「ACT 1-8」(2009/07/20 (月) 21:18:39) の最新版変更点
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ウサギのナミダ
ACT 1-8
□
「……落ち着いたかよ?」
ほれ、と言って、缶コーヒーを俺の方に差し出す大城。
今日は大城に迷惑をかけっぱなしだ。
路地裏で泣き叫んでいた俺を、何とかなだめすかして、近くの公園のベンチまで連れてきて、座らせてくれた。
ゲーセンで暴れようとした俺を止めたのも大城だし、今もこうしてコーヒーを買ってきてくれた。
「……すまん。今日は、迷惑をかけた……」
自分の声か、と一瞬疑うようなガラガラ声。
「まったくだぜ」
苦笑しながら、缶コーヒーのプルタブをあける。
そういえば、喉がカラカラだ。
俺も大城にならって、缶コーヒーをあけた。
独特の甘苦い味が喉を通り過ぎると、不思議と心が落ち着いた。
俺はやっと、大城をまともに見ることが出来た。
革ジャンに、ジャラジャラつけたシルバーアクセ。
相変わらずヤンキーに見える格好だが、優しげな視線を道の向こうに投げている。
肩には、大城の神姫・虎実が乗っている。
なんだか心配そうな表情で、俺を見ていた。
……虎実にまで心配されるようじゃ、しようがないな、俺は。
今日の俺はどうかしている。
こんなに感情的になったのは、生まれて初めてだった。
歯止めがはずれて、自分の衝動を満たす以外のことは、どうでもよくなる感じ。
俺はかぶりを振った。
まったく俺らしくない。
「……話せよ」
「え?」
何の前触れもなく、大城が言った。
「お前とティアのこと、全部話してみろよ」
「……いや、しかし」
「そうやって溜め込むから、あんなふうに暴発しちまうんだぜ?」
「……」
「それによ……俺がお前の友達だって自惚れさせてくれや」
大城は、にっ、と歯を出して笑った。
いい奴だ、と思う。
「……俺の恥をさらすようなもんだけど」
そう前置きして、まとまらない頭をなんとか回転させながら、ぽつぽつと話し始めた。
ティアとはじめて出会ったときのこと、話したときのこと、ボディを交換し、マスターの登録をしたこと。
オリジナルのレッグパーツを武装にするために、様々な訓練をしたこと。
ティアを公園に連れだしたときに、あいつが笑ったこと……。
取り留めのない俺の話を、大城は相づちを打ちながら、辛抱強く聞いていた。
「俺は……結局俺は、自分のことしか考えていなかったんだと思う。ティアが武装神姫になりたいかどうかなんて考えもしないで……。そう言う意味じゃ、あの井山の奴と変わらないのかも知れない」
「そんなことねぇよ」
大城が、俺の方を向いて、ごく真面目な表情で言った。
「ティアが本当に武装神姫になりたくないんだったら……あんなふうに戦えるもんかよ。いつも必死で、お前のために戦っていることくらい、端から見てれば誰にでもわからぁ」
「……今回は、みんなに否定されたけどな」
俺が自嘲気味に言うと、大城は苦い顔をした。
「……すまねぇ。俺に言う権利はない言葉だったかも知れねぇ」
「わかってる、大城、お前を責めてるわけじゃない」
そう、むしろ大城は言いにくいことを言ってくれて、暴れそうになった俺を止めてくれて、今は俺の愚痴を率先して聞いてくれている。
感謝こそすれ、責める筋合いなどあろうはずがない。
だが、ゲームセンターの連中の反応もまた現実だ。
大城はわかってくれていても、他の連中はわかってくれない。
俺達二人では、もうどうにか出来る問題ではないのだ。
俺の口から、独り言のように言葉が転げ出た。
「いっそ……バトルロンドをやめるか……」
「え?」
「そうすれば、ティアは傷つかなくてすむ……ティアのことを考えれば、それが一番なんだろうな。
俺は、ティアがこれ以上貶められてまで、バトルする必要がないんじゃないかって……そう思いはじめて」
「だめだ、そんなの!!」
いきなり大声で叫ばれて、俺はびっくりした。
大城も目を見開いている。
叫んだのは、虎実だった。
怒ったような、困ったような、必死の表情で、大城の肩から俺の方に身を乗り出していた。
「ティアがバトルをやめるなんて、絶対にだめだ! だめなんだ!!」
「な、なんでだよ……」
「だって……アタシは……ティアともう一度戦うことが、目標なんだからっ!!」
……なんだって?
