アットウィキロゴ
新漫画バトルロワイアル
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

PP -ピアニッシモ- 操リ人形ノ輪舞(前編)

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

PP -ピアニッシモ- 操リ人形ノ輪舞(前編) ◆JvezCBil8U



金の髪に金の瞳。
一つの決意を湛えていたはずの少年は、立ち尽くす。
奪われる為だけに与えられたが如き希望を摘み取られ、思い出が、少年の世界が、刻々と削ぎ落とされていく。
あたたかいなにかが壊れる音が、確かにした。

その手に一つのメモ帳――手記の、その最後のページを置いたまま、彼はただジッと動かない。
小刻みに震え俯くその姿は喧騒を許す事などなく、誰一人とて近寄る事すら許さなかった。
彼を取り巻く三人の人間には、眺めている事しかできなかったのだ。

吐く息の微動。
やけに大きく聞こえるその音だけが、金管で組み上げられた給湯室に響き渡る。
沈黙に耐え切れなかったのは誰だったか。

「――エド」

その声を耳にした瞬間。
少年はびくりと震え、一瞬俯きを深くより深く。
背後で、誰彼が伸ばした手が止まる気配がした。

確認と同時、少年の姿がブレる。

ぬちゃぬちゃ、ぴちゃぴちゃと嫌な汁を蹴飛ばして。

――少年は一人、灯りのない薄暗闇の中を駆けていく。



*****


しばし時間は遡る。


「……まあ、いいでしょう。
 少々薄手とはいえ多少はまともな服も頂いたことですし、恋する乙女のあられもない姿を出歯亀した事はいったん脇に置いておく事にします。
 決して忘れたわけではありませんので、お間違えなきようお願いしますよ?」

大仰な仕草でパチンと己の額を叩き、うんうんと頷く少女は結崎ひよの
それが、この場における彼女の名前である。

安藤が旅館で回収した浴衣を着込んだ彼女が真っ先に思ったことは、他でもない。
――これから雪が降るのにこの服じゃ頼りないですねぇと、実に恩を知らない愚痴だった。

「……望んで見たわけじゃないんだがな」

笑顔の裏の内心に気付いているのか、いないのか。
腕を組んでブスッとした顔で相対するのは、エドワード・エルリックだ。

「故意か事故かは関係ないんです!
 それに未必の故意の可能性だってありますし……。
 ああっ、これで鳴海さんが私を尻軽女と勘違いしてしまったらどうしてくれるんですか?
 責任を取れるんですか? もちろん娶ってほしいという意味でなくお金の問題ですよ?
 だって私にはショタコン趣味はありませんし、身も心も捧げちゃった人もいますし……」

訳の分からないことをまくし立てられイラついた所にショタ呼ばわり。
とある事柄が禁句の少年にとって、それは十分すぎる膨らんだ風船への針。

「だぁれが豆粒どチビじゃい!」 

まあまあ、と友人をなだめるリン・ヤオはしかし、嘆息を全く隠さない。
実に疲れそうな女だと言わんばかりの彼の顔は、ひよのへの警戒を雄弁に語っていた。

――そんな中。


『おさげ髪で胡散臭くてやたらに行動力のある、企業秘密が口癖の見た目幼い変な女と出会ったらの話だけどな。
 まあ、頼りになりすぎるくらい鬱陶しいやつだから、一緒に行動して損はないだろ。
 ……あいつの事だから変装でもしているかもしれないけどな』


あんぐりと口を開けてジッと少女を見つめる少年は、来訪者三人組の中でも一際浮いた存在だった。
安藤は一人の少年との別れ際に聞かされた、とある言葉を思い出す。


「……鳴海? もしかして、鳴海歩のことか?
 じゃあ、あんたが鳴海の彼女……」

間違いない、という確信と共に溜まったものを吐き出す呟きは、確かに少女から笑顔以外の表情を引き出した。
最初の邂逅以来初めて崩れた仮面のその向こう側には――、

「ええっ!?
 な、鳴海さんが私の事をそんな風に告げてたんですか?」

恋人の消息を知った喜びというよりは、むしろ。
混乱と困惑と疑念と心配と驚愕を一緒くたにしたような、実に胡散臭げな表情が見え隠れしていた。

「むむ、何か悪いものでも拾い食いしたんでしょうか……。
 いや、嬉しい事は非常に嬉しいんですが、ものすっっっごく不安になってきましたよ?」

顎に手を当てながら地味に失礼な事を口走る少女に、どう対応したものかと戸惑いを隠せない。
けれどゆっくり安藤は進み出ると、苦笑にも似ている眉を下げた笑いで続きを紡ぐ。
ああ、俺は日本人なんだなあと嫌な実感をしているのを自覚しながら。

「えーっと、見た目の割に頼りにはなる……とは聞いてたんだけどさ。
 君はその彼女さんじゃないのかな?」

呼びかけに少女はハッと顔を上げ、

「いいえー、彼女と呼んでくださるならその認識で結構です♪
 くすくす、素敵な響きですねー。
 こうして公認の仲となれたのなら、色々尽くしてきた甲斐があったというものです」

