「キズナのキセキ・ACT1-28:すべてがつながるとき」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「キズナのキセキ・ACT1-28:すべてがつながるとき」(2012/08/11 (土) 17:08:55) の最新版変更点
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&bold(){キズナのキセキ}
ACT1-28「すべてがつながるとき」
◆
形勢は逆転していた。
マグダレーナが攻め、ミスティが下がる。
マグダレーナが切り札と言うだけあって、長剣ソリッドスネークは尋常でない破壊力を秘めていた。
「シャアアアアァァッ!!」
しわがれ声で放たれる気合いは、まるでガラガラヘビの威嚇音のようだ。
振るわれた長剣が蛇のようにうねり、ミスティに襲いかかる。
「くっ……!」
エアロヴァジュラを立て、受け流すように防御する。
耳障りな音を立てて迫るソリッドスネーク。刀身をいくつもの刃に分裂させ、次々にエアロヴァジュラと接触する。
なんとか防ぎきった。
ほっとするのも束の間、ミスティはぞっとする。
手にした刀は、ガタガタに刃こぼれしていた。これでは刀として斬る用をなさない。
「……なんてこと」
刃の強度が違うのだ。エアロヴァジュラはソリッドスネークの刃に負けてしまっている。
防戦に回っては不利だ。
「……ならばっ!」
ミスティはボロボロの刀を振り上げ疾走する。
攻めに出て、形勢を取り戻す。刃こぼれしていてもまだ使える。斬るのではなく、叩きつける。
ミスティは一気にマグダレーナの間合いに踏み込んだ。
しかし。
「……っ!!」
またしても耳障りな音と共に、ミスティの視界をソリッドスネークの蛇腹が横切った。
落ち着きを払ったマグダレーナによる操作で、ソリッドスネークは彼女を取り巻くように動いている。
まるで刃の結界。三六○度、隙はない。
「おおぉっ!!」
それでもミスティは、力任せにエアロヴァジュラを振り下ろした。
ソリッドスネークが宙を走りながら、その一撃を受け止める。
逆に、流れる連結刃がその一刀を次々と襲う。
ついにエアロヴァジュラが粉々に砕け散った。
「……くそっ!」
素早く間合いを取りながら、手に残った柄をマグダレーナに投げつける。
しかし、それもソリッドスネークの餌食になった。空中で粉砕され、マグダレーナに届くことはない。
その様子を睨みながら、ミスティはソリッドスネークの間合いの外へ退いた。
左の副腕にマウントされていた予備のエアロヴァジュラを抜き取る。
だが、この予備の刀もどれほどに役に立つものか。
あのソリッドスネークという武器はやっかいだ。
攻撃には縦横自在の動きで圧倒してくる。連なる刃による連続攻撃をはまるでチェーンソーだ。迂闊な防御は役に立たない。
防御にも力を発揮している。マグダレーナを取り巻くように動いて、近寄らせない。迂闊に近寄れば、なます切りになるだろう。まさに攻防一体の防御陣だ。
ソリッドスネークの動きは武器の域を越えて、まるで生き物のように思える。意志を持った生き物のように。
「……まさか……」
◆
「なにあれ……まるで生きてるみたい……」
涼子の感想は、奇しくもミスティと一致していた。
蛇腹剣・ソリッドスネークは、まるで意志を持つ蛇のごとく、ミスティを攻め、マグダレーナを守る。
マグダレーナの操作は超絶と言えよう。対峙した状態でも、ソリッドスネークの剣先は、ミスティを威嚇しているように見える。
まるで獲物に飛びかからんとする蛇の様相。
「……まさか……!」
美緒は思わず声を上げていた。
「まさか、ソリッドスネークも……あれも神姫……!?」
「……っ!」
その場にいた全員が息を飲む。
考えられないことではない。いや、その可能性の方が高い。
あれほどに意志を持った動きをするマグダレーナの武器ならば……『マルチオーダー』の支配下にあると考える方が自然だ。
だとすれば、マグダレーナは特殊スキルの一つを取り戻したことになる。
そして、ミスティは二人の神姫を相手にしているのと同じだった。
ソリッドスネークの動きはマグダレーナの操作ではない。ソリッドスネークという神姫の意志だというならば、あれほどに意志の宿った動きにも納得がいく。
対するミスティは、この短い間に圧倒的な劣勢に追いつめられていた。
「勝てるのかよ、ミスティ……」
弱気な言葉を口にしながら、有紀はそっとチームリーダーの顔を見た。
このバトルでミスティの有利を作り続けたその男。
遠野貴樹は無言のまま、戦況を睨み続けている。
◆
これまでの鬱憤を晴らすかのように、マグダレーナが攻めに出る。
ミスティは焦燥にかられながら、回避するので精一杯の状況だった。
ミスティの武装はすでにボロボロだ。
背面にあったアサルトカービンもすでになく、二本目のエアロヴァジュラも刃こぼれでガラクタ同然。