「いや、そんなこと言ってもな……だっていままで、ティアと戦おうとしなかったじゃ……」
「ちがう、ちがうんだ! アタシは……っ!」
「あー、虎実はさ、ティアに憧れてたんだよ。ああいう神姫になりたいって、な」
興奮している虎実に代わって、話す大城。
……なんだって?
虎実がティアに憧れてる?
「初耳だぞ、それ……」
「そりゃあまあ、話したのは初めてだしな」
真剣な表情の虎実とは対照的に、大城はにやにやと笑いながら言った。
「遠野、俺達がはじめてバトルしたときのこと、覚えてるか?」
「……まあ、な……」
「あんときは、俺達もはじめての負けで、頭きててよ……そりゃそうだろ、しこたま武装積んでるのに、ライトアーマー程度の軽量級に完敗だったんだから。
しばらくは、地団太踏んでたもんさ。
……でもな、頭が冷えてくると、わかってきた。あの装備で勝てるってことが……少なくとも、俺達の奇襲をとっさにかわした技量が、どれだけすげぇのかっていうのがさ」
俺は思い出す。
虎実が、ハイスピード仕様にしたファスト・オーガを操り、飛び込んできたティアに向けて、フロントをバットのごとく振り出した奇襲。
あの時の回避はティアのアドリブだった。
大城は、缶コーヒーを一口飲み、話を続けた。
「それで……虎実は言った。
自分も、あんな風に、技で勝負できる神姫になりたい、ってな。
技を磨いて、独自の戦闘スタイルを確立して、オンリーワンの神姫を目指したい……ティアのように。
自分に納得のいく戦いが出来るようになったとき、もう一度ティアと戦いたい……それまでは、ティアとやりたくないって、そう言ったのさ」
俺は虎実を見た。
必死の表情で俺を見つめている。
「まあそれで、俺達は俺達なりの戦い方を身につけようとしてんだ。武装も、前みたいにしこたま積むんじゃなくて、戦い方に合った武装を絞り込んで……それで、今じゃランバトにも参戦してるんだぜ?
ゲーセンのランバトで納得のいく結果が出せたら、改めてティアに挑戦するために」
「だからっ……! ティアにバトルをやめられちゃ困るんだ!
頼むよ、トオノ! きついのわかるけど、バトルはやめないでくれよ! もう一度、アタシとティアを戦わせてくれよ! 頼む、頼むから……!」
虎実の必死の懇願に、俺は当惑しながらも感動していた。
嬉しかった。
俺とティアが積み上げてきたことを、こんな風に思ってくれる神姫がいるとは。
「けどな……」
だけど、現実を見つめ直せば、そんな想いにも影が差す。
「そう言ってくれるのは嬉しいが……今は俺達がバトル出来る場所さえない……」
「……だったら!」
虎実は決然と言い放った。
「アタシはランバトで一位を取る! 三強も全部倒して、あそこで一番強い神姫になってやる!
それで、ティアをバトルの相手に指名する!
