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厠の花子さん

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厠の花子さん ◆L62I.UGyuw



放送で宮子の名が呼ばれた。

だというのに、ゆのの摩耗した精神には、意外なほどに響かなかった。
心の隅で、ああやっぱり、と思ったくらいだ。
しかし同時に、何かの間違いだろう、とも思った。
その二つの思考が矛盾していることも疲れのせいかどうでもいいと思えた。
直接遺体を確認すればまた別なのかもしれないが――鬱屈した感情がそれ以上の思考を拒否していた。
それは戦闘神経症の兆しなのだが、ゆのはそんなことを知らなかったし、そのことを注意してくれる場慣れした兵士もここにはいなかった。
だから彼女は寒さに震えながら、延々と続く無機質な廊下を歩き続ける。



山肌にあった金属製の扉。
扉の上のプレートには素っ気なく『研究所』とだけ書かれていた。
何の研究所なのかはさっぱり判らない。
その扉をゆのは潜り、今その先の長い廊下を歩いていた。

怪し過ぎる扉を潜ったのは、そうせざるを得ない理由があったからだ。
と言っても言語化すれば大したことではない。
寒い。それにお腹が痛い。
ただそれだけだ。しかしそれは単純な理由だけに切実だった。

長時間裸で外をうろつき、さらに血を失ったためにゆのの体温はかなり低下していた。
その上ワンピース一枚で山の中に放り出されたのだ。服はあるが、濡れているため役には立たない。
更に悪いことに、森を彷徨っている間にもどんどんと天気が悪くなって気温が下がって行った。
そのため既に彼女の全身には鳥肌が立ち、唇は蒼く変色している。
怪しかろうと何だろうと、せっかくの建物を無視して先に進むことは考えられなかった。



長い廊下を抜けると、巨大な金属をくり抜いて造ったような、体育館程度の大きさの円形ホールに出た。
気温はやはり低かったが、空気は外と違って乾いている。
ゆのはすぐにはホールに踏み込まず、入口から辺りを見渡した。
まず目に付くものは、左右と正面の壁にある三つの大きな扉だ。
無数の――もう少し正確に述べるなら三桁程度の――小さな扉も見える。
それに大きな扉の中間辺りに左右一本ずつ、計二本の通路が伸びていた。
全体としては、寸分の狂いも無く左右対称の構造だ。

特に怪しい物が無いことを確認して、ゆのはホールに入る。
高い天井に埋め込まれたいくつもの蛍光灯が、影という影を徹底的に追い払っていた。
人の気配は無い。というより、生活感すらまるで感じられない。
かといって、新しい建物に特有の建築材の匂いがする訳でもない。
ただひたすらに広く冷たい空間だった。
お化けのダンスホールがあるならこんな場所だろうかとゆのは想像した。
それはあまり愉快な想像ではなかったので、すぐに考えるのを止めた。

すぐ近くにあった小さい扉を開ける。
中はやはり生活感の無い小さな部屋だった。研究所と言うからには個人の研究室だろうか。
ただ、本棚の本はいくつか抜き取られて床に落ち、デスクの引き出しの一段は半開きになっていた。
まるでついさっきまでここに人がいたかのように。

何となく気味が悪くなり、扉を閉じた。
お化けのダンスホールという下らない妄想が、頭の隅に厄介な巣を作っていた。
他の扉を開く気にはならなかった。
壁に沿って再び歩き出す。何も無いというのに、誰かに見られているような気がした。
心細さを誤魔化すように、混元珠をしっかりと抱え込む。



――これは本当に現実なのだろうか。
唐突に、そんな考えがゆのの頭を過ぎった。

絵画の中の騎士に、巨大な牛の怪物。
水を自在に操る道具に、ちょん切れた腕をくっつける術。
天空に繋がる建物に、この非現実的なホール。
そして堆く積まれた死、死、死、また死。

荒唐無稽にも程がある。
どう考えても、馬鹿げた物語に放り込まれたとしか思えない。
それもゆのの役割は、白兎を追い掛けて不思議の国に迷い込む少女ではなく、九圏の地獄へと続く深い森に迷い込む壮年の方だ。
ただしここにはウェルギリウスもベアトリーチェも存在しない。