人工ダイヤの爪はさすがに健在だった。だが、蛇腹剣の一撃をはじいた後、爪を装備した副腕の指は軸が歪み、まともに動かなくなっていた。
装甲にはすでに無数の傷が付けられている。両足の装備が健在で、いまだに滑走していられるのは僥倖という他はない。
あるいは、マグダレーナが意図的に脚に攻撃していないだけかも知れない。奴は「楽には殺さない」と宣言している。
市販品の装備をいくらカスタマイズしても、破壊に特化した特別製の装備に対しては、これが限界だ。
攻撃を捌くのも、いいところあと二回が限度。その前に攻撃にまわり、マグダレーナを倒さなくては、そもそも攻撃の手段を失ってしまう。
しかし、ソリッドスネークを用いた攻勢防御に隙はない。
無理に踏む込めば、ミキサーに飛び込むがごとく、粉砕されるのがオチだ。
「どうすりゃいいってのよ……」
思わず転がり出る弱気。
その逡巡こそ、隙だった。
「……しまった!」
鋼の蛇が襲い来る。
這っていた地面から一息に跳びかかってくる。
反射的に前に出した左の副腕は防御の態勢。
だが遅い。超硬度を誇るソリッドスネークに対し、市販品程度の装甲では防御にならない。左副腕は絶好の餌食だ。
鋼鉄の大蛇の牙が迫る。
鋭い切っ先がまるで飴細工のように、ミスティのカウル状の装甲を引き裂く。
蛇腹の動きは止まらない。
ミスティは苦渋の表情で副腕を捨てる覚悟をする……しようとしたその時。
「なに……っ!?」
驚きの声を発したのはマグダレーナだった。
緑色の装甲を引き裂かんと、蛇腹剣が絡みつこうとした。
が、その瞬間、澄んだ音を立て、蛇のうねりがはじかれたのだ。
ありえない。
市販品の武装パーツごとき、ソリッドスネークで引き裂けないはずがない。
その証拠に、カウル状の腕アーマーはズタズタだ。
驚いているのはミスティも同じだった。
絶体絶命の攻撃を跳ね返した原因に心当たりはない。不思議に思いながら、左の副腕に視線を向ける。
そこに、発見した。
「……なにこれ?」
引き裂かれた装甲の陰、ねじくれたような形の黒光りする金属の棒が覗いている。
剣だ。
黒い刀身を持つ一本の剣。
ミスティは右の副腕を使って、ズタズタに引き裂かれた装甲を剥がす。
装甲の中に剣がマウントされていることなど、ミスティは知らなかった。おそらく、菜々子も知らないだろう。
剣の姿が露わになる。独特の形をした黒剣。
長さはエアロヴァジュラとさして変わらない。フォルムも似ているような気がする。
特徴的なのは、柄尻から先にナイフほどの短い刀身が伸びていることだ。極端な長さの違いはあるが、双剣になっている。
そして、ソリッドスネークの攻撃を受けたというのに、刀身には一点の曇りもなかった。
ミスティは既視感のようなものを感じた。初めて見る剣だというのに、どこかで見たことがあるような感じ。例えればそれは「懐かしさ」であろうか。
ミスティは手を伸ばす。柄を握る。
剣は、あっけなくはずれ、ミスティの手に収まった。
まるでミスティのためにあつらえたかのように、ぴったりと手に馴染む。
しかし、ミスティのメモリーに、この剣のデータはなかった。
この剣はいったい……?
□
やっと姿を現したか。
俺が準備していた、最後の切り札。それがあの剣だった。
使わないならそれに越したことはないと思っていたが。
「なんだ……あれは……剣か?」
大城の戸惑うような問いに、俺は頷く。
「ああ、餞別だよ。日暮店長からの。……伝説の剣だ」
ヘッドセットの正体を突き止めるために、日暮店長を訪ねた時、彼に渡された小さな木の箱。
その中に入っていたのが、今ミスティが手にしている黒い剣だった。
「伝説? 何言ってんだ、遠野、こんな時に……」
「知らないか、大城?
……以前、オーメストラーダ社のデザイナーが私費を投じて、個人制作の新型武装神姫を発表した。
女神をモチーフにした神姫で、前評判も高かったが……あまりの完成度の高さゆえに、生産コストが釣り合わず、コンセプトモデルまで発表しておきながら、結局お蔵入りになった」
「……おいおい! それってほとんど都市伝説だろ!?」
「だから言っただろう、伝説の剣だと」
大城は知っていたらしい。
しかし、八重樫さんたち高校生のチームメイトは首を傾げている。
だから俺は説明を続けた。
「その完成度の高さは、その神姫にセットされる予定だった武装も例外じゃなかった。
ショートライフル、長刀、そしてCQCソード。
その武装神姫の発売中止とともに、サンプルとして生産された神姫本体と武装のサンプルがごく少数、市場に流れた。
その神姫は、信念の女神をモチーフにしていたという。
そして、彼女の持つ三つの武器は、信念を貫く者に応えると伝えられた」
「それじゃあ、あの剣は……」
「そう。あの剣こそ、信念の女神の剣……CQCソード、その名は『ブラックライオン』」
「ブラックライオン……」
「『エトランゼ』にはぴったりの剣だろう?