それなら、誰も文句は言えない……言わせない!!」
それはまるで誓い。
強い強い決意だった。
そこまでティアを信じてくれるのか。
「ありがとう、虎実……」
その想いを無視することなんてできない。
バトルロンドのプレイヤーであるならば、その想いに応えなくてはならない。
「俺達は……バトルをやめない。虎実と戦うまで、諦めない。
そして、虎実が納得のいく戦いが出来るようになったとき、必ず挑戦を受ける。
……約束するよ」
「トオノ……」
つぶやいた虎実の瞳から、雫が一筋、小さな頬を流れ落ちた。
「虎実……?」
それが合図だったように、虎実の両の瞳から涙の雫が次から次へと溢れ出てきた。
ついに顔をグシャグシャにして、虎実は泣き出した。
「ティアが……ティアが、かわいそうだ……あ、あんなこと……されてっ……つらくないはず……ねぇしっ……な、なのに……あんなこと、言われて……っ
おかしいだろっ……ゲーセンの……連中は……わ、わかってるはずだろっ……ティアと戦えば、戦ったヤツは、わかるはずなんだ……! すげぇ頑張って……身につけた、技なんだって……
な、なのに、あいつらっ……ちくしょうっ、ちくしょうっ……!!」
「虎実……」
悔しかったのは、俺だけじゃなかったのか。
泣いている虎実に、自分の姿がかぶる。
自分の大切な者のために、何もしてやれない無力さ。
今の俺と虎実は、きっと同じ想いだ。
どうしようもない絶望の中でも、味方はいるのだ、と俺の胸は熱くなった。
泣きじゃくる虎実に、せめて髪を撫でてやろうと、右手を伸ばし……
「うわぁ! なんだこれは!?」
見慣れた手はそこになかった。
異様に膨れ上がっており、色は紫色、まさに異形と言うべき手がそこにある。
これが俺の手とは、到底信じがたい。
だが、
「い、いたたたたたっ……!」
確かにその異形の手から、激痛が伝わってきた。
「お、おい……トオノ、大丈夫か!?」
「あーあ、ひどい手だな。骨折もしてるかも知れねぇ……医者行くか」
いまだに涙を瞳に溜めたまま、虎実は心配そうな声を上げ、大城はさもありなんと頷きながら、立ち上がった。
しかしこの痛みはやばい。
今までは気が高ぶっていたせいか気にもならなかった。だが、一度認識してしまうと、ひどい激痛に目がくらんでしまっている。
俺は、大城の助けを借りて、なんとか近所にあった総合病院にたどり着くことが出来た。
治療してくれた医者の先生に、「自分で壁を殴って怪我をした」と言ったら、こっぴどく怒られた。
別れ際、大城はこう言った。
「俺達はお前達の味方だ。
何もできねぇかも知れんけど。でも、俺達の力が必要なら、遠慮なく連絡しろよ」
笑いながらそう言った。
……俺の方こそ、友達だと自惚れさせてほしい、いい奴だった。
■
今日の自主訓練は最低だった。
マスターから出された課題は、どれ一つとしてクリアできていない。
それどころか、簡単な基本動作さえ、ままならなかったりする。
何度も転んで、痛い思いをした。
でも、本当に痛いのは身体じゃない。
昨日のゲームセンターでの出来事。
わたしが恐れていたことが、最悪の形で起きてしまった。
雑誌に掲載されて、公表されるなんて……考えもつかないことだった。
わたしの過去が、マスターに迷惑をかけた。ゲームセンターの人達は、手のひらを返したように、マスターに冷たくあたった。
あんなに仲が良かった久住さんも、記事を見て逃げてしまったという。
わたしのせいだ。
わたしが、マスターを不幸に突き落とした。
そして……マスターのあの目。
マスターは、わたしのことをどれだけ恨んでいるだろう、蔑んでいるだろう、やっかいに思っているだろう……。
わたしは、生まれて初めて、心が壊れそうなほど痛い、という思いを味わった。
わたしは怯えて、謝ることしかできなかった。
せめて、いつものように出された課題は、いつもよりも必死で頑張ろうと思ったのだけれど。
……身体が言うことを聞かなかった。
怖かった。いままで積み上げてきたものが、もう無意味になってしまうのではないか、という思いが胸をよぎった。
そのたびに、わたしはトリックに失敗し、転んだ。