にこりと笑顔を取り戻す。

「全く、鳴海さんのツンデレ気質も大概ですねー。
 いや、本来の定義から考えればデレツンなんでしょうか?
 私の前ではツンツンで、他の人の前ではデレデレと。
 ……だとしたら、私を放置プレイし続けてる事は不問にしましょうかね」

口から漏れる呟きはどこまでがキャラ作りでどこからが本心なのか。
照れてるのか強がってるのか、いや両方でしょうか?
そんなところも私にしてみれば可愛いですねえ。
少女のマイペースさに早くも少年達は呆れを隠さない。

だから、業を煮やした一人は焦るあまりに勇み足を踏み出してしまう。


「……で、ダ。女。単刀直入に聞くゾ。
 お前は、何者ダ? どうしてここにいル?」

――リンは、隣の友人を見る。
そこにいるのは気丈に振舞いながらも、自分の逸りを押し隠し続けている不器用な少年だ。
エドワードは先刻からずっとずっと、ウィンリィの消息を問いかけたいのを我慢し続けている。
そんな彼が今にも潰れてしまいそうで、消えてしまいそうで。
少々強引にでも主導権を握って、友を安心させてやりたいから。
政ならばエドより自分の方が適任だ。

だが、真っ先にウィンリィの名を出すのはマズい。
まずは相手にカードを出させて、様子を見てからだ。
そのつもりだったのだが――、

「いやですねぇ、そちらの方が仰ってくださったじゃないですか。
 私は鳴海歩さんの彼女ですよ☆
 皆さんも鳴海さんとはご面識があるのでは?」

ウィンクと共に少女は、これを待っていたと言わんばかりに笑いの種類を変えた。
単なる惚気染みた微笑みから、裏に一物隠したほくそ笑みに。

その姿を見てリン・ヤオは確信し、目を眇める。
そしてほんの少しだけ歯を噛み締めた。

――してやられた。
場の流れは既に、彼女に掌握されていた。

既に自分達側のカードは切られてしまっていたのだ。
安藤の何気ない言葉、鳴海歩という人間の存在によって。
そこを糸口に、少女は自分の名さえ告げないうちからこちらの情報を引き出そうとしてきている。

安藤を責めたくなる気持ちがせり上がるが、堪える。
最大の失策は彼でなく自分だ。
いざ交渉を開始するなら、この場合は真っ先にウィンリィの事を尋ねるべきだった。

これでは自分達の知りたい情報を訊き出すまでに、相当な回り道をさせられる。
分かっている、ウィンリィの件は彼女との邂逅と本質的には無縁で、湧き上がってくる焦りは理不尽な代物でしかないと。

それでもリンは、結崎ひよののやり口に、その態度に。
――苛立ちが臓腑に溜まっていくのをを抑え切る事が出来なかった。友人の心を慮るが故に。

「あ、安藤です。俺は数時間前まで一緒に行動してたんですが、
 ……えっと、エドたちも高町亮子って子経由で話は聞いてるんだよな?」

とりあえず、最も鳴海歩と縁の深い安藤が前に出てひよのと相対することに。
何も言わず後ろに下がるリンは、故なきと分かっていても安藤と少女に怒鳴り散らしたくなる自分を抑えるので精一杯だった。

「ははあ、成程成程……。
 それでは浅月さんたちも含めた“子供達”についても聞いていらっしゃいます?
 彼女は乱暴ですけど、彼らの中では良識派ですからね」

安藤の視線の先、エドの頷きに反応し、取材でもするかのようにひよのは問いを投げかける。
果たして本当に自分達に縁故のある存在なのかと、具体的なワードは出さずに確認を行っていく。

「ああ、ブレード・チルドレンって奴らか。確かに話は伝わってるぜ。
 聞いたのは俺―エドワード・エルリックだ―だけだけどな。
 ……その、なんだ。すまん。
 無茶苦茶強い奴に奇襲されてな、そいつから逃げる為にタカマチは自分から囮を買って出て……それきりなんだ。
 くそ……、情けないぜ。俺がそいつに捕らえられちまったせいで、女の子にあんな無茶を……」


――その言葉と、一つの光景がひよのの中で繋がった。

「……もしかして、この人ですか?」

ひよのがガサゴソとデイパックを漁って取り出したるは、一枚の紙。
手渡されたエドは、見覚えのあるそれにハッと目を見開く。

「ど、どうしてこんなモンが……?」

間違えようもない。それは間違いなく、自分達を襲撃した忌むべき男。
秋瀬或謹製のモンタージュは、確かに効果を発揮していた。

ひよのはその様子を見て、またしても顎に手を当てる。

「――ふむ。あなた方はインターネットについてご存知ですか?」

太公望と出会っていた経験が、その可能性に思い当たらせてくれた。
異世界の存在――それは『自分達の世界にないものがある』と同時、『自分達の世界にあるものがない』ことがあるのだと。