ぞわりと背筋に悪寒が走り、ゆのは小さく身震いした。
意味も無く立ち止まり、背後を振り返って見る。
何も無い。本当に、何も無い。
耳障りなくらいの静謐さと陰気な明るさ、それにむせ返るような無臭。
それらが複合して狂気にも似た違和感をゆのに齎す。
無音の圧迫が堪らなく厭で、ゆのは慌てて歩を進めた。
何より、そろそろ腹痛を堪えるのも苦しい。

ゆのの足音だけが、一定の間隔で滑らかな壁と天井に何度も寂しく反響する。

少し歩くと、壁に案内板が見えた。
それによると小さい扉はやはり研究者用の個室で、大きな扉はそれぞれ研究棟、医療棟、開発棟に繋がっているらしい。
そして右に伸びた通路の奥にトイレの表示があった。



白で統一された女子トイレの中にも、やはり人のいる様子は無かった。
訳も無く少し安堵する。
入口から急ぎ足で数歩進み、しかしそこでゆのの足はぴたりと止まった。
思わず手で口を押さえる。

正面の大鏡と、その前に並んだ白い洗面台。そこに明らかな異常があった。
一番左の洗面台とその周りに、赤黒い跡がべっとりと付いている。まだ乾き切っていない。
純白と穢れた赤のコントラストは、酷く陰惨な印象を見る者に与える。

恐る恐る振り返ると、トイレの入口の外まで黒ずんだ跡が点々と続いていた。
気が急いていたために気付かなかったのか。
僅かに漂う錆っぽい臭い。その跡の正体が何なのかは、言われなくても見当が付く。
靴が床を擦って掠れた悲鳴を上げた。

ゆのの呼吸は、知らず浅く苦しげになっていた。
理由は単純に腹が痛かったのが一つ。
だがそれ以上に、息を吸う度に肺から得体の知れない穢れが染み込んで来る気がするのが大きかった。

ほとんど本能的に、ここは不吉だ、とゆのは思った。
出来れば他で用を足したい。しかしお腹の調子にはあまり余裕は無かった。
大きな扉の向こうにもトイレくらいはあるかもしれないが、通り掛かりに少し調べた程度では大きな扉は開かなかった。
扉を開ける方法を見つけるまで便意を我慢するのは無理だ。
既に額には脂汗が滲んでいる。
背に腹は代えられない。
唾を飲み込む音が鳴った。

覚悟を決めて、ゆのは洗面台の前を通って奥へと曲がった。
そこには、個室が五つ並んでいた。一番奥には用具入れがある。
心配していたような事態――たとえば奥が一面血の海になっているだとか――にはなっていなかった。
にもかかわらず、さっきから寝ている猛獣の顎の上を歩いているような錯覚が付き纏っている。

個室の扉を開けるのが何となく厭だった。
中に薄気味の悪い気配を感じたような気がしたからだ。
横へと動いて、隣の個室の前に立つ。嫌な感覚は消えない。
しばらく躊躇って、ゆっくりとドアノブに手を掛けて回す。
緩慢な動作に苛立つように、蝶番が軋んだ。

中には、何もいなかった。当然だ。
全く使用されていないであろう清潔な便器が個室の中央に鎮座している。

便器の蓋を上げる。
薄いワンピースの裾をたくし上げて、ゆのは便座に腰掛けた。
ヒヤリとした硬い感触が太腿の裏に走る。
それでようやく、この研究所が現実のものなのだと実感した。

それはそうと、早く用を済ませなければならない。
混元珠をぎゅっと抱き締めるように腹に力を込めて、



――――コツ。



総毛立った。
ゆのは彫像のように凍てついたまま耳を澄ます。

何も聴こえない。

だが確かに、小さな音が聴こえた――と思う。
それも近くから。
可能な限り細くゆっくりと息を吐き出す。

気味の悪い静寂だった。
天井の換気扇の回る音だけが、狭い個室に静かに響いている。
空耳――だったのだろうか。
もしかしたら、ゆの自身が立てた音だったのかもしれない。
『幽霊の正体見たり枯れ尾花』などと言うが、怖いと思っているからこそ大したものでなくとも怖く――、