マスターに迷惑をかけるだけじゃなく、教えられたことも満足に出来ない。
わたしはもう、マスターにとっては何の価値もなく、ただのやっかい者に成り下がってしまった。
マスターも今度こそ、わたしに愛想を尽かしたに違いない。
わたしは、どうなってしまうのだろう。
あの、元お客さんだった人のところに連れて行かれるのだろうか。
お店に戻されるのだろうか。
もしかすると、電源を落とされたまま、二度と目覚めることはないのかも知れない。
そのいずれもが、怖くて、悲しくて、わたしはまた泣いてしまう。
思い返せば、ああ、わたしは……マスターとの戦いの日々が幸せだったのだと……それを手放さなくてはならないことが悲しいのだと、ようやく理解したのだった。
「ただいま……」
玄関の扉が開いた音に、わたしは顔を上げる。
「お、おかえりなさい、マスター……」
マスターの声はあまり元気がなかった。
何かあったのだろうか……。
姿を見せたマスターを見て、わたしは驚いた。
「どうしたんですか、右手……」
「ん、あぁ……」
マスターは右手を軽く挙げる。
彼の右手は、包帯でぐるぐる巻きにされていて、元の手が全く見えていない。
なにかギプスのようなものをしているらしく、左手と比べてもずいぶん太くなっていた。
「大丈夫。なんでもない」
なんでもないはずないじゃないですか。
でも、わたしに問いただすことは出来なかった。
そんな権利はないのだ。
ただ、マスターのことが心配で、困ったように見つめるだけ……。
マスターがわたしを見た。
「そう、心配そうな顔をするな」
マスターはかすかに笑った。
でもそれは、いつもと違って、自嘲のような苦笑だった。
マスター……その怪我も、わたしのせいですか。
わたしがマスターと一緒にいるから、傷つくんですか。
わたしの胸に、また耐えがたい痛みが走った。
わたしが、マスターに愛想を尽かされることよりも、つらくて悲しいことは。
マスターが自分のせいで傷つくことだと、今ようやく気がついた。
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ウサギのナミダ
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「……落ち着いたかよ?」
ほれ、と言って、缶コーヒーを俺の方に差し出す大城。
今日は大城に迷惑をかけっぱなしだ。
路地裏で泣き叫んでいた俺を、何とかなだめすかして、近くの公園のベンチまで連れてきて、座らせてくれた。
ゲーセンで暴れようとした俺を止めたのも大城だし、今もこうしてコーヒーを買ってきてくれた。
「……すまん。今日は、迷惑をかけた……」
自分の声か、と一瞬疑うようなガラガラ声。
「まったくだぜ」
苦笑しながら、缶コーヒーのプルタブをあける。
そういえば、喉がカラカラだ。
俺も大城にならって、缶コーヒーをあけた。
独特の甘苦い味が喉を通り過ぎると、不思議と心が落ち着いた。
俺はやっと、大城をまともに見ることが出来た。
革ジャンに、ジャラジャラつけたシルバーアクセ。
相変わらずヤンキーに見える格好だが、優しげな視線を道の向こうに投げている。
肩には、大城の神姫・虎実が乗っている。
なんだか心配そうな表情で、俺を見ていた。
……虎実にまで心配されるようじゃ、しようがないな、俺は。
今日の俺はどうかしている。
こんなに感情的になったのは、生まれて初めてだった。
歯止めがはずれて、自分の衝動を満たす以外のことは、どうでもよくなる感じ。
俺はかぶりを振った。
まったく俺らしくない。
「……話せよ」
「え?」
何の前触れもなく、大城が言った。
「お前とティアのこと、全部話してみろよ」
「……いや、しかし」
「そうやって溜め込むから、あんなふうに暴発しちまうんだぜ?」
「……」
「それによ……俺がお前の友達だって自惚れさせてくれや」
大城は、にっ、と歯を出して笑った。
いい奴だ、と思う。
「……俺の恥をさらすようなもんだけど」
そう前置きして、まとまらない頭をなんとか回転させながら、ぽつぽつと話し始めた。
ティアとはじめて出会ったときのこと、話したときのこと、ボディを交換し、マスターの登録をしたこと。