イーダ型のデザイナーの手による、最高の完成度の武装。
何より、ブラックライオンは……信念を貫く者に応えるのだから」
だが、そう言うと同時に、俺は不安を感じている。
武器の強度は同等以上、それはいい。
しかし、ブラックライオンとソリッドスネークではリーチの差が圧倒的だ。
あのソリッドスネークをかいくぐり、マグダレーナを倒しきる方法を、俺はどうしても思いつけない。
俺が策を届けられるのはここまでだ。あとはもう、戦場の二人に託す他はなかった。
◆
マグダレーナの力任せ攻撃を、ミスティは冷静に捌き続けていた。
この冷静さは例の特訓で身につけたものだ。武士道モードの本領発揮である。
逆に、マグダレーナの方は自分が優勢であるにもかかわらず、ムキになっていた。
攻撃が単調になるのもかまわず、ソリッドスネークで打ちつける。
それをミスティが的確な動きで受け流している。
ブラックライオンの強度は、ソリッドスネークを上回っている。ブラックライオンは何度も攻撃を受けているというのに、漆黒の刀身には曇り一つない。逆に、ソリッドスネークは小さな刃こぼれがわずかながら確認できた。
ついにマグダレーナが攻撃を止める。策もなしに、力任せに斬り付けていても、今のミスティは崩せないと悟った。
間合いを取り、蛇腹剣を下段に構える。長い刀身が地面に垂れるが、剣先だけはミスティを威嚇するように首をもたげている。
ミスティはほっと吐息をついた。
彼女は内心、追いつめられていた。
ブラックライオンは確かに頼りになる武器だ。しかし、ソリッドスネークの自在な動きとリーチの長さは未だ健在である。
そして、それをかいくぐる術もないし、たとえマグダレーナと接敵しても、奴を倒しきる方法もない。今のままでは、いずれソリッドスネークの餌食になってしまうだろう。
劣勢なのは未だ自分の方だ。
それを思い知り、焦る。
たとえ刺し違えても奴を倒さなければ。
思い詰めた思考回路がそんなことを考えたが、ミスティはすぐに否定する。
……いや、刺し違えるのではダメだ。
わたしが壊れてしまったら、ナナコはまた深く傷ついてしまう。今度は二度と立ち直れないかも知れない。
そんなのはダメだ。
マグダレーナを倒し、勝たなくては。
ミスティは心の中で苦笑する。
なんてハードなオーダーなのかしら。
でも、やりきらなくてはならない。いえ、やりきってみせる。
必ず勝つ。
ナナコを守るために。
それが、最後のパスワード、だった。
ミスティのコアの奥深くで、何かの認証がなされた。
(……なに……?)
ミスティの視界の中に、文字が書き出されてゆく。
〈意識水準チェック……OK〉
〈技術水準チェック……OK〉
〈装備水準チェック……OK〉
〈基準条件ロック解除、ファイル解凍開始〉
その表示が出た瞬間、ミスティは自分の身体の奥底で、何かが開く音を確かに聞いた。
その刹那。
緑色に発光する0と1の無数の羅列が、音がした部分から間欠泉のように噴き出してくる。
その0と1は、ミスティの未使用のリソース部分に書き出され、ものすごい勢いで整然と並んでいく。
ミスティが意識すれば、視界はグリーンディスプレイのように緑の文字で埋まる。
意味のなかった二文字の羅列が意味をなす。
急速に書き出されていくそれは……
(戦闘プログラム!?)
記憶野の奥深くに隠されていたのは、戦闘プログラムの圧縮ファイルで間違いない。
突然の出来事に目を見張っていたのは、実はほんの一瞬のことだったようだ。
気がつけば、書き出されたプログラムの最後にカーソルが点滅している。
プログラムの最後は付加された注意書きで締められていた。
ミスティはその文字に視線を走らせる。
---------------
わたしのコアを受け継ぐ神姫へ
マスターが考案し、わたしが組み立てた、この技。
心、技、体……すべてのプロテクトを解除したあなたには、この技が使えるはずです。
この技が、わたしの最愛のマスター・久住菜々子を守ってくれることを願って。
ミスティ
---------------
初代。
「……姉さん!」
ミスティは無意識のうちに、そう叫んでいた。
同じだった。
嫌っていた初代、彼女の想いもまた、二代目の自分と同じだった。
菜々子を守りたい。
この世にたった一人のマスターを傷つけたくない。もうこれ以上、傷ついて欲しくない。
いや、本当はわかっていた。
ミスティのくだらない劣等感が、初代の想いどころか存在すら拒否していた。
初代はずっと、わたしに手を差し伸べていたはずなのに。
ティアの言葉を聞いていれば、きっと、もっと早く分かったはずなのに。
そして。
こうして伝えられた想いの強さに、今、ミスティは感動さえ覚えていた。
これは奇跡だ。
時を越えても、身体が他の神姫のものになっても、心さえ自分のものではなくなっても、それでも。
最愛のマスターを守りたい、と。
その尊い想いは、確かにミスティの胸に伝わった。
これが奇跡でなくてなんだというのか。
ふと気配を感じ、ミスティは顔を横に向けた。
すぐ隣に、薄く輝きを放つ、白いストラーフが立っている。優しい眼差しでミスティを見つめていた。
初めて見るその神姫を、ミスティは知っていた。
彼女こそは、久住菜々子が初めて所有した神姫。
初代ミスティ。
イーダのミスティの……姉のような存在。
ミスティは真剣な、しかし脅えをはらんだ瞳で、姉を見つめた。
「ごめんなさい、姉さん。
今のわたしじゃ、あいつを倒せない。
ナナコを、守れない。
だから……一緒に戦ってくれる?