「俺は知ってる……けど」

頼りなげに頷く安藤を除くと、残り二人の頭上には?が飛び交っている。
それを確認するとひよのは、

「そうですか。では、枝葉末節はおいおいお話します。
 ただ、こういう手配書が出回っていることだけお気に止めておいてください」

これは交渉材料に使えますね、と内心呟いて、話を手打ちにした。
改めて様子を確認すれば、細目の男の様子が少し奇妙だ。

「――こいつが、咲夜を痛めつけたヤツカ」

ジッと手配書を見つめるその視線には、怒り以上のどす黒い何かを確かに感じる。
この男は直接モンタージュの人間と出会ってはいないようだが、何か因縁はあるらしい。
「どうやら相当暴れていらっしゃる方のようですね。
 ……現状の最重要警戒対象として、危険度ランクをアップさせておきましょう」

……あの時逃げたのは正解だったと、内心ひよのは冷や汗をかく。
とりあえず、例の男と高町亮子を見かけた事については黙秘しておく事にしよう。
高町亮子を見捨てたことに確かに罪悪感は感じるが、それを今口にしたとて非情な人間だと思われるだけなのだから。

「話を戻しましょうか。
 彼女の正義感は良く存じていますから、無茶無謀に出たとしても驚きはしません。
 ――そして、囮を任せざるを得なかったであろうあなたを責めもしません。
 無事でいて欲しくはありますけど、今は無駄な火種を生む方が御免ですから」

「……すまん」

「……いいんですよ。
 さて、それとは別件で、少々頼み事があるんですが」

これは、高町亮子に囮を任せたエドワードの後悔に付け込む最低の行為だ。
本来ならば、彼女を放り置いた自分が取っていい手段などではない。
痛む心を自覚し、内心の罪悪感を膨れ上がらせながらも、ひよのの笑顔はそれでも全く揺るがない。
……たとえ高町亮子の義侠心故の行動を取引材料に使ったとしても、成し遂げたい想いがある。

「なんダ?」

険のある細目の男の声に、顔つきを更に柔らかに。


「――錬金術。
 それを利用した首輪解除の可能性について、詳しくお聞きしたいと思いまして」


エドワードと細目の男の顔に、確かに動揺が走った。
大当たりだ。


……錬金術というキーワードは、歩のブログ――螺旋楽譜を見たときからずっと気になっていた。
首輪解除に関連した記述の中でも特に具体的な単語として挙げられていたこの謎の言葉は、歩がそれだけ重要視しているものだろう。
語調からはおそらく、歩はだいたいの概要は知っていても詳しく突っ込んではいないといったところか。

ともかく、今ここにいる彼らが間接的あるいは直接的に歩を知っているなら、
錬金術の情報源となったのは彼らの誰かではないかという推測が生じるのは自然の成り行きだ。

実際には推測自体は的外れだし、ひよのは歩に直接接触した安藤こそが第一候補と考えていたのだが――、
結果的には奇妙な“偶然”で錬金術という情報はリンクした。

女の直感は侮れないということなのか、それとも“偶然”こそ予定調和だとでも言うべきか。

「あんた、性格悪いな。タカマチの話の後でこう持ってくるかよ……。
 おそらくはナルミってヤツ経由で聞いたんだろうけど、一度そいつとは会ってみたいぜ、ほんと。
 アンドウから聞く限り相当頭が切れるみたいだし、頼りになりそうだ」

引き攣った笑いをしながらエドワードは溜息。
……だが、彼女の言葉は確かに力になる。
『錬金術を利用した首輪解除の可能性』
それについて訊くということは、抵抗を諦めていない人間が確かにここにいるということなのだから。

「あと、ピアノが上手いですね、鳴海さんは。
 きっと今もこの状況をどうにかしようと頑張ってるはずですから、お力になって下さると嬉しいです。
 ……それと、性格の認識については非常に遺憾です。
 本来こういうのは鳴海さんの仕事で、私の得意はバックアップなんですよ?
 こうして汚れ役を引き受けていくうちに白い目で見られるようになってしまう私……いよいよあの人には責任を取ってもらわないと!」

「……で、あんたはどこまで聞かされてるんだ?」

後半の妄言をスルーすれば、少女も別にそれにこだわることなく話をどんどん進めていく。

「殆ど何も。ただ、錬金術が首輪の解除に役立つかもしれないとだけですね。
 なので、基本的なところから教えていただければ助かります」

あたかも歩から小耳に挟んだだけというような素振り。
ひよのは未だ歩とこの会場で直接出会った訳ではない。
しかし、如何にも対面して話を聞いたという振りをして、話の仔細を聞きだそうとしているのだ。
……インターネットという彼らにとっての未知の技術で知った、などと言えば、胡散臭いばかりになる事は想像に難くない。

そして、エドワードからしてみればこのニコニコ笑顔のごり押しが嘘をつくことを許さない。
笑顔ゆえに『本当は全てを知っているのでは』という疑念が常に生じるが、
だからこそ言質の一致を取ろうとしているのかもしれないと、正確な情報を伝えざるを得ないのだ。