オリジナルのレッグパーツを武装にするために、様々な訓練をしたこと。
ティアを公園に連れだしたときに、あいつが笑ったこと……。
取り留めのない俺の話を、大城は相づちを打ちながら、辛抱強く聞いていた。
「俺は……結局俺は、自分のことしか考えていなかったんだと思う。ティアが武装神姫になりたいかどうかなんて考えもしないで……。そう言う意味じゃ、あの井山の奴と変わらないのかも知れない」
「そんなことねぇよ」
大城が、俺の方を向いて、ごく真面目な表情で言った。
「ティアが本当に武装神姫になりたくないんだったら……あんなふうに戦えるもんかよ。いつも必死で、お前のために戦っていることくらい、端から見てれば誰にでもわからぁ」
「……今回は、みんなに否定されたけどな」
俺が自嘲気味に言うと、大城は苦い顔をした。
「……すまねぇ。俺に言う権利はない言葉だったかも知れねぇ」
「わかってる、大城、お前を責めてるわけじゃない」
そう、むしろ大城は言いにくいことを言ってくれて、暴れそうになった俺を止めてくれて、今は俺の愚痴を率先して聞いてくれている。
感謝こそすれ、責める筋合いなどあろうはずがない。
だが、ゲームセンターの連中の反応もまた現実だ。
大城はわかってくれていても、他の連中はわかってくれない。
俺達二人では、もうどうにか出来る問題ではないのだ。
俺の口から、独り言のように言葉が転げ出た。
「いっそ……バトルロンドをやめるか……」
「え?」
「そうすれば、ティアは傷つかなくてすむ……ティアのことを考えれば、それが一番なんだろうな。
俺は、ティアがこれ以上貶められてまで、バトルする必要がないんじゃないかって……そう思いはじめて」
「だめだ、そんなの!!」
いきなり大声で叫ばれて、俺はびっくりした。
大城も目を見開いている。
叫んだのは、虎実だった。
怒ったような、困ったような、必死の表情で、大城の肩から俺の方に身を乗り出していた。
「ティアがバトルをやめるなんて、絶対にだめだ! だめなんだ!!」
「な、なんでだよ……」
「だって……アタシは……ティアともう一度戦うことが、目標なんだからっ!!」
……なんだって?
「いや、そんなこと言ってもな……だっていままで、ティアと戦おうとしなかったじゃ……」
「ちがう、ちがうんだ! アタシは……っ!」
「あー、虎実はさ、ティアに憧れてたんだよ。ああいう神姫になりたいって、な」
興奮している虎実に代わって、話す大城。
……なんだって?
虎実がティアに憧れてる?
「初耳だぞ、それ……」
「そりゃあまあ、話したのは初めてだしな」
真剣な表情の虎実とは対照的に、大城はにやにやと笑いながら言った。
「遠野、俺達がはじめてバトルしたときのこと、覚えてるか?」
「……まあ、な……」
「あんときは、俺達もはじめての負けで、頭きててよ……そりゃそうだろ、しこたま武装積んでるのに、ライトアーマー程度の軽量級に完敗だったんだから。
しばらくは、地団太踏んでたもんさ。
……でもな、頭が冷えてくると、わかってきた。あの装備で勝てるってことが……少なくとも、俺達の奇襲をとっさにかわした技量が、どれだけすげぇのかっていうのがさ」
俺は思い出す。
虎実が、ハイスピード仕様にしたファスト・オーガを操り、飛び込んできたティアに向けて、フロントをバットのごとく振り出した奇襲。
あの時の回避はティアのアドリブだった。
大城は、缶コーヒーを一口飲み、話を続けた。
「それで……虎実は言った。
自分も、あんな風に、技で勝負できる神姫になりたい、ってな。
技を磨いて、独自の戦闘スタイルを確立して、オンリーワンの神姫を目指したい……ティアのように。
自分に納得のいく戦いが出来るようになったとき、もう一度ティアと戦いたい……それまでは、ティアとやりたくないって、そう言ったのさ」
俺は虎実を見た。
必死の表情で俺を見つめている。
「まあそれで、俺達は俺達なりの戦い方を身につけようとしてんだ。武装も、前みたいにしこたま積むんじゃなくて、戦い方に合った武装を絞り込んで……それで、今じゃランバトにも参戦してるんだぜ?