わたしたちのマスターを守るために。
……お願い、力を貸して」
ミスティはおずおずと手を伸ばす。
白いストラーフの手がゆっくりと伸びて、ミスティの手をしっかりと掴んだ。
ミスティは少し安堵したように微笑する。
すると、ストラーフのミスティは、にっこりと笑い、そして寄り添う。
白い影がほどけてゆく。
緑色に発光する、無数の0と1の集合へと変化する。
それが一陣の風となって、ミスティの小さな胸に流れ込んだ。
同化する。
戦闘プログラム・インストール完了。
それは、ストラーフのミスティ最後の技。
その名を『花霞(はながすみ)』という。
「完璧だわ……」
かつて、誰かが言った。
技は絆の証だと。
ならば、託されたこの技は、初代と自分をつなぐ絆。
ミスティを名乗る神姫に受け継がれる想いの結晶。
かつて、ミスティがもっとも尊敬し愛する神姫が、言っていた。
神姫の名は誇りだと。
ならば、わたしも誇りを抱こう。
菜々子の神姫として、ミスティの名を継ぐことに!
いま、すべての絆がつながった。
ミスティは仰いでいた顔を戻し、正面を見据えた。
いぶかしげな表情のマグダレーナがそこにいる。
瞳に宿るのは、強い意志。
これ以上ないほどに心は燃えていたが、意識はひどく冷静だった。
これもあの合宿の成果……武士道モードのおかげなのか。
ミスティは現状を分析する。
武器の強さは互角。
マグダレーナを倒す最後の一手もある。
だけど、足りない。
ソリッドスネークのリーチを無効にし、マグダレーナ本体に接近する方法がない。
ミスティには策がない。
ならばどうするか。
その策を考えるのは……そう、マスターの役目だ。彼女ならば、いい手を閃くに違いない。
そう信じて、ミスティは叫んだ。
「ナナコ! 桜散らすわ! どうする!?」
菜々子はその一言に、びくりと身体を震わせる。
わかった。菜々子にはその一言だけですべてが理解できた。
今、この一瞬の間に、ミスティが何を見て、そして何を得たのかを。
そして、ミスティが菜々子に何を求めているのかも。
「ミスティ……」
菜々子は俯き、吐息のようにその名を呼ぶ。
かつて心を救われ、家族として愛した白い神姫を想う。
ありがとう。今もわたしを助けてくれるのね。今のミスティも大事に想ってくれて……ほんとうに、ありがとう。
今、菜々子は実感していた。
わたしは独りではない。
武装神姫を通して出会った人たち、出会った神姫たちに支えられ、今ここに立っている。
そして、決してわたしを見捨てないでいてくれる……わたしの神姫、二人のミスティ。
自分とつながるすべての絆……それは、どれほどにかけがえのないものだろう。
愛する人が、わたしに教えてくれた。
そう、それが、それこそが。
『エトランゼ』を名乗るわたしの本当の力……!
菜々子は顔を上げる。
その瞳には強い光が宿っている。まっすぐに決然として前を見た。正面に立つ……桐島あおいを。
あおいは一歩、後ずさる。それは無意識の行動だった。
彼女はたじろいでいた。
目の前にいる人物は、あおいの知る菜々子ではない。
『エトランゼ』の異名を持つ神姫マスター・久住菜々子の本当の姿……かつて、あおいが追い求めた理想を叶えた、真の神姫マスターの姿だった。
「見てください、お姉さま。これが、わたしのたどり着いた答え……。
理想は形に……絆は力に……お姉さまに教わったことは全て正しかったと……その証明です!」
揺るぎない意志を言葉にする。
言い切った菜々子は、自らの神姫に視線を送る。
そして叫んだ。
「ミスティ! 亡霊と踊りなさい!」
その場にいた誰もが、菜々子が何を叫んだのか、その意味するところを理解できない。
だが、それでいい。
ミスティは思っている。菜々子の「無茶ぶり」を理解できるのは、菜々子の神姫・ミスティだけ。
これこそ『エトランゼ』流の『アカシック・レコード』封じだ。
それにしても、まったく、なんてヘビーなオーダーなのかしら。
ミスティの口元に笑みが浮かぶ。
苦笑、ではない。挑戦的な、不敵な微笑。
もう、負ける気がしない。
ミスティは応える。
「応っ!」
ミスティは天に向けて指し上げた黒剣を、左右に鋭く振るう。
剣風が、舞い散る花びらを吹き散らす。
さらに振るう。振るう。
剣を持って舞う。舞い踊る。
ミスティの剣の舞に吸い込まれるように、桜吹雪が渦を巻く。
無数の花弁が、ミスティを押し包んでゆく。
緑色の神姫の姿が、薄紅色に霞む。
その場にいた皆が、ミスティを見つめていた。彼女の舞に、目を奪われている。
渦巻く桜吹雪。
中心にいるミスティの口元には、笑みさえ浮かんでいる。
ミスティを包む薄紅色はどんどんと濃くなり、やがて彼女の姿を覆い隠すほどになる。
まるで桜の花びらの竜巻。勢いはいや増すばかり。
そして、誰もが息を止めたその瞬間。
タン、という音ともに、ミスティが渦から一歩外に踏み出す。
すると。
桜の花びらが、膨らむように舞い散った。
広がり、はらはらと舞い落ちる花弁。
拡散する桜吹雪の中心。
剣を構えたミスティがいる。