――――コツリ。



叫び声を上げそうになり、ゆのは必死で口を押さえた。
赤熱した鉄のような恐怖が彼女の胸に突き刺さった。

今度こそ空耳ではない。
コツリ、コツリと焦らすように足音が近付いてくる。
視界が歪む。規格に完璧に従って造られたはずの個室は、いまや幼稚園児の粘土細工よりも歪に見えた。

足音は容赦無く徐々に大きくなって行く。
そして一際大きくコツリ、と硬質の音が響き――、そこで音は途絶えた。

扉のすぐ向こうに、誰かがいる。はっきりと気配を感じる。
口の端が歪み、どうしようもなく痙攣している。
考える。空回りして焼き付きそうな脳を無理矢理働かせる。

どうすれば。
どうすればいいのか。
何か、何か方法が――。

そこでようやく、潰さんばかりの力で自分が抱き締めているものの存在をゆのは思い出した。
ここには水がある。
混元珠を使えば逃げることくらいはきっと出来る。
そのはずだ。



そのとき――目の前の扉と『目が合った』。

扉のちょうど中央。そこに目玉が一つ現れていた。
その眼は、世界全てを怨むような闇を湛えて、ゆのの顔に視線を投げ掛けている。

理解を超えた現象を目の当たりにして、ゆのの思考に真空が生まれた。
頬が引き攣っている。

いきなり、両の足首を何かに思いきり掴まれた。

下腹にドライアイスを叩き込まれた気がした。体が硝子細工に変わってしまったようだった。
見たくない。
下を見てはいけない。
直感した。
そうだ。
あの眼は『あの二人』のものだ。
見てしまえば、悪夢がこの世に溢れ出す。
それは確信めいた幻想だった。
きっと下ではカミソリのような眼光の男と、自分と同い年くらいの気弱そうな少年が自分の脚を掴んでいる。
そして恨めしそうな眼で見上げているのだ。

無限に近い時間の、実際には数秒にも満たない白昼夢の後、僅かにゆのは身動いだ。
その瞬間、腕も胴もあっという間に押さえ付けられた。

トイレに入ったとき、ここは猛獣の口の中だと錯覚したが、それは確かに錯覚だった。
猛獣どころではない。もっと邪悪で獰猛なこの世ならぬ魔物の腹の中だ。

絶叫した。

その叫びは腹の深奥からせり上がって来て、狭く暗い喉を引き裂かんばかりの勢いで一気に外へと迸った。
ほとんど獣染みた、非人間的な響きだった。

その悲鳴も、何かに口を押さえられ半ばで消える。
ゆのは逃げようと身を捩らせるが、万力のような力がそれを許さない。
混元珠は既に床に転がっている。
壁からにゅうと伸びた腕に扉の鍵が開けられ、蝶番がぎいと呻いた。
何かが脳髄の中心で爆ぜた。
括約筋が緩んだ感覚を最後に、ゆのは完全に自らの意識を手放した。


*****


「おい、何だよこりゃあ。ロビン、さっきの悲鳴はそいつのかよ?」

悲鳴を聴き付けて女子トイレに踏み込んだ秋葉流は、錫杖を持った手で器用に頭を掻きつつ傍らのニコ・ロビンに訊ねた。
ロビンはそうよ、と短く返す。拍子抜けした、といった表情だ。

二人の前では少女――ゆのが便座に腰掛けたまま気絶していた。
歳はうしおと同じくらいだろうか。まだ可愛らしいと評するのが適当な顔立ちだ。
胸の上から臍の下までを覆った薄手の白いワンピースを隔てて、華奢なシルエットが透けて見える。
肩幅ほど開いた股からは、小便が尻を伝ってちょろちょろと幾筋か垂れている。
そして彼女の全身は、壁や床や便器、それに彼女自身から生えた腕の群れによって、完璧に拘束されていた。