疑いさえ利用して真実を得る術を持つ少女は、己の笑顔の意味と威力を把握し行使する。
なるほど、情報を得る手段にかけては鳴海歩さえ超えるというのも伊達ではない。


……さて、エドワードとしても、全てをここで話すわけにはいかない。
特に、人体練成を応用した脱出方法の理論についてはまだまだ机上の空論だし、何より迂闊に口にする余裕もない。

単純に『首輪そのものの分解に着目した』方法についてだけ、どこまで話すかを考えながら――、
凍るような友人の低い声を耳にした。


「……その前に、ダ。
 もう一度だけ問うゾ。女、貴様は何者ダ。
 名ハ? どうしてここにいル? 答えロッ!」

いつの間にかリンは、ゾッとするほど冷たい目で槍の様な道具を少女の喉元に突きつけている。
リン、と叫ぼうとするも――彼の視線がそれを許さない。

……こちらを、心配するからこその表情だった。
意図を察する。ウィンリィのことについてなのだろう、と。

「もう、女性にそんな黒くて長くて硬い代物を向けるだなんて、こう――卑猥ですよ?
 セクハラとして訴えられたくなければ引っ込めて下さいな」

どれだけの修羅場をくぐったのか、この状況下でも少女は不動の笑みを湛えたまま。
俯いて拳を握り締めながらも、リンを畏れて動けない安藤とは対照的だ。

「舐めるナ。ノラリクラリと、貴様は肝心の質問に全く答えてないだろウ。
 人の好くて騙されやすいエドははぐらかせても、俺には通用しなイ。
 ……貴様の様な手合いが一番警戒すべき輩ダ。何を企んでいル?」

「オイ、リン。さんざ言ってくれるじゃねーか……」

自分の為に過激な行動に出ているようで、存外馬鹿にしているのか?
エドの口からそんな呟きが漏れるも、事態は彼を無視して勝手に動く。

「うーん、怖いですねぇ。カルシウムはちゃんと取った方がいいですよ?
 名前は……そうですね、伊万里。関口伊万里です。
 ここにいる目的は、沢村史郎さんもとい鳴海歩さんに一途に尽くすためという事で♪」

「セキグチイマリ? そんな名前、名簿の何処にもなイ。
 見え透いた嘘をつくとハ……、余程命が惜しくないようだナ。
 あるいは、貴様が“神”の手の者ゆえに名簿に名が記されていないとでモ?」

とある暴走少女の名を騙ったひよのは、あらぬ疑いをかけられながらも平然と。

「もちろん偽名ですよ?
 だって、顔を思い描いて本名を書き込んだらその人を殺せるノートがもし支給されてたら、
 ガクガクブルブルじゃないですか」

冗句さえ伴って、自らの薄っぺらな嘘を肯定した。


――激昂。


「ふざけるナ! これ以上貴様とのお遊びに付き合ってやるつもりはなイ!
 グリードの言葉を尊重して女を手荒に扱うつもりはなかったが、指の一本くらいは覚悟してるんだろうナ……?」

槍と化した降魔杵を手に、更に一歩踏み出す。

つぷ……と、ひよのの喉の皮に先端が触れ、細く赤い筋が流れ出た。

「リン、カリカリし過ぎだ!
 あんたもいい加減その態度止めてくれ、こっちとしてもあんまり時間を無駄にしたくないのは確かなんだ」

「だが、誘ったのは――彼女からダ」

不意に。
慌てて仲裁に入るエドさえ目に入らないかのように。

「……ふざけてなど、いませんよ?」

ひどく静かでひどく落ち着いた声が、少女の口から染み渡った。

「私がここにいるのは彼の望みを叶えるため――叶える一助となるためです。
 そのためなら、指の一本はおろかこの命だっていくらでも投げ打ちます。
 名前だって、いくらでも偽ります。
 私の名前が彼を縛る枷と成り得る以上、私はそれを告げるつもりはありません。
 たとえ私が人質となったとて、名前を特定できなければ姿を見せない限り彼への抑止力とは成り得ないですから」

安藤も、エドも、リンさえも。

「――もし彼に、偽名などではない、他の誰でもない“私”を見ていて頂けたのなら。
 それが私への、何よりの報酬です」

毅然とした眦の、容貌に似つかわしくない凛々しさに。ただ浮かんでいるだけのその笑みに。
沈黙を以ってしか、いらえを返す事が出来なかった。


*****

「成程、こいつからあんたは錬金術を知った訳だナ、イマリ」

先刻のやり取りで少しは伊万里と名乗った少女を認めたのか、毒気を抜かれたように淡々と言葉を吐き出すリン。
その視線の先にあるのは文明の利器――パソコンだった。

伊万里ことひよのが錬金術の基本的な知識と首輪分解の可能性についての知見を聞いた対価として選んだのは、
このノイマン式計算機とインターネットの操作方法、そしてその上に展開された情報の読み取り方だった。

「ええ。こちらとしても、頂いた情報は有効に活用させていただきますね。
 ……ここのパソコンが生きてて助かりました。
 ネットへの接続を直接見てもらわなければ、こうまでスムーズに話は進まなかったでしょうし」