その姿はまるで、ミスティが満開の桜の木に変身したかのよう。
マグダレーナはその光景に心奪われていた。
そして、神姫に対する初めての感情を抱く。
美しい、と。
「覚悟はいいか、『狂乱の聖女』マグダレーナ!」
ぼう、と見とれてしまっていたマグダレーナの意識を、ミスティの一喝が現実に引き戻した。
ミスティはまっすぐにマグダレーナを見据えている。
凛、と叫んだ。
「久住菜々子が武装神姫、『エトランゼ』のミスティ! 推して参る!!」
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&bold(){キズナのキセキ}
ACT1-28「すべてがつながるとき」
◆
形勢は逆転していた。
マグダレーナが攻め、ミスティが下がる。
マグダレーナが切り札と言うだけあって、長剣ソリッドスネークは尋常でない破壊力を秘めていた。
「シャアアアアァァッ!!」
しわがれ声で放たれる気合いは、まるでガラガラヘビの威嚇音のようだ。
振るわれた長剣が蛇のようにうねり、ミスティに襲いかかる。
「くっ……!」
エアロヴァジュラを立て、受け流すように防御する。
耳障りな音を立てて迫るソリッドスネーク。刀身をいくつもの刃に分裂させ、次々にエアロヴァジュラと接触する。
なんとか防ぎきった。
ほっとするのも束の間、ミスティはぞっとする。
手にした刀は、ガタガタに刃こぼれしていた。これでは刀として斬る用をなさない。
「……なんてこと」
刃の強度が違うのだ。エアロヴァジュラはソリッドスネークの刃に負けてしまっている。
防戦に回っては不利だ。
「……ならばっ!」
ミスティはボロボロの刀を振り上げ疾走する。
攻めに出て、形勢を取り戻す。刃こぼれしていてもまだ使える。斬るのではなく、叩きつける。
ミスティは一気にマグダレーナの間合いに踏み込んだ。
しかし。
「……っ!!」
またしても耳障りな音と共に、ミスティの視界をソリッドスネークの蛇腹が横切った。
落ち着きを払ったマグダレーナによる操作で、ソリッドスネークは彼女を取り巻くように動いている。
まるで刃の結界。三六○度、隙はない。
「おおぉっ!!」
それでもミスティは、力任せにエアロヴァジュラを振り下ろした。
ソリッドスネークが宙を走りながら、その一撃を受け止める。
逆に、流れる連結刃がその一刀を次々と襲う。
ついにエアロヴァジュラが粉々に砕け散った。
「……くそっ!」
素早く間合いを取りながら、手に残った柄をマグダレーナに投げつける。
しかし、それもソリッドスネークの餌食になった。空中で粉砕され、マグダレーナに届くことはない。
その様子を睨みながら、ミスティはソリッドスネークの間合いの外へ退いた。
左の副腕にマウントされていた予備のエアロヴァジュラを抜き取る。
だが、この予備の刀もどれほどに役に立つものか。
あのソリッドスネークという武器はやっかいだ。
攻撃には縦横自在の動きで圧倒してくる。連なる刃による連続攻撃をはまるでチェーンソーだ。迂闊な防御は役に立たない。
防御にも力を発揮している。マグダレーナを取り巻くように動いて、近寄らせない。迂闊に近寄れば、なます切りになるだろう。まさに攻防一体の防御陣だ。
ソリッドスネークの動きは武器の域を越えて、まるで生き物のように思える。意志を持った生き物のように。
「……まさか……」
◆
「なにあれ……まるで生きてるみたい……」
涼子の感想は、奇しくもミスティと一致していた。
蛇腹剣・ソリッドスネークは、まるで意志を持つ蛇のごとく、ミスティを攻め、マグダレーナを守る。
マグダレーナの操作は超絶と言えよう。対峙した状態でも、ソリッドスネークの剣先は、ミスティを威嚇しているように見える。
まるで獲物に飛びかからんとする蛇の様相。
「……まさか……!」
美緒は思わず声を上げていた。
「まさか、ソリッドスネークも……あれも神姫……!?」
「……っ!」
その場にいた全員が息を飲む。
考えられないことではない。いや、その可能性の方が高い。
あれほどに意志を持った動きをするマグダレーナの武器ならば……『マルチオーダー』の支配下にあると考える方が自然だ。
だとすれば、マグダレーナは特殊スキルの一つを取り戻したことになる。
そして、ミスティは二人の神姫を相手にしているのと同じだった。
ソリッドスネークの動きはマグダレーナの操作ではない。ソリッドスネークという神姫の意志だというならば、あれほどに意志の宿った動きにも納得がいく。
対するミスティは、この短い間に圧倒的な劣勢に追いつめられていた。
「勝てるのかよ、ミスティ……」
弱気な言葉を口にしながら、有紀はそっとチームリーダーの顔を見た。
このバトルでミスティの有利を作り続けたその男。
遠野貴樹は無言のまま、戦況を睨み続けている。
◆
これまでの鬱憤を晴らすかのように、マグダレーナが攻めに出る。
ミスティは焦燥にかられながら、回避するので精一杯の状況だった。
ミスティの武装はすでにボロボロだ。
