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すとれい・しーぷ007 - (2011/08/09 (火) 15:35:01) のソース
***すとれい・しーぷ007 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 予想だにしなかったオーナーの過去にわたしは耐え切れなくなって、涙を流した。 先代のオーナーのパートナー・ユノ。彼女の気持ちも痛い程よくわかる。 いかな武装して戦う私達でも、所詮は15センチあまりの人形なのだ。 本気になった人間に勝てるはずもない。だから余計に悔しいのだ。 抗うこともできず、ただ状況を見ているしかできない状態に陥った時、わたしはどう動くのか。 震えるオーナーの手にそっと、そっと、壊れ物を扱うが如く触れてみる。 答えは出ない。 「オーナー、もういいです、そんな辛いこと、もう・・・」 わたしからお願いしておいて、なんて無責任。 前に座る紅に、また怒られてしまうかもしれない。 そんな疑念は徒労に終わった。 「ルキスの言うとおりだ。お前はもう寝ていろ。後は俺が話す」 かつての仲間が傷つくのは、紅だって辛いのだ。 オーナーは素直に従い口を閉ざした。 代わりに紅のやや低めの甘い声が部屋を浸食する。 。。。。。。。。。。 俺は瑠璃の母親から電話をもらって、病院に駆け込んだ。 病室は不気味なくらい真っ白。何もなかった。 「紅・・・」 不安げに俺を見たのは、一足先に病院に着いた碧だった。 来客用に、と用意されたパイプ椅子に座る巨人は至極小さく見えた。 ベッドには無残な姿で横たわる瑠璃の姿。 「・・・瑠璃、お前・・・」 彼女の状況を見て俺はハッとした。 喉の包帯からはまだ赤々とした血が滲んでいた。 「喉をやられたって、医者が・・・声、出ないらしい」 碧の弱々しい声に俺の身体中の血液が下へ下へと降りていった。 指先が凍えるほどに冷たい。 「おい、なんでだよ・・・俺たち、これからだろ?神様がくれたチャンスじゃなかったのか!?」 叫んでいた。力いっぱい。悔しかった。わけのわからない奴に全部壊された。 デビューにしても、なんにしても、一番楽しみに、喜んでいたのは瑠璃だったのだ。 なのに、もう謳えない?しゃべれない?あの澄んだ声はもう聴けない? いろいろな感情が渦を巻き、瞳から露になって溢れた。 「瑠璃、そういや、ユノは・・・?」 碧の問いに瑠璃は声にならぬ声で、筆談で答えた。 たどたどしい字は迷いながらも真実だけを残酷に映し出す。 “も う い な い” もういない、とは?碧も俺も、事態が飲み込めない。 と空気を読まないナースが、部屋の引き戸を勢いよく開けた。 「面会時間は終了です」 俺たちが瑠璃の言葉を理解したのは、彼女の母親から、すべてを聞いた時だった。 絶望に目が眩む。こんな中を瑠璃は歩いているのか。 急に不安になった。一番辛いのは彼女だ。 俺はどうしたら、あいつの気持ちをわかることができる? どうしたら、いつものあいつに戻すことができる? それから俺と碧は毎日瑠璃の病室へ通った。 放課後の時間も、休みも、全部返上して。 長期戦になる。そんなの覚悟の上だった。 そして卒業式の日、卒業証書を持って、俺と碧はいつもの如く病室へ向かった。 今日はいい知らせがある。きっと瑠璃も喜ぶ。 「相変わらず病人してるか?」 開口一番、軽口で緊張をほぐす。これはもう、お決まりのやり取りになっていた。 半年間言い続けた錆だらけの鍵では、もう瑠璃の心を開く事はできないと、気づいていた。 「卒業おめでとう、それから瑠璃に朗報だぜ」 碧の嬉しそうな言葉に瑠璃は僅かに反応を示すが、あまり興味もなさげにすぐ俯いてしまった。 「お前の喉、手術すれば治るらしい」 俺は改心の一撃を瑠璃に叩き込む。きっと飛び上がって喜ぶに違いない。 しかし、その幻想は打ち砕かれる事となった。 瑠璃は反応しない。ただ窓の外を見ているだけ。 強風が狂い咲きの桜が花びらを散らした。 「・・・喜ばないのか?」 その態度がなんだか面白くなくて、俺は瑠璃に詰め寄った。 “今更治っても、もう手遅れ” 乱暴な字で書かれたそれは、彼女の手を離れ、床に落ちる。 俺も碧も、かける言葉すら見つからなかった。 夕刻も近くなり、面会時間の終了が近づく。 俺は家路に着こうと帰り仕度を始める。 と、碧がいないことに気づく。そういえば、帰る前にジュースを買って来る、とか何とかで全員の注文を取って意気揚々と病室を出たのだ。 「・・・・・・・・・・・」 正直気まずかった。なにもしゃべらない(というか反応しない)瑠璃と二人きり。 どうしようか、と悩んでいると、不意に俺の袖に負荷がかかる。 瑠璃がベッドから腕を伸ばし袖を引いていたのだ。 「どうした?」 短く問えば、用意してあったのだろう、既に文字の書き込まれた薄い紙を俺の手渡した。 “手術して声が戻るのは嬉しい。でも、もし失敗したら?一生声が出なくなったら?” “怖いよ・・・どうしたらいい?助けてよ、紅・・・” 半年間通いつめて、やっと吐き出した本当の気持ち。 怖くて、苦しくて、つらっかった。 それが聞けただけで、おれは十分っだった。 「お前、あの時キスは?」 顔を隠すように頭をかきながら立ち上がると、それを不思議そうに見上げながら瑠璃はふるふると首を振った。 俺はベッドへと座りかえると瑠璃の髪を梳いた。 そして夕暮れへと堕ちて行く窓を尻目にその桜色の唇に触れた。 短く、ただ触れるだけ。 「もうあんなどうでもいい事忘れろ。今を見ろ。今を生きろ。今、お前の前にいる俺を。お前のファーストキスを奪った最低の男を。甲斐田 紅を見ろ」 涙が零れた。瑠璃の瞳から。俺の瞳から。 あの日以来、初めて瑠璃は絶望以外の涙を流した。 。。。。。。。。。。 「って、俺はなにを話しているんだ・・・」 紅は羞恥から顔を耳まで真っ赤にして眠るオーナーを見た。 そこは心底どうでもいい。オーナーの唇を奪うなど、なんと不届きな輩か。 湧き出る怒りを抑えわたしは紅を見つめた。 「その、手術というのは・・・」 「ああ。結果的には成功。謳うことだってできる。知っての通り声質にも何の変化もなかった。だが・・・」 紅は言葉を濁す。 「瑠璃はまだ不安なんだ。声を出すことで、また喉に異常が出ないか」 深い眠りに落ちたオーナー。 彼女を目覚めさせる王子は現れるのか。 わたしはできるだけ、その王子に近づこうと努力するのだ。 オーナーの明日が少しでも幸せなものになるように。 .