ゲーセンのランバトで納得のいく結果が出せたら、改めてティアに挑戦するために」
「だからっ……! ティアにバトルをやめられちゃ困るんだ!
頼むよ、トオノ! きついのわかるけど、バトルはやめないでくれよ! もう一度、アタシとティアを戦わせてくれよ! 頼む、頼むから……!」
虎実の必死の懇願に、俺は当惑しながらも感動していた。
嬉しかった。
俺とティアが積み上げてきたことを、こんな風に思ってくれる神姫がいるとは。
「けどな……」
だけど、現実を見つめ直せば、そんな想いにも影が差す。
「そう言ってくれるのは嬉しいが……今は俺達がバトル出来る場所さえない……」
「……だったら!」
虎実は決然と言い放った。
「アタシはランバトで一位を取る! 三強も全部倒して、あそこで一番強い神姫になってやる!
それで、ティアをバトルの相手に指名する!
それなら、誰も文句は言えない……言わせない!!」
それはまるで誓い。
強い強い決意だった。
そこまでティアを信じてくれるのか。
「ありがとう、虎実……」
その想いを無視することなんてできない。
バトルロンドのプレイヤーであるならば、その想いに応えなくてはならない。
「俺達は……バトルをやめない。虎実と戦うまで、諦めない。
そして、虎実が納得のいく戦いが出来るようになったとき、必ず挑戦を受ける。
……約束するよ」
「トオノ……」
つぶやいた虎実の瞳から、雫が一筋、小さな頬を流れ落ちた。
「虎実……?」
それが合図だったように、虎実の両の瞳から涙の雫が次から次へと溢れ出てきた。
ついに顔をグシャグシャにして、虎実は泣き出した。
「ティアが……ティアが、かわいそうだ……あ、あんなこと……されてっ……つらくないはず……ねぇしっ……な、なのに……あんなこと、言われて……っ
おかしいだろっ……ゲーセンの……連中は……わ、わかってるはずだろっ……ティアと戦えば、戦ったヤツは、わかるはずなんだ……! すげぇ頑張って……身につけた、技なんだって……
な、なのに、あいつらっ……ちくしょうっ、ちくしょうっ……!!」
「虎実……」
悔しかったのは、俺だけじゃなかったのか。
泣いている虎実に、自分の姿がかぶる。
自分の大切な者のために、何もしてやれない無力さ。
今の俺と虎実は、きっと同じ想いだ。
どうしようもない絶望の中でも、味方はいるのだ、と俺の胸は熱くなった。
泣きじゃくる虎実に、せめて髪を撫でてやろうと、右手を伸ばし……
「うわぁ! なんだこれは!?」
見慣れた手はそこになかった。
異様に膨れ上がっており、色は紫色、まさに異形と言うべき手がそこにある。
これが俺の手とは、到底信じがたい。
だが、
「い、いたたたたたっ……!」
確かにその異形の手から、激痛が伝わってきた。
「お、おい……トオノ、大丈夫か!?」
「あーあ、ひどい手だな。骨折もしてるかも知れねぇ……医者行くか」
いまだに涙を瞳に溜めたまま、虎実は心配そうな声を上げ、大城はさもありなんと頷きながら、立ち上がった。
しかしこの痛みはやばい。
今までは気が高ぶっていたせいか気にもならなかった。だが、一度認識してしまうと、ひどい激痛に目がくらんでしまっている。
俺は、大城の助けを借りて、なんとか近所にあった総合病院にたどり着くことが出来た。
治療してくれた医者の先生に、「自分で壁を殴って怪我をした」と言ったら、こっぴどく怒られた。
別れ際、大城はこう言った。
「俺達はお前達の味方だ。
何もできねぇかも知れんけど。でも、俺達の力が必要なら、遠慮なく連絡しろよ」
笑いながらそう言った。