「んで、どういう状況なんだよこいつは」
「この個室から気配がしたから、私は取り敢えず先手を打ってみただけ。
 そうしたら勝手に気絶したのよ、この子」

便器に溜まった水は茶色く濁っている。
つまりは排便中にロビンに襲われたショックで気を失ったのだろう。ロビンの能力は心臓に悪い。
便器の脇にはデイパックとバレーボールのような物体が転がっていた。
ボールを足でどけて、流は少女のデイパックを手に取りつつ続けて訊く。

「洗面台の血は?」
「さあ? 最初からあったわ。この子のじゃなさそうだけど」
「じゃあ向こうで死んでたヤツのモンかね? ……まァ、そりゃどうでもいいか」

それは雨流みねねが傷を洗った痕跡なのだが、彼らが知ることはおそらく無い。
少女のデイパックを探り終えた流は、改めてゆのに視線を移した。

彼女の口を押さえていた腕が少し動いて首が傾き、大きな十字型の髪飾りが揺れた。
流は合点する。
みんなのしたら場』に危険人物と書かれていた『×印の髪飾りを付けた少女』とはこいつの事か。

「面倒そうね。殺しておくわ」

ロビンもそのことに気付いたらしく、少女が起きる前に殺すべく新たな腕を彼女の首に掛ける。
その腕を、流は掴んで止めた。

「いや、まァ待て。ちょっと待てって。この状態なら抵抗なんざ出来ねェだろ。
 大体、ちょっと脅かされただけで糞小便垂れ流して気ィ失うガキに、オレ達をどうこう出来るかよ」
「そう、かしら? 確かにこの子は荒事に慣れてるとは思えないわ。
 でも素人でも、何らかの能力を持っている可能性だってあるじゃない。追い詰められた鼠は怖いわよ」
「フン、ネズミは逆立ちしたってネズミなんだよ。ネズミに喉笛食い千切られるヤツァただのマヌケだ」
「……その慢心、きっとあなたの命取りになるわね。あなたが死ぬのは別に構わないけど、私まで――」

不服そうなロビンの諌言を片手で制して、流はゆのの前に立った。
頬を何度か軽く叩きながら、おいと呼び掛ける。
小さく呻きながら、彼女はうっすらと目を開いた。

眼球がゆっくりと左右に転がるように動いた。
その動きは、とある一点でぴたりと止まる。一拍置いて、かっと目が見開かれた。

ゆのの瞳に映るのは、胴や腕周りに簾のような装飾の付いたジャンパーを着た男と、簡素なシャツに膝下までのジーンズ姿の日本人離れしたスタイルの女。
男はゆのの正面に立ち、特徴的な太い眉を歪めて貼り付いたような愛想笑いを浮かべている。
女は男の斜め後ろに位置して、包帯の巻かれた左腕を庇う形で油断無くゆのを睨んでいる。
こちらは肩まで伸ばした艶やかな黒髪と、しっかりと通った鼻筋が印象的だ。

ゆのは体を動かそうとするが、何故か全く動かない。
口も押さえられていて、声を上げることすら不可能だ。
下半身が妙に涼しい。
眼を動かす。自分の体を押さえ付ける手が、視界の隅にいくつも入った。
混乱する頭で状況を把握しようとする。

――えっと、そう、確かトイレに入って座ったんだったっけ。
――そうしたらすぐに変な足音が聞こえて。
――それで、黙ってたら足音がドアの前までやって来て。
――いきなりドアに眼が……。

「状況は呑み込めたかしら?」

再びゆのの目が大きく開いた。鼻孔を膨らませながら全身に力を込める。
何が何だか解らないが、この状況は目の前の二人によるものなのだということだけは理解した。
必死に跳ね起きようとするが、体中に絡んだロビンの腕が抵抗を許さない。
元々蒼かった顔から更に血の気が引いて行く。

ロビンはゆのをそのまましばらく放置して、抵抗が止んだところで口を塞いでいた手を静かに離した。
ゆのが声を上げることはなかった。
当然だ。そんなことをすればどうなるかは、新品のランドセルを背負った子供でも判る。
それにたとえ大声で叫んだところで、助けが来る可能性は絶望的に低い。