背面にあったアサルトカービンもすでになく、二本目のエアロヴァジュラも刃こぼれでガラクタ同然。
人工ダイヤの爪はさすがに健在だった。だが、蛇腹剣の一撃をはじいた後、爪を装備した副腕の指は軸が歪み、まともに動かなくなっていた。
装甲にはすでに無数の傷が付けられている。両足の装備が健在で、いまだに滑走していられるのは僥倖という他はない。
あるいは、マグダレーナが意図的に脚に攻撃していないだけかも知れない。奴は「楽には殺さない」と宣言している。
市販品の装備をいくらカスタマイズしても、破壊に特化した特別製の装備に対しては、これが限界だ。
攻撃を捌くのも、いいところあと二回が限度。その前に攻撃にまわり、マグダレーナを倒さなくては、そもそも攻撃の手段を失ってしまう。
しかし、ソリッドスネークを用いた攻勢防御に隙はない。
無理に踏む込めば、ミキサーに飛び込むがごとく、粉砕されるのがオチだ。
「どうすりゃいいってのよ……」
思わず転がり出る弱気。
その逡巡こそ、隙だった。
「……しまった!」
鋼の蛇が襲い来る。
這っていた地面から一息に跳びかかってくる。
反射的に前に出した左の副腕は防御の態勢。
だが遅い。超硬度を誇るソリッドスネークに対し、市販品程度の装甲では防御にならない。左副腕は絶好の餌食だ。
鋼鉄の大蛇の牙が迫る。
鋭い切っ先がまるで飴細工のように、ミスティのカウル状の装甲を引き裂く。
蛇腹の動きは止まらない。
ミスティは苦渋の表情で副腕を捨てる覚悟をする……しようとしたその時。
「なに……っ!?」
驚きの声を発したのはマグダレーナだった。
緑色の装甲を引き裂かんと、蛇腹剣が絡みつこうとした。
が、その瞬間、澄んだ音を立て、蛇のうねりがはじかれたのだ。
ありえない。
市販品の武装パーツごとき、ソリッドスネークで引き裂けないはずがない。
その証拠に、カウル状の腕アーマーはズタズタだ。
驚いているのはミスティも同じだった。
絶体絶命の攻撃を跳ね返した原因に心当たりはない。不思議に思いながら、左の副腕に視線を向ける。
そこに、発見した。
「……なにこれ?」
引き裂かれた装甲の陰、ねじくれたような形の黒光りする金属の棒が覗いている。
剣だ。
黒い刀身を持つ一本の剣。
ミスティは右の副腕を使って、ズタズタに引き裂かれた装甲を剥がす。
装甲の中に剣がマウントされていることなど、ミスティは知らなかった。おそらく、菜々子も知らないだろう。
剣の姿が露わになる。独特の形をした黒剣。
長さはエアロヴァジュラとさして変わらない。フォルムも似ているような気がする。
特徴的なのは、柄尻から先にナイフほどの短い刀身が伸びていることだ。極端な長さの違いはあるが、双剣になっている。
そして、ソリッドスネークの攻撃を受けたというのに、刀身には一点の曇りもなかった。
ミスティは既視感のようなものを感じた。初めて見る剣だというのに、どこかで見たことがあるような感じ。例えればそれは「懐かしさ」であろうか。
ミスティは手を伸ばす。柄を握る。
剣は、あっけなくはずれ、ミスティの手に収まった。
まるでミスティのためにあつらえたかのように、ぴったりと手に馴染む。
しかし、ミスティのメモリーに、この剣のデータはなかった。
この剣はいったい……?
□
やっと姿を現したか。
俺が準備していた、最後の切り札。それがあの剣だった。
使わないならそれに越したことはないと思っていたが。
「なんだ……あれは……剣か?」
大城の戸惑うような問いに、俺は頷く。
「ああ、餞別だよ。日暮店長からの。……伝説の剣だ」
ヘッドセットの正体を突き止めるために、日暮店長を訪ねた時、彼に渡された小さな木の箱。
その中に入っていたのが、今ミスティが手にしている黒い剣だった。
「伝説? 何言ってんだ、遠野、こんな時に……」
「知らないか、大城?
……以前、オーメストラーダ社のデザイナーが私費を投じて、個人制作の新型武装神姫を発表した。
女神をモチーフにした神姫で、前評判も高かったが……あまりの完成度の高さゆえに、生産コストが釣り合わず、コンセプトモデルまで発表しておきながら、結局お蔵入りになった」
「……おいおい! それってほとんど都市伝説だろ!?」
「だから言っただろう、伝説の剣だと」
大城は知っていたらしい。
しかし、八重樫さんたち高校生のチームメイトは首を傾げている。
だから俺は説明を続けた。
「その完成度の高さは、その神姫にセットされる予定だった武装も例外じゃなかった。
ショートライフル、長刀、そしてCQCソード。
その武装神姫の発売中止とともに、サンプルとして生産された神姫本体と武装のサンプルがごく少数、市場に流れた。
その神姫は、信念の女神をモチーフにしていたという。
そして、彼女の持つ三つの武器は、信念を貫く者に応えると伝えられた」
「それじゃあ、あの剣は……」
「そう。あの剣こそ、信念の女神の剣……CQCソード、その名は『ブラックライオン』」
「ブラックライオン……」
「『エトランゼ』にはぴったりの剣だろう?
