以前見た場所とは違い、そこは何も無かった。
痛みも無ければ感覚も無い。時間の感覚も無ければ今自分がどこにいるのかすら判らない。
唯一判るのがここが一つの“境界線”であることのみ。
ここに来る前の記憶を手繰ろうとしても、それはまるで霞のように霧散して思い出すことが出来ない。
痛みも無ければ感覚も無い。時間の感覚も無ければ今自分がどこにいるのかすら判らない。
唯一判るのがここが一つの“境界線”であることのみ。
ここに来る前の記憶を手繰ろうとしても、それはまるで霞のように霧散して思い出すことが出来ない。
――――何故、自分はここにいるのだろう
判らない。そもそも自分が誰かすらも判らない。
ここは何処で、自分は誰だ。
ここは何処で、自分は誰だ。
――――いや、そもそも自分とはなんだったか
考えがそこに至り、彼はもう考えることを放棄した。
いくら問おうとも答えなんてあるはずも無い。だってここはそういう場所だから。
と、音すらも存在しないはずのこの場所で、かすかな物音がした。
振り向くとそこには・・・一匹の白い狼がいた。
いくら問おうとも答えなんてあるはずも無い。だってここはそういう場所だから。
と、音すらも存在しないはずのこの場所で、かすかな物音がした。
振り向くとそこには・・・一匹の白い狼がいた。
――――何故、ここにいるのだろう
彼はそう思いながらも手を差し出す。
すると狼は自ら彼の手に擦り寄ってきた。
遠くでは白く見えた毛皮だが、近くで見ると見事な白銀に染まっていた。
彼はその狼に妙な既視感を感じる。
すると狼は自ら彼の手に擦り寄ってきた。
遠くでは白く見えた毛皮だが、近くで見ると見事な白銀に染まっていた。
彼はその狼に妙な既視感を感じる。
――――自分は、何処かでこの狼とあったことが無かったか
そう思い記憶を手繰るも、やはり思い出すことが出来ない。
何処であったのだろう。
と、気がつくと狼が自分を見つめていた。
その琥珀の瞳は、何かを訴えていたが彼にはそれがなんなのかわからない。
何処であったのだろう。
と、気がつくと狼が自分を見つめていた。
その琥珀の瞳は、何かを訴えていたが彼にはそれがなんなのかわからない。
――――嗚呼、そうか
彼は狼の視線に漸く得心が行ったという風に肯く。
――――俺を、迎えに来てくれたのか
彼がそういうと、狼は軽く尻尾を振り立ち上がる。
そのまま彼に背を向け数歩歩くと、こちらを振り返り彼を待っていた。
そのまま彼に背を向け数歩歩くと、こちらを振り返り彼を待っていた。
――――いいぜ、お前となら何があっても怖くねぇ。行こうじゃねぇか。彩女
彼 ―――記四季はそういうと、ゆっくりと狼の後をついていった。
ホワイトファング・ハウリングソウル
第三十八話
『白狼語リ』
「・・・手術は終了しました」
深夜の二時、手術室から出てきた医師は疲れた顔をしながらそこにいた都にいった。
「そうですか。・・・容態の方は?」
「今は安定しています。しかしとても八十を過ぎているとは思えませんね」
「・・・というと?」
「この手術に耐えられたこともそうですが、麻酔をかけた後もうわ言の様に女性の名前を言ってましたよ。奥様でしょうかね」
医師はそういうとそのまま廊下を歩いていく。
角を曲がり見えなくなったところで都は呟いた。
「・・・だ、そうだよ」
その言葉に、左の胸ポケットに入っていた彩女が顔を出す。
「・・・有難う御座います。手術室のそばは機械持ち込み禁止なのに」
「ふん、神姫程度の電磁波で壊れる機械なんて存在しないよ。あれは単に気にしすぎなのさ」
都はそういって煙草を取り出そうとして・・・ここが病院であることに気づく。
探る手を止め、眠そうな目で白い壁を見つめる。
都の両親・・・記四季の子供は少し前に帰っていった。
二人には明日も仕事があるし、春奈には学校がある。故に都はそれに関してはどうも思わない。単に彼女がここにいるのは自営業で暇が取れるというのもあるが・・・意地だからだ。
「・・・多分」
「ん?」
「多分、いえ絶対に大丈夫だと思います」
「・・・どうしてそう思う? アメティスタがそういったのか?」
「さっき、主の声が聞こえました。まだ主は諦めてません」
何を、とは聞かなかった。
今一番記四季の事をわかっているのは両親でも孫でもなく、この小さな少女なのだろう。
そんな彼女が言うからにはきっとそうなのだ。
・・・彼はまだ、諦めていない。
「・・・不思議なものだ」
「?」
「私は神姫を買った当初、神姫に心があるなんて信じていなかった。でも今は信じることが出来るよ」
見ると彩女が不思議そうな顔をして見上げていた。
話としては脈絡が無さ過ぎただろうか。
