心の奥深くに染み渡った。 「オリジナル装備を使う者の矜持……」 遠野は頷く。 「負けてもいい。園田さん達とは、これからいくらでも戦う機会がある。今日の一敗を悔やむことはない。 ただ、今日のバトルで何が足りなかったのかを考えるんだ。 そして、明日からの修練に何が必要なのか……バトルからその課題を得ることが、勝利よりも大切だ」 「勝利、よりも……」 「そう。だって、君と涼姫がその装備を使いこなすための道は……まだ、始まったばかりだろう?」 「……はい!」 返事をした涼子に、遠野はようやく微笑んだ。 つられて涼子も笑顔になる。 その二人の間に、突然人影が割って入った。 「もう、話はいいだろ? いいよな!?」 「大城……」 「さあ、涼子ちゃん、俺たちとバトルだ!」 「え?」 涼子は驚いて、目を丸くした。自分は今、負けたばかりなのだが。 すると、その隣から、甲高い叫びが聞こえてくる。 「あーっ! ちょっと大城くん! それは抜け駆けじゃないの!?」 「いやいや、早いもの勝ちだろー。それに、次が菜々子ちゃんとじゃ、二回連続同型対決。ギャラリーもつまらないじゃ……」 「そんなの関係ない! わたしたちだって、涼姫とバトルしたいんだから!」 「ええ?」 ランバト一位の大城と、エトランゼの菜々子が、自分への挑戦権を賭けて言い争っている。 いったい何が起こっているのだろう。 しかし、状況は涼子の想像を超えていた。 「つか、お前等二人とも抜け駆けだ。俺だって涼姫に挑戦するぜ」 そう言ったのは、坊主頭の男。 三強の一人、『ヘルハウンド・ハウリング』のマスターだ。 その後ろから、ほかの神姫プレイヤー達も。 「俺も俺も!」 「俺たちもバトルを申し込む!」 「私たちも、涼姫に挑戦よ!」 「えええええっ!?」 涼子はあれよあれよという間に、ゲームセンターの常連客にもみくちゃにされ、人混みの中に消えてしまった。 □ 「やれやれ、あれじゃあ、どっちが勝者かわかんねーな」 肩をすくめて呟く園田さん。 八重樫さんも江崎さんも、同じように肩をすくめて苦笑している。 蓼科さんの三人の仲間は、角の方で彼女の災難を眺めていた。 園田さんの言葉に応えるように、俺は声をかける。 「スタープレイヤー誕生って感じだな」 「あ……遠野さん」 三人は急にかしこまった様子になる。 俺なんぞに、そんな気を遣わなくてもいいものだが。 八重樫さんが、何か困ったような顔で俺に言った。 「遠野さん……あなたがそれを言いますか」 「……何かおかしなことでも?」 「……遠野さんは、自覚が必要だと思います……いろいろと」 三人とも、うんうん、と頷いている。 いったい、何の話だ。俺は全く理解できない。 それよりも、俺は本題を切り出すことにした。 「園田さん、次は俺たちとバトルしよう」 「え……カイとティアで対戦っすか?」 「そう。さっき聞き捨てならない台詞を聞いてね」 「え?」 「さっきの決め技は、ティアを倒すためのとっておきとかなんとか……?」 「あっちゃー……」 園田さんは、手を顔に当てて天を仰いだ。 「やっぱり、出し惜しみしておくべきだったかなぁ~……」 「あんなこと言われたら、俺たちも黙っているわけには行かないよな。 それに……」 俺はにやり、と笑って言う。 「弟子の敵を討つのは、師匠の務めだろう」 三人の女の子達は、笑顔を弾けさせた。 対戦筐体でまたバトルロンドが始まる。 ゲームセンターからにぎやかな歓声が上がる。 金曜日の夜、翌日休みの気楽さも手伝って、バトルロンドコーナーは楽しげに沸き立っていた。 (おわり) [[<前編に戻る>ウサギのナミダ・番外編「オリジナルの矜持~前編~」]] [[Topページに戻る>>ウサギのナミダ]] ----