イーダ型のデザイナーの手による、最高の完成度の武装。
何より、ブラックライオンは……信念を貫く者に応えるのだから」
だが、そう言うと同時に、俺は不安を感じている。
武器の強度は同等以上、それはいい。
しかし、ブラックライオンとソリッドスネークではリーチの差が圧倒的だ。
あのソリッドスネークをかいくぐり、マグダレーナを倒しきる方法を、俺はどうしても思いつけない。
俺が策を届けられるのはここまでだ。あとはもう、戦場の二人に託す他はなかった。
◆
マグダレーナの力任せ攻撃を、ミスティは冷静に捌き続けていた。
この冷静さは例の特訓で身につけたものだ。武士道モードの本領発揮である。
逆に、マグダレーナの方は自分が優勢であるにもかかわらず、ムキになっていた。
攻撃が単調になるのもかまわず、ソリッドスネークで打ちつける。
それをミスティが的確な動きで受け流している。
ブラックライオンの強度は、ソリッドスネークを上回っている。ブラックライオンは何度も攻撃を受けているというのに、漆黒の刀身には曇り一つない。逆に、ソリッドスネークは小さな刃こぼれがわずかながら確認できた。
ついにマグダレーナが攻撃を止める。策もなしに、力任せに斬り付けていても、今のミスティは崩せないと悟った。
間合いを取り、蛇腹剣を下段に構える。長い刀身が地面に垂れるが、剣先だけはミスティを威嚇するように首をもたげている。
ミスティはほっと吐息をついた。
彼女は内心、追いつめられていた。
ブラックライオンは確かに頼りになる武器だ。しかし、ソリッドスネークの自在な動きとリーチの長さは未だ健在である。
そして、それをかいくぐる術もないし、たとえマグダレーナと接敵しても、奴を倒しきる方法もない。今のままでは、いずれソリッドスネークの餌食になってしまうだろう。
劣勢なのは未だ自分の方だ。
それを思い知り、焦る。
たとえ刺し違えても奴を倒さなければ。
思い詰めた思考回路がそんなことを考えたが、ミスティはすぐに否定する。
……いや、刺し違えるのではダメだ。
わたしが壊れてしまったら、ナナコはまた深く傷ついてしまう。今度は二度と立ち直れないかも知れない。
そんなのはダメだ。
マグダレーナを倒し、勝たなくては。
ミスティは心の中で苦笑する。
なんてハードなオーダーなのかしら。
でも、やりきらなくてはならない。いえ、やりきってみせる。
必ず勝つ。
ナナコを守るために。
それが、最後のパスワード、だった。
ミスティのコアの奥深くで、何かの認証がなされた。
(……なに……?)
ミスティの視界の中に、文字が書き出されてゆく。
〈意識水準チェック……OK〉
〈技術水準チェック……OK〉
〈装備水準チェック……OK〉
〈基準条件ロック解除、ファイル解凍開始〉
その表示が出た瞬間、ミスティは自分の身体の奥底で、何かが開く音を確かに聞いた。
その刹那。
緑色に発光する0と1の無数の羅列が、音がした部分から間欠泉のように噴き出してくる。
その0と1は、ミスティの未使用のリソース部分に書き出され、ものすごい勢いで整然と並んでいく。
ミスティが意識すれば、視界はグリーンディスプレイのように緑の文字で埋まる。
意味のなかった二文字の羅列が意味をなす。
急速に書き出されていくそれは……
(戦闘プログラム!?)
記憶野の奥深くに隠されていたのは、戦闘プログラムの圧縮ファイルで間違いない。
突然の出来事に目を見張っていたのは、実はほんの一瞬のことだったようだ。
気がつけば、書き出されたプログラムの最後にカーソルが点滅している。
プログラムの最後は付加された注意書きで締められていた。
ミスティはその文字に視線を走らせる。
---------------
わたしのコアを受け継ぐ神姫へ
マスターが考案し、わたしが組み立てた、この技。
心、技、体……すべてのプロテクトを解除したあなたには、この技が使えるはずです。
この技が、わたしの最愛のマスター・久住菜々子を守ってくれることを願って。
ミスティ
---------------
初代。
「……姉さん!」
ミスティは無意識のうちに、そう叫んでいた。
同じだった。
嫌っていた初代、彼女の想いもまた、二代目の自分と同じだった。
菜々子を守りたい。
この世にたった一人のマスターを傷つけたくない。もうこれ以上、傷ついて欲しくない。
いや、本当はわかっていた。
ミスティのくだらない劣等感が、初代の想いどころか存在すら拒否していた。
初代はずっと、わたしに手を差し伸べていたはずなのに。
ティアの言葉を聞いていれば、きっと、もっと早く分かったはずなのに。
そして。
こうして伝えられた想いの強さに、今、ミスティは感動さえ覚えていた。
これは奇跡だ。
時を越えても、身体が他の神姫のものになっても、心さえ自分のものではなくなっても、それでも。
最愛のマスターを守りたい、と。
その尊い想いは、確かにミスティの胸に伝わった。
これが奇跡でなくてなんだというのか。
ふと気配を感じ、ミスティは顔を横に向けた。
すぐ隣に、薄く輝きを放つ、白いストラーフが立っている。優しい眼差しでミスティを見つめていた。
初めて見るその神姫を、ミスティは知っていた。
彼女こそは、久住菜々子が初めて所有した神姫。
初代ミスティ。
イーダのミスティの……姉のような存在。
ミスティは真剣な、しかし脅えをはらんだ瞳で、姉を見つめた。
「ごめんなさい、姉さん。
今のわたしじゃ、あいつを倒せない。
ナナコを、守れない。
だから……一緒に戦ってくれる?