「・・・セルロイドの人形に、魂が宿ることだってあるんですよ」
「攻核機動隊。バトーだな」
「イエス」
「それはアオイだ」
「流石は主のお孫さん。趣味が同じですね」
「こんな時代だからさ。実際神姫が発売されてからイノセンスのDVDは再販されたし、無機物に魂は宿るのかって言うのは昔から人類の命題の一つだ」
都はそういいながら彩女を胸ポケットから取り出し、膝の上においてやる。
彩女はゆっくりと、都の膝の上に座った。
「人形に声があったなら、人間になりたくないと叫んだでしょう」
「草薙素子」
「はい。イノセンスのラスト付近の台詞ですね」
「・・・その言葉を踏まえたうえで聞こう。お前は人間になりたいか?」
「・・・思いません。神姫として生まれてきたから今の私が在るのです。もし私が人間として生まれてきたのなら、主と会うことも無く凡庸な生を生きたでしょう。それが悪いとは言いませんが・・・私は主と会えたことを神に感謝したい気持ちです」
一瞬迷いながらも、彩女はそう断言した。
人に近い心を持ちながら、自分は人形でいたいと彼女は言った。
「・・・・・・そうか。それは考えさせられる答えだな」
都はそういうと彩女に手を差し出す。
彩女はすぐに手のひらに乗り、都は立ち上がった。
「それじゃ、病室で待とうか」
「はい」
二人はそのまま白い廊下を歩き、角を曲がって見えなくなった。
深夜の二時、手術室から出てきた医師は疲れた顔をしながらそこにいた都にいった。
「そうですか。・・・容態の方は?」
「今は安定しています。しかしとても八十を過ぎているとは思えませんね」
「・・・というと?」
「この手術に耐えられたこともそうですが、麻酔をかけた後もうわ言の様に女性の名前を言ってましたよ。奥様でしょうかね」
医師はそういうとそのまま廊下を歩いていく。
角を曲がり見えなくなったところで都は呟いた。
「・・・だ、そうだよ」
その言葉に、左の胸ポケットに入っていた彩女が顔を出す。
「・・・有難う御座います。手術室のそばは機械持ち込み禁止なのに」
「ふん、神姫程度の電磁波で壊れる機械なんて存在しないよ。あれは単に気にしすぎなのさ」
都はそういって煙草を取り出そうとして・・・ここが病院であることに気づく。
探る手を止め、眠そうな目で白い壁を見つめる。
都の両親・・・記四季の子供は少し前に帰っていった。
二人には明日も仕事があるし、春奈には学校がある。故に都はそれに関してはどうも思わない。単に彼女がここにいるのは自営業で暇が取れるというのもあるが・・・意地だからだ。
「・・・多分」
「ん?」
「多分、いえ絶対に大丈夫だと思います」
「・・・どうしてそう思う? アメティスタがそういったのか?」
「さっき、主の声が聞こえました。まだ主は諦めてません」
何を、とは聞かなかった。
今一番記四季の事をわかっているのは両親でも孫でもなく、この小さな少女なのだろう。
そんな彼女が言うからにはきっとそうなのだ。
・・・彼はまだ、諦めていない。
「・・・不思議なものだ」
「?」
「私は神姫を買った当初、神姫に心があるなんて信じていなかった。でも今は信じることが出来るよ」
見ると彩女が不思議そうな顔をして見上げていた。
話としては脈絡が無さ過ぎただろうか。
「・・・セルロイドの人形に、魂が宿ることだってあるんですよ」
「攻核機動隊。バトーだな」
「イエス」
「それはアオイだ」
「流石は主のお孫さん。趣味が同じですね」
「こんな時代だからさ。実際神姫が発売されてからイノセンスのDVDは再販されたし、無機物に魂は宿るのかって言うのは昔から人類の命題の一つだ」
都はそういいながら彩女を胸ポケットから取り出し、膝の上においてやる。
彩女はゆっくりと、都の膝の上に座った。
「人形に声があったなら、人間になりたくないと叫んだでしょう」
「草薙素子」
「はい。イノセンスのラスト付近の台詞ですね」
「・・・その言葉を踏まえたうえで聞こう。お前は人間になりたいか?」
「・・・思いません。神姫として生まれてきたから今の私が在るのです。もし私が人間として生まれてきたのなら、主と会うことも無く凡庸な生を生きたでしょう。それが悪いとは言いませんが・・・私は主と会えたことを神に感謝したい気持ちです」
一瞬迷いながらも、彩女はそう断言した。
人に近い心を持ちながら、自分は人形でいたいと彼女は言った。
「・・・・・・そうか。それは考えさせられる答えだな」
都はそういうと彩女に手を差し出す。
彩女はすぐに手のひらに乗り、都は立ち上がった。
「それじゃ、病室で待とうか」
「はい」
二人はそのまま白い廊下を歩き、角を曲がって見えなくなった。