怯えつつも大人しく黙っているゆのに、流が質問をする。

「嬢ちゃん、名前は何て言うんだ?」
「あ……ぇ……?」
「名前だよ、名前。言葉、通じねえのか?」

ゆのは慌てて自分の名前を告げる。

「ふぅん、ゆの、ね。確かに名簿にあった名前だな。
 んで、ゆのちゃん、質問なんだけどよ。とらってヤツを見なかったかよ?
 顔に隈取のある、金色で毛むくじゃらのバケモンだ」

ブンブンとゆのは首を振る。
ほんの少しだけ失望を顔に出し、流はついでのようにゆのの知る人物について話すように言った。
ゆのは正直に今まで見た者の名前と特徴を知る限り話す。
ただし、旅館で自身が殺してしまったと思っている二人以外についてだ。
この状況でも、というより、この状況だからこそ、自らの殺人行為を告白することは出来ない。
それはほとんど自殺に等しい暴挙だ。

しばらくして、彼女があらかた喋ったことを察したロビンが、流の後頭部を横目で見ながら口を開いた。

「もういいかしら? 殺しても」

その冷たい台詞に、無言でビクリと肩を震わせるゆの。
恐怖の余り言葉が出ないのか。
代わりに懇願するような視線を流に向けている。

「ん~、そうだなァ……」

今ここで殺すのは簡単だが、殺したところで大したメリットがある訳ではない。
何かまだ利用価値は無いだろうか。そう考えながら、流はゆのの瞳を覗き込んだ。
彼女の瞳には殺意が欠片も見えない。
逆に、形を成して溢れ出しそうなほどの怯えが湛えられている。

掲示板に書き込まれていた『ゆのが殺人者』という情報は十中八九嘘だ。
いや、嘘と断じるのは早計だが、誤報の類であることはまず間違い無い。

そう、ただの誤報。
だが――せっかくだ、真実に昇華させてやろう。

「ゆのちゃんよォ、ここで死ぬのはイヤか? まだ生きたいかよ?」

当たり前だ。
ゆのは一も二も無く頷く。

「そうか……なら、一つチャンスをやろうじゃねェか」

低い、撫でるような声だった。
腹の底にドス黒い塊が根を張って行くのを自覚しながら、流はにんまりと笑う。

「三人殺せ」

え、と間抜けな音がゆのの喉から漏れる。

「オレ達以外の適当なヤツを三人殺せ。そしたら見逃してやるよ。中々いい条件だろ?」
「そんな! そんなこと……」

出来ません、と続けようとして、しかしその言葉は結局出て来なかった。
出来るも出来ないも、彼女は既に二人もの人間をその手に掛けているのだから。
たとえそれが事故だとしても罪は罪だ。
その事実を無視して悲劇のヒロインを気取れるほど、ゆのはず太い神経を持ち合わせていない。
そんな彼女の内心の葛藤などまるでお構いなしに、流は続ける。

「断るってンなら、この場でゆのちゃんの人生は終わりだ。残念だが、選択肢は無えんだよ。
 恨むんなら、こんなワケのワカんねえゲームをおっ始めた連中を恨みな。
 おっと、一応言っておくがよ、誰かに助けて貰おうなんて考えンじゃねェぞ。
 ンなことしたら……」

ロビンに目配せする。
直後、ゆのの胸から新たに右腕が生えて、彼女の顔の上部を鷲掴みにした。
そしてその掌の中央にぎょろりと眼が現れる。
ひっ、と唇の間から息が漏れた。

「言わなくても、解るわよね? あなたが何処にいても、私は見てるわよ」

ぱくぱくと口を開閉するゆのの眼前で、掌の眼が虚ろに瞬いた。


*****


1:気のいい兄ちゃんに協力求めたら肺をブチ抜かれたんだけど(Res:7)

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 7 名前:ラストバタリオンな名無しさん 投稿日:1日目・日中 ID:NaiToYshR
 ここは危険なので手短に。
 僕も×印の髪飾りを付けた少女に襲われました。
 彼女は白いワンピースを着ているので注意して下さい。