更新の確認がてら実際に画面を見せると、食い入るように彼らはそれを逐一確認し、ひよの自身も淀みなく仔細を教えていく。
主な新規情報である尋ね人や危険人物、支給品情報についてざっと目を通し、瞼を閉じた。
太公望も警戒していた妲己の危険性や、ヴァッシュ・ザ・スタンピードと敵対するナイブズとlegatoという人物についてなど、
脳内で反芻した情報はどれも役立ちそうな情報だ。
が、今特に優先すべき情報が2つあった。

それらは、mIKami7AiというIDの持ち主によって記載された事項。

 森あいさんと潤也さんのお兄様を探しています。
 ご本人か行き先を知っていらっしゃる方がいましたら、ご連絡ください。

 賢者の石と呼ばれるものを探しています。
 心あたりのある方はご連絡下さい。

前者は間違いなく安藤に対し呼びかけを行っている。
この記述を見つけたとき、安藤は息を呑んで固まった。
……この書き込みをした人物の傍に潤也がいるという事は想像に難くない。
しかし、勢い任せにこのレスに返事をするには、二つ目の要素があまりに危険信号過ぎた。

――賢者の石。
ひよのにとっても、この単語の持つ意味は嫌というほどに知ることになった代物だ。
錬金術における万能装置。だが、錬金術を使えない人物にとっては何の役にも立たないただの石ころ。
つまり、これを求める理由があるのは錬金術師だけだ。

そしてエドワードを除くとその条件に該当するのは、たった一人。
ロイ・マスタングアルフォンス・エルリックでもないその人物が、積極的に書き込みを行っているmIKami7Aiである公算が非常に大きいのだ。

ゾルフ・J・キンブリー。

エドワード達の話によれば、要警戒対象のA級危険人物である。

そんな男の傍に潤也がいる可能性を知らされて安藤は暴走しかけたが、どうにか宥めて今はとりあえず保留にしてある。
迂闊に刺激すればそれこそ潤也を危険に曝すというのも最もで、その言葉に安藤は折れてくれたのだ。
しかし懸案である事には変わりなく、表面上は薄ら笑いを浮かべる安藤も腹の中では何を考えているか分かったものではない。

そして当の安藤は、先刻からずっと黙ったまま、じっとひよの達を見つめているのみ。
不気味な何かを感じながらも、エドワードはとりあえず頷きを返した。

「ああ、大体分かった。
 ……なるほどな、こいつは役立ちそうだ、感謝するぜ」

不自然なほどの飲み込みの速さでエドもリンも大体の操作方法を学習し、彼らにとっては未知の産物を操ることができている。
そこに引っかかるものを感じないではないながらも、結崎ひよのはあっさり脇に置く事にした。
天才肌なのかもしれないし、実際それで使えるなら問題はない。もしかしたら使えるけれども黙っていただけかもしれないだけだ。
……その意識の方向さえ、不自然すぎるほどに躊躇いがなかった事に気付かぬ――気付けぬまま。
ひよのはセールストークよろしく本題に切り込んでいく。

「実はですね、それを更にお役立ちさせるアイテムがここにあるのです。
 ――じゃじゃーん」

懐に手を入れて取り出したるは、血のへばり付いたプラスチックの小箱。
それを見ても、エドワード達には何か分からない。
分かるのは、ひよのと近い常識を持つ少年だけだ。

「あ、携帯電話。そうか、確かに鳴海も使ってたな」

久々に口を開けた安藤の声色は、普段どおり落ち着いたもの。
なのに何故か、聞く者の心が不安定になるような印象を拭う事はできなかった。

「鳴海さんも携帯電話を?
 ……ふむふむ、それなら尚更……」

気付いているのか、いないのか。
何かを言いかけたひよのではあるが、その続きを制して割り込む声ひとつ。

「一体それはどういう道具ダ?」

完全な無表情で質問だけを投げかけるリンに、何故かひよのは得意げに解説を重ねていく。

「……おほん。これは携帯電話といいまして――」


*****


「そうか……。つまりそいつを使えば、ナルミって奴とも連絡を取れるのか。
 しかも、ネットとやらに接続も出来る。
 探偵日記に書かれている通りこいつが補充できるなら、確かに人数分確保したいところだな」

画面と手元を見比べながら、静かに目を瞑るエドワード。
電話そのものへの知見は彼にもある。
しかし、これほどまでに小さく、持ち運べる電話とは――つくづく彼の常識を打ち壊してやまない。
異世界の技術に驚嘆し、それ以上に不安にも似た何かが湧き上がってくるのを感じている。