……俺の方こそ、友達だと自惚れさせてほしい、いい奴だった。
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今日の自主訓練は最低だった。
マスターから出された課題は、どれ一つとしてクリアできていない。
それどころか、簡単な基本動作さえ、ままならなかったりする。
何度も転んで、痛い思いをした。
でも、本当に痛いのは身体じゃない。
昨日のゲームセンターでの出来事。
わたしが恐れていたことが、最悪の形で起きてしまった。
雑誌に掲載されて、公表されるなんて……考えもつかないことだった。
わたしの過去が、マスターに迷惑をかけた。ゲームセンターの人達は、手のひらを返したように、マスターに冷たくあたった。
あんなに仲が良かった久住さんも、記事を見て逃げてしまったという。
わたしのせいだ。
わたしが、マスターを不幸に突き落とした。
そして……マスターのあの目。
マスターは、わたしのことをどれだけ恨んでいるだろう、蔑んでいるだろう、やっかいに思っているだろう……。
わたしは、生まれて初めて、心が壊れそうなほど痛い、という思いを味わった。
わたしは怯えて、謝ることしかできなかった。
せめて、いつものように出された課題は、いつもよりも必死で頑張ろうと思ったのだけれど。
……身体が言うことを聞かなかった。
怖かった。いままで積み上げてきたものが、もう無意味になってしまうのではないか、という思いが胸をよぎった。
そのたびに、わたしはトリックに失敗し、転んだ。
マスターに迷惑をかけるだけじゃなく、教えられたことも満足に出来ない。
わたしはもう、マスターにとっては何の価値もなく、ただのやっかい者に成り下がってしまった。
マスターも今度こそ、わたしに愛想を尽かしたに違いない。
わたしは、どうなってしまうのだろう。
あの、元お客さんだった人のところに連れて行かれるのだろうか。
お店に戻されるのだろうか。
もしかすると、電源を落とされたまま、二度と目覚めることはないのかも知れない。
そのいずれもが、怖くて、悲しくて、わたしはまた泣いてしまう。
思い返せば、ああ、わたしは……マスターとの戦いの日々が幸せだったのだと……それを手放さなくてはならないことが悲しいのだと、ようやく理解したのだった。
「ただいま……」
玄関の扉が開いた音に、わたしは顔を上げる。
「お、おかえりなさい、マスター……」
マスターの声はあまり元気がなかった。
何かあったのだろうか……。
姿を見せたマスターを見て、わたしは驚いた。
「どうしたんですか、右手……」
「ん、あぁ……」
マスターは右手を軽く挙げる。
彼の右手は、包帯でぐるぐる巻きにされていて、元の手が全く見えていない。
なにかギプスのようなものをしているらしく、左手と比べてもずいぶん太くなっていた。
「大丈夫。なんでもない」
なんでもないはずないじゃないですか。
でも、わたしに問いただすことは出来なかった。
そんな権利はないのだ。
ただ、マスターのことが心配で、困ったように見つめるだけ……。
マスターがわたしを見た。
「そう、心配そうな顔をするな」
マスターはかすかに笑った。
でもそれは、いつもと違って、自嘲のような苦笑だった。
マスター……その怪我も、わたしのせいですか。
わたしがマスターと一緒にいるから、傷つくんですか。
わたしの胸に、また耐えがたい痛みが走った。
わたしが、マスターに愛想を尽かされることよりも、つらくて悲しいことは。
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