*****


「ま、こんなトコだろ」

タン、と最後にエンターキーを叩いて、流は椅子から立ち上がった。
彼とロビンはホール周辺を探索し終えて、再び研究棟に戻って来ていた。
二人とも立ち込める血の臭いなど気にもしていない。

「本当に回りくどいことが好きなのね、あなた」
「別にいいじゃねえかよ。上手く行きゃ儲けモンだろォが」

元より流もロビンもゆのが三人も殺せるなどとは思っていない。
一人でも殺せれば上出来だろうと、そう考えている。
だがそろそろ、流達のように集団を形成して行動する者が、参加者の大部分を占める頃のはずだ。

特にゲームの破壊もしくは脱出を目指す集団がゆのに襲われた場合はどうなるか?
彼女の撃破は十分可能でも、その処遇を巡って内部対立に発展する可能性は高い。

「うしおのヤツは意地でも救おうとするんだろうがよ……一緒にいるお仲間はどーかねェ?」

くっくっ、と喉の奥だけで笑う。
ゆのがうしお達にぶつかったときのことを考えるだけで昏い愉悦が込み上げて来る。
一方のロビンは、特に興味無しといった態度で視線を宙に泳がせていた。

「……にしても、ったく。あの馬鹿女、まだ戻って来てねーのかよ」

愚痴る。
馬鹿女とはスズメバチのことだ。
彼女には研究棟で何か役に立つものを探せと予め命令しておいたのだが。

「だからあんな女は早めに殺しておいた方がいいって言ったじゃない。
 あんな怪我人、役に立つとは思えないわ」

平坦な声でロビンが言う。
いや、てめーがしこたま痛め付けたんだろうがよ、と流は思ったが、彼は賢明なので口には出さなかった。
その代わりにズボンのポケットに手を突っ込んである物を取り出す。

「面倒だが迎えに行ってやるかね……。
 ……いややっぱ面倒臭ェな」

流の手には黒く光るPDA(携帯情報端末)が握られていた。
ゆののデイパックを検めたときに掠めたものだ。
その画面には四つの光点が映っている。
その内の二つは画面中央に留まり、一つは少し離れた位置に静止している。
残りの一つはじわじわと中央から離れて行く。
PDAに説明は無かったが、この光点が首輪に対応していることくらいは流にもロビンにもすぐに解った。

しばらく画面を眺めた後、流はPDAの電源を切って、デイパックに放り込んだ。
沈黙が生まれる。

「あァ、そうそう、そういや悪かったな」

唐突に、流が切り出した。
何の話かしら、とロビンが返す。

「いや何、成り行きであのゆのって嬢ちゃんを嗾けちまったからさ。
 お前、どうせ自分で船長とコックを殺ったヤツを仕留めるつもりだったんだろ?
 もし万が一、あいつがあんたの仇を殺しちまったらと思うと……」

途端、両肩から生えた腕が流の首をギリギリと締め上げた。
股間の大事な処もいつの間にかがっしりと握られている。
ロビンの顔がずいと流に迫った。

「あんなのに殺されるような奴に、ルフィとサンジ君が殺されると思って?
 彼らはそんなに弱くないわ。彼らへの侮辱は許さないわ。
 ――謝って。謝りなさい。謝るのよ。謝れ!」
「わ、分かった。悪かった。悪かったって!
 謝る。こ、この通りだ。だから勘弁してくれって!」

何とか謝罪の言葉を喉の奥から絞り出す流。
少しの間、般若もかくやという形相で真正面から彼を睨んでいたロビンだったが――やがて静かに手を離した。
ふう、と流は大きく肩で息をする。

(おー、おっかねェ、おっかねェ)

軽い様子見程度に揺さぶったつもりだったが、これほど劇的な反応を見せるとは。
一見冷静さを取り戻したように見えたが、その実それは自我を護るための脆い仮面に過ぎなかったようだ。
彼女の内側には変わらず黒い泥土がドロドロと渦巻いているらしい。
うっかり逆鱗に触れればどうなるか判らない。