そんな感慨を打ち消し現実に引き戻してくれたのは、伊万里と名乗った少女のやけに面倒そうな予感のする笑顔だった。

「ええ。ですが、今ここにあるこれは壊れてしまっているんですよ。残念無念また来週です。
 そ・こ・で・お願いがあるのですがっ!」

「……話が見えてきたぜ。
 錬金術を証明するのも兼ねて、そいつを修理してくれって事か」

はぁ、と思い切り溜息。
どうやらエド自身伊万里のパターンに慣れつつあるらしいが、それだけにどうしてか敗北感を感じてしまっていた。

「ビンゴです♪
 いやあ、あなたも中々のキレ者ですねエルリックさん。
 話が早いのは素晴らしいです」

「オーケー、そのくらいならお安い御用だ。
 まだあんたには訊きたい事がたくさんあるし、恩を売っておくことにするよ」

内容の割には嫌味のない言い方で、エドワードは返答をしておく事にする。
この位の態度の方がこの少女とは付き合いやすいだろう。
技術や材質そのものにも興味があるし、手の中のそれを弄びながら頷いてみせた。

「……ふふ、鳴海さんとよく似てますね。
 ステディは遠慮しますがフレンドにはなれそうです」

そんなエドワードの態度に何を見出したのか、伊万里は喜色を隠さない。
……頼りにはなるが、実に扱いに困る。
脳の隅で少しだけそう思うと、エドワードは早速仕事を始めることにした。
善は急げ、早く終わらせてウィンリィの事を訊きたいのは確かなのだから。

「ナルミってのもあんたみたいのに付き纏われたんなら大変だな……。
 それじゃあ早速始めるぜ、錬金術ってのはこういうものだ、よく見てろよ――?」


パン、と両手を合わせ、掌を携帯電話に触れさせてみれば。


エドワードはそれを“理解”する。


*****


ハヤテ。


ハヤテ。


ハヤテ!


ハヤテ――!


*****


ガチャンと椅子を引っくり返しながら、エドワードは地面に尻餅をついた。


「……今の、は」

呆然と両手を目の上にかざし、うわ言の様に何かを口にしようとする。

――が。


「エドッ!?」

「エド?」

「エルリックさん?」


耳に入る3色の呼びかけに、急速に現実感が戻ってくる。
一瞬で思考力を取り戻すと、ノロノロとしながらもしっかりとした足取りで立ち上がった。
見れば、ちゃんと再構築の終わった携帯電話がデザインを変えてちゃんと鎮座している。

……エドワードのセンスに則ったそれは、少々、いや、かなり珍妙な配色と成り果てていたが。
全く気にしない彼本人は、口先三寸、取り繕いでどうにか動揺を誤魔化さんとする。

「……いや、大丈夫だ。何でもない。
 やっぱり未知の道具を“理解”の工程から練成するのは少し疲れるな。
 まあ、そのおかげでこの機械がどういうものかも分かったし、これなら同じものを作る事だってできるぞ。
 寸分違わずだから違う電話番号のを作れはしないし、意味はないけどな」

エドには知る由もなかったが、この携帯電話は綾崎ハヤテの今わの際に三千院ナギの声を届けた代物だ。

――そして、その“混線”ごと練成を行ってしまった事により、エドワードは理解してしまう。
“混線”の正体を。

“混線”とは、この空間と他の世界との同一物品間に、共鳴の様な現象が起こって生じるのだ。
あるいは、この空間に存在する物品は、他の世界に存在する同一物品の影の様なもの、という事ができるかもしれない。
もしかしたら元の世界に存在する物品の情報を“理解”だけして“分解”せず、
別のところから持ってきた材料を使って“再構成”したのがこの空間内にあるアイテムなのかもしれない、とエドは推測する。
この携帯電話が別世界のナギの声を伝えてきたのは、実際には彼女と通話できていたという訳ではなく、
彼女が己の世界の誰かとハヤテの携帯電話を通じて行った会話がこの空間で再現された、というのが正確なところだろう。
もし太公望がこの場にいたのなら、孫天君の化血陣と金光聖母の金光陣を合わせたような空間じゃのう、
というコメントを得る事ができたかもしれないが――既に亡い人物の言動を想定しても空しいだけだ。

「……大丈夫カ?」

糸目を開いて不安そうな顔を見せるリンに苦笑する。

「ああ、だから平気だって。心配性だなリンは」

嘘だ。
未だに心臓はバクバク言っていて、指先は落ち着きなく震えている。
……この事についてこれ以上考えたくないと、どうしてか頭の何処かが告げていた。
唾を飲み込む。

それでも気付かれないように大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

「――で、これであんたの欲しい情報は全部か?」

伊万里の差し出した掌の上にしっかりと携帯電話を置く。
……もう、大丈夫だ。

目と目を合わせ伊万里と相対すると、つい今しがたまでの自分の動揺が滑稽にさえ感じられる。
そうだ、今は目の前の事だけ考えていけばいい。
上を向いていたって、何処へ行ける訳ではないのだから。

「はい。……想像以上でした。
 本当にありがとうございます、これなら、きっと……」

きっとの後に何が続くのか興味はあったが、もっと優先しなければならない事がある。

「それじゃあ、今度はこっちから訊くぜ。
 拒否権はないぞ、錬金術の基本は“等価交換”だ。
 錬金術の情報はパソコンやネットの情報と。
 なら、この携帯電話を直した分は、別の何かで補填してもらわなきゃな」