わたしたちのマスターを守るために。
……お願い、力を貸して」
ミスティはおずおずと手を伸ばす。
白いストラーフの手がゆっくりと伸びて、ミスティの手をしっかりと掴んだ。
ミスティは少し安堵したように微笑する。
すると、ストラーフのミスティは、にっこりと笑い、そして寄り添う。
白い影がほどけてゆく。
緑色に発光する、無数の0と1の集合へと変化する。
それが一陣の風となって、ミスティの小さな胸に流れ込んだ。
同化する。
戦闘プログラム・インストール完了。
それは、ストラーフのミスティ最後の技。
その名を『花霞(はながすみ)』という。
「完璧だわ……」
かつて、誰かが言った。
技は絆の証だと。
ならば、託されたこの技は、初代と自分をつなぐ絆。
ミスティを名乗る神姫に受け継がれる想いの結晶。
かつて、ミスティがもっとも尊敬し愛する神姫が、言っていた。
神姫の名は誇りだと。
ならば、わたしも誇りを抱こう。
菜々子の神姫として、ミスティの名を継ぐことに!
いま、すべての絆がつながった。
ミスティは仰いでいた顔を戻し、正面を見据えた。
いぶかしげな表情のマグダレーナがそこにいる。
瞳に宿るのは、強い意志。
これ以上ないほどに心は燃えていたが、意識はひどく冷静だった。
これもあの合宿の成果……武士道モードのおかげなのか。
ミスティは現状を分析する。
武器の強さは互角。
マグダレーナを倒す最後の一手もある。
だけど、足りない。
ソリッドスネークのリーチを無効にし、マグダレーナ本体に接近する方法がない。
ミスティには策がない。
ならばどうするか。
その策を考えるのは……そう、マスターの役目だ。彼女ならば、いい手を閃くに違いない。
そう信じて、ミスティは叫んだ。
「ナナコ! 桜散らすわ! どうする!?」
菜々子はその一言に、びくりと身体を震わせる。
わかった。菜々子にはその一言だけですべてが理解できた。
今、この一瞬の間に、ミスティが何を見て、そして何を得たのかを。
そして、ミスティが菜々子に何を求めているのかも。
「ミスティ……」
菜々子は俯き、吐息のようにその名を呼ぶ。
かつて心を救われ、家族として愛した白い神姫を想う。
ありがとう。今もわたしを助けてくれるのね。今のミスティも大事に想ってくれて……ほんとうに、ありがとう。
今、菜々子は実感していた。
わたしは独りではない。
武装神姫を通して出会った人たち、出会った神姫たちに支えられ、今ここに立っている。
そして、決してわたしを見捨てないでいてくれる……わたしの神姫、二人のミスティ。
自分とつながるすべての絆……それは、どれほどにかけがえのないものだろう。
愛する人が、わたしに教えてくれた。
そう、それが、それこそが。
『エトランゼ』を名乗るわたしの本当の力……!
菜々子は顔を上げる。
その瞳には強い光が宿っている。まっすぐに決然として前を見た。正面に立つ……桐島あおいを。
あおいは一歩、後ずさる。それは無意識の行動だった。
彼女はたじろいでいた。
目の前にいる人物は、あおいの知る菜々子ではない。
『エトランゼ』の異名を持つ神姫マスター・久住菜々子の本当の姿……かつて、あおいが追い求めた理想を叶えた、真の神姫マスターの姿だった。
「見てください、お姉さま。これが、わたしのたどり着いた答え……。
理想は形に……絆は力に……お姉さまに教わったことは全て正しかったと……その証明です!」
揺るぎない意志を言葉にする。
言い切った菜々子は、自らの神姫に視線を送る。
そして叫んだ。
「ミスティ! 亡霊と踊りなさい!」
その場にいた誰もが、菜々子が何を叫んだのか、その意味するところを理解できない。
だが、それでいい。
ミスティは思っている。菜々子の「無茶ぶり」を理解できるのは、菜々子の神姫・ミスティだけ。
これこそ『エトランゼ』流の『アカシック・レコード』封じだ。
それにしても、まったく、なんてヘビーなオーダーなのかしら。
ミスティの口元に笑みが浮かぶ。
苦笑、ではない。挑戦的な、不敵な微笑。
もう、負ける気がしない。
ミスティは応える。
「応っ!」
ミスティは天に向けて指し上げた黒剣を、左右に鋭く振るう。
剣風が、舞い散る花びらを吹き散らす。
さらに振るう。振るう。
剣を持って舞う。舞い踊る。
ミスティの剣の舞に吸い込まれるように、桜吹雪が渦を巻く。
無数の花弁が、ミスティを押し包んでゆく。
緑色の神姫の姿が、薄紅色に霞む。
その場にいた皆が、ミスティを見つめていた。彼女の舞に、目を奪われている。
渦巻く桜吹雪。
中心にいるミスティの口元には、笑みさえ浮かんでいる。
ミスティを包む薄紅色はどんどんと濃くなり、やがて彼女の姿を覆い隠すほどになる。
まるで桜の花びらの竜巻。勢いはいや増すばかり。
そして、誰もが息を止めたその瞬間。
タン、という音ともに、ミスティが渦から一歩外に踏み出す。
すると。
桜の花びらが、膨らむように舞い散った。
広がり、はらはらと舞い落ちる花弁。
拡散する桜吹雪の中心。
剣を構えたミスティがいる。
その姿はまるで、ミスティが満開の桜の木に変身したかのよう。
マグダレーナはその光景に心奪われていた。
そして、神姫に対する初めての感情を抱く。
美しい、と。
「覚悟はいいか、『狂乱の聖女』マグダレーナ!」
ぼう、と見とれてしまっていたマグダレーナの意識を、ミスティの一喝が現実に引き戻した。
ミスティはまっすぐにマグダレーナを見据えている。
凛、と叫んだ。
「久住菜々子が武装神姫、『エトランゼ』のミスティ! 推して参る!!」
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