と、そこに。

「あら……お話はもうお終いなの?」

音も無くスズメバチが戻って来た。
服の端から覗く包帯が痛々しいが、彼女自身は気に掛けている様子では無い。

「てめえ、遅ェよ……って何だよ、その球はよ」

スズメバチの手にはビーチボールのような球が握られていた。

「向こうに落ちてたの。これ、とっても面白いのよ、兄様。こうすると……」

喋りながら、球を軽く上に放る。
その途端、しゅっ、と球の周りに刃が現れた。
なるほど、ただの球だと思うと痛い目を見るということか。
だが正直、微妙な道具だ。少なくとも流にとっては大して役に立つ物ではない。

「他には何か無かったのかしら?」

ロビンの問いに、スズメバチは困ったような顔で口に人差し指を当てた。
何も無かったということだろう。
若干投げやりに、流はまァいいかと思った。
そんなことよりこれからこの二人をどう制御していくかの方が重大事だ。
流の内心を知ってか知らずか、ロビンは妖艶さすら感じる澱んだ笑みを浮かべて宣言した。

「それじゃ、そろそろ行きましょう。――皆殺しに」
「そうね、姉様。うふふ、うふふふふ。……楽しみだわ」
「へいへいっ、と」

やっぱ面倒だぜイカレ女共め、と二人に気取られないように悪態を吐く流。

(だけどよォ、こんくらいのスリルがあった方が面白ェってもんだろ?
 やっぱメインディッシュの前にはオードブルがねえとなァ)


【F-5地下/研究棟/1日目 日中】

【秋葉流@うしおととら】
[状態]:健康、法力消費(小)
[服装]:とらとの最終戦時の服
[装備]:錫杖×2、破魔矢×15
[道具]:支給品一式、仙桃エキス(10/12)@封神演義、注連縄、禁鞭@封神演義、詳細不明神具×1~3
    PDA型首輪探知機、研究棟のカードキー
[思考]
基本:満足する戦いのできる相手と殺し合う。潮に自分の汚い姿を見せ付ける。
0:ロビン、スズメバチを利用しつつ参加者を撃破。
1:他人を裏切りながら厄介そうな相手の排除。手間取ったならすぐに逃走。
2:厄介そうでないお人好しには、うしおとその仲間の悪評を流して戦わない。
3:高坂王子、リヴィオを警戒。
4:聞仲に強い共感。
5:万全の状態でとらと戦いたい。
6:ロビンの『世界を滅ぼす力』に強い興味。
[備考]
※参戦時期は原作29巻、とらと再戦する直前です。
※或の関係者、リヴィオの関係者についての情報をある程度知りました。
※ロビンが咲かせるのは右手だけだと思っています。
※PDAの機能詳細、バッテリーの持ち時間などは後続の作者さんにお任せします。
※ゆのからゆのの知る人物(ゴルゴ13と安藤(兄)以外)についてある程度の情報を得ました。

【スズメバチ@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(大)、全身に重度のやけど
[服装]:包帯の上にゴスロリドレス
[装備]:縫い針を仕込んだ靴(毒なし)、化血神刀@封神演義
[道具]:支給品一式(コンパス以外)
[思考]
基本:流、ロビンに従って参加者の殺戮。
1:流達に同行する。
[備考]
※スカートはギリギリで見えません。履いてなかったです。
※針は現地調達です。毒は浴槽に入ったことで洗い落とされてしまいました。

【ニコ・ロビン@ONE PIECE】
[状態]:左腕に銃創×2(握力喪失、手当て済み)
[服装]:シャツにジーンズ
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(名簿紛失)、んまい棒(サラミ×1、コーンポタージュ×1)@銀魂、
    双眼鏡、食料、着替え、毛布、研究棟のカードキー
[思考]
基本:勝ち抜き狙い。帰ったらプルトンを復活させて世界を滅ぼす。
1:秋葉流と協力して、効率的に参加者を排除する。
2:可能なら、能力の制限を解除したい。
3:ヴァッシュに対して――?
4:ルフィたちのいない世界なんていらない。
[備考]
※自分の能力制限について理解しました。体を咲かせる事のできる範囲は半径50m程度です。
※参戦時期はエニエスロビー編終了後です。
※ヴァッシュたちの居た世界が、自分達と違うことに気がつきました。
※ゆのからゆのの知る人物(ゴルゴ13と安藤(兄)以外)についてある程度の情報を得ました。