「はて、お聞きになりたいものとは?」

すう、と息を吸い、幼馴染の姿を思い浮かべる。
彼女さえ無事に家に帰してやれれば、それでいい。

「――ウィンリィ・ロックベルという女の子を捜してる。
 年はあんたと同じくらいで、金髪のコだ」


静寂。

誰一人、身動きする事はない。

耳が痛いほどの沈黙の中で、関口伊万里は確かに動きを見せた。
珍しく、笑顔を消して。
声色から感情という感情を消して。

「……ウィンリィ、ですか」

その反応に、エドは無様ささえ感じさせる足取りで食らいつく。
誰もそれを笑うものはいない。

「知ってる……のか? 頼む、教えてくれ!
 何でもいい、知っている事があれば全て話して欲しいんだ!」

必死すぎて、リンはその姿から目を背けざるを得なかった。
安藤も、何故か見ている事が出来なかった。

皆、エドさえ含めて気付いてしまっているのだ。
決して、エドの望む答えが、伊万里からもたらされる事はないのだと。

真剣に過ぎる伊万里の反応は、五月蝿いほどに雄弁だった。

「大切な……方なんですね」

ポツリと。
蚊の啼くような呟きが、場に染み入っていく。

「……なら、一つだけ訊かせてください。
 どんな結末に私の話が至っても、それを後悔しませんか?」

おちゃらけた雰囲気はもう何処にもない。
ただ、真摯にエドと向き合う少女は、心配さえ伴って全身で聞くなと告げていた。
だけどエドワード・エルリックは揺らがない。

「後悔はするさ、場合によってはな。
 ……だけど、都合のいい想像だけに浸って悪夢のような現実から目を背けるのはもっと嫌だ。
 たとえ後悔を抱えたとしても、前に進む為に――俺は聞きたい。
 聞かなきゃならないんだ」

「そうですか」

握り拳を震わせ、唇を噛むエドワードに最早静止は意味がないと判断したのか、少女はあらためて一礼。
上げた顔で投げるのは、最早問いかけでなく確認だった。

「……私も直接会ったわけではありませんし、誰かから話を聞いた訳でもありません。
 だからもしかしたら、これは全部デタラメで、とある人物が狂気から組み上げた妄想でしかないかもしれません。
 ウィンリィさんは今も朗らかに健在で、無駄で不要にも程がある心配であなたを困憊させるだけかもしれません。
 私にあなたを困惑させる意図はありませんが、図らずもきっと……いえ、間違いなく混乱の極みにあなたを突き落とすでしょう。
 それを心に銘じて、正視し受け止める覚悟はできますか?
 禁忌の情報に踏み込むとはどういうことか、身を以って刻まれても構いませんか?」