*****


ゆのは走った。
走り続けた。
一刻も早く一寸でも遠く忌まわしい場所から離れるために走り続けた。
そして体力の限界を迎えて地に膝から崩れ落ちたとき、空では何層にも重なった雲がついに全天を覆い尽くしていた。

「は……ぁ……はぁ……ひ……はっ……ふ……ぅっ…………」

落ち葉の散る地面を見詰め、ゆのは苦悩する。

『三人殺せ』

流の言葉が呪いのように頭蓋の内で反響している。

人を殺せ、と言われて、はいそうですかなどと簡単に従えるはずがない。
ただの女子高生に、そんなことが出来るはずがない。
だが、従わなければあの手がわらわらと生えて来て、自分はきっと縊り殺されてしまうのだ。
いや――彼らの命令を首尾良く遂行したとしても、それで本当に命を助けて貰える保証すら無い。
殺すか、死ぬか。殺しても死ぬか。
八方塞とはこのことだ。

ならばいっそ――殺される前に死んでしまえばいいのではないか。

自殺。
普段なら厭な響きを持つその単語は、今のゆのには極上の甘露に思えた。

どうせ――宮子もヒロも死んでしまったのだ。
この期に及んで一人だけ生き残って何になるというのか。
それに自分が死ねば沙英が生き残れる可能性も増す。
何より、手の群れに嬲り殺されるよりはマシだろう。

そして、死ぬための道具は、ここにある。
確か、首輪を無理に外そうとすれば爆発する、と最初に偉そうな幼女が言っていた。
だからその気になりさえすれば――死のうと思いさえすれば、今すぐにでも死ねるだろう。

恐る恐る左手を首に持っていく。
硬い物に指先が触れた。

「ひぅっ」

慌てて手を離す。
首輪は確かにそこに存在し、その感触には身の毛のよだつ冷たさがあった。
寒さのせいだけではない震えがゆのの全身を包んだ。



ほんの半日前の光景が鮮やかに蘇る。

得体の知れない空間。
殺し合いを強要する幼女。
自分は殺されない運命にあると豪語する少年。
ボンという軽い爆発音。
首輪が爆発したのだと気付いたのは、少年の首が転がり、鮮血を吹き上げる胴体が崩れ落ちた後。



「…………ない……」

喉の奥から蚊の鳴くような声が漏れた。
気付けば顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

「……たくない。死にたくない。死にたくない。
 死ぬのはやだ。やだ、やだよ」

祈るように言葉を絞り出す。
吐く息が白い。

人を殺すくらいなら死んだ方がマシだ、とか。
親友が死んだのに自分だけ生きていても仕方が無い、とか。
死んでしまえば楽になる、だとか。

それらは全部ただの理屈だ。
そんなものは圧倒的で絶対的な『死』の恐怖の前には鼻紙以下の価値しかないのだと思い知った。
たとえば自分が死ななければ世界が滅ぶとしても、自分にはその選択は出来ないと悟った。



――――生きたい。



ゆのは生まれて初めて、真実心の底からそう願った。
人を殺そうと、親友が死のうと、苦痛にのた打ち回ろうと、死ぬよりはずっといい。

「死にたくない」

もう一度、掠れた声でゆのは呟いた。
それは彼女自身の声とは似ても似つかなかった。


【F-4/森/1日目 日中】

【ゆの@ひだまりスケッチ】
[状態]:貧血、後頭部に小さなたんこぶ、疲労(中)
[服装]:白いワンピース
[装備]:混元珠@封神演義
[道具]:支給品一式(一食分と水を少々消費)、制服と下着(濡れ)
[思考]
基本:死にたくない。
1:十の首輪を集めてキンブリーに腕を治して貰う。
2:人を殺してでも生き延びる?
[備考]
※二人の男(ゴルゴ13と安藤(兄))を殺したと思っています。
※切断された右腕は繋がりましたが、感覚がありません。動かすのに支障は(多分)ありません。
※ロビンの能力で常に監視されていると思っています。


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