いらえはひとつ。

「禁忌ならとっくに踏み込んださ。
 だから――後は歩くだけだ」

これがエドワード・エルリックだった。
止めるものは、誰もいない。

「――分かりました、お話いたします」

そして少女は語り出す。
一冊の手記に基づいた、語るには凄惨に過ぎる一つの顛末を。
悪夢という名の夢物語である事を願いながら。


*****


駆け出していくエドワードを追うことは、誰にも出来なかった。
内容を知っている結崎ひよのを除いて、その場にいる誰もが手記の内容に圧倒されていたからだ。

安藤は膝をついて動かず、リンは左の上腕を逆の手でぎゅっと握り締めて立ち尽くす。

どれだけ沈黙が続いた頃だろう。

「……おかしいとは、思ってタ」

明後日の方向を向き、二人に顔を見せないままリン・ヤオは搾り出すように遺憾を洩らす。

「この工場は普通じゃなイ。
 異常な気配が満ちていテ、無茶苦茶な有様もどうしてこうなったのか全く検討がつかなかっタ」

ぐるりと首だけを動かして、肩越しにひよのを見つめる視線。

「……貴様がこの事態を引き起こしたのカとも思ったガ――、」

ずっと疑いをかけていたのだろう。
そこに篭っていたのは、どう見積もっても好意とは呼べない黒いものだった。

「り、リン! 伊万里が犯人な訳ないだろ!
 その物騒なものをしまわなきゃ……!」

安藤の言葉に、ようやく顔を崩していつもの細目を取り戻す。
尤も、その表情は自嘲以外の何物でもなかったが。

「分かってル。性格はともかく、貴様の気配は普通の人間ダ。
 ……こいつ如きが一人でできル事態とは到底思えなイ」

「うーむ……、私の扱いがなんかどんどん酷いものになってるような」

トントン、と額をつつくひよの。
彼女を見て何を思ったのか、淀んだ空気を打ち払うかのように、不意に安藤が少しだけ明るい声を出した。

「…………。リン、頼みがあるんだけど」

「なんダ?」

面倒臭そうに視線だけを合わせたリンに怯みながらも懸命に安藤は笑ってみせる。

「俺から取り上げたデイパックの中身のうち、変なボールみたいなのを取り出してくれるか?」

「? ……まあ、それ位なら構わないガ」

何を言い出すかと大道芸でも見るかのような表情のひよのに向けて、安藤は少しだけ照れくさそうに言葉を紡ぐ。

「……伊万里。これを、食べてくれ」

安藤の少しだけ勇気と自信を込めた提言について、ひよのが返したのは――、

「はい? なんですか、この珍奇なオブジェは」

思い切り不審そうな、その上呆れさえ混じった表情だった。
リンの手にしたそれを見つめ、ひよのは胡散臭いとばかりに渋い顔。
ちくちく突き刺さる二人分の視線が痛い。

「……これは、バラバラの実っていうんだ。
 食べると体が――」

……理不尽に負けるな自分。
そう呟いて安藤は、その道具の効果を解説する。

「……なるほどなるほど、効果は分かりました。
 が、どうしてこれを私に?」

そういうものもあるのだろう。
異世界の存在を既に認めているひよのは、微妙な表情をしながらもとりあえず話には納得はした。
しかし、安藤がそう提案する意図が分からない。
どうして安藤自身で使わないのか、何故それを提案した先が自分なのか。
当然の疑問に対し、安藤もそれについて真摯に答える。

「さっきのウィ……手記の顛末を聞いて思ったんだ。
 鳴海の大切な人を、そんな目に遭わせる訳にはいかないってさ。
 これを食べれば、たとえ斬られたり撃たれたり、捕まえられたりしても滅多な事にはならなくなる。
 事実上の不死みたいなものなんだ。説明どおりなら、だけどな」

それだけではない。

「実はこれ、鳴海に支給されたアイテムなんだ。
 それを何だかんだで俺が預かっててさ、これも巡り合わせなのかなって。
 回り回ってここに辿り着いた鳴海の道具が伊万里を守るって、なんか運命みたいだろ?」

……この場に来て、自分はずっとお荷物になるばかりだ。
だからせめて、鳴海歩の力になりたい。大切なものを守ってやりたい。
それが、ほんの少しでも兄貴分を気取った自分の責任だと、安藤は強く思う。
ようやくこの身に許された機会なのだから。

そうして、気付かない。気付こうとしていない。
これは鳴海歩やエドワード・エルリックに感じた劣等感を払拭したい衝動の噴出であるのだと。
この少女の生存に貢献して少しでも彼らに並んだと思い込むことで、自尊心を守るための行動なのだ、と。

「運命、ですか」

そして彼の望みを許容するほど、現実は、結崎ひよのは容赦がない。
目を閉じ、まるで修道女のような穏やかな微笑みで。

「とても――、とても、ありがたい申し出だと思います。
 でも、ごめんなさい。私は遠慮させていただきます」

少年のささやかなプライドを、踏み躙る。
彼本人を含めて、誰一人として知らぬ間に。

「え……? ど、どうして……」

気付かない振りをし続ける少年は、拒絶の言葉にぶるりと震える。
上手く舌が回らない。急速に喉が渇き、どもりがまともな言葉を許さない。
叫びだしたくなる衝動が全身に回る。
……ぐっと堪え、引き攣った笑いで取り繕った。

「特別な力なんて何一つなくたって、限りある命で戦ってる人がいますから。
 その人だったらきっと、力を得られる機会があっても拒絶してしまうと思うんです。
 だったら私は、その人に付き合うまでですよ。
 弱さを認めてこそ、人は強くなれる。
 不死なんて得ても――そんなものに価値は見出せないんです」

「そう、か。分かった、はは……」

絶句。それ以上言葉が紡げず、ひよのやリンがどんな表情をしているかも分からない。
――安藤の中の闇は、いよいよ以って明確な形を取り始めていた。


「……それよりヤオさん。エルリックさんの気配はどちらに?」

ハッ、と耳に入ったひよのの言葉で、安藤は我を取り戻す。
あまりにも自然な問いかけに、ついついリンもそれに答えてしまう。

「おそらくまだ工場を出てはいないナ。
 だが、この山は妙でな、場所の特定がし難くなっていル。
 ……他の気配はないとはいえ、あまり離れているのは良くないカ。
 少しでも落ち着いてくれていればいいんだガ、いずれにせよそろそろ追いかけるべきだろウ」

……そうだ。
今は、あの少年が何より心配だ。
弟を失い、大切な少女まで壊されてしまったかもしれない少年。
同じ兄として身の引き裂かれるような慟哭がヒシヒシと伝わってくるが故に、心から力になってやりたい。
いくら強くても、必ず限界はあるのだ。

こくりと頷く。――手を差し伸べよう、そう心に誓う。
やはり安藤は、根本のところでは優しい少年なのだ。

「ほうほう。では、手分けして探す事にしましょうか。
 この工場の探索は私もまだ完全に終わっていないので、それも兼ねてなにか見つかったら後ほど報告という事で」

「異存なイ」

「そうだな。……あいつが心配だ」

三者三様の言葉を残し、集合時間を決めて思い思いの方向へと散っていく。


その、別れる最後の瞬間に。
リン・ヤオが手にしたバラバラの実をジッと見つめている光景が、何故か安藤の頭から離れなかった。


時系列順で読む


投下順で読む



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー